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2012/06/15

落語家になっていた永井荷風

関川夏央”「一九〇五年」の彼ら~「現代」の発端を生きた十二人の文学者~”(NHK出版新書)は多くの示唆に富む著作だが、その中に少し興味深いことが書かれていたのでご紹介する。
作家・永井荷風が1899年、19歳のときに落語家・6代目朝寝坊むらくの弟子となり、三遊亭夢之助を名乗っていたというのだ。
しかし九段の寄席にいた時に永井家の使用人に見つかってしまい実家に連れ戻された。
かくして荷風の落語家としてのキャリアは高座に上がる前に終わってしまった。

当代の夢之助といえば三笑亭夢之助だが、師匠は三笑亭夢楽。
つまり
むらく(夢楽)―夢之助
の師弟コンビ名はその当時と一緒。
これは偶然なのか、はたまた洒落でそうしたのか。

もしも荷風がそのまま落語家を続けていたら、はたしてどんな噺家になっただろうか。
三遊亭圓朝の孫弟子にあたることになり、大師匠にならい次々と人情噺をこしらえていただろう。なにせ創作は得意なんだから。
荷風のことだからフランスの作家”エミール・ゾラ”の作品を翻案した、悲惨な結末の「居酒屋」なんて演目を高座にかけたかも知れない。
それを立川談笑が出稼ぎのアジア人に置き換えて「居酒屋・改」にしたり。
あるいは実体験をもとにして、廓噺の名手になっていた可能性もある。
荷風は吝嗇だったというから、ケチの文治こと9代目桂文治似かも。
アメリカで4年間アルバイトをしながら生活していたところは、春風亭百栄の大先輩。「この人はよくカムねぇ。」なんて客に言われていたりして。

こんな下らないことに想像を巡らせるのも読書の楽しみのひとつ。

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寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

浅草ストリップ嬢とか玉ノ井の娼婦の物語なども聴きたかったなあ。

投稿: 佐平次 | 2012/06/15 12:10

佐平次様
札束と土地の権利書をボストンバッグに詰め込んで陋巷を彷徨うなんざぁ、どう見ても作家より噺家に似合いそうです。「お直し」なんかきっと上手かったでしょうね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/06/15 14:59

先日ケーブルTVで、新藤監督作品、1992年の「墨東綺譚」を観たところでした。作家は荷風本人、という設定で津川雅彦。墨田ゆきの体も良かったけど(^^)、戦時中における、あの何ともいえない猥雑さの中での荷風の生き様がよく伝わりました。
初代小せん、には及ばないでしょうが、落語家荷風の廓噺は、きっと良かったでしょうね。

投稿: 小言幸兵衛 | 2012/06/15 22:10

小言幸兵衛様
戦時中、プロレタリア文学作家を含む全ての文学者が「日本文学報国会」に組織されるのですが、永井荷風だけは最後まで入会しませんでした。
そうした世の中との距離感、生き方に魅力を感じます。
きっと独特な芸風の噺家になったでしょうね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/06/16 06:43

荷風ゆかりの麻布、浅草は名作落語の舞台になっていますね。
落語にはしばしば関連の薄いものを関連づけて語るという場合がありますが、荷風、ゾラ、談笑のくだりは、先代金馬もさぞかし吃驚するでしょう。

投稿: 福 | 2012/06/17 08:01

福様
「居酒屋」つながりですね。
荷風ならゾラよりバルザックやモーパッサンの翻案かも知れません。
荷風版「徳ちゃん」なんかも有りかと。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/06/17 18:03

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