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2013/04/29

立川流落語会・楽日(2013/4/28)

4月26-28日の3日間、国立演芸場で行われた「立川流落語会」、その楽日の28日に出向く。
今回は「立川流真打昇進披露」という趣向。3人のうち談修は談志最後の門下生真打。こしら、志ら乃は志らく門下なので初の孫弟子真打となる。
ふだん寄席に出ない立川流をまとめて聴ける会なので、毎年来ている。本当は3日間通しで聴きたいのだが、人気が高くチケットが取れない。

前座・立川がじら「かぼちゃ屋」
<  番組  >
泉水亭錦魚「大安売り」
立川談慶「洒落小町」
立川談幸「高砂や」
立川談春「三人旅・おしくら」
―仲入り―
立川流真打昇進披露口上「談修、こしら、志ら乃」
立川雲水「看板のピン」
立川左談次「町内の若い衆」
柳家小菊「粋曲」
立川志ら乃「五貫裁き」

前座の「がじら」、志らくの11番目の弟子だとか。志らくの弟子の数だけ突出しているのは、もしかして多数派工作か。喋りはしっかりしている。
錦魚「大安売り」、小咄みたいなネタでは実力は測れなかった。
談慶「洒落小町」、ワコールから落語家へ、ということは「ブラ」が「フラ」ということか。
いつもの談志入院時の筆談エピソードで沸かせた後そのまま突っ走る。何よりテンポが良かったし、お松さんの洒落も下らないが面白く、良い出来だった。
談幸「高砂や」、本寸法の高座でまことに結構、こういうネタで実力が分かる。

談春「おしくら」
落語の「三人旅」には色々なエピソードがあるが、その内の一つ。普段あまり高座に掛からないものだ。
上方では「浮かれの尼買い」というタイトルだそうで、そのものズバリ。
伊勢参りの三人の男が、中山道で馬子に勧められた宿に着く。宿の主がお婆ちゃんで、客そっちのけで世間話に興じる。ここが最初の見せ場。
一風呂浴びて酒が入ると、そこは男同士の旅先のお楽しみ、宿場女郎をリクエスト。これが「おしくら」。
この辺りの宿では飯盛り女が夜になれば女郎、処がこの日は女が二人だけ。それじゃ男が一人あぶれてしまうので、もう一人何とか頼むと、元は江戸で芸者をしていた年増がいると。
そいつは好都合と飛びついてみたら・・・。結果は御想像にお任せする。
ストーリーとしては他愛ないもので、専ら演者の話芸だけで聴かせるネタだ。
こういう会では、やはり談春は格の違いを見せつける。
先ず、人物の演じ分けが上手い。女たちが個性的でありながら揃って可愛らしく見える。短いながら談春の実力を披歴した一席。

真打昇進披露口上「談修、こしら、志ら乃」、談春の司会に左談次、二人の師匠・志らくという顔ぶれ。志らくによれば談修は本格派、志ら乃は師匠の芸風を受け継ぎ、こしらは林家だとか。
雲水「看板のピン」、このネタの上方バージョンは初めてだったが、東京とはだいぶ違う。東京では賽子は「チョボイチ」だが、上方は「ほんびき」。隠居が使う賽は必ず五の目が出るイカサマ。東京の隠居は若者に博打をするなと説教を垂れるが、上方の隠居はイカサマを道具に使いひと儲けするという設定。これはこれで面白い。
左談次「町内の若い衆」、短縮版だったが軽く沸かせた。
小菊「粋曲」、女性の色気ってぇのは年齢とは無関係だと、しみじみ知る。

志ら乃「五貫裁き」
結論からいうと、不出来の一言。稽古不足なのか、前日の披露パーティの疲れなのか、その他の理由なのかは分からないけど。
先ず、リズムが悪い。途中に入る「エー」が多すぎるのと、セリフと説明の間の継ぎ目が良くない。だから聴いてる方が乗っていけないのだ。
一番悪いのは、人物の演じ分けが出来ていなかったこと。セリフを聴いても、いま誰が喋っているのかが分からない。
このての噺は人物の演じ分けが基本だ。

全体としては良かったが、終わりが締まらなかったのは残念。

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2013/04/27

やはり【4月28日】は屈辱の日だ

安倍政権は2013年3月12日の閣議で、政府が主催する記念式典として毎年4月28日を「主権回復の日」とすることを決定した。1952年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効した日を記念日とするという主旨だ。
まだ子供だったせいかも知れないが、日本が独立を果たしたというこの日について全く記憶にない。少なくとも国民あげて独立を祝う行事が全国で展開されたという記録もない。
政府主催の行事としては5日後の5月3日に「平和条約発効ならびに憲法施行5周年記念式典」が皇居前で行われたという記録は残っている。
この中の昭和天皇のお言葉の一部を抜粋する。
「・・・ここに、内外の協力と誠意に対し、衷心感謝すると共に、戦争による無数の犠牲者に対しては、あらためて深甚なる哀悼と同情の意を表します。又特にこの際、既往の推移を深く省み、相共に戒慎し、過ちをふたたびせざることを堅く心に銘すべきであると信じます。(後略)」
慶祝ムードとは程遠く、ここにも独立を祝うという雰囲気は感じられない。

それではサンフランシスコ平和条約というのは、どういうものだったのだろうか。
先ず最後の第二十七条を見ると英文でこう書かれている。
"DONE at the city of San Francisco this eighth day of September 1951,in the English,French,and Spanish languages,all being equally authntic,ando in the Japanese language."
つまり正文であるのは英語、フランス語、スペイン語各版のみであり、日本語版は正文として扱われていない。この一事をもってしても、いかにこの条約が不平等なものかが分かる。

次に二条と三条を見てみよう。
第二条
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
(e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
(f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
第三条
日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

第二条 (c)で、いわゆる千島列島が放棄され、これが現在に至るまでロシアが領有する根拠となるものだ。
しかし不思議なことに、当時のソ連はこの条約に署名していない。日本はいったい誰に対して千島を放棄したのだろうか。
因みに、中国、台湾、韓国は講和会議に招待されず、インド、ミャンマーなどは出席を拒んだ。
千島列島は日本固有の領土だ。
歴代自民党政府が北方領土という言葉でこの事実をごまかしているのは、全てこの条約に起因する。

