« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013/08/30

安倍政権に膝を屈してしまったマスメディア

前回の記事で安倍首相と日枝久フジテレビ会長との癒着ぶりを指摘したが、これに輪をかけているのが渡邉恒雄読売新聞本社会長(通称ナベツネ)だ。面談回数は岡村正日商会頭に次ぐ存在感を見せつけている。
この結果、産経と讀賣は安倍政権の広報宣伝紙と化しているようだ。
しかし癒着はこの二紙に限らない。
朝日新聞を始め、地方紙を含めたメディアの幹部たちが、次々と首相と会食している。「李下に冠を正さず」の諺あり。
そうしたメディアと安倍首相との関係がより鮮明になったのは、7月に行われた参院選だった。

参院選を通じてマスメディアが政権に膝を屈してしまった典型例だが、その一つがTBSへの圧力だ。
経過は6月26日夜に放送された”NEWS23”の中で伝えられたニュースに自民党がクレームをつけたのがきっかけだ。TBS側は直ちに「全体としては公平公正を欠いていない」という見解を発表したが自民党は納得せず、TBS側に番組上で訂正謝罪することを要求し、それが受け容れられないなら取材とTVへの出演依頼を全て拒否すると通告した。
その放送内容というのは虚偽ではなく、今までなら訂正や謝罪の対象とはならなかった。
ところがTBSはこの脅しに屈し、報道局長名で「指摘を重く受けとめる」との回答文書を出して手打ちにかかった。足元をみた自民党は「(TBSへの)出演の一時停止を解除する」という文書を発表した。
「解除する」だって何さまのつもりか、メディアも舐められたもんだ。

この経緯をみて他社が震え上がったのだ。明日は我が身と、以後のニュースについては神経を使うことになる。TBSへの「見せしめ」が功を奏したわけだ。
この「TBS問題」に対して抗議の声をあげたTV局は皆無、新聞では同系列の毎日のみが採りあげただけで、他紙は一切無視、「触らぬ神に祟りなし」とばかりダンマリを決め込んだ。

次は、時事通信社の候補者討論会が中止とされた件。表面上は時事の自主的判断としているが、その裏には自民党が候補者に出席しないよう指示したためとされている。
その理由だが、討論会のコーディネーターに下村健一・元TBSキャスターと、堀潤・元NHKアナウンサーが起用されることになっていて、これを自民党が嫌ったためだ。
自民党がダメといえば、メディアはそのまま受け容れる時代になっったのだ。

かくして温度差こそあるものの、マスメディア各社は安倍政権と自民党の前に膝を屈してしまった。
この件で当ブログでは春先に警告を発していたが、その危惧は今やすでに過去形になっている。
自民党は本部に「情報戦略室」をおいていて、そこが情報のコントロールセンターになっているようだ。
権力をチェックすべきマスメディアがその矜持を失えば、その先には言論や報道の自由に対する制限が待ち構えている。
メディアの猛省を促したい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/28

安倍晋三サンの夏休み

学生さんたちの夏休みもいよいよ最終ばんに入り、手つかずの宿題に頭を悩ます日々かと思われます。
我が国の総理、安倍晋三サンは今年11日間の休みを取ったようです。サラリーマンの方からすればウラヤマシイ限りでしょう。
その休みの期間、安倍首相がどのような行動を取っていたのかですが、下記のようです。

8月9日(金)18時47分東京・富ケ谷の私邸発、20時17分山梨県富士吉田市の串焼き店で、秘書官らと夕食。22時11分鳴沢村(富士山麓)の別荘着。

8月10日(土)7時14分鳴沢ゴルフ倶楽部(標高1100m)で、友人や秘書官とゴルフ。

8月11日(日)8時31分富士桜カントリー倶楽部で、本田悦朗内閣官房参与(静岡県立大教授)や友人らとゴルフ。17時別荘着。同20分本田氏が入る。20時58分本田氏が出る。

8月12日(月)8時1分別荘発。9時37分首相官邸着。11時49分羽田空港発。16時7分、山口県長門市で安倍家の墓参り。18時56分後援会主催の夕食会。

8月13日(火)13時38分山口県萩市の松陰神社で、河村建夫自民党衆院議員、野村興兒萩市長らと参拝。

8月14日(水)10時49分東京・六本木のホテルのフィットネスで運動。18時47分東京・紀尾井町のホテルで、菅義偉官房長官、中川秀直自民党元幹事長、志太勤シダックス最高顧問らと会食。

8月15日(木)8時44分首相官邸着。9時30分メネンデス米上院外交委員長が表敬。10時12分閣議。11時33分武道館で全国戦没者追悼式。18時56分山梨県鳴沢村の笹川陽平日本財団会長の別荘で、笹川氏、森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、石原伸晃環境相、加藤勝信官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐らと夕食。

8月16日(金)6時59分富士桜カントリー倶楽部で、森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、石原伸晃環境相、日枝久フジテレビ会長らとゴルフ。17時30分別荘で、古森重隆富士フイルムホールディングス会長や日枝久フジテレビ会長らとバーベキュー。

8月17日(土)7時5分富士ゴルフコースで、古森重隆富士フイルムホールディングス会長夫妻、昭恵夫人らとゴルフ。17時46分日本料理店でJXホールディングスの渡文明相談役(今年10月に設立する官民ファンド「民間資金等活用事業推進機構」の初代社長に起用とか)、長谷川栄一首相補佐官らと会食。昭恵夫人同席。

8月18日(日)8時27分鳴沢ゴルフ倶楽部で、御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長、渡文明JXホールディングス相談役、杉田亮毅前日本経済新聞社会長、長谷川栄一首相補佐官らとゴルフ。

8月19日(月)10時55分河口湖美術館で、現代美術コレクターで精神科医の高橋龍太郎氏のコレクション展を鑑賞。

8月20日(火)6時52分富士桜カントリー倶楽部で、山本有二衆院予算委員長、鴨下一郎自民党国対委員長、日枝久フジテレビ会長とゴルフ。

首相は11日間で実に6回のプレイ、よほどゴルフが好きなんでしょうね。いっそゴルファーにでもなったら。
気になるのはやはり日枝久フジテレビ会長と2回もプレイしていることで、メディアと権力の癒着批判なんてどこ吹く風。
日枝氏といえば民放のドンと言われている人物。マスメディア経営者としての矜持はどこへ行ったんでしょう。
もっとも今や安倍政権の宣伝媒体と化したフジ・サンケイグループだから、政治的中立や不偏不党など、もうとっくに投げ捨てているのだろう。

