鈴本12月上席中日・昼(2012/12/5)
12月5日、歌舞伎俳優の中村勘三郎が57歳の若さで亡くなった。私が見た最後の舞台は歌舞伎ではなく現代劇だったが実に良い味を出していた。
踊りの名手であり立役と女形両方出来る数少ない役者だったし、何より愛嬌があった。歌舞伎のみならず演劇界全体としても大きな痛手だ。
ご冥福をお祈りする。
5日、鈴本演芸場12月上席は中日、その昼の部へ。
平日の昼にもかかわらず客が入っていたのは顔づけが良いせいか。
前座・林家扇兵衛「道具屋」
< 番組 >
柳家麟太郎「子ほめ」
伊藤夢葉「奇術」
柳家喜多八「旅行日記」
春風亭一之輔「尻餅」
大空遊平・かほり
蝶花楼馬楽「替り目」
柳家喬太郎「粗忽長屋」
柳家紫文「三味線漫談」
古今亭菊丸「片棒」
~お仲入り~
江戸家小猫「ものまね」
春風亭一朝「壷算」
橘家文左衛門「小咄」
ストレート松浦「ジャグリング」
柳家小里ん「富久」
落語界の今年の十大ニュースをあげるとすれば、トップは春の「一之輔真打昇進」だ。何より驚くのは披露興行が終わっても寄席に出続けていて、何度か各寄席でトリを取っていることだ。
こんな噺家を他に知らない。
実力としては既に真打の中堅クラスであり、独演会は軒並み完売。
2012年は一之輔というスターを得た年として記憶されるだろう。
麟太郎「子ほめ」、老けた二ツ目と思ったらも50歳を超えているようだ。さすがに話はしっかりしている。ぜひ還暦までに真打昇進を果たして欲しい。
夢葉「奇術」、寄席の色物の芸人は芸そのものよりトークの力だな、を感じさせる人。
喜多八「旅行日記」、寄席では毎度おなじみのネタだが、何度聴いてもおかしい。素朴なのかズルいのか分からない宿の主人の表情が良い。
「食の安全」なんていわれるが、アタシら戦争直後の食べ物の無い時代に育った人間は、何を食わされてきたか分かったものじゃない。
一之輔「尻餅」、八代目三笑亭可楽が十八番としていて、この一之輔を含め可楽の演出を基本にしている。
女房が尻を亭主が叩き、餅つきにみせかけるというのだからバレ噺に近い。
上方の演出は女房が尻をまくって突き出すような仕種や、亭主が尻をしげしげと観察するような動作が入り、エロティック過剰でどうも好きになれない。落語は想像の世界なので東京のようにあっさりと演じるのが本当のような気がする。
亭主がいかにも気分良さそうにリズミカルに餅をつく(尻を叩く)のだが、その分女房はさぞかし痛い思いをしているのだろう。
いかにも歳末らしいネタで客席を沸かせたが、浅い出番でこういうネタをサラリと演じる力量には舌を巻く。
馬楽「替り目」、昔懐かしい古風な香りが漂う噺家。
酒癖3態をマクラに短縮版だったが夫婦の機微は十分に表現されていた。
喬太郎「粗忽長屋」、池袋の昼トリを控えているせいか軽めに。
2000年代を若手の中心となって走り続けた喬太郎、この先どう進むのだろうか。
菊丸「片棒」、長男の人物像がやや不鮮明だったが、次男の伝法ぶりは良く出来ていた。
オチまで行かずに終わったのが残念。
小猫「ものまね」は初見、11月に協会入りしたばかりなので致し方ないが、語りも表情も硬く、未だ芸人の顔になっていない。妙に上から目線なのが気になった。
一朝「壷算」、この日一番笑いを取っていた。瀬戸物屋の表情変化が実に巧み。ただこの客は買い物上手ではなく詐欺師だね。
ストレート松浦、いつ見ても鮮やか。
小里ん「富久」 、今まで聴いた「富久」とは随分と様子を異にしている。
先ず前半の山場である久蔵が旦那の家事見舞いに息を切らせながら駆けつける場面がない。旦那の家について久蔵が荷物運びで奮闘する場面や、見舞いに来た近所の人の帳付けをする場面もない。その代り鎮火してから番頭たちと酒を酌み交わし、やがて酒癖の悪さから周囲に因縁をつけ出すというシーンが加わる。
同じネタでも印象が全く異なるもので、どなたかこの型のルーツをご存知でしたらご教示のほどを。それとも小里ん独自の演出だろうか。
オリジナルに比べドラマチックさには欠けるが、幇間の久蔵の人物像、希望と落胆の繰り返しの心理状態の描写などはさすがと思わせるものがあった。
若手から中堅、ベテラン各層のバランスも良く、充実の上席だった。
【追記】(12/7)
「富久」ですが、調べてみると五代目小さんが久蔵の住まいが浅草三間町、旦那の住まいが芝の久保町、富札の番号は鶴の千八百八十八番、そして富興行が湯島天神ということなので、小里ん「富久」は師匠の演出に倣ったものと思われます。
勉強不足でした。
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つばめの「尻餅」テープをもっています。
夜中に聴いていると哀感が強く、途中でやめることもあります。
投稿: 佐平次 | 2012/12/06 10:43
佐平次様
可楽のも哀感がありますが、一之輔はカラッとしていて陽気です。
貧乏を知らないせいでしょうか。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/06 10:52
小里んの「富久」の内容、ちょっと誰の型は分かりませんねぇ。
刈り込んだ型として八代目可楽がありますが、荷物運びはなくても見舞客の帳付けはあります。
酒乱気味の暴れ方なら可楽に近いようにも思いますが、持ち時間を考えての小里んのオリジナルでしょうか。
投稿: 小言幸兵衛 | 2012/12/06 20:59
小言幸兵衛様
調べた範囲では、三代目小さんの速記を基に当代小三冶が演じた「富久」がこうした演出のようです。
ただ五代目小さんも「富久」を掛けていて、それがどういう内容か分からないので判断が出来ません。
やはり文楽や志ん生、さらに志ん朝の演出の方が優れていると思います。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/06 21:46
黒門町の「富久」をビデオで観たことがあります。旦那が久蔵に「そんなことはないよ、そんなことはないよ。でも、もしもお前の家が焼けていたら、よそに行ってくれるな、きっとウチにおいで」と言うところが記憶に残っています。
他にも見どころ、聴きどころ満載で、落語の魅力についてはっきりと教えられた一席でした。
投稿: 福 | 2012/12/08 08:01
福様
旦那が久蔵に「そんなことはないよ、そんなことはないよ。でも、もしもお前の家が焼けていたら、よそに行ってくれるな、きっとウチにおいで」という場面は小里んの高座も同じでした。あそこは外せないですね。
私の「富久」のベストは志ん朝です。文楽と志ん生両方のいいとこを取っています。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/08 09:07