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2012/12/28

輝け!My演芸大賞2012

お待たせいたしました。独断と偏見で選ぶ吉例の「My演芸大賞」2012年版を発表します。
今年一年で85回の寄席、落語会に通いました。多分、過去最高だと思います。
1回に何席聴いたかですが、寄席と独演会では数が違うのでザットと平均が1回6席とすると年間で510席ほどの高座を観た勘定になります。
その中から既に候補作として28席を選んでおり、下記の通り大賞1点、優秀賞5点、佳作4点、特別賞1人を選びました。
例年に比べ採用点数が多いのは、通った回数が多かった反映です。

【大賞】
「雲助蔵出し」における五街道雲助の一連の高座
【優秀賞】
桂春團治「野崎詣り」上方落語会(2011/2/11)
入船亭扇辰「さじ加減」ワザオギ落語会(2012/5/19)
柳家喬太郎「孫、帰る」前進座にわか演芸場(2012/8/12)
柳家三三「乳房榎よりおきせ口説き」柳の家の三人会(2012/9/15)
柳家小満ん「島鵆沖白浪より大阪屋花鳥」らくご古金亭(2012/12/8)
【佳作】
桃月庵白酒「甲府い」鈴本演芸場(2012/1/17)
露の新治「権兵衛狸」鈴本演芸場(2012/6/18)
古今亭志ん輔「唐茄子屋政談」前進座にわか演芸場(2012/8/12)。
桂宗助「立ち切れ線香」文我・宗助二人会(2012/12/23)
【特別賞】
春風亭一之輔

<講評>
大賞は文句なしに雲助です。
特に「雲助蔵出し」にこだわったのは会場が観音様の裏ってにある「浅草見番」、ここは雲助自身の地元でもありますが、そして良き観客。つまり演者、会場、客の三拍子がそろった独演会であり、だからこそ数々の優れた高座が生まれたのだと思います。

優秀賞に春團治「野崎詣り」を上げたら何を今さらと大阪のファンにお叱りを受けるかも知れませんが、初めてライブに接し久々に名人芸に出会えた思いです。まさに「春風駘蕩」というべき素晴らしい高座でした。
ここ数年、進境著しい扇辰。今年もいくつか優れた高座を聴かせてくれましたが、一つを選ぶなら講釈の演目から移した「さじ加減」です。
喬太郎「孫、帰る」、事故で娘を孫を失った老人の抑制した怒り、悲しみ、無念さを短い動作で表現させた演出は新作落語の新たな可能性を切り拓きました。
三三「乳房榎よりおきせ口説き」、人気に溺れることなく明治の古典を掘り起こす努力を続けている三三ですが、珍しい乳房榎の発端で見事な高座を聴かせてくれました。
小満ん「島鵆沖白浪より大阪屋花鳥」は先代馬生の口演に花鳥は牢名主になるまでの章を付け加え、淡々とした語り口のなかに凄みを感じさせた高座でした。

佳作の白酒「甲府い」は、この噺の儒教臭を薄め、軽快な滑稽噺に仕立てた腕前を評価しました。
新治「権兵衛狸」は、東京の寄席で一人だけ上方落語を演じると言う難しい立場にもかかわらず、民話風のユッタリとした演出で聴かせてくれました。
志ん輔「唐茄子屋政談」は長講だったにもかかわらず最後までペースを保ち、鮮やかに人物像を演じ分けていました。
宗助「立ち切れ線香」は、放蕩に狂う若旦那を諌める際に番頭が煙草を一服吸う場面で、いかにも大店の番頭らしい「腹」が表現されていて上出来でした。

特別賞は、何といっても今年の落語会最大の話題の一之輔でしょう。今春一人真打で50日間トリを務め、お客の入りも上々だったようです。披露興行が終わっても定席に出続けていて、既に各寄席でトリを取っているというのは前代未聞ではないでしょうか。
まだ発展途上ですが、10年に一人という逸材であるのは間違いないところです。

以上で当ブログも年内これが最後です。
また新年お目にかかりましょう。
皆様、良いお年を!

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2012/12/26

2012年下半期「佳作」選

当ブログでは毎年年末に「My演芸大賞」として数点の作品を選んでいるが、その候補作というべき下半期の優れた高座をピックアップしてみた。
下半期は、喬太郎や三三による圓朝作の、小満んによる燕枝作の古典を掘り起した意欲的高座が目立つ。
上方落語家の会にもいくつか参加したが、いずれもその芸の確かさには目を瞠るものがあった。
その他、この選の常連ともいえる雲助、扇辰が常に高いレベルの高座を観せてくれた。
毎年感じるのだが、なぜか優れた高座は下半期に多い。今年も例外ではなかった。

柳家喬太郎「孫、帰る」前進座にわか演芸場(2012/8/12)。
古今亭志ん輔「唐茄子屋政談」前進座にわか演芸場(2012/8/12)。
柳家三三「乳房榎よりおきせ口説き」柳の家の三人会(2012/9/15)
柳家三三「真景累ヶ淵より豊志賀の死」志らく・三三二人会(2012/9/21)
入船亭扇辰「藁人形」通ごのみ扇辰・白酒(2012/9/25)
桃月庵白酒「今戸の狐」通ごのみ扇辰・白酒(2012/9/25)
五街道雲助「つづら」雲助蔵出し(2012/9/30)
柳家喬太郎「真景累ヶ淵より宗悦殺し」三喬・喬太郎二人会(2012/10/6)
月亭八天「らくだ」月亭八天独演会(2012/10/7)
入船亭扇辰「雪とん」扇辰・喬太郎の会(2012/10/8)
柳家喜多八「二番煎じ」三田落語会(2012/10/27)
五街道雲助「木乃伊取り」雲助蔵出し(2012/12/1)
柳家小満ん「島鵆沖白浪より大阪屋花鳥」らくご古金亭(2012/12/8)
五街道雲助「淀五郎」らくご古金亭(2012/12/8)
桂宗助「立ち切れ線香」文我・宗助二人会(2012/12/23)

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2012/12/25

#343「にっかん飛切落語会」(2012/12/24)

12月24日、イイノホールで行われた”第343夜「にっかん飛切落語会」年忘れクリスマスイブスペシャル”へ。今年最後の落語会。
この日は珍しく連れがいて、というよりは連れの要望でチケットを取ったという按配。

<  番組  >
前座・林家木りん「金明竹」
三遊亭小遊三「引越しの夢」
~仲入り~
柳家喬太郎「時そば」
桂文珍「星野屋」

木りん「金明竹」、元大関・清国の息子だと自己紹介してたが、だから何だ、甘ったれるな!それより芸を磨け、と言いたい。
こういうのは師匠がちゃんと注意しなくちゃいけない。
小遊三「引越しの夢」
定番の箱根駅伝から始まり「山梨は関東か」というマクラ、毎度ながら完成度が高く、これで1席分と思えば良い。2席目として古典、こちらも十八番。
「夜這い」がテーマだが、この言葉も死語になりつつある。
今ならさしずめ住居不法侵入並びに暴行未遂罪で懲役3年を求刑するも被告は任意を主張なんてことになるわけで、昔は性について大らかだったんですね。

