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2012/12/16

#23三田落語会・夜(2012/12/15)

12月15日、仏教伝道センタービルで開かれた「第23回 三田落語会・夜席」へ。
喜多八が言ってたが、この会は仲間内でも評判になっているとか。近ごろの「落語研究会」より上ではというのはヨイショかも知れないが、毎回二人の実力者が出演し古典落語を一人の持ち時間が1時間ほど、もう一人が1時間30分ほどで各2席づつ演じるというのは好企画だし、ハズレが無いというのもこの会の特長だ。
欲をいえば顔ぶれが落語協会に偏していることで、他の団体からの出演者も加えて欲しい、と思ったら来年は上方の露の新治が登場するらしい。これは楽しみ。

<  番組  >
前座・入船亭ゆう京「たらちめ」
入船亭扇遊「きゃいのう」
柳家喜多八「黄金の大黒」
~仲入り~
柳家喜多八「うどん屋」
入船亭扇遊「富久」

前座のゆう京「たらちめ」、「たらちね」の誤りではない。漢字では「垂乳女」と書くようで、生母を意味する。「たらちめの胎内をいでし時より」だからこちらの方が適切かも。
扇遊の弟子らしくしっかりとした語り口だ。どうも近ごろの前座は達者で利口そうな顔をしてるのが多い。熊や八が知識人みたいというのも困ったもんではある。

夜席は「扇遊・喜多八二人会」で、この会では初めてだが毎度お馴染みの組合せだ。楽屋に緊張感が無いというのはその通りだろう。
扇遊「きゃいのう」
マクラでNHKの半井さんがいなくなってから天気予報が当たらなくなったと言ってたが、その通り。彼女以外の予報士は信用できない。まあそんなこと、どうでもいいけど。
このネタ恐らく今回が初登場だろう、滅多に高座にかからない珍しい演目だ。
元ネタは江戸落語の「団子兵衛」ということだが、永らく演じ手がなく忘れられていたようだ。これを昭和に入ってから、柳家金語楼が改作した作品。喜劇俳優として有名だった金語楼だが、たまに寄席に出るときはよくこの噺を掛けていたようで、ラジオで何度か聴いたことがある。
「武助馬」に似たようなストーリーで、芝居の大部屋役者の悲哀を描いたものだ。
頑固な床山の親方が大部屋の女形の身の上話を聞くうちに同情し、何とか鬘を付けさせるという聴かせどころを扇遊はしっかりとした語り口で好演。

喜多八「黄金の大黒」
このネタも上方落語を柳家金語楼が東京に移したものだそうだ。今日は金語楼つながりか?
金が無くてひたすら大家のご馳走にありつけるを楽しみにしている「金ちゃん」を登場させ、その慌てぶりが笑いを誘う。喜多八はこうした人物を設定し活躍させるのが上手い。
この噺の長屋の人々の連帯感は大したものだ。店子が揃って店賃を滞納しているにもかかわらず、息子が黄金の大黒を掘り当てたということで全員に大盤振る舞いする大家も太っ腹。
これじゃ大黒が仲間の恵比寿を誘うために歩き出すのも無理はない。
これだけ有名なネタなのに、CDが仁鶴と談志だけというのも珍しい。
何か理由があるのだろうか。

喜多八「うどん屋」
マクラで近ごろは長く演じるのが好まれる傾向にあるが、間違っていると言っていたが、同感。大ネタでなければ1席およそ20分程度で終わらせた方が良い。
季節感のあるネタ。
酔っ払いの男がうどん屋に知人の娘の婚礼の模様を繰り返し語るのだが、どうもリズムが悪くダレ気味になっていた。
ここは8代目可楽(名演)や大師匠の小さんのようにリズミカルに語らなくてはいけない。
「鍋焼きうどん」の売り声も良くなかった。オクターブが高すぎたのか声が掠れてしまった。
ただ風邪ひき男がうどんをすする場面は良く出来ていた。
終り良ければ何とやらか。

扇遊「富久」
これぞ師走に相応しいネタだ。
最近なにかというと年末に「芝浜」を演じるが、あれは考え物だ。むしろ悪しき傾向。
かつて談志が「芝浜」なんて大したネタじゃないと語っていたが、その通りだと思う。長い割には登場人物が二人だし、それほどドラマチックな展開があるわけでもない。
そこいくと「富久」は正に「禍福は糾える縄の如し」のストーリー展開で山あり谷あり、登場人物も多く終盤に大きな山場を迎える。
扇遊の演出はほぼ8代目文楽に倣ったもので、久蔵が火事の荷物運びを手伝う場面から、火事見舞いの帳付け、そして見舞いに頂いた酒を呑み酔う場面、自宅が火事になり芝のお宅から浅草まで息せき切って駆けつける場面、全てが丁寧に演じられた。
やはり「富久」はこうでなくちゃいけない。
注文をつけるとすれば、扇遊のしゃべりがどの人物も同じ様なリズムになってしまう点だ。
幇間の久蔵、富籤を売る男、大店の旦那、仕事師の頭(かしら)ではそれぞれセリフのリズムが異なる筈だ。
そうした点が、比較するのも何だが文楽に比べ物足りなさを感じるのだ。
少し評価が辛いかも知れないが、他でもない扇遊だからこその期待の現れと思って頂きたい。

毎回欠かさず参加しているのは、この三田落語会だけだ。
それだけの魅力がある。

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コメント

うどん屋は難しい噺なんでしょうね。
喜多八にはまだ無理?ニンじゃないかな。

投稿: 佐平次 | 2012/12/16 11:08

こんにちは。私も夜の部に行きました。四つとも佳い高座だと思いましたが、うどん屋と富久、酔っ払いの噺が続きましたので、最後は少しダレました。ああいった落語会ですので許容範囲なのでしょうが、ちょっといただけないかな?とも、正直感じました。

投稿: 泥水 | 2012/12/16 13:18

佐平次様
マクラで最初は「抜け雀」を演る予定だったがと言っていたので、迷いがあったのかも知れません。難しいネタなんだなと再認識させられました。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/16 14:48

泥水様
前半が快調だったのに比べ後半はややダレ気味でしたか。やはり「抜け雀」の方が良かったかも。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/16 14:56

「富久」では、火事見舞いの帳付けの場面が難しいと聴いたことがあります。
「芝浜」は先代の円楽のものが好きです。女房の口車に乗せられて仕事に行く気になった亭主がはっと気づいて「お~、危ねえ、お前はうめえな」なんてところですが。

投稿: 福 | 2012/12/18 07:12

福様
火事見舞いの帳付け、難しいでしょうね。文楽は手拭いに間にメモを挟んで順序を間違えないようにしていたと言われています。
お見舞いのへの挨拶と同時に出入りが叶ったとことの喜び、さらに酒に酔いながらの帳づけという、これは難物です。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2012/12/18 21:09

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