「激動-GEKIDO-」川島芳子の物語(2013/8/24)
8月24日、新国立中劇場で行われた”「激動-GEKIDO-」川島芳子の物語”を観劇。
会場に着いて驚いたのは客のおよそ9割が女性、しかも若い人の多いことだ。私たちの世代ならまだ「男装の麗人=川島芳子」が思い浮かぶが、今では知らない人が大半だろう。
ロビーには有名なタレントから送られた生花が並び、その前で歓声をあげたり写真を撮ったりする女性たちや、出演者のグッズを買うのに行列を作る姿をみて、こりゃ場違いな所に来てしまったと後悔。
どうやら劇そのものというより、出演者のファンという人たちが多いとお見受けした。こちとらは逆にベテラン男優以外は主役を含め全て無知。
土曜の昼というのに客席後方には空席が目立ち、入りはいま一つのようだ。
脚本:横田理恵
演出:ダニエル・ゴールドスタイン
< キャスト >
水川あさみ/川島芳子
別所哲也/芳子の養父・川島浪速
桐山漣/芳子の召使い・緒方圭一郎
細貝圭/芳子の初恋の人・山家亨
神永圭佑/芳子の部下・野宮隼人
原嶋元久/芳子を崇拝・円城寺泰輔
田中茂弘/芳子の愛人・田中隆吉
佐々木喜英/芳子の夫・カンジュルジャプ&死神
浜丘麻矢/芳子の友人・李香蘭
浪川大輔/作家(ナビゲーター)
一口にいえば、川島芳子の、それも男関係を軸にして、人生を2時間15分で描いたドラマ。
先ず川島芳子というのはどういう人物だったか、オサライしてみよう。
川島芳子は本名「愛新覺羅顯㺭(あいしんかくらけんし)」といい、清朝末期の王女。 滅亡寸前の清朝を再興するため、学者の川島浪速の養女となり、日本人として育てられた。
17歳の時に自殺未遂を起こし、その後蒙古の王子と結婚するも破たん。この頃から男装を始めている。やがて田中隆吉の愛人となり、その手引きで日本陸軍の工作員としてスパイ活動。上海事変や満州国建国の裏で暗躍したとされる。
この事について、作家の村松梢風が彼女をモデルにしたスパイ小説「男装の麗人」を執筆、ベストセラーとなり、日本中から脚光を浴びる。
やがて日本軍の満州や中国への所業に怒り、軍部を批判するようになり、田中とも疎遠になっていく。
芳子とは逆に日本人でありながら中国で育ち歌姫として活躍した李香蘭(本名:山口淑子)とは、共に二つの国を故郷としていたことから親交があった。
日本の敗戦を中国でむかえた川島芳子は、中国国民党によって漢奸裁判にかけられ、銃殺刑にされた。
彼女の中国における活動によって知り得た情報は、日本軍はもとより中国国民党としても不都合なことが多かったため処刑を急いだという説がある。
またスパイ活動それ自体も、村松の小説がそのまま事実とされてしまったり、キーマンの田中隆吉の証言に疑問があるなどから、どこまで真実かは不明だ。
脚本は史実をベースにして、養父の川島浪速や、彼女を密かに慕う召使いの緒方圭一郎、初恋の人山家亨らとの愛憎を中心に描いている。
そういう意味では、史劇をラブストーリーで味付けしたともいえる。
セリフが陳腐だったり、言葉遣いが戦前とは違うんじゃないかと思わせる場面もあったが、全体としては成功していたのではなかろうか。
惜しむらくは特に若い出演者たちの演技が未熟で、観ていて終始違和感があった。もっと演技力のある俳優を集めて上演できたら評価が変ってきよう。
ベテランの別所哲也が舞台と締めていた。
舞台初主演という水川あさみは、ベッドシーンやら着替えシーンやら体当たりの熱演だったが、セリフに清朝の王女らしい品が足りない。男装しても川島芳子は「麗人」なのだ。
余談になるが。
登場人物のうち田中隆吉について付言すると、中国における日本軍の数々の謀略に関与、開戦時には陸軍省兵務局長を務め、終戦時は陸軍少将。
戦後の東京裁判においてGHQに召集され、キーナン検事から昭和天皇の戦争責任を回避するための協力を求められ、検事側証人として出廷した。
田中はキーナン検事との間で、戦中の田中の行為を不問にするという一種の司法取引により、終始検察側に有利な証言を行った。
田中がいなければ東京裁判が成り立たなかったといわれ、売国奴よばわりされたこともあった。
しかしこうした田中の行動も、全ては天皇に対する戦争責任追及を回避するという大きな目標のためと解釈する向きもあり、彼こそ真の愛国者と評する人もいる。
そのためか、田中に対し非公式ながら宮中から御下賜があり、田中は涙を流してこれを拝受したという。
公演は9月2日まで。
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