喬太郎「時そば」
二つ目の頃のイブの日にパーティの余興をやらされた苦い思い出から定番の「コロッケそば」のマクラ。ここまででおよそ3分の2.余った時間でネタに。一応「そば」つながりにはなっていたけど。
ソバの食い分けで笑わせるのは邪道かもしれないが、とにかく喬太郎目当ての客席は大受け。
文珍「星野屋」
前にも何度か聴いたが、マクラで6代目文枝襲名を批判していた。自分の方が相応しいと思ってるのだろう。確かに公平にみて、どちらかを採るとすれば文珍が妥当だ。7代目を狙うと言ってた、頑張ってネ。
この日のネタ、文珍は好きなんだろう、良く掛ける。私見だが文珍の弱点は「女」の造形が上手くないことだ。色気が出ない。だから女が主役のネタは総じて出来が良くない。
聴いたことはないが、この人には「立ちきれ線香」はムリがあるだろう。
それとこのネタ、東京の演出では旦那が先に川へ飛び込み続いてお花が迷っていると、
そこに川に浮かぶ屋根舟から一中節の「小春」が聞こえてくる。
♪ さりとは狭いご料簡、死んで花実が咲くかいなァ
「死んで花実が…咲かないわよね。帰ろう。旦那、御免なさい!」
と、心中を思いとどまるという方が情緒があって良い。

連れは大喜びだったから、ま、いいか。
面白さも 中くらいなり 暮の寄席。

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2012/12/24

文我・宗助二人会(2012/12/23)

12月23日、日本橋社会教育会館8Fで行われた上方落語「文我・宗助二人会」へ。
お目当ては文我、実はナマで聴くのは初めてとなる。
【桂文我】1979年、桂枝雀に入門。文化庁芸術祭優秀賞や国立花形演芸大賞など多数を受賞。珍しい古典を掘り起こす落語研究家でもあり、落語の児童書を執筆。
【桂宗助】1988年、桂米朝の最後の弟子として入門。1997年 NHK新人演芸大賞落語部門大賞を受賞。
今年の落語会も残すところ今回と明日の2回となった。
後は恒例により今年下半期の優秀作と年間演芸大賞を発表して、終わり。

<  番組  >
「始末の極意」桂宗助
「二番煎じ」桂文我
 ~中入~
「立ち切れ線香」桂宗助
「古事記」桂文我

前座なしでいきなり宗助が登場、一人で高座返しからメクリまでこなす。東京では考えられない。
「始末の極意」、始末というのは上方では倹約の意味。
東京では「しわいや」のタイトルで8代目正蔵が得意としていた。
ケチな男がさらにケチな男にケチの指南を請うと、いわゆるケチな話のオンパレード。いずれもあちこちのネタのマクラで聴いた小咄が次々と語られる。
最後にそれでは「始末の極意は?」と訊くと、松の木に片手でぶら下げられ・・・。
宗助は初見だが、風格のある高座姿、明解な語り口。余計なクスグリを入れず無理に笑いを取ろうとしない。だけど面白い。師匠・米朝のスタイルに良く似ている。

文我の1席目「二番煎じ」
前に上がった宗助だがこのネタから名前を貰ったものらしい。「それはこの宗助さんが」とくり返されるのはお馴染みで、そのつながりでこのネタを選んだようだ。
マクラで選挙の応援演説に無理やり頼まれてやったが皆落ちた。そりゃそうでしょう、落語家は落とすのは商売と。
これは上方版のスタンダードだろうか、東京の演出とはだいぶ違う。
先ず東京のように二班に分かれてという場面がなく、いきなり全員で夜回りに出る。
「火の用心」の声を出すところで各自ののど自慢となるのは東京と一緒。
小屋に戻り、東京では一人がやおら瓢箪(ふくべ)の酒を取り出すが、上方は徳利に入れてくる。
猪の肉は同じだが味噌はつかない。ネギは別の人が持っている。味付けはどうしたんだろうという疑問も湧く。鍋は小さなもので、箸と茶碗はリーダーが懐に用意している。
そうした用意を言いつかり準備するのは「宗助さん」、栗饅頭みたいな顔をして、なんて言われて。
東京のように全員が飲み食いするのでなく、リーダー一人が酒を呑み猪肉とネギを食う。
そこに見回りの役人、「なにか湯呑で飲んでおったな」「それはこの宗助さんが」、宗助さんは最後まで割の悪い役だ。
文我の芸風は師匠・枝雀のような爆笑スタイルではない。どちらかというと大師匠に近い。
それでも箸でネギを掴むとき、「ああ、肉が付いてきたぁ」と叫ぶ所はやはり枝雀の弟子だなと感じさせる。

宗助の2席目「立ち切れ線香」
しみじみ聴きながら、数ある落語の中の名作中の名作であり、やはりこのネタは上方でなくてはアカンと再認識した。
船場の商家の若旦那、ミナミの「紀の庄」の芸妓・小糸に一目惚れをしていれあげ、店の金まで手を付ける始末。
親戚会議で勘当となる所を番頭がとりなして、店の蔵に百日押し込め。
翌日から小糸の店から手紙がくるが番頭は黙ってしまいこむ。それから毎日、2通、4通、8通と増えていくが黙殺、それが80日目にピタリと止む。
番頭これを見て「色街の恋は80日か、冷たいもんやなあ・・」。
百日を過ぎて蔵から出た若旦那、番頭から小糸の手紙を見せられ直ぐに「紀の庄」の店へ。
小糸に逢わせてくれと頼んだが、女将が差し出したのは小糸の位牌。
最後の文を出した次の日、若旦那が誂えてくれた三味線を弾いて、死んでしまった・・・と語る。
若旦那が仏壇に手を合わせているとどこからともなく三味線の音色、「小糸ちゃんの三味線、鳴ってる!」。しばらくすると急に三味線の音が止まり・・・。
この噺の最大の見せ場は、若旦那が「・・・番頭、跡取り息子が丁稚の果ての番頭に乞食にされたら本望じゃ!見事、甲斐性あったら乞食にせえ!」と一気にまくしたてると、番頭が悠然と煙管を出し煙草を一服すって再び煙管を煙草入れに収める場面で、黙して大店の番頭の風格と覚悟を見せる。
宗助の高座、ここが実に良かった。
後半も女将の姿が良く出来ていた。あの身体の線はよほど研究しないと出ない。
小糸の最期を語る場面でも決してお涙頂戴に流れず、それでいて情緒溢れる演出だった。
この人はタダモノじゃない。

文我の2席目「古事記」
今年が「古事記」編纂1300周年だそうで、この日が天皇誕生日ということでこのネタを掛けることにしたと説明。それを本居宣長と同郷の三重県松坂出身の文我が演じるという趣向。
内容な古事記の誕生から始まり、天地開闢からスサノオの八岐大蛇退治までの主なエピソードをつなげた地噺。
イメージとしては「源平盛衰記」で、ストーリーを追いながらそこにギャグを入れ込んでゆくというスタイル。
当然、ここに登場する神様たちは私たち人間より人間くさい。
どうやら今年ネタおろしの演目らしいが、かなり完成度が高く客席は大喜び。
歳末らしく最後はワッと笑って目出度くお開き。

4席いずれも充実、年の瀬に良い高座に出会えた。

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2012/12/23

「TOPDOG/UNDERDOG」(2012/12/22)

12月22日、シアタートラムで行われた”シス・カンパニー公演”「TOPDOG/UNDERDOG」を観劇。
三軒茶屋なんて昔は不便だったが、今では渋谷から2駅目。世田谷区の文化の中心になりつつある。
この小劇場は客席の傾斜が大きく見やすい。
ざっと見渡して爺さんは私だけか。

