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2013/06/30

#409花形演芸会(2013/6/29)

6月29日、国立演芸場での「第409回 花形演芸会」へ。
この会は、ふだん寄席ではお目にかかれない芸人の高座を観ることができる。
この日もそうした出演者が含まれていて楽しみだ。

<  番組  >
前座・三遊亭こうもり「都々逸親子」
一龍斎貞鏡「山内一豊」      
三笑亭可龍「両泥」        
カンカラ「時代劇コント」       
三遊亭遊馬「ねずみ」           
―仲入り―
三遊亭遊雀「電話の遊び」 
翁家和助「曲芸」
三遊亭王楽「五貫裁き」 
(前座とゲスト以外はネタ出し)

三遊亭こうもり、前座にしては随分と世慣れしてると思ったら以前は”末高斗夢”の名でお笑い芸人だったようだ。好楽の弟子。
「都々逸親子」は3代目三遊亭円右の作で、学校で都都逸が流行っているという小学生の息子と父親が都都逸合戦をするという噺で、息子の方が上手いというだけのストーリー。
喋りは馴れてるし、都々逸の多くは本人の作だろうからオリジナリティもあるのだろう。
一般的には前座がこういうネタをかけるのは感心しないのだが、キャリアのこともありこの路線で進むのかな。

貞鏡「山内一豊」      
近ごろ講談や浪曲といった芸能分野に新人、それも見目麗しい女性の入門者が増えているようで喜ばしい、後継者がいなくなれば廃れていくのが大衆芸能だから。
貞鏡は8代目一龍斎貞山の娘だが、7代目は有名な「お化けの貞山」。女流講釈師の「四谷怪談」を聴いてみたいものだ。

可龍「両泥」
一仕事した新人の泥棒とベテランの泥棒が道で出会う。
新人はベテランに、道で人とぶつかった時の脅し文句の付け方や盗んだ品物の売り方を教わる。
意気投合した二人が新人の家で一杯呑もうということになるが、部屋に入ると空き巣に入られた形跡。そこでベテランが実は俺の仕事だ。怒った新人に、それじゃ家財道具を分けてやるからと家に案内すると、今度は新人が、「すみません、それ、さっき私 が入った家です」。
初めて聴いた噺で古典なんだろうが出所は不明。
可龍はスッキリした語りで良い出来だった。
当代は3代目だが初代は初代可楽の弟子で後の初代正蔵とのこと。良い名前を貰ったんだから精進して欲しい。

遊馬「ねずみ」
やがては次代を担う噺家に成ると期待される芸協の若手真打の一人だ。
この日も人物の演じ分けがしっかり出来ていて、好演。ねずみ屋の主人の身の上話がダレずに湿っぽくならないのは明るい芸風のせいだ。

ゲストの遊雀「電話の遊び」 
すっかり白髪になっていて、そうか、今までは染めていたから分からなかったんだ。
この噺を理解するには、昔の電話がしばしば混線したのと、それを止めるのに「話し中」と声をかけたという当時の電話事情がある。電話交換手を通して「何番から何番へ」と伝えてつなげて貰った時代の話。
年の癖に茶屋遊びが止められない父親に、若旦那が世間体が悪いから遊びを止めてくれるよう頼む。渋々受け入れる父親だが、それでも何とか茶屋に行きたい。そこで番頭は茶屋に電話を掛けて、電話を通してお気に入りの芸者に唄を謡わせればと提案する。
父御が酒、肴をそろえて電話口から聞こえる芸者の唄にすっかりご機嫌になっていると、そこへ若旦那が戻ってきて・・・。
ハメモノを使った陽気な演出だなと思ったら、元は上方の2代目桂文之助の作らしい。
東京では5代目圓生(俗に「デブの圓生」)が演じたという記録が残っているそうだ。
遊雀はいかにも気持ち良さそうに唄い踊って高座を盛り上げていた。

