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2012/06/29

井上ひさし生誕77「藪原検校」(2012/6/27)

6月27日、世田谷パブリックシアターで行われた、”井上ひさし生誕77 フェスティバル2012 第四弾「藪原検校(やぶはらけんぎょう)」”を観劇。
かつて三軒茶屋に行くには玉電でゴトゴト時間がかかったのだが、今は東急で2駅アッという間。劇場まで連絡通路でつながっている。

[作]井上ひさし
[演出]栗山民也
[音楽]井上滋
<  キャスト  >
野村萬斎:杉の市後ノ二代目藪原検校
秋山菜津子:お市・他
浅野和之:語り手役の盲太夫
小日向文世:魚屋七兵衛(杉の市の父)/塙保己市/首切役人・他
熊谷真実:七兵衛の女房お志保(杉の市の母)・他
山内圭哉:熊の市/兇状持ちの倉吉・他
たかお鷹:琴の市/初代藪原検校・他
大鷹明良:結解(けっけ)/松平定信・他
津田真澄:強請(ゆす)られる寡婦・他
山﨑薫:同上娘・他
千葉伸彦:(ギター奏者)

この芝居を理解するために盲人の組織である「当道座」について説明が必要のようだ。芝居や落語などの古典芸能の理解にも通じるので公演プログラムを参考に少し紹介する。
古代から一般に身体障碍者に対しては激しい差別があり、とりわけ盲人となると生きていくことさえ困難だった。
彼らは按摩、鍼灸などの技術や琵琶、三味線、筝、音曲などの芸能を身につけることにより生活の糧を得るしかなかった。
そうした盲人たちの自治組織が「当道座」であり、江戸時代には幕府公認の団体となり、寺社奉行の管轄下におかれる。
「当道座」は下から座頭、勾当、別当、検校の4官位に分かれ、さらのその中が73刻(きざみ)に細分化されたヒエラルキーの形態をとっていた。
世襲制度はなく、才能さえあれば蓄えた財力で昇進がかなうという、封建的身分制度とは異なったものであった。最下位から最上位の総検校にのぼるまでには719両もの費用が必要だったとされる。
当然、上の官位になるほど恩恵が受けられるので、盲人たちは差別と貧困から抜けるために昇進を願ったのである。
盲人の職業として高利貸しが公認されていて、その利子は年利で6割から10割という超高金利だった。そのため検校の中には数万両という貸し付けを行っていた者まで出現する。
つまり差別されながら保護も受けるという立場だったわけだ。
その結果、遊女を身請けするような検校も現れ、社会問題化していく。
1787年、松平定信が老中に就任すると引き締め政策が強化され、塙保己一らを中心に「当道座」の改革が行われる。
なお江戸、大阪、京都の都市部の盲人のほとんどが「当道座」に組織されていたが地方では少なく、生活はより切迫したものだったようだ。
明治4年には制度が廃止となっている。

あらすじだが、芝居の性質上、差別用語がふんだんに出てくるのでご容赦のほど。
主人公の杉の市は東北地方の魚売り夫婦の家に生まれる。しかし父親が按摩を殺して金を奪いそれを出産費用にしたためか親の因果が子に報い、生まれついての盲。
近くの座頭・琴の市の弟子にされるが生まれついての悪。金を盗み、師匠の女房とも情を通じるが、その地方の検校に因縁をつけられ有り金を奪われてしまう。
師匠夫婦をも殺して逐電した杉の市は、検校になるためには金が要ると、盗み、脅し、殺人、悪の限りを尽くす。
「おれはもっともっとやりてえことがあるんだ。この世の中を登れるところまで登ってみてえのさ。…盲がどこまで勝ち進めるか、賭けてみるんだ。悪いがおめえが邪魔なんだよっ!」
やがて江戸に出て初代藪原検校に弟子入りするが、ヤクザに頼んで師匠を殺し財産を奪い、遂に二代目藪原検校の地位を手に入れる。この犯行が明るみになっても幕府は処罰をしない。
しかし松平定信が老中に就き、綱紀粛正の一環として「当道座」の改革に着手する。先ず最初に何をなすべきかを人望の高い検校の塙保己一に問うと、それは藪原検校を公開の場で斬首することだと答える。

この芝居の主人公は己の欲望のためには平気で残虐非道な行いをするという、井上ひさしの脚本には珍しい人物だ。
ただそれが一種の爽快にさえ感じられるのは、作者の人間賛歌という目線、そして表現力だろう。
藪原検校に対比して塙保己一を登場させるが、いうなればこの二人は人間の裏表の関係。
そして最終シーンで大仰な処刑場面を見せることにより、悪行の結末を示しているのだ。
後味の悪さが残らないのはそのせいだろう。
ただ井上作品全体の中では、ワタシ的には中の下といった処か。

主役の野村萬斎、そこまで演るかという弾けぶり。濡れ場、猥褻なポーズやセリフの連続、恫喝、暴力、殺人の演技を諧謔の衣に包んで演じたところが、さすが狂言師という他はない。五木ひろしや森進一の物真似にまで挑戦して、ことによると萬斎ファンのイメージを狂わせたかも知れないほどのサービス精神。
セリフの力強さ、動きの美しさはやはり本業の芸の賜物。
秋山菜津子は女の愛欲や情念を見事に演じていた。体当たりの演技という表現がピッタリだ。
小日向文世の塙保己市ははまり役。この人はナチスのゲッペルスを演じてもピッタリだったし不思議な役者だ。
井上作品の出演者はいつも大変だ。主人公を除けば一人で何役も、時には8役をもこなさねばならない。
従って全員が芸達者揃い。
浅野和之の語りと千葉伸彦ギター演奏が芝居を盛り上げていた。

公演は7月1日まで。

2012/06/28

シャボン玉ホリデーの時代

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「ザ・ピーナッツ」の姉、伊藤エミが6月15日に亡くなった。享年71歳だった。
「ザ・ピーナッツ」の二人は1975年に芸能界を引退しているので若い方はご存じないかもしれないが、私たちの年代の人間にとってはTV番組「シャボン玉ホリデー」と共に忘れることができない。
まだテレビが家庭の主役だった時代、日曜日夕方6時からは「てなもんや三度笠」、そして6時半からは「シャボン玉ホリデー」を観るのが家族の儀式だった。
この番組は当初司会者のザ・ピーナッツの冠番組「ピーナッツ・ホリデー」として放送することとなっていたが、スポンサーである牛乳石鹸の意向でタイトルが変ったものだ。だから実質的には彼女らの番組といって良い。
優れた歌唱力と美しいハーモニーが彼女らの魅力だった。

テーマソングの
♪シャボン玉 ルルルルルルル
シャボン玉 ラララララララ
ロマンチックな夢ね 丸いすてきな夢ね
リズムにのせて 運んでくるのね
ホリデー ホリデー シャボン玉
シャボン玉 ホリデー♪
が始まると、もうワクワクして今日は植木等や谷啓がどんなコントを披露するのか楽しみで仕方なかった。
そう、もう一組のレギュラーが「ハナ肇とクレージーキャッツ」だった。中心メンバーは元々が「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」に参加していて、ジャズプレイヤーとしても一流だった。
そして番組の台本がしっかりしていた。
作者として青島幸男、前田武彦、塚田茂、河野洋、はかま満緒らが腕をふるっていたのだから、面白くなかろうはずがない。
エンディングのザ・ピーナッツの「スターダスト」が流れると、ああこれで週末が終わったなという気分になったものだ。

今ではバラエティ番組というと雛壇芸人たちがお互いにふざけ合ってそれを笑い合うというイメージが強いが、当時はこの「シャボン玉ホリデー」や「夢で逢いましょう」に代表される洒落た番組が多かった。
何より出演者に「芸」があった。

