夏の夜咄二席「雲助蔵出し」(2013/7/6)
関東地方に梅雨明け宣言が出た7月6日、いよいよこれから本格的な夏を迎える。
浅草仲見世にも浴衣姿の若い女性の姿がふえていた。風情があるのはよこざんしたが、雷門前の交差点で信号が変るので急いでいた女性が、左手で褄(つま)を持って駆けだしていたのは頂けませんな。あんたは芸者かい。
会場の浅草見番の前で人力が「運が良ければ芸者さんが出入りする姿が見られるかも知れません」なんて解説している横を冴えない爺さんがすっと入って行ったんだからお客はさぞガッカリしただろう。
スビバァセンネ。
真夏の「雲助蔵出し」は季節感溢れる二席が並ぶ。
いつもの開演時間を繰り下げ夕方からとなっていたが、ネタの構成を見る限り正解だったようだ。
< 番組 >
前座・林家つる子「桃太郎」
柳亭市弥「高砂や」
五街道雲助「酢豆腐」
~仲入り~
五街道雲助「猫定」
(三味線 はる)
雲助の1席目「酢豆腐」
はるさんの美声入り出囃子に送られて登場、雲助はマクラで白酒に初めての弟子が付いたことを紹介。一門4人が集まってその弟子の名前をアアデモナイコウデモナイと議論したようだ。
このエピソードを話す雲助の顔は、まるで初孫を迎えた祖父の表情だ。自分が手塩をかけて育てた弟子に、そのまた弟子が生まれるのいうのは師匠にとっても嬉しいんでしょうね。
「酢豆腐」はこの季節にピッタリの演目だ。近頃やたらに「ちりとてちん」を高座にかける傾向があるが、あれはどうも感心しない。やはり東京の落語家は「酢豆腐」で行ってほしい。
若い者が集まって一杯やることになったが肴を買う銭がない。
気の利いた男がそれじゃ糠味噌の古漬けでと提案するが、糠味噌から出すのを皆いやがる。
そこて通りかかった建具屋の半ちゃん、岡惚れの”みい坊”に思いを寄せられているという噂を信用し、「頼まれりゃ後へは引かないお兄いさんだ」と見得を切ると、「糠味噌から香香を出してくれ」。
嫌がる半公から50銭巻き上げて、そういえばと昨日の豆腐が1丁残っていたのに気付く。ところが与太郎が温かい釜の中に入れて蓋をしていたもんだから、すっかり腐っていた。
捨てようと思ったが、普段からイヤミの伊勢屋の若旦那をみつけ、あいつをおだてて食わしちゃおうと相談がまとまる・・・。
この噺の眼目は、半可通を懲らしめるという江戸の伝統的文化に基づいていることだ。
知識も教養もないくせに通人ぶる「半可通」ってぇのには江戸っ子は我慢がならないのだ。
呼び止めると扇子でパタパタ扇ぎながら「こんつわ」と入ってくる。
新ちゃんが若旦那の目の下に隈が出ているのを見て、昨夜はさぞお楽しみと問いかけると、
「拙の眼を一見して、昨夜は乙な二番目がありましたろうとは、単刀直入……ききましたね。夏の夜は短いでしょうなと止めをお刺しになるお腕前、すんちゃん(「新ちゃん」のこと)、君もなかなか通でげすね」。
こうした自惚れ男や半可通をからかうのが、若いものたちの何よりの酒の肴。
こういう粋さは、「ちりとてちん」など足元にも及ばない。
それだけに演者としては難しく敬遠されるのだろう。
8代目文楽から志ん朝へと受け継がれたネタ、雲助の高座は人物の演じ分けも鮮やかに会場へ江戸の風を吹き込んでいた。
雲助の2席目「猫定」
八丁堀玉子屋新道の長屋に住む魚屋定吉という男、実は博打打ち。
朝湯の帰り行きつけの三河屋という居酒屋で殺されそうになっていた黒猫を助けて、自宅で飼うことになる。
猫嫌いのかみさんに文句を言われ、定吉が始終懐に入れて出歩くうち、この猫が賽の目で丁が出たときは二声、半が出たときは一声鳴くことに気付く。
さっそく賭場に連れて行ってたちまち大もうけ。いつも猫を連れてくるところから「猫定」とあだ名がついた。
この定吉、事情があって2か月ばかり江戸を留守にするが、そのあいだに女房のお滝が若い男を引き込んで密通する。
戻ってきた亭主が今度は邪魔になる。
お滝は間男をそそのかし、賭場の帰りの定吉を闇討ちにし殺してしまう。その時、定吉の懐からあの黑猫が飛び出してきて。
