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2012/07/31

鈴本演芸場7月下席(昼)楽日(2012/7/30)

7月30日、鈴本演芸場7月下席昼の部・楽日へ。
昨年度の文化庁芸術祭大衆芸能部門・優秀賞を受賞した古今亭菊丸がトリの芝居、最終日にようやく間に合った。
ついでに9月21日からスタートする「朝太(志ん陽)・菊六(文菊)真打披露興行」の2日目の前売り券をゲットした。一之輔の時は前売り完売も相次いだようだが、こちらの売れ行きはどうだろうか。
猛暑の月曜の昼にもかかわらず顔づけが良いせいか一杯の入り。夏の寄席らしい浴衣姿の女性客もいて(浴衣割引あり)場内も華やいだ気分。

前座・柳家フラワー「元犬」
<  番組  > 
桂三木男「祇園会」
鏡味仙三郎社中「太神楽曲芸」
古今亭菊生「新寿限無」
柳家さん喬「そば清」
ぺぺ桜井「ギター漫談」
柳家喬太郎「道灌」
柳家三三「悋気の独楽」
伊藤夢葉「奇術」
桂南喬「粗忽長屋」
-仲入り-
すず風にゃん子・金魚「漫才」
桂藤兵衛「おつとめ(尼寺の怪)」
春風亭一之輔「夏泥(置き泥)」
林家正楽「紙切り」
古今亭菊丸「浜野矩随」

出演者の中で気が付いた人を採りあげてみたい。

三木男「祇園会」、聴かせどころの祭囃子は未だ未だだが、こうした季節感のあるネタをかける意欲は買う。東男と京男の対比はよく出来ていた。
ただ相変わらず「噛む」クセが出て、リズムを悪くしている。稽古不足なのか発声法の問題なのか分からないが、この克服が急務だろう。

菊生「新寿限無」。
落語協会のHPを見ると芸歴欄に”『落語界の帝王』と呼ばれる為、躍進中! 名前の由来:読んで字のごとく「圓菊」の菊と「志ん生」の生で『菊生』ガンバります。”とあるが、今のところはその片鱗もうかがえない。
名前負けせぬよう頑張ってもらいたい。
円丈作の「寿限無」のパロディで、バイオテクノロジーの大学教授が付けてくれた名前は次の通り。
「酸素、酸素、クローンの擦り切れ、細胞壁原形質膜細胞分裂減数分裂、喰う寝るところは2DK、窒素リン酸カリ肥料、人間アセとアルデヒド、アミノ酸リボ核酸龍角散、DNAのRNAのヌクレオチドのヘモグロビンのヘモスケ」。

仙三郎社中の太神楽、ぺぺ桜井のギター漫談、夢葉の奇術、正楽の紙切り、いずれも寄席の色物芸人の手本だといえる。自己の芸を披露しながら全体の流れを壊さない、これだ。
そこいくと漫才の「にゃん・金」はダメだねぇ。

喬太郎「道灌」、独自のギャグも入れずこの人らしからぬ高座だが、以前に本人が語っていたようにこのネタには拘りがあるようだ。大師匠の先代小さんの演出そのままで演じていきたいらしい。このネタでトリを取るのが夢だとも。
普段の喬太郎を期待してきた人は少しガッカリかも。

三三「悋気の独楽」、得意ネタとはいえやはり上手い。眼を一点に見据えながら首を左右に振ることにより女性の嫉妬を表現していた。
この噺の後日談が「悋気の火の玉」かしらん。

南喬「粗忽長屋」、通常と異なりこの人の場合は、行き倒れした方が八、それを知らせる方が熊と名前が入れ替わっている。
熊も八も特に個性があるわけじゃないから入れ替えは可能だが、なんとなく座りが悪い気がした。
相変わらず大らかな高座。

