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2012/04/30

「桂文珍 大東京落語会vol.5」(2012/4/29夜)

4月29日、国立小劇場で行われた”「桂文珍 大東京落語会vol.5」~大好評リクエスト寄席!ネタのオートクチュール~”、昼夜公演の夜の部へ。
タイトルにある通り、文珍が観客からのリクエストに応じてその場でネタを演じるという趣向。その昔、芝居で藤山寛美がよく演っていたが、上方芸人共通のサービス精神だろうか。
近ごろは高座の落語家にネタを注文する人が減ってきた。東京でも同じような試みがあっても良いのだけど(一度、喬太郎がシャレで演るのを見たことがある)。
持ちネタが多く、いつでも臨機応変に対応できる実力がなくては叶わぬことなので、演れる人は限られるだろう。

<  番組  >
林家うさぎ「狸賽」
桂文珍「るるるとららら」
内海英華「女道楽」
桂文珍「帯久」
~仲入り~
桂文珍「粗忽長屋」

うさぎ「狸賽」、開口一番だったがそこそこのキャリアの人のようだ。
これは先代小さん「狸賽」の上方版なのだろうか。賭場での関西弁のヤリトリがしっくり来ない。

例によってリクエストの対象となるネタの全リストが書かれた垂れ幕が下りてくる。それとは別にちょうど大相撲の懸賞旗みたいな大きさの幕を持って弟子の楽珍が現れる。こちらの方は今日のお薦めということで10個位のネタが書かれていて、実際にはこの中から選ぶ仕組みとなっている。
リクエストといっても何でもOKというわけではない。
会場から常連さんと思われる数名の注文があり、番組に書いた3つのネタが選ばれてという仕組みだ。

文珍の1席目「るるるとららら」。
新作ということだが、要はマクラを編集してこさえた作品のようだ。会場は大爆笑。
「ルルルとラララ」とは由紀さおりの歌「夜明けのスキャット」の歌詞のことで、「ルルルとラララ」だから海外に通用してヒットしたという解釈。
いずれ噺家も年を取ってくれば、「ルルルとラララ」だけで落語を演るようになるのではという、お噺。客も高齢化すると、それでも十分受けるから。
話は替わるが、「夜明けのスキャット」のメロディってぇのは、サイモン&ガーファンクルの「サウンドオブサイレンス」のモロパクリじゃないの。初めて聴いたとき直ぐ分ったけど。
アメリカで発売した時に、よく著作権でクレームがつかなかったですね。

内海英華の鮮やかな撥捌きを挟んで、

文珍の2席目「帯久」。
この噺は大きく分けて、前半が和泉屋与兵衛の家が没落して、番頭の武兵衛をたてて店を再興すべく帯久に金を借りに行き、断られて放火するまで。後半は奉行の松平大隅守による名裁きである。
文珍の演出は前半を手際よくスッキリまとめて、後半の裁きに時間を掛けた。
前半に余り時間を費やすと物語の陰惨な印象が強まる傾向があり、この方が分かり易いし後味も良い。
登場人物の演じ分けも良く出来ていて、「帯久」はこの文珍の高座がベスト。

文珍の3席目「粗忽長屋」。
お馴染みの、思い込みの八と自己アイデンティティー喪失の熊に加え、文珍の演出ではもう一人、彼らの行動を支持する自身番の係員を登場させていた。この自身番の男が曲者で、本当に八や熊の言い分に共鳴したのか、それとも死骸を彼らに引き取らせれば役目が終り楽が出来るという計算なのか。そんな想像を巡らさせるような新しい演出だったと思う。
文珍は間の取り方と表情変化の巧みさで惹きつけていた。

4日間興行のこの日が最終日、昼は4本のネタをやったそうなので、一日7本。
手を抜くことなく熱演で、このサービス精神こそが文珍の人気を支えているのだろう。

2012/04/29

喬太郎「ハワイの雪」他(2012/4/28昼)

GWの初日、前進座劇場で行われた”寄席≪噺を楽しむ≫その53「さん喬・喬太郎親子会」”、昼夜公演の昼の部へ。年1回のペースで開いてきたこの会も、劇場が2013年1月に閉館となるので今回がラストらしい。
昼夜で2席ずつだから1日に4席、仕事とはいえ楽じゃない。
前回の三田落語会の記事で喬太郎の声が聞き苦しかったと書いたが、昼間のよみうりホールでのトリではそれ程ひどくなかったようだ。声の商売ではあるが声帯の強さには個人差があり、辛いところだ。

<  番組  >
前座・柳家さん坊「真田小僧」
柳家小んぶ「禁酒番屋」
柳家喬太郎「猫久」
柳家さん喬「寝床」
~仲入り~
柳家さん喬「短命」
柳家喬太郎「ハワイの雪」

先ずは喬太郎の2席目、「ハワイの雪」から。
幼馴染で初恋同士でもあった男と女、辛い別れを経て男は新潟、女はハワイに住む。お互い既に80代半ばという老人であり、双方ともにパートナーに先立たれてしまった。
今は死の床にある女・チエは死ぬ前に男と一目逢いたいと譫言のように繰り返す。
見かねた孫がその旨をつづり、エアメールで男・ジイサンの元へ。
手紙を開いたジイサンの孫娘は、ハワイに行きチエと再会するよう強く勧める。
たまたま近所で腕相撲大会があり、ジイサンはのシルバー部門でライバルに勝ち優勝。その景品として当ったハワイ旅行で孫娘を伴っていよいよチエに逢いに行く。
死を迎えつつあるチエとジイサン、二人は万感の思いを胸に手を取り合い涙を流す。
そこにひとひらの雪が。
「ハワイでも雪が降るんですよ。でも私が嫁いで雪を見るのは初めて。」
「チエちゃん、故里を思い出すねぇ」
と、二人は最期の会話を交わす。

元々は「八百長」「ハワイ」「雪」という三題噺から創られた作品のようだが、極めて完成度が高い。
喬太郎の代表作の一つでありながらナマで聴くチャンスがなく、この日の高座でようやく実現できた。
「男女の切ないラブストーリー」というのは柳家喬太郎の新作の大きなテーマだが、かつての新作落語には無かったテーマであった。
その点で喬太郎は創作落語の新境地を開いたといえる。
全体のおよそ9割はギャグ満載の滑稽噺でありながら、恩田えりの三味線をバックに最後はまるで歌舞伎の世話物である心中シーンを観ているような心境に陥る。
喬太郎の語り芸の見事さに胸を打たれた一席。
やはりこの人はダダモノじゃない。

喬太郎の1席目「猫久」、こちらも初見。
時折、
「その男というのはお前の朋友か?」
「”ほうゆう”と申しますと、直訳すれば”あなたのため”?」
「それは"for you"じゃ、ワシがいうのは朋友」
てな喬太郎独特のクスグリを挟みながら、全体としては先代・小さんの演出をそのまま踏襲していた。
こういう柳家の御家芸を演じさせても話芸が光る。

