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2011/10/09

#11「三喬・喬太郎二人会」(2011/10/8)

さん喬の誤字ではない。第11回東西笑いの喬演「笑福亭三喬・柳家喬太郎二人会」が10月8日、国立演芸場で行われた。
最近、上方の落語家が東京で公演を行うことが増えてきて感じるのだが、どうも大阪の落語の方が面白いように思う。
かつては関西弁というのが東京の人間になじみがなく聴きづらかったのだが、TV番組などで耳馴れしてきたのと、関西弁自体が昔と比べマイルドになってきたせいか、抵抗感がなくなった。
これからは上方のネタを東京流に翻訳し直して、という必要性も薄れてくるだろう。
噺家の世界にも自由化の波が訪れたわけだ。
障壁が無くなれば、芸が上の者が勝つ。
東京の落語家も大阪の芸人に勝たねば生き残れない、厳しい現実に直面することになる。
それをマザマザと見せつけれた今回の二人会だった。

<  番組  >
桂阿か枝「煮売屋」
柳家喬太郎「綿医者」
笑福亭三喬「鹿政談」
~仲入り~
笑福亭三喬「善哉公社」
柳家喬太郎「へっつい幽霊」

阿か枝「煮売屋」、上方では入門すると初めに教わるネタが旅の噺だそうだ。関西の人は昔から旅が好きだったのだろうか。
東京だと「二人旅」となるこの噺、やはり上方のオリジナルの方が面白い。

喬太郎「綿医者」、初めて聴いたが古典落語とのこと。正味5分程度で終わる噺なので、学校公演や昨秋の痔の手術のエピソードを長々とマクラに振って本題へ。
医者が、すっかり悪くなっていた患者の内臓を取り出し、代わりに綿を詰めるというバカバカしい内容で、寄席にかからないのも頷ける。
このネタのチョイスはどうなんだろう。これなら新作をかけた方が良かったのでは。

三喬「鹿政談」、オリジナルの上方版を初めて聴いたが、この噺は「曲淵甲斐守」(まがりぶちかいのかみ=大阪町奉行を経て江戸北町奉行に就任した人物。但し、奈良町奉行職は務めていないとされる。)という名奉行の「お裁きもの」なのだ。
奉行も今のキャリアと同じで各地の奉行で実績をあげながら、大阪からやがて江戸の町奉行という出世コースを辿ったらしい。
任期が短いから前例に従っておけば間違いがないというのは、今も昔も変わらない。
しかし曲淵甲斐守は、鹿を殺せば死罪というのはあまりに重罰過ぎる。まして過失であれば無罪でも良いのではと、奈良の法を改めようと試みていた。その矢先の事件として、この物語が展開する。
三喬は声がよく通るし、語り口がしっかりとしている。用語の解説や歴史的な背景の説明も丁寧。
そのせいか、この噺が一段と恰幅が良くなり、奥が深くなった。
このネタに限れば、東京で三喬に対抗できる噺家はいないだろう。

三喬「善哉公社」、自らの市営住宅への入居の際の体験談から役所仕事についてマクラを振って、本題へ。
こちらもオリジナルの上方版は初めてだったが、東京版に比べ断然面白い。
関西人とお役所という対比の方が、より鮮やかなのだ。
「鹿政談」とは対照的なネタながら、ここでも三喬の語りが光る。

喬太郎「へっつい幽霊」、期待していたが平凡な出来だった。
三代目三木助や当代の談志が十八番としているこのネタ、何より粋でイナセに演じなくてはいけない。そこが欠けている。
だから山場の熊と幽霊が丁半博打をする場面が面白くない。
熊と銀ふたりが、へっついをかついでいる内につまずいて、小さな塊が転がり出る。喬太郎はその場で開けて、中味が300円であることを確認していたが、これは不自然だ。
やはり縄が切れたので取り敢えず銀の家にへっついを運び込み、それから二人で熊の家に上がって中を開けるという運びにしないと、話の辻褄が合わなくなってしまう。こういう所は丁寧に演じるべきなのだ。
この2週間あまりで喬太郎の高座を7席聴いたが、全体的に低調だったように思う。
何か原因があるのだろうか。

この会、上方の圧勝。

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寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

ほめ・くさん、コメントありがとうございました。

かなり落語をご覧になっておられ、かつ、鋭い分析をされていらっしゃいますね。私はまだまだひよっ子ですが、雰囲気で判断できるほど、昨日の喬太郎師はちょっとなあと思う感じでした。

投稿: いっしー | 2011/10/09 16:33

いっしー様
早速お立ち寄り頂き、感謝します。
最近の喬太郎、何か変だなと思っていたところ、同じような感想を持たれたのを見て、意を強くした次第です。
貴方がご指摘のように、やたら奇声をあげるような姿はどうかと思います。
永い高座人生では、波やスランプは避け難いことではあるでしょうが。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/09 17:52

さん喬・喬太郎の親子会でも、万全ではなかったのですね。
『綿医者』は埋もれた古典を掘り起こしたらしいですが、私も初めて聞いた時、この噺なら埋もれたままでもよかった^^と思った次第です。ネタのせいもあるかもしれません。
しかし、『へっつい幽霊』でも、今ひとつだったんですね・・・・・・。
疲労か、脂肪過多か(?)。
テレビで自分の番組を持ち、ホール落語会や寄席、学校寄席も数多く引き受けていますしね。
少し体調管理をするタイミングなのかもしれませんね。この人には、長生きして欲しい。60歳代の喬太郎がどんな高座を聞かせてくれるか、それを楽しみにしたいですから。

投稿: 小言幸兵衛 | 2011/10/09 20:08

小言幸兵衛様
以前の記事で喬太郎について「2007年ピーク説」を唱えたことがありますが、ここままではそれが立証されそうな気がしています。
さん喬との親子会はそれでも良い方でしたが、その他はダメですね。
「綿医者」は寄席の「逃げ」のネタですかね。落語会で演るのは考え物です。
この日のマクラデ、期待し過ぎないようにと言ってましたが、半分本音だったんでしょうか。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/10 02:00

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