「時そば」と「そば清」
落語でソバが出て来る代表的ネタといえば「時そば」だ。というより落語の代表的ネタといった方が良いかも知れない。
夜鷹そば屋(夜鳴きそば屋)を通行人の男が呼び止め、
「おうッ、何ができる? 花巻きにしっぽく? しっぽくひとつこしらいてくんねえ。寒いなァ」
というセリフで始まる。後は御存じの通りの展開だ。
このうちで「花巻き」というのは、かけそばに細切りの海苔を掛けたものだった。
客が注文した「しっぽく」の方は、かけそばの種として蒲鉾・椎茸・野菜などを入れたもののようだが、落語では竹輪(または竹輪麩)が1枚入っているのみだ。
いずれにしろ現在の「かけそば」と似たような温かいソバということになる。
もう一つ「石返し」というネタがあるが、こちらも夜鳴きそば屋の噺で、寒い季節に高座にかかる。
これに対して同じソバを扱うネタでも「そば清」は夏場にかかることが多い。
大のソバ喰いの清兵衛が30枚、50枚とソバを平らげるのだが、その早いことといったら、落語だと数分で50枚近く食べてしまう。こちらは「もりそば」しかない。
季節ははっきりしていないが、冷たいソバを喰うんだから暑い時期という設定なのだろう。
江戸っ子が喰う蕎麦というと、やはり「もり」が相応しいように思う。
夜鳴きそば屋が明治になってすっかり衰退したというのも頷ける。
アタシは物心ついた頃から麺類はソバしか食わなかった。それも「もりそば」しか。
だから「そば清」派ということになる。
親が「この子は寒中でも『もり』だ」と呆れていたから、両親の影響でないことは確かだ。
もりそばを一箸すくって、先端を少しだけ汁(つゆ)に漬けツーっと食べる。これが美味い。
よく蕎麦を汁にくぐらせて食べる人がいるが、あれでは肝心の蕎麦の味が殺されると思う、やったことは無いけど。
似たもので「ざるそば」があるが、あれは喰わない。細切りの海苔がかけられているので蕎麦の食感が悪くなるからだ。
本来は「ざるそばと海苔は無関係」らしいので、海苔は余計なのだ。
同じ理由から汁に薬味を入れない。
残った汁は蕎麦湯を加えて飲む。
別に江戸っ子を気取ったわけじゃなく、小さい頃からこれが一番美味しいと思ったからだ。
家でもソバを茹でることがあるが、やはり「もりそば」しか喰わない。自宅だと汁の味やソバの茹で加減が自分の好みに出来るので、より美味しく食べられる。
但し根が無精者だから、自宅でソバ打ちなぞはしない。
蕎麦屋で他の人と一緒に食べる時に困るのは、2分位で食べ終わってしまうので間が持たないことだ。
もりそば以外の蕎麦だと、そば粉を熱湯でといて食べる「そばがき」が好物だ。
生醤油にちょっと漬けて食べると、これほど酒の肴に適したものはない。
麺類以外の好物といえば豆腐で、季節に関係なく冷奴だけ。
これも落語にしばしば登場する食物だ。
シタジは生醤油のみ。よく店で出されるような甘ったるいタレや薬味は使わない。
祖父は大の豆腐好きだったが、豆腐屋の店先で掌を出して豆腐を乗せて上から生醤油をかけて貰い、その場で食べていたそうだ。
豆腐も鮮度が大事らしい。
外食が苦手だというのも、手の込んだ料理を好まないせいだと思う。
料理の好みも人間同様に至ってシンプルに出来ているのであります。
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今年も楽しみに読ませて頂いております。
庭や畑になっている旬の食材をさっと洗って食す、これが一番のご馳走ですと伺います。
日本には素晴らしい四季があり、その時その時の楽しみがありますね。落語で季節感を味わうのも素敵です。
ふと、「千両みかん」が頭に浮かびました。
投稿: 二つ目 | 2013/01/15 21:23
ほめ・くさんは、それほどシンプルではないようにも思いながら、楽しく読ませていただきました。
ちなみに、矢野誠一さんは『落語読本』で「そば清」を秋の噺に分類しています。
その矢野さんの『落語歳時記』で、明治時代に書かれた本からの引用で、もっとも通な食し方として、「純粋の生蕎麦を大根卸しの搾り汁へ醤油を三四滴落したもので食う」とあるのを紹介しています。
しかし、矢野さんも「一度試してみようと思いながら、まだ果たしていない」と書かれています。
ほめ・くさんが試されるかどうかは、お任せします^^
投稿: 小言幸兵衛 | 2013/01/15 21:27
二つ目様
都会に住んでいるとなかなか新鮮な野菜を口にできませんが、それでも私はナマ野菜はそのまま食べています。
魚でも上手いのは刺身や寿司、やはりそのままの味が一番ではないでしょうか。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/01/15 21:48
小言幸兵衛様
成るほど、新蕎麦は秋の季語でした。
収穫仕立ての新蕎麦を、打ち立てで食べるのが一番美味しいんでしょうね。
ただ矢野さんのレシピで造った汁だと、蕎麦をどぶ漬けにしなくてはならないでしょう。
これは私の好みとはちょっと違うような気がします。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/01/15 21:55
呑んだ後のラーメン(特に醤油)がうまいと長年続けてきましたが、最近は考えて蕎麦に変えました。「時そば」の場合、最初のところで、寒さをうまく表現できるかどうかが大事なんだと思います。
投稿: 福 | 2013/01/16 07:54
福様
そば自身が酒の肴になるそうですが、私の場合アッという間に食べてしまうので肴になる間がありません。それで「そばがき」です。
今の寄席は冬には暖房があって温かいので、寒さの表現はいっそう難しくなりました。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/01/16 09:35