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2012/11/30

【衆院選】マスコミの偏向報道

「新聞は社会の公器」のはずで、とりわけ選挙報道においては不偏不党、公正な報道が求められる。
しかし衆院解散いらいの報道姿勢をみていると公正さは投げ捨てられているかのようだ。特に目立つのは「日本維新の会」への異常な肩入れだ。
解散後、議員も政党も流動化していて、なかなか勢力がつかみにくいのだが、大きな動きは次の二つだろう。
維新の会の前衆議院議員数は解散時が5名、太陽の党と合併して7名、その後さみだれ式に他党から来た人を加えて現在は11名となっている。
11月28日結党の「日本未来の党」は国民の生活が第一と減税日本・反TPP・脱原発を実現する党が合流して前衆議院議員数は61名となっている。
これらの数字と昨日の解散時の勢力とを頭に入れて、例えば朝日新聞本日付けの報道を見てみよう。
ここで朝日の記事を採りあげたのは、維新に対して批判的と思われるからだ。

一面は「主な政党の総選挙公約」と題する記事だが、ここには左から民主、自民、維新、未来の順で4党だけが主要政党として掲載されている。この並び順もなぜ自民の後が維新なのか不審だ。
もし現有議員数で選ぶなら4党は民主、自民、未来、公明となる筈だ。公明正大でないのは明らかだ。
次に5面で「衆院選の公約(要旨)」として各党の公約が掲載されている。
この記事については、既に11月28日付で民主、自民両党の公約が掲載されていて、それぞれが2分の1面のスペースが与えられていた。
問題は本日11月30日付、維新のスペースは4分の1面で、これは公明+共産+みんなの合計分と等しい。
議員数でいけば、11=21+9+8
という数式になるわけで、これは偏向というしかない。

いや、現有勢力はそうかも知れないが、選挙後の議員数を予測すればこうなるという反論があるかも知れない。
しかし選挙は水物、ふたを開けてみなければどうなるか分からない。もし分かっているなら選挙を行う必要が無くなる。
確かに「維新の会」への関心が高いのは認めるが、それもマスコミが二大政党に対する「第3極=維新」という一大キャンペーンを展開してきた結果でもある。
自らの偏った報道により得られた民意をもとに公正な報道をゆがめるなら、それは二重の誤りと言わざるを得ない。

報道各社には公正な選挙報道を行うよう求めたい。

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2012/11/29

衆議院解散時の党派別議席数

近ごろは朝起きると新しい党が出来ていたり、あるいは解党・合流したりと目まぐるしい。
そこで2012年11月16日、衆議院解散時の政党別議員数がどうなっていたか調べてみたら、これが意外に資料がないんですね。
ようやく確からしい資料をみつけましたので、以下に一覧にしてみました。
選挙戦について何かを考えるにあたり参考になれば幸いです。

<衆議院議席数>
民主党:233議席
自由民主党:118議席
国民の生活が第一:45議席
公明党:21議席
日本共産党:9議席
みんなの党:7議席
社民党:5議席
日本維新の会:5議席
減税日本:5議席
改革無所属の会:4議席
国民新党:3議席
新党大地・真民主:3議席
太陽の党:2議席
みどりの風:2議席
新党日本:1議席
無所属:16議席
欠員:1議席
-------
合計:480議席

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2012/11/27

箱根・吉池旅館の紅葉

紅葉の最盛期11月25日、箱根湯本の「吉池旅館」に1泊しました。
ここだけで紅葉狩り、温泉、食事を楽しもうというわけです。
吉池の最大の魅力は1万坪といわれる広大な庭園です。旧岩崎家別邸(有形文化財)として明治に造られてた姿そのままだそうです。
回遊式庭園を流れる水路と緋鯉が泳ぐ池、これが紅葉の美しさをいっそう引き立てます。

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紅葉見物を終えたあとは源泉かけ流しの温泉につかり、360度開放の露天風呂からも紅葉を楽しむことが出来ます。
夕食は会席料理、温泉の後の冷酒がまた格別。
というわけで、皆さまに楽しさのお裾分けです。

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2012/11/25

#359国立名人会(2012/11/24)

11月24日国立演芸場での「第359回 国立名人会」へ。
落語界で大正生まれの現役で活躍中といえば、桂米丸と三笑亭笑三のお二人。
先週の米丸に引き続き、今週は笑三の高座という次第。
そういえばお二人とも芸協。

<  番組  >
前座・三笑亭夢七「二人旅」
五明樓玉の輔「代脈」         
古今亭菊丸「天狗裁き」       
五街道雲助「付き馬」        
―仲入り―
三遊亭右紋「五人男」        
林家今丸「紙切り」             
三笑亭笑三「火事息子」     
(全てネタ出し)
現在定期的に開かれている名人会だが、この国立以外に「朝日名人会」や「JAL名人会」がある。
しかし今の落語家の中には名人はいない。
というより、文楽、志ん生、圓生以後に名人は一人もいない。先代小さんは微妙なとこだし、志ん朝や談志といえども名人の列に加えるのは憚られる。これから先も名人が出現するかどうか疑問だ。
名人なき「名人会」なのだ。
だからこの国立名人会も含めて不当表示、誇大表示と言われても仕方あるまい。

玉の輔「代脈」
この人器用なんだろうね。努力しなくても直ぐ出来ちゃうタイプなんだろう。だからあまり努力しないんだろうな。マクラはいつ聞いても同じで、ネタに一切関係ない。こういう人も珍しい。
そして気が付けば協会理事。
これからも軽く軽く行くのだろうが、いずれ転機が求められる時期がくる。その時どうするかだ。

菊丸「天狗裁き」       
楷書の芸。表情の一つ一つ、指先まで神経が行き届いている。         
夫婦、隣家の男、家主、町奉行、天狗といった人物の演じ分けもキチンとしている。
何を演らせても水準を行き申し分ない。
欠点をあげるとしたら、落語家として上品過ぎるか。もっとくだけて、という気もするけど。

雲助「付き馬」        
自嘲気味に今日は名人が6人出ますと。
付き馬の由来をマクラに古今亭のお家芸のネタへ。珍しく女郎屋に払う金額を間違えるミスがあったが、後はお手のもの。
この噺の聴かせどころの一つに吉原から観音様、仲見世を通り雷門までの一種の道中づけがある。
さすが地元出身の雲助だけあって、光景が目に見えるようだ。
地下鉄の浅草駅から「雲助蔵出し」が開かれる浅草見番まで歩くと、ちょうど「付き馬」のコースをを反対側からなぞることになる。毎回このネタを思いだしながら通っている。

右紋「五人男」は初見。
宴会の余興に長屋の連中が「白波五人男」を演じるという新作落語。
どこが面白いのか分からなかった。

今丸「紙切り」                      
「ご注文は? 無いようでしたら」と言いながらどんどん切っていく。少しせわしい。
客の横顔を切るのがサービス。

笑三「火事息子」
御年87才。さすがに瞬時に言葉が出なかったり同じセリフの繰り返しもあったが、親子の心情をたっぷり聴かせてくれた。声の大きさにも驚かされる。
先ずはトリで古典を演じるという気迫に脱帽。 

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2012/11/24

立川流追善興行(2012/1/23夜)

11月23日、よみうりホールで行われた「立川談志一周忌『立川流追善興行』」、全部で4公演のラスト夜の部へ。
もう一年か。
CDやDVDの売れ行きが良いようだし、書店に行けば談志本が積み上げられ、近々「映画 立川談志」も公開される。死してなおブームが続く。
アタシの談志ベスト・スリーは「源平盛衰記」「相撲風景」「やかん」。特に「源平」はオンリー・ワンで、このネタに関してはこれからも談志以上のものは出て来ないだろう。