作=スーザン・ロリ・パークス 
翻訳・演出=小川絵梨子
<  キャスト  >
堤真一:ブース  
千葉哲也:その兄リンカーン

ストーリーは。
タイトルのTOPDOGは勝者、UNDERDOGは敗者を意味する。
登場人物は二人、幼い頃に両親に捨てられ2人きりで生き抜いてきたアフリカ系アメリカ人の兄弟・リンカーンとブース。兄の名は有名なアメリカ大統領、弟の名はその暗殺者という凝った名が付けられている。このネーミングも芝居の伏線になっている。
舞台はブースの借りてる安アパートの一室。そこに兄リンカーンが居候している。
30代後半の兄リンカーンは、以前はトランプ賭博スリーカード・モンテ(赤のカード2枚と黒のカード1枚の3枚を並べ、カードを移動させて客に黒のカードを当てさせるギャンブル)のディーラーで稼いでいたが、今はすっかり足を洗い、遊園地でリンカーン大統領に扮するショーに出演している。
5歳下の弟ブースは定職に就かず万引き常習犯として暮らし、恋人との甘い生活を夢見ている。そんな弟に兄はまともな暮らしをするよう説教するが聞き入れられない。
そんなある日、兄が仕事を解雇され、弟は恋人と結婚を約束して兄に家を出るように伝える。
しかし恋人との約束が破られ自暴自棄になる弟。
職を失い再びカード賭博に戻った兄は泊まる家もなく、弟の部屋に戻ってくる。
そして二人はそれぞれの有り金を全て賭けて、スリーカードの勝負をすることになるが・・・。

兄弟というのは切っても切れない間柄だけに、助け合う時もあれば競い合い、時には憎み合う場合もある。
そんな兄弟の相克を社会の底辺にあって、人生の裏も表も知りつくした兄と、裏を知らない(見ようとしない)ある意味ではピュアーな弟、この二人のパワーバランスが目まぐるしく入れ替わりながら、悲劇的な結末にむかっていく。
舞台を日本に置き換えてもこのまま成り立つような普遍的なドラマにしている。
翻訳も良くこなれており、非自然さがない。
ただ原作はどうなんだろう。推測するしかないが、もっと猥雑でギラギラした作りになっているではなかろうか。そういう意味での物足りなさも感じるのだ。
その他、正味2時間弱の芝居なので、途中休憩無しで演じた方が良かったのではと思った。

堤真一と千葉哲也二人の出演者は息がピタリと合い、最後まで緊張感のある良い演技だった。

公演は28日まで。

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2012/12/22

「柳家小三冶独演会」(2012/12/21)

12月21日、銀座中央会館で行われた「柳家小三冶 独演会」へ。
お気づきの方もあるだろうが、小三冶の会は久々だ。
理由は二つある。
一つはチケットが取れない。もっとも千人ニ千人という大ホールなら可能だろうが、小三冶の芸はそんな大きな小屋で聴くものではない。ここ数年は異常とも思える人気の高さだ。
二つ目は、数年前に立て続けに長いマクラを聴かされて閉口した。落語の楽しみ方には色々あるだろうが、私は本題に関係ない長いマクラは好まない。まるでエッセーなどと囃す向きもあるが、気が知れない。
その後、今度は鈴本のトリではマクラ抜きだったが不出来で空振り。
そんなこんなで暫く敬遠していた。
年末が迫って急に小三冶が聴きたくなったのが今回。果たしてチケットが取れない。別のサイトでチャレンジして3回目にようやくゲット。
お客は思ったより若い人が多く、女性の比率が高い。

<  番組  >
柳家ろべえ「たけのこ」
柳家小三冶「千早ふる」
~仲入り~
柳家小三冶「茶の湯」

前座もゲストもないというのは良い。スッキリしている。公演時間も正味で2時間、2席ならこの位の時間が良い。
ろべえ「たけのこ」
喜多八門下の二ツ目。小三冶の孫弟子にあたる。
ストーリーは、隣の武家の筍が塀をくぐってこちらに顔を出した。家来に言いつけて切り食べようと相談がまとまり、ついては家来に隣家に挨拶するよう命じる。口上は我が家に侵入して不届きにつき斬り捨てたと。隣家も黙っちゃいない。それなら死骸は当方で引き取ると言い出す。とって帰った家来にもう一度隣家に行かせ、それなら死骸は胎内に骨は雪隠に収め、衣装だけはお返しするとの口上と共に筍の皮だけを持参させるが・・・。
語りがしっかりしてるし、何より短いのが良かった。

小三冶の1席目「千早ふる」
駐車場を間違え夜中に起こされたいうマクラから、「知らないのに知っているフリ」は悪いが、もっと悪いのは「知っているのに知らないフリをする」、最も悪いのは「知らないのに知らないフリをする」からネタへ。
小三冶の最大に特長は「間」だと思う。音楽でいえば「休符」だが、その時々で休符の長さが大きく異なる。その「間」の取り方が実に巧みで、これは天性としか言いようがない。
古典を余計なクスグリを入れずそのまま語る。だけど面白い。それも腹を抱えて笑うというよりは、クスリと可笑しい。
かつて「三遊の若旦那、柳のご隠居」という諺があったようだが、柳家の滑稽噺の伝統を受け継いでいるし、先代小さんの芸風に最も近いといえる。
このネタでは鯉昇や扇辰の慣れ親しんでいる人にとっては、やや物足りなく感じるかも知れないが、これが小三冶の芸なのだ。

小三冶の2席目「茶の湯」
数十年ぶりに東京タワーに上った感想から、東京の中心部を一望し、東京湾から隅田川をさかのぼり蔵前へ。ここはかつて幕府の天領から集めた米を保管した蔵が立ち並んでいた所から「蔵前」となったという解説。その蔵前に一世一代で大店を築いた主人が倅に店を譲り、根岸の里に隠居所を作り・・・と、ここからスーッとネタに入る。
小三冶の「茶の湯」の最大の特長は、茶を飲んだ時のそれぞれの表情で、これが隠居、小僧、さらに強引に招かれた手習いの師匠、豆腐屋、頭(かしら)、皆違うのだ。
置かれた立場、状況によりリアクションが変るというわけで、こうした細かな所が緻密に工夫されている。
だから小三冶の芸は大きなホールには向かないのだ。
この日の席も残念ながら二階席、顔がもっと身近だったら更に面白かっただろう、そこが残念。
このネタでこれだけ客席を沸かせるのはさすがと言うしかない。
「柳のご隠居」の面目躍如。

この日は心配したマクラも程よく、久々の小三冶の高座に満足した。
次回は1月2日の鈴本夜席で、これも楽しみ。

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2012/12/20

「日本の北朝鮮化」を策す政治家たち

私は好きで海外にたびたび出かけるが、どこへ行っても日本ほど良い国はないと思っている。
ある部分においては日本より優れていたり、この分野は我が国も学ばなくてはいうことは確かにあるが、総合的にみれば日本が最高だ。
その大きな理由に、少なくとも人権と表現の自由が守られていることがあげられる(もちろん完全ではないが)。
世界には、日本のような人権や自由が無い国が沢山ある。
人権とか自由というのは空気や水と同じで、存在し続けていると有難味が感じないかも知れないが、これがいったん奪われるといかに大事かが分かる。
日本国憲法についても同じことが言える。

ところが今、その日本の優れた特質を変えて、北朝鮮や中国のような国にしようと企んでいる政治家や政党が出現しているのだ。
例えば日本維新の会の石原慎太郎代表は演説や会見で、日本は核兵器を保有すべきと再三にわたり発言している。
また石原は「日本が生きていく道は軍事政権をつくること。そうでなければ日本はどこかの属国になる。徴兵制もやったらいい」と述べている。
また維新の会の橋下徹代表代行は「僕は、軍と、徴兵ってのはワンセットだとは思う」と語っている。
・核兵器保有
・軍事政権
・徴兵制度
と並べればこれは北朝鮮化そのものだし、彼らの言う憲法改正の行く着く先を示している。
決して洒落や冗談で済む話ではない。