和助「曲芸」
いつ見ても見事というしかない芸だ、さすが花形の金賞受賞だけある。
こういう芸を見せられると、寄席の太神楽はもう少し技術を磨かねばなるまい。

王楽「五貫裁き」 
このネタは難しいんだろうね。
登場人物が多彩で、町人といっても主人公の八五郎は遊び人から八百屋になろうという男だし、一癖のある大家、因業な質屋の主、その番頭、奉行の大岡越前守、夜回り同心、それぞれが言葉も違って演じ分けなくてはいけない。
王楽は若手ながら重厚感のある高座で良かったのだが、途中の山場でミスが出た。その影響からか、同心の言葉使いがいきなり職人風になってしまったり、やや集中力を欠いた場面があったのが惜しまれる。
すっかりドッシリとした高座姿になり、語り口も良い。
やがて三遊の看板を背負うことになるのだろう。

初めて見る人、珍しい噺、そして若手の成長も実感できて満足。

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2013/06/28

【街角で出合った美女】オランダ編

オランダは、国土の4分の1が海抜0メートルという低地で、そこに堤防を築き運河を張りめぐらせ、風車で水を汲みあげ土地を干拓して農地を整備してきたのです。
「世界は神が造ったが、オランダはオランダ人が造った」といわれる由縁です。
モノを大事にし、衣食には贅沢をせず、その代り窓に花を飾り家を美しく見せるという国民性は、こうした建国の歴史から由来するのかもしれません。

若い人がスマホに興じるというのは今や世界的傾向のようです。
ゴッホのコレクションで有名な「クレラー・ミュラー美術館」でもこの女性は名画に背を向けスマホに熱中しておりました。
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世界最大のフラワーガーデン「キューケンホフ公園」では5月半ばというのにチューリップが最盛期を迎えていました。数百万株の花が咲きそろう園内の景色は見事というしかありません。
入り口では民族衣装に身を包んだ女性たちが入場者を出迎えてくれました。
彼女はカメラ目線でニッコリと微笑んで。
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こちらは間が悪く目をつぶってしまいました、惜しい。
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(画像はいずれもクリックで拡大)

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2013/06/24

2013年上半期「佳作」選

少し気が早いが、今年上半期の優れた高座を選んでみた。
例年にくらべ喬太郎、白酒、三三といったお馴染みの名前がなく、上方落語家の比率が高いのが特徴的だ。この傾向はこれから強まるかも知れない。
「落語市場」という面で見れば、大阪より東京の方が遥かにマーケットサイズは大きいだろう。市場経済の原理からすれば需要の多い所にサプライヤーが集まる。
現に桂雀々のように活動拠点を大阪から東京へ移す噺家も出てきている。
西風が東風を圧することのないよう、東京の噺家は心せねばなるまい。

以下、順に演者の名前、ネタ、公演日、会の名称を記す。

桂米福「かつぎや」 1/5 にぎわい座名作落語の夕べ
柳家小満ん「寝床」 2/20 小満ん・喬太郎の会
古今亭志ん輔「お直し」 2/23 三田落語会
桂かい枝「堪忍袋」 2/25 上方若手落語会
立川談春「居残り佐平次」 2/27 立川談春独演会
入船亭扇辰「百川」 3/2 入船亭扇辰独演会
三遊亭王楽「ねずみ穴」3/9 花形演芸会
笑福亭三喬「月に群雲」 3/18 芸の饗宴シリーズ
橘家圓太郎「因果塚の由来」 3/23 圓朝に挑む
五街道雲助「よかちょろ~山崎屋」3/30 雲助蔵出し 
笑福亭鶴瓶「お直し」4/13 大手町落語会
柳家権太楼「百年目」5/2 鈴本演芸場
笑福亭たま「みかん屋」5/5 大日本橋亭落語祭
五街道雲助「舟徳」6/15 朝日名人会
露の新治「狼講釈」6/22 三田落語会
露の新治「大丸屋騒動」6/22 三田落語会

