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2011/09/25

「柳家と立川②」喬太郎・談笑二人会(2011/9/24)

9月24日は落語会のハシゴ。
一軒目は、よみうりホールで行われた"rakugo オルタナティブ vol.7"「柳家と立川②」で、今回は「喬太郎・談笑二人会」という趣向。
喬太郎は昨夜に続き2日連続、さらに今週末には「さん喬との親子会」が控えている。
TVカメラが入っていたが、果たして良い絵が撮れたかどうか。
前の方に空席が目立ち、気になった。

<  番組  >
立川こしら「時そば」
柳家喬太郎「ほんとのこというと」
立川談笑「粗忽長屋」
~仲入り~
立川談笑「居酒屋・改(イラサリマケー)」
柳家喬太郎「道灌」
座談(喬太郎&談笑)

こしら「時そば」、若々しい高座で、後半の工夫も良かった。
ただソバの食い方が下手だ。

喬太郎「ほんとのこというと」、この日唯一の新作。
男がフィアンセを自宅に連れてきて、両親と弟妹に紹介する所から始まる人間ドラマ・・・、っていうほど大袈裟なモノではない。
とかく優し過ぎる男っていうのは、結婚相手には選ばない方が良いという教訓か。
軽いネタを、例によって喬太郎の話芸だけで聴かせていた。

談笑「粗忽長屋」。
立川流だから「主観長屋」かと思ったら、そうではなく「粗忽」の方だった。もちろん談笑だから改作だ。
この人の改作は当たり外れがあるが、これは完全な当たり。
先ずタイトルが「粗忽長屋」でありながら、オリジナルでは長屋の他の住人の動向が触れられていない。粗忽なのは二人だけだ。
談笑の演出では、長屋中揃って粗忽者にしている。
オリジナルでは行き倒れを見物人がグルリと取り巻いて見ているだけだが、ここでは順々に遺体を検分させていて、リアルだ。
見物人の股の間をくぐって前へ行くというのも、考えてみれば不自然だ。
談笑のは「思い込み」男が大声を出して注意をそらしておいて、その隙に前に出てくるようにしている。
「正蔵の怪談噺が始まる」といって群衆を集めておいて、「今の」というと一斉に散ってゆくというギャグだ。
熊公が遺体を見て、さすがに自分ではない事に気づく。いくら主観を振り回されても、そこまで自我は失っていなかったというわけだ。
この点は、このネタの根幹にかかわる改変で、議論の分かれる処だろう。
私は一つの試みとして良いと思う。
そうでもしないと、五代目小さんの「粗忽長屋」に対抗出来ないのではなかろうか。
談笑の改作については色々厳しいことを書いてきたが、この作品は良かった。

談笑「居酒屋・改(イラサリマケー)」については、今さら解説の必要もないだろう。
初めてというお客も多かったようで(喬太郎も初めて聴いたそうだ)、談笑は軽く演じていたが客席は大受けだった。

喬太郎「道灌」、後の座談の中で、この日は敢えて余計なクスグリは入れず、大師匠・小さんの形で演じたと語っていた。
それはいいが、この日は頻繁に「噛んで」いた。体調でも悪かったのか、集中力に欠けていたのか。
この手の噺は、リズム感が命だ。「噛む」度に、そのリズムが壊されてしまう。
本人も認めていたように、トリのネタとしては不適切。はっきり言えば、不出来の高座だった。

むしろ「座談」の中で、喬太郎は「芝浜」を「ブルーライト・ヨコハマ」の替え歌にして3分間で演じたが、こちらは結構でした。この日一番の出来だった。

やはり「座談」の中で、喬太郎が談笑の芸について「協会にはいないタイプ」と言ってたが、その通り。いや、立川流の中でも異色だと思う。
この日の会は、談笑が存在感を示した。

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