<  番組  >
直弟子全員「口上」
立川談修「宮戸川」
立川平林「踊り『安来節』」
立川談慶「踊り『かっぽれ』」
立川雲水「ん廻し」
立川生志「初天神」
野末陳平 高田文夫 立川志らく「鼎談」
立川談笑「粗忽の釘」
~仲入り~
松元ヒロ「スタンダップコメディ」
立川志らく「饅頭こわい」
立川談春「棒鱈」

冒頭のセレモニー、談志の出囃子「木賊刈」(とくさがり)で幕が上がると、正面に談志の写真。その下に直弟子全員(談笑が遅刻)並び、立川流代表・土橋亭里う馬による「口上」と弟子の紹介が行われる。
談志が亡くなった時点で真打になっていなかった直弟子はそれぞれの師匠の門下に移されたようだが、二ツ目で談修だけは生前「真打に」というお墨付きがあったとかで最後の直弟子となった由。
その談修「宮戸川」、このネタで談志に褒められたそうだが、平凡。どこが優れているのか良く分からなかった。

平林は談志が亡くなる前の病室で踊って喜ばれたという「安来節」を、談慶は師匠の思い出話をした後に「かっぽれ」をそれぞれ披露。
でも落語家の踊りねんてぇものは寄席のような狭い空間で演るもので、こんな大きいホールには不釣り合いだ。
談慶の落語は聴いてみたかった。
雲水は初見で「ん廻し」。上方落語では「田楽喰い」。古典だが「ん」の付く言葉は全て現代語に直していた。ハッキリとした口調でしゃべるので大阪弁が分かり易い。
東京の団体に所属していて上方落語を演るひとはいるが、その反対はきいたことがない。どなたか理由を教えてくれませんか。

生志は久々だったがやはり上手い。マクラから客席を掴み「初天神」へ。
「おとっつぁん、羽織着てどこ行くの?」「恐いとこへ行くんだ」「なに、ガザ地区?」「そんなとこじゃない」「じゃあ、足立区?」「あそこも恐いな」ってな調子でクスグリを入れるのだが、これが効果的。
反発し合いながらも父子の情愛が描かれていて、短縮版だったが良い出来だった。
かねがね志の輔以後の弟子の中では、この人の実力がトップだと思っている。全体では、ぜん馬。

陳平と高田文夫と志らく「鼎談」は、始めは陳平と志らくの対談だったが、途中から心肺停止の病から復帰した高田が加わった。
陳平と談志のラジオ番組では、陳平のために毎回談志が手作りの弁当を用意してくれていたなどのエピソードが紹介されていた。一度二人が喧嘩した時、後で談志が何度も電話してきたが陳平が留守で、終いには陳平の自宅まで訪ねてきたとか。談志の一面を物語る。
陳平がそんなイイ話をすると高田が混ぜっ返し、場内は爆笑。

談笑「粗忽の釘」は、身体も声も大きく陽気な高座は相変わらず。
オリジナルを変えていて、タイトル通り長屋の連中がみんな粗忽者という設定になっている。
大らかな芸風ではあるが、雑な面もある。

松元ヒロは不思議と談志から好かれていたようで、談志の独演会でもしばしば膝をしていたとか。
なにせ普段から「平和」「憲法9条」などをテーマにしていて、この日も「脱原発」デモに参加した時のネタや、石原慎太郎を批判するネタを演じていた。
政治的立ち位置としては談志と正反対の筈だが、こういう芸人を抱え込む度量の深さがあったといういことだ。

志らく「饅頭こわい」、談志一周忌なので、先代小さんの十八番をということでネタへ。
談志の芸風に最も近いのだが、何かが決定的に違う。それは恐らく人間性に起因するもので、志らくは良い人なのだ。
だから仮に生涯かけても、談志には近づけないだろう。

やはりトリは談春、こちらも小さんの十八番で「棒鱈」。
このネタ、時期は幕末で薩長の侍が江戸の町に入ってくる。徳川のお膝元へ来て大きな顔をしている所へもってきて、江戸文化と薩長とは全く肌が合わない。江戸っ子としては大変面白くないし、彼らの言動が癪にさわって仕方がない。
自分たちは男同士なのに、隣部屋は田舎侍ひとりに芸者が3人もついている。飲むほどに酔うほどに反感が次第に怒りに代わり、乱入を咎められた際に爆発する。
談春の演出はその辺りの空気を十分伝えていたように思う。
欲をいえば一周忌追善の千秋楽にふさわしく、談志十八番の中からネタを選んで欲しかったのだが。

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2012/11/22

鳩山家と「沖縄」

11月21日、民主党の鳩山由紀夫元首相は記者会見で、総選挙への立候補を断念し、政界を引退することを正式表明した。野田政権の方針に従うよう求める誓約書に署名できないことが引退の理由と説明した。
鳩山は「消費増税、環太平洋経済連携協定(TPP)、原発再稼働など、現政権の方針と違う主張を党内で続けたいと思っていたが、その主張を続けると、公認は得られないと」と語った。

鳩山元首相については毀誉褒貶がと言いたいところだが、批判や嘲笑に晒される方が多い政治家だった。
特に沖縄に普天間基地について国外への移設を主張し、最低でも県外移設が期待されると発言したが実現できず方針を撤回。最後は「党の公約ではなかった」と釈明に追い込まれたのが響いた。
あの当時、「そうだよね、沖縄の負担低減のために何とかしなくちゃ」という声より、「アメリカを怒らせる」「日米関係を悪化させる」という声の方が圧倒的だった。とりわけマスメディア、評論家、保守政治家、官僚らから袋叩きにされていた。
しかし、鳩山由紀夫の主張はそんなにトンデモ発言だったんだろうか。

そこで思い出すのが祖父である鳩山一郎の首相在任時(1954‐56年)の動きだ。
鳩山により外相兼副総理に起用された重光葵は1955年にアリソン駐日大使に次の様な要望を提出している。
1.米国地上軍6年以内に撤退
2.その後の6年以内に米国海空軍を撤退
3.米軍基地の取り扱いについてはNATOとの取り決めと同様にする
4.在日米軍のための防衛分担金の廃止
1951年に締結された安保条約(旧安保)が、当時のダレス国務長官による「米国が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」という方針に基づいたものだった。
重光の提案は、その根幹を変えたいという趣旨だったわけだ。
防衛分担金については当時の日本の国家予算が1兆円だったのに対し550億円を毎年アメリカに支払っていた。交渉の結果、その後に200億円を減額させている。
1-3の課題については1955年に重光外相と河野一郎農林大臣、それに岸信介民主党幹事長が揃って訪米し、米国のダレス長官と激論の末、安保条約をより相互性の強いものに置き換えることで合意した。
翌1956年には鳩山一郎首相はソ連を訪問し、日ソ国交回復を実現してゆく。

こうして見ていくと、鳩山由紀夫の基地問題への取り組みは決して単なる思い付きではなく、祖父の代からの大きな命題だったと考えるべきではなかろうか。
その結果、祖父と同様に米国政府からは嫌悪され、政権を降ろされてしまった。
ただ当時と異なるのは、アメリカ政府になり代わり米国の意向を代弁して鳩山叩きを行った日本の政治家や官僚、マスコミが大勢いたことだ。
そこに鳩山由紀夫の不幸があったと思われる。