そして最も大きな問題となるのは第三条における沖縄を米国の信託統治下におくという条項だ。
太平洋戦争末期に行われた沖縄戦は、日本の領土内で民間人を巻き込んだ唯一の地上戦だった。
現地の第32軍司令部は本土決戦に向けた時間稼ぎの捨石作戦を意図し、米軍を内陸部に誘い込む持久戦を試みた。
戦闘は1945年3月26日-6月20日のおよそ3カ月に及び、死者・行方不明者は188,136人で、そのうち約半数の94,000人が民間人である。米軍によって強姦された女性の数はおよそ1万人と推定されている。
この条約により、そうした沖縄を見捨てたといわれても仕方がない。
まさか日本の希望でそうなったわけではなかろう。
連合国により押し付けられた結果だ。

次に安倍首相を始め靖国派が常に問題視している東京裁判について、第十一条では次のように定めている。
第十一条
日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。

東京裁判を否定しながら、サンフランシスコ平和条約を受容するというのは明らかな矛盾だ。

サンフランシスコ平和条約は、1951年9月8日に全権委員によって署名されたが、同日、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約も署名された。日米安保条約である。
安保条約と日米地位協定により、米国は日本国内の好きな場所に好きな時に好きなだけ米軍基地を置けることになった。
安倍首相らは口を開けば戦後レジームからの脱却を唱えるが、以上見てきた通り日本の戦後レジームとはサンフランシスコ平和条約と日米安保条約、日米地位協定の3本の矢だ。
日本国憲法が押し付けというなら、サンフランシスコ体制の押し付けこそ問題にせねばなるまい。
立場をこえて4月28日は「屈辱の日」といえよう。

わたしには安倍晋三という人物の心根が分からない。

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2013/04/20

お知らせ

ブログを一週間ほど休みます。
この間、コメントの公開やレスが遅れる場合がありますが、ご了承ください。
再開は4月27日の予定です。

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#25三田落語会・昼(2013/4/20)

寒の戻った4月20日、仏教伝道センターで行われた第25回「三田落語会・昼の部」へ。小雨模様で肌寒い。
暖かい甘茶のサービスがあり、さすがは仏教施設、主催者の心遣いに感謝。
プログラムに出演者の紹介が添付されていたが、なぜか夜の部のさん喬と三之助のことだけが書かれていて、喜多八がひがんでいた。
でも昼の部は前売り完売だが、夜の部は少し残ったようですと、扇辰が得意そうに言っていた。

<  番組  >
前座・柳家さん坊「金明竹」
柳家喜多八「鈴ヶ森」
入船亭扇辰「匙かげん」*
~仲入り~
入船亭扇辰「野ざらし」
柳家喜多八「百川」*
(*印はネタ出し)

さん坊「金明竹」、実家が北海道の酪農家だそうで、牛の生態について長々とマクラをやるなと思っていたら、喜多八から長めに演るようにと命令されたらしい。

喜多八「鈴ヶ森」
喜多八は今回で11回目の出演となり、この会のレギュラー格。
当初は「寝床」を予定していたが、前日のラジオ深夜便で桂雀三郎「寝床」を聴いて、とても敵わないと思ってやめたと言っていた。
元は上方落語の「崇禅寺馬場」で、東京に移してこのタイトルになっている。
場所はどこでも良かったのだろうが、「鈴ヶ森」にしたのは歌舞伎の名場面、
幡随院長兵衛「お若(わけ)えの、お待ちなせえやし」
白井権八「待てとお止めなされしは、拙者(せっしゃ)がことでござるよな」
から採ったものか。
現役でも色々な人が高座にかけているが、やはり喜多八が一番だ。この人の良さは眼の演技で、手下の泥棒の間抜けぶりを眼の動きで表現している。

扇辰「匙かげん」
こちらも十八番、当ブログでも何度か採りあげているので内容は省く。
人物の造形がしっかりしているので、聴き飽きない。このネタに関しては扇辰の独壇場といえる。

扇辰「野ざらし」
最後のオチまで演じたが、オリジナルを少し変えていた。この方が分かり易いけど、少しムリがある。
後半に出てくる幇間の新潮の弾けっぷりが見事で、場内を沸かせていた。
欲をいえば、八五郎の「さいさい節」はもう少し粋に唄ってほしい。

喜多八「百川」
マクラで、その昔早稲田大学の近くにストリップ小屋があり、最後に出る踊り子が「都の西北」の曲に合わせて衣装を脱いでいったという。おシャレじゃありませんか。
この人の「百川」は初見だったが、素朴な百兵衛と早とちりの初五郎との人物対比が良く出来ていて、得意の眼の演技も活きて楽しく聴かせてくれた。

4席とも充実していたが、喜多八の「寝床」は聴いてみたかった。

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2013/04/17

国立演芸場4月中席(2013/4/16)

4月16日、国立演芸場中席へ。
芸協の芝居で、人気者が顔をそろえていて平日の昼間だが一杯の入り。平均年齢はかなり高めで、あたしなんぞまだ若手。ナンパされないように気を付けなくっちゃ。

前座・瀧川鯉毛「饅頭こわい」
<  番組  >
雷門花助「転失気」
コント青年団「コント」
桂枝太郎「茶の湯」
ボンボンブラザース「曲芸」
瀧川鯉昇「持参金」
―仲入り―
桂文治「源平盛衰記」
桧山うめ吉「俗曲」
桂歌丸「鰍沢」

・花助「転失気」
5月1日より真打に昇進、三代目雷門小助六を襲名する。
このネタでは実力は測れなかったが、由緒ある雷門を名乗る数少ない噺家なので、明るい芸風を活かしてガンバッテ欲しい。
・コント青年団
初見だが、面白かった。大学病院に葬儀屋が売り込みにいくという設定のコント。医師が葬儀屋に「営業活動するなら(客席を指さし)こういう所へ行きなさい」で爆笑。
「いっぺんに沢山亡くなるよりは、一日置きが理想です。そうすりゃ、通夜葬儀、通夜葬儀で毎日稼げる」、納得。
・枝太郎「茶の湯」
フワッとした喋りで独特の笑いを醸し出す人。正味15分ぐらいでこのネタを演じたが、ツボは外さず楽しませてくれた。
先代(落語家には珍しくどこか知的な雰囲気があった)は新作専門だったが、当代は古典と新作の両刀でいくようだ。
・ボンボンブラザース
とにかく楽しい。これ以外の表現のしようがない曲芸師。一言もしゃべらないが、これが寄席芸人としては本寸法。動きだけで笑わせるのだ。
愛嬌のある髭の鏡味繁二郎、あまり表情を変えない鏡味勇二郎 、二人ともあたしとは同年代だ。アラ古希であれだけ軽快に動くには、そうとうな訓練をしているんだろう。
・鯉昇「持参金」
定番のマクラと得意のネタで会場を沸かせる。
還暦だがまだ若手の部類と語っていたが、確かに米寿で高座に上がる米丸は現役最高齢の記録更新中だ。
話は変るが、この人弟子が多いですね。もう二桁に届いているんじゃなかろうか。
噺家によっては沢山の弟子を取る人と、少ない人、あるいは全く弟子を取らない人とさまざまだが、あれは性格なのか、それとも生き方なのか。
もっとも売れっ子の中には、弟子にしておけばマネージャーも車の運転手もタダで使えるという利点を考慮しているそうだが。