さん喬の1席目「寝床」。
こちらはサゲの部分を除けば、桂枝雀の「寝床」をほぼそっくり東京に置き換えて演じていた。いかにもさん喬らしい丁寧な高座だった。
もし枝雀を知らなければ面白い「寝床」だと思っただろうが、やはり本家の方が上だ。

さん喬の2席目は軽く「短命」。
このネタ、かつては艶笑落語としてめったに高座に掛からなかったが、近ごろは頻繁に演じられている。
やはり時代なんだろう。
夜の部では、さん喬と喬太郎の出番がそっくり入れ替わるようだ。
さん喬は夜の部の方で真価を発揮したのだろう。

小んぶ「禁酒番屋」、表情も喋りもやや硬い。
泥酔している筈の番屋の侍が、会話の中で時々「素」になるのは感心しない。

この日は喬太郎が全て。

2012/04/27

「検察審査会」制度の変質を謀った検察

日本においては事件について裁判所へ起訴する権限は、原則として検察官が独占している。
つまり刑事司法は永年「官」によって独占されてきた。
それに対して「民」の声を反映させようというのが本来の「検察審査会」制度の目的だった筈だ。
さらに2009年5月21日からは新たな「起訴議決制度」が導入され、検察審査会の議決に拘束力が生じるようになった。これにより8人以上の多数(検察審査会は11名の審査員によって構成されるので、その3分の2以上の賛成が必要)で「起訴をすべき議決」が行えるようになった。
「民」の判断力に権限を付与したわけだ。

小沢一郎議員を被告とする陸山会事件で、検察側は何がなんでも起訴に持ち込みたかった。そのためには供述書の改ざんなどあらゆる手を使った。しかし結果として裁判で有罪にするだけの決定的な証拠に欠けていることも明らかになった。
もし裁判で小沢一郎が無罪となれば、検察の責任が追及されることは必至だ。
その一方、このまま不起訴とすることには検察内部に不満もあった。
そこで検察が生み出したのは、検察審査会による強制議決制度を利用しようという手法だった。
全国には検察OBが多数おり、そのネットワークを使えば審査申し立てを行う「組織」など容易に作れる。
そうして開かれた検察審査会に対して検察側は、判決でも指摘の通り、任意性に疑いのある供述書や事実に反する捜査報告書を提出した。
審査会の公正中立への疑いはないが、こうした虚偽の資料が議決の判断に影響したであろうことは否めない。
かくして、検察の思惑通り小沢一郎議員に対する強制起訴が決まった。

検察としては、もし裁判で無罪となっても権威が傷つくことなく、責任が追及されることもない。
有罪となれば、実質的な検察側の勝利となる。
どちらに転んでも検察有利だ。つまり強制起訴に持ち込めた時点で検察は目的を達成できたと言える。
本来は「民」のための制度を「官」が自らの利益のために利用したというのが実相だと思われる。制度の変質だ。

しかし検察にとって予想外だったのは、こうした強引な手法が判決の中で厳しく批判された点だ。
判決が一方で検察(指定弁護士)側の主張をほぼ認めたのに対し、「無罪」という結論にしたのはいうなれば「痛み分け」だ。
検察審査会制度を検察が悪用することは「禁じ手」なのだ。検察は今後また同じ「手」は使えまい。
全体として公正な判決だったと思う。

2012/04/25

立川談志の「寄席論」

4月16日付"NHK NEWSweb"で、観客数の減少に悩む落語芸術協会が3月の理事会で、今年の夏から人気落語家を擁する円楽一門会と落語立川流と組んで興行していく方針を決めたと報じている。
公表したからには既に両派や席亭とは了解済みなのだろう。
では昨年亡くなった立川流家元である談志は寄席についてどのような見解を持っていただろうか。
一つの材料として、「バンブームック『立川談志―3』2011/2/15号」(竹書房)の中での、談志と川戸貞吉との対談がある。
以下、その一部を抜粋する。

インタビュアーが、落語家が寄席の高座に出ることにメリットがあるかどうか訊いたことに対し、二人は次の様に語っている。
談志「ないと思いますね。ただ。毎日しゃべれないよりはしゃべる方がいいから、出ているのがいいだろうとは言えるけど。とは言っても、しょうがないよ。(協会を)出ちゃんだから。向こうは入れないと言ってるんだから。」
川戸「立川流の隆盛を見ていると、寄席が修行の場というのは、芸人をワリ(歩合制の給金)で使う口実なのかなと思いますね。何かというと席亭は、寄席で毎日しゃべっているから上手くなるのでここは修行の場だと。それから先輩から芸談聞いたり、礼儀作法を教わったりと勉強になると。修行の場だから従ってワリでいいんだというのが建前でしょう。だけどワリは安いんだよね。」
談志「安いだろうね。今にしてみればこの俺が十日間、寄席に出られるわけがないじゃないかととも思う。十日出てね、そう、よくて一万円のワリを貰うより、外へ行けば一晩で五十万円だ百万円だってぶったくって来るだろう。今の方がよっぽどいい状況じゃねえかと思うよ。」
川戸「以前は寄席は修行の場で、ここから力のある者が育つと言われていた。だけど現実に、立川流から寄席に出ている落語家より人気者が出てきちゃった。力もあって客を呼ぶ人が。だからそんなこともう言っちゃいられないんだよね、本当は。でもやっぱりあれ、毎日毎日、みんな寄席に出ることを生活のペースにしているというのは惰性なんですかね。あるいは伝統というべきか。」
談志「とにかく面白くも何ともない、だけど、その惰性のところにいるということが自分の生きる証になっているんだ――と色川式大さんがそう言っていましたけどね。
だから何でもいいんだって。毎度。美蝶さんが同じ皿を廻していようが、箱を積んでいようが、可楽が「今戸焼」やっていようが。何でも構わないんだって。その退屈さを味わうのが寄席なんだと。それしか手がないと言っていた。」
(中略)
談志「だから、矛盾しているけど、やっぱり寄席の美学というのは、特に人形町末広に対するとか、神田立花に対する思いはありますね。わざわざ大塚の鈴本の跡地を見に行ってみたり、市川鈴本のことをふっと思い出してみたり。その後、跡地までは行ってはいないけど、そういう了見はありますね。」

この対談の中では、談志が現在の寄席について批判的であることが分かる。
しかし良く見ると、評論家・川戸貞吉の”爽やかな”寄席批判とは異なり、「しょうがないよ。(協会を)出ちゃんだから。向こうは入れないと言ってるんだから。」という発言にあるように、定席に出られないことへの悔しさのようなものを覗かせている。
立川流の中にも引く手数多の人気者もいれば、そうでない噺家も多数いる。寄席という場が無いと自分の芸を観客に披露するチャンスが無くなる、そういう弟子も少なくない。談志の「毎日しゃべれないよりはしゃべる方がいいから、出ているのがいいだろうとは言えるけど。」という発言はその辺りを指しているのだろう。
現に立川流はでは1ヶ月に10日間ほどだが、毎月定期的に日暮里寄席や広小路寄席などの公演を行っている。そうした寄席に一門の中の人気者が出演するのは稀だ。
芸協が企図するような、立川流や圓楽一門と組んで人気回復をという目論見が実現するかどうかは楽観できない。
寄席は何といってもアンサンブルの世界だから。