改憲についてもう一つ、今春、自民党が「日本国憲法改正草案」を発表した。この草案の作成に携わったのは安倍晋三総裁に近い人たちなので実現可能性は大いに有り得るのだ。
改正条項は多岐に及ぶが、特に注意せねばならないのは次の点だ。
「表現の自由」について、現行憲法は、
《集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する》
としている。
これに対し「改正草案」は続けて2項を新設して、
《前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない》
が加わっている。
この「但し書き」が曲者で、これがあるから中国や北朝鮮のように一党独裁、言論や出版、結社の自由が奪われことになる。
もしこの草案通りの法律が成立すれば、原発反対運動なども「公益及び公の秩序を害する」と政府が判断すれば禁止することが可能になる。
そうなれば、「原発ゼロ」を主張するような政党は「公益及び公の秩序を害する」結社として解党させられるだろう。
そんな極端なことは起きないと思ったら大間違いで、草案作成者の中には「主権在民」そのものを否定している議員もいる。
やはりめざすところは「日本の中国化、北朝鮮化」としか思えない。
この度の総選挙では多くの人が自民党や維新の会へ投票したが、どれだけの人々が彼らの究極的目標を認識していただろうか。

かつては人権、自由と民主主義を守るためにはソ連や中国などの共産主義が相手だったが、今の日本で維新の会や自民党現執行部と闘わざるを得ない。
もしかしてあと何年かすれば、こういう事も書けなくなる時代が来るかも知れないのだ。

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2012/12/18

「幕末太陽傳」の楽しみ方

映画「幕末太陽傳」のデジタル修復版が昨年公開され、その後DVD発売もされた。修復版DVDには特典ディスクとして柳家権太楼の落語「居残り佐平次」や鈴々舎馬桜による解説も付属していて、充実した内容になっている。
川島雄三監督の代表作だけではなく日本映画を代表する作品の一つといってよい。
この作品には以下の古典落語が登場していて、どの場面にどのネタが使われているのを発見するのも楽しみの一つだ。
・居残り佐平次
・品川心中
・三枚起請
・お見立て
・文七元結
・星野屋
・付き馬
・お初徳兵衛
・夢金
・坊主の遊び

この映画と落語との接点は沢山あるが、先ず川島監督は古今亭志ん生を撮影所によび、「居残り佐平次」と「品川心中」の2席をスタッフに聴かせたとある。こういう所から心構えが違うのだと感心した。
主役のフランキー堺は8代目文楽の弟子でもあり、桂文昇の名前を貰っていた。
貸本屋の金蔵を演じ、去る12月10日亡くなった小沢昭一は早稲田大学落研(オチ研)の創設者だ。
女中おひさを演じる芦川いずみがかぶっていた手拭いの模様が、菊五郎格子。これは5代目尾上菊五郎が初めて落語ネタ「文七元結」を芝居に移したことに対する川島雄三のリスペクトだったようだ。
また落語とは直接関係ないが、若旦那の徳三郎に民藝入団3年目という梅野泰靖を抜擢しているが、この理由が生粋の江戸っ子だったからだとか。5代続いた江戸っ子でしかも父親が遊び人だったというから、まさに道楽者の役柄にはピッタリだったわけだ。
このようにスタッフやキャスト、衣装の隅々まで川島監督の落語に対する愛着が行き渡っている。
余談になるが、井上ひさしの戯曲「たいこどんどん」の冒頭シーンは、この「幕末太陽傳」の影響を強く受けている。その井上の直木賞受賞作品「手鎖心中」が古今亭志ん生「品川心中」から着想を得ているのは有名な話だ。ここにも落語つながりが見られる。

作品を再見していてこの他にもいくつか興味深いシーンに気付いた。
佐平次が相模屋の2階でドンチャン騒ぎをする場面で、フランキー堺が太鼓のバチを片手でクルクル回すのだが、これはかつて彼が「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」というジャズバンドのドラム奏者だったことを思い出させている。なおこのバンドだが、小学生の頃に新宿武蔵野館のライブで観ているのだからスゴイでしょ(何が?)。
最終シーン近くでフランキー扮する佐平次と、杢兵衛大盡役の市村ブーチャンこと市村俊幸が、「お見立て」の墓参りをする場面があるが、これはドラマーのフランキーとピアニストの市村というミュージシャン対決にもなっている。その市村のピアノ演奏を有楽町日劇で観ているんだから、これもスゴイでしょ(だから何が?)。
見るたびに新たな発見がある「幕末太陽傳」、とにかくスゴイ。
「ステマ」じゃありませんから、念の為。

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2012/12/16

#23三田落語会・夜(2012/12/15)

12月15日、仏教伝道センタービルで開かれた「第23回 三田落語会・夜席」へ。
喜多八が言ってたが、この会は仲間内でも評判になっているとか。近ごろの「落語研究会」より上ではというのはヨイショかも知れないが、毎回二人の実力者が出演し古典落語を一人の持ち時間が1時間ほど、もう一人が1時間30分ほどで各2席づつ演じるというのは好企画だし、ハズレが無いというのもこの会の特長だ。
欲をいえば顔ぶれが落語協会に偏していることで、他の団体からの出演者も加えて欲しい、と思ったら来年は上方の露の新治が登場するらしい。これは楽しみ。

<  番組  >
前座・入船亭ゆう京「たらちめ」
入船亭扇遊「きゃいのう」
柳家喜多八「黄金の大黒」
~仲入り~
柳家喜多八「うどん屋」
入船亭扇遊「富久」

前座のゆう京「たらちめ」、「たらちね」の誤りではない。漢字では「垂乳女」と書くようで、生母を意味する。「たらちめの胎内をいでし時より」だからこちらの方が適切かも。
扇遊の弟子らしくしっかりとした語り口だ。どうも近ごろの前座は達者で利口そうな顔をしてるのが多い。熊や八が知識人みたいというのも困ったもんではある。

夜席は「扇遊・喜多八二人会」で、この会では初めてだが毎度お馴染みの組合せだ。楽屋に緊張感が無いというのはその通りだろう。
扇遊「きゃいのう」
マクラでNHKの半井さんがいなくなってから天気予報が当たらなくなったと言ってたが、その通り。彼女以外の予報士は信用できない。まあそんなこと、どうでもいいけど。
このネタ恐らく今回が初登場だろう、滅多に高座にかからない珍しい演目だ。
元ネタは江戸落語の「団子兵衛」ということだが、永らく演じ手がなく忘れられていたようだ。これを昭和に入ってから、柳家金語楼が改作した作品。喜劇俳優として有名だった金語楼だが、たまに寄席に出るときはよくこの噺を掛けていたようで、ラジオで何度か聴いたことがある。
「武助馬」に似たようなストーリーで、芝居の大部屋役者の悲哀を描いたものだ。
頑固な床山の親方が大部屋の女形の身の上話を聞くうちに同情し、何とか鬘を付けさせるという聴かせどころを扇遊はしっかりとした語り口で好演。

