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2013/04/27

やはり【4月28日】は屈辱の日だ

安倍政権は2013年3月12日の閣議で、政府が主催する記念式典として毎年4月28日を「主権回復の日」とすることを決定した。1952年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効した日を記念日とするという主旨だ。
まだ子供だったせいかも知れないが、日本が独立を果たしたというこの日について全く記憶にない。少なくとも国民あげて独立を祝う行事が全国で展開されたという記録もない。
政府主催の行事としては5日後の5月3日に「平和条約発効ならびに憲法施行5周年記念式典」が皇居前で行われたという記録は残っている。
この中の昭和天皇のお言葉の一部を抜粋する。
「・・・ここに、内外の協力と誠意に対し、衷心感謝すると共に、戦争による無数の犠牲者に対しては、あらためて深甚なる哀悼と同情の意を表します。又特にこの際、既往の推移を深く省み、相共に戒慎し、過ちをふたたびせざることを堅く心に銘すべきであると信じます。(後略)」
慶祝ムードとは程遠く、ここにも独立を祝うという雰囲気は感じられない。

それではサンフランシスコ平和条約というのは、どういうものだったのだろうか。
先ず最後の第二十七条を見ると英文でこう書かれている。
"DONE at the city of San Francisco this eighth day of September 1951,in the English,French,and Spanish languages,all being equally authntic,ando in the Japanese language."
つまり正文であるのは英語、フランス語、スペイン語各版のみであり、日本語版は正文として扱われていない。この一事をもってしても、いかにこの条約が不平等なものかが分かる。

次に二条と三条を見てみよう。
第二条
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
(e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
(f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
第三条
日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

第二条 (c)で、いわゆる千島列島が放棄され、これが現在に至るまでロシアが領有する根拠となるものだ。
しかし不思議なことに、当時のソ連はこの条約に署名していない。日本はいったい誰に対して千島を放棄したのだろうか。
因みに、中国、台湾、韓国は講和会議に招待されず、インド、ミャンマーなどは出席を拒んだ。
千島列島は日本固有の領土だ。
歴代自民党政府が北方領土という言葉でこの事実をごまかしているのは、全てこの条約に起因する。

そして最も大きな問題となるのは第三条における沖縄を米国の信託統治下におくという条項だ。
太平洋戦争末期に行われた沖縄戦は、日本の領土内で民間人を巻き込んだ唯一の地上戦だった。
現地の第32軍司令部は本土決戦に向けた時間稼ぎの捨石作戦を意図し、米軍を内陸部に誘い込む持久戦を試みた。
戦闘は1945年3月26日-6月20日のおよそ3カ月に及び、死者・行方不明者は188,136人で、そのうち約半数の94,000人が民間人である。米軍によって強姦された女性の数はおよそ1万人と推定されている。
この条約により、そうした沖縄を見捨てたといわれても仕方がない。
まさか日本の希望でそうなったわけではなかろう。
連合国により押し付けられた結果だ。

次に安倍首相を始め靖国派が常に問題視している東京裁判について、第十一条では次のように定めている。
第十一条
日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。

東京裁判を否定しながら、サンフランシスコ平和条約を受容するというのは明らかな矛盾だ。

サンフランシスコ平和条約は、1951年9月8日に全権委員によって署名されたが、同日、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約も署名された。日米安保条約である。
安保条約と日米地位協定により、米国は日本国内の好きな場所に好きな時に好きなだけ米軍基地を置けることになった。
安倍首相らは口を開けば戦後レジームからの脱却を唱えるが、以上見てきた通り日本の戦後レジームとはサンフランシスコ平和条約と日米安保条約、日米地位協定の3本の矢だ。
日本国憲法が押し付けというなら、サンフランシスコ体制の押し付けこそ問題にせねばなるまい。
立場をこえて4月28日は「屈辱の日」といえよう。

わたしには安倍晋三という人物の心根が分からない。

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コメント

日本は、敗戦国であり、ポツダム宣言を受託しました。その意味は連合国のいいようにされるという意味です。その状態から脱する第一歩が、サンフランシスコ平和条約締結です。米国が沖縄に基地を置いたのは、共産主義国の脅威への対策のためです。

沖縄の本土復帰が実行できたのは、サンフランシスコ平和条約を締結できたからです。仮にこの条約を拒絶していれば、日本の主権回復はならず、米国の植民地状態が継続、強化されていたでしょう。

投稿: 丸英一 | 2013/04/27 15:54

丸英一様
ご指摘の点は政府の見解にも示されており、理解しております。
ただ私の意見は異なります。
沖縄の苦難の歴史と現状についてどの程度痛痒を感じるかにより、評価が分かれると思います。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/27 23:13

サンフランシスコ条約の意義を丸さんのようにとらえるとしても、歴史の苦い一節であることに変わりはなく、仰々しく祝う(言い方を変えたようですが)というようなものではないでしょう。
憲法を変えてどういう日本外交を展開しようとするのか?自分でもわかっていないように思います。

投稿: 佐平次 | 2013/04/28 10:41

佐平次様
普天間移設はメドが立たず、オスプレイの配備、加えてTPPと、ここの所政府は沖縄に対し踏んだり蹴ったりの所業です。
この時期に政府はなぜ敢えてデリケートな問題を持ち出すのか、その神経が分かりません。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/28 17:52

疑うべきです。

沖縄の人々も、本土の人々も、沖縄の人々は左翼や中国人活動家に洗脳・扇動されていることを想像べきです。
『沖縄県民よ目を覚ませ。沖縄の近代化は、米国統治で成し遂げられたのだから』

投稿: しげぞう | 2013/05/01 11:30

しげぞう様
記事をよく読んでからコメントしてくださいね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/05/01 12:24

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