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2013/04/09

「日本調歌手」っていなくなりましたね

「日本調歌謡」「日本調歌手」って正式なジャンルじゃないかもしれませんが、一応定義として「日本髪に和服姿で民謡や俗曲風なメロディの曲を歌う歌手」で、「多くは芸者出身」ということにしておきましょう。
日本髪っていっても色々種類がありますが、芸者姿なら島田や銀杏返しといった髪型でしょう。
俗曲に、
♪丸髷に結える身をばもちながら 粋な島田やホントニソウダワネチョイト銀杏返し 取る手も恥ずかし左褄 デモネェ♪
とありますから。
「左褄(ひだりづま)」とは着物の褄を左で取ることで、「芸者」を意味します。子どもの頃、母親から教わりました。 
「うぐいす芸者歌手」という言い方もあるようです。
芸者の「鈴を鳴らしたような」歌唱法からこう呼ばれたのでしょう。「鶯鳴かせたこともある」なんてセリフもありますからね、言われたことはないけど。
いずれにしろ、現役歌手としてはゼロではないかと思われますし、昭和の時代までは懐メロ番組で聴けたのですが、それも今はなくなりました。

歌手としては、先ず藤本二三吉、「浪花小唄」「祗園小唄」のヒットと、他に新民謡の代表的歌手でもありました。
小唄勝太郎、歌い終わった時にニッコリ微笑むのがなんとも言えぬ愛嬌がありましたね。「島の娘」で一躍スターになりこの種の歌が「ハァ小唄」と呼ばれるようになった程です。そして何といっても全国を席巻した「東京音頭」、日本中が踊り狂ったという伝説が残されています。他に「明日はお立ちか」「さくら音頭」。後者はお花見の代表的な唄ですが、近ごろは流行らないようです。
次いで勝太郎とともに「市勝時代」を築いた、市丸。新民謡の「ちゃっきり節」「天竜下れば」のヒットがあり、戦後のブギウギブームにのった「三味線ブギウギ」でも知られています。
市丸姐さんは歌もさることながら、下の写真のように艶姿が印象に残ります。踊りも綺麗で、「ちょいとブギウギ」という歌い尻で会場に流し目をするのですが、これが実に色っぽい。私の知る限りでは84歳までTVに出ていましたが色香は失っていなかった。
Photo
以上の3名はいずれも日本橋葭町(よしちょう)の芸者でした。旧吉原(葭原)だけに芸者の本場です。
美ち奴は浅草の芸者、「あゝそれなのに」「うちの女房にゃ髭がある」のヒットで知られ、甲高い声が特長でした。
赤坂小梅は太い声で、いかにも芸者らしい気風の良さが舞台にも出ていました。「ほんとにそうなら」の他に、九州の出身らしい「黒田節」「おてもやん」のヒットで知られています。
その他印象に残る歌手として、「蛇の目のかげで」「炭坑節」の日本橋きみ栄、「十三夜」「お俊恋唄」の榎本美佐江、「ゲイシャ・ワルツ」の神楽坂はん子、「十九の春」の神楽坂浮子といった人たちの名前が浮かびます。
ここまでが芸者出身の歌手。

芸者以外の日本調歌手では、音丸。「船頭可愛や」「博多夜船」のヒット曲があります。
久保幸江は「トンコ節」「ヤットン節」で知られています。「トンコ節」は歌詞の一部が卑猥ということで、確かNHKでは放送禁止だったと記憶しています。「あなたに貰った帯留めの だるまの模様がちょいと気にかかる さんざ遊んで転がして・・・」の部分がいけなかったとか。
この後にも「お座敷ソング」というジャンルで活躍した歌手もいますが、いわゆる「日本調」とは異なると思います。

「日本調歌手」の衰退の原因ですが、一つには花柳界の衰退と歩をいつにしているように思えます。吉原が無くなったのも影響あるかも知れません。
寄席で音曲師が少なくなってきているのも同じ理由でしょう。
私見ですが、宴会で唄う機会が無くなったというのも要因の一つではないでしょうか。
かつての宴会というのは皆が車座になって、無伴奏で手拍子で唄ったものです。お花見でもそうでした。いきおい日本調歌謡のような単純で、合唱が出来るような唄が好まれていた。
それがカラオケの普及により、合唱が独唱にとって代わられ、いよいよ日本調歌謡の出番が無くなったというのが私の推測です。
しかし伝統文化の一つと見れば、このまま無くなっていくのは残念な気もするのですが。

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コメント

鶯芸者ですね(^^)
市丸さんが住んでいた柳橋の家は今ギャラリーになってますよ。そろそろ川開きの催しのお知らせがあるでしょう。オーナーに若かりし市丸さんの生写真を見せていただきました。それはそれは可憐でした。 http://lucite-gallery.com/top.html
神奈川近代文学館の「添田唖蝉坊・知道展」もオススメです☆ http://www.kanabun.or.jp/te0534.html

投稿: かおる | 2013/04/10 10:18

ラジオ時代、五級すーぱ―から聞えました。
艶姿は見えなかったなあ。
宴会の歌、楽しかったですね。
カラオケでは心が伝わらない。

投稿: 佐平次 | 2013/04/10 10:59

かおる様
ご教示有難うございます。機会がありましたら是非訪ねてみたいと思います。
市丸姐さんの若いころの写真、とても可憐ですね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/10 11:44

佐平次様
宴会での唄もそうですし、歌声喫茶もそうですが、合唱というのは連帯感が生まれます。
それがカラオケになって、すっかり「カラ」になってしまったようです。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/10 11:47

うめ吉たんは、この分野の後継者になるのでしょうか?
ほめ・くさんの評価は、かなり厳しいようですが・・・。

投稿: 明彦 | 2013/04/17 23:46

明彦様
うめ吉には是非後継者になって欲しいと願っています。
かつては女性の音曲師の名手が多かったのですが、いま現役では小圓歌、小菊、美由紀、そしてうめ吉ぐらいになりました。
なかでも日本髪で高座に上がるのは彼女だけです。美形で売った、千家松人形のような芸人になるのを期待しています。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/04/18 02:54

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