藤兵衛「おつとめ(尼寺の怪)」は初見、それもその筈で普段はあまり高座にかけていないネタのようだ。
ストーリーは。
町内の若い衆が寄り集まって今晩「百物語」をやろうじゃないかと提案する。車座になり一人一人が怖い噺を披露しようじゃないかというわけ。出来の良い噺をした人には酒をご馳走するということになったが、熊だけは怖い噺の持ちネタがなく頭を抱える。
思案の末、知り合いの和尚さんに「何か怪談はありませんか」と所望する。和尚はしばしの思案のうち、修行として托鉢の旅をしていた若き日の話しをはじめる。
山道に迷って一軒の尼寺の本堂に泊めて貰ったのだが、深夜に木魚を叩きながらお勤めする音が聞こえる。それの正体が幽霊だったらしい。
早速熊は寄合に戻り、その怖い話を聴かせるのだが・・・。
季節に合った珍しいネタ、こういうのが聴けるのが寄席の楽しみだ。

一之輔を見ていてふと思ったが、先輩落語家たちは彼をどう見ているんだろうか。
古典を演じながらも全く新しいタイプだし、とにかくお客に良く受ける。今まで何十年も芸を磨いてきた俺たちは一体なんだったんだろうと、そう思ってはいないだろうかと。
何とも始末に悪い若手が現れてしまったと。
この「夏泥(置き泥)」の長屋の男は、泥棒の有り金を残らず巻き上げてしまう。普通は必要な金額だけ強請るのに、酷い男だ。
もしかして一之輔本人?

菊丸「浜野矩随」、良かった。
矩随、その母、そして若狭屋新兵衛の人物像がそれぞれ鮮やかに描かれていた。
語りの緩急、強弱,高低が細かに行き届き、緊張感に溢れながら決してお涙頂戴に流されることなく演じ切る。
矩随が彫った観音像を持参してからの、矩随と新兵衛とのヤリトリが胸を打つ。
志ん生や圓楽と異なり結末をハッピーエンドにしているが、落語としてはこちらの方が好ましい。
先代圓楽の死後では、ベストの高座だった。

古今亭菊丸、世評も人気ももう少し高くても良いと思うのだが。

中入り後の3席がいずれも聴き応えがあり、暑い中を出掛けた甲斐があった。

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2012/07/29

落語教育委員会(2012/7/28)

7月28日、横浜にぎわい座での落語教育委員会「喜多八・歌武蔵・喬太郎 三人会」へ。
橋下徹が首相になったら、この教育委員会も廃止なんだろうな。「名前が悪い!」なんて。
ついでに三宅坂の国立劇場と演芸場も廃止だろう。あんな都心に置く必要はないとか何とかでオフィスビルにでもするんだろう。
かつて橋下市長はタレント時代に「能や狂言が好きな人は変質者」と言ってたくらいだから、もちろん国立能楽堂なんざぁ真っ先に廃止だ。
ワタシら伝統芸能を愛する人間は真っ暗闇さ。
そうさせないように「維新の会」の国盗りだけは阻止せざぁなるめぇ。
のっけから硬い話になってしまったが、会場は満席。オリムピックが開幕しようと隅田川で花火大会が開かれようと、そんなことお構いなしでやっぱり落語。
もっとも喜多八殿下は楽屋でTV観戦していたそうだけど。

<  番組  >
「開幕コント」
古今亭菊六「猿後家」
柳家喜多八「千両みかん」
~仲入り~
柳家喬太郎「孫帰る」
三遊亭歌武蔵「お菊の皿」

恒例の「開幕コント」、今日は二人だけかいと思っていたら喬太郎の楽屋入りが遅れていて繋いでいるらしい。
喜多八は鈴本の夜トリを抜いているから良いのだが、喬太郎は浅草の昼トリが跳ねてから駆けつけるので時間がかかるのだ。
ようやく会場の後ろ扉からキャリィバッグを引きながら喬太郎が到着。
どの世界でも一部の売れっ子に仕事が集中するのは避けられないが、この日はこれで4席目とか。喉の調子が今ひとつだったのは酷使し過ぎではあるまいか。声が最大の商売道具だからケアが必要なのだ。
そう言いながら、やっぱり喬太郎目当てで来るんだから世話はない。

