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2013/09/29

「雲助蔵出し ふたたび」(2013/9/28)

ようやく季節が秋めいてきた9月28日、浅草見番での「雲助蔵出し ふたたび」へ。
9月28日というのは記念すべき日らしい。近ごろ「あまロス」という言葉が聞かれるが、この日最終回を迎えたNHK連続ドラマ小説「あまちゃん」が見られない喪失感による「あまちゃんロス症候群」の略だそうだ。
私は生来の無精者で何ごとにせよ日課が苦手だ。まして毎日同じ時間にTVをみるなぞは到底ムリで、NHK連続ドラマ小説という番組を一度もみたことがない。だから噺家が高座で「じぇじぇじぇ」などと言ってもなんのことやらピンと来なかった。
この日、雲助がマクラで「あまロス」であることをカミングアウトしていたが、今年は物悲しい秋を迎える人が多いのかな。
外は爽やかだったが会場は蒸し暑く、途中からエアコンが入っていた。

<  番組  >
前座・林家つる子「子ほめ」
入船亭遊一「目黒のさんま」
五街道雲助「庭蟹」(にわかに、別名「洒落番頭」)
五街道雲助「風呂敷」
~仲入り~
五街道雲助「星野屋」

遊一「目黒のさんま」
このネタにはピッタリの季節になった。演出は師匠より扇辰の高座をなぞったように見えた。テンポ良く聴かせていたが、途中のクスグリ(例えばアベノミクス)が受けずにリズムを崩していた点が気になった。

雲助の1席目「庭蟹(にわかに)」
先ず前座噺からというイントロだったが、初めてのネタだ。調べてみたら志ん生が高座にかけていて音源も残されているようだ。
世の中には洒落が通じない人ってえのがいる。
得意先からお宅の番頭は洒落が上手いと聞かされた旦那、店に戻って番頭を呼び、洒落をいわせる。
番頭が何かお題をといえば、旦那はそこの踏台を使えという具合。
ようやく題を出して番頭が洒落ても、旦那なチンプンカンプン。
「庭に蟹が這いだしたが、あれはどうだ」
「そうニワカニ(俄に)は洒落られません」
旦那は「主人のあたしがこれほど頼んでいるのに、洒落られないとは何だ」と、カンカンに怒ってしまう。
そこへ小僧が来て、ちゃんと洒落になっていることを旦那に説明する。
番頭を呼び戻して謝り、ほめるからもう一度洒落てくれと頼むと、番頭は、
「そう早急におっしゃられても、洒落られません」
「うーん、これはうまい」
他愛が無い、いわゆる逃げ噺だが、とても面白かった。
こういうネタは軽く見えるが、前座では無理。
「間」の取り方だけで笑わせるネタなので、雲助クラスの人でないと高座には掛けられないだろう。

続いて雲助2席目「風呂敷」
これも大師匠志ん生の十八番で、どの噺家も志ん生の演出に従っている。
原型はオカミサンが間男と不貞をするという艶笑噺だったので、これを改変した志ん生の演出にも、どこか名残りがある。
例えば酔った熊五郎を早く寝かせたがる女房に対し熊がいうセリフ、
”これが所帯を持ってせいぜい半年、湯上りに長襦袢を伊達巻で巻いて、くの字になって「あんたぁ、もう寝ましょうょ~」と言われりゃ、こっちもソウカとなるわ。それがまるで油虫の羽みたいな顔をして「寝ましょう」たぁ、なんでそぉ亭主を脅かす。”
いうくだりでは色っぽさが必要だ。
雲助の「もう寝ましょうょ~」は一段と色気があった。
兄いが熊の女房にトンチンカンな諺で訓戒を垂れる場面や、兄いの女房というのがやたら勇ましく兄いを容赦なく怒鳴りつける場面に雲助らしい工夫がみられた。
とりわけ兄いが熊の頭に風呂敷をかぶせ若い衆を逃がす場面では、兄いの細かな表情がリアリティを高めていた。
このネタ、近年ではこの雲助がベスト。