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2013/06/23

#26三田落語会「さん喬・新治」(2013/6/22)

久々に晴れ間が見えた6月22日、仏教伝道センターで行われた”第26回三田落語会・夜席「柳家さん喬・露の新治」へ。
上方落語の露の新治が初登場となった今回。落語にあまり詳しくない方は名前をきいてもピンと来ないかも知れないが、昨年鈴本演芸場の中トリを務め好評を博していた。その後都内で独演会を開くなどで、東京の落語ファンにもお馴染みになりつつある。

< 番組 >(*:ネタ出し)
露の新治「狼講釈」
柳家さん喬「包丁」*
~仲入り~
柳家さん喬「ちりとてちん」
露の新治「大丸屋騒動」*
(お囃子:太田その)

露の新治の略歴については当日のプログラムにも紹介されていたが、もう少し補足したい。
1975年:林家染三に入門、林家「しん三」となる。
1977年:「林家しん三」から「林家さん二」に改名。
1982年: 露の五郎門下に移り、「露の新次」となる。
1991年:「露の新次」から「露の新治」に改名。
経歴から落語協会でいえば古今亭菊丸とほぼ同期ということから、中堅真打といった位置に相当すると思われれる。
入門前はサラリーマンやら家業の手伝いをしていたが、奈良県の夜間中学設立運動に関わたのが転機で、落語家となったようだ。
そうした経緯から人権問題に関心を持ち、「新ちゃんのお笑い人権高座」という人権講演会の講師としても活躍している。

最初の師匠である林家染三から露の五郎門下に移った経緯については明らかでないので、その林家染三について調べてみた。
「3代目 林家染三」(1926年10月8日 - 2012年6月12日)は、1958年に3代目林家染丸に入門し染蔵を名乗り、改字して染三とした。
「上方落語総合研究会」という会を弟子たちと共に発足。
その後、上方落語協会会長だった6代目笑福亭松鶴との確執があったため協会を脱退し「関西落語文芸協会」を設立している。
2000年頃まで西成区の「てんのじ村」で落語教室を開設していたとある。
弟子の中に、後に漫才師となった「オール阪神・巨人」がいる。
新治の移籍は、どうやら染三の協会脱退が関係していそうだ。

次の師匠の「2代目 露の五郎兵衛」(1932年3月5日 - 2009年3月30日)は、1947年に2代目桂春団治にスカウトされる形で落語家になった。
若い頃から東京の落語界との交流を持ち、特に2代目三遊亭百生や8代目林家正蔵(後の林家彦六)と親しかったようだ。
落語協会の客分となり、定期的に東京の寄席に出演していた時期もあるとされる。

こう経歴を調べてみると、新治の芸が、
一つは「3代目林家染丸」―「3代目 林家染三」の流れと
もう一つは「2代目桂春団治」―「2代目 露の五郎兵衛」の流れ
双方の芸を受け継いでいることが分かる。
また師匠の縁から東京の落語家とも交流が出来たと推測する。

ここまでがマクラ、長かったねぇ。

新治の1席目「狼講釈」
大阪でしくじった男が西国に旅に出るが一文無しとなって食い物もない。
幸い床屋をみつけ食事と一夜の宿を求めるが、僧侶か芸人でないと泊めないという。そこで旅人は講釈師だと偽り、庄屋の家に招かれて盛大な接待を受ける。いよいよ講釈を語ってくれと言われ、仕方なく逃げ出す。
ようやく山奥に逃げ込んだら、その一部始終を見ていた狼の群れに出会い食べてしまうと脅される。
命乞いした旅人は止むを得ず講釈を語るが、これがデタラメ。
「難波戦記」を始めたはいいが、それが忠臣蔵やら会津小鉄、那須与一、紀国屋文左衛門、森の石松、血煙荒神山、中山安兵衛、伽羅先代萩、天保水滸伝、鈴ヶ森、国定忠治、果てはフーテンの寅さんや柳亭市馬まで登場するハチャメチャぶり。
さて旅人の運命やいかに・・・。
大阪人の愉快なエピソードを枕に振って客席を沸かせ、本編では聴かせ所の講釈を名調子で語り続ける。
新治の十八番とはいえ見事な高座。
なお東京では「五目講釈」と「兵庫船」がこのネタに相当すると思われる。