さて、談志亡き後の一門について家元はどう考えていたのかだが、この対談の中では次のように述べている。

川戸「このあと、誰か弟子に立川流を続けてもらいたいという気持ちは?」
談志「ない。」
川戸「好きにしろと。」
談志「そう。勝手にすりゃあいい。名前だっておれが死んだあとは好きにすりゃあいいしね。おれの次に談志を名乗るってのは大変だろうけどね。(後略)」

今後の立川流の舵取りや、いかに。

2012/04/23

#19三田落語会・昼「白酒・圓太郎」(2012/4/21)

前後が逆になってしまったが、第19回三田落語会・昼の部「圓太郎・白酒 二人会」、後輩の白酒がトリを取った。
圓太郎がマクラで「白酒との二人会は本当はやりたくない」と語っていた。他の噺家でもよく同じ声を聞くところをみると、半分は本音かもしれないなと思う。
想像だが、一つは白酒に食われてしまうという傾向、これは否めまい。良く受けるし、相手が先輩だからとか自分は浅い所で上がるからといって遠慮するようなタチじゃないし。
もう一つは、この日も楽屋から見える女子高のテニス風景で圓太郎をいじっていたが、白酒はしばしば楽屋での他の芸人の話題をマクラに振る。そうすると後からの出番では何らかのリアクションが必要になってくるわけで、自分のペースを崩されることがあるのかも。
サラリーマンの世界でも、なんとなくデカイ顔をしている後輩が煙たがれるみたいなもんか。
もっとも白酒は、この会では過去18回の内6回に出演していて権太楼と回数が並んでいる。会の「顔」の一人である。

<  番組  >
前座・入船亭ゆう京「子ほめ」
桃月庵白酒「松曳き」
橘家圓太郎「宿屋の富」
~仲入り~
橘家圓太郎「野晒し」
桃月庵白酒「明烏」

この日の前座は二人とも入船亭で、一人は扇辰門下で今秋の二ツ目昇進が決まっている辰じん、もう一人は扇遊門下のゆう京で昼の部の開口一番に登場。まだ入門し立てだと思うが、「子ほめ」を淀みなく演じた。でも京大出して落語家じゃ親はガックリしてるだろうな。
落語協会の名簿を見て気が付いたが、今は二ツ目がワンサといるのに対し、むしろ前座が少数だ。真打昇進を厳しくした結果二ツ目の滞留人数が増えてきたわけだ。
このままのペースで行けば、やがて生涯真打になれないなんていう二ツ目も出てくるわけで、これはこれとして深刻な問題なのかも知れない。

圓太郎の1席目「宿屋の富」。
この噺の聞かせ処は大きく分けて、最初の泊り客の金持ち自慢、次は富籤の抽選会場の情景、最後に客が一番富の当りを見つける場面の三つだ。
近年では初めの金持ち自慢はあっさり目にして、第二の抽選会場での特に二番富を当てると断言する男の妄想ぶりを中心に描かれる傾向にある。
それに対して圓太郎の演出は第二の場面をカットし、第一の客と宿の亭主とのヤリトリに時間をかけた。
そのせいか全体に平板な印象で、一番富に当たったのを見つける場面でも緊迫感に欠けていたように思う。

圓太郎の2席目「野晒し」。
1席目のやや窮屈な感じとうって変り、伸び伸びとした高座。この人はこういう噺がニンのようだ。
演出としては三代目柳好と八代目柳枝のいいとこ取りだったように思うが、主人公の八が向島に行き、釣り糸を垂れながら女の訪問を妄想する場面での弾け具合が良い。
それだけに「宿屋の富」で、抽選会場での二番富男の妄想ぶりを観たかったなぁ。

白酒の「松曳き」「明烏」の2席は毎度おなじみで、このブログでも何回か採りあげているので詳細は割愛する。
7回目の出演でようやくこの2席を掛ける余裕というか、白酒の抽斗の多さに改めて感心させられる。
今回の高座をみていて再認識したのは、白酒の演出における時次郎の存在感だ。吉原の遊びが男として成長していく通過儀式だったんだというのが良く分かった。
この先も暫くは「三白一兼」の快進撃が続くのだろう。

三田落語会の会場での次回チケットの販売枚数が、次回から一人当たり今の半分になるらしい。私のように常に独り参加の人間にとっては朗報だ。
主催者側としは何とか早くチケットを捌きたいということだろうが、公平性の点から又ネットダフ屋を排除するためにも、他の落語会でも検討して欲しい。

2012/04/22

#19三田落語会・夜「権太楼・喬太郎」(2012/4/21)

4月21日、第19回三田落語会は久々に昼夜公演に。都合により夜の部「権太楼・喬太郎 二人会」の方を先に紹介する。
いつものプログラムとは別に、石井徹也氏が書いた「事祝(ことはぎ)て 柳家権太楼師匠」という一文が配られた。もちろん芸術選奨文科相賞受賞への祝辞である。権太楼を「意気の人」との評価は正鵠を得ている。
しかし後段で権太楼の「芝浜」を評して「三木助型『芝浜』肯定否定論議」に決着を付けたというのは言い過ぎではなかろうか。
「芝浜」を現在にような落語の代表的作品のひとつにまでしたのは、やはり三代目桂三木助の功績だ。魚屋とその女房の情愛と作品に抒情性を持たせたのがポイントだったと思う。毎年、年末になると各寄席で決まったようにトリ根多として「芝浜」が演じられるようになったのは、「三木助の芝浜」があったからだ。
しかし既に半世紀以上前のことであり、その後の演者が三木助を乗り越える試みをするのは当然のことだ。「談志の芝浜」なぞはその成功例といえる。
現役でも権太楼を始め多くの噺家が独自の工夫を凝らして演じており、それぞれの「芝浜」を作り上げている。喜ばしいことだ。
それを以って「三木助型への肯定否定論議に決着うんぬん」というのは些か的外れだと私は思う。

<  番組  >
前座・入船亭辰じん「一目上り」
柳家権太楼「壷算」
柳家喬太郎「禁酒番屋」
~仲入り~
柳家喬太郎「粗忽長屋」
柳家権太楼「百年目」
(お囃子:太田その)