・文治「源平盛衰記・木曽義仲」
この日一番受けていた。ネタの中身より放りこんだギャグの面白さで聴かせる噺。
師匠の文治、柳昇、池袋演芸場のシンドーさんらのエピソードを虚実ない交ぜに語る。何度きいても笑ってしまうのは完成度が高いせいだ。
談志の「なんたって木曽の軍勢の強いのなんの、普段からの訓練がちがう。キソ訓練っていうくらいだから」を思い出す。
・桧山うめ吉
オジサンから「待ってました」の声も。唄も踊りも喋りも未だ未だだが、そこがまた初々しく感じられて、オジサンたちの胸をキュンとさせるのかも。
日本髪で高座に上がる希有な芸人として、これからも音曲の灯を守っていって欲しい。
・歌丸「鰍沢」
16-20日までは「鰍沢」を掛けるので、この日が初日。風邪で喉をやられてしまってと断りを入れての高座。
マクラからサゲまで、ほぼ圓生の演出を踏襲している。違いは、元は吉原の花魁・お熊と旅人との会話の呼吸だ。
圓生の高座では、以下のそれぞれの段階で微妙に二人の会話の呼吸と「間」を変えている。
1.旅人が一夜の宿を求め、お熊と顔を合わせる場面では、他人行儀の会話。
2.お熊が吉原の出身で、旅人が客で上がったことが分かると、会話がグッとくだける。旅人は当時を思い出し、お熊の容姿をほめるとき少し好色な顔を出す。お熊は気を許し身の上話を始める。
3.旅人が胴巻きをほどき小判を2,3枚お礼としてお熊に差し出すが、この時お熊はチラリと胴巻きに視線をおくり表情を変える。
4.お熊は旅人を殺害して胴巻きの大金を奪う決意を固め、親切ごかしに玉子酒を勧める。旅人は信用しきっているから企みに全く気付かない。
歌丸の高座では、ここまでの細かな演出は見られなかった。
無理もない、圓生以後このネタで感心した高座に出会ったことがない難物なのだ。
ここは体調が悪い中、最後まで緊張感を保ちながら演じ切ったことを評価したい。

とにかく笑い、楽しめた。
これぞ寄席の醍醐味。

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2013/04/14

#18大手町落語会(2013/4/13)

4月13日、日経ホールで行われた第18回「大手町落語会」へ。
主催がサンケイリビング新聞社で、協力が日経ホールというこの会も、4年目を迎えた。

<  番組  >
前座・柳家おじさん「牛ほめ」
三遊亭兼好「野ざらし」
林家正蔵「四段目」
笑福亭鶴瓶「お直し」
~仲入り~
柳家権太楼「子別れ(下)」

なにせ土曜の昼下がりに加え椅子の座り心地が良過ぎて、前座は夢の中。
兼好がマクラで言っていたが、木の芽時というのは露出狂が出没しやすいらしい。孫娘の通う小学校では不審者情報というのを保護者にメールで連絡してくれるのだが、道路で「開チン」の目撃情報が毎日のように来るそうだ。それほど愛好家が多いということだ。でも、どこが楽しいのか理解できないですね、あれだけは。
そんなマクラから兼好「野ざらし」へ。
このネタ、近年では三代目春風亭柳好と八代目春風亭柳枝にとどめをさす。両者とも内容はほぼ同じだが、隣室の隠居が元は侍で名は尾形清十郎というのは柳枝の方だ。現役の噺家の多くは柳枝の型で演じていて、兼好も同様。
ただ後半はガラリと変えて、オチを分かり易いように工夫していた。
やや稽古不足だったのか細かな言い間違いが多く、リズムに乗り切れなかったようだ。人物の演じ分けも不十分で平板になってしまった。

新歌舞伎座のこけら落としに招待されたことをマクラに振って、意外なことに初出演の正蔵「四段目」へ。
招待とはウラヤマシイが、きっと祝儀が大変だろうな。相場がよく分からないが、入場料の10倍位包むんだろうか。着物も上等なものを着なくてはいけないしね。松竹も改修費用を回収しないといけないんだろうが、入場料2万円で3部制はないよな。
さて正蔵のこのネタ、あたしはお初だったが頻繁に高座にかけているようだ。
判官切腹の場面を丁寧に描いていて悪くはなかったが、全体が暗くなる。正蔵の芸風がどちらかといえば「陰」だからだろう。本来はもっと明るく派手なネタだと思うのだが。