1972年に番組が終了する3年後にはザ・ピーナッツは芸能界を引退する。「シャボン玉ホリデー」は彼女らの芸能生活それ自身だったのだろう。
ハナ肇が肝臓がんで入院した時は二人交代で看病をしたそうで、いよいよ重篤となる前に病室内に番組のセットを設け、二人が「シャボン玉ホリデー」当時の衣装をつけて歌ったとある。ハナさんはさぞかし嬉しかったろう。
二人の優しさを物語るエピソードだ。

伊藤エミさんのご冥福をお祈りする。

2012/06/27

#11平成特選寄席(2012/6/26)

6月26日、第11回産経新聞「平成特選寄席」が赤坂区民センター・ホールで行われた。この会は久々だったが顔づけが良かったので出向く。
青山通りを豊川稲荷を右に見て坂を登り続け「とらや」を通ると間もなく会場。

<  番組  >
立川らく太改メ志獅丸「幇間腹」
古今亭菊六「浮世床」
桃月庵白酒「臆病源兵衛」
~仲入り~
古今亭菊之丞「転宅」
立川志らく「井戸の茶碗」

今回のメンバーは志らく・志獅丸の師弟、菊之丞・菊六の兄弟弟子という2組のコンビに白酒独りという組合せ。体形は slim 3:fat 2 の割合。

志獅丸「幇間腹」、前座を10年やって立川流の厳しい審査を通って今年目出度く二ツ目になっただけあって、しっかりとした語り口だ。
しかし人物の演じ分けがまだまだで、幇間が幇間らしくなく女将が女将らしくない。もっと仕種を勉強して欲しい。

菊六「浮世床」の夢編。
声も良いし語りもしっかりしている。ただこの人の高座を何席か聴いたが「軽さ」に欠ける。硬いのだ。
特にこのネタはもっと軽く喋らなくてはいけないのが、何だか人情噺のような語り口になっていた。
この辺りが秋に向けての研究課題になるだろう。

白酒「臆病源兵衛」の登場で客席が一気に温まる。やはり「陽」な人は得だ。個人の性格がどうこうではない。客席を明るく出来るかどうかだ。
先代馬生から雲助一門に受け継がれている珍しいネタで、噺の主人公が源兵衛からいつの間にか八五郎に変わる。
前半は源兵衛の臆病ぶり、後半は八が自分は死んであの世にいるんだという勘違いが面白さのポイント。
誤って殺してしまった(実際は気絶だが)人を行李に押し込んで不忍池付近に捨てに行くという、一歩間違えれば陰惨になる場面でも白酒は明るく演じた。
もう白酒の十八番といって良いだろう。

菊之丞「転宅」、いくつか言い淀んだり。紙入れの中の札の金額を間違えたりという細かなミスがあり、やや流れを悪くしていたのが残念。
鉄火なお菊とお人好しの泥棒の造形は良く出来ていて面白く聴かせた。
これは菊之丞に限ったことではないが、お菊は内心はビクビクしながら鉄火な外面を見せているわけで、泥棒への啖呵もそうした複雑な内面をどこかで表現すべきではなかろうか。
この演目では、どの演者もこの点にいつも不満に残る。

志らく「井戸の茶碗」。
近ごろマクラで談春をいじることが多い気がするが、あれは品位を落とすからやめた方がいい。ついでだが一門の談志ネタもそろそろ卒業の時期だと思うけど。
いきなり千代田卜斎の貧乏ぶり。娘が吉原に身を沈めようと言い出すほどだ。
いやいや娘を花魁にする位なら、ワシが吉原に身を売ろうなぞと分けの判らないことまで言い出す始末。
大事な仏像を屑屋に売って少しでも暮らしの足しにしたい。そこで娘をやって屑屋の清兵衛を呼びこむ。
この出だしの設定が通常と異なり独特だ。
仏像から出た50両を屑屋が返しにくると卜斎は受け取れぬと断り、やがて刀に賭けてもと言うと娘が押し入れから刀を取りだし「はい、父上」。これも独特。
いくら貧乏しても武士の魂だけは失っていないという卜斎の矜持を示したものか。
ただ私は性格がひねくれているせいか、こういう正直者ばかり出てきてハッピーエンドに終わるようなネタは苦手だ。
出来たら他の演目を聴きたかったなぁ。

面白さも中くらいなりおらが梅雨。

2012/06/25

花形演芸会スペシャル~受賞者の会~(2012/6/24)

6月24日、国立演芸場での特別企画公演「花形演芸会スペシャル~受賞者の会~」へ。
花形演芸会の出演した芸人の中からジャンルを問わず毎年優秀な人を選び表彰する。
「賞」というのはどこでもそうだが、実力だけで決まるものではない。
今回の「平成23年度花形演芸大賞」は既に公表されているが、次の通り。
〔大 賞〕春風亭一之輔
〔金 賞〕三遊亭兼好・柳亭左龍・菊地まどか
〔銀 賞〕桂吉弥(休演)・エネルギー
昨年のこの会の記事で次回は兼好と予測したのだが、外れてしまった。本人も意外だったろうが、私もこの選考結果には多少不満があった。
しかしこの日の高座を観るとやはり妥当だったのかなと思い直した。兼好には気の毒だが相手が悪すぎた。
授賞式には毎年欠席者が出るが、大概は「不満の表明」だとみてる。今年も多分・・・そうだろう。

<  番組  >
前座・春風亭朝呂久「饅頭こわい」
エネルギー「コント」
柳亭左龍「棒鱈」
三遊亭兼好「天災」
―仲入り―
平成23年度 花形演芸大賞 表彰式
(司会進行役 : 古今亭 菊之丞)
古今亭菊之丞「たいこ腹」
菊地まどか「浪曲・嫁ぐ日」(曲師=佐藤貴美江)
春風亭一之輔「初天神」

前座の三段活用は、高座に「出せる・出せない・出してはいけない」。
朝呂久はもちろん「出せる」人だ。

エネルギー、「狂言コント」というは新しい分野だ。
平子悟扮する狂言師がサマになっていると思ったら、野村万蔵と南原清隆が中心となっている「現代狂言」のレギュラーだった。上手いはずだ。
「グラビアアイドル安めぐみ」のフレーズは彼らの国立能楽堂での舞台を観ていないと理解できないだろう、フフ・・・。

左龍「棒鱈」、選評でも確実に力をつけてきている点が評価されていたが、その通り。
隣座敷の薩摩の侍の造形が良かった。眼をむいて唄い出すだけで客席から笑い。ミニ西郷だね。
いぜん喬太郎が「左龍は顔で得してる」と言ってたが、このネタではその特長を十分に活かしていた。

兼好「天災」、いつもよりテンションが低く感じたのは気のせいか。マクラ抜きで本題へ。余計なクスグリを入れずにこれだけ面白く聴かせるのは、やはりこの人の芸の力だ。
ただ、心学の紅羅坊名丸宅の場面はもう少しユッタリと演じて欲しかった。このネタは速-緩-速の流れだと思う。
江戸時代に流行したが明治になって廃れてしまったという「心学」、その実践道徳の根本は「天地の心に帰することによってその心を獲得し、私心をなくして無心となり仁義を行う」というものだったそうだが、八五郎の理解度はどうだったんだろうか。

菊之丞「たいこ腹」、司会兼ゲスト出演者での高座だが、格の違いを感じさせる。
このネタで最も難しいのは幇間の造形だが、菊之丞が演じるとチャンとそれらしく見える。金をかけている芸だ。
まるで舞踊を見るような動きの美しさ、芸人はやはり綺麗に見せなくてはという見本。

菊地まどか「嫁ぐ日」、ウットリするほどの美声だ。曲師の佐藤貴美江(この人も美声)との息もピッタリ。浪曲師を活かすも殺すも曲師の腕次第。
新作だそうだが、一人娘の嫁入りに反対していた父親が、相手の男の働く姿をみて許すという、なんと今どきベタなストーリー。これでは若い客は付いてこないのでは。
個人的には浪花節はやっぱり男の世界だと思う。

一之輔「初天神」、表彰式で司会者から「今日の賞金で4人目の出産費用が」とからかわれていたが、本人は「もういいです」と言っていた。まあ、そう仰らず・・・。
大賞を貰ってもこの花形演芸会には出なくちゃいけないらしいとマクラで言ってたが、そこが主催者側の狙いなのだ。演芸場サイドとしては一之輔の集客力は頼りになるから。
一之輔の演じる金坊は正に傍若無人、買って欲しいものがあれば土下座もするし、「人さらいです!」と叫ぶは、終いには「人殺し~」。これじゃ買わざるを得ない。店のオヤジは金坊に向かって「いい腕してるね」。父親は大変だ。
この人の眉毛の変化が良い。眉毛の上げ下げだけで感情表現している。
やはり只者ではない。
曲者だ! 皆の者、出会え出会え!