喜多八「黄金の大黒」
このネタも上方落語を柳家金語楼が東京に移したものだそうだ。今日は金語楼つながりか?
金が無くてひたすら大家のご馳走にありつけるを楽しみにしている「金ちゃん」を登場させ、その慌てぶりが笑いを誘う。喜多八はこうした人物を設定し活躍させるのが上手い。
この噺の長屋の人々の連帯感は大したものだ。店子が揃って店賃を滞納しているにもかかわらず、息子が黄金の大黒を掘り当てたということで全員に大盤振る舞いする大家も太っ腹。
これじゃ大黒が仲間の恵比寿を誘うために歩き出すのも無理はない。
これだけ有名なネタなのに、CDが仁鶴と談志だけというのも珍しい。
何か理由があるのだろうか。

喜多八「うどん屋」
マクラで近ごろは長く演じるのが好まれる傾向にあるが、間違っていると言っていたが、同感。大ネタでなければ1席およそ20分程度で終わらせた方が良い。
季節感のあるネタ。
酔っ払いの男がうどん屋に知人の娘の婚礼の模様を繰り返し語るのだが、どうもリズムが悪くダレ気味になっていた。
ここは8代目可楽(名演)や大師匠の小さんのようにリズミカルに語らなくてはいけない。
「鍋焼きうどん」の売り声も良くなかった。オクターブが高すぎたのか声が掠れてしまった。
ただ風邪ひき男がうどんをすする場面は良く出来ていた。
終り良ければ何とやらか。

扇遊「富久」
これぞ師走に相応しいネタだ。
最近なにかというと年末に「芝浜」を演じるが、あれは考え物だ。むしろ悪しき傾向。
かつて談志が「芝浜」なんて大したネタじゃないと語っていたが、その通りだと思う。長い割には登場人物が二人だし、それほどドラマチックな展開があるわけでもない。
そこいくと「富久」は正に「禍福は糾える縄の如し」のストーリー展開で山あり谷あり、登場人物も多く終盤に大きな山場を迎える。
扇遊の演出はほぼ8代目文楽に倣ったもので、久蔵が火事の荷物運びを手伝う場面から、火事見舞いの帳付け、そして見舞いに頂いた酒を呑み酔う場面、自宅が火事になり芝のお宅から浅草まで息せき切って駆けつける場面、全てが丁寧に演じられた。
やはり「富久」はこうでなくちゃいけない。
注文をつけるとすれば、扇遊のしゃべりがどの人物も同じ様なリズムになってしまう点だ。
幇間の久蔵、富籤を売る男、大店の旦那、仕事師の頭(かしら)ではそれぞれセリフのリズムが異なる筈だ。
そうした点が、比較するのも何だが文楽に比べ物足りなさを感じるのだ。
少し評価が辛いかも知れないが、他でもない扇遊だからこその期待の現れと思って頂きたい。

毎回欠かさず参加しているのは、この三田落語会だけだ。
それだけの魅力がある。

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2012/12/12

なにを今さらの「技術の海外流失」

「希望退職」って何だか知ってますか?
教科書的にはこう書かれています。
「予め使用者が退職における有利な条件を示すことにより、事業所に雇われている労働者が自らの意思でこれに応じ労働契約の解除をすることを言う。」
つまり本人が希望して辞めるから希望退職という、というのは真っ赤な偽りです。
「希望退職」とは、
「会社が希望する人を辞めさせる」という制度なんです。
会社は予めリストを作っておいていわゆる「肩たたき」をします。たまにリストから外れていた人が辞めると言い出すと、却って辞めないようにと説得するんですから。
殺し文句は「あなたは会社にとって必要のない人間です」「もうあなたにして貰う仕事はありません」。
労働者にとって自己が否定される、誇りが傷つけられることほど情けないことはありません。
それでも辞めないと言うと、今度は「指名解雇」をちらつかせます。「退職金の上乗せが無くなりますよ」「あなたのキャリアに傷が付いてもいいんですか」と言って脅します。
辞めさせる上司の方も上層部から退職者のノルマを与えられているのです。ちゃんと退職マニュアルなんてぇのも渡されています。ノルマが達成できなければ今度は自分が首になりますから必死です。
なかには会社に見切りをつけ自ら辞める人もいますが、割合としては少数です。
かくしてリストに載せられた大半の人が辞めさせられる、これが「希望退職」の実態です。

こうして20年ほど前から、多くの労働者が会社を追われました。熟練工とて例外ではありません。
国内ではなかなか就職口がない。メーカーでは特にそうです。そうした人々の中には中国や韓国にわたり職を得た人たちが少なくありません。
もう10年以上前になりますが中国の青島を訪れ、周辺の企業を歩いたことがあります。
かつて日本の熟練労働者だった人たちが、あちこちの工場で指導者として働いていました。
日本の企業からは、お前はもう要らないと宣告されたのですが、こちらでは大歓迎です。
「中国人は熱心だから教え甲斐がある」と言っていました。
中国では技術を身に着けると新しい会社に移り、給料も上がるんだそうです。だから熱心の教えを乞うわけです。勤務時間が終わっても職場に残り日本人熟練者から技術を学ぶ人もいる。
生徒が熱心なら先生も熱心にならざるを得ない。
彼らはもう一度この地で誇りを取り戻すことが出来たわけです。
かくして日本の企業でつちかった技術が海外へ移転されていきました。

底流にあるものは、尊厳を否定された人間のリベンジ。

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2012/12/11

肥瓶(こえがめ)と尿瓶(しびん)

本日はどうも尾篭な話題で恐れ入りますが、12月8日の「古金亭」でちょっとした「事故」がありました。
泥水さんから頂いたコメントにこう書かれています。
【昨日日本橋で白酒の尿瓶を聴いたのですが、古金亭での尿瓶は肥瓶の間違いだったと言ってました。つまり、本来肥瓶を演るべきところを、字面の似ている尿瓶と読み違い演ってしまったと。】
この会はネタ出しでプログラムにも”桃月庵白酒「肥瓶」”と書かれていました。ところが始まると白酒が「この噺は短いので直ぐ終わります」というので、アレ、おかしなことを言うなと思っていたら、「尿瓶」を演じました。
後から上がった小満んが間違いを指摘し、「どっちも似たようなもんで」と。もちろん噺の内容は全く別ですが、肥と尿だから似たようなものとフォローしたわけです。
この段階ではプログラムの間違いなのか、本人の勘違いなのか不明でしたが、前記の泥水さんのコメントで真相が分かったというわけです。

落語の「肥瓶」ですが、兄いの新築祝いに弟分二人が水瓶を買う約束で出かけますが金が無い。仕方なく古道具屋の店先に置いてある肥瓶を安く譲ってもらい、兄いの家に水瓶だと言って持ち帰り、そこから起きる騒動を描いたもので、近ごろでは「家見舞い」のタイトルで演じられています。
これは「肥瓶」という名前があまりキレイじゃないのと、この名称自体が今の人にピンと来なくなったからでしょう。
今は下水道が普及して都市部ではほどんどが水洗トイレになりましたが、かつて東京でも昭和30年代頃までは糞尿を肥瓶(又は肥甕)に貯め、それを「汚穢屋(おわいや)」と呼ばれた人たちが「肥柄杓(こえびしゃく)」で樽に汲み取り、天秤に運んでいたものです。
代金は予め購入してあった「汲み取り券」を渡すという仕組みで、確か4樽で1荷(いっか)というような単位だったと記憶しています。
3代目金馬の落語「宿題」で、子どもが父親に「1か4分の3って知ってる」と訊くと父親が「ああ、汲み取り屋か」と答えていますが、この事です。
樽に詰められた下肥は舟に乗せられ(私たちは「汚穢舟」と呼んでましたが正式な名称は分かりません)川を下って海に出て、沖合に投棄していました。今じゃ信じられないことですけどね。
この舟は「汲み立て」というネタの最後のオチの場面に出てきます。

