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2011/12/30

吉例「My演芸大賞2011」の発表

お待たせしました。誰も待ってないって? オヤ、そうですか。
全国の落語ファン(たって、三人ぐらい)待望の「My演芸大賞2011」を発表いたします。
今年は寄席、落語会におよそ60回通いましたので、ざっと360席ほどの高座を観た勘定になります。
その中から大賞一点、優秀賞五点を次の通り決定しました。

【大賞】
桃月庵白酒「今戸の狐」 9月13日”白酒ひとり”
【優秀賞】
柳家三三「橋場の雪」1月16日”三三新春独演会”
入船亭扇辰「ねずみ」 4月23日”三田落語会”
春風亭一之輔「五人廻し」4月29日”一之輔独演会”
笑福亭三喬「鹿政談」10月8日”三喬・喬太郎二人会”
五街道雲助「芝浜」12月7日”芸術祭受賞者公演”

【選評】
先ず選考基準だが、芸の優劣というより一年を振り返ってどれだけ心に残ったかどうかで決めている。
やはり「上り調子」の勢いのある高座が印象に残るので、若手・中堅が中心になる。
当方が勝手に命名している「三白一兼(さんぱくいっけん)」、即ち三三、白酒、一之輔、兼好の四名が今年も台風の目となった。
なかでも桃月庵白酒の活躍が最も眼に付いた年だったと思う。前座噺から大ネタまで、軽い滑稽噺から人情噺までこなす芸域の広さは群を抜き、いずれもレベルが高い。
どの演目を選んで良いのだが、大賞の「今戸の狐」は古今亭の御家芸ともいうべきネタで、志ん生から志ん朝へと受け継がれてきた。筋が混み入って割に笑いが取れず、今では通じない符牒がサゲに使われているためか高座にかかる機会が少ない。
白酒の高座は時代背景や符牒の説明を随所におりこみ、人物の演じ分けが良く出来ていて楽しめた。
志ん朝の芸を偲ばせる高座は正に大賞にふさわしい。

柳家三三は演じ手が少なく埋もれかけていた噺を復活させる意欲的な取り組みを行っているが、いずれも高水準なのには感心する。よほど勉強家なのだろう。
「橋場の雪」はこんこんと降り続く大川の情景描写が季節感に溢れ、人物像も優れていた。特に三三は女を演じるのが上手い。

近ごろメキメキと頭角を現わしつつある入船亭扇辰、「ねずみ」では卯兵衛・卯之吉の親子の人物像が鮮やかで、特に卯兵衛のどん底に落とされながらも嘗ての大店の主人らしい矜持を失っていない姿がよく出来ていた。倅の卯之吉がひたすら健気で泣かされた。
師匠より大師匠・三代目三木助を彷彿とさせるような出来栄えだった。

春風亭一之輔、来春の独り真打昇進が決まり、今いちばん勢いに乗っている。
いくつか候補作はあるが、「五人廻し」では聴かせ所の吉原の故事来歴を言い立てる場面が颯爽としていて、五人の客と喜助の人物像も鮮やかで、最も優れていた。

笑福亭三喬は初見だったが、「鹿政談」では従来のこのネタに関する印象を一変させられた。
三喬の高座では、当時奈良町奉行職にあった曲淵甲斐守が鹿を殺せば死罪という法はあまりに重罰過ぎるとして、奈良の法を改めようと試みていた矢先の事件としてこの物語が展開する。
用語の解説や歴史的な背景の説明も丁寧で、語り口も明瞭。そのせいか、この噺が一段と恰幅が良くなり奥が深くなっていた。
現在の上方落語の水準を示した一席。

数々の演者が挑戦している「芝浜」、五街道雲助の高座ではセリフの「間」が芝居仕立て、つまり歌舞伎の世話物として演じていた。
私たち観客はその芝居をみているわけで、これは新しい試みといえる。
芸の高さでは現役落語家のトップクラスである雲助の至芸をみた心地がした。

これにて一年の納めとします。
来年の皆様のご健勝と、来たる年が安全で安心できる世の中であるよう、心より祈念いたします。
では、良いお年を。

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2011/12/29

三谷幸喜「90ミニッツ」(2011/12/28)

2011年は三谷幸喜生誕50周年スペシャル「三谷幸喜大感謝祭」、そのアニバーサリー・イヤーのラストを飾る芝居「90ミニッツ」、12月28日パルコ劇場にて観劇。
「笑の大学」から15年振りとなる二人芝居とか。
「笑の大学」のテーマが「検閲」だったが、今回は「倫理」らしい。

ひと月ほど前になるが隣家のご主人が自殺してしまった。30年以上お隣さん同士のお付き合いがあった方だったのでショックを受けた。
独り暮らしではあったがごく最近、近くに住む息子さんに待望の孫が生まれ、抱っこして嬉しそうに散歩している姿に度々出会っていたのでよけいにショックだった。既に定年退職していてローンもない。とし相応の病はあったようだが決して深刻なものではなかった模様だ。遺族の方に訊いても動機には全く心当たりが無いと途方にくれておられた。突発的に死を選んだとしか思えないのだが、人間というのは幸せの絶頂でも死を選ぶことがあるのだと深く考えさせられた。
自殺したご本人はそれでも幸福だったのだろう。不孝なのは残された遺族の方だ。
死とは、人間の幸せとは、そんなことを考えていた時期だったので、この芝居はタイムリーだった。

作・演出:三谷幸喜
<  キャスト  >
西村雅彦:大学病院の整形外科副部長
近藤芳正:事故にあった息子の父親

ストーリーは。
9歳の息子が交通事故にあい救急で大学病院に搬送される。重傷を負っていたが幸い措置がスムースだったので、90分以内に手術にかかれば間違いなく助かる。ただ一刻をあらそう状況なので病院としては緊急オペの準備を整えていたが、駆けつけてきた息子の父親が輸血するのであれば手術の同意書にサインしないと言い出す。
彼が住む地方の土着的宗教上の理由から、その村全体が動物の肉すら一切口にせず、輸血を受けるのはタブーだというのだ。
40歳を過ぎてようやく授かった大事な息子の命をどうか助けてくれ、但し輸血だけは絶対に認めない、だからサインはしない、と父親は頑なに繰り返す。
助教授であり整形外科副部長(部長が不在なので手術の決定権は彼にある)はサインが無ければ手術にかかれない、それでは息子が命を落とすことになると懸命に説得する。
双方が平行線のまま90分というタイムリミットは刻一刻と迫り、息子の容体が次第に悪化し危険な状況に陥っていく。
救命のためには、医師と父親、どちらかが譲歩するしかない。
その究極の決断は・・・。

過去に実際に起きた事件をもとにしたもので、セットは医師のデスクと椅子、その反対側にソファが一台あるだけ。
二人の登場人物が90分論争するのを観客も90分観る、いかにも三谷幸喜らしい仕掛けだ。
息子の命を助けて欲しいといいながら妻やムラへの手前、承諾書にサインしないと言い張る父親に対して、医師は「それは、あなたのエゴだ」と批判する。この段階では観客の多くは医師の言う通りだ、なんて分からず屋の父親だろうと感情移入する。
しかし、それならサインしなければ手術を始めないというのは何故かと、今度は父親が医師にたずねる。それは後で裁判に訴えられると病院が困るからだと医師は答える。突き詰めると、裁判沙汰になれば教授へ昇格目前の医師の立場を危うくする、だから困るのだと。「それは、あなたのエゴだ」と今度は父親が反論し、ここで観客は、そうかも知れないと思い始める。
人間の命の前で、たった一枚の承諾書に一体どんな意味があるのだろうか、そう見えてくるのだ。
二つの相反するパラダイムが対峙するとき、果たしてどっちが正しいと結論づけられるのか、この問いは重い。
キリスト教とユダヤ教、イスラム教との対立、あるいは資本主義と社会主義の対立、片方だけが完全に正しく、もう片方は全て誤りだと誰が断言できるのだろうか。