連日の一之輔、お互いにお疲れ様。

2012/06/24

#20三田落語会「鯉昇・一之輔」(2012/6/23昼)

6月23日、仏教伝道センターで行われた第20回三田落語会昼席は「鯉昇・一之輔 二人会」。
かたや芸協のベテラン、こなた落協の若手、いずれも人気度ではトップクラスの二人の会とあってもちろん前売完売。
地域寄席ながら毎回人気も実力も備えた古典落語家が2席ずつ、計4席を3時間かけて演じるというこの会。
よほど主催者(仏教伝道協会、三田落語会運営実行委員会)がしっかりしているのだろう。
次回チケットの予約を求める列も、開場40分前既に60人以上並んでいた。

<  番組  >
前座・春風亭一力「たらちね」
春風亭一之輔「麻のれん」
瀧川鯉昇「佃祭」
~仲入り~
瀧川鯉昇「持参金」
春風亭一之輔「らくだ」

普通は真打昇進披露公演が終わると一息いれてから定席に出るのだが、一之輔の場合はほとんど切れ間なく寄席に出続けている。しかもいきなり仲トリでというケースも。
これをみてもいかにこの人が逸材であるかが分かる。それも数年に一人という逸材だ。
一之輔の最大の魅力は小三冶も指摘のとおり、「客を呑んでかかる」ことだろう。客に自分の芸を観て貰おうという言うような態度は一切みせない。言わずとも聴いてくれることが判っているからだ。かと言って自信満々という風でもない。
サラリーマン世界でも、新入社員なのに上司や先輩に物おじしない人間というのがいる。相手が社長でも堂々としていて決して卑屈な態度を見せない。こういう人物は一部の例外を除いてはたいがい大物である。そういう雰囲気を一之輔は持っている。
この日の二人会でも、ベテランの鯉昇をさしおいてトリを取った。チラシには鯉昇の配慮に一之輔が恐縮していると書かれていたが、「このあと仕事があるんで早く帰りたかったようですよ」なんてぇことを平気で語るのだ。
夜席はさん喬と志ん輔だが、「一緒でなくて良かったです」とも。
こういう所がファンには堪らないだろうし、一部からは反発もあるだろう。
そうした点をひっくるめた魅力が一之輔にはある。

一之輔の1席目「麻のれん」。
マクラで披露口上の時の大変さも。犬の「お座り」みたいな姿勢を最長で20分も保つのはやはり辛いらしい。腕が「もう10人一緒でもいいよ」と言っていたとか。
披露公演で50日間トリを続けたとか、この間の観客動員数はおそらく記録的だろう。
扇橋一門のお家芸ともいうべきネタだがあまり余計なクスグリを入れず、按摩が枝豆を肴に冷えた直しを頂く場面は涼感たっぷりと。
盲人の悲しさで麻のれんと蚊帳の区別がつかなかったのを笑いにするというネタだが、そこには按摩に対する演者の温かい眼がある。
枝豆の食い方は扇橋には遠く及ばなかったけど。

一之輔の2席目「らくだ」。
1時間近い熱演だったし面白かったが評価の分かれる演出だ。
オリジナルの「らくだ」はかつてどこの長屋にも一人位はいた乱暴者という設定で嫌われ者ではあったが、同じ社会の最下層に生きる屑屋にとってはどこかシンパシーを感じる部分もあるのだ。虐げられた身のうえ同士の。
だから兄貴分に脅され嫌々ながらラクダの葬礼を手伝うのだが、底流には個人を弔う気持ちがあった。
屑屋が呑むにつけ酔うにつけ心情を吐露する山場でも、その両方の気持ちを兄貴分にぶつけることでこの「らくだ」という噺の深みが出る。
そこに一片の同情心があるからこそ、ラクダの遺体の火葬を手伝おうとするのだ。
これに対して一之輔の演出では、ラクダは徹頭徹尾悪人だ。乱暴者というよりは犯罪者である。被害者は警察に届けて捕まえて貰えば良かったと思えるほどだ。
ラクダが死んだときいて全ての住民が歓喜し、ただ一人月番の隣人だけが「死んでしまえば仏」と口にするのみ。
屑屋が酔って怒りを爆発させる場面でも、その矛先は専らラクダに向けられる。口に含んだ酒をラクダの遺体に向けて吹きかける程の憎しみを示す。そこには一片の同情も共感も無い。
であるなら屑屋はなぜラクダの遺体を担いで火葬場まで運んだのだろうか。もう兄貴分からは脅されていないし、むしろ立場が逆転しているのだ。そこまでする義理は無いはずだ。
酔った勢いで?
聴いていてここが納得できなかった。
全体としては良く練られているし客席も沸いていたが、「らくだ」のモチーフともいうべき個所が改変されている点には大きな疑問を感じる。
私はこの「らくだ」は評価しない。

まだまだ一之輔は開発途上であり、これからも試行錯誤は続くのだろうから長い目で見て行きたい。

鯉昇の1席目「佃祭」、これも季節に相応しい。
マクラで「あと半年で還暦をむかえる」というと、客席からエーっという反応。「古希じゃないの?」って。この人意外と若いのだ。貧乏は偽り、実は金持ちだ。脱力系にみえるが熱演タイプ。
時間の関係からか、山場である「悔み」の場面が端折られていたが、それでも十分楽しめたのはやはり芸の力。

鯉昇の2席目「持参金」。
軽くといいながら20分近い高座。
数ある落語のネタの中でも、借金のために醜い身重の女を嫁に貰うというストーリーは珍しい。そのせいかこの噺を嫌う人もいるようだが、私は好きだ。
いくら酔っていたとはいえ番頭が深い仲になったのには、この女はきっと心が優しかったからだろう。おでこの下の黒い横線はノーグッドだけど。
嫁に貰った男に幸あれ!