今年に入って今日で30回目の高座、ねえ落語、頑張ってるでしょうと鶴瓶「お直し」。
人気タレントの鶴瓶だが、10年ほど前から本業に力を入れ始めたようだ。ちょうどその頃、自前の新作「青木先生」の高座を観たが、まだトークの域を出なかった。だから今回「お直し」ときいて少々驚いた。
このネタは元々が東京なので、舞台を吉原から大阪最大の遊郭だった新町に置き換えている。
ストーリーは、売れなくなった遊女と見世の若い衆が深い仲になる。もちろん御法度だが、主人が所帯を持つことを許し、男はそのまま牛太郎、花魁の方はオバサンとなって共稼ぎ。
二人で稼いで家財や蓄えができたら、今度は亭主が飲む打つ買うの道楽で元の木阿弥。スッカラカンで職も失い借金だけ残る。
亭主はこうなったらケコロ(最下層の遊女)をやるしかないと、嫌がる女房を説得し営業を始める。
この商売は線香一本で200文の世界。いかに客を引き付けておいて、「お直し」「お直し」を重ねさせて金をむしり取るかがコツ。
だから女房の方は客に取り入り、色仕掛けで夫婦約束までしながら客をつなぐ。
傍で聞いている亭主は気が気じゃない。ついつい本気にしてヤキモチを焼き、挙げ句の果てに痴話喧嘩。それでも惚れた同士、最後は仲直りするしかない。
遊び好きなくせに生活力に乏しい男、半分愛想がつきながら最後はそんな男に惹かれていく女、今でも続く永遠のテーマだ。
この噺の聴かせどころは、
1.夫婦が同じ店で働く時の、若い衆の客引きとヤリ手の呼吸
2.主人が二人が所帯を持つのを許す場面
3.亭主が女房にケコロをしてくれと説得する場面
4.ケコロになった女が酔っ払い客を口説く場面
5.嫉妬に狂う亭主と女房との痴話喧嘩と仲直り、サゲ
そのいずれのシーンいおいても鶴瓶の話芸が光った。
1ではオバサンが客を裸にして足袋まで脱がせて金を取る場面を加え、2では見世の主人のハラを見せ、3ではケコロを受け容れる女房の覚悟を見せ、4では口先だけで客を籠絡させる女の口説き術を披露し、5では切ないまでの男女の情愛を表現していた。
このネタは志ん生・志ん朝親子が極め付けだが、鶴瓶の高座はそれに迫る。

仲入り後は権太楼の1席だけということで長講を期待したが、「子別れ」の上では最初の弔いの場面だけで、粗筋を追った後は下の「子は鎹」のみ。
先ずネタの並べ方に疑問を感じる。仲入りを挟んで「お直し」と「子は鎹」はなかろう。
権太楼の演出で、登場人物が皆泣きすぎる、あれだけ泣かれると、聴いてる客が白けてしまう。
鰻屋の二階で親子3人が再会する場面に、店の番頭が同席するという設定も感心しない。やはりここは水いらずで行きたかった。
追い出しで、緞帳が下がり切る前に頭を上げてしまったのは失態だ。
それやこれやで不満の残る高座だった。
どうもここ最近、権太楼の高座には当たらない。
5月の鈴本のトリに期待しよう。

この日は鶴瓶が全て。

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2013/04/12

安倍政権に籠絡されるメディア

1月7日  讀賣新聞 渡辺恒雄会長 「和田倉」
1月8日  産経新聞 清原会長   「雲海」
              熊坂社長
2月7日  朝日新聞 木村社長   「北京」
2月14日  産経新聞 清原会長  「陽明殿」 
2月15日  共同通信 石川社長  「壺中庵」
3月8日  日経新聞 喜多社長  「レ セゾン」
3月15日 フジテレビ 日枝会長 「クレッセント」
3月22日 テレビ朝日 早河社長  「総理官邸」
3月28日 毎日新聞 朝比奈社長  「錦水」
4月4日  朝日新聞 曽我政治部長 「聘珍樓」
       時事通信 田崎解説委員
       讀賣新聞 小田論説委員長
4月5日  日本テレビ 大久保社長  「楠」

以上は今年に入ってから安倍晋三首相が会食した大手マスメディアの幹部たちだ。順に日付 社名 名前 会食場となっている。
店は名前もきいたことがないし行ったこともないが、いずれも高級店なんだろう。推測だが割り勘ではあるまい。
テーブルの下には茶封筒も・・・、なんてこともついつい勘ぐってしまう。
報道関係各社に対し、会長・社長から部長や論説委員に至るまで日々一杯飲まされて(or喰わされて)いるわけだ。

いや、幹部だけではなかろう。
元官房長官だった人の著書を読むと、官房機密費の一部を記者たちの小遣いとして渡していたそうだ。政治評論家たちに金を配った時も、辞退した人はほんの一握りだったとか。
悲しいかな、人間は金に弱い。

かくして報道各社は競うように安倍政権に対する提灯持ち記事を書くことになる。

メディア経営者は政権トップとの接触は控えるのが、先進国では一般的だ。
日本のマスコミにはそうした規範さえないのが現実だ。
彼らは「李下に冠を正さず」という諺を知らないのだろうか。

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2013/04/10

「木の上の軍隊」(2013/4/8)

4月8日、シアターコクーンで上演中の「木の上の軍隊」を観劇。
この作品は、井上ひさしが存命中に何回か上演に向けて準備がなされたが実現に至らず、幻の作品となっていた。
今回、井上ひさしが残した膨大な資料をもとに、蓬莱竜太が脚本を書きあげたものだ。
井上が生前語っていた、「私はいつも沖縄がどこかにこびりついている」「同じ日本人なのにひどい目に遭った人たちのことをずっと書くのが仕事だと思っていた」という思いが、ようやくこういう形で実現できた。

原案:井上ひさし
作 :蓬莱竜太
演出:栗山民也

<  キャスト  >
藤原竜也 :新兵
山西惇  :上官
片平なぎさ:語る女
************************
徳高真奈美:ヴィオラ演奏

この物語は沖縄で戦中から戦後にかけて二人の人がガジュマルの木の上に、2年あまり隠れ住んでいたという実話をもとに着想された。
ストーリーは。
ある島で激しい戦闘が行われ、敵、味方も区別つかぬような死体が累々と横たわる惨状。その中で二人の兵士が巨大な木の上に逃れ、そこに隠れ住むことになる。
一人はこの島の若者で志願兵、もう一人は本土の人間で各地を転戦してこの島にやってきた上官。
木から双眼鏡で見える位置に敵の基地があり、援軍が来れば攻撃に参加すべく準備を整えている。
しかしいつまで経っても援軍が来ず、目の前の基地は大きくなるばかり。食糧に困った二人は、夜陰に紛れて敵基地の残飯で飢えをしのぐ。
現地出身の兵士は島の敵軍がどんどん勢力を伸ばしていくことに危機感を持ち、早く反撃に出たいと焦るが、本土から来た上官は島より大事なのは国を守ることだと説く。
そうした立場の相違が二人の間に溝が生じ、いつしか木の上での二人だけの「戦争」が始まる。