もう一つ、この父親の土着宗教では人は死んでもそれは肉体だけ、魂は永遠に残り生まれ変わり続けるという教えだ。
それを信じる人にとっての死というのは、通常わたしたちが考える死とは全く意味が違ってくる。
少し話はずれるかも知れないが、先の大戦で日本軍の神風特攻隊を米軍は非常に恐れたとされる。それは攻撃そのものではなく、命を捨てることを前提とした精神が理解できずに恐れたということだ。
宗教や思想はかくのごとく人間の死生観さえ一変させてしまう。

この芝居は哲学的に深い問題を扱っていると思う。
それが深刻であればあるほど、観ている我々の側からは失笑が漏れる。
今回の三谷作品は、そういう意味での「笑い」をテーマにしたとも思える。
テーマがとても興味深く作品としても成功だと思うが、二人の登場人物への感情移入の度合いによって評価は分かれるだろう。

西村雅彦と近藤芳正の二人はそれぞれ適役で息もピッタリだった。
緊張感の中に少しの笑い、あっという間の90分だった。

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2011/12/28

「My演芸大賞2011」の候補作

当ブログ毎年吉例の「My演芸大賞」2011年の候補作は下記の通り。
今年は東京の四派に加え上方落語協会と五派全てから顔が揃いました。
最終選考結果は12月30日の記事で掲載の予定です。

(演者、「演目」、月日、会のタイトル、の順に記している)
兼好「権助芝居」  1/16 三三新春独演会
三三「橋場の雪」 1/16 三三新春独演会
白酒「佐々木政談」1/23 よってたかって新春らくご
志ん輔「お見立て」 2/5  鈴本演芸場
圓太郎「締め込み」 2/26 三田落語会
喬太郎「初音の鼓」 3/8 鈴本演芸場
扇辰「ねずみ」 4/23 三田落語会
一之輔「五人廻し」 4/29 一之輔独演会
吉弥「質屋庫」   5/8 三三・吉弥二人会
一之輔「徳ちゃん」 5/14 ワザオギ落語会
白酒「化物使い」  6/11 大手町落語会
文珍「胴乱の幸助」 6/21 大東京独演会
扇遊「木乃伊取り」 6/25 三田落語会
白酒「お化け長屋」 6/26 花形演芸会スペシャル
さん喬「肝つぶし」 8/13 鈴本演芸場
白酒「今戸の狐」  9/13 白酒ひとり
白酒「井戸の茶碗」 9/24 市馬・白酒・兼好三人会
三喬「鹿政談」 10/8 三喬・喬太郎二人会
竜楽「替り目」 10/10 竜楽独演会
以上は10月5日の記事で発表。
それ以後に下記高座を追加。
志らく「鉄拐」    11/11 志らく独演会
夢丸「出世夜鷹」 11/16 国立演芸場11月中席
三三「位牌屋」  12/4 三三・吉弥二人会
雲助「芝浜」 12/7 にぎわい座・芸術祭受賞者公演

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2011/12/27

劇団仲間「森は生きている」(2011/12/26)

作:サムイル・マルシャーク
訳:湯浅芳子
演出:高田潔
音楽:林光
出演:劇団仲間

「森は生きている」は児童劇の傑作である。もちろん大人だって十分楽しめる。
初めてみたのは小学生だったから、かれこれ60年も前のことだ。子ども心になんて素晴らしい芝居だろうと感激した。
次は30年位前で、子どもたちが小学生だった時期には、「森は生きている」をみて外食することを新年恒例の行事としていた。
そして12月26日の紀伊国屋サザンシアターでの公演には、下の孫娘を連れての観劇だった。
純真なみなし児と意地悪する叔母とその娘というお約束の設定だが、決して単純な勧善懲悪の物語りに終わらせていない。
みなし児の前には白馬にまたがった王子様が現れるわけではなく、これからは一家の主として一人で生活していかねばならぬ。幸せになれるかどうかは、今後の彼女自身の努力にかかっている。
彼女をいじめた叔母と娘は12月(つき)の神たちによって犬に変えられてしまうが、改心すれば3年後には人間の姿に戻れるという救いを持たせている。
無知でわがままだった王女は庶民の生活に初めて接し、命令だけではなく他人に頭を下げてお願いすることを学ぶ。
厳しい冬の季節に立ち向かい、やがて来る春を待ち望む人々の姿は、かつての帝政ロシア時代の人民、ソ連のスターリン圧政下の国民、そして今のロシア国民の姿と重なるのだ。そして私たちの姿とも・・・。
森の動物たちとの交流や楽しい歌と踊りに溢れた舞台、これぞ「不朽の名作」。

公演は1月5日まで。

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2011/12/25

#10大手町落語会「落・芸会」(2011/12/24)

12月24日のクリスマス・イヴをこんな形で祝うには世界中で日本だけらしい。
キリストが12月25日に生まれたことになっているが、ギリシア正教会は1月6日、アルメニア教会は1月18日を誕生日としている。真相は不明なのだ。
聖書のルカ伝には有名な羊飼いのエピソードが書かれているが、パレスチナ地方では羊を夜間外へ出すのは春から秋までの期間であり、ルカの記述が正しいとすればキリストは暖かい季節に生まれたことになる。矛盾もいいとこだ。
それをキリスト教徒でもない人間が祝うのだから土台ムチャクチャな話なのだ。
この分ではいずれユダヤ教の「過ぎ越しの祭り」やイスラム教の「ラマダン(断食)」の祝いなんてぇのも日本に入ってくるかも知れない。そっちの方はダイエットに有効だから女性に受けるかも知れませんぜ。

その聖夜(カップルがホテルで迎えれば「性夜」)の大手町日経ホールで開かれた第10回大手町落語会「落・芸会」へ。
「落協、芸協の大御所4名を迎えて」との触れ込み。さて・・・。

<  番組  >
前座・桂宮冶「元犬」
昔昔亭桃太郎「善哉公社」
柳家さん喬「掛取り万歳」
~仲入り~
瀧川鯉昇「時そば」
柳家権太楼「芝浜」

前座の宮冶「元犬」、来春二ツ目に昇進とか、芸協に楽しみな新人が現れた。
先ず顔がいい、芸人の顔をしている。愛嬌があって明るいのがいい。
芸は後から付いてくるが、愛嬌はなかなか後からは付いてこないものだ。
落語家ってぇのは、先ず人を楽しませなくっちゃあ。
噺も笑わせどこはしっかりと押さえていて、良かった。

桃太郎は十八番の「善哉公社」、独特のリズム感がクセになりそうな魅力がある。マクラで大手町の駅で転んだという話と、ラジオの演芸番組で正月のトリを取るという話をしていたが、長い時間をかけても飽きさせないのは流石といえる。
善哉を食べにきた客が窓口をグルグルとたらい回しさせられても怒り出さない演出もいい。

さん喬「掛取り万歳」、珍しく義太夫や三河万歳まで入れたフルバージョンの「掛取り」。さん喬の素養の広さを示す1席となったが、何かが足りない。それは噺の流れだ。
例えていうならフィギュアスケートでジャンプやスピンなど個別の演技は優れていても、間のスケーティングが良く滑れていないとでも。