新治の2席目「大丸屋騒動」
伏見大手町の商家大丸屋宗兵衛の弟・宗三郎は、祇園の舞妓おときと恋仲になったことが親戚の怒りを買い、3カ月の約束でそれぞれ、おときは祇園の富永町に、宗三郎は木屋町三條にそれぞれ別居する。
その際、兄の所持していた村正を請われて宗三郎に貸し与える。
兄としては、親類を説得させた上で、いずれは晴れて二人を夫婦にする算段なのだが、宗三郎には兄の思いが伝わらない。
番頭の監視下に置かれはや2ヶ月が過ぎたある夏の夜、おとき逢いたさに、宗三郎は、木屋町の家をぬけだして村正を腰に、富永町の家にやって来る。
そうした宗三郎の心情をうれしく思うおときだが、ここで宗三郎を入れたら二人が夫婦になる話が壊れてしまうと考え、訳を話して追い返そうとする。
しかし宗三郎は話が通じない。逆に愛想尽かしと勘違いし、怒って村正で鞘ごとおときの肩に食らわせると、鞘が割れ、おときを切ってしまう。
狂った宗三郎、下女と様子を見に来た番頭をも切り殺し、祇園界隈で多くの人に切りつける。ついには二軒茶屋での踊りに乱入し暴れまわる。役人も手が付けられない。
知らせをきいて駆けつけてきた宗兵衛は、血刀をさげた弟を見て肝を潰し、役人に自分が召し取ると訴え、役人の許しを得て宗三郎を後から羽交い締めにする。
狂った宗三郎が刀を振り回すが、どういう訳か兄はかすり傷一つ負わない・・・。
上方落語には珍しい人情噺であり、宗三郎と番頭の軽妙なやりとりから富永町で悲劇へたたみかける展開、後半の芝居噺風の演出など、かなりの難物で戦後しばらく演じ手がいなかった理由も分かる。
新治は端正な語り口と、後半の凄惨な場面を鬼気迫る所作で表現し、見応えがあった。この人の実力は大したものだ。
太田そのさんのお囃子も誠に結構、「京の四季」の唄声にウットリしてしまった。

新治の2席の高座は東京のファンの期待に十分応えたと思われる。
東京の噺家、こりゃウカウカしてられませんぜ。

長くなってしまったので、さん喬の評は割愛。

次回の三田落語会は都合でパス、連続参加記録が途絶えてしまうのは残念だけど。

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2013/06/19

柳家三三独演会(2013/6/18)

6月18日、麻布区民センターで行われた”みなと毎月落語会「柳家三三独演会」”へ。
久々に六本木の街を歩いたが相変わらず外国人の姿が多い。都内でも最も多国籍化している地域だろう。呑み屋も多いが、ここで最後に呑んだのは何年前のことだったか、忘れてしまった。夜の11時を回ってから客がどんどん増え始めたのには驚いた。ここは異国だ。
エアコンを入れたばかりなのか会場へ入ったら蒸し暑い。こういうとこが公営施設ってぇのは気が利かない。席の両側の人が扇子を使っていてその風がこちらに来るので助かった。これじゃまるで鯉昇だね。