この項続く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/27

「ザ・ベスト・オブ・白酒」(2013/8/26)

8月26日、"SHIBUYA PLEASURE PLEASURE Mt.RAINIER HALL"(これ、日本ですよ)で行われた”第3回Mt.RAINIER落語会「ザ・ベスト・オブ・白酒」”。渋谷の道玄坂に入ってすぐのビルの6階、普段はコンサートホールとして使われているようだ。
会のタイトルの「ベスト」の意味だが、この会の主催者・広瀬和生氏が選んだ演目(だしもの)という意味らしい。
チラシに書かれた広瀬氏の文章では
【江戸落語の枠組みに強烈なギャグと鋭い毒を織り交ぜ、現代人が普遍的に笑える噺を高いクオリティで提供する「古典落語のニューウエーブの旗手」桃月庵白酒の神髄を、とくと御堪能いただきたい。】
とあった。
ここまで言われたら、白酒さん、以って瞑すべしだ。

<  番組  >
三遊亭たん丈「出来心」
桃月庵白酒「臆病源兵衛」
桃月庵白酒「火焔太鼓」
~仲入り~
桃月庵白酒「船徳」

人間、好きなことが出来るというほど幸せなことはない。だが世の中の大半の人は、こと志と違った道を歩んでいるのではなかろか。
そういう意味で、噺家に限ってはほぼ全員が好きでなっているのだろう。
しかし人間には向き不向きがあり、落語家にしても本人の適性と職業が一致するとは限らない。
別に他意はない、これは独り言。

そこいくと白酒の場合は根っからの芸人だ。この人なら他の芸能に行っても成功しただろう。それだけ放つキャラが強烈なのだ。
二人会を組んだ相手の噺家が、白酒とはやりにくいと高座で語ることがあるが、あれは半分は本音だと踏んでいる。
私の見立てでは白酒の特長は、登場人物の性格を誇張あるいは戯画化し、そこに現代的なギャグで味付けしているというものだ。白酒の「毒」はよくいわれるが専らマクラの部分であり、ネタそのもに「毒」があるとは思えない。
その成功例が「松曳き」であり「徳ちゃん」であり「木乃伊取り」「山崎屋」などだ。
反面、そうした強烈な個性が古典オリジナルの情緒を損なうこともある。この辺りはメダルの表裏の関係で、後は好みの問題でもある。
私がもし白酒の三席を選ぶとしたら、この日の演目は入らない。

白酒の1席目「臆病源兵衛」
白酒はしばしば前に上がった若手(前座or二ツ目)をイジルが、あれはやめた方がいい。フォローのつもりかも知れないが、同業者を貶すというのはどうも後味が悪い。言わずとも客は分かってる。
ネタは大師匠の馬生が演じていご絶えていたのを白酒が復活させたもの。
源兵衛の臆病ぶりが誇張して描かれ、一段と面白い噺に仕立てのは白酒の功績。
ただ好みからいえば、先日の鈴本での弟弟子・馬石の高座の方が、先代馬生を彷彿とさせていて良かったように思う。

白酒の2席目「火焔太鼓」
半鐘どころか火の見櫓さえ無くなってしまい(子供のころは東京でも見られた)、「おジャンになる」という言葉も死語になってしまった昨今、こういうネタはやりにくかろう。
サディスティックな女房と小心翼々たる甚兵衛とをより極端に対比させた、白酒の力技を見せつけるネタだが、この日は言い間違いや小さなミスが目立ち、出来としては良くなかった。
甚兵衛が隠居に売った火鉢を倍値で買い戻すというギャグも感心しない。

白酒の3席目「船徳」
師匠の雲助もそうだが、大師匠より志ん朝の演出をベースにしている。
徳が親方に船頭になりたいと頼むとき船頭の社会的役割を説いて説得する場面や、船の竿を魯に替えるとき懐からマニュアルを取り出して読む場面、徳が「助けて~」と叫ぶと近くにいた女衆が声をそろえて「徳さん、がんばってぇ」と声援をおくる場面、疲れて立ち往生した徳が「向いてないのかなぁ」と呟く場面が独自の演出。
全体に徳のヘバリ具合が強調されていて、それに高座の白酒の姿が二重写しとなり客席の共感をよんでいた。
二人の客の造形も良く出来ていて好演、期待に違わぬ高座だった。

白酒の体が動くたびにギシギシなる高座、あれは何とかならないのか。
落語会を開く以上、こうした点にこそ神経を使わねばなるまい。

【記事の訂正】
”「臆病源兵衛」を白酒が復活させた”という記事について、泥水さんからご指摘を受けて調べたところ、師匠・雲助が復活させてもののようです。
雲助の2005年7月16日「第53回朝日名人会」での音源がCDとして発売されており、当方の誤りとして訂正いたします。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2013/08/25

「激動-GEKIDO-」川島芳子の物語(2013/8/24)

8月24日、新国立中劇場で行われた”「激動-GEKIDO-」川島芳子の物語”を観劇。
会場に着いて驚いたのは客のおよそ9割が女性、しかも若い人の多いことだ。私たちの世代ならまだ「男装の麗人=川島芳子」が思い浮かぶが、今では知らない人が大半だろう。
ロビーには有名なタレントから送られた生花が並び、その前で歓声をあげたり写真を撮ったりする女性たちや、出演者のグッズを買うのに行列を作る姿をみて、こりゃ場違いな所に来てしまったと後悔。
どうやら劇そのものというより、出演者のファンという人たちが多いとお見受けした。こちとらは逆にベテラン男優以外は主役を含め全て無知。
土曜の昼というのに客席後方には空席が目立ち、入りはいま一つのようだ。

脚本:横田理恵
演出:ダニエル・ゴールドスタイン
<  キャスト  >
水川あさみ/川島芳子
別所哲也/芳子の養父・川島浪速
桐山漣/芳子の召使い・緒方圭一郎
細貝圭/芳子の初恋の人・山家亨
神永圭佑/芳子の部下・野宮隼人
原嶋元久/芳子を崇拝・円城寺泰輔
田中茂弘/芳子の愛人・田中隆吉
佐々木喜英/芳子の夫・カンジュルジャプ&死神
浜丘麻矢/芳子の友人・李香蘭
浪川大輔/作家(ナビゲーター)

