ミステリーなしには生きられない!「黒い犬」「死と踊る乙女」
「黒い犬」の訳者(宮脇裕子)は「あとがき」で次のように述べている。
吉田茂元首相が、あるインタビューで愛読書は何かときかれた時、野村胡堂「銭形平次」をあげたところ、多くの識者から失笑を買ったそうだ。
これに対して文芸評論家の中村真一郎は「英国好きの紳士である吉田老は、ただ英国流の文学の読み方の常識に従って答えただけなのだ」と擁護したとある。
それというのも吉田茂が「銭形平次」を好む理由として、現代の小説はいくら読んでも、そこに生活が浮かび上がって来ないからつまらないが、「銭形平次」の中には江戸の市民が生活があると説明していたからだ。
中村が「英国ウンヌン」と言ってるには、近代小説発祥の地であるイギリスでは、これは純文学、あれは推理小説というような区別をせずに、どちらも「小説」として読むというのが習慣らしい。
小説の魅力というのは、人間の生活がありのままに再現され、その情景や、そこに住む人々の様子が細やかに描かれるていることにある。
毎日欠かさずしている事といえば、いわゆるミステリー小説を読む、寝る前に落語のCDを聴く、この二つだ。
ミステリーを切らさずにするため、常に予備の本を数冊控えさせている。そうしないと落ち着かないのだ。ミステリー中毒、略して「ミス中」。いや、依存症かな。
荒唐無稽なものは好まず、やはり生活感のあるミステリーが好みだ。海外ミステリーに傾くのも、その国の情景や人々の暮しが分かるからだ。
そしてつくづくと思うのは、人間の営みや考えることというのは、どの国も一緒だなということ。
さて、ここで紹介するのは、イングランド出身の作家「スティーブン・ブース」の「黒い犬」と「死と踊る乙女」(創元推理文庫)の二作品。
舞台となるのは、シェフィールドとマンチェスターの間にあるピーク地方。イングランド初の国立公園があり、夏には大勢の観光客が押し寄せる。犯罪も増え、地元では観光客に反感を持つ者もあらわれる。
作者はここにイードゥンデイルという架空の町を設定し、そのE地区警察本部に勤める刑事二人が主人公だ。
男性の方がベン・クーパー、女性の方はダイアン・フライ。
このコンビには他の小説と異なる特長がある。
一つは、二人とも20代と若いこと。イギリスのミステリー(他の国でも言えることだが)では、中年や壮年の警視や主席警部が自ら捜査するケースが多いが、実際に現場で捜査活動を行うのは若い刑事だ。そこに先ずリアリティを持たしている。
二つ目は、二人の微妙な関係だ。ベン・クーパーは地元出身で父親も元警部。性格は温厚で同僚や住民からの人望も厚い。欠点は好人物過ぎること。
対するダイアン・フライは、都市の署から移動してきた。女性ながら肉体的にも精神的にタフで、常に冷静な判断を下す有能な刑事。
このタイプの異なる二人が、次の部長刑事昇進をかけて競い合い、反目しながらもどこか惹かれあう、そんな微妙な関係が物語を引っ張る。
三つ目は、二人共に心に傷を負っていて、それが随所に現れること。
ベン・クーパーは、殉職した父親の影がいつまでもつきまとい、その影響から心を病んでしまった母親に苦悩する。
ダイアン・フライは都会に勤務していた時に受けた心的外傷に苦しみ、そのため時に弱さをのぞかせる。
そうした弱点が捜査の妨げになったり、時には二人が支え合う関係が生まれる要因となる。
TVでも「相棒」というドラマがあるように、多くの警察小説では必ずといって良いほどコンビが存在する。
その中にあって、ベン・クーパー&ダイアン・フライほど特長のあるコンビは珍しい。
二作品を通して、わたしたちは英国の村に生きる人々の生活、風習、人間関係、物の考え方を垣間見ることができる。
その生き生きとした人間像こそが、スティーブン・ブースの「ベン・クーパー&ダイアン・フライ」シリーズの最大の魅力といえよう。
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私もかつてはミステリを次から次へと買っていました。
たしかにイギリスのミステリはストーリーもさることながら登場人物の人間性に笑ったりシミジミしたりしますね。
デクスターのモース警部なども好きです。
投稿: 佐平次 | 2013/04/05 10:00
佐平次様
事件の現場になった乙女岩に向かって刑事の一人が、「これが、この地方の最後の乙女(ヴァージン)だったのか」なんていうセリフが笑わせてくれます。
両作品ともムラ社会の閉鎖性がテーマになっていて、そこは日本と同じだなと思います。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/05 10:56