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2012/11/20

深酔いしたらタクシーで

11月14日、NHK「おはよう日本」のキャスター森本健成容疑者(47)が強制ワイセツで逮捕された事件が話題になっている。誠実で人望もあった人物だけに周囲は驚いているようだ。
容疑者は14日午後7時45分ごろ、東急田園都市線の渋谷~二子玉川間の電車内で、女子大生(23)の体を触った疑いが持たれている。被害者によると服の中に手を入れて右胸を揉んだ上、下着の中にも手を突っ込んだとされる。容疑が痴漢ではなく強制ワイセツになったのはそのためのようだ。
事実であればかなり悪質だ。
本人は犯行を全く憶えていないと言ってるようだ。
酔って記憶が飛んだだという経験を持つ酒飲みは多いだろうから、そういうこともあるだろう。
自宅は浦安市なのになぜ二子玉川方面の田園都市線に乗ったのか不自然などと書かれているが、深酔いした時は乗る路線さえ間違えることもある。

むしろ不思議に思うのは、なぜタクシーで帰宅しなかったんだろう。
NHKは特別な理由があって申請しないと、顔が売れているアナウンサーでもタクシーは使えないそうだが、こういう時は自腹を切ってでもタクシーで帰るべきだった。
男性は一般に飲酒すると好色になる傾向がある。
二次会、三次会と回を重ねると、次第に女性のいる店へ足が向くというのはそのためだ。
社会的地位もあり紳士的な人が、飲むとガラリと変わってスケベに変身するといった光景は珍しくない。
加えて、飲酒は自制心を失わせる。

仮に人違いで冤罪であっても、本人に記憶が無ければ無罪の立証は困難だ。
又なかには酔っているのをいい事に、わざと痴漢の罪をかぶせるケースもあるから要注意だ。特に顔が知られているような有名人は狙われ易いだろう。
だから危ないと思ったらタクシーで帰宅するのが一番だ。
もちろん金はかかる。しかしリスクとのバランスであって、万一加害者や被害者になってしまったり、容疑者にされる危険性とどっちを取るかの価値判断だ。そのために一生を棒に振ることさえあるのだから。
飲み過ぎたらタクシーで帰ると決める。そうするとタクシー代がもったいないから自然と深酔いを避けるようになるので、身体にも良い。
という事でどうでしょうか、ご同輩。

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2012/11/19

文治三代「国立演芸場11月中席」(2012/11/18)

国立演芸場11月中席は「桂平治改メ十一代桂文治襲名披露公演」で、11月18日に出向く。
これで文治の高座を9代、10代、11代の三代見ることになる。たまたま小3から大人に連れられ寄席に行ったのが始まりなので以来60年、ただ通算期間が長いだけでなんの自慢にもならない。現役時代はあまり寄席に行く時間も無かったので途中空白部分もある。
物心ついた頃はまだ8代目文治が存命だったが、既に高座には上がらずラジオでしか聴けなかった。「祇園会」が十八番だったようだ。
その頃に9代目翁家さん馬で高座に上がっていたのが後の9代目文治。通称「留さん文治」だが「ケチの文治」とか「さん馬の文治」という呼ばれ方をしていたと記憶している。
いわゆる上手い噺家ではなく、漂々とした芸風で古典の中でも「エデンの東」「人間の条件」「名もなく貧しく美しく」などという現代語を織り込むのが特長だった。
「あの嬶、出雲の神さんが留守の間に俺んとこへめり込んできやがって、小野田セメントみたいだ」
「この前、『砂の女』って映画見ましたけど、ひどいですね。あのまた岸田今日子って女優ね、すけべったらしい顔してね。ああいう映画、あたしゃ大好きなんすよ」
といった調子だった。
10代目文治は2004年に亡くなったので、ご存知の方も多いだろう。
目玉がギョロッとしていていかにも江戸前の風情のある噺家だった。前名2代目桂伸治から文治を襲名したが、文治になってから古典を更に磨き上手くなった。
高座に上がると第一声が「どうぞお構いなく」で、とにかく面白い人だった。
他に三代が見られたのは春風亭柳好、紙切りの林家正楽がいる。
この日のお目当てはもちろん当代の文治。

前座・桂たか冶「道具屋」
<  番組  >
春風亭昇々「悋気の独楽」
桂文月「あわて者」
桂小文治「湯屋番」
新山ひでや・やすこ「漫才」
桂米丸「夢のビデオ」
―仲入り―
「襲名披露口上」
桂伸乃介「真田小僧」
桂米助「壷算」
三笑亭夢太朗「お見立て」
ボンボンブラザース「曲芸」
桂文治「源平盛衰記(後半)」

前座のたか冶「道具屋」、入門仕立ての前座としてはシャベリがしっかりしている。楽しみな新人だ。
昇々「悋気の独楽」、人物の演じ分けがまだまだ。このネタで比較すれば先日聴いた同じ二ツ目の小辰の方が数段上だ。
文月「あわて者」、襲名興行ということで先代の十八番を掛けたものか。内容は「堀之内」と同じでお詣り先が浅草観音様という違いだけ。
小文治「湯屋番」、先代と違い東京落語だが、どことなく先代に似ている。愛嬌があって踊りが一級品。「なすかぼ」実に結構でした。
ひでや・やすこ「漫才」、懐かしさを感じる古典的スタイルの夫婦漫才で、いい味を出していた。ひでやは私と同年代だが若い。
米丸「夢のビデオ」、この日一番拍手が大きかった。80代も後半に差し掛かったが元気な姿を見せてくれた。
「襲名披露口上」でも紹介されていたが桂文治というのは桂の宗家であり、東京と上方両方にまたがる大名跡だ。落協と芸協双方の会長を出しているのも文治だけだろう。
もっとも口上では未だ独身であるのを盛んにからかわれていたが。
伸乃介「真田小僧」、前座噺を掛けていたが、あまり面白くなかった。
米助「壷算」、最近になって古典に目覚めたのだろうか。久々にこの人の高座を見たが、まともなネタを演じるのは始めて。いいことです。
夢太朗「お見立て」、半分ぐらいに短縮していたが、それでも十分に実力発揮。
ボンボンブラザース「曲芸」、寄席になくてはならぬ芸人、もはや人間国宝級。私と同じ歳ぐらいだと思うが驚異的な身のこなし、よほど練習を積んでるんだろう。

文治「源平盛衰記」は前日に前半で終わらせたので、この日は後半ということだった。この人の十八番。
典型的な地噺ながら、実際にはそれぞれの演者が繰り広げるギャグ(クスグリ)の面白さで聴かせるネタだ。
このギャグ-ネタ-ギャグ-ネタに切り替えるタイミングが勝負だが、文治は「間」の取り方が巧み。場内を終始笑いの渦に巻き込んでいた。
以前はクスグリを言った後で笑いを待つような必要以上に長い「間」を取るクセがあり感心しなかったが、この日の高座ではそうした欠点は見られず快調なテンポを保っていた。
先ずは襲名披露に相応しい一席だった。

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2012/11/17

きのう「減税」あしたは「維新」

♪昨日「減税」 明日は「維新」
その日その日の 出来心♪
「侍ニッポン」の歌詞じゃないが、11月16日、石原慎太郎率いる「太陽の党」が「維新の会」の提案を丸飲みし合流を決めたとある。実際には「太陽の党」は解党、「日本維新の会」へ吸収されるとのことだ。
前日の15日には「減税日本」との合流を発表したと思ったら、そちらは白紙に戻すそうだ。
とにかく石原は首相になりたい一心でナリフリ構わずという心境なんだろうが、こんな人の道に反するような事ばかりしていると、いずれしっぺ返しがくるさ。
「太陽の党」といえばつい先日「たちあがれ日本」から改称して立党宣言したばかりだというのに、もう解党かい。
「方丈記」じゃないが、
【よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。】
文字通りの「泡沫政党」だったというわけだ。
それにしても「たちあがれ日本」の元からいた議員たち、小泉以来の新自由主義に対抗して自民党を飛び出し真正保守を目指してきた筈なのに、ここで橋下徹に膝を屈して維新に入れて貰うって、情けないとは思わないんだろうか。
こちらかは大阪の若造の掌の上で踊らされているのがミエミエなんだけど。議員が矜持を失ったらやがて支持者に見捨てられる。
それは維新の会にも言えることで、石原慎太郎を担ぐことによりコアの支持者が離反する可能性は大きいと思う。
第三極というが、こう日々くっ付いたり離れたり、生まれては消えまた生まれを繰り返していると、せっかく選挙で投票しても1年先、2年先にはどうなっているのか分からないんでは、とてもじゃないが信用できない。