一方、間男の戻りを待つお滝、急に天井の引き窓から黒いものが飛び込んできて、悲鳴をあげたのがこの世の別れ。
翌朝、長屋の月番が喉を食い破られたお滝の死骸を見つけ、間もなく定吉の死骸が発見されたが、傍らで間男が喉を噛みちぎられて死んでいた。
長屋で定吉夫婦の通夜をしていると、棺桶から抜け出した二人の死骸が、すさまじい形相をして立っていたから長屋の連中は大騒ぎ。
そこへたまたま帰ってきた浪人があたりを調べると、腰張りの紙がぺらぺらっと動き、その度に死骸が踊り出すので、さては魔物かと脇差でと突くと、黒猫が両手に人の喉の肉をつかんで息絶えていた。
猫が恩返しに仇討ちをしたのだ評判になり、町奉行が二十五両の金を出し両国回向院に猫塚を建てて供養したという、猫塚の由来の1席。
日本の怪談には「化け猫」モノというジャンルがあるが、これらは猫が人間にのり移って復讐を果たすというストーリーが多い。
この「猫定」はむしろポーの「黒猫」を思い起こさせる筋立てだ。
長講でかなり陰惨な物語なので、6代目圓生以来絶えていたのを雲助が掘り起こしたネタだ。
雲助の演出は殺しのシーンをあっさりと描きながら、長屋の通夜の場面を滑稽噺風にまとめあげ、全体として後味の悪さを薄めていた。
いつもながらの人物の造形の巧みさも活きて、渾身の1席。
やっぱり雲助はいいねぇ。
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コメント
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好い会でしたね。
酢豆腐とちりとてちんは似て非なる噺でしょう。
若い衆の描き分け、とくに若旦那の造型が楽しいのですがね。
安藤問題、日本のメデイアはよくよくネタがないのでしょう。
TBS問題なんかもっと煽ってTBSが降りられなくしちゃえばいいのに^^.
投稿: 佐平次 | 2013/07/07 11:15
佐平次様
若旦那の描き方については文楽より志ん朝の方が一枚上です。それほど難しいと言えます。雲助は志ん朝の演出に近かったです。
安倍は共同記者会見を嫌い、各社単独のインタビューでしかも一面に掲載させるという手法でメディアを操っています。
たまに政権批判すれば取材拒否、この内閣がどこへ向かうか暗示しています。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/07/07 15:20
東京の噺家が『酢豆腐』ではなく『ちりとてちん』ばかり演じるのは、端的に言えば、あの若旦那の「すんちゃん!」が出来ないからだと思います。
吉原という舞台を演じる難しさと、あれだけの登場人物を描き分けることの難しさ、たしかに『ちりとてちん』の方がネタ自体に笑わせる要素が多い。
雲助のチャレンジ精神に拍手ですね。
安倍右傾化政権の言論弾圧にTBSは真っ当に反論できない。これが現在の政治とマスコミの現状ですが、何とも情けない。
投稿: 小言幸兵衛 | 2013/07/07 22:18
なんとまあ、今この会のチケットを発見しました。メモ帳に他の会合の予定を消した下に細かい字でありました^^。もったないなや!
投稿: 佐平次 | 2013/07/08 10:28
小言幸兵衛様
半可通の若旦那、確かに演じるのは難しいでしょう。でも東京の落語家なら大事にして欲しいネタですね。
TBSも自民党が出演拒否するなら放っておけばいいんです。そのうち向こうから出してくれと言ってきますよ。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/07/08 11:41
佐平次様
アー、勿体ない勿体ない。私も時々やってますけどね。
投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/07/08 11:43
お世話になります。とても良い記事ですね。
投稿: レイバン ウェイファーラー | 2013/07/27 02:07