メクリで古今亭菊六の名前が出ると場内からオーっという反応。襲名興行の前売りも始まったことだし、なにしろ今や時の人だから。
菊六を聴くたびに思うのだが、口跡が良く語りもしっかりしているのだが、それが時に短所になっているような気がする。しっかりし過ぎて硬いのだ。
役者のセリフならあれで十分なのだが、噺家としてはもっと「軽さ」が欲しい。特に軽い滑稽噺を演るときは軽快さが求められる。喋りの緩急や強弱ももっと研究が必要だ。
マクラの工夫と共にこれからの大きな課題だと思う。

喜多八「千両みかん」。
アメリカ大統領選挙の共和党候補ロムニー氏が軽口で「1万ドル賭けようか?」と言って批判されているようだが、金銭感覚が違うのだ。普通の人にとっては1万ドルは大金だが、ロムニー氏のような大資産家にとっては1万ドルなんぞほんの端(はした)金。
お店の若旦那の病のために真夏ミカンを求めて駆けまわる番頭。もし見つけられなけりゃ主殺しで磔(はりつけ)とあってはこっちも命がけ。
ようやく見つけたミカンの値段が1個千両。「そりゃ、いくらなんでも高すぎる」と驚いて店に戻り旦那に相談すると「安い」と言われてしまう。
早速若旦那のミカンを届け、番頭が「これ、一体いくらしたと思います?」と訊くと若旦那は事も無げに「千両ぐらいだろう」と答えるから又ビックリ。
ここで番頭の金銭感覚も狂ってしまう。若旦那が残した3房のミカン、計算すれば3百両。年季があけて店から貰える金がせいぜい40両がいいとこ。「ままよ」とばかり番頭は3房のミカンを懐に逐電。
よく会社の会計係だの銀行員が大金を着服して捕まるのだが、あれも金銭感覚が麻痺してくるせいなんだろう。
喜多八は目を巧みに使ったメリハリのある高座で楽しませてくれた。
殿下、絶好調!

喬太郎「孫帰る」。
長めのマクラで終いには「おーい、中村君」を曲目解説をしながらフルコーラスで唄う。特にこれっといった内容は無いのだが、なんだかこの人が演ると面白い。根底に客を楽しませたい、元を取らせたいというサービス精神があるからだろう。
そして一転、新作「孫帰る」は初見。お盆に祖父の家に帰ってきた孫との楽しい会話と思いきや、実は娘と孫は交通事故で他界していた。
孫が去った後の祖父の無言の動作が効果的。祖母の「お迎え火も焚かないのに良く帰ってきたね」のセリフが胸を打つ。
前半の能天気なマクラとの何と大きな落差。
これはもう喬太郎しか真似できない。

歌武蔵「お菊の皿」、(喬太郎に)遅れてきたくせに長く演ってと、そう言いたくなるだろうね。しかも「孫帰る」の後でこのネタは演りにくいわな、幽霊でツイテしまうし。
ストレスで過食症になり肥満になってしまったお菊という設定が面白い。「この前なんか井戸から出られなくなっちゃって」というセリフも、この人だと説得力がある。

三人ともに夏場にふさわしいネタを披露し、いずれも熱演で暑さを吹き飛ばしてくれた。
結構な会でした。

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2012/07/06

「維新八策」やのうて「無為無策」や

大阪維新の会は7月5日、次期衆院選に向けた事実上の政権公約「維新八策」の中間案を公表した。
しかし国政の選挙公約としてはかなりお粗末なものだ。
例えば政局の焦点となっている消費税について、増税に賛成なのか反対なのかを明らかにせず、ただその地方税化を主張するにとどめている。増税して良いから取り分は地方に寄こせというわけか。
エネルギー政策は「脱原発依存体制の構築」をうたっているが、原発依存度の数値や目標年次を定めていない。
道州制を目指すとしているが、大阪都構想とどうやって折り合いをつけるつもりだろう。大阪都を残したまま関西州をつくるというなら、屋上屋を重ねるような国-関西州-大阪都-市町村という四重行政になるだけだ。
それとも道州制にした段階で、全国の都道府県は廃止にするのだろうか。肝心な処が不明瞭だ。