石原は盛んに小異を捨て大同へ、「中央官僚制度(or中央集権制度)の打破」の一点で合流しようと呼びかけている。
そういやぁ3年前にも民主党が、「官僚支配から政治主導へ」なんてスローガンのマニフェストやらを振りかざしていたっけ。
同じに見えるけど、どう違うんだろう。
大した政治哲学もないのに、官僚や公務員さえ叩けば票になるという安易さは一緒の気がする。

10月25日に石原慎太郎都知事は都庁で記者会見し、知事を辞職して新党を結成、国政に復帰する考えを示した。産経に全文が掲載されていたので読んでみた。
冒頭の挨拶の後のパラグラフで、次のような発言があった。
「私は共産主義が嫌いでして、国父とされている毛沢東が書いた「方法論」「矛盾論」「実践論」がある。私も学生のころ見ました。テキストがありまして、特に矛盾論。目の前にあるやっかいな問題ということだが、矛盾を解決するためには、目の前の背後にあるもっと大きな問題を解決しなければならないと言っている。まさにその通りだ。」
ねえ、これってナニ言ってるんだかわかります?
共産主義が嫌いなんでしょう。
それなのにわざわざ毛沢東の「矛盾論」を引いてきて、「まさにその通りだ」って。わけ分からない。論理的にムチャクチャ。
第一、いまどき毛沢東の著作を持ち出すこと自体が、石原のアナクロニズムを象徴している。

この後に「中央官僚制度」批判が続くのだが、仔細に見てみるとどうやら石原慎太郎が中央省庁に色々提案するのだが、彼らが賛同してくれなかったし、思った通り動いてくれなかったという様なことを延々と述べている。
そりゃそうでしょう。
東京都の官僚なら都知事がこうだと言えば何事も「ご無理ご尤も」で指示に従うだろうが、中央省庁は中央政府の方針に従って動くのだから、都知事の思い付きに従ってくれないのは当たり前なのだ。
それを今度はオレが首相になって指示し言った通りに従わせるぞというのが、石原の「中央官僚制度の打破」の中身だ。
もし石原が総理になり中央官僚がその指示に従って行動するとしたら、それは石原首相を頂点とする新たな「中央官僚制度」が生まれるだけのことで、制度そのものを打破することにはならない。ただ自分に都合のよい様に造り変えるだけだ。
というより、今よりもっと悪い「中央官僚制度」になることは避けられまい。
同じことは橋下徹にも言える。

官僚制度批判うんぬんといった口当たりの良い言葉に騙されるのは、もう懲り懲りだ。

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2012/11/16

役所の「振替」詐欺にご注意

国民健康保険の今年度下半期の納付書が届いた。
こういう文書か同封されていた。
「国民健康保険料は口座振替が原則です」。
ほー、いつからそんな事が決まったんだろうと、区役所の国民年金課へ電話で問い合わせた。

-口座振替が原則と書かれていますが、その根拠は?
「根拠はありません。そのほうが便利だということでお願いしているだけです。」
-お願いするのと、原則とは違うでしょ。
「ええ、・・・」
-原則というのは規則に基づくという意味ですよ。どういう規則が決まったんですか?
「規則は何もありません」
-規則が無ければ原則という表現は出来ませんよ。
「はい、・・・」
-口座振替にすると便利だと言いますが、便利かどうかは納付者が決めることじゃないんですか?
「はい、・・・」
-私のように毎月きちんと期限を守って納付している者に口座振替を勧める理由は?
「ありません・・・」
-私の言ってること、何か間違ってますか?
「いえ、・・・」
-では、原則というのは誤りですから、今後はこうした文書を入れないように。
「分かりました」

つまり「国民健康保険料は口座振替が原則です」は真っ赤なウソだったということだけはハッキリした。
では何故こんなウソまでついて口座振替を促すかといえば、一つは取りっぱぐれが無くなること、それに彼らの事務処理が楽になることだろう。
年金受給者ならお分かりだと思うが、近ごろは地方税や介護保険も年金から差っ引かれるようになった。天引ですね。
サラリーマン当時は、全ての税金、社会保険料も天引きだ。
そうすると払っている(or取られている)という実感が薄くなる。
下手をすれば年末調整を見て、なんだこんなに取られていたのかと腹を立てることになる。
消費税も買い物をするたびに自動的に支払う仕組みだから、やはり税金を払っているんだという感覚がなくなる。
よく国民の政治意識が低いと言われるが、政治意識とは言い換えれば納税者意識だ。払っている税金がいかに公正に再分配されているかに尽きる。
そのためには、本来は税の天引制度は廃止し、一人一人の国民が自分で納税するよう改めるべきなのだ。
その天引制度だが、元々は戦時中人手が足りないからと始まったことで、これが何故か戦後もそのまま続けている。だから元へ戻すのが筋論なのだ。

安易に口座振替などせず、こんなに取られるのかと思いながら毎月納付に出かけるのが正解だと思う。
でも「天引制度撤廃」を公約に掲げる政党は一つもない。不思議だなぁ。

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2012/11/15

安倍晋三総裁の間抜けヅラ

Abe_shinzou

11月14日に行われたた党首討論で、野田首相から「16日解散」を告げられた時の安倍晋三自民党総裁のリアクション。
あれだけバカの一つ覚えのように「年内解散」を言い立てておいて、いざ解散すると言われたら、このザマだ。
こういう時こそ「ヨシッ」とばかり臍下に力を込め、表情にも決意をみなぎらせるのが普通だろう。
とても宰相の器じゃない。
でもこの人が次の総理なのかねぇ、困ったもんだ。

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実録「心眼」

古典落語に「心眼」という根多がある。ご存知8代目桂文楽の十八番中の十八番。
ストーリーは以下のようになる。
按摩のは心優しい女房と二人暮らし。日ごろ盲人ゆえに悔しい思いをしているので、一念発起し茅場町の薬師様に目が見えるようにと願をかける。
二十一日間祈願して満願の日、ついに目が見えるようになる。
その場に居合わせた上総屋に連れて歩いてもらう道すがら、上総屋から梅喜の女房お竹はすこぶる器量が悪く、梅喜は大変な美男であるということを教えられる。また梅喜が療治に行く芸者・小春は、梅喜に惚れていることを告げる。
そんな折り、梅喜を小春が見つけ声をかける。眼があいたことを知った小春は梅喜を誘い料亭へ。
一方女房のお竹は、上総屋から梅喜の眼があいたことを知らされ、梅喜を探しに行き二人が料亭に入るのを目撃してしまう。お竹は植え込みの陰から様子をうかがう。
梅喜は勧められるままに酒を呑み、小春に「あたしを女房にしておくれでないか」と言い寄られ、その気になってしまう。
そこへ、お竹が躍り込み梅喜の胸ぐらを掴む。
「勘弁してくれ、苦し~い。お竹、俺が悪い。うぅ~」。
すると「梅喜さん、どうしたの?」というお竹の声。夢だったのだ。
「メクラというものは妙なものだね、寝ている内だけ良~く見える」