権太楼の1席目「壷算」。
マクラでいきなり前日に倒れてしまい体調が悪いと切り出す。確かにいつもと比べてやや元気がないようだ。抗がん剤の治療を受けながらの高座はさぞかし大変だろう。今や権太楼は落語界の宝なのだから無理はしないで欲しい。
「まさか喬太郎と二人会をやろうとはねぇ」と言っていたが、今回が初なんだろうか。
始めはソロリとした出足だったが次第にエンジンがかかり、途中からいつもの権太楼節に。
兄貴分が男に買い物のコツを教える際に古着を例にすると、男は「それは水瓶を買った後にしてよ」と答える。こういう会話の擦れ違いは上手い。
この兄いは買い物上手というよりは詐欺の手口だが、口が上手く相手を丸め込むため店主側が気付かない。
どこかオカシイと思っても畳み込んで相手に考えさせない状態にして騙す。現在でも「00詐欺」という名前で立派に通用している。この作品が普遍性がある所以だ。
店主の困惑ぶりが可愛いらしく見えるのはいかにも権太楼らしい。

権太楼の2席目「百年目」。
今まで観た権太楼の高座でベストだと思う。それほど素晴らしい出来の「百年目」だった。
この噺で難しいのは、いかつい大番頭が店を出て着替え、芸者タイコモチ連中と向島へ花見に行くときは粋な旦那に早替わりする所だ。
花見の場所でバッタリ本物の旦那と鉢合わせすると、途端に元の番頭に戻る。
番頭が早替わりした旦那と本来の旦那では自ずと貫録が違う。そこの演じ分けが難しい。
権太楼が演じる旦那はいかにも大店の主人という風格に溢れていて、だからこそ最後の大番頭に説教する場面に説得力がある。ここで客にジーンと来させるかどうかがこの演目の勝負所だが、この日は大成功だったと思う。
最初の店先の番頭、手代、小僧たちの造形も良く出来ていたし、大番頭がビクビクしながら花見に興ずる心理や、旦那と鉢合わせしてからの「あと1年だったのになぁ」という繰り言をつぶやく心情も見事に描かれ共感を呼んだ。
このネタ、西では米朝、東では圓生と相場が決まっていたが、この日の権太楼の高座はそれに迫るものだった。

喬太郎はマクラで、風邪をひいていて少し良くなってきたが、いつもの美声が出ないのでと言っていた。
しかし声が聞き苦しく、これでは高座に上がれる状態ではない。
こういう時は思い切って休演か代演という選択も考慮すべきでは。
お互い生身の身体だから病気もすれば怪我もある。それは仕方ないことだ。観客もその辺りのことは多少大目に見て上げる必要もあるだろう。
本人としては無理してでもと思って出演したのだろうが、せっかく喬太郎を楽しみに来たお客に却って失礼ではなかろうか。
従ってこの日の喬太郎の2席に対する論評は控えたい。

この日は権太楼の「百年目」が全てだったし、これだけで満足。

2012/04/19

首都直下型地震と石原知事

東日本大震災を受け、東京都防災会議の地震部会(部会長・平田直東大地震研究所教授)は4月18日、首都直下地震などの被害想定を見直し、切迫性が高いとされる東京湾北部を震源とするマグニチュード(M)7.3の地震が起きると9600人の死者と、14万7611人の負傷者が出るとの報告書をまとめた。
23区内の7割が震度6強以上に見舞われ、一部地域では震度7になると想定している。
建物被害は30万4300棟、帰宅困難者は516万6126人、避難者は338万5489人としている。
地震部会は「客観的なデータや科学的根拠に基づき、可能な限り実際に起こりうる最大の被害像」としている。
ただ今回の想定には3月に政府が公表した南海トラフによる巨大地震の被害は含まれていない。
 
私が住む地域では震度7、家屋の焼失100棟以上と予想されている。都内で最も被害の大きいとされる場所のひとつだ。
さて、これに対する東京都の震災対策といえば、お寒い現状だ。
とりわけ石原都政になって以後、後退が目立つ。
例えば、震災対策予算は石原知事就任2年前(1997年度)の計画事業費約1兆円だったのに対し、2010年度は3757億円と大きく後退している。
住宅耐震化予算にいたっては1999年度1000億円だったのが、2008年度は204億円と約8割減だ。
石原慎太郎知事は耐震助成について、3月23日の会見で以下のような発言を行っている。
「私に聞いたってできっこないわね。神様じゃないんだから。
行政の主催者だったってね、東京がいくら富裕財産があったってね、6か7のときに倒れそうな建物に対して財政的な配慮ができるわけないじゃないですか。」
昨年の東北大震災の直後の会見で石原都知事は、
「この津波をうまく利用してだね、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う。」
「日本に対する天罰だ。大きな反省の一つのよすがになるんじゃないですか。」
と言い放った。
東京でどれだけの被害が出ようと、何千人の死者が出ようと、きっと石原知事にとっては「天罰」でしかないんだろう。だから震災対策の予算など削るしかないわけだ。

石原慎太郎を愛国者だと思う向きもあるようだ。では訊くが、次の様な発言はどうなのだろうか。
「私は半分以上本気で北朝鮮のミサイルが1発落ちてくれたらいいと思う。」
「北朝鮮のミサイルが日本に当たれば、長い目で見て良いことだろうと思った。」
世の中に、北朝鮮のミサイルが日本にあたることを願う愛国者などいるわけがない。
この男の中にあるのは、いわゆる第三国人(朝鮮人、台湾人、中国人)に対する憎悪と、アングロサクソン・コンプレックスだと思う。
少年時代に受けた日本の敗戦という屈辱をいまだに引き摺っているのだろう。

石原都知事殿、もうそろそろ、いいんじゃない?
(一部敬称略)

2012/04/15

#12大手町落語会「この人この噺」(2012/4/14)

4月14日、日経ホールで行われた第12回大手町落語会「この人 この噺」へ。チラシによれば各人がこれ以上ないというネタを選択したとある。
偶数月開催のこの会、他の落語会と開催日が重なることが多く、しばらくご無沙汰だった。この会場は椅子がユッタリとしていて快適だが、そのせいか寝る人が多い。
顔づけが落語協会2、立川流1、圓楽一門1という珍しい組み合わせ。

<  番組  >
林家たけ平「扇の的」
三遊亭兼好「壺算」
立川志らく「黄金餅」
~仲入り~
柳家さん喬「おせつ徳三郎」

たけ平は初見で、前から観たいと思っていたのでちょうど良かった。
「扇の的」は、代表的な地噺である「源平盛衰記」の後半部分。たけ平は当代正蔵の弟子だが、ネタは父親の三平が得意としていた。
明るい高座スタイル、客のいじり方、適度な面白さのギャグ、いずれも師匠より初代三平の芸風に似ている。
この高座だけでは実力が計れないが、客席はけっこう受けていて、サラとしての役割は果たしていた。