鯉昇「時そば」、改作の爆笑編。最初のソバ屋の好物が「ココナッツ」、後のソバ屋の好物が「蜜」とか、ソバ屋の屋号が「ベートーベン」とか、アイディア満載。
このネタを選んだのは落協の重鎮二人への当てつけか。
相手が直球勝負なら、こっちは変化球で惑わそうと。
とにかく客席は大喜びだった。

権太楼「芝浜」、何だかやたら肩に力の入った高座だった。
野球でいえば、下半身を使わず上半身だけでバットを振りまわしているから、ボールが的確に捕えられない、そんな印象だった。
先代馬生の型だといっていたが、魚屋の名前が「熊」だったり、女房が二度目に起こすのは翌朝ではなかったり、三年後に店を持つという設定もないなど、他の「芝浜」とは異なる演出には興味を惹かれたが、演者の熱演が空回りしていた。
一口でいえば気負い過ぎだったように思う。

先代・小さん門下vs.柳昇門下の対決の形となったこの日の会だが、芸協の良さが目立った。

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2011/12/21

【金正日の死去】結局は何も起きないさ

12月19日に、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)が17日に死去したことが発表になってから、例によってマスコミは大騒ぎしている。
つい先日まで「あいつさえいなければ」と金正日を叩いていたのに、死んだら死んだで「これからどうなるのか不安」などと危機を煽っている。一体どっちがいいんじゃ。
死去したのは17日かどうかとか、本当の死因はどうだとか、そんなことどうでもいいじゃん。ああいう国は国家の最高機関が死去を確認しなければ公表しない。その間に後継体制も決めねばならず、いずれにしろ死去から公表まで相当な日数を要したはずだ。死因だって後からくっつけた事だから事実は分からない。又それを我々が知ったところで何か得ることがあるだろうか。
要はどうでもいいことだ。

「独裁者の死」は常に世間に衝撃を与え、不安にさせる。
リアルタイムで最も衝撃的だったのはソ連のスターリンの死だ。まだ小学生だったが号外が街を回った。今の号外じゃない。当時は腰に鈴をつけた号外屋がシャンシャンと売り歩いていた。それを買った大人たちが深刻な表情で語りあっていたのを憶えている。「スターリン暴落」といって世界中の株価が大幅に下落し、戦後間もない日本に大きなショックを与えた。
でも何も起きなかった。
フルシチョフによる「スターリン批判」の秘密報告が出るのは数年後だし、さらにゴルバチョフによるペレストロイカを経てソ連が崩壊していくのはずっと先のことだ。
中国の毛沢東の死去も大ニュースだった。
中国はこれからどこへ向かうかなどと大騒ぎしたが、あのバカバカしい文化大革命に終止符がうたれ、その後の改革開放路線に切り替わるきっかけにはなった。
大きな流れからすると、中国もやがてソ連と同じ運命を辿るだろうが、未だ未だ時間はかかる。
北朝鮮の金日成の死去の時も大騒ぎだった。
国内が大混乱になるだとか、いや自由化の方向に向かうだろうとか様々な議論があったけど、結局は大きな変化はなかった。

かれらに比べりゃあ、金正日は遥かに小物、だからインパクトも小さかろう。そう見るのが常識的だ。
かの国の命運は中国とロシアが握っている。
だから直ちに大きな変化が起きることはないだろう。
ニュースで解説者やらコメンテーターやらウオッチャーやらが「北朝鮮の将来が心配」などと言っていたが、オイオイ、それより日本の将来を心配してくれよ。

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鈴本12月中席(昼)楽日(2011/12/20)

鈴本演芸場12月中席の楽日、昼の部へ。夜の部と迷ったが、顔づけで「小満ん一門」総出演(といっても3人だが)だったのと、昼トリの一九が初見だったのでこちらを選んだ。
この日は携帯が度々鳴り、しかもいつまでも止めないという悪質なものだった。喬太郎の高座が中断されたり、トリの山場で鳴ったり散々だった(怒)。
マナーを守れないなら入場しないで貰いたい。

前座・柳家さん坊「真田小僧」
<  番組  >
柳家さん若「饅頭こわい」
ダーク広和「奇術」
(二ツ目昇進しん歩改メ)林家さん歩「強情灸」
柳家さん生「つる」
昭和のいる・こいる「漫才」
柳亭燕路「垂乳根」
柳亭市馬「親子酒」
林家正楽「紙切り」
柳家喬太郎「花筏」
-仲入り-
ホンキートンク「漫才」
柳家小満ん「時そば」
林家しん平「漫談」
鏡味仙三郎「太神楽」
柳家一九「芝浜」

さん若「饅頭こわい」、経歴を見ると30代半ばで入門したようで、二ツ目だが40才を越えている。年齢に相応しく落ち着いた高座だった。ハンディはあるだろうが頑張って欲しい。
ダーク広和「奇術」、いつも感じるのだが現在寄席に出ている手品師で最も高い技術を持っていると思う。もっと「見せ方」を工夫したらどうだろうか。趣味で演るならともかく商売で演っているのだから。勿体ない。
さん歩「強情灸」、二ツ目のレベルとは言えない。むしろオチ研レベルに近い。会場の空気を冷やすような喋りを先ず改めるべきか。
さん生「つる」、の登場でようやく客席の空気が温まってきた。この人は顔で得している。
のいる・こいる「漫才」、近ごろは見ていて少し辛い。
燕路「垂乳根」、前方中央のご婦人グループに大受けだった。母性愛本能をくすぐるのかしらん。
市馬「親子酒」、「ヤットン節」を高らかに唄い気分よく下りていた。これも適度にとどめておかないと「寝床」になっちまうかも。
喬太郎「花筏」、八代目柳枝の十八番で、喬太郎もこの型を継承している。昇太ほどではなくとももう少し独自の演出があるかと期待したが、極めてオーソドックス。良く言えば手堅いが、反面「らしさ」がない。
ニセ花筏と対戦する千鳥ケ浜大五郎は銚子の網元のせがれで田舎大関という設定だが、この人物の造形が不出来だった。そのせいか全般に平板。

ホンキートンク「漫才」、東京のベテラン漫才師が高齢化による衰えが目立ってきているので、ここは若手が奮起して欲しい。このコンビも早く「得意技」が出来ると良いのだが。
小満ん「時そば」、最初にそばを食いに来る客が片手を袂に手を入れて、恰好が乙。こういう客だから蕎麦屋が騙されるのだ。美味いソバと不味いソバの食い分けも見事に、いぶし銀の味わい。
しん平「漫談」、放談かも。アメ横で売る食品は要注意らしい。一昨日、文左衛門もそう言っていた。古典落語ばかり続いていたので、息抜きの一席。
鏡味仙三郎「太神楽」、今日は二軍かな?
一九「芝浜」、丁寧な高座は好感が持てる。勝五郎夫婦の情愛の深さを強調した演出で聴かせてくれたが、全体に地味な印象。チャンスがあれば軽い滑稽噺を聴いてみたい。

いよいよ今年も終わりに近づいた。
落語もあと一回で、24日がラスト。
ブログは30日に恒例の「My演芸大賞」の発表で納めとなります。

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2011/12/19

#12北沢落語名人会(2011/12/18)

12月18日、北沢ホールにて第12回北沢名人会「文左衛門・菊之丞・白酒 三人会」が行われた。
この会は3年前から始まり、定期開催を行っているとのこと。
番組の中でも林家しん平が挨拶していたが、しん平がプロデュースしている。お客のアンケートなども参考にしてメンバーを選んでいるようだ。三人会だが、それぞれにトリ根多レベルの出し物をというのがセールスポイントらしい。一人40分のノルマを課していると宣言していた。