さて「実録」の方だが、アタシが小学生のころ、隣家に詐欺師が住んでいた。この男がニセの投資話をもちかけ金を集めると一夜にしてドロン。どういう経緯かは知らないが家は盲人の手に渡った。
この人が平屋の家を二階建てのアパートに改造しだす。資金がなかったんだろう、下の家をそのままにして二階だけ増築、家の外側に階段を付けるという普請。
一階より二階の方が大きいという明らかな建築違反。
我が家を始め近隣の家が区役所に行き抗議、直ぐに工事は中止となった。
処がしばらくすると工事が再開、なんと区役所が認可してしまったというのだ。
再び近隣の住民が役所へ押しかけると担当者は、盲人がアパートが建てられないと生活できないので何とかしてくれと泣きついたので、止むを得なかったという説明。何でも死ぬの生きるのと大騒ぎだったようだ。
つまりは施主が盲人だということでの特別措置だったわけだ。当時はいい加減だった。
でも家を買いアパートに改築って、この按摩さん、よほど金持ちだったんだね。

この盲人というのが役者にしたい位ないい男だが、その女房というのは正反対。
近所の婦人たちは「(男の)目が見えないから(妻の器量の悪いのが)分かんないだね。あれじゃまるで「心眼」だ」などと、自分たちのご面相を棚に上げて噂話。
ということは当時から文楽の「心眼」がいかに人口に膾炙していたかが窺われる。

アタシが中学に入ったころ、このアパートに二号が越してきた。
若いころは松竹映画の大部屋女優だったとか。二枚目と結婚したら相手は怠け者の上にDV男。
そこから逃げて独り暮らし。近所の会社に勤めていたら、社長のお手が付いたというわけだ。
ある日、くだんの盲人が彼女の部屋を訪ねてきた。
相手は大家だし目が見えないからと油断していたら、「あなたは声がキレイですね。きっと顔もキレイなんでしょう」と言いながら両手で顔を触ろうとしてきた。
思わず体を横にして避けたら、盲人が今度はそっちの方へ覆いかぶさってきた。
突き飛ばして二号が我が家に逃げてきたので、顛末が知れたというわけ。
彼女いわく、「よけた方へ向かってきたんですもの。あれは本当は目が見えてるんじゃないかしら」。
たぶん「心の眼」で見たんだろう。
「実録・心眼」の一席、お粗末さまでした。

でも子供の頃からこんな経験したもんで、アタシのような捻くれた大人になっちまったんでしょうな。

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2012/11/14

森光子の死去

女優の森光子(本名・村上美津)が11月10日、肺炎による心不全のため都内の病院で亡くなった。享年92歳だった。
森光子といえば誰もが「放浪記」を思い浮かべるだろうが、私にとっては「がしんたれ」だ。
八千草薫、中山千夏、三遊亭圓生、榎本健一(エノケン)らの錚々たる顔ぶれが揃った舞台、しかも脇役での出演だったが、最も鮮烈に印象に残っているのは森光子だった。
それほどこの芝居での林芙美子役は適役だった。
この舞台がきっかけとなって菊田一夫により「放浪記」の主役に抜擢されていく。
以下は2005年2月21日付のブログ記事の再録である。

”人間は3種類に分かれる、男と女と女優である。”だそうです。この言葉を聴く度に、森光子を頭に描きます。
私が初めて森光子の舞台を見たのは1960年で、17歳の高校生の頃でした。あれからもう44年経ったわけですね。その舞台では八千草薫がまだ娘役で、中山千夏は子役でしたから、まさに隔世の感があります。
当時彼女は40歳前後でしたが、今でも見た目は余り変わらないのですから驚きです。確かにアップされると、さすがに年齢は隠せませんが、むしろ現在の方がキレイになっているのではとさえ思います。
その舞台ですが、“がしんたれ”という菊田一夫の自伝を芝居にしたものです。森光子は林芙美子の役を演じてましたが脇役で、ほんのワンシーンの出演であったと記憶してます。ただその時、何と上手い役者だろうと感心したことだけは覚えています。 結局この時の演技が認められ、放浪記の主役に抜擢されて、今日の森光子があります。歌手で売れず、映画女優でもパットせずでしたが、舞台女優で花を咲かせたわけです。
孫のような年のタレントのエキスを吸って、いつもでも若く美しい森光子、やっぱり女優は化け物ですね。

心より哀悼の意を表します。

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やっぱり「宗教はアヘン」か

エジプトのイスラム教厳格派サラフ主義のモルガン・ゴハリー導師が、古代エジプト時代に造られたピラミッドやスフィンクスは偶像崇拝を禁じたイスラム教に反しているとして破壊を呼び掛け、物議を醸していると報じられている。
民放番組の中で「これらの偶像は不敬の象徴だ。全イスラム教徒は立ち上がらなければならない」と訴えた。スフィンクスなどは、アフガニスタンの旧タリバン政権が2001年に破壊したバーミヤンの巨大石仏と同じ運命をたどるべきだと主張したというのだ。

10月9日にはパキスタン北西部スワト地区で、ブログなどを通じてイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TPP)」を批判していた少女・マララ・ユスフザイさん(14)が下校のためにスクールバスに乗っていたところ、TPPの銃撃を受け重体になった。
TPPは声明を発表し、「われわれを邪魔する女はすべて殺す」と犯行を正当化し、ユスフザイさんを再び狙うと宣言した。

一方、11月に行われたアメリカ連邦議会上院議員選挙では、共和党保守派のリチャード・マードック候補がレイプ被害者の中絶も認められないとして「生命は神の贈り物。たとえレイプというひどい状況で命が芽生えたとしても、それは神が意図したことだ」と発言している。
これとは別に、共和党保守派候補が「レイプ被害者はほとんど妊娠しない」と発言し、謝罪に追い込まれた。この言でいけば妊娠したのであれば、それは本当のレイプではない、言い換えれば合意だったということになる。

かたや中東と中央アジアのイスラム教原理主義、こなたアメリカのキリスト教原理主義。
もうキチガイ沙汰としか思えない発言や行為だ。オウム真理教でさえ例外とは思えなくなるほどだ。
怖ろしいのはこうした教理が中東諸国やアジア、米国それぞれの国で浸透し、影響力を拡大しつつあることだ。

「宗教はアヘン」という有名な言葉がある。
マルクスの著作の中に出てくるとされているが、実際は「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」と書かれていて、ニュアンスは異なる。
しかし上記の事柄からすれば、文字通り「宗教はアヘン」と言っても間違いではない気がしてくる。
中世の宗教戦争を引き合いに出すまでもなく、過去の歴史の中では宗教の名のもとに実に多数の犠牲者を生み出してきた。
宗教というのは果たして人類を幸せにするのだろうか。
それとも一部の原理主義だけが異常と考えるべきなのか。

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2012/11/12

「こどもの一生」(2012/11/11)

11月11日、1が4本並ぶことから色々な記念日になっているようだ。
「いい日いい日」で「介護の日」とか、変わったとこでは「下駄の日」。ヒントは俳句の「初雪や二の字二の字の下駄の跡」。
こっちは語呂合わせではないが、第一次世界大戦の停戦記念日ということで欧州では祭日にしている国もあるとか。
この日、PARCO劇場で上演中の「こどもの一生」を観劇。客の大半が女性で何だかハーレムにいるような気分でありましたな。
大きな声じゃ言えないが、ナマ中越典子が見たくてというのが動機であります。
芝居は1990年初演で今回が4度目とか。脚本も新たに手を入れてるそうだ。