実物の肥瓶の画像がどこかないか探してみましたが適当なものがなく、ようやく下の画像を見つけました。
Koegame
ただこの肥瓶は昔の柄杓で汲むタイプではなく、後のバキュームで吸い取る時代のものでしょう。
落語に出て来る昔のタイプは柄杓で汲みやすいようにもっと口が広く、背高の低い形をしていた筈です。
どこかの博物館にでも展示されているでしょうか。無いだろうな。

尿瓶のほうは今でも介護などで使われているのでご存知かと思います。
ただ落語に出てくる「尿瓶」は男性用ですね。女性用は形が違って・・・、まあ、どうでも良いことですけど。
というわけで、本日は「くだらない」お話でした。

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2012/12/09

今年のベスト「らくご古金亭」(2012/12/8)

近ごろやたらTVで目に付く衆院選向け政党コマーシャルって、なんで揃いも揃って醜悪なんだろう。あれじゃ却って票を減らすぜ。
12月8日、湯島天神参集殿で行われた「第8回 らくご・古金亭」へ。
古金亭とは変わった名前だと思ったら、5代目古今亭志ん生と10代目金原亭馬生の二人が演じた噺だけを掛ける落語会ということらしい。
出演者は10代目馬生一門、と言っても実質は雲助一門と当代馬生一門に限ってるようだが、それに毎回ゲストが一人(次回からは二人)という顔ぶれ。
世の中、色んな会があるんだねぇ。

<   番組  >
前座・金原亭駒松「ざる屋」
金原亭馬吉「幇間腹」
桃月庵白酒「尿瓶(しびん)」
柳家小満ん(ゲスト)「島鵆沖白浪より大阪屋花鳥」
~仲入り~
金原亭馬生「稽古屋」
五街道雲助「淀五郎」
(全てネタ出し)

駒松「ざる屋」
先代馬生の十八番。間の取り方が馬生をよく真似ていて、合格点。将来性あり。
馬吉「幇間腹」
三代目柳好と志ん生が得意としていたが、通には評判の良かった柳好の型は忘れられ、今では専ら志ん生の演出に倣っているのはその明るさ故か。
一見、簡単そうに見えるが、名人文楽が高座にかけるのを断念したくらいの難物でもある。
馬吉の高座はマクラからサゲまで淀みなく、テンポも快調。二ツ目の「幇間腹」としては上出来とみた。
白酒「尿瓶(しびん)」
志ん生が戦前得意としていたとは知らなかった。
雲助がこの会には特に思い入れがあり、鈴本のトリを休演したくらいだ。と言った後に、私がダイバネで出ると言って笑わせる。一言「毒」を発しないと気が済まない性質(たち)なんだろう。
故郷への土産と尿瓶を下げて往来を颯爽と歩く武士に、町人たちが噂するクスグリが効いていた。
尿瓶に菊の花を生ける場面を丁寧に演じていたが、こういう処が白酒の芸の細かさであり、香辛料の役割を果たさせている。

ゲストの小満ん「島鵆沖白浪より大阪屋花鳥」
「島鵆沖白浪」と書いて「しまちどりおきつしらなみ」って読むんだから日本語は難しい。初代談洲楼燕枝の作とされているが、久しく演じ手がなかったが2010年に柳家三三が復活させている。
「大阪屋花鳥」はその一部で、先代馬生の録音が残されている。この日は続編の「牢内」を加えての口演となった。
粗筋は、
天保年間、番町に住む旗本・梅津長門は、ある日悪友に誘われて吉原の大阪屋という店に上がり、相方となった花魁・花鳥と相思相愛の仲になった。通うようになった梅津は、金に困って父親が遺してくれた長屋まで手放してしまい、その行状から親類にも見放される。
金に困った梅津はたまたま通りかかった大音寺前で町人を斬り殺して2百両を奪い取る。その足で花鳥に会いに行くが、殺しの現場を目明かしの手先に見られていた。
通報を受けた役人が捕り手を伴い吉原へ。花鳥を呼び出し酒に酔わせて捕える手はずを整えるが、花鳥は密かに脇差を梅津に渡し、部屋の油をまき行燈を倒して火事を起こし、その隙に梅津を逃がしてしまう。
放火の疑いで捕えられた花鳥は牢に送られ、役人から責め苦を負わされるが最後まで口を割らず、遂には牢名主となって牢内に君臨する。
小満んは丁寧な演出で梅津が酒色に溺れ身を持ち崩す過程を描き、吉原の火事に紛れて梅津が逃亡する場面はドラマチックに演じた。
全体に風格のある結構な高座だった。

馬生「稽古屋」
一番の見せ場である師匠が少女に道成寺の踊りの稽古をつけるシーン、踊りの名手である馬生の芸がいかんなく発揮されていた。
唄や踊りの素養がないと出来ないネタなので、馬生には打って付けと言える。

雲助「淀五郎」
ご存知、志ん生と圓生の代表作。雲助は圓生の型だったようだ。
いわゆる芝居噺ではないが、芸道ものの代表的作品である程度芝居の形を見せなくていけない。
死ぬほど悩んだ淀五郎が仲蔵を訪ね、腹の切り方の教えを乞うシーンが山場だが、ここを雲助は微に入り細を穿つというほど丁寧に演じた。特に淀五郎が切腹を演じるのを観察する仲蔵の仕種、表情が何とも良いのだ。だから最終場面の四段目に説得力が出てくる。
雲助、会心の高座。

粒ぞろいの高座が続き、今年の落語会のベストにあげたい。

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2012/12/08

ルパン三世vs.解党ルパン

「売り家と唐様で書く三代目(うりいえとからようでかくさんだいめ)」とは、江戸時代の川柳だ。
意味は、初代は苦労して財産を残し、二代目はそのおかげで暮らしたものの、三代目になると遂に没落して、家を売りに出すようになる。その売り家の札は中国風のしゃれた書体で書いてあるという、商売をおろそかにして道楽にふけった三代目の生活を表していることを皮肉っている。
野田首相が自民党について「特定の後援会がずっと続き、特定の家柄が政治を続ける。これ家業じゃありませんか。2世、3世、ルパンじゃない」と言ってたが、この人にしちゃ珍しく気が利いている。
確かに初めに政治家をなろうとした人は志を持っていたのだろうが、2世3世ともなれば祖父や父親の地盤をそのまま受け継ぎ、後は周囲の人間がおぜん立てしてくれて、気が付けば議員というのも少なくなかろう。
とりわけ先の川柳じゃないが、三代目ともなれば劣化が著しい。
以下はその劣化のお手本。
吉田茂→麻生太郎
鳩山一郎→鳩山由紀夫
岸信介→安倍晋三
彼の国でも
金日成→金正恩
というリッパな劣化の見本があるではないか。

今回の総選挙では自民党の立候補者のおよそ3割が世襲と報じられている。
世襲が全て悪いわけではないが、いくらなんでも多すぎる。
一つには小選挙区制の弊害だ。
小さく分割された選挙区では、先祖代々その地方で名前が知られた人物が有利になるのは否めない。
私が住んでいる選挙区では、区内が二つに分割されている。つまり区議会選挙より国会議員選挙の方が選挙区が狭いのだ。こんなバカな話はない。
いま定数削減で比例区が対象にされているようだが、むしろ小選挙区を廃止したらどうか。
地方のことは地方に任せる。
国会議員は国全体を考えるような人物を選ぶべきだと思う。
とりわけ今回のように多数の政党が乱立すると、小選挙区では3割台の得票で当選し、残りはすべて死票になるというケースも生まれてくる。
民意の切り捨てもいいとこで、やはり小選挙区制は悪法だ。