雲助「星野屋」
8代目文楽の十八番で、死後しばらく演じ手がなかったが最近になって頻繁に高座にかかるようになった。
ストーリーは。
旦那が弁天山の下の茶店「すずしろ」のお花を世話しているのが女房にバレてと、「良いきっかけなので、ここで別れよう。」と女房に口約束する。
お花の家に行って50両の金を出して別れ話を切り出しすと、お花は「そんな事言われたら死んでしまいます」と言う。
旦那は、実は私も死のうと思っていたので一緒に死のうとお花に約束させる。
夜になって旦那が迎えにきてお花と一緒に吾妻橋へ。旦那が「人が来た。先に行くぞ。」と、ドブンと飛び込んでしまった。
続いてお花がと思ったその時、大川に屋根舟が一艘やって来て、一中節の「小春」の一節が聞こえてくる。
♪さりとは狭いご了見、死んで花が咲くかいな。楽しむも恋、苦しむも恋、恋という字に二つはない♪
「そうだよね、死んで花が咲かないよね。旦那、おっかさんもいるんで、失礼します」と、お花は家に戻ってしまう。
そこへ重吉が尋ねてきて「星野屋の旦那が来なかったかい」と切り出した。お花は否定すると、重吉が家に旦那の幽霊が現れて「お前が世話してくれた女だが、一緒に死ぬと言うから、吾妻橋から身投げしたのに、あの女は帰ってしまった。あんな不実な女だとは知らなかった。これから、毎晩、あの女のところに化けて出て、取り殺してやる。その前にお前の所にも立ち寄るから」と言われたとお花に伝える。
怯えるお花が 「重さん、どうか、幽霊が出ない方法はないかね」と訊くと、重吉は「それだったら、髪の毛を切って、今後雄猫一匹膝に乗せませんって、墓前に供えたら浮かばれるだろう」と諭す。
お花は裏に入って髪を切って、頭には姉さんかぶりをして出てきた。「これなら、旦那も浮かばれるだろう」。そこに死んだはずの旦那が入ってきた。
重吉はこの間の筋書を明かし、もしお花が一緒に飛び込んでくれたら星野屋の奥方になれたのにと言うと、お花は「それならもう一回行きましょう」。
「旦那、こういう女なんだ。大事にしている髪の毛を切ったので我慢してください。」、「そんな髪なら、いくらでもあげるよ。それが本物の髪の毛だと思っているのかい。それはカモジだよ」。
悔しがる重吉は、さっき旦那が渡した50両は贋金だと告げる。
お花が金を返すと、重吉はこの金は本物だと言う。
「どこまで企んでんだ。おっかさん!あれは本物だってよ。」
「私もそうだと思って、5両くすねておいたよ」。
落語には珍しいくらいドラマチックなストーリーで、初めは人情噺風、次いで怪談噺風、そして最後は滑稽噺で終わるという難物、それだけに演者の力量が試されるネタだ。
雲助はそれぞれの場面を丁寧に描き、お花が躊躇しながら結局死ぬのをやめる心理描写が秀逸。
後半の重吉とお花の掛け合いも快調なテンポで聴かせ、私見では文楽に引け劣らないといっても良い出来だったと思う。

今回も落語の楽しさを堪能させてくれた。
やはり雲助はスゴイ!

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2013/09/28

安藤美姫、2年ぶり復帰で2位

フィギュアスケートのソチ冬季五輪予選を兼ねたネーベルホルン杯第2日は、9月27日ドイツのオーベルストドルフで行われ、女子で4月の女児出産を経て約2年ぶりの復帰戦となった元世界選手権女王の安藤美姫(新横浜プリンスク)は合計162.86点で2位となった。
前日のショートプログラム(SP)2位の安藤は、フリーでは4種類の3回転ジャンプを決め、103.07点で4位だった。技術点で48.07点を稼ぎ、SPに続いて国際スケート連盟(ISU)が五輪出場の条件に定めた最低技術点(36点)を超えた。
優勝はソチ五輪の出場資格がない14歳のエレーナ・ラディオノワ(ロシア)だった。

国際大会といっても有力選手が出場していない大会での成績であり、これだけでは現在の安藤美姫の実力は推し測れない。ソチ五輪の日本代表枠に入れるかどうかはこれからの練習にかかっているが、先日のアイスショーに比べて身体が絞れているような印象を受ける。
もし五輪出場となれば、フィギュアスケートのママさん選手としては初の快挙となるので大いに注目される。
私たち男性ファンも期待してますよ。
20131

何だかこのブログ、グラビア誌みたいになってきたね。

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【街角で出合った美女】ポーランド編(2)

第二次大戦末期のソ連・ヤルタに連合軍三巨頭=ルーズヴェルト、チャーチル、スターリン=が集結します。このヤルタ会談で日本を含む戦後の世界体制が決められるのですが、主要議題の一つがポーランド問題でした。
この国を英米側、ソ連側のどちらが取るかがその後のヨーロッパの地図に大きく影響するからです。
結論はポーランド西部の1000万人を超える住民と国土をソ連に組み入れ、ドイツ西部の約500万人の住民と国土をポーランドに移すというものでした。その上で新生ポーランドにおいて「自由選挙」を行うことで三者が合意します。
ところがスターリンにとっての「自由選挙」は、ソ連の「自由」になる選挙という意味でした。
スターリンはこう言い放ちます。
「選挙は投票する人間が重要なのではなく、票を数える人間が大事なのだ」。
欧州に深入りしたくなかった米国と、既に力の弱まっていた英国は、これを黙認してしまいます。
かくして戦後のポーランドはソ連の影響下に置かてゆきます。
大国間に思惑に揺れ続けたポーランドが、民主化運動によりそのくびきから脱したのは1989年になります。