作:中島らも
潤色:枡野幸宏
演出:G2
<ストーリーとキャスト>
舞台は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。
ここには滞在型の臨床心理治療所があり。スタッフは医師(戸次重幸)と看護師・井出(鈴木砂羽)の二人。
患者はいずれもストレス障害の淳子(中越典子)、ゆみ(笹本玲奈)、藤堂(玉置玲央)の三人に、島の開発を目的に患者に成り済まし潜入した開発会社社長・三友(吉田鋼太郎)とその秘書・柿沼(谷原章介)が加わる。
電話もネットも通じない隔離された世界で、患者は治療のために「子ども返り」する。
やがて5人はすっかり子どもの気分になり夢中で遊び始めるが、社長の三友だけは横暴で権力的。
他の4人が相談し、仕返しに三友に「山田のおじさんごっこ」といういたずらを仕掛け成功したかに見えたが、そこへ灯台守の山田一郎(山内圭哉)という男が訪ねてきて、事態は思いがけない方向に進みだし・・・。

作者・中島らもの解説によれば、この芝居のモチーフとして、一つは「大人の子ども返り」、もう一つは「観念と実在」、そして全体の構成はロマン・ポランスキーの「吸血鬼」に触発されたとある。
深刻なテーマをとりあげなら喜劇的であり、客席は終始笑いに包まれるが、いつしか恐怖に凍りつくというホラー劇である。
終幕も決してハッピーエンドにせず、むしろ観客を突き放すような終わり方だ。
笑いながら凍りつかせるという手の込んだ作劇で、そこが人気のマトなのだろう。
シンプルな舞台装置でスピーディーに場面が展開し飽きさせない。娯楽作品として良く出来ている。

出演者では何といっても社長役の吉田鋼太郎の演技が群を抜いている。この人が登場すると舞台が締まる。まるで漫才の相棒のような秘書役の谷原章介との息もピッタリ。
山田一郎を演じる山内圭哉は面白いのに怖いという人物像がにじみ出ていた。
美女が揃う女優陣が華を添え、お目立ての中越典子はひたすら可愛らしい♡。

公演は12月16日まで各地で。

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2012/11/10

志ん陽・文菊真打披露「国立演芸場11月上席」(2012/11/9)

国立演芸場11月上席は「志ん陽・文菊真打昇進披露公演」、その最終日の前日11月9日に出向く。
新真打の公演だが前回は9月22日、つまり50日間の興行の2日目だったが、今回は49日目にあたり、つまり始めと終わりの両方を見たことになる。
二人にとっては千秋楽の前日で、どれだけ進歩したかが楽しみだった。

前座・古今亭きょう介「垂乳根」
<  番組  >
古今亭駒次「生徒の作文」
古今亭志ん輔「宮戸川」
笑組「漫才」
古今亭菊龍「饅頭こわい」
鈴々舎馬風「漫談」
-仲入り-
「披露口上」
古今亭志ん橋「無精床」
古今亭文菊「幇間腹」
アサダ二世「奇術」
古今亭志ん陽「抜け雀」

披露公演というのは新真打以外の演者は時間が短くなっていて、いずれの演目も「序」で終りあまり見るべきものはない。2件ほど気になったので。
駒次は新作中心のようだが、もっと古典を磨いたらどうだろうか。この人のフワッとした芸風は魅力的だと思うのだが。
笑組、しゃべりが達者なのに面白くないし、方向性(型)が良く分からない。

「披露口上」は下手から司会の志ん輔、文菊の師匠・圓菊(先月死去)に代わり惣領弟子の菊龍、文菊、志ん陽、志ん陽の師匠・志ん橋、協会幹部の馬風の並び順。
志ん橋からは、志ん陽の芸風は掴みどころがないのが特徴でしばらく聴いていると良さが分かると。
菊龍からは、師匠圓菊が元気なうちに文菊の昇進を報告出来て、さぞかし安心して旅だっで行けたと思うと。
志ん輔からは、志ん陽は甘えん坊で気に入らないことがあると拗ねる素振りをみせ、文菊は大人でしっかりしていると。

文菊「幇間腹」、以前の緊張感がすっかり取れてリラックスした高座。この人意外に神経が太い。
このネタ、近年では志ん生と3代目柳好が得意としていたが、演出はだいぶ違う。
柳好のものは、若旦那の凝っているものを聞きだすのに一八が小唄などの音曲を並べ自慢の喉を披露するのと、幇間の悲哀が色濃く出ているのが特長。柳好は芸者置屋の主だっただけにタイコモチにはリアリティがあった。
これに対して志ん生のは笑いを中心としていて、鍼も二本打ったとこで若旦那が逃げだしてしまう。
現在の演者は、やはり明るい志ん生の演出に従っていて、文菊もそう。
文菊らしく人物の演じ分けもしっかりとしていて出来は悪くなかったが、如何せん幇間がそれらしく見えない。これは一人文菊だけの問題ではなく、若手に共通した課題でもある。
吉原は無くなり花柳界が縮小してしまった時代に、花魁や芸者や幇間が活躍する古典落語をどう演じていくのか、悩ましい問題ではある。

志ん陽「抜け雀」、この日が披露興行最後のトリということで、古今亭のお家芸ともいうべき演目を選択したようだ。似たようなネタに「竹の水仙」があるが、あちらは「柳」。
改めて志ん陽の高座を見て、この人の芸風は大師匠・志ん生に似ている(レベルは別としてだが)と思った。
このネタでも宿の主を除けば登場人物の演じ分けが十分とは言えない。
反面、気の弱い亭主とガミガミ文句ばかり言う女房との対比、「顔の真ん中にぴかっと光ってるものはなんだい」というセリフが、絵師、女房、老人に三度繰り返される「反復ギャグ」の可笑しさ、そしてこの物語の持つ爽やかさといった見所はしっかり押さえている。
あまり細部に拘らず大きく捉えるという、これが志ん陽の芸風なのだろう。
対照的な二人、これからも良きライバルとして刺激し合い伸びていって欲しい。

この日は平日の昼間にかかわらず9分の入り、お客から支持されたということだ。
今年の春と秋の真打抜擢は興行面も含めて成功と言える。
落語協会は来年から再び年功序列に戻すようだが、結果はどう出るだろうか。

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2012/11/08

橋下市長の二枚舌

「二枚舌」前と食い違うことを平気で言うこと。うそを言うこと。 「―を使う」

月刊誌「図書」2012年11月号に、吉田蓑助(人形浄瑠璃文楽の人形遣い、人間国宝)さんの「顔」というタイトルの記事が載っている。その冒頭部分は次の通りだ。
【引用開始】
「大阪市長の橋下徹でございます」。その人は、拍子抜けするほど従順な様子で楽屋に入ってきた。文楽への補助金問題が、新聞等で取沙汰されるようになって久しい。そんな折もおり、橋下氏が突然『曽根崎心中』を見に来られ、「感動しました!」と賛辞を呈され、お初の人形と握手をして楽屋を後にされた。だがその直後の記者会見の、「人形劇なのに(人形遣いの)顔が見えると、(作品の世界の)中に入っていけない」との発言が、翌日の新聞各紙をにぎわせた。
【引用終り】
橋下市長にかかわる記事はここまでで、この後は、文楽では人形と人形を遣う三人全部のシルエットで一つの役が成り立っている。そこが他の人形遣いと異なるといった記述が続く。

さて、橋下徹氏は一方で、文楽は人形遣いの顔が見えるので作品世界に入っていけないと否定的な意見を述べながら、その一方で感動しましたと語っている。関係者は戸惑ったに違いない。
これはどっちかがウソなのだ。
因みに「彼は二枚舌を使った」を和英辞典で引いてみると次のようになっている。
He said one thing to one person and something different to another person.
二枚舌を平気で使う人間というのは世間にはいる。
ただ私はこういう人を信用しないことにしている。
ましてや政治家であり、もしかすれば日本のリーダーになるかも知れない人物だとしたら、余計だ。

和英辞典の引用ついでにもう一つ。
「彼の二枚舌にだまされるな」
Watch out. He is double-tongued.