さてルパン三世とくれば、「解党」ルパンにも登場して貰おう。
衆院解散以来、いくつの政党が生まれ消滅していったか思い出せない。「太陽の党」なんざぁ出たと思ったら直ぐに沈んでしまった。ありゃお天道さんに失礼だ。
政党なんてぇものは泡(あぶく)みたいに、やたら出たり消えたりしてはいけないものなんだ。
多くの有権者は所属政党で判断して投票すると思う。
せっかく当選しても半年先1年先にはその政党がどうなってるか分からない、その議員がどこに所属していくのか予想がつかないとしたら、信用して投票なんかできないだろう。
継続性ということも政党にとり大事だと思う。
私見だが、政党としての要件は最低4つある。
一つは、規約があること。
二つ目は、政党を支える党員がいること。党員のいない政党なんて有り得ない。
三つ目は、政党活動を支える財政的基盤があること。
以上の要件は、生徒会だろうが老人クラブだろうが全ての組織に当てはまるもので、まして国政政党ともなれば必須条件と言って良い。
四つ目は、経済、外交など国政全般に対する統一した政策を持っていること。

なぜ政党の離合集散が繰り返されるかといえば、やはり小選挙区制が原因だ。たった一つの政党しか当選できないとなれば、まとまらないと力にならないからだ。
加えて、国会議員が5人集まれば政党交付金(政党助成金)が貰えるということから、それをアテにして安易に政党を造ってしまうことになる。
近ごろ維新の会などの政党が何かというと国民の自立自立をと叫ぶが、自身が国からの援助をアテにしているんだからお笑い草だ。先ずは政党が国から自立するのが先決である。

諸悪の根源である小選挙区制と政党交付金は廃止するしかない。
そしてルパン三世も解党ルパンも御免だね。

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2012/12/06

鈴本12月上席中日・昼(2012/12/5)

12月5日、歌舞伎俳優の中村勘三郎が57歳の若さで亡くなった。私が見た最後の舞台は歌舞伎ではなく現代劇だったが実に良い味を出していた。
踊りの名手であり立役と女形両方出来る数少ない役者だったし、何より愛嬌があった。歌舞伎のみならず演劇界全体としても大きな痛手だ。
ご冥福をお祈りする。

5日、鈴本演芸場12月上席は中日、その昼の部へ。
平日の昼にもかかわらず客が入っていたのは顔づけが良いせいか。

前座・林家扇兵衛「道具屋」
<  番組  >
柳家麟太郎「子ほめ」
伊藤夢葉「奇術」
柳家喜多八「旅行日記」
春風亭一之輔「尻餅」
大空遊平・かほり
蝶花楼馬楽「替り目」
柳家喬太郎「粗忽長屋」
柳家紫文「三味線漫談」
古今亭菊丸「片棒」
~お仲入り~
江戸家小猫「ものまね」
春風亭一朝「壷算」
橘家文左衛門「小咄」
ストレート松浦「ジャグリング」
柳家小里ん「富久」

落語界の今年の十大ニュースをあげるとすれば、トップは春の「一之輔真打昇進」だ。何より驚くのは披露興行が終わっても寄席に出続けていて、何度か各寄席でトリを取っていることだ。
こんな噺家を他に知らない。
実力としては既に真打の中堅クラスであり、独演会は軒並み完売。
2012年は一之輔というスターを得た年として記憶されるだろう。

麟太郎「子ほめ」、老けた二ツ目と思ったらも50歳を超えているようだ。さすがに話はしっかりしている。ぜひ還暦までに真打昇進を果たして欲しい。
夢葉「奇術」、寄席の色物の芸人は芸そのものよりトークの力だな、を感じさせる人。
喜多八「旅行日記」、寄席では毎度おなじみのネタだが、何度聴いてもおかしい。素朴なのかズルいのか分からない宿の主人の表情が良い。
「食の安全」なんていわれるが、アタシら戦争直後の食べ物の無い時代に育った人間は、何を食わされてきたか分かったものじゃない。

一之輔「尻餅」、八代目三笑亭可楽が十八番としていて、この一之輔を含め可楽の演出を基本にしている。
女房が尻を亭主が叩き、餅つきにみせかけるというのだからバレ噺に近い。
上方の演出は女房が尻をまくって突き出すような仕種や、亭主が尻をしげしげと観察するような動作が入り、エロティック過剰でどうも好きになれない。落語は想像の世界なので東京のようにあっさりと演じるのが本当のような気がする。
亭主がいかにも気分良さそうにリズミカルに餅をつく(尻を叩く)のだが、その分女房はさぞかし痛い思いをしているのだろう。
いかにも歳末らしいネタで客席を沸かせたが、浅い出番でこういうネタをサラリと演じる力量には舌を巻く。

馬楽「替り目」、昔懐かしい古風な香りが漂う噺家。
酒癖3態をマクラに短縮版だったが夫婦の機微は十分に表現されていた。
喬太郎「粗忽長屋」、池袋の昼トリを控えているせいか軽めに。
2000年代を若手の中心となって走り続けた喬太郎、この先どう進むのだろうか。
菊丸「片棒」、長男の人物像がやや不鮮明だったが、次男の伝法ぶりは良く出来ていた。
オチまで行かずに終わったのが残念。

小猫「ものまね」は初見、11月に協会入りしたばかりなので致し方ないが、語りも表情も硬く、未だ芸人の顔になっていない。妙に上から目線なのが気になった。
一朝「壷算」、この日一番笑いを取っていた。瀬戸物屋の表情変化が実に巧み。ただこの客は買い物上手ではなく詐欺師だね。
ストレート松浦、いつ見ても鮮やか。

小里ん「富久」 、今まで聴いた「富久」とは随分と様子を異にしている。
先ず前半の山場である久蔵が旦那の家事見舞いに息を切らせながら駆けつける場面がない。旦那の家について久蔵が荷物運びで奮闘する場面や、見舞いに来た近所の人の帳付けをする場面もない。その代り鎮火してから番頭たちと酒を酌み交わし、やがて酒癖の悪さから周囲に因縁をつけ出すというシーンが加わる。
同じネタでも印象が全く異なるもので、どなたかこの型のルーツをご存知でしたらご教示のほどを。それとも小里ん独自の演出だろうか。
オリジナルに比べドラマチックさには欠けるが、幇間の久蔵の人物像、希望と落胆の繰り返しの心理状態の描写などはさすがと思わせるものがあった。

若手から中堅、ベテラン各層のバランスも良く、充実の上席だった。

【追記】(12/7)
「富久」ですが、調べてみると五代目小さんが久蔵の住まいが浅草三間町、旦那の住まいが芝の久保町、富札の番号は鶴の千八百八十八番、そして富興行が湯島天神ということなので、小里ん「富久」は師匠の演出に倣ったものと思われます。
勉強不足でした。

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2012/12/04

阪神ファンの憂鬱

今シーズンまさかの5位に沈んだ阪神タイガース、秋には中村元監督をGMに迎えフロントを中心に立て直しをはかるという異例の措置をとった。
ドラフトでは超高校級とされる藤浪投手を引き当て、ツインズから西岡内野手を、レイズからコンラッド内野手を獲得、さらにはヤンキースの福留外野手も入団する可能性が出て来たなど、着々と補強に成功しているかに見える。
しかしこれらの補強は本当に的を得ているといえるだろうか、甚だ疑問なのだ。