一口にいえば、川島芳子の、それも男関係を軸にして、人生を2時間15分で描いたドラマ。
先ず川島芳子というのはどういう人物だったか、オサライしてみよう。
川島芳子は本名「愛新覺羅顯㺭(あいしんかくらけんし)」といい、清朝末期の王女。 滅亡寸前の清朝を再興するため、学者の川島浪速の養女となり、日本人として育てられた。
17歳の時に自殺未遂を起こし、その後蒙古の王子と結婚するも破たん。この頃から男装を始めている。やがて田中隆吉の愛人となり、その手引きで日本陸軍の工作員としてスパイ活動。上海事変や満州国建国の裏で暗躍したとされる。
この事について、作家の村松梢風が彼女をモデルにしたスパイ小説「男装の麗人」を執筆、ベストセラーとなり、日本中から脚光を浴びる。
やがて日本軍の満州や中国への所業に怒り、軍部を批判するようになり、田中とも疎遠になっていく。
芳子とは逆に日本人でありながら中国で育ち歌姫として活躍した李香蘭(本名:山口淑子)とは、共に二つの国を故郷としていたことから親交があった。
日本の敗戦を中国でむかえた川島芳子は、中国国民党によって漢奸裁判にかけられ、銃殺刑にされた。
彼女の中国における活動によって知り得た情報は、日本軍はもとより中国国民党としても不都合なことが多かったため処刑を急いだという説がある。
またスパイ活動それ自体も、村松の小説がそのまま事実とされてしまったり、キーマンの田中隆吉の証言に疑問があるなどから、どこまで真実かは不明だ。

脚本は史実をベースにして、養父の川島浪速や、彼女を密かに慕う召使いの緒方圭一郎、初恋の人山家亨らとの愛憎を中心に描いている。
そういう意味では、史劇をラブストーリーで味付けしたともいえる。
セリフが陳腐だったり、言葉遣いが戦前とは違うんじゃないかと思わせる場面もあったが、全体としては成功していたのではなかろうか。
惜しむらくは特に若い出演者たちの演技が未熟で、観ていて終始違和感があった。もっと演技力のある俳優を集めて上演できたら評価が変ってきよう。
ベテランの別所哲也が舞台と締めていた。
舞台初主演という水川あさみは、ベッドシーンやら着替えシーンやら体当たりの熱演だったが、セリフに清朝の王女らしい品が足りない。男装しても川島芳子は「麗人」なのだ。

余談になるが。
登場人物のうち田中隆吉について付言すると、中国における日本軍の数々の謀略に関与、開戦時には陸軍省兵務局長を務め、終戦時は陸軍少将。
戦後の東京裁判においてGHQに召集され、キーナン検事から昭和天皇の戦争責任を回避するための協力を求められ、検事側証人として出廷した。
田中はキーナン検事との間で、戦中の田中の行為を不問にするという一種の司法取引により、終始検察側に有利な証言を行った。
田中がいなければ東京裁判が成り立たなかったといわれ、売国奴よばわりされたこともあった。
しかしこうした田中の行動も、全ては天皇に対する戦争責任追及を回避するという大きな目標のためと解釈する向きもあり、彼こそ真の愛国者と評する人もいる。
そのためか、田中に対し非公式ながら宮中から御下賜があり、田中は涙を流してこれを拝受したという。

公演は9月2日まで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/23

近ごろ気になる、「させて頂く」の乱用

近ごろやたらに耳にするのが「させて頂きます」という表現の乱発だ。
政治家や芸能人あたりが盛んに使いだして一般に広めたのだろう。少なくとも私の若いころには使った記憶がないし、他人のそうした表現を耳にするのも稀だった。
政治家で最も多用したのは鳩山由紀夫だったと記憶しているが、今では猫も杓子も、総理の会見でさえ使われる。実に不快。
芸能人が交際がバレタリすると、「お付き合いさせて頂いております」なんて答えている。
この分じゃ、いずれ、
合体させて頂き
妊娠させて頂き
出産させて頂き
結婚させて頂き
離婚させて頂きました
ってなことになるんだろう。勝手にしろだ。
どうも「させて頂く」を敬語か謙譲語と勘違いしているフシがある。

この言葉がイヤなのは、「させて頂く」というのはこちら側の許諾あるいは承諾を得た上で、ある行為を行うという意味だからだ。
2007年に文化審議会が文科相に答申した「敬語の指針」に、「させていただく」の表現について書かれているが、こうある。
【「…(さ)せていただく」といった敬語の形式は,基本的には,自分側が行うことを,
ア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,
イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われる。
したがって,ア),イ)の条件をどの程度満たすかによって,「発表させていただく」など,「…(さ)せていただく」を用いた表現には,適切な場合と,余り適切だとは言えない場合とがある。】

例えば私が友人に本を貸して、後日「あの本、どうでした?」と訊いたとき、相手が「早速読ませて頂きました」と答えるのは正しい。
何故なら、自分が相手に本を薦め、相手もそれを好意的に受け止めているからだ。
それに反して、当方が許可も承認もした憶えがないのに、一方的に「させて頂きます」などと言われるのは心外だし、敬語どころか却って慇懃無礼に感じてしまう。

自分の意志で行うのなら「します」「いたします」で十分だ。
「させて頂きます」などと他人に押しつけないで欲しい。
「汚染水は海に流させていただきました」なんて真っ平御免。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/22

江戸時代の「茶屋遊び」

石川県金沢市に「ひがし茶屋街」の名称で知られる地区がある。
浅野川の東岸に位置し、文政3年(1820)に当時の加賀藩により公許された茶屋町だ。街路に面して一階に出格子を構え、二階の建ちを高くして座敷を設ける「茶屋建築」が連なっている。
なかでも「志摩」は創建当時の姿をそのまま残していて重要文化財に指定されている。「お茶屋」の重文は全国でもここだけではないだろうか。
8月19日に訪れる機会があったので、建物と共に当時の「茶屋遊び」がどのようなものだったかを紹介したい。