<  番組  >
立川志獅丸「六尺棒」
柳家三三「真田小僧」
柳家三三「金明竹」
~仲入り~
柳家三三「木乃伊取り」

「栴檀は双葉より芳し」とは落語の「子ほめ」に出てくる言葉だが、優れた噺家は二ツ目の頃から輝いている。最近(と言っても古いか)では喬太郎、扇辰、一之輔、兼好、そしてこの三三といった辺りは正にそうだ。なかには真打になってから伸び悩む者や足踏みする例もあるが、たいがいは看板を背負っていく立場になる。
三三の良さは何かというと、滑稽噺と人情噺の両方がいけるという点だ。これが、いそうでいない。野球でいえば大谷か。
東京落語では人情噺がこなせないと名人とは言われない。そういう意味で三三は、将来は師匠や大師匠を超える可能性を秘めている。目指すとこは圓生になるだろう。

志獅丸「六尺棒」、元気があり声も大きくて良いが、親父と倅の演じ分けがまだ不十分だ。登場人物はこの二人だけなのだからもう少し丁寧に演じて欲しい。

三三は「真田小僧」と「金明竹」を休憩なしに二席続けた。どちらもノーカット・フルバージョン。いずれも前座噺だが大真打が手掛けているネタでもある。過去には前者では志ん朝、後者では三代目金馬の名演がある。
前座噺といってバカにしてはいけない。上手い真打は上手いが、下手な真打はやっぱり下手だ。
二つとも小僧が出てくる「ツク」噺だが、前者は賢い小僧、後者は愚かな小僧と対照的で、そこを考慮して三三は敢えて二題並べたんだろう。
三三の良さは語りがしっかりしていることと、「間」の取り方が絶妙だ。独自のクスグリも入れて、面白く聴かせてくれた。
ただ三三らしいネタを期待した客には不満だったかも知れない。

三三「木乃伊取り」、このネタの眼目は飯炊きの清蔵の造形だが、三三は今ひとつ。細い体形も影響しているのかも知れないが、「角海老」の二階で若旦那を説得す場面がやや迫力不足。そのため清蔵が独りで酒を呑むシーンが少しダレた。
ここは白酒や扇遊の高座に比べると見劣りがしてしまう。
似たような噺だが、「不孝者」の方がこの人には合っているような気がする。
むろん水準は行ってるのだが、三三に対する期待値に対しては不満が残った。

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2013/06/16

#130朝日名人会(2013/6/15)

6月15日、有楽町朝日ホールで行われた第130回「朝日名人会」へ。
およそ1ヶ月ぶりの落語会で、これだけ空けたのは久々だ。
梅雨に入ったというのに好天が続いていたが、週の後半あたりから雨が降り始めた。5月に継いで西日本は雨がすくないようだが水源は大丈夫だろうか。

<  番組  >
前座・柳亭市助『出来心』
金原亭小駒『四段目』
柳家花緑『火焔太鼓』
五街道雲助『舟徳』
~仲入り~
柳家喬太郎『あの頃のエース』
柳亭市馬『らくだ』

前座の市助『出来心』、泥棒モノは柳のお家芸。落ち着いていたし喋りがしっかりしている。

小駒はこの9月に真打昇進し、金原亭龍馬と改名する。落協の真打昇進が抜擢から年功序列に戻したが、今回の新真打にとってはそれはそれでプレッシャーになるだろう。
『四段目』は、芝居の真似事をかなりキッチリ演じて良かった。折り目正しい芸風に期待したい。

花緑『火焔太鼓』、「なんでも鑑定団」の司会のエピソードからネタへは自然の流れ。
花緑は女性を演じる時になぜ現代人になってしまうのだろうか。道具屋夫婦の会話がまるで若者同士のように聞こえてくる。この癖が直らないと花緑の落語には入り込めない。