<  番組  >
前座・柳亭市也「一目上り」
「ご挨拶」林家しん平
古今亭菊之丞「二番煎じ」
~仲入り~
桃月庵白酒「宿屋の仇討」
橘家文左衛門「芝浜」

菊之丞「二番煎じ」、典型的な冬場のネタであり、菊之丞の十八番でもある。
岩手から戻ったところで風邪気味だと断っていたが、今まで聴いた中で今回が最も出来が良かったと思う。
先ず描写がひとつひとつ丁寧で、人物の演じ分けも良く出来ていた。随所に得意の喉も聴かせて客席を楽しませていた。
ただ、番小屋で宴会を始めるときに、「乾杯、お疲れ様」と言っていたが、あれは菊之丞には似合わない。江戸情緒を醸し出してくれる数少ない噺家だけに「画竜点睛を欠く」ではなかったか。

白酒「宿屋の仇討」、マクラで来春の新真打昇進に触れ、小三冶会長が一人で決めたことだが、どうやって「ケツを持つ」つもりだろうかと言っていた。
今回の昇進については大方の落語ファンからは歓迎されているようだが、内部となると軋轢はあるのだろう。
サラリーマン世界でも抜擢人事というのが行われるが、良かった良かったという人は少数で、「あいつだけが何故?」という批判が多数を占める。そういうものだ。
人間誰しも自惚れがあるし、特に利害が絡めばそう冷静かつ客観的に見られなくなる。
そこが人間社会の難しいとこであり、また面白いとこでもある。
「宿屋の仇討」は先日聴いたばかりだが、面白いものはやはり面白い。
隣室の侍が「古典落語なのにジングルベルを唄うとはけしからん」とか「白鵬と輪島が対戦するわけがないではないか」と怒るところで場内は爆笑。

文左衛門「芝浜」、意外と言っては失礼かも知れないが、全体に非常に丁寧な演出だった。
魚屋の勝五郎が芝の浜へ出かける際に道端の犬に「お前も釜の蓋が開かないって言われたのか」と語りかける場面や、浜で煙草を吸うときに悴んだ手で何度も火打石をする場面などがその典型。
とりわけ二度目に女房が勝五郎を起こす際に、「果たして夢だと押し通すことができるだろうか」という思い入れから二、三度躊躇してから揺り起こす演出は、とても良く練られている。この日のトリに相応しい高座だった。
かつて談志が「芝浜」について、落語としては良く出来た噺ではないというような意味の発言をしていたが、私も同感だ。
登場人物も二人だけだし、いわゆる大ネタには程遠い。
三代目桂三木助が練りに練って有名にしたようなもので、当時他の演者が高座に掛けなかったのも要は受けないと思ったからではなかろうか。
三木助の死後、むしろこの人の演出をそのまま踏襲するのか、あるいはそこから離れて独自の構成にするのか、そうした落語家たちの工夫や努力によってトリ根多にまで進化していったというのが私の見立てだ。
噺そのものより、演者の解釈や演出で見せる演目だと思う。

三人三様、いかにも年の瀬らしいネタでの熱演が続き見堪えがあった。

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2011/12/18

#17三田落語会「喜多八・白酒」(2011/12/17昼)

第17回三田落語会昼の部は「喜多八・白酒 二人会」で、師走の17日、仏教伝道センタービルで行われた。
近ごろではこの会は常に前売り完売のようだ。開場10分前に配布となる次回落語会前売りチケットの整理券を求める列は長くなる一方で、なにか工夫が必要かもしれない。
それだけ主催者の企画がしっかりしている証拠でもある。

<  番組  >
前座・古今亭半輔「垂乳根」
桃月庵白酒「甲府い」
柳家喜多八「味噌蔵」
~仲入り~
柳家喜多八「夢の酒」
桃月庵白酒「宿屋の仇討ち」

喜多八はしばらく入院していたそうで、数日前に退院したばかりとのこと。病気全快の高座ということになる。
体重が10㎏落ちたと言っていたが、確かに痩せていた。共演者が白酒だけに余計目立つ。
その喜多八の1席目「味噌蔵」、病気明けとは思えないほど元気な高座姿に安心した。
マクラで入院の感想にふれ、大部屋より二人部屋の方が気を遣うと言っていたが、その通り。病院食の不味さも語っていたが、あれは治療食だから仕方がない。美味いものなど食わしていたら良くならない。
さて「味噌蔵」だが、喜多八は鯉昇から教わったと言っていた。鯉昇の高座を聴いていないので何ともいえないが、内容は完全に師匠・小三冶の演出を踏襲しているように思えた。口演時間も師匠とほほ同じで、ケチな主人の留守に奉公人が大騒ぎする場面では喜多八らしい「一人キチガイ」ぶりも発揮して面白く仕上げていた。
ただ主人が出かける際に小僧に提灯を持っていかせるのをカットしていたが、あれは後半の伏線になるので省けない。
それと好みの問題ではあるが、半分程度の時間で演じた八代目可楽のリズム感が懐かしい。志ん生のSP録音ではこのネタを6分で演じているが、それでも十分面白い。
30-40分もかけるネタではないというのが私の主張である。

喜多八の2席目「夢の酒」は軽く、ほぼ八代目文楽の演出通り。
夢の中で美女にもてる時の若旦那の嬉しそうな表情がいかにも好色そうで、あれでは嫁さんが嫉妬するのも無理ないと思わせる。

白酒の1席目「甲府い」、マクラでお約束の病み上がりの喜多八をいじった後、本題へ。理不尽な前座修行のよってねじ曲がった芸人が形成されるというのもこの人らしい解釈だし、師匠より御上さんに可愛がられる方が大事というのは実感からか。
「甲府い」、八代目柳枝が得意としていたが、どうも修身の教科書のようなストーリーで好きになれなかった。見直したのは志ん朝のもので、こういう爽やかなネタも良いもんだと初めて思った。
ほぼ志ん朝の演出に沿った、白酒にしては珍しい位真っ直ぐな高座で、こういう演目でも聴かせる手腕に感心した。

白酒の2席目「宿屋の仇討ち」、マクラで小三冶をいじって本題へ。女性客が増えるのは有り難いと言っていたが、そうなのだろう。観光地でも女性を集めれば自然と男が付いてくると聞いたことがある。湯布院なぞもその典型だ。
ネタに入っていつも通りの快調なテンポで、江戸っ子がドンチャン騒ぎする場面ではジングルベルを唄わせたり、角力を取る場面では白鵬と輪島を対戦させたりと、遊び心タップリの高座だった。
1席目とのバランスを考慮したものとみえる。

何はともあれ、喜多八の元気な姿が見られたのが最大の収穫。

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2011/12/16

【思い出の落語家19】古今亭志ん朝(2)

数えきれぬ落語家の独演会の中で、これがベストだといえるのは1997-98年頃に三郷市文化会館で行われた「古今亭志ん朝独演会」だ。
生涯からみれば晩年といえるこの時期の志ん朝の独演会は通常、軽めの1席と仲入り後に大ネタや人情噺という組合せが多かったと記憶している。
処がこの会では珍しく「寝床」「富久」の2席をかけた。