「茶屋」「お茶屋」というのは「客に遊興・飲食をさせる店」の総称で、それこそピンからキリまであるが、ここはかなり格式の高いお茶屋だったようだ。
一階はスタッフルームなので天井高は低く、二階はゲストルームなので高くこしらえている。
Photo
二階の客間だが、押し入れや間仕切りなど一切ない開放的な造りになっているのは、遊芸を主体とした建物だということを示している。
客筋は上流町人や文人たちで、封建時代のもと、わずかに許された町方の娯楽と社交の場であった。
客は床の間を背にして座り、遊芸を楽しむ。
Photo_2
こちらが舞台となり、様々な芸が披露される。三味線や太鼓、琴、笛に舞、謡曲と披露される芸は実に多彩であったようだ。
Photo_3
茶室もあってここでは茶の湯、俳諧などが行われていた。
従ってこうしたお茶屋にあがる客も芸妓も、そうした幅広い教養を身に着けていることが求められた。
Photo_4
もちろん一見さんお断りだが、それも理由がある。
こういう店ではその場で客に金を払わせるなどという野暮なことはしなかった。勘定は全て後日取りに行っていたので、店と客との信頼関係がなければ成り立たぬ。だから常連客に限っていた。
また店側からすれば客によって持て成し方を変えるので、馴染みの客でないと困るという事情もあったようだ。
お茶屋の中庭だが、小ぶりながら粋だ。
Photo_5
台所だがいわゆる調理場はない。料理は全て仕出しで、店では酒や湯茶だけを供した。
Photo_6
芸妓たちの化粧室。ここで支度をしていた彼女たちの姿が浮かんできそうだ。
Photo_7

こうして培われたお茶屋の文化は、後の芝居や音楽、美術工芸にいたる日本文化に多大な影響を与えたというのも納得できる。

因みに落語に出てくる「茶屋」は、掛け茶屋・引き手茶屋・出会い茶屋・芝居茶屋・相撲茶屋などで、
今回のお茶屋とはだいぶ趣が異なる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/20

敢えて「正蔵」を擁護する

月刊誌「図書」2013年8月号に多田一臣氏が「林家正蔵のこと」という記事を書いている。もちろん俗に彦六の正蔵、8代目林家正蔵のことだ。
多田氏は正蔵の熱烈なファンで、その思いが溢れる文章になっている。
なかでも興味深いのは、弟子の5代目春風亭柳朝が師匠をこう語っている。
【おやじさんの芸というのは、表現はちょっとうまくないけど、素人には分からない芸だと思うんです。落語をきく方にある程度の素養がないと、おやじさんのニュアンスまで理解できないんですよ。】
これについて多田氏は、「まったくその通りというほかはない」と賛意を表している。
例えば江戸言葉には「兎にも角にも」「兎角」という表現はあるが、「兎も角」「兎に角」という言い方は無かったのだそうだ。こういう点にまで神経を行き届かせていたのは正蔵以外いないと断言している。
この他にも興味深い内容が沢山含まれていて、関心のある方はご一読をお薦めする。

ここからが本論。
多田氏の記事の末尾にこう書かれている。
【最後に余計な一言を。林家正蔵という名跡は怪談噺の家元の名で、いわば公器にも等しい。それを現九代目が継承するに際して、期界の関係者、さらには批評家諸氏のいずれからも異論が出なかったことに対して、いまだに疑念を消せずにいる。私は落語愛好家の端くれに過ぎないが、この機会にあらためて申し述べておきたい。】

確かに当代正蔵の襲名に際しては周囲の落語愛好者からは不満の声が強かったし、今でも尾を引いている面がある。最大の理由はあまりに先代と芸風が違い過ぎ、芸も未熟で正蔵の名を汚すというものだ。多田氏もそうした意見のようだ。
では7代目正蔵のことはどうなのだろう。
私はもちろん知る由もなく、母親からきいたり、資料で見たりした範囲であるが、ギャグを入れ込んだ滑稽落語を得意としていたようだ。実子・三平の決めゼリフ「どうもすみません」や、額にゲンコツをかざす仕草も元来は7代目正蔵が始めたものらしい。
少なくとも「怪談噺の家元の名で、いわば公器にも等しい」という芸風ではなかったのは確かなようだ。
この点に関して当代への襲名を批判するのであれば、7代目正蔵のことにも触れなければ公正とは言い難いのではなかろうか。

当代(9代目)林家正蔵についての私の見立てだが、華やかさがないし周囲をパッと明るくするキャラでもない。むしろ芸風は暗い。あの擦れ声がカンに障るという人もいるし、舌足らずで滑舌も悪い。
つまり噺家に必要な資質という観点からすれば、マイナスだらけだ。
しかし定席では度々トリを取り、各種落語会にも多数出演している。これを「親の七光り」や「メディアでの人気先行」だけに片づけるわけにはいくまい。
むしろ正蔵本人の努力の結果とみるべきだ。
襲名をきっかけに芸風を大きく変えたことも評価されて良い。

噺家は努力さえすれば誰もが名人・上手になれるわけじゃない。そこそこで終わる人もいるし、それはそれで存在価値がある。
落語家の襲名というのは他の古典芸能と異なり、必ずしも先代の芸風を継ぐことが求められるものではない。むしろ現役の名跡襲名者をみれば、先代の芸を正統に継いでいる人の方が少数だ。
それだけ落語家の襲名というのは良く言えばユルヤカ、悪く言えばイイカゲンなのだと思う。
そろそろ当代正蔵に対して、先代や父親の三平との比較で論ずるのはやめたらどうだろうか。
好き嫌いは別としてだが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/17

国立演芸場八月中席(2013/8/16昼)

暑さの中にも朝夕はそこはかとなく秋の気配が感じられる今日この頃。オレは、さん喬か。
8月16日、国立演芸場八月中席の昼の部(金曜のみ昼夜興行)へ。
こちらもお盆興行だが、トリの歌丸以外は普段の顔ぶれ。鈴本とは対照的で静かなお盆興行だ。
後で小南治が語っていたが、この中席は2007年以来一日も休まず大入り満員が続いているそうだ。
してみるとお盆は国立で歌丸を聴くのを恒例にしている人も少なくないということだ。芸人としてこれほど有り難いことはない。だから一度も穴をあけることなく出演しているのだろう。
落語協会の会長にも見習って欲しいものだ。何だか白酒に似てきたな。

前座・三遊亭遊かり「子ほめ」
<  番組  >
柳亭小痴楽「浮世床」
東京ボーイズ「ボーイズ」
桂小南治「棒鱈」
コントD51「コント」
雷門助六「虱茶屋」と「あやつり踊り」
~仲入り~
春風亭柳好「壺算」
松乃家扇鶴「音曲」
桂歌丸「お熊の懺悔」
(三遊亭圓朝作 語り直して真景累ヶ淵)