雲助『舟徳』
トリが当初予定の雲助から市馬に入れ替わったようだが、特に説明はなかった。
「船」を「舟」に替えているのは徳が漕ぐのは小舟(猪牙舟のような)という設定なのだろう。
徳が舟を漕ぎだす前に、役者ばりに見得を切って見せるのはご愛嬌。
お決まりの二人の客が煙草盆で火を点けあうという場面をカットし、代わりにポンポン蒸気と衝突しそうになって、汗で目が見えなくなった船頭の代わりに、客が必死で両手を振り相手の船に位置を知らせる場面を加えていた。
古今亭のお家芸をしっかりと継承した雲助の見事な高座。

喬太郎『あの頃のエース』、喬太郎はこのネタが好きなんだろう、何度も聴いているのだが良さが分からない。先ず噺の中身がマニアックでサッパリ理解できない。大半のお客も同じだと思うがそれでも会場を沸かせるのは話術の力だとは言える。
社長が幼馴染と一緒になりたくて、出入りの弁当屋と合併するというのは明らかなムリスジ。喬太郎の新作の中でも出来の良いネタとは思えない演目に拘る理由はなんなのか。
近頃の喬太郎にはガッカリさせられる事が多い。

市馬『らくだ』
この噺の一番の聴かせどころは、当初はラクダの兄いに脅されていた屑屋が、呑むにつけ酔うにつけ次第に立場を逆転させてゆく場面だ。ただこのシーンを理解する上からも大事なのは、なぜ屑屋が頼まれもしないのに自らリーダーシップを取ってまでラクダの遺骸を火葬場まで運ぶことにしたのだろうかという点だ。
着目せねばならないのは、主な登場人物の内の屑屋、隠坊(死者の火葬・埋葬を行う人)、願人坊主(乞食僧)、そして説明はないが恐らくラクダやその兄いを含めて、江戸時代に賤民身分扱いされ、差別を受けてきた底辺に生きてきた人たちだ。
ラクダは乱暴者であったとはいえ、死んでも誰も弔いに来ない。香典や通夜のお供えさえ拒否される。それどころかまるで長屋はお祝いムードだ。
酔った勢いで屑屋は兄いに啖呵を切るが、彼の怒りの矛先は実はそうした差別に対するものだ。自らが日常的に受けてきた屈辱に怒りを爆発させたのだ。
だからラクダの遺体をそのままにして帰ってしまうわけには行かない。それは差別を受けてきた者同志の連帯感ともいうべき感情だったと推察する。
後半で屑屋が主導してラクダの火葬を行うという行動も、こう考えれば説明がつく。
酔った屑屋が怒る場面では、単なる酒乱なんかではなく、その底にあるマグマを感じさせねばならない。
私が『らくだ』は八代目三笑亭可楽が絶品という由縁はそこにある。
さて市馬だが、結論からいうと想像以上の出来だった。余計な小細工はせず本寸法でキッチリ仕上げていた。
ただ屑屋が怒る場面は、上記の点からすると物足りなさを感じる。これは致し方あるまい。

喬太郎が終わった時点で席を立つ人や、市馬の終演で幕が下りきらない内に帰り始める客がいたのは残念。

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2013/06/14

復興庁の「本音」

「労働者の党が通告を出さないため、多数の労働者が深夜残業なう」(12年10月31日)
「今日は、田舎の町議会(注:福島県川俣町)をじっくり見て、余りのアレ具合に吹き出しそうになりつつも我慢w」(12年11月15日)
「20分の質問時間しかないのに29問も通告してくる某党代表の見識を問う」(13年2月6日)
「我が社の大臣の功績を平然と『自分の手柄』としてしまう某大臣の虚言癖に頭がクラクラ」(2013年2月6日)
「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席。不思議と反発は感じない。感じるのは相手の知性の欠除に対する哀れみのみ」(13年3月7日)
「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意しただけなんだけど、こんな解決策もあるということ」(13年3月8日)
「今日の最も重要なお仕事は某党本部の冷蔵庫に缶ビールを補充するなど。その大半は自分で消費するんですが・・・」(13年3月13日)