兼好「壺算」、マクラで野田首相が田中防衛相をソクラテスの言葉「無知の知」と言ってかばったことから、悪妻のクサンティッペの連想で真紀子夫人、ソクラテスの自殺から田中防衛相の辞任への期待へと連想と話を拡げ、野田首相を皮肉っていたのはいかにもこの人らしい。
ネタに入って独自の演出としては、兄ぃが50銭まけさせるのに幼児体験を持ち出す箇所、幽霊話で脅かされ番頭はしぶしぶ値引きする。
これからの応酬は、兼好らしく専ら目の表情で。この高座だけは周囲に寝る人が無かった所をみると、一番受けていた。
ただオチだが、実は良く分からなかった。本人の言い間違いなのか、こちらの聞き間違いなのか。もしお判りの方がいたらご教示ください。

志らく「黄金餅」、圓朝の作とされているが、屍骸を生焼けにして小粒金を抉り出すという、落語にしては珍しく凄惨な話を面白くしたのは何と言っても志ん生の功績。その後の志ん朝や談志も志ん生の演出を基本にしていた。
志らくは談志の演出をベースにしながら、独自の解釈を映像的(眼に見えるように)に見せる演出法だった。映画監督や舞台演出家としてのセンス、知識を活かしたものと見える。
先ず西念や金兵衛らが住む長屋が社会の最底辺であることを示す。ゴミを漁り、襤褸をまとい、居酒屋の店先で客の飲み食いを物陰から手真似して口をふさぐ暮らし。
下谷山崎町といえば江戸でも屈指の貧民窟、当時の人は地名をきいただけで貧しさが想像できただろうが、今では志らくのような具体的な描写が要る。
死んだ西念の執念もすさまじい。瞼を閉じることもなく、挙げ句は大家の香典まで握りしめてしまう。
そんな一行が遺体を菜漬けの樽に押し込んで深夜江戸の中心部を歩く、想像するだけでゾクッとする。
着いたところは麻布絶口釜無村の荒れ寺である木蓮寺。今と違って当時の麻布は草深いところだったようだ。しかも釜無村というからには家に釜も無いほどの貧乏村だ。
そこで天保銭5枚払って、酔っ払いの和尚にいい加減なお経をあげてもらう。
金兵衛は台所にあった鰺切り包丁の錆びたのを腰に差し、桐が谷の焼き場まで早桶を背負ってやってくる。この時に金兵衛が、死骸の中にある金さえあれば、ようやく人間らしい暮らしが出来るんだと独白する場面を加え、底辺からなんとか這い上がろうとする人間の苦悩を演じてみせた。
桐ケ谷にいるのは隠亡(おんぼう)と呼ばれた遺体焼却人。ここも当時は社会の最底辺。
金兵衛が屍骸を生焼けにして貰って小粒金を抉り出すシーンはかなりリアル。凄惨になるので普通は敢えて避けたいとこだろうが、志らくは逆に細かく描写することで、この演目のテーマを鮮明にしたかったと思われる。
最後に加えたオチも気が利いていて、近年では出色の「黄金餅」となっていた。
師匠なき後、談志の志と芸風を継げるのは、この志らくしかない。そのことを再認識させてくれた高座だった。

さん喬「おせつ徳三郎」は長講の通し。
それぞれの登場人物の演じ分けは相変わらず鮮やか。特に大店の主人や刀屋の主の人物像は申し分がない。
前半の「花見小僧」だが、珍しく何回も噛んでしまい、その分リズムを悪くしていた。
後半の「刀屋」では徳三郎が刀屋の店を飛び出すまでは良かったが、後半がダレテしまった。おせつと再会してからの「お嬢さん、どうかお家へお帰りになってください」「いいえ、私は・・・・」の延々と続く繰り返しがくど過ぎたのが原因。
オリジナルと異なり、二人が川へ飛び込む前に抑えられてしまう演出や最後のオチも疑問。
さん喬は丁寧なあまり、時に装飾が過剰になるきらいがあり、この日の高座もその傾向げ強かったように思う。

2012/04/14

木嶋佳苗と林真須美と

首都圏の連続不審死事件で、交際男性3人への殺人罪などに問われた無職木嶋佳苗被告(37)の裁判員裁判判決で、さいたま地裁は4月13日、3人殺害をいずれも認定、「極めて重大な犯行を繰り返し、尊い命を奪った結果は深刻で甚大」とし、求刑通り死刑を言い渡した。
大熊裁判長は判決理由で「働かずにぜいたくで虚飾に満ちた生活を維持するための犯行。身勝手で酌量の余地は皆無」と指摘。量刑については「改悛(かいしゅん)の情は一切うかがえない」と説明した。
物証に乏しく、状況証拠の積み上げだけでの判決、裁判員たちもさぞ頭を悩ましたことだろう。
「疑わしきは罰せず」の原則からいえば無罪という選択もあっただろうが、3人の被害者の死亡状況があまりに不自然であり、殺害以外に説明がつかないという結論だったと思う。
とりわけ被告に殺害すべき動機が明確だったという点も見逃せない。動機は証拠にはならないが、裁判官や裁判員の心証に大きく影響したであろうことは否めまい。

木嶋佳苗という女は、自らの肉体を提供する代償として複数の相手の男性から対価を得るという生活を続けてきた。はやく言えば売春。
決して美人とはいえないが、いわゆる男好きのするタイプなんだろう。それに獲物を狙う嗅覚が発達していた。
ここまでなら世間にいくらでもいる。芸能界や水商売ならゴロゴロしているだろう。
ただ彼女の場合は派手好きで浪費癖があり、通常の売春では生活レベルが維持できなかった。
次第に結婚詐欺に向かい、挙句の果てが・・・といった所か。

もうひとつ思い出されるのが1998年7月25日に起きた「和歌山毒物カレー事件」で、こちらは既に林真須美の死刑が確定している。
この事件も被告人が犯人であるという直接的な証拠や自白がなく、状況証拠だけで死刑判決が出されたという共通点がある。
異なるのは林真須美の場合は夫とともに、保険金詐欺の常習ということで生計をたてていた点だ。
裁判では動機も解明されなかったが、そのことが被告人が犯人であるという認定を左右しないと最高裁で認定されている。
林真須美のような女は、自分の利益にならないような事には手を染めないタイプだ。
誰が食べるかも分からないカレーに毒物を入れることは、彼女にとって金銭的にはなに一つ得にならない。
つまり木嶋佳苗の場合は日常の延長線で起こした事件で必然性があると思われるのに対し、林真須美の方は非日常的な事件で必然性に欠けるということになる。

もし私が裁判員(後者の事件では有り得ないが)であったと仮定したら、林真須美はシロで、木嶋佳苗はクロという判断になる。

2012/04/12

今年の阪神、やるじゃん!