小痴楽「浮世床」
5代目柳亭痴楽の息子さんながら若いのに師匠が3人変わって苦労しているのだろう。
当代は3代目だが、初代、2代目ともに人気者だったから、是非頑張って欲しい。
東京ボーイズ
楽器を持った漫才というのはこの二人だけになってしまったのだろうか。それもウクレレと三味線の取りあわせはユニークだ。
謎かけ問答は健在で、古い中に洒落た感性をチラリと覗かせえる。
色物は芸協だ。
小南治「棒鱈」
実力派の一人、独特の節回しがネタに活かされ楽しめた。
場面の切り替えにもう少し「間」が取れれば、もっと面白かったと思う。
コントD51
国立じゃなくて、ここは東洋館かと思わせる臭さ、そこがいいんでしょうね。
昔懐かしのギャグ、こういうのを好む人もいる。
助六「虱茶屋」と「あやつり踊り」
先代譲りの得意ネタと踊りで大喝采。
日々新しくなっていくお笑いの世界だが、こうした伝統を受け継ぐのも大事だ。
「虱」を「ホワイト・チイチイ」というのは死後かな。
柳好「壺算」
短縮版だったが壺算だけにツボは外していない。
明るい芸風で仲入り後のざわついた客席を沸かせる。
扇鶴
男の音曲師も減りましたね。貴重な存在だ。
唄も語りも不思議なイントネーションで、高音では美声を響かせる。
時間と空間がユッタリと流れる高座。
この人、千家松人形の弟子だったんだ。人形さん、綺麗でしたね。

歌丸「お熊の懺悔」
「真景累ヶ淵」の最終章とあり、あの圓生や正蔵さえ高座にかけていなかったようで、三遊亭圓朝以来の高座になるのだそうだ。
歌丸がマクラで、圓朝の作品は大師匠の今輔から教わったと言っていた。それなら本物。圓朝の弟子・一朝から正蔵と今輔二人は圓朝の噺を叩きこまれている。今輔は後に新作主体になってしまったが、若いころに身に着いたものは忘れない。そういう人に指導を受けた歌丸は幸せだ。
さて、粗筋を書こうと思うが何しろ圓朝作というのは人物が複雑に錯綜しており。人間関係の説明だけでこの記事が終わってしまう。だからこれは省略。
もう一つ、「真景累ヶ淵」を紹介しているサイトを見ると、原作は更に複雑なようだ。
歌丸の演出はその中で、新吉にかかわる部分をとりだし編集したと思われる。「語り直して」というはそういう意味だろう。

ストーリーは。
強請に来た甚蔵を谷底に落とし新吉とお賎、再び這い上がってきて襲い掛かろうとした甚蔵をお賎が射殺してしまう。もうここには居られぬと、新吉とお賎は逐電する。
それから7年のある日、茶屋で馬方の作蔵が新吉とお賎に声を掛けてきた。
作蔵から母親の納骨に行く途中の三蔵を馬に乗せるという話をきいた二人は、作蔵と謀って三蔵を殺害し金を奪う。分け前を要求する作蔵も切り捨ててしまう。
逃げ出した新吉とお賎は、雨宿りのため観音堂に入る。観音堂には一人の老尼が居た。
話を聞いているうちに、この老尼こそ、幼いお賎を捨て男と逃げた母親・お熊だと判る。
この老尼が語るには、かつて深見新左衛門の妾で、お賎の父親は新左衛門だという。さらに、お賎には父親が違う兄が居てこれが甚蔵だという。
腹違いの兄妹と判った新吉とお賎、7年間に殺した甚蔵はお賎の種違いの兄。
因縁の深さに恐れをなした新吉、ふと見ると鎌が落ちている。三蔵の焼印が入っていて、新吉がお久を殺し、お累が自害した鎌。
新吉は、”ここにあるのも因縁。”と、鎌を取りお賎を殺し、自らも腹を切る。

歌丸はしっかりとした口調で語り、登場人物の描写も鮮やかにこの難しいネタを演じ切った。
ここ数年の歌丸を見ていると、ますます元気になり芸に磨きをかけてきた。
来年からはどのような演目に挑戦するのか、楽しみだ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2013/08/14

鈴本「さん喬・権太楼 特選集」(2013/8/13)

「暑いねといえば暑いねとこたえるクソ暑さ」、連日猛暑日がつづきますなぁ。
でも去年までの電気が足りないキャンペーンは、今年どうなちゃったんでしょうね。政府が原発再稼働方針を決めたとたん引っ込んじゃいました。ヤッパリね。
鈴本演芸場8月中席夜の部は「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼 特選集」で、その3日目に出向く。
二人は既に10日分ネタ出ししていて、この日が一番面白そうだからということで選んだ。
前売りは完売だったが、開演時には当日券が多少残っていたようだ。

<  番組  >
柳亭左龍「宮戸川」
三増紋之助「曲独楽」  
春風亭一朝「転失気」
隅田川馬石「臆病源兵衛」
柳家喬太郎「宗漢」
江戸家小猫「ものまね」
春風亭一之輔「初天神」
露の新治「狼講釈」
~仲入り~
林家二楽「紙切り」   
柳家さん喬「小言幸兵衛」            
鏡味仙三郎社中「太神楽曲芸」  
柳家権太楼「佃祭」

今回の寄席の注目点は「露の新治」。
「盆と正月が一緒に来た」 という言葉があるが、寄席の世界ではお盆と正月は昔から特別興行として人気者を並べ集客する。この席に出られる、とりわけトリや中トリは名誉だろう。
その盆の寄席の中トリに上方落語からゲストを招くという企画については、必ずしも歓迎する噺家ばかりではあるまい。
中トリなら落協にも出来る人は大勢いる。
そうした中で露の新治をどう迎え撃つか、そこに注目したい。

開口一番が左龍だから豪華だ。ネタは「宮戸川(序)」。
地味だが着実に上手くなっている。
左龍の描く霊岸島のおじさんは元遊び人だろう。酸いも甘いもかみ分けていると同時に女性には目が無いタイプだ。お花が外から玄関に入ってくるのを見つめる目は、男が若い女性を見る目だ。半七がグズグズ言うと、「お前が嫌なら叔父さんが取っちゃうぞ!」というセリフは半分は本音だ。だから婆さんが焼き餅を焼く。
お花が半七と夜更けに出会うのも、実はお花が待ち伏せしていたという設定。叔父さん宅の2階で二人きりになった際もお花が終始積極的な姿勢を見せる。
独自の解釈もピタリとハマリ好演。