前座・一力「たらちね」、喋りがしっかりしていて良い。
二つ目が近いだろう。

今回も充実の高座が続いた。

2012/06/22

民主党の崩壊

民主党の小沢一郎元代表は6月21日、消費増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案に反対する意向を表明し、離党して新党を結成する可能性に言及した。
民主党の分裂は不可避な情勢だ。分裂というよりは「崩壊」といった方が正確かもしれない。
否、もう既に崩壊してしまっている。

当ブログでは民主党政権が誕生した時点から、この政権は自民党となんら変わらない政策を進めるであろうと断定してきた。
その根拠は民主党の議員構成で、彼らを分類するとおよそ次の通りになる。
・自民党の仲間割れグループ
・かつての新党ブームの残党
・自民党の公認を得られないので便宜的に民主党から立候補した人たち
・第二自民党と呼ばれていた旧民社党グループ
・旧社会党からの転向組
民主党というのは、この人たちが集まって「政権奪取」の一点だけを自己目的とした政党なのだ。
だから理念もなければ政治哲学もない。同床異夢。
2009年の総選挙では口当たりの良い政策を並べ、有権者の票を掠め取った。
しかし政権を取った瞬間から民主党は目的を失ってしまう。マニフェストなんてぇものは飽くまで選挙向けの戯言、最初から実現する気もない。
官僚を叩けば拍手喝さいを浴びるという計算で(橋下「維新の会」の公務員叩きと同じ手口)「脱官僚」をかかげたが、気が付けばすっかり官僚に取り込まれていた。そりゃそうだろう、官僚の方が優秀なんだから。
迷走を繰り返したあげく、最後は野田、前原、仙谷らの「親自民族(というより自民党そのもの)」が実権を握るに至った。
だから民主党はとっくに崩壊していた野田。

選挙の公約を守らぬどころか全く正反対の方向に突き進んでいるのだから、民主党野田政権は存在意義を失っていた。本来は解散・総選挙により信を問うのが本筋だ。
しかし最大野党の自民党はそうした道を追求せず、「消費税増税」実現の一点で公明党と共に民主党と「談合」してしまった。
自民党としても本来、原発事故については永年にわたる自民党の原発推進政策にこそ最大の原因があるのだが、上手い具合に民主党に全ての責任を覆いかぶせて知らん顔が出来たという負い目もあったんだろう。
「民・自・公」3党による野合の産物が、今回の一体改革関連法案だ。
この3党が集まれば国会の大多数が握れるので、審議抜きでどんどん法案が通せる。”3悪党 make 悪法”である。

民主党の崩壊が招くものが翼賛体制と議会の骨抜きであるとしたら、これ以上の不幸はない。
「失われた3年」のツケが国民の上に重くのしかかっている。

2012/06/21

巨人ハラハラ

巨人の原辰徳監督がスジの悪い女に手を出し、ヤクザに脅され1億円払っていたんだそうですな。爽やかな若大将のイメージもこれで台無し。
1988年のまだ選手時代のできごとだったようだけど、事実だったんじゃしょうがない。
しかし1億円もの金がよくポンと出せましたねぇ。
そりゃ原さんはお金持ちかも知れないが、なかなかポケットマネーから1億は払えませんよ。
あの橋本元総理でさえ1億円を捻出するためには裏献金というアブナイ橋を渡ったくらいだから。
そう言えばあちらも女性スキャンダルのもみ消しだったけ。

巨人軍と讀賣が名誉棄損で訴えるとか、「また清武がバラシタ」などと息巻いているようだけど、やめた方がよぉがす。
金を渡した相手の二人組は暴力団員じゃなかったなんて言ってるが、一人は1998年ごろまで東京の暴力団に所属。もう一人は大阪の暴力団員だったが2007年に事故死とか、こっちは死人に口なしだけど。
原監督は被害者と言ってるが、それなら被害届を出しゃあ良かったんだ。
「球界の紳士たれ」がモットーのジャイアンツ、さあ、どうする。

2012/06/19

鈴本演芸場6月中席・昼(2012/6/18)

6月18日、昼に空き時間ができたので、これぞ天恵と受け止め鈴本演芸場6月中席・昼の部へ。
顔づけが良いのと、上方の露の新治の高座を観たかったのだ。
月曜日の昼というのに満席、人気者を並べた落語協会の芝居はさすが客の入りが違う。

前座・春風亭朝呂久「子ほめ」
<  番組  >
柳家喬の字「千早ふる」
ストレート松浦「ジャグリング」
柳家三三「悋気の独楽」
柳家喬太郎「家見舞い」
三遊亭小円歌「三味線漫談」
宝井琴調「次郎長伝より/お民の度胸」
林家たい平「漫談」
ホームラン「漫才」
露の新治「権兵衛狸(上方落語)」
-仲入り-
伊藤夢葉「奇術」
春風亭一之輔「加賀の千代」
橘家半蔵「そば清」
大空遊平・かほり「漫才」
柳家さん喬「唐茄子屋政談」

この日の白眉は上方落語の露の新治、不勉強で名前を知らなかったが、この人は上手い。語り口は明快で丁寧、会話の間もよい。
人気者や実力者が並んだこの日の高座でも光っていた。
マクラで中学の英語教科書"Jack and Betty"の不自然さをネタにしていた。
若い方はご存知ないだろうが、昭和30年代の中頃までは殆んどの中学で開隆堂のこの教科書が使われていた。
アメリカ中西部に住む、多分中流家庭の中学生であろうJackとBetty、その二人の会話を通して彼の国の生活を知るというもの。
しかし例文として使われているものが、果たしてどんな状況の下でどのように使われるのか使途不明。
I am a boy.
You are a girl.
This is a pen.
こんな会話をするアメリカ人はおるまい。
これが疑問文となると更に不思議だ。
Are you a boy?
Is this a pen?
見りゃ分かりまっせ。
バカにしてるのかと腹が立ってくる。
清水義範の短編「永遠のジャック&ベティ」でもネタにしている。
これは当時の文部省の学習指導要領が、「英語を常用語としている人々、特にその生活様式・風俗および習慣について、理解・鑑賞および好ましい態度を発達させる」とされていて、アメリカ人の生活や習慣を学ぶことに英語学習の重点が置かれていたためだ。
だから会話文の不自然さなど、どうでも良かった。
現在の英語教育はコミュニケーションを主体としているので、教科書の中味も大きく変わっている。
ちょっと話題が脇道にそれたが、新治はこのマクラで客席をガッチリ掴んでしまった。こういう所が巧み。
本題の「権兵衛狸」、元々は東京のネタで上方落語の移したものだ。
どこが違うのかというと、全体が民話風に変えてある。
先ず権兵衛だが今は床屋だが、若いころは素人相撲の大関とまで呼ばれた力持ち。床屋だから毎日若い者が集まってきて家が社交場の様になっている。
夜、皆が引き上げると権兵衛は独り身。思い出すのは若い日、水車小屋での恋人との逢引。
「権兵衛、権兵衛」と戸を叩く。開けてみると誰もいない。空には月、そうか月夜の晩には狸が人を化かすというから、これは狸の仕業だな。
こういう所が東京とは全く異なる。
「狸汁にすべえ」という村人を制し、狸の頭を剃って丸坊主にして放してやる。
この時も権兵衛と狸の目と目が合って、思わず情が移るという按配。
助かった狸は、何度も後ろを振り返っては頭を下げて去っていく。
次の夜にまた(トントン)権兵衛はん……(トントン)権兵衛はん。
あのバカ狸じゃなぁ、性懲りもなしにまた来よった。
権兵衛がガラッと戸を開けると狸がヒョイと首出して、
「今朝ほどは散髪おおき、ついでに髭も剃っとくなはれ。」
何だかこのネタが心温まる民話に変わってる。

琴調「次郎長伝より/お民の度胸」
小松村七五郎の女房・お民の機転により一度は森の石松の命が救われるという物語。
広沢虎造の浪曲で育ったもんだから、次郎長ものを聴くとつい血が騒ぐ。
講釈はやっぱり英雄豪傑ものよりヤクザものの方が面白い。
不振のNHK大河ドラマだが、「次郎長三国志」をやったらどうだろうか。視聴率も上がるだろうし。でもヤクザの世界はNHK御法度か。

たい平、この日の番組と本人が風邪気味ということから漫談で済ませたのは仕方ないが、相も変わらぬ「笑点」ネタはいい加減に止めたほうがいい。
お客にあまり受けてなかったし。
これからの噺家人生、まさかこんなんで終わらせる心算はないと思うが。

お馴染みの顔ぶれなので、他は割愛。
(何かご質問ありましたら、どうぞ)