「維新の会」の看板ともいうべき「地方分権」だが、分権により我々の生活が良くなるかどうか甚だ疑問だ。
最大のネックは地方議員と地方官僚の質の悪さだ。
地方に行けば行くほど暴力団まがいの議員が多く、彼らの脅しや恫喝によって行政が歪められている現状がある。市町村職員の採用では議員の口利きが幅を利かせており、それが議員らの利益誘導に結びつく。
政官財の癒着はむしろ地方の方が顕著であり、そこにメスを入れない地方分権は却って国を悪くするだけだ。
大阪の維新の会や名古屋の減税日本に所属する議員らの不祥事が続いているのもむべなるかな。

橋本市長が主張する教育政策についてだが、よく言われている通りアメリカ・ブッシュ政権の教育改革法「NCLB」を手本にしている。
別表に両者の対照表を示したが、瓜二つと言って良い。
その本家のアメリカでは学力を上げるための不正行為が氾濫し、かえって学力低下を引き起こすなどの弊害が現れ、この法律を提唱した人自身が失敗を認める発言をしている。
さらに問題なのは5年間で新任教師のおよそ半分が退職してしまったことだ。
教師のヤル気を削ぐような法律では教育は良くならない。
私は橋下氏がなぜあれだけ教組を憎悪するのか、その理由が分からない。
個人的な経験から言わせてもらえば、「良い先生」として思い出に残っている教師の多くは教組活動に熱心な先生だった。少なくとも校長にゴマスリするような教師にはロクな奴がいなかった。
良い教師は生徒に顔を向け、悪い教師は校長や教育委に顔を向ける。

常に敵役を作りそれを叩いていくというワンパターン。
いずれ橋下バブル、維新バブルが弾けるのは時間の問題だろう。

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2012/07/05

「四代目春風亭柳好トリビュート」(2012/7/4)

47月4日、国立演芸場で行われた「四代目春風亭柳好トリビュート~柳好十八番~」へ。昨年に続き第2回目で、顔づけも一緒。
四代目春風亭柳好(川崎の柳好)は華やかな三代目の陰に隠れがちだが、独特の口調でマニアックな人気があった人だ。
高座の第一声が「落語をやらせていただきます」、それから「私の落語は最初のうちはあんまり面白くなくて、しばらく聴いていると眠気を催す。そこを我慢して終いまで聴くと、ああ、やっぱり下手だと」。低音でゆっくり喋り出す。
前名の笑好時代には、「どうか頭に”お”など付けぬよう」とやっていた。
与太郎噺など軽いネタを得意としていた。
今でも根強い人気があり、だからこうした会が催される。
出演者のうち芸協の三人はゆかりのある人、落協の二人はファンだという人。
観客もファンだったという人と出演者の顔ぶれで来たという人に分かれるだろう。

<  番組  >
(前座・春風亭吉好)
春風亭柳好「牛ほめ」
柳亭市馬「味噌蔵」
柳家喜多八「付き馬」
~仲入り~
座談会:出演者全員
瀧川鯉昇「うなぎ屋」
春風亭小柳枝「粗忽長屋」

柳好「牛ほめ」
当代、つまり五代目柳好。
後の座談会で出た話しによれば、四代目の二人のお嬢さんが若いころの父にそっくりということでこの人に襲名を許したのだそうだ。そう言われると確かに似てる。
私は当代には点が辛い。むしろ二ツ目の”柳八”時代の方が勢いがあって面白かった。
なんとなく「柳好」という羽織を着てしまったような印象を受ける。