4月11日、阪神は広島に連勝しついに単独首位に立った。
藤川が通算200セーブという大記録で花を添えた。
シーズン開幕前のあるスポーツ紙のインタビューで、巨人軍の原監督がペナントレースのライバルチームについて、一番に昨年の覇者・中日、次にヤクルト、そして広島の3球団をあげていた。そこには阪神タイガースの名はなかった。
解説者らの下馬評でも阪神は4位という予想が多く、CSに進出できれば上々という評価だったように思う。
シーズンオフにこれといった補強をせず、レギュラーを脅かす若手の出現もないという状況では、期待されなかったのも止むをえまい。
しかし和田新監督による「1点を取りにいく野球、1点を守る野球」という方針がチームに浸透しつつあり、それが戦績に反映しているように見える。
真弓前監督時代には一度も出来なかったスクイズを、今シーズン既に2回成功させているのはその表れだ。小技を見せることにより攻撃の幅が広まったのだ。
チーム打率.219、防御率2.47(以上、4月11日現在)ともに飛びぬけた数字ではないのに首位に立っているのは、そうした理由からだろう。
ただこれから先は必ずしも楽観できない。
一番の不安はなんといっても正捕手の不在だ。
城島が膝の故障でキャッチャーの守備につけず一塁の控えにまわり、昨年本塁を死守した藤井が死球による頬の骨折で長期離脱が避けられない雲行きだ。
しばらくは小宮山や岡崎が代役をつとめることになるが、経験が物言うポジションだけに不安がつきまとう。
中堅には柴田や大和といった若手が出てきたが、それ以外今のところ活きのいい若手が見当たらない。
ベテランの多いレギュラー陣、長丁場のペナントレースを考えれば控えの層の薄さが気になるところだ。
投手陣は巨人や中日とも十分に伍していけるので、後は中谷、伊藤隼、野原将ら素質のある若手野手がいつ上にあがってくるのかがポイントを握っている。
今年の秋には是非優勝して、阪神を無視した巨人の原監督のハナをあかしてくれ。
いちファンとして、心からそう願っている。

2012/04/11

花に嵐のたとえもあるぞ

今朝、近くの公園の桜が数多く散っていた。早朝の風雨のせいだろう。
今日一日の嵐で、大半の花が落ちてしまうかも知れない。
桜が開花するこの時期、日本海で発達した前線が日本列島を横断し、先日のように時には台風並みの嵐となる。
「明日ありと想うこころの仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」とは、親鸞が9歳の時に詠んだ歌とされている。随分とオマセだったんですね。
この時期にしばしば引用される「花に嵐のたとえもあるぞ」という言葉だが、これは作家・井伏鱒二が有名な漢詩を意訳した中の一節だ。
全文は次の通り。

【勸酒】 于武陵
勸君金屈卮
滿酌不須辭
花發多風雨
人生足別離
(意訳)
コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

原文を日本的風情に移した名訳である。
これを読むとやはり大陸でも開花の季節には風雨が強まるらしい。
映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」では
♪花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる道♪
とされていて、男なら別離だの無常だのという心情に浸っていないで、それを踏み越えよということらしい。
もっとも今どきは、女性の方が踏み越えていってるけど。

さて、井伏鱒二の漢詩の意訳は他にもある。
下記はその一例。

【田家春望】 高適
出門何所見
春色満平蕪
可嘆無知己
高陽一酒徒
(意訳)
ウチヲデテミリャアテドモナイガ
正月キブンガドコニモミエタ
トコロガ会ヒタイヒトモナク
アサガヤアタリデオホザケノンダ

「阿佐ヶ谷あたりで大酒飲んだ」という訳は些か乱暴な気もするが、なんとなく雰囲気は出ている。

2012/04/09

「天下たい平」50回スペシャル(2012/4/8)

横浜にぎわい座で隔月に定期的に開かれている”林家たい平独演会「天下たい平」”が50回を迎え、4月8日”50回スペシャル たい平2時間出ずっぱり”が行われた。第1回は客席が4分程度だったそうだが回を重ねるごとに客足が伸び、今回は前売りで完売だった。
50回欠かさず来てくれた客もいたようで、ファンというのは有り難いものだ。
俗に独演会と名付けられているものに2種類ある。一定の会場で定期的に行うケースと、各地でスポットで行うケースだ。後者は営業色の強いもので、「天下たい平」のような会は前者でネタおろしなどもこうした独演会で行われる。
50と回を重ねるというのは容易なことではなく、この一点からしてたい平の落語に取り組む姿勢が分かる。
一般には「笑点」メンバーとして知られていて、その為かいわゆる落語通の中では評価が高いとはいえない憾みがあるようだ。

<  番組  >
口上
林家たい平「七段目」
 林家あずみ「三味線漫談?」
林家たい平「長短」
~仲入り~

林家たい平「愛宕山」
三本締め

モギリでチラシが渡されたが、たい平の手書きで今日の会は「たい平祭」のようにしたいと書かれていた。
その通り独演会というよりファン感謝祭のような雰囲気で、客席はまるで後援会の集い。私のような人間はちょっと場違いな所に来てしまったかの感がある。
Photo弟子のあずみ(ご覧のような美女、但し協会員ではない)が短い時間をつないだ以外はワンマンショー。唄を歌いながら場内を回りファンと握手。後ろの席の中年のご婦人たちから「可愛い~」の声が上がる。まるで韓流スターだ。
独演会の終了後には近くの居酒屋でファンと共に打ち上げを恒例としているようで、こうしたファンサービスも人気の秘訣なんだろう。
たい平の魅力は明かるさ、器用さ(花火の打ち上げのような)、そしてサービス精神だと思う。これらを兼ね備えているということは芸人としての素養を持っているということであり、大成する可能性を秘めているといえよう。

「七段目」、2000年の真打披露の高座以来何度か聴いている、たい平の十八番。ケースバイケースでテンションを高めたり抑えたりする(こういう所も巧み)が、この日は当然ハイテンション。
若旦那と警官による「安宅関」から始まり、団十郎と福助の声色、そして二階での忠臣蔵七段目と芝居掛かりで客席は大受け。

「長短」、これも得意の演目。
誰から教わったのかは分からないが、通常の三木助や小さんの型ではなく、小道具に烏賊の塩辛を使う事や長さんのオーバーな顔の表情で笑いと取る手法からすると、八代目雷門助六の型(長さんが上方という点は異なるが)ではないかと推察する。
前半でタップリ笑わせるが、肝心の長さんが煙管を吸う場面になるとややダレテくるのが欠点か。

「愛宕山」は当方初見。
この噺の登場人物の造形で難しいのは大旦那。幇間を連れて京都で遊び谷底へ小判をまくほどの大金持ちの風流人、この風格が出せるかどうかだ。
たい平が描く旦那は軽すぎて、金持ちにも風流人にも見えない。
一八が愛宕山を登るシーンや谷底から戻るシーンは熱演で、観ている方も力が入ったが、全体として出来は今ひとつ。
こうした大ネタで客を満足させるような芸へ、これからの精進を期待したい。

2012/04/08

女性たちの生と性を描く「まほろば」(2012/4/7)