「寝床」という噺はお馴染みだろうが、下手なのに義太夫好きの家主が義太夫の会を催し、番頭の茂蔵に客集めに行かせる。毎度の事に懲りている長屋の連中は、適当な理由をつけて全員が断ってしまう。
仕方がないので今度は奉公人に聴かせようとすると、これまた全員が仮病をつかう。怒った家主は、長屋の連中には店立て、奉公人には暇を出すと息巻く。
慌てた番頭は再度長屋を回って客を集め、家主をなだめる。
渋々集まった長屋の連中には酒、肴がふるまわれ、やがて家主の義太夫が始まるが・・・。
会社のエライさんなどが、下手なカラオケを立て続けに唄い部下に迷惑をかける光景は今でもあり、そんな時に「まるで寝床だね」と嘆きの声が上がる。「下手の横好き」の代名詞にもなっている。

オチは、店子や奉公人がみな寝込んでしまった中で、一人小僧だけが泣いている。旦那が私の義太夫のどこが悲しかったのかと訊くと、
小僧「そんなとこじゃない、あすこでござんす」
旦那「あれは、あたしが義太夫を語った床じゃないか」
小僧「あたくしは、あすこが寝床でございます」
いうまでもなく八代目桂文楽の十八番中の十八番。他の演者も多少のアレンジはあっても基本は文楽スタイルだ。

これに対して五代目古今亭志ん生の演出は異なり、旦那が肚を立てて番頭がまた一回りするあたりから少し違いが出てくる。
店子が集まって義太夫の会に出るか出ないか相談する場面が加わり、そこで元いた番頭のエピソードが語られる。
旦那が逃げる番頭を追いかけながら義太夫を語り、番頭がが蔵に逃げ込むとその周りをグルグル回ったあげく、最後に蔵の窓から語り込み中で義太夫が渦を巻いて、番頭が悶絶したというもの。
「その後だよ、あの番頭さんがいなくなったのは。だんだん聞いたら、あの人は今ドイツにいるんだってねえ。」
肝心の旦那の義太夫語りのシーンも、タイトルに結びつくサゲもないというのが志ん生流なのだ。

志ん朝も若いころは文楽型で演じていたようだが、この独演会では父志ん生の演出を踏襲していた。
文楽が描く旦那(家主)が下手な義太夫が好きなだけが欠点の好人物に描かれているのに対し、志ん朝のそれは「はた迷惑」で、時には「理不尽」とも思える人物として描かれている。
文楽にはない、お内儀が子どもを連れて実家に避難し、女中がそれにすがるように付いて行ったというエピソードを加えているのもそのためだろう。
そうした難しい理屈を抜きにして、終始会場は爆笑に包まれていた。
そして最後にいなくなった番頭は「共産党に入っちゃった」としていた。
志ん生の「ドイツ」は何かシュールな感じがあるが、現実味を増す意味で共産党が選ばれたのだろう。
それもソ連崩壊前の二大陣営時代が終りを告げていた時期なので、ある種の時代錯誤をも物語っていると思われ、志ん朝のセンスを示すものだ。

1席目が終わると会場はざわめき、「共産党できたか、参ったな」という声と、「寝床」の後に一体何を演るのかという期待感に溢れた。

ここまでで長くなってしまったので、後半は次回に。

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2011/12/14

「忠臣蔵」は「吉良の御難」

今日12月14日は、いわゆる赤穂浪士の討ち入りの日として知られている。
正確にいえば、「元禄15年(1702年)12月14日、元家老職にあった大石内蔵助以下赤穂浪人46名が江戸本所の吉良邸に討ち入り、上野介とその家臣多数を殺害、負傷させた日」ということになる。
討ち入りの原因となった「松の廊下の刃傷事件」はどうかといえば、「元禄14年(1701年)江戸城松の廊下において、赤穂藩主浅野内匠頭が高家肝煎吉良上野介に切りかかり負傷させた。」という事件だ。

ではなぜ浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだのかというと、その理由は今もって分からない。事件後の幕府の取調べで、浅野内匠頭は犯行の動機を説明していないからだ。
釈明したくなかったのか、それとも後から冷静になって考え直すとそれほど明確な理由が思いつかなかったのか。
それ以前に、内匠頭に殺意があったのかどうかも判然としない。なぜなら旗本の梶川与惣兵衛と立ち話していた上野介の背中を小刀で切りつけ、振り向いたところを額に切りつけているのだが、小刀で切っても人は殺せない。小刀は刺すものだ。
吉良のダメージは額を6針、背中は3針縫って治療は終わり、そのあと湯漬けご飯を2杯食べて元気を取り戻したと、治療にあたった医師が記録している。
何ともはや中途半端な傷害事件なのだ。

しかし殿中での刃傷はご法度、幕府は浅野内匠頭に対し切腹・御家断絶、吉良上野介に対しては「お構いなし」との裁定を行った。無抵抗の吉良を浅野が一方的に切りつけたものであり、公正な裁定であったといえる。
処が後の討ち入り事件に対する幕府の裁定では、討ち入りに参加した赤穂浪人全員を切腹させ、遺児に遠島を命じた。
一方上野介の養子吉良左兵衛は知行地を召し上げられ、他家へお預けとなった。事実上の御家お取りつぶしである。
吉良家にとっては何とも気の毒な裁定というより他はない。

「忠臣蔵」は加害者側から事件を描いたものであり、被害者側から描けば全く違った見方になる。タイトルも「吉良の御難」とでもなろうか。
歴史は浅野を勝者とした。
そして歴史は常に勝者の側から描かれる。
「忠臣蔵」はその好例といえよう。

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2011/12/11

鈴本演芸場12月上席夜の部・楽日(2011/12/10)

12月10日は鈴本演芸場夜の部の楽日に出向く。9部位の入りのようだった。
お目立ては、もちろんトリ。

前座・林家まめ平「真田小僧」
<  番組  >
古今亭志ん吉「饅頭こわい」
伊藤夢葉「奇術」
蜃気楼龍玉「道灌」
入船亭扇遊「棒鱈」
大瀬ゆめじ・うたじ「漫才」
桂南喬「垂乳根」
桃月庵白酒「転宅」
-仲入り-
柳家紫文「俗曲」
柳家はん治「ぼやき居酒屋」
林家正楽「紙切り」
五街道雲助「夜鷹そば屋」

まめ平「真田小僧」、志ん吉「饅頭こわい」、二人とも喋りはしっかりしていたし、真っ直ぐな高座で好感が持てる。ただ緊張しているのか表情も動きも固く、それが客席に反映していたようだ。
こうなると不思議なもので、笑い声をあげるのが周囲に憚れるような気分になり、場内は弁当を開く音しか聞こえない。
決して不出来じゃなかったので、お二人ともがっかりしないように。
こういう硬さをほぐすのは、やはり色物だ。
夢葉のインチキっぽい「奇術」でようやく場内がなれてきた。
龍玉「道灌」、おや、今日は前座噺が続くねぇ。話はしっかりしているが、もっと愛嬌が欲しいところだ。
扇遊「棒鱈」でようやく場内が沸く。ここで雰囲気をガラリと変えたのはさすがだ。
この田舎侍、おそらく薩長あたりの出身と見えるが時々東北訛りが混じり、国籍不明。
ゆめじ・うたじ「漫才」、久しぶりだが、ゆめじさんの方だろうか、随分と痩せてしまった。病気と聞いていたが少し心配になる。でも高座はいつも通り。
南喬「垂乳根」、この人を見ると寄席に来た実感がわく。嫁さんの挨拶がいつも聴いているよりずっと長く、あれじゃ八っつぁんも困るだろう。
短い時間に常にキッチリまとめ上げる芸には感心する。
白酒は十八番の「転宅」。
このネタを聴くのも何回目かになるが、毎回少しずつ変えているのに感心する。本人が全く同じものを演りたくないせいなのか、それとも工夫の積み重ねなのか。
白酒の演じる女性は実に色っぽい。どこで「女性修行」をしてきたんだろうか。