かつてポーランドの首都であったクラクフで、私たちが集合写真を撮っていたら、周囲の人たちがニコニコしながら割り込んできて一緒にカメラに納まりました。この娘さんもその一人で、笑顔が素敵です。
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クラクフ市内で、これは買い物帰りの女性でしょうか。今や携帯やipodで音楽を聴きながらという光景は世界的な傾向のようです。
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ワルシャワの教会で小学生の社会科見学でしょうか、ショパンのお墓の前に集まって説明を聞いていました。左は引率の先生で、このあと彼女のカメラで記念撮影をしていました。
こんな可愛らしい先生に教えられるなんて、生徒は幸せですね。
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ワルシャワ中心部の通勤風景です。トラムから降りた乗客たちですが、近くの男性から声をかけられたこの女性は絵顔を返していました。
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(画像はクリックで拡大)

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2013/09/26

暴言官僚の「匿名」が「実名」に変るとき

ネットを利用している人の大多数は「匿名」であると信じているかも知れないが、いついかなる時に「実名」が明らかにされるか分からない。
そういう怖ろしさをこの人はひしひしと感じているに違いない。

「復興は不要だと正論を言わない政治家は死ねばいい」と、2年前に匿名ブログに書き込まれた一文が、ここ数日インターネット上に広まり、騒ぎになっている。閲覧者らが身元を割り出し、筆者が経済産業省のキャリア男性官僚(51)であることがばれたためだ。事態をつかんだ経産省も「遺憾であり、速やかに対応する」として、処分を検討し始めた。
ブログでは匿名だったが過激な書き込みが目立ち、仕事にかかわる記述から閲覧者らが身元を割り出したとみられる。24日午後から、実名や肩書がネット上にさらされた。

ネット上に書き込まれた内容の一部は次のようだ。なおブログは既に削除されているとのこと。

東北大震災の復興について
「もともと、ほぼ滅んでいた東北のリアス式の過疎地で定年どころか、年金支給年齢をとっくに超えたじじぃとばばぁが、既得権益の漁業権をむさぼるために そいつらの港や堤防を作るために そいつらが移住をごめるためにかかる費用を 未来のこともたちを抱えた日本中の人々から ふんだくり、綺麗事をいうせいじ」
「増税の是非ではなくパパは復興は不要だと正論を言わない政治家は死ねばいいのにと思う」

鳩山政権の時の日航(JAL)再建問題について
「JUL(JALのこと)株をひと山あてようと10万円近く買ってみた。株価98円くらいで仕入れて、くるっぴぃ(鳩山のこと)政権が、いつものとおり何も決断できずに、ずるずる、よろよろ引き延ばして、挙句に公的資金で救済してでるたぁ~航空の指揮下に入って、瞬間的に株価が倍くらいになってパパは、10万円くらい濡れ手にあわわ!の予定であった」

金田正一と張本勲が映ったテレビ画面の画像を掲載して
「チョンコンビ」「早く亡くなっていただきたいと思った」「早く死ねばいいのにと心のそこから思うよ」

高齢者らによる野球チームを紹介した番組の画像を掲載して
「早く死ねよ」「まだ死なないか」 「ただのバケモノ」「腹の出たおやじにすぶりを教える禿げおやじ」 「ゴキブリたち」

この他にもストレスがたまると、飼い犬の耳を「輪ゴムで止めてカチューシャにしたりしてはけ口にしている」と、画像を掲載して自慢した。また、娘も飼い犬に八つ当たりして蹴飛ばすそうで、その時の犬の表情を撮影した画像もあった。

ミラノ万博について
「パパは10年ぶりに『わんぱく(万博のこと)』の仕事をすることになった わんぱく自体は大して面白いわけではないのだが、わんぱくの仕事はこれがなかなか面白いのである 愛知わんぱく時代の仲間は鉄の結束である」

この最後の一文とミラノ万博での調印式を報道する写真とで、身元がバレタらしい。
この男性は、05年の愛知万博(愛・地球博)に博覧会協会の事業管理室長という立場で携わっており、ブログが書き込まれた半月ほど前の13年6月28日付けでJETROの展示事業部博覧会・渉外担当審議役に異動している。ミラノ万博の日本代表だ。

