「長い墓標の列」千秋楽(2013/3/24)
3月24日、新国立・小劇場で上演された「長い墓標の列」へ。この日が千秋楽。
この芝居は戦前の昭和13年から19年という時代の、河合栄次郎東大教授の事件をモデルにしたものだ。
原作は河合教授の自宅に書生として居住していた福田善之の戯曲で、1957年に早大劇研によって初演され、その後改訂版が58年に「ぶどうの会」で上演、63年には「劇団青年芸術劇場」で上演されている。
半世紀を経ての再演となるが、なぜこの演劇を今回とりあげたのかについて、演出家の宮田慶子はいま同様のことが構造的に繰り返されつつあることを次のように指摘している。
「自分たちがおかしいと思っていることが、大きな力によって歪められ、そこへさらに報道の力が加わり、正義だと思っていたことがどんどん通じなくなることに気付く。
そんな構造は今の世の中と共通する部分があるし、彼らはそういったことを手掛かりに、うまく感覚を増幅させていくんだと思います。」
作:福田善之
演出:宮田慶子
< 主なキャスト >
村田雄浩/山名庄策、経済学部教授
那須佐代子/その妻・久子
熊坂理恵子/娘・弘子
古河耕史/城崎啓、山名の弟子で助教授
遠山悠介/花里文雄、同助手
西原康彰/飯村桂吉、山名の教え子
梶原航/林裕之、同
北川響/千葉順、同、新聞記者
石田圭祐/矢野哲次郎、山名と対立する経済学部教授
小田豊/村上重吾、経済学部長
先ずモデルとなった河合栄次郎だが、戦前の経済学者で社会思想家。
思想的には自由主義者であり、マルクス主義とは激しく闘った。
しかし時代が軍国主義の色合いを濃くする中、次第にファシズム批判の立場を強め、軍部批判・抵抗の姿勢を明確にした。
このことが軍部や右翼の怒りをかい、やがて東大を追われる。河合のような自由主義者も排斥の対象にされてしまった。
退官後は著作等における言論が「安寧秩序を紊乱するもの」として出版法違反に問われ起訴されたため、これに抗して法廷闘争を行う一方、学生叢書の刊行を継続しながら学生・青年に理想主義を説き続けた。
終戦の前年に心臓マヒで死去、享年53歳。
門下に多数の学者、ジャーナリスト、国会議員などを輩出している。
ストーリーは、新国立のHPの紹介をそのまま引用。
昭和13年秋、時代は軍部主導によるファシズムに傾倒し、大学自治も国家主義・全体主義の風潮の中、その自由を失おうとしていた。 経済学部教授の山名(純理派)は自治を制限する文部省案を支持する革新派と、ただ一人教授会で戦っていた。 弟子の助教授城崎、助手花里、今は新聞記者である千葉たちも教授会の行方を固唾をのんで見守っていた。
結果は山名の勝利に終わったが、勝利により逆に大学を追われる可能性、また身の危険を案じた千葉は、山名に転向することを勧めるが断られる。 政府は即座に山名の出版物を発禁処分とし、辞職させるようにしむける
学部長の村上は、逆説的ではあるが大学の自治を守るためにも自主退職してほしいと山名に頼むが、山名は自らの思想を裏切ることは人間存在に対する裏切りだと拒否する。
山名の休職発令を受けて、城崎、花里は一度は大学に辞表を提出したが、その後翻意して復職することを決める。弟子たちの裏切りに対し大きなショックを受ける山名。
昭和19年。激しい空襲警報の中、もはや浪人となった山名は狂気にとりつかれたように机に貼り付き研究している。情勢は山名の予想通り悪化の道をたどっていた。そこに、教授になった城崎があらわれ
花里が戦死したことを告げる。山名は薄れゆく意識の中で、最後まで城崎に自らの理想的自由主義的社会主義を反問しつづける…。
ディスカッション・ドラマといって良い。このお硬い芝居を休憩含め3時間10分の上演、ダレタリ退屈したりすることなく緊張感溢れる舞台を保ち続けたのは、やはり脚本の力だ。
本筋は軍部の言論弾圧だが、それに乗じて軍部のお先棒をかついで山名の排斥を謀る教授や大学幹部、山名が信頼していた門下生からも裏切られてゆく。そうした人物像がリアリティをもって描かれている。皮肉なことに、却って主役の山名の方が類型的に見えるほどだ。
山名と妻との家族愛や、娘と花里との恋愛を通して山名の家族関係もしっかりと描かれており、骨太の見ごたえのある作品として仕上がっていた。
主役の村田雄浩はキャラからしてミスキャストではと思っていたが、どうして立派な学者ぶりだった。
那須佐代子のセリフや立ち振舞いが、いかにも学者の妻ぜんとしていた。
敵役の古河耕史は口跡が良く、立て板に水の如く理路整然と持論をまくしたて、こっちの方が正しいんじゃないかと思わせるほどの説得力だった。適役。
他にニヒリズムを漂わせていた梶原航と、一途な右翼青年を演じた今井聡の演技が印象に残った。
耳を聾するばかりの轟音を響かせて街宣車で走り回る暴力団系右翼や、民族皆殺しを主張しデモを行う輩を政府は野放しにしているようだが、いつか手兵として利用できると踏んでるからだろう。
バカな連中などと、決して侮ってはいけない。
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