「目黒のさんま」の殿様は名君
「目黒のさんま」は落語を知らない方も名前をきかれてことはあるだろう。
特にこの季節になると、寄席では必ずといって良いほど高座にかかる演目だ。
近ごろどうも気になるのは、このネタの主人公である殿様が愚か者に描かれる傾向にあることだ。
前座や二ツ目クラスなら仕方ないが、扇辰や兼好といった巧者たちまでが、まるで志村けんのバカ殿のように演じているのは腑に落ちないのだ。
これでは、この噺の勘所をはずしてしまうと思う。
この殿様は参勤交代で江戸にあるときも心身の鍛錬のために、馬の遠乗りを怠らない。
今日も供を連れて目黒まで早駆けに出かける。
休息のために切り株に腰をおろして一息つくと、どこからか良い匂いが漂ってくる。
訊けばサンマを焼く匂いとか。所望すると家来たちは下衆魚だからと止めるが、殿様は「冶にいて乱を忘れず、下々が食するものを大名が食せんということはない。」と諭して、サンマを食する。
ここら辺りが、既に名君であることを示している。
殿様はサンマが美味だったので上機嫌。
しかし供の家来たちは、このことが重役の耳に入ると我々の落ち度となり責任を取らされるのでご内聞にと、殿に請う。
もとより賢い殿様だから一切口外せず、ひたすら、サンマの味を思い出す日を送る。
またサンマが食いたいから目黒に出かけようなどと言いださない所も賢明だ。
親類の宴席に招かれ「所望のお料理は?」と訊かれ、ここで初めてサンマをリクエストする。
早速、早馬で日本橋の魚河岸からサンマを取り寄せる。
料理人は大名に失礼があってはいけないということで、サンマを開いて蒸し器にかけ、すっかり脂を抜いてしまった。小骨も毛抜きで1本1歩丁寧に抜いたから、形が崩れてしまったので椀物にして出した。
殿様、出されたサンマを一口食してみたがこれが不味い。
ここで不味いだの食えないだのと言ったら、それこそ招待者側のメンツをつぶすことになり、場合によっては料理人が責任を取らされることになりかねない。
そこで咄嗟に、
「これこれ、このサンマ、いずかたより取り寄せた?」
「はっ、日本橋の魚河岸にございます。」
「それでいかん。サンマは目黒に限る。」
と、機転をきかしたわけだ。
これなら誰も傷つかない。
だから最後のサゲは粋に言って欲しいのだ。
以上のようにこの殿様は名君であり、間違っても暗君として描いてはいけない。
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コメント
まことに正論だと思います。
ただ私はあの扇辰のやる蛙のようなバカ殿さまにも捨てがたい魅力を感じます。
ルサンチマンを落語に持ち込むのは粋ではないと思いつつも^^。
投稿: 佐平次 | 2011/10/20 20:30
>名君
とすれば、やはり、馬生・円楽(ともに先代)・小満んの各師でなければその風格は出ますまい。
若手では立川談修のを聞いてその機知に感心しました。既出ならすみません。
投稿: 福 | 2011/10/20 20:55
佐平次様
あんまり落語にヤカマシイことを言ったりリアリティを求めたりするのは、それこそ野暮かも知れませんけど。
段々、團菊ジジイみたいになっちゃいましたかね。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/20 22:59
福様
このネタ、私は三代目金馬が飛びぬけていると思います。
現役では小満んでしょうか。
談修のものは未見ですので、一度聴いてみたいですね。
軽い噺のように見えて、実はとても難しい演目だと思います。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2011/10/20 23:06