« 国立演芸場八月中席(2013/8/16昼) | トップページ | 江戸時代の「茶屋遊び」 »

2013/08/20

敢えて「正蔵」を擁護する

月刊誌「図書」2013年8月号に多田一臣氏が「林家正蔵のこと」という記事を書いている。もちろん俗に彦六の正蔵、8代目林家正蔵のことだ。
多田氏は正蔵の熱烈なファンで、その思いが溢れる文章になっている。
なかでも興味深いのは、弟子の5代目春風亭柳朝が師匠をこう語っている。
【おやじさんの芸というのは、表現はちょっとうまくないけど、素人には分からない芸だと思うんです。落語をきく方にある程度の素養がないと、おやじさんのニュアンスまで理解できないんですよ。】
これについて多田氏は、「まったくその通りというほかはない」と賛意を表している。
例えば江戸言葉には「兎にも角にも」「兎角」という表現はあるが、「兎も角」「兎に角」という言い方は無かったのだそうだ。こういう点にまで神経を行き届かせていたのは正蔵以外いないと断言している。
この他にも興味深い内容が沢山含まれていて、関心のある方はご一読をお薦めする。

ここからが本論。
多田氏の記事の末尾にこう書かれている。
【最後に余計な一言を。林家正蔵という名跡は怪談噺の家元の名で、いわば公器にも等しい。それを現九代目が継承するに際して、期界の関係者、さらには批評家諸氏のいずれからも異論が出なかったことに対して、いまだに疑念を消せずにいる。私は落語愛好家の端くれに過ぎないが、この機会にあらためて申し述べておきたい。】

確かに当代正蔵の襲名に際しては周囲の落語愛好者からは不満の声が強かったし、今でも尾を引いている面がある。最大の理由はあまりに先代と芸風が違い過ぎ、芸も未熟で正蔵の名を汚すというものだ。多田氏もそうした意見のようだ。
では7代目正蔵のことはどうなのだろう。
私はもちろん知る由もなく、母親からきいたり、資料で見たりした範囲であるが、ギャグを入れ込んだ滑稽落語を得意としていたようだ。実子・三平の決めゼリフ「どうもすみません」や、額にゲンコツをかざす仕草も元来は7代目正蔵が始めたものらしい。
少なくとも「怪談噺の家元の名で、いわば公器にも等しい」という芸風ではなかったのは確かなようだ。
この点に関して当代への襲名を批判するのであれば、7代目正蔵のことにも触れなければ公正とは言い難いのではなかろうか。

当代(9代目)林家正蔵についての私の見立てだが、華やかさがないし周囲をパッと明るくするキャラでもない。むしろ芸風は暗い。あの擦れ声がカンに障るという人もいるし、舌足らずで滑舌も悪い。
つまり噺家に必要な資質という観点からすれば、マイナスだらけだ。
しかし定席では度々トリを取り、各種落語会にも多数出演している。これを「親の七光り」や「メディアでの人気先行」だけに片づけるわけにはいくまい。
むしろ正蔵本人の努力の結果とみるべきだ。
襲名をきっかけに芸風を大きく変えたことも評価されて良い。

噺家は努力さえすれば誰もが名人・上手になれるわけじゃない。そこそこで終わる人もいるし、それはそれで存在価値がある。
落語家の襲名というのは他の古典芸能と異なり、必ずしも先代の芸風を継ぐことが求められるものではない。むしろ現役の名跡襲名者をみれば、先代の芸を正統に継いでいる人の方が少数だ。
それだけ落語家の襲名というのは良く言えばユルヤカ、悪く言えばイイカゲンなのだと思う。
そろそろ当代正蔵に対して、先代や父親の三平との比較で論ずるのはやめたらどうだろうか。
好き嫌いは別としてだが。

|

« 国立演芸場八月中席(2013/8/16昼) | トップページ | 江戸時代の「茶屋遊び」 »

寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

あまり好きじゃない、というか聴きたいと思はないですが、本人の芸そのものについての批判をすべきだというのは賛成です。

投稿: 佐平次 | 2013/08/20 14:21

佐平次様
私も好きな噺家じゃないんですが、こぶ平時代、正蔵襲名が公表された時期、こぶ平としての最後の高座から最近に至るまで多くの高座をみてきました。
努力している事だけは認めたいと思います。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/08/20 17:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82117/58027007

この記事へのトラックバック一覧です: 敢えて「正蔵」を擁護する:

« 国立演芸場八月中席(2013/8/16昼) | トップページ | 江戸時代の「茶屋遊び」 »