2012/06/18

「雲助蔵出し ふたたび」(2012/6/17)

出かける時、妻から「今日の落語どこに行くの?」と訊かれ、「観音様裏手の浅草見番」と答えたら、「どうせ噺家が白粉つけて待ってるんでしょ、ふん」と言われた。でも雲助が白粉つけて待ってたら気持ち悪いでしょ。
そんなわけで6月17日、「雲助蔵出し ふたたび」へ。
仲見世の歩きにくいほどの人出は、やはりスカイツリーの影響かな。

<  番組  >
前座・古今亭きょう介「たらちね」
入船亭遊一「たがや」
五街道雲助「夏泥」
続けて「汲み立て」
~仲入り~
五街道雲助「菊江の仏壇」
(雲助の演目はいずれもネタ出し)

いま東京でいちばん上手い落語家はと訊かれたら、迷わず雲助と答える。
先ずはレパートリーの広さだ。滑稽噺はもちろん人情噺、芝居噺、怪談噺などいずれの領域のネタもこなし、かつレベルが高い。
これに比肩しうる現役の落語家は東京にはいない。そのことを改めてこの会は感じさせてくれた。

雲助の1席目「夏泥」。
後で本人が語っていたが、このネタは師匠先輩から教わったものでなく、速記本から起こしたものだそうだ。だから通常の「夏泥」と少し違う。
先ず泥棒が燃えている蚊燻しを消すシーンがない。
男が泥棒に金を出させる場面では、普通は泥棒と大声を出して長屋の住人に知らせて捕まえるからと脅すのだが、雲助の演出は男から金をくれないなら一思いに殺してくれと言いたてられ、困った泥棒が請われるままに質草の費用から最後は滞納した家賃分まで払ってしまう。
泥棒のお人好しぶりがより際立っていて、「金が有ったから良かった。無かったら恥をかくとこだった。」のセリフに爆笑。
マクラで浅草周辺の旨いもの店紹介から始まり、季節感たっぷりの高座。

続けて高座を下りることなく2席目「汲み立て」。
かつて東京でも便所は汲み取り式。集めた糞尿だが江戸の時代は近郊農家に運び肥料にしていたそうだが、私が物心ついた頃は「汚わい船」で沖合まで運び投棄していた。考えてみれば汚い話だが、かつての東京はそうだった。
その頃の噺。
若くて器量のいい師匠目当てに町内の若い者が稽古に集まる。そのうち師匠にどうやら男が出来、どうやら船で夕涼みと洒落こむらしい。
これを聞いた男たちは堪らない。嫉妬と復讐心に燃えて小舟を仕立て、師匠らの船に近づき煩いお囃子を鳴らして夕涼みを台無しにしようとするが・・・。
前半は稽古風景や、湯上りで立膝の師匠の腰巻を吹いて内部を覗こうとして三味線の撥で叩かれ「師匠の観音様を拝もうとしてバチが当った」なんていうシモネタも出てくる。
与太郎が師匠と色男が喧嘩しているというからよくよく聞けば、「蚊帳の中で二人が取っ組み合いしてた」。
そんなバレ噺風の会話もあれば、夕涼みでは師匠の三味線で色男が音曲を聴かせる場面もある。
夏期に相応しいネタながら演者に力量がないといけないからなのか、高座にかかる頻度が少ない演目だ。
雲助はそれぞれの人物像も鮮やか、会話のテンポも良く楽しく聴かせてくれた。

雲助の3席目「菊江の仏壇」、これも珍しい。
元々は上方のネタで、東京では知る限りでは10代目馬生のCDが市販されている位だ。
この噺は大きく4つの部分に分かれる。
一、女遊びにうつつを抜かす若旦那に堅物の大旦那が説教する場面。落語にはお馴染みのシーンだが、若旦那には既に女房がおり、しかも病を得て実家で養生しているという設定が他と異なる。
二、大旦那が嫁のお花が危篤ということで急ぎ外出する。すると若旦那が番頭に店の金から10両せびるが断られると、じわじわと番頭が女を囲っていることを仄めかす。
ここは「山崎屋」 と良く似てる。
三、番頭は一計を案じ、奉公人に望みの酒肴をふるまう。
その間に番頭は若旦那の望みを受け入れ、芸者の菊江(湯上りで急がせたものだから、洗い髪に白薩摩という格好。これが後半の伏線となる)を家に呼び、宴会。
そこにお花が亡くなったことを知らせに大旦那が急に戻ってきたから、さあ大変。
ここは「味噌蔵」を思い出す。
四、慌てた若旦那らは菊江を大きな仏壇の中に隠すのだが、大旦那は仏壇の線香をあげると言い出す。中には菊江が入っている・・・。
この場面はやや怪談噺風の仕立て。
非常に良く出来たネタだが、登場人物が多いし、しかもその描写を場面場面で切り替えなくてはいけない。人情噺風でありながら滑稽噺であり、相当な力量を求められることから演じ手が少ないのだろう。
雲助の演出ではとりわけ若旦那の描き方が秀逸。
女房のお花と芸者の菊江が瓜二つ、加えてお花は優しくて良く気が付く。それなにに何で若旦那は菊江にと問う番頭に若旦那は「お花と一緒だと気が置けてしまう。菊江だと気が楽になるから。」と答える。
単なる放蕩ではなく、若旦那の内面にまで切り込んで説得力があった。
全体に師匠の先代馬生を超える仕上がりを見せ、雲助の高座の中でもベストに近いのではなかろうか。

しばしの梅雨の晴れ間、遊一「たがや」を含め夏らしい演目が並び、一足早い本格的な夏の到来を思わせる好企画。
雲助の熱演とともに、実に結構な会でした。

【「菊江の仏壇」についての補足】(6/19)
立花さんから頂いたコメントを含め、次のように補足します。
別題を「白ざつま」といい、10代目馬生のものは「菊江の仏壇」と「白ざつま」双方のCDが市販されている。
「菊江の仏壇」では、歌丸の朝日名人会でのライブ録音のCDが市販されている。
「白ざつま」については、さん喬が2010年の落語研究会で高座にかけ、その後TV放映された。
東京での高座について、現在分かった範囲では以上の通りです。


2012/06/17

#14竜楽を囲む会(2012/6/16)

6月16日、東武ホテルレバント東京で行われた「第14回 竜楽を囲む会」へ。
芸協のHPで知って出向いたのだが、この会は中央大学学員会墨田区支部主催のもので、中大卒の竜楽を応援しようと毎年開いているものだった。だからホテルの宴会場という立派な会場なんだ。
場内は同窓生同士の集まりなので和気あいあい、あちらこちらで会話の花が咲く。こういう会が持たれている噺家は幸せだ。
縁もゆかりもない当方だが来てしまった以上仕方がない、厚かましくも最前列に陣取る。入場料は払ったし空席も多かったからまあ良いでしょう。
近頃こうしたバチガイの会へ飛び込んでしまうケースが多い。「アラシ」に見られないよう注意しなくちゃ。

<  番組  >
桂宮治「雑排」
三遊亭竜楽「青菜」
林家小染「住吉駕籠」
~仲入り~
三遊亭竜楽「柳田格之進」

宮治「雑排」
「高縄手落語会」の時と同じネタなので詳細は省くが、竜楽の会の開口一番にこの人を使う理由が分かる。会場の空気を温めてくれるのだ。
竜楽は落語家としてはどちらかというと陰の人だ。陽と陰の組合せがいいんだろう。
後で中入りの時、ロビーで年配の女性同士が「宮治さんが面白かったわ」と話していた。落語を聴きなれないご婦人方の評判は上々のようだ。