舞台をみながら、井上ひさしだったらどんな芝居を書いたんだろうと、ずっとそれが頭の隅に引っ掛かっていた。
木の上の二人を通して、沖縄戦から終戦、そして戦後の占領を描くというのは容易なことじゃない。井上が何回もトライしたが実現できなかったのは分かる気がする。
蓬莱竜太の脚本は分かり易いし随所に笑いも散りばめ楽しい作品に仕上げている。しかし問題の本質にどこまで踏み込めたというと、それには疑問が残る。
例えば日本軍の上官と部下の関係はもっとシビア-なものだった筈で、芝居とはいえ「ユルサ」を感じてしまう。島の中で敵軍がどんどん勢力を拡大していくことに対する若い兵士の怒りも、いまひとつ胸に迫ってこない。
演劇としては決して出来は悪くないのだが、どうしても作品の背後に井上の影を思い描いてしまうため、点数が辛くなるのだ。

藤原竜也と山西惇の二人は揃って芸達者で楽しめたが、山西にはもう少し冷酷さが欲しかった。
二人を冷静に見続ける木の精を演じた片平なぎさは声が美しい。凛とした佇まいも良かった。
劇中流れる徳高真奈美のヴィオラ演奏が舞台効果を高めていた。

公演は6月2日まで全国各地で。
ただ、沖縄公演がないのは残念。

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2013/04/09

「日本調歌手」っていなくなりましたね

「日本調歌謡」「日本調歌手」って正式なジャンルじゃないかもしれませんが、一応定義として「日本髪に和服姿で民謡や俗曲風なメロディの曲を歌う歌手」で、「多くは芸者出身」ということにしておきましょう。
日本髪っていっても色々種類がありますが、芸者姿なら島田や銀杏返しといった髪型でしょう。
俗曲に、
♪丸髷に結える身をばもちながら 粋な島田やホントニソウダワネチョイト銀杏返し 取る手も恥ずかし左褄 デモネェ♪
とありますから。
「左褄(ひだりづま)」とは着物の褄を左で取ることで、「芸者」を意味します。子どもの頃、母親から教わりました。 
「うぐいす芸者歌手」という言い方もあるようです。
芸者の「鈴を鳴らしたような」歌唱法からこう呼ばれたのでしょう。「鶯鳴かせたこともある」なんてセリフもありますからね、言われたことはないけど。
いずれにしろ、現役歌手としてはゼロではないかと思われますし、昭和の時代までは懐メロ番組で聴けたのですが、それも今はなくなりました。

歌手としては、先ず藤本二三吉、「浪花小唄」「祗園小唄」のヒットと、他に新民謡の代表的歌手でもありました。
小唄勝太郎、歌い終わった時にニッコリ微笑むのがなんとも言えぬ愛嬌がありましたね。「島の娘」で一躍スターになりこの種の歌が「ハァ小唄」と呼ばれるようになった程です。そして何といっても全国を席巻した「東京音頭」、日本中が踊り狂ったという伝説が残されています。他に「明日はお立ちか」「さくら音頭」。後者はお花見の代表的な唄ですが、近ごろは流行らないようです。
次いで勝太郎とともに「市勝時代」を築いた、市丸。新民謡の「ちゃっきり節」「天竜下れば」のヒットがあり、戦後のブギウギブームにのった「三味線ブギウギ」でも知られています。
市丸姐さんは歌もさることながら、下の写真のように艶姿が印象に残ります。踊りも綺麗で、「ちょいとブギウギ」という歌い尻で会場に流し目をするのですが、これが実に色っぽい。私の知る限りでは84歳までTVに出ていましたが色香は失っていなかった。
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以上の3名はいずれも日本橋葭町(よしちょう)の芸者でした。旧吉原(葭原)だけに芸者の本場です。
美ち奴は浅草の芸者、「あゝそれなのに」「うちの女房にゃ髭がある」のヒットで知られ、甲高い声が特長でした。
赤坂小梅は太い声で、いかにも芸者らしい気風の良さが舞台にも出ていました。「ほんとにそうなら」の他に、九州の出身らしい「黒田節」「おてもやん」のヒットで知られています。
その他印象に残る歌手として、「蛇の目のかげで」「炭坑節」の日本橋きみ栄、「十三夜」「お俊恋唄」の榎本美佐江、「ゲイシャ・ワルツ」の神楽坂はん子、「十九の春」の神楽坂浮子といった人たちの名前が浮かびます。
ここまでが芸者出身の歌手。

芸者以外の日本調歌手では、音丸。「船頭可愛や」「博多夜船」のヒット曲があります。
久保幸江は「トンコ節」「ヤットン節」で知られています。「トンコ節」は歌詞の一部が卑猥ということで、確かNHKでは放送禁止だったと記憶しています。「あなたに貰った帯留めの だるまの模様がちょいと気にかかる さんざ遊んで転がして・・・」の部分がいけなかったとか。
この後にも「お座敷ソング」というジャンルで活躍した歌手もいますが、いわゆる「日本調」とは異なると思います。

「日本調歌手」の衰退の原因ですが、一つには花柳界の衰退と歩をいつにしているように思えます。吉原が無くなったのも影響あるかも知れません。
寄席で音曲師が少なくなってきているのも同じ理由でしょう。
私見ですが、宴会で唄う機会が無くなったというのも要因の一つではないでしょうか。
かつての宴会というのは皆が車座になって、無伴奏で手拍子で唄ったものです。お花見でもそうでした。いきおい日本調歌謡のような単純で、合唱が出来るような唄が好まれていた。
それがカラオケの普及により、合唱が独唱にとって代わられ、いよいよ日本調歌謡の出番が無くなったというのが私の推測です。
しかし伝統文化の一つと見れば、このまま無くなっていくのは残念な気もするのですが。

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2013/04/07

福島原発周辺で「動植物異常」

反響の大きかった記事だったので読まれた方が多いと思われるが、未だ読まれてない方のために紹介したいのは「東洋経済オンライン」の
『福島原発周辺で「動植物異常」相次ぐ』
という記事だ。
この内容は、3月30日に東京大学内で開催された「原発災害と生物・人・地域社会」(主催:飯舘村放射能エコロジー研究会)で、東大や琉球大学などの研究者が、ほ乳類や鳥類、昆虫、植物から見つかった異常について報告したものの要旨となっている。
原発事故による生物への影響についての研究報告は国内でもきわめて少ない。
今回の発表では、福島第一原原子力発電所からの放射性物質で汚染された地域で、動物や植物に異常が多く見られることが研究者による調査で明らかにされている。