いま阪神にとって最も必要な補強ポイントは二つあると思う。
一つはクローザー・藤川投手の抜けた穴をどう埋めるかだ。
永年にわたり阪神のストッパーとして活躍してきた藤川、今季海外FAによりカブスへの移籍が内定した。
現在の投手陣を見渡しても、球児の代役が務まる人材は見当たらない。
そこでヤンキースの五十嵐投手の獲得を目指していたが、ソフトバンクに入団が決まってしまった。
今のままでは来春のキャンプ中に適性を見定め、新しいクローザーを育てるしかない。
球児のMLBへの流出は以前から予定されていたことであり、打つ手が遅れた感は否めない。

もう一つは打撃、特にホームランを打てる大砲の獲得だ。
阪神の今季のチーム得点411、打点392、本塁打58はいずれもリーグ最少だ。やはり点が取れなかった原因はホームランが少なかったからだ。そのうえ個人別最多の12本塁打を放ったブラゼルを解雇してしまい、本塁打を増やすのは難しくなっている。
新たに獲得した西岡もコンラッドもアベレージヒッターで、こちらも期待できない。
せっかく打者を補強するなら、一人はホームランを打てるバッターに狙いを定めるべきだったのではないか。

いずれにしろ補強ポイントがずれていて、どうも中村GMの役割が不十分のような気がする。

それでは若手を鍛え、現有勢力の底上げに注力するのかというと、これまた中途半端だ。
例えばキャッチャーだが、永年正捕手を務めてきた矢野が衰えると城島を取り、怪我をすると昨季は楽天から藤井、その藤井が故障すると今季は日ハムから今成、そして今秋はオリックスから日高という具合に、毎年のように他球団からの補強で凌いでいるのが実情だ。
これではいくら経っても自前の捕手は育たない。

内野手では今季ようやく新井良太、上本、大和といった若手がレギュラーを掴みかけてきたら、西岡とコンラッドの入団で白紙状態になる。
外野の一角を伊藤隼太が占めそうになってきたら、福留を取ると言い出す。
自前の素質ある選手を我慢しながらでも使い、育てていくという視点がない。
だからいくら経っても4番バッターに生え抜きの選手が座らないのだ。

恐らく阪神の育成、補強方針に疑問を感じているファンが多いと思う。
よく巨人と比較されるが、確かにジャイアンツもFAで有力選手を獲得しているが、同時に次々若手を育成し中心選手に育て上げている。そこが根本的に違うし成績の差になって現れている。

今季、成績不振もあってタイガースの観客動員数は大幅に落ち込んだ。
人気に胡坐をかいてチーム作りを怠れば、ますますファンは離れていくことになる。

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2012/12/02

「雲助蔵出し」師走(2012/12/1)

12月1日、浅草見番で行われた「雲助蔵出し」。
気が付けば師走、「もういくつ寝るとお正月」という歌があるが、こちとらの歳になると「あといくつお正月」が迎えられるかしらという心境に陥る。
この日の夕方、久々に勤めていた会社のOB同期会に出たが、欠席者の多くは病気が理由だった。
昨年は二人、一昨年は一人と年々人数が欠けていく。「今年はどうやら大丈夫そうだな」なんてぇ会話が飛び交うんだから心細い限りだ。
元気なうちはせいぜい落語でも聴いてと思う今日このごろ。

<  番組  >    
林家つる子「元犬」
柳亭市楽「岸柳島」
五街道雲助「徳ちゃん」
五街道雲助「付き馬」*
~仲入り~
五街道雲助「木乃伊取り」*
(*印はネタ出し)

この会場は「三業会館二階難座敷」というのが正式の名前らしい。
「三業」というのも死語になりつつあるようだが、料理屋・待合茶屋・芸者屋の3業種を指す。
つまり芸者を上げて飲み食いし、その後は男女でおひけというフルコースが堪能できる場所ということだ。
かつてはあちこちに三業があったが、近ごろはこういう名称が残る所は少なくなった。
「待合(まちあい)」も使わなくなりましたね。男女が密会する場所だけど、もう「密会」も流行らないやね。
「雲助蔵出し」も回を重ねて、そろそろ持ちネタも尽きてきたとのこと。寄席で演るような演目は避けたいし、聴きたけれが夜に鈴本へとしっかりPR.
そう、鈴本の12月下席は「雲助 冬のお約束」という企画なので、この日が初日。様子ではこのまま上野に流れていくお客もいるようで、ファンは有り難い。
この会は毎回ネタ出しを2席、それにおまけを1席という趣向だが、この日は最初におまけをということで、いつもの通り観音様の裏って周辺の店の紹介から。
雲助も若いころは好きな女の子目当てにスナックに通ったようで、一時は一緒になる寸前まで行きながら警官に取られてなんていう失敗談も披露していた。

吉原周辺の客引き風景から「徳ちゃん」へ。
メクラの小せんが実体験を噺にまとめたとされ、金の無い落語家二人が安い女郎屋に上がったのはいいが、部屋は汚いし出て来た女はヒドイ。散々な目に合うという自虐的なネタ。
「チョンの間」などという場所にはそういうのもあったんでしょう。
以前、白酒や一之輔で聴いた時も面白かったが、やはり雲助が優れている。何が違うかというと、牛太郎にリアリティがある点だ。口八丁手八丁でとにかく客を上げてしまう、その造形が見事。

続いて「付き馬」
先週聴いたばかりだが、随分と出来が違う。
一つには「徳ちゃん」からそのまま入ってので話の流れが良かった。2席続けて敢えて「付く」ネタを選んだのだろうが、これが成功した。
前のネタでは牛に客が騙されるのだが、こちらは客が牛を騙す。リベンジ。
この客は朝食の代金を牛太郎に立て替えさせながら、店の女の子のお尻まで撫でてしまう。全く手におえない男だ。
昔は飲み屋の女性のお尻を触るなんて普通だったが(アタシはやってませんよ)、今どきはうるさくなったからね。
そういえば同期の出世頭だったのがセクハラで役員の椅子を棒に振ったっけ。だから良い子は真似をしないように。
吉原から雷門への道中ではここ浅草見番にも通りかかり、中で雲助が出てる、上手いよこの人は、さん喬なんか目じゃない、なんてクスグリも。
牛太郎が疑いを持ち出すと男は「この眼を見なさい」と信用させる、その時の牛の顔が目に浮かぶようだ。
雲助の演出では、牛と棺桶屋の主人との会話がかなり際どく、この場面を濃い味付けにしていた。
このネタ、現役では雲助がベストだ。

雲助の3席目「木乃伊取り」。
これも弟子の白酒が得意としているが、雲助のは初めて。
吉原の角海老に居続ける若旦那を説得に初めは番頭、次に出入りの頭(かしら)が出向くが、次々とミイラ取りのミイラになってしまう。
困り果てた大旦那夫婦に、飯炊きの清蔵がオラにやらせてくれと買って出る。
さすが堅物だけあってさすがの若旦那も帰る気になるが、その前に皆で一杯やってからと清蔵も飲まされる。
2杯3杯と重ねていくうちに堅物がすっかり陽気になり、好色の眼が覚めだす。隣に座った女郎の手練手管に最後はクズクズになる。この変容ぶりが見どころであり演者の腕の見せどころでもある。
雲助は清蔵の変化を細かく描写し、素晴らしい仕上がりだった。
酒に美女、これに抗らえる男は少ない。だからハニー・トラップが成功するのだ。男の悲しい性(さが)。

地の利を生かした吉原ネタ三題、雲助の独壇場。

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