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2011/10/02

「さん喬・喬太郎 親子会」(2011/10/1昼)

10月1日、前進座劇場で行われた「さん喬・喬太郎 親子会」昼の部へ。都内でこの二人会が行われるのは、私の記憶では久々ではないかと思われる。
サブタイトルに”前進座プロデュース「噺を楽しむ」五十”とあるから、定期的にこうした落語会が開かれ、今回が50回目ということのようだ。
プログラムに今日の出演者のプロフィールが載っていて、「自己PR」という欄がある。因みにさん喬のものを紹介すると、「(前略)落語ライブの楽しさと落語美学の素晴らしさをお客様と共有できるような噺家でありたいと思っております」とある。いかにもこの人らしい。
こういうチラシ1枚作るかどうかで、企画者側の落語に対する「愛」が試される。
この会場はあまり便利とは言えないが、ほぼ一杯の入りだった。

<  番組  >
柳家喬之進「替り目」
柳家さん喬「そば清」
柳家喬太郎「錦の袈裟」
~仲入り~
柳家喬太郎「夜の慣用句」
柳家さん喬「中村仲蔵」(お囃子:恩田えり)

落語会での開口一番(サラ)の役割は大きく、上手い人が出れば客席がなれてくるし、下手だとダレル。もっと下手だと凍りつく。あまりに上手過ぎると次の出の人がシラケる。
喬之進「替り目」は程よく上手く、役割は十分果たしたといえる。
時間の関係で何か所か端折ったが、上手くつないで全体の流れを崩さなかった。
欠点は酔っ払いの姿があまい。そこさえ直せば、このネタに関しては真打クラスといっても可笑しくない。

さん喬「そば清」、いきなり「喬太郎独演会にようこそ」で客席を沸かせる。
師匠と売れてる弟子との関係というのは、結構ビミョーなものなんだろうなと想像する。実際に今日の客の6-7割は喬太郎目当てだろう。
出番がプログラムと入れ替わったのは、さん喬が1席目に軽いネタをかけるからとのことだった。
さん喬はいつも通りの丁寧な演出で、若手の教科書になるような高座だった。
マクラで季節感の話をしていたが、落語では師走や正月、春と夏のネタは多いが、秋に因んだネタというのは少ないように思う。秋はお笑いに適さないのだろうか。

喬太郎「錦の袈裟」、明後日から北海道での学校公演に入るので、学校では出来ないネタをいうことで、こちらを選んだようだ。
褌にする錦のきれが十人分しかなく、与太郎だけは自分で調達してこいとなる。明らかな差別だ。お上さんの入れ知恵で住職から錦の袈裟を借りて褌に締めるのだが、前に袈裟輪がぶら下がってしまう。
そのお蔭で殿様と間違われ、与太郎一人だけもててしまう。差別を受けたものが最後に勝つという爽快なストーリーになっている。
このネタでは珍しく与太郎が所帯を持っている。その分、少ししっかりとした与太郎に描かねばならぬ。そこのさじ加減を喬太郎は巧みに表現していた。花魁と一夜を過ごした与太郎が、朝になると一時的に頭脳明晰になるという演出も、その一つだろうか。

喬太郎「夜の慣用句」。
古典と新作をほぼ半々に演って、それぞれ成功させているという点で、喬太郎は稀有な噺家だと思う。現役では他に志の輔がいるが、過去にさかのぼっても二代目円歌ぐらいしか思いつかない。
古典を演る人がたまに新作をかけたり、あるいはその逆という人は沢山いるが、両立させていくのは難しいことなんだろう。
そういう意味では喬太郎は才人だ。どうもしっくり来ないので、途中で別のネタに変えてしまうなどという事が出来るのも、この人だけだろう。
時には「才人才に溺れる」こともあるので、そこは要注意だ。
新作というのは得てして時が経つと古臭く感じるという難しさがあるが、喬太郎は当意即妙のクスグリを入れて鮮度を保っていた。

さん喬「中村仲蔵」。
仲蔵が「仮名手本忠臣蔵」五段目の斧定九郎を新しい演出で演る場面からは芝居噺仕立てとなり、歌舞伎の所作を完璧に演じて見せてくれた。
これなら歌舞伎を知らない人でも、内容が理解できただろう。
芝居に通じ、日本舞踊の名取りでもある、さん喬しか出来ない演出だ。
これだけは喬太郎は逆立ちしてもムリだ。
師匠が実力を存分に見せつけた一席。

二人の持てる力をぶつけ合ったこの日の会、結構でした。
なお次回は12月3日で「柳家小三冶」、本日10時より先行予約開始だそうで、ご希望の方は前進座劇場まで。
って言ったって、宣伝費は貰ってませんぜ。

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コメント

「そば清」はさん喬の十八番。以前聴いたとき「ど~もォ」という挨拶の声がいやに可笑しかった記憶があります。
「替り目」の酔っ払いですが、酷いと感じるくらいの方がよいということでしょうか?
そういえば、他の噺家の高座でも、意外におとなしい亭主を見たことがあります。

投稿: 福 | 2011/10/02 19:12

前進座で毎年恒例の親子会、前日にもメールで空席があると連絡があったのですが、野暮用があり断念しました。
師弟ともにニンな噺が並んでいて、良い会だったようですね。
喬太郎の『夜の慣用句』のサゲは、しょうもない地口ですが、好きです。
さん喬の『中村仲蔵』は、まだ出会ったことがありませんが、舞踊で鍛えた所作が生きる高座だったのでしょうね。
確かにちょっと遠いですが、前進座は朝日名人会の朝日ホールの次に、“ハレ”の日の贅沢な落語会、というイメージがあります。

投稿: 小言幸兵衛 | 2011/10/02 20:53

福様
「替り目」の酔っ払いの亭主ですが、酔いかたに個性があるのは当然です。
ただ女房との会話の中では、酔いっぷりが一貫していなくてはいけない。時々素に戻ったような言い方が顔を覗かせていた、そこを問題にしています。
さん喬の「そば清」は結構でした。ご本人は軽く演じたつまりだったようですが、客席からは熱演に見えました。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/02 21:40

小言幸兵衛様
さん喬の『中村仲蔵』ですが、やはり会場が前進座ということもあり、最初から芝居噺仕立ての演出を予定していたようです。お囃子との息もピッタリでした。
劇場や客層に合わせた高座で、良かったと思います。
予定時間を大幅に超える熱演でした。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/02 22:22

>酔いっぷりが一貫していなくてはいけない。

わかりました。そういうことでしたか。
ちなみに比較的大人しい亭主だったのは、柳橋です。

投稿: 福 | 2011/10/03 21:17

福様
このネタは亭主がほろ酔い気分なのか、泥酔なのかによって演出も変わってきます。
ほろ酔いの方が表現が難しい。
酔い方一つにも演者の力量が試される、一筋縄では行かないネタですね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/03 21:47

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