4月2日に行われた大阪市の新規採用職員の発令式で、橋下徹市長は「みなさんは国民に命令する立場」と訓示した。
市長は市職員に命令し、職員は市民に命令を下す、「右向け右!」と。
公務員は国民の奉仕者の筈だが、大阪市ではいつから国民に命令するほど偉くなってしまったのだろうか。
これじゃ旧ソ連か中国みたいだ。
こんな官僚国家は真っ平御免。
"under the bridge"という名の新型ウイルスが全国に蔓延することだけは阻止せねばなるまい。「維新伝染」というから。

4月7日、新国立劇場で公演中の「まほろば」を観劇。
作者と演出家が男性だが出演者が全員女性という珍しい芝居で、そのせいか女性客が多い。
2008年の初演に続く再演で、キャストは子役を除き初演と同一とのこと。

作:蓬莱竜太 
演出:栗山民也
<  キャスト  >
秋山菜津子/40代、藤木家の長女ミドリ 
三田和代/60代、ミドリの母ヒロコ
中村たつ/70代後半、ヒロコの姑タマエ  
魏涼子 /30代後半、ミドリの妹キョウコ 
前田亜季/20歳、キョウコの娘ユリア  
大西風香/11歳、ミドリの知り合いの子供マオ  

ストーリーは。
九州のある地方。
伝統と格式のある藤木家、その家のヒロコには家の跡継ぎがいないのが最大の悩み。男の子を生めなかったというのが負い目となっている。
東京でキャリアウーマンとして働くしっかり者だが婚期を逸しつつある長女ミドリ、実家に同居するシングルマザーで今も奔放な男関係を続ける次女キョウコ。
長女の婿取りだけがヒロコの期待。
この地方の有名な祭りの日、長女ミドリが婚約者を別れての傷心の帰郷。何とか縁りを戻せないかと迫るヒロコに、ミドリは既に閉経しているので子作りは諦めろと告げる。
そこに東京で一人暮らししているキョウコの娘ユリアが突然家に戻ってくる。既に妊娠していて相手は妻子ある男性、産むか産まないか迷っているという。驚いた母親のキョウコは絶対に堕ろせと強く迫るのだが、ミドリや祖母のタマエは産むことを勧める。
やがてミドリの身体の変調に気付き、彼女の生理がとまったのは妊娠のせいではないかと・・・。

望まぬ妊娠をしてしまった女性たちと、家の継続のみが自分の使命と心得る母。
非婚、晩婚、デキ婚のある一方、シングルマザーも増えている現代の女性の生き方。その一方で家制度を守りたいと願う人々もおり、この対立は現代のテーマのひとつではある。
この問題をテーマとした芝居で、対立と葛藤を経て最後はそれぞれに明るい希望を抱かせるエンディングとなっている。
妊娠したのかしてないのか、そんなセリフが飛び交う舞台だが、客席は終始笑いに包まれる。
出演者全員の好演に支えられた上質の喜劇だといえよう。

しかし女たちを妊娠させた男どもは一切姿を現すことなく、責任を取ろうともしない。ただ舞台の外で祭りに興じているだけだ。
彼女らがこれから立ち向かうであろう修羅場や生活苦など、どこ吹く風。
性は男にとっては快楽だけだが、女性にとっては子供を産み育てるという苦労が後に続く。
男稼業なんてぇのは気楽なもんだ。
やっぱり男性がこさえた作品だね。

公演は4月28日まで各地で。

2012/04/06

そんなにイランが悪いのか

民主党の鳩山元首相が4月6日から4日間の日程でイランを訪問し、アフマディネジャド大統領と会談する方向で調整しており、国際的に批判の強いイランの核開発問題について意見交換する予定だ。中東情勢に詳しい同党の大野元裕参院議員が同行する。政府内外からは、米国のイランへの制裁に協力している立場から批判の声がある。
今回のイラン訪問の意図は明確でないが、元首相とはいえ今は公的には無冠の一議員である鳩山氏が個人的な立場でイランに行くことは何の問題もないし、むしろ長い目で見れば国益に合致すると思う。

イランは医療用アンソトープの生産を行う原子炉の稼働のため、20%高濃縮ウラン(原子爆弾の場合は90%以上)の自国製造を進めている。
これを米国政府は通常の原子力発電では低濃縮ウランで十分であり、高濃縮ウランを用いるのは原子爆弾の製造を狙っているとして非難してきた。
イラン政府は一貫して核兵器を作らないと言明しており、加盟している核不拡散条約 (NPT) の正当な権利を行使しているだけと主張している。
2010年2月にイランのアリー・ラリジャニ国会議長が衆議院の招待で来日した際には、長崎原爆資料館を見学し、「世界に一つでも原爆が存在すれば人類への脅威だ。人々は、核のない世界に向けて立ち上がるべきだ」と感想を述べ、爆心地公園にある原爆落下中心地碑に献花した。
帰国後イランの国会で同議長は、その時の感想として「原爆投下こそが米国が引き起こした真のホロコーストだ」と演説を行っている。

もしアメリカが本気で中東地域での核兵器保有を心配しているのであれば、一番にイスラエルの核兵器こそ問題にすべきなのだ。
イスラエルの核保有については一切言及せず、保有する意思を否定しているイランのみ攻撃しているのは不当というしかない。
「地球上で非核の呼びかけを行う者はまず最初に自分の国から始めるべきだ」というイランの主張には正当性がある。

中東諸国は概して親日的だが、特にイランは日本に対して友好的だ。
私は米国のイラク戦争開始直前にイランを観光で訪れた。どこへ行っても手を振ってくれたり声を掛けてくれたり、ちょっとした人気者になった気分に浸れた。
どうして日本人は人気があるのかと現地ガイドにたずねたら、資源のない小さな国が世界トップクラスの経済発展を遂げていることに、同じアジア人として誇りに思っているのだそうだ。
こういうのは他国では経験がない。
イランは世界の石油埋蔵量の10%を占める世界第2位の産油国であり、天然ガス埋蔵量においても世界第2位である。
エネルギー確保という観点からしても、イランとの友好的関係は保持せねばならない。アメリカにはアメリカの事情があるだろうが、日本には日本の事情がある。
そのためには様々な外交ルートを模索することは国益に合致する。

かつて麻生首相(当時)が、イランの外相と首相とが電話で簡単に話のできる関係を保つなど広い中東のどの国とも話ができる国として、日本は世界で稀な地位を占めている事を日本外交がもつ貴重な資産であると述べたことがある。
自民党議員が国会で今回のイラン訪問に難癖をつけているが、それはあまりに近視眼的といえよう。