一朝「転失気」、一口でいうと不出来。
先ずマクラでおならの事に触れたが、これでは最初から種明かしをしているようなものだ。
もちろん客はこのネタの筋は知ってるが、それは知らないというお互いの約束のはずだ。
この噺の眼目は、和尚と医者の演じ分けにある。それぞれをそれらしく演じねばならぬ。一朝の高座では二人の区別がつかない。

馬石「臆病源兵衛」、結構でした。
先ずネタの選定が良い。寄席にかかる機会の少ない演目だがお盆の季節にはピッタリ。この時期だからやはり季節感のあるネタを演じて欲しいのだ。
暗所恐怖症の源兵衛の恐がり方に客席が沸いていたが、何よりこの人は「間」がいい。滑稽噺にも磨きがかかり、これから更に飛躍するのは確実。楽しみな存在だ。

喬太郎「宗漢」
ちょっと「金玉医者」に似てるがこちらは「宗漢」。珍しいネタで恐らく喬太郎しか演じ手がいないのではなかろうか。
名医だけど貧乏な「宗漢」という医者が、隣町のある家に往診に行くのに、下男を首にしていてお供がいない。そこで妻を男装させてお供として連れていく。
無事診察も済んで帰ろうとすると大雨で帰れなくなり、一晩泊まることになる。
夜具の余分がなかったので医者は主人の倅と、お供(妻)は下男の布団で寝るはめになる。
翌朝医者たちが帰ってから、倅が「お父さん、昨夜ボク、あのお医者さんと寝たでしょ。あのお医者さん、貧乏だね」「なぜ?」「フンドシしてなかったよ」。
それを聞いていた下男が、「そりゃそうだろう。あのお供なんか、金玉がなかったからな」。
そう面白い噺ではないが、馬石に続き珍しいネタを敢えて続けて掛けたところに喬太郎の心意気を感じた。

一之輔「初天神」
もう何度聴いただろう。その度に金坊がパワーアップし、ますます手におえない存在になっている。
こうした工夫が一之輔の人気を支えているのだろう。
この人の高座はリズムが良い。だから少々アクの強い演出をしても心地よいのだ。
場内は終始大爆笑。一之輔が敢えて季節外れのネタで勝負してきたのも、中トリの新治に対する挑戦とみたのは穿ち過ぎだろうか。
少なくとも、この後の出番はやりにくい筈だと。

新治「狼講釈」
「待ってました」の掛け声と大きな拍手で迎えられての登場。鈴本には昨年に続き2度目の出場で、この間東京で何回か落語会を開いていて、お馴染みになりつつある。もしかすすると新治は大阪より東京の方が人気が高いのではと、そんな気さえする。
ネタは先日の三田落語会と同じだが、出だしはやや硬さが見られてものの中盤から本調子になり、得意の講釈では一気呵成、客席の反応も良かった。
ただ前に演じた3人から、かなりのプレッシャーは受けていたのではなかろうかと、これは推測だが。

さん喬「小言幸兵衛」            
さん喬の欠点は丁寧さがクドさになり、リズムを悪くしてしまうことだ。
一例をあげれば、大家が「飴屋ならベトナム」というと仕立て屋が「飴屋だけにベトナムとは、大家さまも洒脱な方ですね」と返す。この繰り返しが余計だし、噺の流れを崩してしまう。こういった所が随所に見られた。
それと大家が「お前のところに鮫鞘の刀はあるか?」というと、仕立て屋が「鮫鞘はございませんが陸軍払い下げのサーベルはございます」と答える場面は欠かせないように思うのだが。
このネタに関しては、全体として弟子の喬太郎の方が出来が良い。

権太楼「佃祭」
45分の長講だが、次郎兵衛が出かけるまでの前半と、与太郎が身投げを探す後半がカットされていた。
後半はともかく、前半の場面で次郎兵衛の女房が極度の焼きもち焼きだと分からせるシーンは、この噺の骨格部分にあたるので欠かせない。だから次郎兵衛は無理を言ってでも早く舟を出してくれとせがむのだ。前半を切っているとここでの説得力が無くなってしまう。
長屋の衆が次郎兵衛の遺体を探しに行く場面もカットされていたが、女房が証として「二の腕に”たま命”と彫り物があります」というセリフもこのネタには欠かせない筈だ。
次郎兵衛と船頭の女房との会話は人情噺風に掘り込まれていて良かったが、上記の点に不満が残った。

むしろ仲入り前の好演が印象に残ったお盆興行だった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013/08/12

「大使の座」がカネで買える米国

以前に読んだ、ジェフリー アーチャー「ケインとアベル」(訳:永井淳、新潮文庫)だが、この著者の経歴が愉快だ。若いころ芸能プロみたいな会社を興してひと山当てて財をなし、豪邸を構えて美術品を蒐集するという優雅な暮し。
やがて最年少で英国下院議員に当選という正に順風満帆。
しかし「好事魔多し」の例えあり、革命的な排気ガス浄化装置というサギ話にひっかかり全財産を失って破産宣告。おまけに議員の座まで失い妻に喰わせて貰う有り様。
そこで借金返済のために一念発起、小説を書き始めるとこれがベストセラー。今や人気作家の仲間入りという。事実は小説より奇なり。小説より著者の人生の方が面白いくらいだ。
ここまでがマクラ、ここから本題。

小説の主人公のうちアベルはポーランドの貧しい家に生まれ、当時ロシアがポーランドを侵略、アベルは家族、友人皆殺しにされ、ロシアの強制収容所に入れられる。
そこを何とか脱出し欧州を横断、米国にたどりつき懸命に働いて国籍も得る。
やがてアメリカのホテル王としてのし上がってゆくのだが、ホテル建設には政治力が要る。アベルは民主党議員に近づき資金提供の見返りに様々な便宜を図ってもらう。
やがて1960年アメリカ合衆国大統領選挙に民主党指名候補として出馬したジョン・F・ケネディを支援し、アベルは多額の選挙資金を提供する。その結果ケネディは、共和党のリチャード・ニクソンを僅差で破り大統領に当選する。
アベルはケネディ陣営に対し、自分をポーランド大使に任命するよう約束させる。
この辺りの描写は、作者の下院議員だった時の経験が活かされているようだ。
そうか、アメリカでは大使の座を金で買えるのかと思った。