復興庁で東日本大震災の被災者支援に当たる水野靖久参事官が短文投稿サイト「ツイッター」で上記のような書き込みをしていた。
同庁は懲戒処分の対象となる国家公務員法違反(信用失墜行為など)の疑いもあるとして調査している。
谷公一副復興相は水野参事官を福島県の被災者支援の担当から外したことを明らかにした。「引き続き任せられない」として実質的な更迭と認めた。復興庁は今後、事実を確認した上で法に基づく処分を検討する 。

水野靖久参事官の「つぶやき」から漏れてくるのは、「なんでオレがこんな仕事をしなくちゃいけないんだ」という嘆きだ。
政府が国内原発の再稼働を決め、原発の海外輸出に力を注ぐことを表明しているのに。そういう「前向き」の仕事なら苦労してもヤリガイがあるが、被災者の復興なんて「後ろ向き」の仕事じゃヤル気なんか起きないよという嘆きが垣間見える。
むろん一官僚の声ではなく、復興庁を主導するキャリア組全体を覆う雰囲気を示しているのだろう。「ツイッター」での発言がこんな大きな問題になるとは思わなかったという水野参事官の弁明が、そのことを証明している。被災者のために奔走している職員の方々は別として。

福島の原発事故の最大の原因は、安全を軽視して原発を推進してきた自民党の積年の政策だ。その点について事故直後には党としても反省する姿勢を見せながら、今やどこ吹く風。
水野の「白黒つけずに曖昧なままにしておくこと」で「懸案が一つ解決」という発言は、政府の本音を表しているのかも知れない。

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2013/06/13

「ベネルクス三国」旅行の写真

ただいま”ほめ・く別館”で、「ベネルクス三国旅行記」を連載中です。ご興味のある方はご笑覧ください。
なお写真の一部を下記に紹介します。
画像はクリックで拡大できます。

<  オランダ  >
キューケンホフ公園
15

アムステルダム運河地区
Photo

< ルクセンブルク >
ルクセンブルク旧市街
Photo_2

<  ベルギー  >
ブルージュ運河地区
4

ゲント市街
1

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2013/06/11

落語ファンがひとり増えた

眼の手術と入院でいくつかの落語会や演劇に行けなくなったので、娘夫婦に譲って行ってもらった。
娘の方は以前から落語好き(喬太郎ファン)だったが、亭主の方は全く受け付けなかった。「落語ってあれだろう、爺さんが着物をきて出て来て昔の話をするんだろう。あんなモン何が面白いんだ」と言って、頭から嫌っていた。
譲ったチケットの中に、5月27日の「第40回読売GINZA落語会」があった。
その日、娘は都合がつかず、亭主が嫌々ながら行くことになった。
番組は次のようだった。
<  番組  >
三遊亭遊雀「熊の皮」
林家たい平「試し酒」
~仲入り~
桂米団治「足上がり」
立川志の輔「徂徠豆腐」

娘の亭主の生まれて初めてナマの落語を聴いた感想だが、こんな風だった。
初めの遊雀は面白かったので期待したけど、たい平はつまらなかった。会場も「笑点」ネタの時に沸いたぐらいで反応は悪かったですよ。
次の米団治はダメですね。
ガッカリしていたら、最後の志の輔は良かった。感動しましたね。あれって志の輔の新作ですか? 違うのか。まるで本人が創ったように聞こえましたよ。
落語も面白いですね。
また券が余ったら廻してください。

行きたけりゃ自分で金を出して行け!
ともかく身内に落語ファンが増えたのは喜ばしい。

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2013/06/09

テアトル・エコー『バレるぞ急げ』(2013/6/8)

6月8日、恵比寿・エコー劇場で行われた”テアトル・エコー公演『バレるぞ急げ ~Run For Your Wife~』を観劇。退院後はじめての外出で、先ずはソロリと安全運転から。
オリジナルはロンドンのイーストエンドの舞台で、テアトル・エコーとしては1985年以来の再演。