2012/04/03

ミャンマー民主化への期待

ミャンマーが民主化への一歩を歩み出しそうだ。
民主改革を進めるミャンマーの連邦議会補選が4月1日投開票され、野党・国民民主連盟(NLD)を率いる民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんは、最大都市ヤンゴン南部の下院選挙区で勝利した。
NLDは独自集計として改選議席45(地方議会2議席を含む)のうち40議席を獲得したと圧勝を宣言。
これによりスー・チーさんは国政に初参加するが、議会では旧軍事政権系の与党が多数を占め、軍の影響もまだ大きい中、このまま民主化が進展するかどうかは予断を許さない。

ミャンマーには2006年1月に訪問したが、民衆の生活はアジア諸国の中でも決して豊かとはいえない。
政治的には軍事政権で言論の自由は制限され、アウンサン・スーチーさんは軟禁状態にあった。
汚職がはびこり何をして貰うのにもワイロが必要だったようだ。
現地ガイドが持っていた携帯電話は軍人の将校から入手したのだそうだが、日本円で60万円相当の金額を支払ったとか。公務員の月給が5000円の国でである。
驚いたのは交差点で交通整理をしている警察官に、ドライバーたちがワイロを渡している光景だった。渋滞を優先的に通り抜けさせてくれるそうで、時には信号を赤から青に変えてくれるのだそうだ。
入院すれば、金を渡さないと医師が回診に来てくれない。看護師に見まわって貰うのさえ金が要る。患者の家族は毎日札束を抱えて病院に通うのだと言っていた。もちろん貧しい人は診療が受けられない。
軍政下のミャンマーは国の隅々まで汚職と腐敗が拡がっていた。
国民が民主化を求めて立ち上がったのは当然のことだ。

ミャンマーは本来は豊かな国である。
人々が貧しいのは政治のためだ。
気候は温暖で水資源に恵まれ、二期作、二毛作が可能で、米作ではアジアでもトップクラス。生花や果実も豊富。
森林が多く木材資源も豊富で、アジアの中では珍しく石油と天然ガスの産出国でもある。
金属資源が豊富で、ルビーやサファイアなどの宝石類も産出する。
処が、こうした豊かな資源が国民生活の向上に寄与していない。
例えば石油が出ても精製設備が無いため、一度タイへ原油で輸出し製油したものを逆輸入していた。
宝石類も輸出を禁止しているのだが、実際には闇ルートで近隣諸国に流れている。
旨い汁はみな周辺が吸いあがているのだ。

ミャンマーは「微笑みの国」と称されている。
確かに人々は明るく親切だし、生活はゆったりとしていて幸せそうにさえ映る。
自国の伝統的文化や宗教を大切にして、私たちが羨むほどだ。
これから民主化や近代化が進むとしても、人々の優しさは失わずにいて欲しい。
トイレ休憩で立ち寄った土産物屋で、結局だれも何も買わずに出てきてしまったのだが、店の少女たちはこうしてニコニコと見送ってくれた。
彼女らの幸せを願わずにはいられない。

1

2012/04/02

国立演芸場4月上席・初日(2012/4/1)

4月1日、国立演芸場・上席の初日へ。寄席の初日というのは休演代演が少ないので安心して行ける。
ロビーに平成23年度花形演芸会受賞者のポスターが貼ってあった。大賞は一之輔で、予想していた兼好は金賞となっていた。ウ~ン、何せ今年は一之輔の年だから仕方ないか。
前日にようやく東京も開花宣言がでて春めいてきたようだ。

前座・林家木りん「金明竹」
<番組> 
柳家ろべえ「元犬」
柳家三之助「堀之内」
ひびきわたる「キセル漫談」
古今亭菊志ん「悋気の独楽」
柳家小ゑん「鉄の男」
―仲入り―
ホームラン「漫才」
三遊亭吉窓「長屋の花見」
アサダ二世「奇術」
柳家喜多八「短命」

注目は古今亭菊志ん。有望な若手が集まる圓菊一門の中の一人。
二つ目時代に三三と定期的に二人会を開催していたが、当時は二人実力が伯仲していた。もともと芸はしっかりしている。ただ「青臭さ」が気になる時があり、そこが抜けていけば面白い存在になるのだがという期待感があった。
2月の花形演芸会での「小言幸兵衛」を聴いて、その辺りが吹っ切れてきたなと実感できた。
先月の鈴本での主任公演に行けなかったので、この日にスライド。
この日の「悋気の独楽」、結構でした。
落語家の上手い下手を見分ける一次予選は子どもの出来、つまり金坊や定吉が「らしく」演じているかが判定基準になると思っている。子どもが上手い噺家は例外なく噺も上手い。
ストーリーは。
旦那の浮気を疑うオカミサンに後をつけるよう頼まれた定吉が旦那に見つかってしまい、そのまま二号の宅へ。
二号から口止め料代わりに小遣いを貰うのだが、その際に「辻占の独楽」というのをみつける。
黒いのが旦那の独楽、赤いのが二号の独楽、そして色が褪せているのがオカミサンの独楽、三つを同時に廻し、黒い独楽が赤い独楽に触れればその日は二号宅へ泊まり、オカミサンの独楽に触れれば本宅へお帰りになるという仕組み。
定吉がねだってその独楽を袂に入れて店に戻る。
オカミサンの前で旦那の行く先を適当にごまかしたが、袂から独楽が落ちてしまい問い詰められて本当の事を話す。
オカミサンから命じられ、定吉が独楽を廻すのだが・・・。
時間の関係からか、二号の家で定吉が御馳走になる場面や、店に戻って定吉がオカミサンの肩を叩いて「喜撰」の一節を語る場面が省略されていたが、登場人物の演じ分け、とりわけ小僧の定吉が良く出来ていた。
このネタの小僧は無邪気さと強(したた)かさの両面が求められ、描写が難しいのだ。特に一言付け加えながら独楽を廻す仕草が巧み。
機会があれば是非フルバージョンで観たいと思わせる好演だった。

その他の寸評。
木りん「金明竹」、久々にひどい前座を観た。高座に上がれるレベルではない。

三之助「堀之内」、芸はしっかりとしているのだが、妙に老成しているかのような印象で若さに欠ける気がした。このネタはもっと弾けて演じて欲しい。あの志ん朝でさえ、このネタでは弾けていたではないか。

小ゑん「鉄の男」、オタクをネタにした枕から客席の空気をガッチリ掴んで、鉄道オタクを題材にした新作で大受け。
秋葉原に「鉄道居酒屋」というのがあるが、まさか、この人の影響か。

吉窓「長屋の花見」、何だか湿っぽい花見になっていた。こういうネタはもっとパーアッと明るく演じないと。

喜多八「短命」、やつれたような印象は相変わらずで少々心配だが、高座は絶好調。隠居が八五郎になぜ短命になるか説明するのを、パントマイムで表情だけで演じていて、これが説得力がある。
マクラで「談志って下手でしょ、そう思いませんか」と言っていたが、いまどき勇気ある発言だ。亡くなって以後の祭り上げられ方は些か常軌を逸しているがごとくに見える。ご本人もあの世で苦笑しているのではあるまいか。

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