既に実名がネットで晒されている。
どうやらこの人物は、経済産業省のキャリアで、安全保障貿易管理課課長などを務めた後藤久典氏のようだ。

被災者を見下し、老人をバカにし、インサイダーで金儲けを企み、ヘイトスピーチから動物虐待まで。
ここまでくると高級官僚うんぬんより、人間としてどうなのかと疑いたくなる。
こういう人物が日本を動かしているんだと想像すると背筋が寒くなる。
「匿名」を信じて勝手なことを書いていたんだろうが、ネットでの発言は常に「実名」が晒されるリスクを負っている。
2ちゃんねるの一部利用者の情報について、履歴と共に実名を公開されてしまったのは記憶に新しい。
それ以外にも、ネットで脅迫など行うと本人が突き止められて逮捕されるという報道をしばしば眼にする。あれは捜査当局が要求すると、プロバイダーが本人の個人情報を提供するからだ。
もちろん、これは刑事事件に限ったことではなく、いわゆる公安筋の情報も対象とされているのだろう。
ネットを利用するなら、実名リスクを頭に置いておくことが必要かも知れない。

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2013/09/25

【ツアーな人々】みそ、梅干し、豆腐、コンニャクも、みな液体だって?

成田空港など国際線から搭乗するさいに、100㏄を超える液体を手荷物として機内に持ち込むことが禁止されている。
これは2006年に英国航空機に、爆発性のある過酸化水素水を飲料用ボトルに入れて持ち込もうとした容疑者による爆破テロ未遂事件が起きたからだ。
この事件を受けて2007年から液体物の持ち込みが制限され、違反した場合はその場で没収される。
問題は、その液体の定義だ。液状の物質ということなら誰でも納得できるのだが、実はかなり範囲が拡げられている。
チョコレートやチーズも液体として扱われる。その理由を訊いたところ、熱を加えると液体になるからという答だった。しかし中学の理科で習ったように、ほとんどの物質は加熱により固体―液体―気体へと変化する。加熱により液化するからダメとなれば、大半の物質が引っ掛かることになる。どこで線引きしているのか極めてアイマイなのだ。

では日本ではどんな品物が液体として規制されているかというと、国土交通省のHPに記載されている。
食品でみると通常の液体物以外に例えば、みそ、マヨネーズ。おろしショウガ、カレー、おかゆ、餡(あん)、塩から、梅干し、ラッキョウ、しば漬け、豆腐、コンニャク、プリン、ゼリーなどが例示されていて、これらは全て液体物として規制の対象になっている。
梅干しやラッキョウ、コンニャクがなぜ液体なのか、実に不思議だ、
梅干しはダメだが、カリカリ梅はOK.餡はダメだが、饅頭やモナカはOK.これも説明がつかない。
百歩譲って、それなら漬物類は全て液体として規制するということが世界共通のルールであれば、それはそれとして納得がいくかも知れない。
しかし隣国の韓国ではどうなんだろう。お土産に買ったキムチを韓国の空港で没収されたなどという話は聞いたことがない。
それから先にあげたチョコレートだが、ベルギーやオランダでは機内持ち込みが可能だ。
国際線の規制であれば、世界共通でなければ意味がない。なぜなら爆発物を仕掛けようとする人間なら、規制のない国の空港を使う筈だからだ。
日本の空港だけで漬物を規制して、果たしてどんな意味があるのだろうか。

海外の空港の多くは、保安検査が出入国前に1度と、航空機搭乗前にもう1度検査する。検査を二度行うことで精度が上がるし、空港内で危険物を仕込むのを水際で防げるからだ。煩わしいのだが、安全のためには仕方ない。
空港内で買った液体物は、密封して証明書付きであれば機内に持ち込める。
ところが日本の空港は、出入国審査の前に保安検査を行い、あとはそのまま航空機に搭乗できる。これだと空港内で入手したものはフリーパスになってしまう。
今年の8月に「国際線保安検査員」と称する方からコメントが寄せられた。
数年前に書いた同様の記事について、「あまりにも独断と思い込みが過ぎています」とお小言を頂戴したのだ。
この人の言によれば「空港の保安区域内の売店で販売されている物品に関しては、全て保安検査済みです。」なのだそうだ。
つまり空港内の液体物に関しては全品検査をしているわけだ。
それなら、その検査機を保安検査に取り付ければ、全てが済むのではなかろうか。
そんな素晴らしい検査機があるなら、海外の空港にも売りこんで欲しい。さすれば海外でも二度検査という手間が省ける。

「国際線保安検査員」氏のコメントでもう一つ気になることがあった。
「残念ながら、日本の保安検査員は非常にレベルが低いです。
これは保安検査に非協力的な航空会社と危機感の無い旅客自身、そして保安検査の意義と社会的責任を社員に教育できない検査担当会社の問題であります。」
と、こう書かれていた。
これが事実なら日本の保安検査はずさんで、安心できないことになる。
いくら国交省で細かな規定を作ったところで、ザルだということだ。
あるいは検査係員が、液体物規制なんて元々意味がないと思っているからかも。