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2012/11/07

藤浪投手への期待と不安

2012ドラフトの最大の注目選手といえば、阪神タイガースが1位指名した大阪桐蔭高の藤浪晋太郎投手だ。なにせ阪神はドラフト1位の抽選で12連敗(これってとてつもない確率だが)していただけに喜びは大きい。タイガースファンもこぞって歓喜雀躍。
藤浪は大阪桐蔭の春夏連覇に貢献し、その後の岐阜国体でも優勝。高校3冠達成は松坂大輔を擁した横浜高校以来だ。
順調にいけば将来のエースになる素質を十分に秘めている。
不安があるとすれば、過去に将来性のあった選手を次々と潰してきた阪神の体質だ。

超高校級の投手といえば、オールドファンなら先ず頭に浮かぶのは前岡勤也(旧姓:井崎)だろう。
和歌山県立新宮高校のエースで、2年生の夏の甲子園でベスト4、3年生の夏はベスト8だったが1回戦で優勝候補の筆頭だった浪商高校を破った。
各球団による激しい争奪戦の結果、1955年に鳴り物入りでタイガースへの入団が決まった。
しかし1956-1960年の5年間でたった1勝(4敗)しかできずに終わってしまった。
その原因は、新入団のキャンプ中におこなわれた有料紅白戦に、親会社の希望で無理して先発させて肩に違和感が出てきたためとされる。
さらに卒業式を終えて夜行列車で戻った直後のオープン戦に登板させるなどの無理がたたったようだ。
阪神は1949年の2リーグ分裂の際にレギュラーの3分の2がパ・リーグの毎日オリオンズに引き抜かれ、スター不足だった球団の焦りが、金の卵を潰してしまったわけだ。

同じようなケースでもう一人いる。
1981年のドラフト1位で阪神に入団した源五郎丸洋投手で、高卒ルーキーとしての能力は怪童・尾崎行雄以来と騒がれた。
しかし卒業式に出るため帰省中だったところを、有料紅白戦に出場させるとの理由で急遽呼び出された。その試合後の練習中に転倒し、右大腿部二頭筋断裂で全治4か月の重傷を負った。
ケガが癒えたのちも球威が戻らず、一度も一軍でプレーすることなく4年後の1986年オフには戦力外通告を受ける。
前岡選手と全く同じように客寄せのために無理に出場させられて、選手寿命を縮めてしまったのだ。

今年の阪神、シーズンオフには金本、城島というスター選手が引退、藤川も海外FAで大リーグに移籍することが濃厚だ。
それでなくとも観客動員数が落ちてきた阪神としては、スター選手は喉から手が出る程欲しい。
そうした営業サイドからの過大な要求が、前岡や源五郎丸のような失敗を繰り返さぬとも限らない。
タイガースは育成ベタという汚名返上のためにも、ここは焦らずじっくりと育てて欲しい。

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2012/11/06

維新維新と「石原」進む

1
維新維新と 「石原」進む
維新居よいか住みよいか
理念政策 振り捨てて
子ども騙しの 「反官僚」
独り微笑む 橋ノ下
2
「風」を背にして道なき道を
往けば選挙は 涙雨
「済まぬ済まぬ」と仲間に言えば
「馬鹿な奴だ」と罵られ
老いの歩みの 頼りなさ

「麦と兵隊」の替え歌です。
では皆さん、ご一緒に!

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2012/11/05

小辰二ツ目昇進「鈴本11月上席・昼」(2012/11/4)

11月4日、鈴本演芸場11月上席・昼の部へ。
辰じん改メ小辰の二ツ目昇進というお目出度い席だ。
日曜の昼席にしては入りが寂しいのは顔づけがやや地味なせいか。

前座・柳家おじさん「牛ほめ」
<  番組  >
古今亭ちよりん「本膳」
松旭斎美智・美登「奇術」
辰じん改メ入船亭小辰「悋気の独楽」
蝶花楼馬楽「子ほめ」
すず風にゃん子・金魚「漫才」
橘家文左衛門「道灌」
宝井琴調「大岡裁きノ内『匙加減』」
翁家勝丸「太神楽曲芸」
春風亭一之輔「蝦蟇の油」
~お仲入り~
昭和のいる・のいる「漫才」
柳家さん生「岸流島」
五明楼玉の輔「財前五郎」
柳家小菊「粋曲」
柳家一九「厩火事」

前座のおじさん「牛ほめ」、この日は立ち往生はしなかったが、早口過ぎる。もっとユックリ喋った方がいい。
ちよりん「本膳」、女流”三平(当代の)”。
美智・美登「奇術」の客のあしらい方が巧みなのは年の功か。

小辰「悋気の独楽」は、祝!二ツ目昇進の高座。
”栴檀は双葉より芳し”で上手い奴は前座の頃から上手い。将来を嘱望される若手の一人。
小さなミスはあったが落ち着いた語り、旦那、お上さん、小僧、二号の演じ分けもきちんとなされていて期待通りの出来。扇辰はいい弟子を持った。

馬楽「子ほめ」、前座噺も真打が演るとこんなに面白い。インド人のクスグリが効く。
にゃん子・金魚「漫才」、相も変わらず。
文左衛門「道灌」 、強面の八五郎の”女形”願望。
琴調「大岡裁きノ内『匙加減』」はダイジェスト版。ソフトな読みの講釈師。
勝丸「太神楽曲芸」、数少ないピンの太神楽曲芸師。座ったまま演るってぇのは難しそうに見える。

一之輔「蝦蟇の油」。
今春、真打になったばかりだと言うのに最早「看板」の一人。堂々とした高座には貫録さえ感じる。
ここで中トリの後は浅草でトリ。野球でいえばルーキ―がいきなり先発ローテーションに入ったようなもの。
ガマの口上も滑らかだし、その後の酔いっぷりも良い。
”これを称して四六の蝦蟇、前足が3本で後ろ足が8本。”
”えーおい、8本かよ”
”What's happen(8本)? It's a joke.”
だと。
やはり逸材。

のいる・のいる「漫才」、もうイッパイイッパイかな。
さん生「岸流島」は志ん生の演出そのままに。このネタ、珍しく志ん生の映像が残されている。
玉の輔「財前五郎」、相変わらずだな。
小菊「粋曲」、”この膝はあなたに貸す膝 あなたの膝は 私が泣く時借りる膝”なんて、一度でいいから言われてみたい。

トリの一九「厩火事」は初見。
噺家を陰陽二つのタイプに分ければ、一九は陰。体格のせいもあるだろうが最前列だと威圧感がある。
語りはしっかりしているけど、主人公のお崎さんには年増の色気と可愛さが求められるが、どちらも不足しているように思えた。
一九を「未完の大器」と称した人がいたが、いつ花開くんだろう。「大器晩成」かな。

アタシですか? もちろん「モロコシ」ですよ。

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2012/11/04

「るつぼ」(2012/11/3)

11月3日、新国立劇場・小劇場で上演中の「るつぼ」を観劇。
アーサー・ミラーによる戯曲「るつぼ」は米国では1953年初演、9・11テロ後にも再演された。
日本では劇団民藝により1962年初演され、その後も再演を繰り返している。今回は新訳での上演とのこと。

作:アーサー・ミラー
翻訳:水谷八也
演出:宮田慶子
<  キャスト  >
池内博之/ジョン・プロクター
栗田桃子/その妻エリザベス・プロクター
鈴木杏/下女アビゲイル・ウイリアムズ
檀臣幸/サミュエル・パリス牧師
奥泉まきは/その娘ベティ・パリス
浅野雅博/悪魔祓いの牧師ジョン・ヘイル
磯部勉/ダンフォース判事
関時男/ジャイルズ・コーリイ
佐々木愛/レベッカ・ナース
木村靖司/トマス・パットナム
松熊つる松/その妻アン・パットナム
田中利花/黒人奴隷ティチューバ
その他の出演者
佐川和正/亀田佳明/深谷美歩/武田桂
日沼さくら/チョウ・ヨンホ/梨里杏/戸井田稔