紫文「俗曲」、想像だが若いころは良い声をしていたんだろうが、何かの原因で喉をつぶしてしまい、今のようなガラガラ声になったのではなかろうか。音曲師としては致命的になりかねないわけで、そこで「火付盗賊改方の長谷川平蔵が、何時ものように両国橋の袂を歩いておりますと…」の芸に辿りついた。そうとしか思えない。
はん治は軽く「ぼやき居酒屋」を。
正楽「紙切り」、「皆既月食」のリクエストを見事に切った。
そうか思い出した、正楽は三代見てるんだ。歳を取るわけだ。

雲助「夜鷹そば屋」は初見。
ストーリーは。
夜鷹そば屋の老夫婦がそろそろ店をたたもうとした頃に、一人の若い男が来て蕎麦を注文する。朝から何も食べていないからと3杯お代わりして、実は文無しなので番所に突きだしてくれと夫婦に頼む。
若者にそばの荷を担がせて自宅に招きいれ、子どものいない夫婦が小遣いを渡して「おとっつぁん」「おっかさん」と呼ばす。
それを繰り返すうちに本当の親子のような情が湧き、若者はそば屋を手伝う決心をする。
物語りはあっけないほど淡々としていて、何も起こるわけではない。
場内が水を打ったように静まり返り聴き入っていたのは、ただひとつ雲助の話芸の力だけ。
雲助しか出来ない芸当だ。

雲助・白酒の師弟、恐るべし。

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2011/12/10

「ジュク」「ザギン」「ラクチョー」・・って、死語かな

京都の観光バスで、年配のバスガイドが「若いころジュクに住んでたの」と言っていた。お年から察すれば40年以上前ではないかと思われるのだが、「ジュク」とは古風だ。
「ジュク」、新宿のことだ。
私が未だ睾丸、じゃなかった、紅顔の美少年だったころ、東京の地名を短くしたり逆によんだりしてカッコウをつけていた。
落語でも「大工調べ」の棟梁が「あたぼうよ」と言うが、これは「あったりめぇだぁ べらぼうめぇ」の短縮形。
「替り目」では亭主が女房におでんを買いに行かせるときに、「がんもどきがガン。焼き豆腐がヤキだ。」と言っている。
東京では昔からこうして言葉を詰めていう習慣があったようだ。
上下を逆さによむのは、ズボンをボンズ、パンツをツンパと呼んでいた芸能界の符牒の影響かもしれない。
「ブクロ」は池袋。
「ブーヤ」は渋谷。
「ノガミ」は上野。
「ラクチョー」は有楽町。
「ザギン」は銀座で、銀座のお姐ちゃんなら「ザギンのチャンネェ」となる。
かつて東宝映画で『お姐ちゃんシリーズ』というのがあり、団令子が主演していた。余談だが故・団鬼六のペンネームは、氏が団令子ファンだったことから名付けたものだ。
以上は近ごろあまり巷で耳にしない所をみると、今では死語なのかも。それとも若い人の間では使っているのかしらん。
当時はカッコウよかったが、現在となってはかえって野暮ったくきこえる。

変ったところでは浅草を「エンコ」。これは戦前に流行ったようで、子どものころでも年配の人しか使っていなかった。
「どちらへ?」
「かんのんさんにでも行ってきようかと思ってさ。」
「エンコかい、いいねぇ。」
なんて言いながら、お目当ては観音様の裏手(吉原)だったりして。
練馬少年鑑別所を歌った「練鑑ブルース」という歌があり、色々なバージョンが存在するようだが、私の知ってる歌詞(入所していたわけではないので、念の為)は次の通り。

身から出ました 錆ゆえに
エンコでポリ公に パクられて
ワッパかけられ 意見され
着いた所が 裁判所

この原曲は「可愛いスーちゃん」で、一番の歌詞は次の通り。兵隊歌だが厭戦の匂いが濃い。

お国の為とは 言いながら
人の嫌がる 軍隊に
召されて行く身の 哀れさよ
可愛いスーちゃんと 泣き別れ

閑話休題。
その「エンコ」だが、こちらも死語かと思っていたら、WEBで検索していたら数年前に「浅草哀歌(えんこえれじー)」という映画が製作されていたようだ。
してみると、ドッコイ生きてるわけだ。

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2011/12/08

「芸術祭受賞者公演」(2011/12/7)

12月7日、横浜にぎわい座有名会「芸術祭受賞者公演」へ。
ここ数年に演芸部門で受賞した芸人を集めた企画で、落語4本漫才2本という組み合わせ。
平日の昼間とはいえ、この顔ぶれにしては入りが少ない。

前座・春風亭吉好「子ほめ」
<  番組  >【()内は受賞歴】
春風亭一之輔「唖の釣り」(22年度新人賞)
東京太・ゆめ子「漫才」(22年度大賞)
桂小南冶「河豚鍋」(22年度優秀賞)
~仲入り~
桂平治「饅頭こわい」(21年度新人賞)
ロケット団「漫才」(18年度新人賞)
五街道雲助「芝浜」(21年度優秀賞)

結論からいうと、久々に笑い転げた、面白かった。
この日来た人は幸せで、来られなかった人は残念でした。

一之輔「唖の釣り」、「真打」の掛け声とともに高座に、軽く挨拶してネタへ。
落語では二人で会話する場面が多いが、殆んど漫才でいうボケとツッコミの関係になっている。この両者の会話の「間」の取り方(時には外し方)が一之輔は絶妙で、これはもう天性という他に言いようがない。
このネタは3日前に吉弥の高座(上方のタイトルは「昆陽の御池」)で聴いたばかりだが、こちらの方が断然面白かったのはそのためだ。
一之輔の独演会のチラシに「本格派で型破り」とあったが、その「破り方」の程も良い。「三白時代」に迫るのは、この人しかおるまい。

東京太・ゆめ子は初見、といっても人気漫才だった京二・京太コンビ時代の高座は観ているが。
東京でも数少ない夫婦漫才で近ごろでは珍しくユッタリとした会話のテンポなのは、師匠である松鶴家千代若・千代菊の芸風を受け継いだものだろう。ネタの始めと終わりのフレーズ「母ちゃん、もう帰ろうよ!」も師匠譲りだ。
駄洒落の連発と、「そうなんですよ」を繰り返す京太のボケぶりで会場を沸かす。
こうした漫才が未だ健在でしかも評価されているというのは嬉しいことだ。

小南冶「河豚鍋」、こちらも初見。どこかで見たような顔だと思っていたら、紙切りの先代・正楽の息子さんだった。父親にそっくりで、実弟の二楽にはあまり似ていない。
愛嬌と独特のイントネーションは師匠・小南譲りだ。
「河豚は食いたし命は惜しし」という旦那と幇間の会話の妙と、塩辛・河豚・豆腐・ネギなどの食べ分けに、この人の芸の深さを感じる。

平治「饅頭こわい」、来秋11代目を継ぐ師匠・10代目文治の思い出をマクラに。私もこの襲名は楽しみにしている。というのは9代目の留さん文治を観ているので、来年にこの人の高座を観ると三代の文治に出会うことになるからだ。何しろ文治といえば東西落語界にまたがる大名跡なので責任は重大なのだ。
お馴染みのネタを楽しく聴かせてくれたが、ひとつ気になったのは、好きなモノを言わせた後に嫌いなモノと言っていたが、あれは「こわいモノ」の誤りではなかろうか。途中から「嫌い」→「こわい」と言い換えていたようだが、ネタのタイトルに係わるだけにこうしたミスは避けたい。
今ひとつ垢抜けない芸風だが、これも平治の魅力ではある。