1.稲の遺伝子への影響
つくば市内の研究所で育てた稲の苗を、福島第一原発から約40キロメートルに位置する飯舘村内の試験農場に持ち込んだうえで、放射線の外部被曝にさらされる屋外に置いた。
その結果、飯舘村の試験農場に到着してから初期(6時間後)に採取したサンプルではDNA損傷修復関連の遺伝子に、後期(72時間後)ではストレス・防護反応関連の遺伝子に変化が認められたことが報告された。
この研究を行った筑波大大学院生命環境科学研究科のランディープ・ラクワール教授は「稲に対する低線量被曝の影響調査は世界でも例がない。今後、種子の段階から影響を見ていくとともに、人間にも共通するメカニズムがあるかどうかを見極めていきたい」と語っている。

2.蝶への影響
チョウについて研究内容を発表したのが、琉球大学理学部の大瀧丈二准教授。
大瀧准教授らの調査は、日本国内にごく普通に見られる小型のチョウであるヤマトシジミを福島第一原発の周辺地域を含む東日本各地および放射能の影響がほとんどない沖縄県で採集し、外部被曝や内部被曝の実験を通じて生存率や形態異常の有無を調べたものだ。
ほかの地域と比べて福島県内のヤマトシジミでは、羽のサイズが小さい個体が明らかに多いことがわかったのだ。
また、地面の放射線量と羽のサイズを比較したところ逆相関が見られ、線量が上がっていくにつれて羽のサイズが小さくなる傾向が認められている。
捕獲した個体の子どもについて、福島第一原発に近い地域ほど羽化までの日数が長くなる傾向が見られ、成長遅延が起きていること。
さらに、「親に異常があった場合、子どもでも異常率が高くなる結果も出た」と大瀧准教授は語っている。
写真は、福島市内で採取したエサを食べたチョウで、羽が伸びきっていない羽化不全個体。
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沖縄のエサを食べた個体と比べ、福島県内の個体は死に方でも明らかな異常が多く見られたという。
また、さなぎの殻から抜けきれずに死んだり、成虫になっても羽が伸びきれない事例などショッキングな写真が紹介された。
下の写真は、飯舘村内で採取したエサを食べた個体で、さなぎの殻から完全には抜け出すことができず死んだもの。
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3.野鳥への影響
東京大学大学院農学生命科学研究科の石田健准教授によれば、浪江町赤宇木地区(福島第一原発から約25キロメートル)野生のウグイス4羽を捕獲したところ、うち1羽から今までに私自身、ウグイスでは見たこともないおできが見つかったという。
また、捕獲したウグイスの羽毛を持ち帰って放射線量を測定したところ、セシウム134と137を合わせて最高で約53万ベクレル/kgもの汚染が判明した。

4.ニホンザルへの影響
日本獣医生命科学大学・羽山伸一教授は、ニホンザルが北海道と沖縄県を除く全国に生息している点に着目し、世界で初めて原発の被害を受けた野生の霊長類として、ニホンザルは被曝による健康影響の研究対象とした。
福島市内で捕獲された396頭のサルと、青森県で12年に捕獲された29頭を比較したところ、土壌汚染レベルが高いところほど、体内のセシウム蓄積レベルも高い傾向があることがわかった。
また、木の皮や芽を食べることが多く、土壌の舞い上がりが多い冬期に、体内の濃度が上昇していることも判明したという。なお、青森県のサルからはセシウムは検出されなかった。
注目すべきデータとして紹介されたのは、避難指示区域にならなかった福島市内のサルについて、ニホンザルの正常範囲より白血球数、赤血球数とも減少しており、白血球は大幅に減少していたこと。
羽山教授は、2011年3月の原発事故以降に生まれた子どものサル(0~1歳)で、汚染レベルと相関するように白血球の数が減っていることを指摘した。造血機能への影響が出ているのではないかと。

これら動植物への研究がそのまま人間への影響に結びつくかどうかは不明だが、こうした地道な研究が行われていることに敬意を表したい。
今回の研究報告について、フランスの大手新聞「ル・モンド」などはかなり大きく扱ったそうだが、肝心の日本のマスメディアではどうだったのだろう。
「アベノミクス」で浮かれていて、それどこじゃないんだろうか。

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2013/04/06

海女(アマ)くない「あまちゃん」の現実

4月からNHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」がスタートした。このドラマは海女の北限地である岩手県久慈市が舞台となっている。
海女の歴史は古く、一説には5千年前からとされている。万葉集にも歌われているくらいだから、古代からあったのは確かだ。
海女という漁業形態が存続するためには、
・磯の海産物が豊富なこと
・気候・風土が素潜りに適していること
・漁獲物が高価なもの(アワビが代表的)であること
といった条件があげられる。
実は、この条件に適しているのは世界でも日本と韓国だけだ。
現在、日本には約2100人の海女がいる。地域は多い順に三重、石川、千葉、静岡となる。
韓国はおよそ6000人で、半島沿岸部と済州島で漁を行っている。

しかし我が国の海女の将来はというと、決して見通しはアマくない。
先ずは人数の激減だ。ピークに比べ約8分の1という激減ぶりだ。
後継者、つまり若い人のなり手がいない。一番若手が60代なので、あと10年もすると海女がいなくなる地区もあるという。TVドラマとは異なり、海女という職種は絶滅の危機にさらされているのが現実だ。
そのためか、例えば三重県南部の磯では、多くが韓国海女になっている。なかには不法就労の者もいるが、地元では黙認されているケースもあるようだ。日本人の担い手がいないとなれば、背に腹は代えられない。

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海女といえば白い磯着と相場がきまっているが、これは長い歴史からみればごく最近のこと。
それまでは上の図のような腰巻やフンドシが定番だった。これは素潜りの時に邪魔にならず、陸に上がってからも乾きが早いからだ。
そういえば昔、新東宝の映画で前田通子や三原葉子がこんな恰好をしていたっけ。相変わらずいう事は古いねぇ。
大正10年ごろ、時の当局が「風俗上よろしからず」ということで、上も下も布で覆い隠すように指導した結果、今のようになった。何が「よろしからず」だったのかといえば、上半身がむき出しの裸が「風俗上よろしからず」と。
どうも、こういう事になると妙に力が入りますな。
現在、地域によってはウエット・スーツを着用している例もあるようだ(反対に禁止の地区もある)。