なんのために規制するのか、なんのために検査するのか、そこが不明瞭だから乗客としては煩わしさだけが残ってしまう。

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2013/09/23

「半沢直樹」最終回は妥当な人事で決着

9月22日に最終回をむかえたTVドラマ「半沢直樹」だが、「東京本部」編になってからどうも荒唐無稽な印象が強かったが、最後になってリアリティが出てきた。
それは結末の人事だ。

その前に、ドラマで盛んに出てくる「出向」という言葉だが、大きく分けて二つある。
一つは在籍出向、つまり籍は元の会社に置いたまま、別の企業や団体の所属し仕事をするケースだ。一定期間が過ぎるか、当初の目的を果たせば元の会社に戻れることが多い。
もう一つは転籍出向、こちらは従業員を別の会社に異動させ、かつ籍まで移すことである。特別の事情がない限り(例えば、先方で業績を上げて役員としてカンバックする)、元の会社に戻ることはない。
ドラマでは度々出向を片道切符と表現しているが、それは後者の場合だ。
処が、タミヤ電機に出向させられていた近藤直弼が東京中央銀行に戻ってきたところを見ると、ドラマで言っている出向は在籍出向のようだ。
ドラマを見ていると、出向=島流し、というようなイメージを持たれるかも知れないが、実際には人事交流やキャリアアップの一環として行われることも少なくなく、必ずしも否定的に捉えることはない。

さて、最終回では金融庁検査を乗り切った半沢直樹が同期の力を借りながら、遂に役員会の席上で大和田暁常務の不正をあばき、謝罪に追い込む。
これにて一件落着。
この結果を受けて、銀行の中野渡謙頭取は三つの人事を発令した。
1.不正を指示した大和田常務を取締役(いわゆるヒラ取)に降格する
2.不正にかかわった岸川慎吾取締役を出向させる
3.不正をあばいた半沢直樹次長を出向させる
ドラマでは詳細な説明がなかったが、岸川は役員だったので転籍出向となるのだろう。一方、半沢は近藤の時と同様に在籍出向と想定される。

さてこの一連の人事が妥当かどうか、ネットでも話題になっているようだが、私見では概ね妥当だと思う。
先ず中野渡頭取だが、今までのドラマの展開を見る限りでは役員たちを完全に掌握していないようだ。つまり頭取の鶴の一声で全てが決められるという状況にないようだ。大和田のように虎視眈々と頭取の追い落としを策しているのが分かっていながら、一気に排除することもままならない。また合併した組織の融和も不十分だ。
そうなると中野渡頭取としては先ず自分の足元を固めるのが先決だ。
そこで実力はあるが自分に敵対していた大和田を取り込み、その弱みを握り自由に操れるとしたら、これは有利だと考えたに違いない。
こうした頭取としての力を見せつけておけば、これから役員会は自分の意のままに従わせることができる、そう計算したのだろう。

その代りに懲罰の対象は岸川にして、片道切符の出向とした。特に金融庁の黒崎主任検査官との個人的つながりが明らかになれば、銀行として信用問題に発展しかねないので、早く尻尾切りする必要があった。

では半沢直樹の人事はどうかというと、半沢の活躍は中野渡頭取としては有利な材料にはなった。
しかし特定の社員がインフォーマルなグループを作り、社内の調査活動を行うのを見逃しておけば、組織の規律が保てなくなる。
また半沢の大和田に対する告発は、単に社員としての使命感や正義感だけではなく、個人的な復讐の意味も兼ていたことが分かった。特に謝罪までさせたのは明らかに行き過ぎだ。
いくら結果オーライでも、このまま放置しておくことはできない。
そこで少し頭を冷やさせるためも含めて、関連企業への出向を命じたものと思われる。
頭取の腹としては、いずれ半沢の力が必要になればいつでも手元に戻せば良いと考えているんだろう。

会社は人事が全てであり、経営権とは人事権であることを示したわけで、頭取の判断は全体として妥当だったという事ができよう。
終わってみれば、中野渡頭取体制の確立を描いたドラマだった。

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「チャリティ和一寄席」(2013/9/22)

9月22日、「タワーホール船堀」小ホールで行われた「チャリティ和一寄席」へ。
都営地下鉄で江戸川を渡ると船堀駅で、会場は駅前。
知らないで行ったのだが、盲人関係の団体が共催して開いた落語会で、お客の大半は眼の不自由な方とその付添いの方だった。
こういう会で前座以外の出演者が全員、盲人を主人公にしたネタを演じるという極めて珍しい企画だった。出演者もそうした点に配慮することなく、普通に演じていた。
客席は一杯の入り。