市馬「味噌蔵」
いつもと声の調子が違うし唄も入らないと思ったら、四代目の真似を試みたものだった。
いつもの陽気さに比べこういう抑え気味の市馬も悪くない。
もっとも周囲では寝ていた人が多かったなぁ。「家じゃ眠れないのに、こういうとこだと寝られるんだよなぁ」ってか。
電車賃使って入場料払って、贅沢な居眠りですねぇ。

喜多八「付き馬」
これも後の座談会で語っていたが、あの「脱力」マクラは元々が四代目柳好を意識したものだそうだ。この日は「落語をやらせていただきます」、ああいいよ、好きなようにおやんなさい。
喜多八が言ってたように、かつて寄席というのは友達がいなくて古本屋が好きそうな、そういう男たちの唯一の遊び場所だった。それが近ごろは女性が増えてきちゃって、と言いながら、どこか嬉しそうだ。
この人の魅力は目力だ。眼の動きだけで説明やセリフが省略できる。「目は口ほどに物を言い」、だから可成りの早回し「付き馬」だったが、面白く聴かせていた。

座談会では、主に小柳枝と鯉昇が思い出を語っていたが、昔は破天荒な噺家が多かったので苦労が絶えなかったようだ。
今どきは万事がマイルドになりつつある。
芸人も客も。

鯉昇「うなぎ屋」
別名「素人鰻」だが、文楽のものと混同されるのでこのタイトルで演じられている。
鯉昇は古今亭の演出を踏襲したもののようだが、見せ所の握った手から鰻の頭に見立てた親指をにゅるにゅると突き出し、慌ててもう一方の手でそれを掴むと今度はその手から親指をにゅるにゅるとの繰り返しで爆笑を誘う。
逃げる鰻を追ってそのまま高座を下りた。
この人は何を演らせても上手い。
いま一番面白い落語家は? と訊かれたら、やはり、鯉昇か。

小柳枝「粗忽長屋」
先代小柳枝が車にはねられ頭に大けがをしたことがある。道路にひっくり返って頭から血を流している小柳枝を見て慌てた運転手は、止血しようとして首を絞めた。見ていた人が、「あの運転手は撥ねてトドメを刺している」。
粗忽者のエピソードをマクラにネタへ。
先代小さんの演出などに比べると時間は短めだったが、かえってスピーディでこのやり方の方が面白く感じる。
粗忽というよりは思い込みの激しさというべき八と熊、立ち合いの役人、それぞれの演じ分けもしっかりと、トリに相応しい高座だった。

また来年もこようっと!

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2012/07/03

2012年上半期「佳作」選

当ブログでは毎年年末に「My演芸大賞」として数点の作品を選んでいるが、その候補作というべき上半期の優れた高座をピックアップしてみた。
その結果下記13作品を佳作として選んだ。
今年は豊作のようで、これに下半期の佳作を加え、さらに数点の作品に絞るのは相当苦労することになりそうだ。

今年の上半期の落語界は一之輔に始まり一之輔に終わった感がある。私自身も新年の初高座と6月最後の高座が一之輔であり、半年間で最も多くの高座を観たのが一之輔だった。
しかし下記の作品に一つも入らなかったのは、胸が打たれることが無かったからだ。感心はしたが感動がなかったということ。
優れた芸人であることは衆目の一致する処だが何かが足りない、私の眼にはそう映る。
まだまだ発展途上、これからの人だと思う。