海女の操業にとって大事なのは、汚染などの環境悪化から磯を守ることと、磯資源の保護だ。
伝統的な海女文化を守るためには、後継者の育成を含めて課題が山積している。

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2013/04/05

「体罰アンケート」で教師に脅される

孫の一人が都内の公立中学に通っている。現在中3だが、1年生からバスケットボール部に入部し現在も続けている。
昨年秋ごろから部活動の顧問の教師による体罰が始まり、最初のころは軽くビンタ程度だったが次第にエスカレートして時には拳で殴るようになり、子どもが顔にアザを作ったり頬が腫れたり唇を切ってくることもあった。
この教師は以前にも体罰で処分を受けたことがあったようだ。
見るに見かねた生徒の母親たちが学校を訪れ、顧問の教師に体罰をやめるようお願いした。当初は体罰はしていない指導しただけだと強弁していたが、最終的には謝罪し、以後は一応収まってはいる。

今年1月、東京都教育委員会は、都立学校長および区市町村教育委員会教育長に対し、部活動指導における暴力による体罰の実態把握のために実態調査を実施することにした。
実態調査での教師に対しての質問で、「部活動の指導で、生徒に暴力による体罰を行ったことがあるか」「生徒からは暴力による体罰ではないかと受け止められかねない行為をしたことがあるか」など6項目。
生徒に対しての質問では「部活動中に、顧問教諭から、暴力による体罰を受けたことがあるか」「部活動中に、上級生から、暴力による体罰を受けたことがあるか」「部活動中に、顧問教諭から、暴力ではないが、肉体的や精神的苦痛を感じる体罰を受けたことがあるか(長時間にわたる正座など)」など同じく6項目に渡る。
孫はアンケートに正確に答えるかどうか迷い母親に相談したところ、母親(わたしの娘)は事実をありのまま回答するようにと勧めた。どうやら孫はその助言に従ったようだ。

処がその後、バスケットボール部の顧問の教師から孫が呼び出され、アンケートの内容について強く叱責を受けたそうだ。
その内容は、「体罰があると答えたのはお前だけだ」「親は承知してるのか」「なぜあんな事を書いたのか」「こうなったらお前が部をやめるか、俺がやめるか、どちらしかない」「お前はレギュラーを続けたくないのか」など。
孫は、来年に高校受験を控えている。
顧問の後段の脅しは、部活動を熱心に続けたかどうかは内申書に響くので、明らかにそこの弱みを衝いてきたものだ。
教育者にあるまじき卑劣な手口だ。
ただ「受験」の二文字がどうしても頭に浮かぶので、孫も母親も悩んでいる。

「体罰アンケート」に対する学校側の嫌がらせは、孫の中学だけではあるまい。恐らく多くの学校で行われているんだろう。
教育委員会といえば、見て見ぬ振り。
そうした調査結果というのは、果たしてどれだけ信用がおけるのだろうか。
全国で行われている「体罰」や「いじめ」の実態調査に関しても、その結果については疑ってかかった方が良さそうだ。

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2013/04/04

ミステリーなしには生きられない!「黒い犬」「死と踊る乙女」

「黒い犬」の訳者(宮脇裕子)は「あとがき」で次のように述べている。
吉田茂元首相が、あるインタビューで愛読書は何かときかれた時、野村胡堂「銭形平次」をあげたところ、多くの識者から失笑を買ったそうだ。
これに対して文芸評論家の中村真一郎は「英国好きの紳士である吉田老は、ただ英国流の文学の読み方の常識に従って答えただけなのだ」と擁護したとある。
それというのも吉田茂が「銭形平次」を好む理由として、現代の小説はいくら読んでも、そこに生活が浮かび上がって来ないからつまらないが、「銭形平次」の中には江戸の市民が生活があると説明していたからだ。
中村が「英国ウンヌン」と言ってるには、近代小説発祥の地であるイギリスでは、これは純文学、あれは推理小説というような区別をせずに、どちらも「小説」として読むというのが習慣らしい。
小説の魅力というのは、人間の生活がありのままに再現され、その情景や、そこに住む人々の様子が細やかに描かれるていることにある。

毎日欠かさずしている事といえば、いわゆるミステリー小説を読む、寝る前に落語のCDを聴く、この二つだ。
ミステリーを切らさずにするため、常に予備の本を数冊控えさせている。そうしないと落ち着かないのだ。ミステリー中毒、略して「ミス中」。いや、依存症かな。
荒唐無稽なものは好まず、やはり生活感のあるミステリーが好みだ。海外ミステリーに傾くのも、その国の情景や人々の暮しが分かるからだ。
そしてつくづくと思うのは、人間の営みや考えることというのは、どの国も一緒だなということ。

さて、ここで紹介するのは、イングランド出身の作家「スティーブン・ブース」の「黒い犬」と「死と踊る乙女」(創元推理文庫)の二作品。
舞台となるのは、シェフィールドとマンチェスターの間にあるピーク地方。イングランド初の国立公園があり、夏には大勢の観光客が押し寄せる。犯罪も増え、地元では観光客に反感を持つ者もあらわれる。
作者はここにイードゥンデイルという架空の町を設定し、そのE地区警察本部に勤める刑事二人が主人公だ。
男性の方がベン・クーパー、女性の方はダイアン・フライ。
このコンビには他の小説と異なる特長がある。
一つは、二人とも20代と若いこと。イギリスのミステリー(他の国でも言えることだが)では、中年や壮年の警視や主席警部が自ら捜査するケースが多いが、実際に現場で捜査活動を行うのは若い刑事だ。そこに先ずリアリティを持たしている。
二つ目は、二人の微妙な関係だ。ベン・クーパーは地元出身で父親も元警部。性格は温厚で同僚や住民からの人望も厚い。欠点は好人物過ぎること。
対するダイアン・フライは、都市の署から移動してきた。女性ながら肉体的にも精神的にタフで、常に冷静な判断を下す有能な刑事。
このタイプの異なる二人が、次の部長刑事昇進をかけて競い合い、反目しながらもどこか惹かれあう、そんな微妙な関係が物語を引っ張る。
三つ目は、二人共に心に傷を負っていて、それが随所に現れること。
ベン・クーパーは、殉職した父親の影がいつまでもつきまとい、その影響から心を病んでしまった母親に苦悩する。
ダイアン・フライは都会に勤務していた時に受けた心的外傷に苦しみ、そのため時に弱さをのぞかせる。
そうした弱点が捜査の妨げになったり、時には二人が支え合う関係が生まれる要因となる。
TVでも「相棒」というドラマがあるように、多くの警察小説では必ずといって良いほどコンビが存在する。
その中にあって、ベン・クーパー&ダイアン・フライほど特長のあるコンビは珍しい。