<  番組  >
前座・春風亭一力「桃太郎」
林家たけ平「麻のれん」
入船亭扇辰「心眼」
~仲入り~
林家時蔵「杉山検校」
古今亭菊之丞「景清」

順序を入れ替えて、この会のタイトルである「和一」だが、近代日本鍼灸の中興の祖とされている「杉山和一」から採られたものだ。
お馴染みのない名前かと思うと、落語の中にも出てくる。
「手紙無筆」で兄いが書道の流派を言い立てる場面があるが、みなデタラメ。
「それじゃ、杉山流だ」
「そりゃ、按摩だよ」
というヤリトリがあるが、その「杉山流」の元祖といえば分かりやすい。
「公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会」の資料によれば、杉山和一(1610-1694)の生い立ち、業績は次のようだ。
伊勢の藤堂藩士の嫡男として生まれたが、幼くして伝染病により失明した和一は家督を義弟に譲り刀を捨てて医の道に進む。
17,8歳ごろ、江戸で開業する盲人鍼医・山瀬琢一に入門するが、22歳ごろ記憶力がわるく技術も向上しなかったため、師の下を破門される。
目の不自由な自分が生きるためには何かを成就大成させねばならぬと、芸能の神であり盲目の守護神でもある江の島弁財天の祠に詣でて断食修行を行なう。その帰り道、石につまづき倒れた時に手にひろった松葉の入った管から、管鍼術の着想をえたと伝えられている。そして京都にのぼり入江流鍼術などの奥儀を学び再び江戸に出て開業する。
鍼の施術法の一つである管鍼(かんしん)法を創始。鍼・按摩技術の取得、教育を主眼とした世界初の視覚障害者教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」を開設した。
これが明治以後の盲学校設立と、後の職業教育に鍼・按摩が取り入れられた経緯へとつながるのだそうだ。
徳川5代将軍綱吉から重用されて旗本に登用、盲人としては最高位の総検校の地位に登りつめたというから権勢を極めたわけだ。
時蔵「杉山検校」は、こうした和一の生涯をエピソードを中心に笑いも散りばめての高座だった。
ただこうした偉人伝というのは落語にはピッタリこない気がする。やはり講談の世界だ。
このチャリティ寄席も元々は時蔵は始めたのがきっかけだそうで、冒頭の主催者挨拶でも時蔵に対する謝意が述べられていた。

たけ平「麻のれん」
後から登場する扇辰の目の前でこのネタを演じるのはかなり度胸が要ったことだろう。その点は買うにしても、未だネタが完全に身についていないのか言葉にバラツキがあった。杢市の盲人としての動作もぎごちない。
それと、このネタの酒の肴は枝豆だろう。
課題ばかり眼についたが、これから完成度を上げていくのを期待したい。

「心眼」と「景清」、ともに盲人が神仏に願掛けして眼があくというストーリーと、ともに黒門町の十八番(おはこ)だったという共通点がある。
しかし大きな違いは、「心眼」の梅喜は生まれながらの盲目であり、献身的な女房・お竹に支えられている。せっかく眼があいたと思ったら、芸者・小春へ心変わりをしてしまう。それも全ては夢、一炊の夢物語だったというストーリー。
「あああ、夢か。……おい、お竹、おらあもう信心はやめるぜ」
「なぜさ?」
「目が見えねえてえなあ、妙なものだ。寝ているうちだけ、よォく見える……」
というサゲに、梅喜の女房への感謝の気持ちが表れている。
扇辰「心眼」
最初に梅喜が弟を頼って横浜まで出かけるが、盲人としてバカにされ追い返されて戻った悔しい思いをお竹にぶちまけるシーンは胸を打つ。隣の女性客が盛んに涙を拭いていた。
満願の日を迎えても眼があかない時の怒り、そしてその後の開眼が分かった時の喜びの対比、ここも扇辰の演技が光る。
小春の色香に迷うシーンでは、梅喜の奥底にあった欲望を覗かせ、最後のサゲを効果的にしていた。
扇辰、上々の一席。

対する「景清」は、元は腕のいい木彫師だったが、酒色に溺れた挙げ句に目が不自由になった定が主人公。梅喜とは異なり根っからの遊び人だから、同じ盲人でもその風情を出すことが演者には求められる。
心配かけてる老母のためと赤坂の日朝さまに願掛けして一時は眼が見え掛けるのだが、偶然隣でお詣りしていた女性の色香に迷ったため元の木阿弥。
梅喜も定も、大事な時に女性に現を抜かすんだから男ってぇものはしょうがないですな。
石田の旦那の勧めで、今度は上野の清水様へ100日の願掛け、100日の満願になっても眼があかず、
「やい観公、よくも賽銭を百日の間タダ取りしやがったな、この泥棒」
と怒鳴っているところを石田の旦那に諭される。
帰宅の途中、一天にわかにかき曇り突然の雷雨。近くに落雷があり定が気を失う。
しばらくすると雨が上がり、気が付いた定が空を見上げて「綺麗な月だなぁ」。眼があいたのだ。
こちらはハッピーエンドの物語。
菊之丞「景清」が描く主人公の定、いかにもこの人らしい粋で明るい人物像を作り上げたいた。
眼があかない時に神仏へ怒りをぶちまける時も、職人が啖呵を切るようなセリフ廻しで「心眼」との違いを見せてくれた。