ストーリーは。
舞台は1692年春、マサチューセッツ州セイラム。
深夜の森で、プロクター家の下女アビゲイルと少女たちが黒人奴隷のティテュバとともに全裸で踊っているのを牧師のパリスに発見される。少女の一人で牧師の娘ベテイが意識不明となってしまう。パリスはただうろたえるばかりで何も対処できない。
町の有力者パトナム夫妻が「悪魔を呼んだからだ」と言いだし、悪魔払いのヘイル牧師が呼ばれる。
そこに町のさまざまな問題-パトナム家とナースおよびジャイルズ老人との抗争、アビゲイルが自身と関係をもった農夫ジョン・プロクターに対する恋心-などが坩堝のように絡み合った挙句、窮地に陥った少女たちは町の人々を魔女として告発してしまう。
アビゲイルらは聖女扱いとなり、セイラムでは無実の人々が次々と逮捕、処刑されていく。
プロクターは、魔女告発者の一人であるメアリーの言動から、パトナムやアビゲイルたちの陰謀に気づくが、時すでに遅く妻・エリザベスが拘束されてしまう。
プロクターらは、ヘイル牧師の協力でダンフォース判事に妻の赦免を願い出、アビゲイルと対決する。
だが言い争ううちにアビゲイルは「悪魔がいる」と言いだして人々を扇動、プロクターまでもが拘束されてしまう。
季節は秋から冬へ。魔女裁判に疑問を感じ始めた人々が現れる中、アビゲイルは身の危険を感じ失踪してしまう。
このままでは暴動がおこると憂慮したパリスとヘイルの説得により、ダンフォースは裁判の正当性と保身のためプロクターに魔女の告白をさせ、その代償に処刑を中止すると持ちかける。
プロクターは、最後まで否認を貫いたジャイルズやレベッカ・ナースの死を知り衝撃を受け悩むが、家族への愛を断ち切ることができず偽りの告白をする。
さらに供述書にも署名するが、市民に署名を見せると聞いて良心の呵責に耐えかね、供述書を処刑台へ上って行く。

この物語は17世紀終わりにイギリスの植民地下、北米東海岸にあったセイラム村で実際に起きた事件が基になっている。
この事件は当初わずかな人が魔女と名指しされてのだが、魔女裁判により最終的には150人以上が投獄され 、19人が絞首刑、1人が拷問死するという惨事に発展した。
魔女を告発したのは下層に属する人たちで、今まで社会から無視された娘たちが判事や牧師に注目され、主役を演じる楽しさを覚えたのだ。
セイラムの魔女裁判の特徴は、魔女であることを告白し、かつ別の人を魔女と告発すれば赦免になり命が助かるというものだった。

自白と告発をセットにしたこのシステムが活かされたのが、1940年代の終わりから50年代の前半にかけてアメリカで吹き荒れた「アカ狩り」、非米活動委員会によるいわゆるマッカーシー旋風だ。
これにより多くの演劇人、映画人が排除されていった。
アーサー・ミラーが1953年にこの作品を書いた意図は、17世紀のセイラムでの事件を通して「アカ狩り」を批判したものだ。 
9・11後のアメリカや3.11後の日本でこの作品が上演されたということには、それだけの意義がある。
終幕で人間の尊厳の美しさを謳いあげたのもそのためだろう。

シンプルな舞台で繰り広げられる激しいセリフのぶつけ合い、怒鳴り合い罵り合う舞台は正直言って疲れる。
休憩を除く上演時間が3時間半は、かなりの長丁場に感じる。
久々の新劇らしい新劇を観たせいだろうか。
舞台を楽しむというよりは、作品の持つ今日的意義を噛みしめる、そういう芝居だと思う。

公演は11月18日まで。

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2012/11/03

ようやく辞めたか・・【補遺】

先日、石原慎太郎が都知事を辞職した件について主題の記事を書きましたが、審神者さんという方からコメントが寄せられました。
内容が多岐にわたり長くなりますので、記事でレスしたいと思います。

1.石原慎太郎と日本青年社
指定暴力団住吉会傘下の右翼団体である「日本青年社」に対して、石原はかつて産経紙上のエッセーで賛辞を送ったことがあります。一方、日本青年社は石原の言動を賞賛しており、両者の間には少なくとも思想的な共通性はあるといえます。
日本青年社は度々政治的意見の対立者へのテロを行っていますが、2003年9月に当時外務省審議官であった田中均の自宅にある右翼団体が爆弾を仕掛けた事件が発生したときに、石原慎太郎は「当ったり前の話だと思う」と擁護しました。
この件では石原の極めて特異な思想が顕わになっています。
テロを容認する立場においても両者には共通性があります。
ただ組織的には両者をつなぐ証拠はないと思われます。

2.石原慎太郎とオウム真理教
巷間流れる情報によれば両者の結びつきは次の通りです。
①弟・石原裕次郎の手術を執刀したのが慶応病院の医師でオウム真理教幹部の林郁夫だった。そのため石原はオウムに対し好意的だった。
②石原が運輸大臣だった時期に、石原の尽力でオウムが宗教法人として認可された。
④四男がオウムに入信し幹部の一人になっていた。
⑤麻原彰晃が石原を尊敬しているという発言を行っていた。
⑥オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こし一斉捜査を受けた時期に、それとの関連で(例えば四男の釈放と引き換えに)石原は国会議員を辞職した。
ストーリーとして一貫しており流れには説得力はあります。
しかし①と⑤以外は証拠がなく、全て真実とは言い切れません。
オウム真理教は宗教教団ではありますが、同時にテロ集団です。先に記したように石原は意見の対立する相手に対するテロを容認する立場ですから、やはり両者の間には思想的共通性があると考えて良いかと思います。
石原慎太郎はかつて創価学会について「悪辣にして極めて危険なカルト集団」などと辛辣な批判を行っていますが、オウム真理教に対してはあまり論評を行っていないようです。

3.石原慎太郎と尖閣所有発言
2012年4月16日、アメリカのヘリテージ財団を訪れていた石原慎太郎東京都知事が、東京都が魚釣島、北小島、南小島の3島を埼玉県在住の地権者から購入する方針を決めたことを発表しました。
なぜ石原はわざわざアメリカでこのような発表を行ったのか、当初から疑問がありました。
都が購入したいというなら都民に対して、あるいは日本国民に対して先ず公表するのが筋でしょう。
私の見解はアナウンス効果、つまり米国での発表の方が日本と中国両政府に対してよりインパクトが強いと思ったのではないかと推定しています。
石原の狙いは日中を離反させ緊張関係を強めることを目的にしたものですし、両国の緊張関係はアメリカが日本に武器を売る上でも、オスプレイなどの最新兵器を日本に配備する上でも好都合です。
アメリカでの発表には理由があった。
また石原新党に対する支持を増やす効果も狙えます。
2011年8月5日に石原は記者会見で「日本は強力な軍事国家にならなかったら絶対に存在感を失う」と主張していました。
また2011年6月20日の記者会見では、「日本は核(兵器)を持たなきゃだめですよ。持たない限り一人前には絶対扱われない」「日本が生きていく道は軍事政権を作ること。そうでなければどこかの属国になる。徴兵制もやったらいい」と発言しています。
もし日中が軍事衝突することになれば、その時こそ自分の出番と思っているのでしょう。

石原慎太郎の都知事としての勤務実態を調べたら、1カ月の平均執務時間は約15時間しかなかったそうです。
それで報酬は年間でおよそ2400万円。
税金泥棒とはこの人のこと。
(敬称略)

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