竜楽の1席目「青菜」
このネタのマクラにしばしば蜀山人の狂歌が引用される。
涼しいモノ「庭に水新し畳伊予簾、数寄屋縮みに色白のたぼ」
暑いモノ「西日さす九尺二間にふとっちょう、背で子が泣く飯が焦げ付く」
つまりこの噺は夏の涼しさと暑苦しさの対比が眼目なのだ。
近頃の若手が演じると、後半の暑さは良く表現されても前半がいけない。その最大の原因は屋敷の主の人物像が出来ないからだ。
おそらく隠居の身だろう、年配の風流人の主が打ち水し終わった庭の草木を通る風に軽く打たれながら、出入りの植木屋の職人とノンビリ会話を交わす。この冷感が出せるかどうかでこの演目の出来が決まってしまう。
竜楽の描く屋敷の主は風格があり、気配りがきく風流人。出て来る奥方も品が良い。下手な人が演るとこの女性がまるで女中みたいに見えてしまう。
前半の涼しさが上手く表現されているから対比される後半が生きてくる。植木屋の女房の人物像も過剰にならず程々。植木屋と大工の会話のテンポと間も良く、場内を沸かせる。
「青菜」、現役では小柳枝、金時、そしてこの竜楽の3人かな。

小染「住吉駕籠」
師匠である先代小染は人気者だったのに不幸な亡くなり方をしてしまい、健在だったら染丸を襲名していただろうに。弟子の当代も苦労しただろう。
マクラで東京の寄席にはオーナーつまり席亭がいるが、天満天神繁昌亭の場合は上方落語協会所有という違いがあると語っていた。
それぞれ一長一短があるような気がする。
東京の寄席では席亭と協会の綱引きが適度な緊張感を生むという利点があるだろうし、大阪の方は100%協会のコントロール下で運営できる。観客にとってどちらが良いかは一概にいえない。
東京では「蜘蛛駕籠」の「住吉駕籠」だが、やはり上方版はコッテリしている。特に酔っ払いのネチこっさには辟易する。駕籠屋はさぞ迷惑だったろう。
時間の関係からか最後まで行かず、途中の雀駕籠で落としていた。

竜楽の2席目「柳田格之進」。
仲入りのザワザワが完全に消えない中での高座だったせいか、最初のころはやや集中力が欠けていたような印象だったが、番頭が格之進宅へ紛失した金について問いただす辺りから緊張感が高まり、良い出来に仕上がっていたと思う。
結末は志ん生バージョンではなく、番頭と娘おきぬが万屋の夫婦養子になり、二人の間に産まれた子が柳田の家督を継ぐというハッピーエンドの先代圓楽バージョンだった。
ただ私はどうもこの噺が好きになれない。
主人が止めるのも聞かず、番頭が勝手に格之進宅に押し掛け、いかにも金を盗んだのごとく言い立てるというのは、当時の商家の主従関係から有り得ないと思うからだ。江戸時代、主人に対して奉公人は絶対服従だった筈だ。
一度は浪人を強いられた格之進が短期間で元の井伊家に帰参がかない、しかも江戸留守居役に出世していたいう設定も、いかにもご都合主義に映ってしまう。
まあ、これは個人の好みではあるが。

家に帰って妻に話をしたら、「あんたの落語もだんだんマニアックになってきたわね」と言われてしまった。

2012/06/15

落語家になっていた永井荷風

関川夏央”「一九〇五年」の彼ら~「現代」の発端を生きた十二人の文学者~”(NHK出版新書)は多くの示唆に富む著作だが、その中に少し興味深いことが書かれていたのでご紹介する。
作家・永井荷風が1899年、19歳のときに落語家・6代目朝寝坊むらくの弟子となり、三遊亭夢之助を名乗っていたというのだ。
しかし九段の寄席にいた時に永井家の使用人に見つかってしまい実家に連れ戻された。
かくして荷風の落語家としてのキャリアは高座に上がる前に終わってしまった。

当代の夢之助といえば三笑亭夢之助だが、師匠は三笑亭夢楽。
つまり
むらく(夢楽)―夢之助
の師弟コンビ名はその当時と一緒。
これは偶然なのか、はたまた洒落でそうしたのか。

もしも荷風がそのまま落語家を続けていたら、はたしてどんな噺家になっただろうか。
三遊亭圓朝の孫弟子にあたることになり、大師匠にならい次々と人情噺をこしらえていただろう。なにせ創作は得意なんだから。
荷風のことだからフランスの作家”エミール・ゾラ”の作品を翻案した、悲惨な結末の「居酒屋」なんて演目を高座にかけたかも知れない。
それを立川談笑が出稼ぎのアジア人に置き換えて「居酒屋・改」にしたり。
あるいは実体験をもとにして、廓噺の名手になっていた可能性もある。
荷風は吝嗇だったというから、ケチの文治こと9代目桂文治似かも。
アメリカで4年間アルバイトをしながら生活していたところは、春風亭百栄の大先輩。「この人はよくカムねぇ。」なんて客に言われていたりして。

こんな下らないことに想像を巡らせるのも読書の楽しみのひとつ。

2012/06/14

小沢一郎の「人間失格」

15日に民自公3党の談合による消費税増税案が決定されようとしているこの時期に、敢えてこうした事実がリークされたのには明らかな狙いがある。
しかしその点を考慮したとしても、この内容はひどい。
本日発売の週刊文春に掲載されている小沢一郎夫人の手紙である。
小沢一郎議員が昨年3月16日の大震災後に初めて選挙区の被災地に入ったには今年1月3日だった。選挙区選出の国会議員が地元に1年近く入らなかったということ自体、異例だろう。しかも甚大な被害と犠牲者を出した岩手県にだ。この理由は謎で過去に色々な憶測をよんでいた。

文春の記事によれば、民主党の小沢一郎元代表(70)の和子夫人(67)が、昨年11月に地元・岩手県の複数の支援者に、「離婚しました」という内容を綴った手紙を送っていたとある。
この中で和子夫人は、昨年3月の東日本大震災後の小沢元代表の言動について触れ、
「このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げだしました。岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に見捨てて逃げだした小沢を見て、岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました」
と書いているという。
手紙ではさらに、
「国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです」
「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく自分の保身の為に国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています」
と綴られているとのこと。

このことが事実であれば小沢一郎氏は国会議員はもとより、人間として失格だ。
議員であれば何はさておき真っ先に現地に駆け付け、秘書らとともに被災者の救援や援助活動を行うことが人の道だ。
小沢氏はことの真偽を明らかにし、事実を認めるならば直ちに議員を辞職すべきだ。
小沢氏は現在審議されている税と社会保障の一体改革(「改悪」の間違いだろう)に反対しているようだが、こういう人物はむしろ反対運動の妨げにしかならない。

2012/06/11

猿之助・中車襲名興行「ヤマトタケル」(2012/6/10)

6月10日、新橋演舞場での「6月歌舞伎・夜の部」を連れ(もちろん正妻デス)と一緒に観劇。
今回の興行はタイトルが長い。
【「初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善」二代目市川猿翁 四代目市川猿之助 九代目市川中車襲名披露 五代目市川團子初舞台】というのが正式名称だ。
夜の部のタイトルも【スーパー歌舞伎 三代猿之助 四十八撰の内 「ヤマトタケル」】というもの。
早くいえば亀次郎改メ猿之助が先代の当り役を初役で演じるというものだ。
「ヤマトタケル」がスーパー歌舞伎の第一作として初演されたのは昭和61年(1986)で、歌舞伎愛好家の間で賛否両論の相当な物議を醸したという記憶がある。
革新的な試みだという評価がある一方、あれは歌舞伎とはいえない女子供向けの芝居、ケレンだという批判があった。今でもそうした批判は根強くある。
しかし興行的には成功したようで、以後スーパー歌舞伎は猿之助一座の代名詞ともなった。
元々芝居は大衆娯楽として発達したものであり、今が文化芸術に寄りすぎているという見方も出来るわけだ。
これは私見だが、歌舞伎の主流の座を占めることができなかった三代目猿之助が一座を率いて興行を打つ上で、新しい手法に活路を求めたものではなかったかと推察している。
新猿之助が襲名興行で「ヤマトタケル」を選択したのは、三代目の意志を継ぐと言う決意の表れといえよう。