最後を明るく締めて、この会をお開きに。

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2013/09/22

「ザ・ニュースペーパー~演じる新聞、観る新聞~」(2013/9/21)

9月21日、日経ホールで行われた「ザ・ニュースペーパー~演じる新聞、観る新聞~」へ。タイトルは主催が日本経済新聞社だからのようだ。
「ザ・ニュースペーパー」は、メンバーがそれぞれの政治家を物真似してパフォーマンスを披露する「社会風刺コント集団」として活躍中。
TVの演芸番組や報道番組などで見たことはあるが、ライブは初めて。
一緒に行った女房が「日経新聞社主催じゃ、風刺が弱くなるかも」と心配していた。

<出演者と主な役どころ>
渡部又兵衛:福島ミズホ
松下アキラ:コイズミ元総理、甘利アキラ
福本ヒデ:アベ総理
竹内康明:小沢イチロウ
山本天心:田原ソウイチロウ、猪瀬ナオキ
浜田太一:細野ゴウシ、高市サナエ
石坂タケシ:石原シンタロウ
土谷ひろし:谷垣サダカズ、志位カズオ
谷本賢一郎:歌手

社会風刺のお笑い芸人というと、先ず頭に浮かぶのが「のんき節」で一世を風靡した「石田一松」を思い出す。添田唖蝉坊に連なる本物の演歌師、演歌歌手だった。
「酋長の娘」や「いやぢゃありませんか」も石田の曲だ。
石田をお笑いに含めるのは失礼かも知れないが、寄席の舞台に立っていたのでお笑い芸人の範疇に入れても良いだろう。残念ながら実物は見る機会がなかったが、ラジオでは度々彼の「のんき節」を聞いた。
むろん歌詞は憶えていないが、資料をみるとこんなのが載っていた。
♪鮹に骨なしナマコに眼なし 政府に策なし議員に抱負なし 民に職なし 愛もなし 皮肉にや抱負と骨がある へゝのんきだね♪
こんな調子だったから、軍部には相当睨まれたらしい。
社会風刺というのは元来、権力を揶揄するものだから、どうしても弾圧の対象になりがちだ。
戦後の作品ではこんなのがある。
♪鬼畜米英アメリカという字は米と書く 米は朝日にてらされて やがて日本のままになる へゝのんきだね♪
戦前「鬼畜米英、贅沢とアメリカは敵だ」などと煽っていた連中が、戦後になったとたん掌を返して、アメリカ様様に転向していったことを皮肉ったのだろう。そして米国は今も日本のママである。
「のんき節」はその後、三味線漫談家「瀧の家鯉香」が寄席の高座にかけていたが風刺色は薄まっていた。

戦後の漫才界で社会風刺といえば、コロムビアトップ・ライトのコンビだ。芸協に所属していたが寄席にはめったに出ず、私も一度しか見ていない。
ラジオ番組ではニッポン放送の早朝番組「トップ・ライトの起き抜け漫才」を毎日のように聞いていた。
彼らの漫才はほとんだが時事ネタで、60年安保の時代にはかなり辛辣な内容だったと記憶している。
そういえば、石田一松もコロムビア・トップも、その後国会議員になっている。

時代が下がって社会風刺コントで売り出したのが「コント・レオナルド」。レオナルド熊と石倉三郎のコンビで、熊が建設作業員、石倉が学生という役割だった。
主にTVの演芸番組で活躍していた。
鋭い社会風刺でお笑いブームの一角を占めたが、人気絶頂の中、二人の不仲が原因で僅か6年でコンビを解散したのが惜しまれる。
これ以後、主に社会風刺をテーマとしたお笑い芸人は姿を消したと思う(上方は別)。

そういう意味では「ザ・ニュースペーパー」は貴重な存在だとは言える。
この日も時節柄オリンピック招致や福島原発の汚染水漏えい、消費税増税などで安倍政権を揶揄するコントをくり広げていた。
時事問題を題材にしたコントの難しさは、常にネタを新しく仕入れ台本に組み入れていかねばならぬことだ。この日も朝刊で報じられた内容を早速とりいれていた。
しかし、今回の舞台を見た限りでは以前に比べ毒がなくなったというか、風刺の切っ先が鈍っているように感じた。それは主催者への遠慮なのか、はたまた松元ヒロや松崎菊也ら主要メンバーの退団の影響なのか。
それと中途半端なショーアップは、このグループの持ち味とチグハグになっていたような気がする。
出演者では、やはり渡部又兵衛がいい味を出していた。
形態模写で山本天心が演じた田原総一朗がよく出来ていた。本人が見たら腹を抱えて笑うだろう。

