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2011/09/06

【暴力団との交際】そんなら「政治家」はどうよ

「紳助引退騒動」はその後新たな事実が次々と明らかになり、とどまる所を知らない。
右翼の街宣活動を止めさせるために暴力団幹部の世話になり、それがきっかけとなて深みに嵌ったというのが今回の騒動の構図だが、実はこれに良く似た事件がかつて政界でもあった。
それは通称「皇民党事件」と呼ばれるもので、1987年の自民党の総裁指名に関して起きたものだ。
内実が明らかになったのは後で、1992年の東京佐川急便事件の公判の中だ。
事件の概要は次の通り。

1987年当時、総理大臣だった中曽根康弘から受ける次期総裁の指名をめぐって安倍晋太郎、宮澤喜一と争っていた竹下登が、右翼団体である日本皇民党から執拗に「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理にしましょう」と「ほめ殺し」を受けた。
その頃、私も通勤途上で、真っ黒な街宣車が数台連って大音量で「ほめ殺し」をしているのを連日見ている。
竹下は、ハマコーこと浜田幸一に8億円の工作資金を渡して説得に向かわせるが、面会を拒否される。
このままでは自民党の後継総裁に就くのはムリとまで追い詰められた竹下登は、側近の金丸信、小沢一郎らを通じて、暴力団とのつながりが強い東京佐川急便社長の渡辺広康に仲介を依頼し、渡辺は広域暴力団稲川会会長・石井進に依頼。
結局、稲川会と皇民党との間で話し合いがつき、「ほめ殺し」は一件落着した。
後の報道では、金丸、小沢が石井会長らを訪問した際に、石井らに深々と頭を下げたと伝えられている。
佐川急便事件で尋問を受けた金丸信は、ほめ殺し中止工作に石井進会長ら暴力団幹部の関与を認めた上で、「川に落ちた所を助けて貰ったのだから、それが暴力団だろうが感謝するのは当然だ」と述べている。
この辺りのセリフも、紳助の会見での弁明とそっくりだ。

紳助がヤクザと付き合おうと、国民生活に大きな影響があるわけではない。
暴力団との関係ウンヌンを言い出したら、いわゆる演歌歌手(この言葉は好きでないが)の多くは飯の食い上げだ。
美空ひばりと山口組とは二人三脚の間柄だったし、北島三郎とヤクザのつながりは昔から有名だ。
しかし、政治家と暴力団の関係は全く話が別。
竹下総理誕生は、稲川会のお陰だと言って良い。
当然それだけの貢献に対する利益供与はあった筈で、「東京佐川急便事件」は、その申し子みたいなものだ。

議員と暴力団とのつながりは歴史が古く、最も顕著だったのは1960年安保改定反対運動を妨害するために、当時の岸信介政権が全国の暴力団を糾合、組織し、デモ隊への殴り込みなどをやらせた。
見返りに、彼らに対する取締りを甘くしたであろうことは、想像に難くない。
自民党など一部保守政治家と暴力団との関係は、今でも公然たる秘密となっている。
「皇民党事件」に見られるように、政治家とヤクザの関係は時に日本の政治の行方をも左右する。
芸能界など後回しで良いのだから、先ずは政治家との付き合いにメスを入れるのが先決である。

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