<  主な配役  >
小碓命(ヤマトタケル)/大碓命:猿之助
帝:中車
皇后/姥神:門之助
タケヒコ:右近
ヘタルベ:弘太郎
兄橘姫/みやず姫:笑也
弟橘姫:春猿
老大臣:寿猿
帝の使者:月乃助
倭姫:笑三郎
熊襲兄タケル/山神:彌十郎
熊襲弟タケル/ヤイラム:猿弥
尾張の国造:竹三郎
ワカタケル:團子

開演の冒頭に猿之助と中車の襲名口上があった。
二人だけのしかも舞台の扮装のままの口上で、型どおりというよりは率直な心情を吐露するような内容(例えば中車に対する風当りについて)も含まれていて異例だった。
観客向けというより劇団員向けではと思わせるような口上だった。

ヤマトタケルノミコト(日本武尊、倭建命)は古事記や日本書紀に登場する第12代景行天皇の第二皇子で、物語の内容は記と紀では異なる。記では天皇との関係が緊張状態にあり悲劇のヒーローとの人物像が色濃いが、紀では天皇に従う人物として描かれている。
梅原猛作の劇「ヤマトタケル」は主に古事記の記述をベースにして現代的解釈を加えたものとみえる。
父と息子の対立、継母とに不仲、兄弟の争いや男女の恋愛感情などはそのまま現代のテーマだ。
帝が命ずるままに全国を平定し全て大和朝廷に従わせるという自らの使命に対する疑問や、昔からここで平和に暮らしていたのに大和の鉄と米の力により辺境に追いやられたという征服される側の嘆きは極めて今日的な発想だ。
観客は古代ロマンの中に自分たちの姿を投影して観ることができる。
そうした難しい理屈より、激しい戦闘シーンや宙乗りなどのスペクタクルな演出、美男美女の色恋と悲しい別離といった娯楽的要素により単純に楽しませてくれる。そこが魅力なのだろう。
後半がやや冗長で、もう少し上演時間を刈り取った方が良いと思われるが、ともかく連れは大喜びだった。

猿之助は立ち回りの動きが良くヤマトタケルの心理描写も巧みに演じて好演。
右近は出てくるだけで舞台が締まる。何より口跡が良く貫録で他の演者を圧倒していた。やはり一座にはこの人を欠かせない。
笑也は兄橘姫では気品を見せ、みやず姫の奔放ぶりも良かった。
春猿は美しいが弟橘姫にもう少し可憐さが欲しかった。
他に笑三郎と月乃助が好演、團子が愛らしい。
中車はこの役だけでは何とも言えないが、口跡がまだ歌舞伎俳優のそれに成り切っていない。これからの最大課題は踊りだろう。

歌舞伎の入場料は高い。しかし落語でさえ近ごろは3千円取る時代だ。一人で自前の着物を着て座布団に据わって2-3時間喋るだけでよ。
歌舞伎の大人数の出演者、高価な衣装や舞台装置、膨大な数のスタッフや裏方を抱える歌舞伎の入場料はむしろ相対的には安いのではと、そう感じた。

2012/06/10

高縄手落語会(2012/6/9)

先週末に続く二ツ目シリーズ。
6月9日、高輪区民センター3F和室で行われた「高縄手落語会」は、当初出演者は立川談奈と桂宮治とあり、この二人会なら面白そうだと思って出かけた。
ところがフタを開けてみれば圓楽一門の真打三遊亭鳳志と二ツ目(多分)三遊亭鳳笑が加わった4人の会になっていた。
これでは期待した会の性格が全く変わってしまう。
どうやら出演者自身も事前に知らされていなかった様なのだ。
こういうのは初めての経験で、何だか騙されたような釈然としない気分を終いまでひきずってしまった。

<  番組  >
桂宮治「雑排」
三遊亭鳳笑「町内の若い衆」
三遊亭鳳志「厩火事」
~中入り~
立川談奈「子は鎹」

宮治「雑排」、今春芸協の二ツ目に昇進したばかりだが期待の新人と言って良いだろう。
先ず風貌がいい。寅さんに出て来るタコ社長に似た体形と顔つき、噺家向きだ。
声が大きい。そして一番は明るいことだ。本人だけ明るいってぇのはダメで、肝心なのは客席を明るくすること、これを素質として持っている。
まだ芸は粗い。このネタにしても完全に頭に入っていないんじゃないかと思われる場面もあったが、そんな細かなことを吹き飛ばしてしまう勢いがある。
将来は十代目桂文治のようなタイプの落語家になるのでは。

鳳笑「町内の若い衆」は宮治とは正反対で会場の空気を一気に冷やす。
あの生硬な喋り方は何とかならないものだろうか。

鳳志「厩火事」、調べてみるとこの人は入門9年で真打に昇進している。大抜擢で話題の一之輔でさえ真打になるには11年かかっているいるわけで、圓楽一門の場合基準がやや甘いのかも知れない。
ネタの出来はごく普通といったところだ。
私見だがこの演目の夫婦は、いわゆる髪結いの亭主と呼ばれるヒモ男とキャリアウーマンの物語だ。だからこの二人の間の男女の機微というのは通常の夫婦とは異なる。女房の方は亭主が可愛くてしょうがないし、亭主はこれに手練手管で応える。この心情が出せるかどうかが肝心だが、そこまで要求するのは無理のようだ。

談奈「子は鎹」、語り口はこの日の演者の中では一番しっかりしている。様子もいい。芸歴も入門13年だからそろそろ真打に手が届く時期に差し掛かりつつあるのだろう。
ネタの出来は悪くなかったが単調だったように思う。音楽でいえば全てが四分音符、緩急に乏しく休止符もない、そんな感じだった。
反面このネタに陥りがちな臭さが無く、スマートな演出だったともいえる。
チャンスがあれば他の滑稽噺も是非聴いてみたい。

やはり談奈と宮治の二人会として、各二席ずつを聴いてみたかった。
その点で期待はずれ。

2012/06/08

秋葉の入れ札

八-おとつい吉原の秋葉屋がてえへんな騒ぎだったそうじゃねえか。
熊-おめえにも見せたかったなぁ。何しろ年にいっぺんの「秋葉の入れ札」ってんで、黒山の人だかりよ。
八-その入れ札ってぇのはなんなんだ?
熊-秋葉屋にゃ花魁が48人いるってんだから豪勢だろ。それが張見世の中にずらっと並ぶんだが、この並び順ってぇのがでえじなのさ。
八-そりゃそうだろうさ。やっぱり上(かみ)にいる方に客が付くだろうからな。
熊-その並び順を客の入れ札で決めるってぇのが秋葉屋の趣向なのさ。花魁たちにしてみりゃそれで稼ぎが決まるんだから、必死で自分たちの入れ札を客に売るってぇ寸法よ。
八-なんでぇ、入れ札にや銭がかかるんか?
熊-一枚につき一分かかる。なかには一人で何枚も札を買わされた客もいたようだぜ。
八-そんで、その銭はどこに入るのよ?
熊-決まってるじゃねぇか、置屋の主、康の懐さ。
八-へえー、あの康って野郎は因業だってことは聞いちゃいたが、阿漕な真似すんじゃねぇか。
熊-これで人気が上がりゃあ揚げ代も上がる。康だけがますます肥え太るってぇ寸法よ。
八-上に選ばれた女たちゃ喜んでいただろう?
熊-そう、客の前で泣いたり吼えたり大騒ぎしてたけどねぇ。
八-それもどうせ康に仕込まれた手練手管ってぇやつよ。でもあんまり大勢の客が付いたんじゃ花魁の身体がもたねぇんじゃねえのかい。
熊-そんときゃ又、康が新しい女を仕入れてくるんだろうさ。
八-でもあれだね、来年から年貢を上げるのどうのと老中で評議してるってぇ時に、こんなことしてていいんだろうか。
熊-一揆だの打ちこわしだのが起きねぇようにと、こんだの入れ札騒ぎも御上と康が仕組んだものかもね。
八-ダメ元でかい?
熊-いいえ、秋元。