そこで先日、ケネディの娘のキャロライン・ケネディが2013年秋に駐日米国大使として就任するとの発表があった。
理由は簡単明瞭、バラク・オバマの大統領選挙戦で大きな貢献をしたということ。この貢献にはもちろん多額の献金が含まれていることは言うまでもない。
やはり大使の座は金で買えるのだ。
日本ではさすがにこれは通るまい。
そういう意味ではまだまだアメリカよりはましだということ。

因みに日本では神様のごとく尊敬を集めているジョン・F・ケネディだが、1950年代に吹き荒れた共和党上院議員ジョセフ・マッカーシーによる赤狩り(マッカーシズム)に積極的に協力した。
1950年のカリフォルニア州選出上院議員選挙では、相手方の共和党候補リチャード・ニクソン陣営に秘密裏に献金している。
また1960年代にベトナムへの軍事介入を拡大させ、ベトナム戦争の引き金をひいたのもケネディだ。
そういうダーティな面も持っていたことを付言しておく。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013/08/11

「アウシュヴィッツ」見学記

別館にて連載中の旅行記ですが、この回は「アウシュヴィッツ=ビルケナウ」強制収容所の見学記です。
ぜひ多くの方に読んで頂きたく、改めてご紹介いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/10

「降圧剤データ操作」にみる「産学官」の癒着構造

製薬会社ノバルティスファーマの降圧剤「ディオバン」(一般名バルサルタン)の医師主導臨床研究で、同社の社員(当時)がデータ操作に関与した疑いが指摘されている問題で、同社が医師主導臨床研究を行った京都府立医科大など5大学に対し、2002-12年の間に11億円を超える寄付をしていたことが明らかになった。
大学ごとの寄付金額は、
京都府立医科大:約3億8170万円
名古屋大:約2億5200万円
千葉大:約2億4600万円
慈恵医科大:約1億8770万円
滋賀医科大:約6550万円
の順。
いずれも同社の医師主導臨床研究にかかわった大学で、臨床研究の主任研究者が主宰する研究室などに対して寄付したとしている。

ヤッパリ、というのが率直な感想だ。
製薬会社からカネを貰ったから、大学側がデータを改ざんし、効果があるような形で論文を書いたという、実に単純な話なのだ。
やれ元社員がどうの、元教授がどうのと責任を押し付けているが、それは違う。
こんなに多額の寄付を頂きながら、試験を依頼された薬品がまったく効果がありませんなんて結果が出せるわけがない。
もし効果が不明瞭なら、効果がはっきりするような条件に変更してテストする。
それでもダメならデータそのものをいじるしかない。
それで大学側も製薬会社も双方ハッピーになり、また来年からも継続して寄付が頂けるという寸法。
どこでもやってることだから、研究者も罪の意識に苛まれずにすむ。
製薬会社の社員が論文そのものを書くことだってそう珍しいことではない。

大学側にも事情はある。
研究には多額の費用がかかる。しかし十分な研究予算が確保できるわけじゃない。
教授側は学生に卒業論文や博士論文をまとめさせねばならないが、大学側からの研究予算だけではとても足りない。
実験機器や測定器というのはバカ高いのだ。しかも日進月歩、どんどん新しい機器が開発される。先進的な研究をしようと思えば、測定機器も最新なものが欲しい。
頼れるのは製薬会社だ。次々と新薬を開発しなくてはならないし、カネは唸るほどある。
ここで相互の利害は完全に一致するというわけ。

企業から大学への寄付は二通りあり、一つは使途を特定しない奨学寄付金方式で、もう一つは契約書で取り決めた使途にしか使用できない委受託研究契約方式に分けられる。
ノバルティスファーマ社は前者の方式をとっていたようだが、どちらを選択しても本質的な違いはない。

こんな実情、厚生労働省は百も承知、二百も合点。
見て見ぬふり、つまりは暗黙の了解を与えている。
厚労省は常に製薬会社の味方だ。経産省が電力会社の味方と同じように。
かくして治療効果のない新薬が次々に発売され、私たち患者は医療費を払いながら治験者にされているわけだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/09

「ポーランド・北東ドイツ旅行記」について

ただいま別館にて、「ポーランド・北東ドイツ(旧東ドイツ)旅行記」を連載しています。
ご興味のある方はお立ち寄りください。

ワルシャワ
3

2

アウシュヴィッツ/ビルケナウ
Photo_5

ドレスデン
Photo_2

ライプツィヒ
Photo_7

ベルリン
Photo_4

(画像はクリックで拡大)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/08

二兎社「兄帰る」(2013/8/7)

6月7日、東京芸術劇場シアターウエストで上演中の”二兎社公演38「兄帰る」に。
14年前に岸田國士戯曲賞を受賞した作品の再上演というこの芝居、どうやら「処世術」「世間体」「しがらみ」といったものがテーマのようだ。
これを家族関係を通して描くそうだが、何も家族に限らず、というより日本社会の中では上記の言葉が渦巻いている。
このテーマを永井愛がどう処理しているのかが楽しみだった。

作・演出:永井愛
<  キャスト  >
鶴見辰吾:中村幸介
堀部圭亮:幸介の弟・中村保、食品会社の宣伝部門   
草刈民代:その妻・中村真弓、フリーライター
伊東由美子:幸介の姉・小沢百合子 
小豆畑雅一:その夫・小沢正春、電器会社の修理部門
二瓶鮫一:幸介の父方の叔父・中村昭三、段ボール会社顧問
藤夏子:幸介の母方の叔母・前田登紀子、酒屋     
枝元萌:真弓の友人・金井塚みさ子、自然食品店

ストーリーは。
中村保、真弓夫婦の住む戸建住宅(2階建て)居間が舞台。
季節は夏、夫婦の一人息子はオーストラリアのファームステイ中。
その瀟洒な家に、多額の借金を抱えて雲隠れし10年以上も行方不明だった兄の幸介が訪ねてくる。
職を転々としたあげくホームレスをしていたとかで、「今度こそやり直します、今度こそ、今度こそ・・・」と再就職を頼み込み、幸介は保の家に居座る。
保夫妻にとってはいい迷惑だし、就職先など簡単に見つかるはずがない。
そこで親類の力を借りようと、姉、叔父、叔母らに助力を求めるが、互いの対立や責任の押し付け合いで、話は一向に進まない。
こうした状況を損得勘定抜きに見渡せるのは幸介だけだというおかしな状態になっていく。
真弓もまた、夫を含むこの中村一族どんなにその場しのぎの生き方をしてきたかが見えてくる。親戚だという理由だけで、いがみ合いながらも共同体意識だけは崩さず、なんとか体裁だけは繕うというが奇妙でならない。
真弓がはく正論は家族の中では浮いてしまい、非難の目さえ向けられる。
幸介は、自分と同じように傍観者になってしまった真弓に親近感を抱き始め、幸介と真弓の間に不思議な交流が生まれが・・・。