東西交流が盛んになり、上方落語の面白さや上方落語家のレベルの高さに驚かされることが多い。
東京の落語家も負けずに頑張らないといけないかも。

入船亭扇辰「紋三郎稲荷」”鈴本演芸場”(2012/1/13)
桃月庵白酒「甲府い」”鈴本演芸場”(2012/1/17)
柳家喬太郎「うどん屋」”鈴本演芸場”(2012/1/17)
三遊亭兼好「三枚起請」”#393花形演芸会”(2012/2/4)  
桂春團治「野崎詣り」”#32上方落語会”(2011/2/11)
隅田川馬石「雪の子別れ」”雲助四門”(2012/3/14)
柳家権太楼「百年目」”#19三田落語会”(2012/4/21)
柳家喬太郎「ハワイの雪」”さん喬・喬太郎親子会”(2012/4/28)
柳家三三「お若伊之助」”三三・吉弥ふたり会”(2012/5/12)
入船亭扇辰「さじ加減」”#8ワザオギ落語会”(2012/5/19)
五街道雲助「汲み立て」”雲助蔵出し ふたたび”(2012/6/17)
五街道雲助「菊江の仏壇」”雲助蔵出し ふたたび”(2012/6/17)
露の新治「権兵衛狸」”鈴本演芸場”(2012/6/18)

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2012/07/02

落語家の廃業

落語協会HPで平成24年11月上席より二ツ目昇進を発表していた”三遊亭ありがとう”の名前が協会員リストから削除されていたので調べたら廃業したらしい。
以下は林家時蔵のサイト「時蔵のこんな話あんな話」からの引用だ。

”噺家廃業”(2012年4月6日)
やはりというか予想していた通り、ここに来て廃業者が相次いだ。一人は二つ目の古今亭大五朗である。亡くなった古今亭志ん五師匠の弟子で、二つ目になって2年半ほど。前座の修行を終えて、二つ目になってから辞めるというのには、それなりの大きな理由がある場合がほとんどだ。
彼は福島県の出身で大震災で親戚が亡くなったということも聞く。それ以前に師匠を失ったことも大きな原因の一つなのだろう。まあ、傍から推測でものを言ってはいけないが、諸々の出来事が彼を取り巻く環境に起こって、廃業せざるを得なかったのではないかと思う。
もう一人は前座の三遊亭ありがとうである。歌之介の弟子で前途有望なはたちの青年である。彼の場合は体調が悪く、しばらく寄席を休んでいて結局、芸人をあきらめざるを得なかったようだ。体の具合が悪いのでは仕方がない。この2人は残念ながら、自分の希望通りの道に進めなかったわけであるが、適職を見い出して力を発揮して欲しい。
まあ、アタシは幸いにして自分の思い通りの道を歩んで来たわけであるが、この先前途がバラ色かというと決してそういうわけではない。世間の景気の悪さは相変わらずだ。
現在のアタシとかけて、ちびたロウソクととく。そのココロは、もう風前のともし火です。

この記事によれば、三遊亭ありがとうの場合は健康上の理由によるものらしい。
もう一人の古今亭大五朗の方は理由は不明だが、2010年に師匠を亡くした上に昨年の大震災で親戚の方が死亡したという不幸が重なったことが影響したのかもしれないとされている。
終りの数行は落語家の生活の厳しさに触れている。
一部の売れっ子を除けば、大半の噺家の生活は楽じゃないのだろう。

もう一人は1年半ほど前になるが三遊亭金翔の廃業についてである。
以下は「三遊亭金翔から鑑みる落語界あれこれ」というサイトからの引用だ。

”金翔廃業の噂”(掲載日不明)
2010年10月末、12月に開かれる「上席 池袋演芸場夜席」の出演を控えながら突然の廃業を迎えた。
その理由について正式な発表はなく、本人のツイッター・ブログや師匠である金時のブログからの情報による憶測が飛び交うばかりである。
ここではその憶測について明確な解答を持ち合わせていないため、仮説に油を注ぐような行為はしない。事態の初期に現れたヒントをまとめて掲載しておくので事の真相を追求したい諸兄達の一助となってくれれば幸いである。

記事の中で「憶測が飛び交うばかりである」というのは、この件で某掲示板にスレッドが立てられ様々な書き込みがされていることを指したものと思われる。
そして、その「三遊亭金時の部屋」の該当記事は次の通り。

