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2012/06/06

新猿之助襲名は目出度いが

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歌舞伎俳優にせよ落語家にせよ、三代の名跡の舞台を観るチャンスというのは少ない。
その機会がこの10日に実現する。
6月5日新橋演舞場で「初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善」二代目市川猿翁 四代目市川猿之助 九代目市川中車襲名披露 五代目市川團子初舞台の「 六月大歌舞伎」が開幕したが、10日に観劇する予定。
この中の初代市川猿翁(二代目猿之助)と二代目市川猿翁(三代目猿之助)の舞台を観ているので、10日には猿之助を三代続けて観るということになるわけだ。
ただ二代目猿之助の舞台は出演していた記憶は確かだが中味はよく憶えていないけど。
新猿翁(72)は2003年に脳梗塞で倒れてから以来の舞台とあって、台座に座ったままで「相変わらぬご贔屓のほどを」と口上を述べたとある。
年齢からすればまだまだ舞台をつとめられるだろうが、体調がどこまで快復するかだ。
新猿之助(36)は口上で、「猿之助を襲名し、うれしさ百パーセントです。歌舞伎のために命を捨てる覚悟です」と語ったよし。
いかにもこの人らしい口上だなと思いつつ、三代目が病で倒れた後、中心となって猿之助一座を支えてきた市川右近の心境はさぞかし複雑だったろう。やはり最後は「血」が物言う世界なのだ。
これから座長として一座を率いていく苦労も並大抵ではなかろう。
九代目市川中車を襲名した俳優香川照之(46)は口上で、「歌舞伎の舞台に初めてお目見え致しまする私は、生涯をかけまして精進し、九代目を名乗らせていただきます責任を果たして参りたいと存じております。今後は親子ともども、懸命に精進して舞台を務めて参ります」と白化粧に汗をにじませながら決意表明したそうだ。
しかし映画やドラマの仕事との両立、途中から歌舞伎に加わったハンディ、そして従来からの一座のメンバーとのアンサンブルなど、この先には大きな壁が立ち塞がっている。
五代目市川団子(8)は「猿翁のおじいさまより、ずっと立派な俳優になることが私の夢でございます」と挨拶したとあり、末恐ろしい。この子が将来は五代目猿之助を継ぐことになるのだろうが、残念ながら当方がその姿を観ることは叶わぬ。

5日は「澤瀉屋(おもだかや)」のお目出度い船出となったが、全てはこれから先の彼らの精進にかかっている。

他に歌舞伎俳優で三代観たといえるのは坂東三津五郎。

噺家に目を転じて三代観たとなると、春風亭柳好がいる。
色物では紙切りの林家正楽も三代だ。
今秋、桂平治が11代目桂文治を襲名することが決まったので、その高座を観られればこちらも三代続けてとなる。
だから何だと言われそうだが、子どもの頃から芸事が好きだったという証にはなりそうだ。
永く生きていれば少しは良いことがあるというものだ。

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