ロケット団については言うまでも無いだろう。
東京の漫才が全体にレベルが上がり面白くなってきたのは喜ばしい。

雲助「芝浜」、魚屋の女房の姿勢が初めから終わりまで一切変わらない。右手を膝に置き変化は左手の先だけ。ああ、この噺は女房が主人公なんだと気付かされる。亭主も周りの人物も、この女房の掌の上で動いているにすぎない。
雲助のセリフの「間」は落語のそれではなく芝居の「間」だ。つまり観客はこの高座を芝居として見せられているわけだ。それなら財布を拾ったのを夢だと信じるのは不自然だのというような事は、どうでも良くなる。私たちもこの物語の中の一員なのである。
雲助の至芸ともいうべき高座だった。

ね、やっぱりこの日見られなかった人は残念でしょ。

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2011/12/05

「三三・吉弥ふたり会」(2011/12/4)

12月4日、紀伊国屋サザンシアターでの「柳家三三・桂吉弥ふたり会」へ。
プログラムで三三が大阪で、吉弥が東京で、それぞれ観客の支持を得つつあるそうだ。
東京の寄席でも噺家が昔は東京出身者が大半だったが、今では逆に少数だ。落語が全国区になりつつあるのだろうか。

<  番組  >
桂佐ん吉「代脈」
桂吉弥「不動坊」
柳家三三「位牌屋」
~中入~
柳家三三「釜泥」
桂吉弥「昆陽の御池」

開口一番の佐ん吉、三三と吉弥の頭を取ったシャレで出たんだろうか。違うかな。
「代脈」は元々が東京の噺かと思うが、そのまま大阪に移したものとみえる。
このネタ、圓生や志ん朝のような力量のある人が演らないとあまり面白くない。

吉弥だが、この日は今ひとつ元気が無く、元々上方落語家としてはテンションが低いのだが、一段と低く感じられた。
1席目「不動坊」は時間の関係か前半をカットし後半から。
利吉への復讐を相談する場面で、男ヤモメ三人の人物像をもっと鮮明にして欲しい。そこが欠けると終盤の幽霊騒ぎでの三人の動きの面白さが伝わり難い。
不出来というわけではないが、何か物足りなさを感じてしまった。
吉弥の2席目「昆陽の御池」、東京では「唖の釣り」だが、上方版の方は釣りに出かけるまでの二人のヤリトリが長い。そのせいか「唖の釣り」に比べ冗漫だ。
それとこのネタ、トリで演じるような演目なのだろうか。もっと短い時間で軽く演る、そういうネタではあるまいか。
あるいは上手い噺家がやれば、もっと緊張感が醸し出されるのかも知れないが。
吉弥はメディアへの露出も多く、そうした上方の人気落語家が東京の高座でも受ける。そうこうしている内に、続々と大阪の落語家が東京で会を開き、こちらの客も上方落語に対して次第に目が肥えてくる。
ここから先、現在の吉弥の芸がいつまで支持されるのか少々疑問符もつく、そんなこの日の高座だった。

三三、先日の独演会は出来が悪く名前の通り「さんざん」だったが、この日は最初から気合が入っていた。最初に出て来たときの眼の色で、今日は違うなと思った。こういうのもライブの楽しみではある。
三三の1席目「位牌屋」、「味噌蔵」を思わせる度ケチな主人が物売りから商品を巻き上げるのをみて、位牌屋に使いに行かされた小僧が同じような手口でタダで位牌をせしめてくるというネタだ。
三三は吝嗇な主人と商人とのヤリトリを軽妙に演じて、上出来だった。
相変わらず目の使い方が上手い。
三三の2席目「釜泥」、泥棒の小咄をいくつか演って本題へ。
度々釜が盗まれる豆腐屋が一計を案じ、一晩釜の中で寝ずの番をするつもりがついつい酒を呑んで寝込んでしまう。
そうとは知らぬ泥棒が釜を盗みだすが、中にいる主人が眼をさますと泥棒は慌てて逃げ出す。
蓋をあけた主人、「今度は家を盗られたか」。
先代小さんから当代小三冶へと、柳家は伝統的に泥棒モノが上手いが、三三もそのDNAを受け継いでいるようだ。主人のトボケタ味が良い。
人情噺の長講からこういう短い滑稽噺まで聴かせるのは、やはり並大抵の力量ではない。

若手落語家は三三と白酒、つまり「三白」時代がしばらく続きそうな気配だ。

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2011/12/04

「市馬・白酒二人会」(2011/12/3)

12月3日、IMAホールで行われた「市馬・白酒二人会」へ。
この小屋は初めて。光が丘という立地は少し不便だが駅から近くていい。主催もIMAホール。

<  番組  >
前座・柳亭市助「道灌」
桃月庵白酒「替わり目」
柳亭市馬「富久」
~仲入り~
柳亭市馬「粗忽の釘」
桃月庵白酒「幾代餅」

市馬と白酒の二人会、当然トリは市馬と思っていたが白酒だったのは後の仕事の都合らしい。
それなのに仲入り前に市馬が「富久」というトリ根多をかけたことで、白酒は一層やりにくそうだった。2席目のマクラでそれを喋っていたら高座に市馬が登場し会釈していた。すかさず白酒が「なんだ、急ぐんじゃなかったの」と切り返した。
格の違う二人会というのは気を遣うものなんだろう。

柳亭市馬という人は、ついこの間まで中堅の一人と思っていたらアレヨアレヨという間に大看板の仲間入りしてしまった、そういう印象を受ける。
古典落語を丁寧に語ることと出来不出来がなく、いつもガッカリさせることのない高座を見せてくれるのが特徴だ。
反面、飛びぬけて優れた面も見当たらない。持ちネタは多いが、さて代表作となると首を傾げてしまう。
それはご本人も自覚しているだろう。
「唄入り」にしたのは喉が良いという長所を活かすためもあるが、それより自身の高座に「付加価値」をつけたかったのではなかろうか。言い換えればセールスポイントを。
一口にいうと「唄入り本寸法」。

市馬の1席目「富久」、本来は一席目にかける演目ではないことは冒頭に記した通り。
ここでも市馬の長所短所が現れていた。
良かった点は演出が丁寧であること。マクラで大神宮様のお札配りの説明をして、オチの解説をしてくれた。最初の幇間の久蔵と長屋の住人との会話も、久蔵が置かれた立場を分かり易く伝えていた。
欠点は、先ず久蔵が幇間(タイコモチ)に見えなかったこと。このネタの勘所は一にも二にも久蔵という人物の造形にかかっている。座敷のシーンも何もなくて、いかに久蔵を幇間に見せるかがこの演目の成否を決めるのだが、ここが市馬は失格。
もう一つはメリハリに欠けていたこと。旦那の家に火事見舞いに駆けつける場面はもっと緊迫感が欲しい。最後に神棚から当り籤を取り出す場面でも、文楽や志ん生の高座では必ず大きな拍手が沸いたものだ。
そのため全体としては平板に流れてしまった。

市馬の2席目「粗忽の釘」、得意ネタの一つで、いかにも気分良さそうな高座だった。4人の登場人物の造形もしっかりとしていて、粗忽の男が隣家に上がり込み、夫婦の馴れ初めを語る場面は品を落とさず、良い出来だった。