作:レイ・クーニー  
翻訳:中川千尋  
演出:永井寛孝
<  キャスト  >
ジョン・スミス/落合弘治
マリー・スミス/渡辺真砂子
バーバラ・スミス/小野寺亜希子
スタンリー・ガードナー/溝口敦
ボビー・フランクリン/瀬田俊介
トラウトン警部/松澤太陽
ポーターハウス警部/沢りつお
新聞記者/熊倉一雄

ロンドンに住むタクシー運転手のジョンは、愛妻バーバラの待つストレタムの自宅と、愛妻マリーの待つウィンブルドンの自宅、二人の妻と二軒の家の二重生活。
苦心の末何とかバレずにきたのに、チンピラにからまれていた老婦人を助けた際にケガをして病院に運ばれる。
タイムスケジュールは大幅に狂うわ、事件なので警察官は来るわ、新聞記者が取材に来るわ。このままでは二重生活が明るみに出て今までの苦心も水の泡。
ジョンは上階に住むスタンリーの力を借りて、あの手この手で二人の妻と二人の警官を煙にまくが・・・。

ラブコメディというよりは、キワドイ動作やエッチなセリフ満載の「艶笑譚」。会場は終始笑いの渦。
イメージとしては、ひと昔前のイタリア映画か。その場合、ジョンは間違いなくマルチェロ・マストロヤンニで、マリーはソフィア・ローレン、バーバラはジーナ・ロロブリジーダかな。
久々に理屈ヌキのドタバタ喜劇をみたが、これはこれで楽しめた。
中川千尋の日本語訳は良くこなれていた。

出演者では、まるで寄席の手品師(アサダ二世)みたいな風貌の沢りつおの怪演が眼をひいた。
ある時はジョンの隣人、ある時はもう一人のジョン、ある時はジョンの同性愛相手と場面場面で役割を変えるスタンリー役の溝口敦が軽妙な演技を見せていた。それにこの人は若い。とても00才とは思えない。
二人のスミス夫人は下着姿まで見せての大奮闘。小野寺亜希子の豊満な胸に圧倒された。

公演は6月12日まで。

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2013/06/05

所感

イヤー、参りました。
海外旅行から帰国した翌日にいきなり「網膜剥離」の手術、そして入院。人間目が使えないと何もできないことが良く分かりました。
入院生活の唯一の楽しみは読書ですが、それが出来ない。新聞もTVもダメ。ただ一日中ボーっとするしかない。
今のところ経過はほぼ順調のようですが、それでも手術した左目の視力は完全に元には戻っていません。
そんな分けでしばらく休んでいたブログは近々再開したいと思っていますが、ニューエントリーのペースダウンは避けられない状況です。
今までは週に3本の原稿をノルマと課していましたが、これからは1-2本程度になると思います。

休止中の世の中ですが、少し変化が出てきました。
先ずアベノミクスのメッキが剥げつつあります。
世論調査では自民党の一人勝ちですが、この間の首長選では連戦連敗と言っていいような状況が続いているようです。少なくとも地方には恩恵が及んでいない証左です。
アベノミクスで良い思いをしたのは投機筋ぐらいなもので、その周辺が少しオコボレを頂戴した程度でしょう。
むしろ無理やり進めた円安の副作用が、これから国民生活にボディブローのように利いてくるこことになるでしょう。
それから維新の会の凋落です。正に「維新低下」です。
虚言癖と妄言癖が共同代表をしているんですから当然といえば当然。アントニオ猪木の人気にすがるしかないというテイタラク。
こうして見ていくと、世の中も真っ当な方向には動きつつあるのかと。

手術した医師によると、網膜剥離はかなり以前から発生していたが、本人に自覚症状がなくて今まで気付かなかったとのこと。
そうか、以前から「お前は視野が狭い」と言われていたのはそのせいだったか。

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