幸介の就職も決まりかけ収束に向かうと思わせて、最後のどんでん返しが待っている。それは見てのお楽しみ。

正論は振りかざして立ち向かう真弓だが、フリーライターとして仕事を貰うためには事実でないことを書くことも強要され、板挟みで悩む。
さらに自分の息子と友人の金井塚の息子がともに、野球部の合宿に参加せずオーストラリアのファームステイに出したことが野球部の保護者から非難されていることが分かり、金井塚と一緒にせめて合宿の手伝いににでもと思い立つなど、ここにもシガラミや世間体が顔を出す。
作者の永井愛はそうした人々を温かい眼でみつめ、幸介の行方を含めてハッピーエンドを用意していた。

日本社会に横たわる大きな問題を投げかけながら、最後は「それも仕方ないじゃない」と肩すかしを喰わされたような気分だ。
これが永井愛流なのだろう、人間賛歌。
ボクなら少なくとも中村幸介には共感できないけどさ。

幸介の弟、姉、叔父、叔母は、それぞれ自分の親戚に置き換えられるほどリアリティがあり、俳優も揃って好演で主役を盛り立てていた。
特にエネルギー溢れる伊東由美子の演技と、二瓶鮫一の飄々としながら時に狡猾さが顔を出す演技が印象に残った。
草刈民代は姿勢が良い、あの姿勢だけでこの役を射止めたか。
鶴見辰吾は「地」ですかねぇ。

公演は10月4日まで、各地で。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/08/06

こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」(2013/8/5)

8月5日、紀伊国屋サザンシアターでの”こまつ座第100回記念公演「頭痛肩こり樋口一葉」”を観劇。
既に東京公演の前売りは完売し劇場入り口には「満員御礼」の札が下がる、大変な人気だ。
主役に小泉今日子を起用したのも人気を後押ししたのだろう。NHKの朝ドラ「あまちゃん」に出演し(当方は未見だが)好評を博しているそうで、興行的には成功したわけだ。
ただ芝居としての出来いかんは別物で、その辺りも注目される。
初演は29年前の旗揚げ公演だそうで、100回めも同じ演目を選んだことになる。演出の栗山民也によれば、作者の井上ひさしは新たな劇団を組織するにあたり、予算を節約するために登場人物を少なくし、舞台の大きな転換のない一杯飾りに設定したとある。
そういう意味では井上ひさしの転換期の作品といえよう。

作: 井上ひさし
演出:栗山民也
<  キャスト  >
小泉今日子:樋口夏子(一葉)
三田和代:母・多喜 
深谷美歩:妹・邦子 
愛華みれ:稲葉鑛(コウ) 
熊谷真実:中野八重
若村麻由美:花蛍

樋口一葉は明治5年生まれ、父親は直参の下級武士だったが維新とともに失職、武士の商法も上手くいかず一家は困窮。おまけにその父と長兄が相次いで死に、15歳で一葉は相続戸主となり、一家の扶養と借財の返済と言う義務を負わされる。
その一方で、当時の女性は依然として「三従七去」(詳しくは三遊亭圓生のCDで聴いて)という女の生き方を押しつけられていた、そういう時代。
一葉は小学校を中退させられるが早くから才気煥発、始めは和歌の道を志す。ここで当時の上流階級の人たちの生活に接する。
しかし和歌では飯が食えないと分かると一念発起して小説家を目指すが、稿料だけで生計を維持するのは至難の業だ。仕方なく吉原の近くの下谷龍泉寺町に借家し、荒物と駄菓子の店を開く。生活は好転しなかったが、ここで芸妓や娼婦たちの生態を観察したのが、その後の小説の中で活かされる。
明治29年11月、肺結核におかされた一葉は24歳6か月の若さで亡くなる。

舞台は樋口夏子(一葉)が19歳の明治23年から、母・多喜の新盆である明治31年(夏子も既に死去)まで、時節は一場面を除き全てお盆の16日の夕方。場所はそれぞれの時の夏子の借家。
登場人物は6人で全て女性、花蛍だけは幽霊で実在は5人。
5人ともかつては士族の家族で安定した暮らしをしていたが、今では日々の生活費にも困り借金をしながら日々を過ごす毎日だ。
そして彼のたちの後ろには常に男たちの影があり、それは夫であったり恋人であったりだが、そうした男たちによる「女はかくあるべし」という押し付けと、女性として自立したいという希望との葛藤がこの芝居の一つのテーマとなっている。
登場人物が一葉の作品のどのモデルになっているかを探すのも楽しみの一つだ。
幽霊の花蛍が自分をこんな目に追い込んだ人物を訪ねて恨みをぶつけるのだが、相手の言い分を聞くうちにこのままでは世の中すべてを恨まねばならないことに気付く。このことは5人の女性たちはそれぞれに不孝なのだが、詰まるところ明治維新という大きな社会変革に押しつぶされた結果であることを示唆している。
最後は妹・邦子を除く全員が亡くなっていくのだが、この芝居はその生と死の物語でもある。
こうした悲劇的で重層的なテーマを描きながら、井上の戯曲は常に笑いを忘れず楽しい舞台を創りあげている。

しかし林芙美子の後半生を描いた「太鼓たたいて笛ふいて」や、太宰治の半生を描いた「人間合格」に比べると、心に響くものが弱い。井上ひさし作品の中では「中位」に属するものと思われる。

主役の小泉今日子は熱演だったが、やはりミスキャストと言わざるを得ない。一葉に求められるのはもっと繊細で知的で感受性の強い女性像ではあるまいか。
それとやや舌たらずのしゃべりは、江戸言葉にふさわしくない。
母親役の三田和代の演技は素晴らしい。彼女が登場すると舞台は締まる。この舞台は三田和代の芝居といっても過言ではない。
花蛍を演じた若村麻由美はひたすら美しい、そして華やかで色っぽい。彼女の存在がこの舞台を明るく楽しいものにしていた。

公演は8月27日まで各地で。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »