三谷幸喜「90ミニッツ」(2011/12/28)
2011年は三谷幸喜生誕50周年スペシャル「三谷幸喜大感謝祭」、そのアニバーサリー・イヤーのラストを飾る芝居「90ミニッツ」、12月28日パルコ劇場にて観劇。
「笑の大学」から15年振りとなる二人芝居とか。
「笑の大学」のテーマが「検閲」だったが、今回は「倫理」らしい。
ひと月ほど前になるが隣家のご主人が自殺してしまった。30年以上お隣さん同士のお付き合いがあった方だったのでショックを受けた。
独り暮らしではあったがごく最近、近くに住む息子さんに待望の孫が生まれ、抱っこして嬉しそうに散歩している姿に度々出会っていたのでよけいにショックだった。既に定年退職していてローンもない。とし相応の病はあったようだが決して深刻なものではなかった模様だ。遺族の方に訊いても動機には全く心当たりが無いと途方にくれておられた。突発的に死を選んだとしか思えないのだが、人間というのは幸せの絶頂でも死を選ぶことがあるのだと深く考えさせられた。
自殺したご本人はそれでも幸福だったのだろう。不孝なのは残された遺族の方だ。
死とは、人間の幸せとは、そんなことを考えていた時期だったので、この芝居はタイムリーだった。
作・演出:三谷幸喜
< キャスト >
西村雅彦:大学病院の整形外科副部長
近藤芳正:事故にあった息子の父親
ストーリーは。
9歳の息子が交通事故にあい救急で大学病院に搬送される。重傷を負っていたが幸い措置がスムースだったので、90分以内に手術にかかれば間違いなく助かる。ただ一刻をあらそう状況なので病院としては緊急オペの準備を整えていたが、駆けつけてきた息子の父親が輸血するのであれば手術の同意書にサインしないと言い出す。
彼が住む地方の土着的宗教上の理由から、その村全体が動物の肉すら一切口にせず、輸血を受けるのはタブーだというのだ。
40歳を過ぎてようやく授かった大事な息子の命をどうか助けてくれ、但し輸血だけは絶対に認めない、だからサインはしない、と父親は頑なに繰り返す。
助教授であり整形外科副部長(部長が不在なので手術の決定権は彼にある)はサインが無ければ手術にかかれない、それでは息子が命を落とすことになると懸命に説得する。
双方が平行線のまま90分というタイムリミットは刻一刻と迫り、息子の容体が次第に悪化し危険な状況に陥っていく。
救命のためには、医師と父親、どちらかが譲歩するしかない。
その究極の決断は・・・。
過去に実際に起きた事件をもとにしたもので、セットは医師のデスクと椅子、その反対側にソファが一台あるだけ。
二人の登場人物が90分論争するのを観客も90分観る、いかにも三谷幸喜らしい仕掛けだ。
息子の命を助けて欲しいといいながら妻やムラへの手前、承諾書にサインしないと言い張る父親に対して、医師は「それは、あなたのエゴだ」と批判する。この段階では観客の多くは医師の言う通りだ、なんて分からず屋の父親だろうと感情移入する。
しかし、それならサインしなければ手術を始めないというのは何故かと、今度は父親が医師にたずねる。それは後で裁判に訴えられると病院が困るからだと医師は答える。突き詰めると、裁判沙汰になれば教授へ昇格目前の医師の立場を危うくする、だから困るのだと。「それは、あなたのエゴだ」と今度は父親が反論し、ここで観客は、そうかも知れないと思い始める。
人間の命の前で、たった一枚の承諾書に一体どんな意味があるのだろうか、そう見えてくるのだ。
二つの相反するパラダイムが対峙するとき、果たしてどっちが正しいと結論づけられるのか、この問いは重い。
キリスト教とユダヤ教、イスラム教との対立、あるいは資本主義と社会主義の対立、片方だけが完全に正しく、もう片方は全て誤りだと誰が断言できるのだろうか。
もう一つ、この父親の土着宗教では人は死んでもそれは肉体だけ、魂は永遠に残り生まれ変わり続けるという教えだ。
それを信じる人にとっての死というのは、通常わたしたちが考える死とは全く意味が違ってくる。
少し話はずれるかも知れないが、先の大戦で日本軍の神風特攻隊を米軍は非常に恐れたとされる。それは攻撃そのものではなく、命を捨てることを前提とした精神が理解できずに恐れたということだ。
宗教や思想はかくのごとく人間の死生観さえ一変させてしまう。
この芝居は哲学的に深い問題を扱っていると思う。
それが深刻であればあるほど、観ている我々の側からは失笑が漏れる。
今回の三谷作品は、そういう意味での「笑い」をテーマにしたとも思える。
テーマがとても興味深く作品としても成功だと思うが、二人の登場人物への感情移入の度合いによって評価は分かれるだろう。
西村雅彦と近藤芳正の二人はそれぞれ適役で息もピッタリだった。
緊張感の中に少しの笑い、あっという間の90分だった。
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