”お知らせ。私の一番弟子の金翔が廃業致しました。破門ではありません。本人の希望による廃業です”(2010年12月3日)
『名前を残して、休席にしたらどうか?』 とも提案しましたが、『落語に情熱がなくなりました。師匠も嫌いになりました。今までの人間関係を全て清算したいので、廃業させて下さい!』との事。凄い脱力感。彼の情熱を信じた私がバカだった、て事。彼には落語界で培った事を、これからの人生に、役立てて欲しい。なんてこったい…。

落語家の廃業には二つのケースがあり、一つは本人の意思で辞める場合と、もう一つは師匠から破門される場合だ。サラリーマンでいえば前者は退職、後者は解雇に相当する。上にあげた噺家3人はいずれも本人の意思による廃業のようだ。
落語家の多くは団体などに所属しているが、その組織(協会など)が廃業についてメッセージを出したというのも見たことがない。
本人あるいは師匠から廃業を公表するという例は少ないと思われる。
ひそかに辞めていき、その理由は本人又は師匠しか分からないというのがこの世界のようだ。様々な憶測が飛び交うのもその為だろう。
志し半ばで進路を転換したとしても、落語家として修行した経験は必ず生きるはずだ。
そう信じたい。

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2012/07/01

#397 花形演芸会(2012/6/30)

6月30日、国立演芸場「第397回 花形演芸会」へ。
早々と前売り完売となっていたが、キャンセルが出てチケットが1枚だけあった。
今日で半年が終りか、早いなぁ。

<  番組  >
前座・古今亭きょう介「子ほめ」
川柳つくし「健康診断に行こう」    
古今亭志ん丸「野ざらし」           
カンカラ「時代劇コント」              
古今亭菊志ん「九州吹き戻し」         
―仲入り―
柳家さん喬「抜け雀」
鏡味正二郎「曲芸」          
春風亭百栄「マザコン調べ」    

つくし「健康診断に行こう」
新作だが、このネタの面白さが分からない。
シモネタで笑いを取ろうとする根性が気にいらない。特に女流落語家がやると汚く感じる。

志ん丸「野ざらし」
明るい高座で喋りのリズムが良い。
釣り場での八つぁんの一人キチガイぶりは、3代目柳好を彷彿とさせる。あんまり妄想が膨らみ過ぎて八五郎、終いには川へドボン。

カンカラ「時代劇コント」
コントで丁半博打を演るなら「壷ふり」はキレイに見せて欲しい。

菊志ん「九州吹き戻し」
残念ながら期待はずれだった。
語りが早過ぎてあれでは観客は筋を追うのが精いっぱいで、談春とは大違い。
時間的にこのネタを演じるには無理があったのでは。         

さん喬「抜け雀」
かなりの「早回し」だったがフルバージョン、中身は省略していない。
マクラから客を掴んでいて、さすがと言うしかないが、こういう所を菊志んは学んで欲しい。

正二郎「曲芸」
毎度よく技を研究していて感心する。
寄席の太神楽の芸人がもっと見習って欲しいくらいだ。          

百栄「マザコン調べ」    
タイトルから想像がつくように「大工調べ」の改作。
マクラで古典オリジナルについて、あれは大家の言い分の方が正しいと。
120,800円借りて返しに行くが120,000円しかなかった。「800円はいいよ」と貸した方が言う分には構わないが、返す方が言うのはオカシイ。それを「ちゃんと800円も返してよ」と催促したら、いきなり借り手が逆ギレして啖呵を切ってきた。おまけに裁判では借り手の言い分が認められてしまう。あれでは大家が気の毒だ。
ナルホド。
新作では、社長の長男が女性社員を見初め結婚を申し込むが、女性には既にパートナーがいて断られる。そこで男の母親が息子を伴って女性宅を訪れ、相手の男と別れて息子と結婚するよう強く迫る。その言い分があまりに一方的で女性が拒否すると母親がいきなりケツをまくって啖呵を切るのだが、この内容が大工の棟梁とそっくり。
パロディとして良く出来ていたし、心配していた啖呵の場面も無事こなしていた。
今まで聴いた百栄の高座ではこれがベスト。

「終り良ければすべて良し」としよう。

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