二作品を通して、わたしたちは英国の村に生きる人々の生活、風習、人間関係、物の考え方を垣間見ることができる。
その生き生きとした人間像こそが、スティーブン・ブースの「ベン・クーパー&ダイアン・フライ」シリーズの最大の魅力といえよう。

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2013/04/02

「国民栄誉賞」もアベノミクス

菅官房長官は4月1日の記者会見で、プロ野球読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(77)と、巨人と大リーグ・ヤンキースなどで活躍して昨年引退した松井秀喜(38)に対し「国民に夢や希望を与えた」として国民栄誉賞を同時に授与すると発表した。
プロ野球界からは、王貞治、衣笠祥雄に次ぐ受賞だ。
4月1日の発表だが、エイプリルフールのジョークではなかったようだ。
会見では「野村克也、張本勲、門田博光ら長嶋以上の成績を残している選手もたくさんいる」「大リーグでは野茂英雄も活躍した」と、他の有力選手との違いを問う声が相次いだ。
菅氏は松井についてワールドシリーズのMVPに選出されたことを理由に挙げ、長嶋については「長嶋と松井が師弟関係にあるということから判断した」などと理解を求めたとある。

1日、安倍首相はスポーツ紙記者との取材の応じた。
この中で安倍首相は、長嶋、松井と並び、野村克也、野茂英雄、張本勲らにも授与の資格があるのではとの報道陣の質問に対し「偉大な選手であると思います。タイミング、巡り合わせというものがある。タイミングを考えていきたい」と話した。
今後プロ野球界で功績を残したOBの授与を検討していくことを明かした。
ホー、正に大盤振る舞いですな。
金融緩和による円安誘導みたいなものか。
こうなるってぇと野球選手だけじゃ不公平だから、ゴルフ、ボクシング、空手、剣道、各陸上競技、スキー、スケートを始め他のスポーツ選手にも授与しないといけなくなりますね。
「国民に夢や希望を与えた」ことが授賞理由なら、フジヤマのトビウオ・古橋広之進とか、ボクシングの白井義男、そして何といっても力道山を忘れちゃいけない。
ちょいと古いけど。

政府関係者によると、安倍首相がまず松井への授与を発案したのは、松井がニューヨークで引退表明した直後の昨年12月29日で、東京電力福島第1原発視察に向かう新幹線の車中だったという。
年明けから官邸を中心に本格検討に着手。
松井への授与には「日米の絆」を掲げる首相の思いも込められていたようで、周辺は「理由は日米だ。日本だけでなく、ニューヨーク市民にも人気があった」と解説する。
また、長嶋は安倍首相の父・故安倍晋太郎元外相ともつきあいがあったからと推測していた。
政府関係者によれば、最終的に「そのときどきの首相の腹づもりで決まる」。
実態は総理大臣杯ですか。

国民栄誉賞に限らず、あらゆる賞は完全に公正なんていうことは有り得ない。
かのノーベル賞にしても、何でこの人が受賞してないんだという人物が大勢いる。
反対に、なぜこの人が受賞したのかという人も少なくない。
所詮は授賞する側の思惑で決まるものなのだ。
芥川賞しかり。
だから目くじらを立てず単純にオメデトウと、それで良いんだろう。

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2013/04/01

春風亭一之輔独演会(2013/3/30)

3月30日、浅草の「雲助蔵出し」がはねてから、京急とJRに乗り継いで桜木町、横浜にぎわい座での「春風亭一之輔独演会」へ。
ここでの一之輔の公演といえば、地下の野毛シャーレと相場が決まっていたが、ついに地上ホールに移動した。この人の人気ぶりは大変なもので、独演会は軒並み前売り完売。この会も2階席まで客が入っていた。
開演が17時で30分遅刻したが、二ツ目の「春風亭ぴっかり」の高座が終わる直前に入場。終わるまでは後方で立ち見、これはマナー。一之輔の出番にギリギリ間に合って座席につく。
前座は「古今亭きょう介」だったようだ。

<  番組  >
春風亭一之輔「花見の仇討」
~仲入り~
春風亭一之輔「子は鎹(子別れ・下)」

1席目「花見の仇討」
時節柄のネタ。
花見の趣向で、最初のアイディアとして桜の枝で揃って首を吊るってぇのはどうだろうかというクスグリは確か先代馬生のものだと思うが、一之輔の演出はその流れか。
六部を演じる男の叔父が耳が遠いのだが、一之輔はそこを極端に戯画化していた。
仇の名前は鈴々舎馬風、いかにも悪人らしい。

2席目「子は鎹」
鎹(かすがい)というのは建築材料の一つで、二本の材木をつなぎとめるための金具のこと。ここから「子どもは夫婦の鎹」という諺が生まれた。
「玄能(げんのう)」という言葉も使われなくなってきた。厳密にいうと違うのだが、金槌(かなづち)と思えば良い。
このネタも、こうした解説が必要になってきた。
一之輔の亀ちゃんは強いから泣かない。泣くのはおとっつぁんやおっかさんだ。お涙頂戴に流れず、滑稽噺風の仕上げている。
ただ「おとっつぁんはバカ」を繰り返し過ぎるのは、些か興がそがれる。

この独演会で気になったのは、一之輔が仲入り後に上がった時に、係の人から後半は2席ですかと訊かれたが1席しかやらないと語ったこと。
これは係員の感覚の方が正常。あたしも後半は2席だと思っていたから。
この会は17時開演だった。まさか2時間で終了はあるまいと思うのが普通だろう。
独演会というのは何席演るべきなんだろう。もちろん長講や大ネタで時間がタップリかかる場合は別だが、少なくとも2席、出来れば3席演じるのが望ましい。
たまに1席だけなどというトンデモナイ企画にぶつかることがあるが、何をかいわんやだ。
大看板ならともかく、中堅から若手の噺家なら3席は演じて欲しい。
大して面白くもないマクラをダラダラ演るなら、そのぶんネタを余計に演じてもらいたい。
雲助の独演会の後だったから、よけいそう感じたのかも知れない。

隣席の男性客、良く寝てましたね。休憩時間以外は最初から最後まで熟睡。
こういう楽しみ方もあるんだ。

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