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2011/11/07

「志の輔らくご in にほんばし」(2011/11/6)

11月6日、日本橋三井ホールで行われた立川志の輔独演会「志の輔らくご in にほんばし」へ。
三菱と三井といえば日本を代表する二大財閥で、丸の内周辺に三菱、日本橋周辺に三井の施設が集中している。
丸ビルを中心にして丸の内の三菱が我が世の春を謳歌しているのに対し、日本橋はいまいちパッとせず三井は遅れを取った感があった。
そこで三井は巻き返しを図り、石原都政の支援も受けながら官民一体となった「日本橋再生計画」を現在推進している。
これには三菱地所vs.三井不動産という対立構図がウラにあるあるわけだ。
NHKなども特集を組んで報道している「日本橋再生計画」は、決してキレイゴトだけではない。
その計画の第一弾が「室町東三井ビルディング」の建設であり、このビルの4Fに今回の会場となった「日本橋三井ホール」がある。

4Fのホテルのようなエントランスを入りエスカレーターで5Fの会場に上がるとユッタリとしたホワイエがあって、とても豪華だ。
ただ客席のフラットなフロアー部分は普通の椅子が並べられており、快適な座り心地とはいえない。
志の輔も言ってたが、落語にはあまり適した会場ではない。

<  番組  >
立川志の輔「中村仲蔵」

前座もゲストも無し、志の輔一人が長講2時間の高座。マクラや終演の挨拶を除いておよそ90分をネタに掛けていた。
志の輔「中村仲蔵」は今度で3回目となるが、専門の囃子方を従えた芝居仕立てで演じることに特徴がある。
今回の高座では、仲蔵の生い立ちの部分が付け加わった。
仲蔵が幼い時から養子に出され、舞踊や長唄の稽古を積んだ後に役者になる。それも短期間で廃業し他の職業に就くが、再び芝居の世界に舞い戻ってくる。中村伝九郎という役者の弟子になり初代中村仲蔵という名前をもらい、中村座へ出勤をするようになる。
歌舞伎役者には階級制度があり、下から下立役(稲荷町)-中通り-相中-名題の順になる。
昔から世襲制の世界なので、仲蔵は始めは稲荷町からスタ-ト、この階級は台詞がない。
やがて精勤が認められ中通り、ここで初めて一言の台詞がつく。この時に座頭だった四代目市川團十郎の眼にとまり、やがて相中に昇進する。
あるとき「鎌髭」という芝居で、團十郎演じる修行者快哲(実は景清)を鎌で殺害しようと図る相手役・鍛冶屋四郎兵衛(実は三保谷四郎)に抜擢された仲蔵が、劇中で工夫を凝らしたのが当たり、遂に当時としては異例の名題に出世する。

ここまでの箇所は通常の高座では手短に紹介されるが、志の輔はかなり詳細に語った。
この仲蔵の経歴が、この後に中村仲蔵が「仮名手本忠臣蔵」の五段目で斧定九郎一役をあてられながら、工夫を重ねて現在の型にしたというサクセスストーリーのバックグランドになるのだ。
いつの時代でも「出る杭は打たれる」で、異例の出世をした仲蔵に対して、周囲の妬みや嫌がらせは相当に酷いものだった。
そこを打ち破り周囲を納得させるためには、観客から大きな支持を得るしかない。
そこで仲蔵はいわば捨て身の賭けに出たわけだ。
それまでの斧定九郎の扮装は縞の平袖というどてらで、これへ丸ごけの帯をしめて山刀を差してわらじがけ、山岡頭巾をかぶっての山賊姿だった。
それを仲蔵は全身白塗りにして羊羹色の黒羽二重に白献上の帯をしめ、朱鞘の大小を腰に差し、福草履という拵えに変えた。
出番になる直前に手桶で水を頭からかけ、手にはタップリと水を含んだ破れ傘で、揚幕から花道へ出ると水がたれる姿で見得を切ったのだ。
これが当時の江戸の観客に大受け、今に伝わる定九郎の形となる。これで一躍人気者になり、やがて後世に名を残す名優となった。

Nakazou

志の輔の語りの優れた点は、「間」の取り方だ。これが絶妙で客が話に引き込まれる。
単調になりかけると別の話題を振ったりクスグリを入れたりして、気を逸らさない。
芝居の所作は相変わらず巧みだ。これをお囃子連が盛り上げる。
しばしばこのネタを高座に掛けるのも、中村仲蔵を志の輔自身の歩みに重ねているせいではないだろうか。
サラリーマンになり所帯も持ってから談志に入門、寄席(定席)に出演できないというハンディの中で生活を維持していくのは並大抵の苦労ではなかっただろう。
メディアに出て人気者になれば、先輩方にも気を配らねばならない。
彼の仲蔵には、志の輔本人が投影されているのだと思う。

ただ、又「仲蔵」かよ、という思いもある。
沢山のネタを持っているのだから、こういう会でも他の演目で勝負して欲しい、そう思う気持ちが半分だ。そこに物足りなさが残るのだ。

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コメント

パルコで一度、落語研究会えもやったかな、見ましたが、いわゆる落語とは少々次元の違う世界に入っていったような気がしました。
落語とは何ぞやと言われると返答に窮するのではありますが。

投稿: 佐平次 | 2011/11/07 10:53

佐平次様
志の輔がマクラで芸人にとって最大の敵は、自分の芸に飽きてしまうことだと言ってました。
そのためにも色んな変化を持たせて、自分も客も飽きさせないように工夫しているのだろうと思います。
しかし、こう度々上演されるとやはり客の方も飽きてきますね。

投稿: home-9(ほめ・く) | 2011/11/07 21:50

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