(お断り:この記事はフィクションであり、実在の人物、組織とは無関係です。)

2012/06/06

新猿之助襲名は目出度いが

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歌舞伎俳優にせよ落語家にせよ、三代の名跡の舞台を観るチャンスというのは少ない。
その機会がこの10日に実現する。
6月5日新橋演舞場で「初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善」二代目市川猿翁 四代目市川猿之助 九代目市川中車襲名披露 五代目市川團子初舞台の「 六月大歌舞伎」が開幕したが、10日に観劇する予定。
この中の初代市川猿翁(二代目猿之助)と二代目市川猿翁(三代目猿之助)の舞台を観ているので、10日には猿之助を三代続けて観るということになるわけだ。
ただ二代目猿之助の舞台は出演していた記憶は確かだが中味はよく憶えていないけど。
新猿翁(72)は2003年に脳梗塞で倒れてから以来の舞台とあって、台座に座ったままで「相変わらぬご贔屓のほどを」と口上を述べたとある。
年齢からすればまだまだ舞台をつとめられるだろうが、体調がどこまで快復するかだ。
新猿之助(36)は口上で、「猿之助を襲名し、うれしさ百パーセントです。歌舞伎のために命を捨てる覚悟です」と語ったよし。
いかにもこの人らしい口上だなと思いつつ、三代目が病で倒れた後、中心となって猿之助一座を支えてきた市川右近の心境はさぞかし複雑だったろう。やはり最後は「血」が物言う世界なのだ。
これから座長として一座を率いていく苦労も並大抵ではなかろう。
九代目市川中車を襲名した俳優香川照之(46)は口上で、「歌舞伎の舞台に初めてお目見え致しまする私は、生涯をかけまして精進し、九代目を名乗らせていただきます責任を果たして参りたいと存じております。今後は親子ともども、懸命に精進して舞台を務めて参ります」と白化粧に汗をにじませながら決意表明したそうだ。
しかし映画やドラマの仕事との両立、途中から歌舞伎に加わったハンディ、そして従来からの一座のメンバーとのアンサンブルなど、この先には大きな壁が立ち塞がっている。
五代目市川団子(8)は「猿翁のおじいさまより、ずっと立派な俳優になることが私の夢でございます」と挨拶したとあり、末恐ろしい。この子が将来は五代目猿之助を継ぐことになるのだろうが、残念ながら当方がその姿を観ることは叶わぬ。

5日は「澤瀉屋(おもだかや)」のお目出度い船出となったが、全てはこれから先の彼らの精進にかかっている。

他に歌舞伎俳優で三代観たといえるのは坂東三津五郎。

噺家に目を転じて三代観たとなると、春風亭柳好がいる。
色物では紙切りの林家正楽も三代だ。
今秋、桂平治が11代目桂文治を襲名することが決まったので、その高座を観られればこちらも三代続けてとなる。
だから何だと言われそうだが、子どもの頃から芸事が好きだったという証にはなりそうだ。
永く生きていれば少しは良いことがあるというものだ。

2012/06/03

#7寄席あすか亭「橘ノ圓満」(2012/6/2)

6月2日、新橋”スタジオあすか”で開かれた「第7回 寄席あすか亭」へ。
芸協の二ツ目である「橘ノ圓満の会」で、雑居ビルの狭い階段を3階にあがると会場。20名ほどの客は殆んどが常連のようだ。
圓満は入門10年だが年齢はそろそろ50に手が届く。実家が上野の日本料理屋とのことで回り道での入門なのだろう。
数少ない生粋の江戸っ子落語家だ。

<  番組  >
橘ノ圓満「百川」
橘ノ圓満「転失気」

年齢、体形、風貌、どれをとっても二ツ目には見えないが、実力も真打だと言っても可笑しくない。
「上手い二ツ目」という世評はその通りだと思う。
1席目「百川」。幕末の黒船でやってきたペリーを江戸城で接待した時の会席料理はこの百川で誂えたと円満はマクラで語っていた。その時の費用が千両とか。さすが料理屋出身。
そうなるとこの噺は元々が実話から出来たのか、店が宣伝のために噺家に創らせたのか、両方の可能性があるわけだ。
「百川」は古典の中でも難しい部類に入る。大きく分けて前半は百川2階での田舎者百兵衛と江戸の河岸の若い衆との掛け合いと、後半の百兵衛が常磐津歌女文字を鴨池(実在の人物だそうだ)という医者に間違えてしまう所から始まる混乱だ。
この前半部分を下手な人が演るとダラケてしまい、全体がぶち壊しになる。
円満の演出は百兵衛の田舎者ぶりを際立たせ、若い衆とのヤリトリの間も良かった。
後半もテンポが良かったし、人物も十分に演じ分けが出来ていて、全体にいい仕上がりだった。
注文があるとすれば、河岸の若い衆をもっとイナセに演じて欲しかった。何だか少し年寄りじみていたように見えた。

2席目は軽く「転失気」を。三代目金馬の演出をベースにしていたと思われるが、オチは異なる。
典型的な前座噺であるが、さすが円満クラスが演じると面白味が増す。
ただ小僧の珍念が子どもには見えず、あれでは10代半ばの少年のようだ。
それと前の「百川」と共に医者が出て来るネタなので、2席がツイテしまったのではなかろうか。
アットホームな会なので、やかましい事は無粋かも知れないけど。

芸協の昇進は年功序列なので、真打になるにはあと3-4年かかるのだろう。
さらに芸を磨き、古典を演じる際に「円満の〇〇」のような自分の型を創りあげて欲しい。
この人の場合は「未だ二ツ目」という但し書きは不要だ。

2012/06/02

【大飯原発再稼働】政府と橋下の出来レース

維新だけはと 信じつつ
市長に選んで しまったの
こころ変りが せつなくて
つのる怒りの 橋ノ下

どうせ市民を だますなら
だまし続けて 欲しかった
酔うているうちぁ 分からぬが
醒めてなおます 胸の傷

うわべばかりと つい知らず
惚れてしまった 情けなや
勢いまかせの 言葉だと
なんでいまさら 逃げるのよ

市民ですもの 人並みに
夢をみたのが なぜ悪い
今夜しみじみ 知らされた
橋下徹の 裏表

逃げた人なぞ 追うものか
追えばなおさら 辛くなる
遠いあの日の 想い出を
そっと抱くたび つい悔み

散って砕けた 夢のかず
つなぎあわせて 生きて行く
いつか来るだろ 総選挙
望み捨てずに じっと待つ 
(オリジナル:バーブ佐竹「女心の唄」)

結局は政府と財界、関電の圧力に屈したってこと。
原発は夏だけ稼働って? 扇風機じゃあるめぇし。
橋下徹の本質は「強きを助け 弱きをくじく」、弱いものイジメ。
次々と化けの皮が剥がれているが、かえって国民のためには良かったかも。

話は替わるが、
石原慎太郎に言わせると、「東京都民は日本人とは人種が違う」んだそうだ。
するってぇと、あっしらは一体なにじん?

二人とも、ロクなもんじゃねぇ。

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