白酒の1席目「替わり目」。
マクラは談志の死去で、「良いニュースなんだか、悪いニュースなんだか」で始まる。大阪で仕事している時に聞き、ニュースをみたら「大物落語家も涙」というタイトルで、出てきたのがヨネスケと三平。「大物じゃないし、落語家でもない」に場内は爆笑。
談志の死に対する落語家のスタンスとしては白酒が正解。大して深い縁があったとも思えない落語家が泣いたり吼えたりという近ごろの傾向はどうも頂けない。
主人公の男は泥酔状態という設定で、酔いっぷりが豪快。散々女房に当たり散らした後に、「お前がなくては生きていけない」と手を合わせる落差が笑いを誘う。
珍しく最後のオチまで。後で市馬が「上り坂の芸」と評していたが、その通り。
陽気で勢いのある芸風で客席を巻き込んでしまう白酒の高座はとても魅力的だ。

白酒の2席目「幾代餅」、古今亭の伝統なぞはどこかに吹っ飛ばしてしまい、派手で陽気な爆笑バージョンに変えてしまった。
しかし細部には神経が行き届いており、例えば「替わり目」の女房は亭主に文句を言いながらも色気は失わず、対してこちらの女房は鉄火風なスタイルだ。
幾代もいかにも太夫職らしい品と風格があり、粗くみえながら押える所は押えているから物語のモチーフが保たれている。
(見かけによらず)この人は頭が良い人だなぁと思う。

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2011/12/03

京都の紅葉・四景

<大原三千院の境内>
Photo

<嵐山の渡月橋>
Photo_2

<金閣寺>
2

<光明寺の総門>
1


(2011/11/26-27 photo.)

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2011/12/02

若旦那、別れるなら今だ!

あの結婚は失敗だった。口にこそ出さないが、皆そう思ってる。
世間には嫁さんを非難する者もいるが、それは違うね。あの人は賢い人だし人柄だって悪くない。ただ家風に合わなかったんだ。若旦那に見込まれてしまい、あの頃は親父さんの商売の都合もあって断り切れなかったんだろうけどね。
何しろあの「家」は古風で、伝統と格式をやたら重んじる家柄だ。それに大旦那の存在が全てであって、家族、親戚から奉公人にいたる全員が大旦那に奉仕するという特別の「家」だ。そこんところを呑み込んでおかないと、あそこの嫁は務まらない。
そこに男顔負けの外回りをこなすような人が嫁に入ったんだから、元々無理があった。いうなれば水と油。だから心の病ってやつに罹かっちまった。
あの病気は環境を変えなきゃ治らないんだってね。いくら医者よ薬よとやったって、ちっとも良くなりゃしない。あの「家」を出なけりゃ永久に治らないと、アタシは思うね。
このままいけば本人はもちろん、あの「家」全体が不幸になる。
ここいらで若旦那も思いきって見切りをつけて、嫁さんと別れるしかないんじゃないかな。
そりゃ辛いだろうけど、「家」を守るためには仕方ないんじゃない。だって普通の家とは違うんだから、そこんとこの分別はつけなくっちゃあ。

近ごろ心配なのは大旦那が病気で時々休むことだ。だいぶ高齢ということもあり、いつまでもバリバリと仕事を続けるわけにもいかなくなる。
これは宿命だから仕方がないけど、いずれ若旦那が大旦那の仕事を受け継がなきゃならない時期がくる。そうなった時は、今の嫁さんじゃもたんぞ。
代替わりしてから別れる切れるは、いよいよ不可能になってくる。
だから大きなお世話かも知れないが、別れるなら今だ。
若旦那だって、今からならやり直しがきく。
その方がお互いに幸せになる。
世間体とかなんとか、昔と違って今どきは、親類も周囲も得心してくれると思うよ。
どこかの婆さんが、長男を勘当して次男を跡に直せなどと喚いているようだが、それじゃこれからのあの「家」の秩序が保てないだろう。

家系に男の子が少ないので、将来は「女主人」のことも頭に入れておきたいと番頭が言い出しているらしい。
それも時代の流れかも知れない。
ただここで考えておかなくちゃいけないのは、あの「家」に嫁のきて、婿のなりてがいなけりゃあ、いずれ家系は絶えてしまうってことだ。
そりゃ誰でもよけりゃ相手はいるだろうが、そうはいかない。
あれだけの格式のある「家」だ。相手もそれ相応の家柄から貰うことになる。
そうした良家の息子や娘たちはふだん自由で良い暮らしをしているわけだから、好き好んであの「家」に入りたいと思うだろうか。
嫁に来たい婿に入りたいという若い男女が、門前市をなすような状況をこさえていくにはどうしたら良いか、そこを考えておかないと、どんなにいい制度を作っても絵に描いた餅になっちまうと思うよ。

色々言いにくいことも言ってきたけど、気を悪くしないでね。
これでも本気で心配してるんだから。

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2011/12/01

「女の人さし指」(2011/11/29昼)

11月29日昼、新国立劇場 中劇場で行われた「女の人さし指」を観劇。
目的はただひとつ、ナマ若尾文子を見る、それだけ。
そろそろ見ておいた方が良いかなという俳優をここ数年少しずつ見てきて、今回もそのシリーズということになる。
覚悟はしていたが観客の95%は女性、それも年配のご婦人だ。
当然、芝居の作りもその層に合わせたものだろうと、それも覚悟の上。

作:向田邦子  
脚本:清水曙美 
演出:石井ふく子  
<  主なキャスト  >
若尾文子/おでん屋『次郎』の経営者:柿沢砂子
熊谷真実/その妹、スーパー社長夫人:米倉信子
三田村邦彦/『次郎』の常連、新聞記者:殿村良介
長山藍子/その妻:殿村みつ子
松村雄基/『次郎』の常連、制作会社長:折口誠

ストーリーは。
おでん屋のカウンターの脇に、ぽつんと置かれた金魚鉢。新聞記者退職後に父が営んでいたおでん屋「次郎」。今は娘の砂子が店を開けていた。
客はママである砂子の美貌につられて来る男ばかり。
その中でも折口誠はご執心で、いずれ結婚を申し込もうとしている様子。
妻がいながら砂子に惚れ、離婚してでも砂子と一緒になりたいと願う殿村良介、砂子も彼には淡い恋心を抱いている。
そこに夫が多額の借財を作ったということで家を飛び出した砂子の妹・信子が、店を手伝うことになる。
そんなある日、殿村の妻・みつ子が『次郎』に現れ、砂子と話し合いに・・・。

キャスティングをみただけで物語と結末が予想できる、そういうストーリーだ。
向田邦子の原作は読んでないが、こんなユルイ小説だったのだろうか。
要は、東芝日曜劇場の演劇版と思ってもらえば分かり易い。
舞台設定も登場人物にもリアリティが無く、これではせっかくの豪華キャストが泣く。作品としては失敗作だと思う。

若尾文子は実に美しい。
亡くなった作家・井上ひさしが仙台で学生だった頃、市内に若尾文子という大変な美人女学生がいるということが鳴り響いていたそうだ。
井上は彼女をモデルに「青葉繁れる」という小説まで書いている、それほど美しかったのだ。
それが見られただけでも元が取れたかな。
長山藍子が舞台出身だけに、さすがに演技が上手い。今回の出演者の中では飛びぬけていた。色香もある。
芝居では悪妻という設定になっていたが、十分に良妻だ。あんな奥さんがありながら、分かれて別の女と一緒になろうなどという男の気が知れない。
熊谷真実を含め、女優陣の演技が光っていた芝居だった。

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