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2013/03/24

「圓朝に挑む!」(2013/3/23)

3月23日、国立演芸場”特別企画公演「圓朝に挑む!」”へ。
圓朝作品は人気の演目が多いが、一方、普段演じられることの少ないネタも数多くある。
今回はそうした珍しい演目を選んでの上演という主旨のようだ。

<  番組  >
前座・柳亭明楽「犬の目」
柳亭こみち「にゅう」            
桂米福「塩原太助一代記より戸田の屋敷」 
―仲入り―
蜃気楼龍玉「やんま久次」
橘家圓太郎「因果塚の由来」

こみち「にゅう」 
司馬竜斎の原作を円朝が改作したものだそうで、現役では喬太郎が高座にかけている。         
ストーリーは。 
骨董商が茶会に誘わるが、その招待主の人柄が気に入らないので奉公人の与太郎を代わりに行かせる。
その際主人は、もし相手が茶器などを自慢気に見せたら、これには「にゅう」(符牒で「キズ)のこと)があるとけちをつけるよう命じる。
与太郎は言われたとおりにするが、長いあいだ座っていたのでしびれが切れ・・・。
こみちが冒頭で言っていたように大して面白い話じゃない。
こみちは久々だったが、語りはしっかりしてきた。
妊娠9か月とかで、赤ちゃんが産まれたら「こみち」を「こもち」へ改名かな?

米福「戸田の屋敷」 
「本所に過ぎたるものが二つあり、津軽大名、炭屋塩原」と謳われた「塩原多助一代記」は圓朝の代表作だ。
実在の人物の物語で(本名は太助)、上州沼田の富農の倅・塩原多助は、養父の死去後、その後妻と連れ子から迫害を受け、身の危険から家を出て江戸へ行き、刻苦勤労の甲斐あって炭屋の奉公人から独立し大身代を築くという立志伝。
芝居をはじめ多くの大衆芸能の演目としてとりあげられ、戦前は頻繁に高座にもかかっていたようだ。
戦後はこの中の多助と愛馬・青との「青の別れ」だけが演じられてきた。
物語全体を貫く「身を立て名を上げ」の価値観や儒教色の強さが、いまの時代に合わなくなってきたためだろう。
今回はその中の「道連れ小平」の一部と、「戸田の屋敷」の口演。
ストーリーは。
いつも参考にさせて頂いているサイト「吟醸の館」より一部を引用。
多助が沼田から江戸に向かう道中で一文無しになり、請け人を求めて実父の居る戸田の屋敷に行ったが、国替えになって島原に行ってしまい、留守であった。
万策尽きた多助は、昌平橋から身を投げようとするところを、神田佐久間町の炭問屋山口屋善右衛門に助けられ、そこに奉公することになった。「子(ね)に臥し寅(とら)に起き」て良く働いた。給金はいらないから、捨てるようないらない物をくれれば、それだけで良いと言う。
主の命令で炭を届けに戸田家の屋敷に行った。偶然に島原から江戸に戻ってきた実父母、塩原角右衛門・清(せい)夫婦に再会した。角右衛門が言うには「新田の角右衛門の所では乳が出ないので、同名の私のところで預かった。八歳の時新田の角右衛門に帰した。礼として50両をいただき、借財を返し、江戸に出て戸田家に仕官がかなった。これも新田の角右衛門殿のお陰である」と語る。
しかし塩原家は潰れ、それも多助が女、酒にくるって夜逃げしたと誤解されてしまった。家を再興した時には改めて逢おうと言われ、淋しく店に戻る多助。
米福は毎度ながら語りがしっかりとしているが、途中の「エー」が頻繁に入るのが気になった。セリフの繰り返しも見られ、ストーリー全体が頭に入り切っていないのではと推察する。
熱演だったが、もう少し完成度を上げて欲しい。

龍玉「やんま久次」
この作品はどうやら圓朝作ではなく、初代古今亭志ん生(1809-56)の作らしい。元題は「大べらぼう」。
圓朝の別の作品に「やんま久次」という人物が登場するようだが、物語は全く異なるそうだ。
ストーリーは。
番町の旗本の次男である久次、すっかり身を持ち崩し今では背中に大やんまの彫り物をした博打打。人よんで「やんま久次」。
今日も博打でスッテンテンとなり、家督を継いだ兄のところに金の無心をしに来る。
あまりの狼藉に、その場に居合わせた剣術の指南・大竹大助が切腹をすすめ、久次が「できない」と言うと「首を切り落とす」と迫る。
そこに久次の母親が出てきて命ごいをし、久次も反省の言葉を口にする。久次と大竹は一緒に外に出る。
別れ際、大竹は母親から預かった金を久次に渡し、堅気になることを約束させる。
しかし久次は一人になると、「おまえなんかの言うとおりになってたまるかい」と言い、最後は「大べらぼうめ」と言って見得を切って終わる。
二三、言葉の言い違いはあったが、緊張感の溢れる素晴らしい出来だった。
特に兄や太助の前ではすっかり改心したかのようだった久次が、一人になった途端に元の本性を現す山場では見ていてゾクッとするほどの迫力。
師匠・雲助が復活させた演目、龍玉が立派に受け継いだと思わせてくれた。

圓太郎「因果塚の由来」
お馴染みの「お若伊之助」はこの「因果塚の由来」の発端とか。全体の20分の1ぐらいだというから、全編を語るとしたら著しく長大な物語となる。
「お若伊之助」の後半のストーリーは。
お若と狸が契って産まれたのが双子。伊之吉と米と名付けられるがそれぞれが別の家に引き取られ成長していく。
やがて二人は色里で出会うが実の兄妹ということは知らない。
一方、お若と伊之助もその後いろいろ経緯があったが再会を果たし、夫婦となって岩次という男の子を出生。
物語はその後も複雑な展開で、運命は糾える縄の如し。
人間と狸との契りや近親相姦、果ては離魂病など怪異談へと続き、ようやく「因果塚の由来」に辿りつく。
ああ、草臥れた。
圓太郎の演出は、「お若伊之助」を中心に後半は筋だけの紹介となった。時間の関係で止むを得なかったのだろうが、複雑すぎてストーリーについて行けない。
「お若伊之助」の部分では人物の造形が良く、特に鳶頭の勝五郎の一本気な性格が良く表現されていた。
圓太郎の特長が生かされた上出来の高座だった。

今回の「圓朝に挑む」という企画、演目の選び方などにより工夫は必要だと思われるが、これから何度も挑んで欲しい。
こういう企画こそ、国立の出番だ。

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コメント

明楽という前座、だれの弟子でしょうか。
面白い人材だと思いました。
円太郎「お若、、」は熱演で文句なしですが、残りの19が駆け足過ぎて筋を追いかねました。
どうすればよかったか、構成が難しいですね。

投稿: 佐平次 | 2013/03/24 10:50

佐平次様
明楽は楽輔の弟子のようです。
「因果塚の由来」ですが、本来は前半を筋だけにして後半をじっくり演じるべきでしょうが、圓太郎にはニンではないかも知れません。そこいらが問題なんでしょう。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/03/24 17:44

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