今日はマクラが長すぎたから、この辺で。

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2013/09/21

消費税増税で財界に「お・も・て・な・し」

安倍首相が来年4月から消費税を8%に上げることを決断したことが報じられている。同時に景気対策の一環として法人税減税を行うことも決めたようだ。
各世論調査では消費税増税はやむなしという声が多い、その理由としては超高齢化社会を迎える日本の現状を考えれば仕方ないという判断のようだ。
しかし1989年に消費税が導入されていらい、私たちは支払った消費税の総額と、この間の企業減税分の総額がほぼ等しい。なんのことはない、消費税は企業減税の原資に充てられていたというのが実態なのだ。
こうした事実は国民の間に知れわたり、今回の増税にあたっては企業減税を抱き合わせるべきでないという意見は自民党内部にも少なくなかった。
それを押し切る形で安倍総理はあくまで企業減税にこだわったというのが今回の経過のようだ。

これとは別に安倍首相は、「解雇特区」を作る検討に入った。
9月20日の産業競争力会議の会合で安倍首相から田村厚労相に指示された。
この法律が通れば「特区」に指定された企業は、
・入社時に決めた解雇条件にあえば、労働者を自由に解雇が出来るようになる
・一定の年収がある労働者は、残業代、休日出勤手当、深夜労働の割増がなくなる
・短期契約を繰り返す契約労働者は、5年を超えても無期契約に転換できない
といった、企業側にとって極めて有利な条件になる。

9月19日、福島原発を視察した安倍首相は、汚染水について一定範囲で「完全にブロックされている」と断言した。先の五輪招致での「状況はコントロールされている」という発言も撤回する気はないようだ。
汚染水の漏えいについてはいまだ現状の把握さえできていない。現状把握さえ出来ずに、どうやって「完全にブロックされている」「状況はコントロールされている」と言い切れるのか、不思議である。
汚染水問題を解決する上で大事なのは、トップの危機意識だ。根拠のない楽観論はむしろ解決を遠ざけてしまう。
政府が前面に出るのは致し方ないとしても、これからも企業の失態を政府が肩代わりして尻拭いしてくれるとしたら、企業としてこれほど楽なことはない。
原発事故で避難生活を余儀なくされている人たちは、この発言をどう聞いただろうか。

五輪招致ですっかり有名になった「お・も・て・な・し」だが、どうやら「おめてなし」を受けるのは専ら財界だけのようだ。

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2013/09/19

鈴本演芸場9月中席・昼(2013/9/18)

ネットを見ているとドキッとすることがありますな。先日も「小さい!はやい!」という文字が飛び込んできた。何でこんなとこにオレの悪口が書いてあるんだろうとよくよく見たら、プリンターの広告だった。分からない人は置いてきますよ。
おっといけねえ、ここんとこフロスト警部シリーズの新刊「冬のフロスト」 (創元推理文庫、R・D・ウィングフィールド:著, 芹澤恵:訳)を読んでるもんだから、ついつい下品が伝染っちまった。
そういうわけで鈴本演芸場9月中席・昼の部へ。9月18日は休演代演が少なかったのでこの日を選んだ。ロビーで小菊姐さんが楽屋入りするとこに出くわしたが、彼女がこの日唯一の代演だからもう云う事なし。
ただ顔づけの割に客の入りが良くなかった。

前座・古今亭きょう介「手紙無筆」
<  番組  >
桂才紫「黄金の大黒」
鏡味仙三郎社中「太神楽曲芸」  
桂南喬「子ほめ」
春風亭一之輔「壺算」
大空遊平・かほり「漫才」
春風亭勢朝「漫談」
入船亭扇遊「狸賽」
江戸家小猫「ものまね」
柳家三三「転宅」
~仲入り~
柳家小菊「粋曲」  
柳家喜多八「親子酒」
三遊亭歌武蔵「強情灸」
三増紋之助「曲独楽」  
橘家圓太郎「火焔太鼓」

お盆興行も終り、集客を当て込んだ9月の3連休は台風でパー。天候は回復したが客足は伸びない。その客席も、面白いことを言ったら笑ってやろうというアグレッシヴな姿勢がみられない。こうなったらお互いノンビリ行くしかないねと、まあ、一口にいえばそういう昼席だった。
前座のきょう介「手紙無筆」、元気なのがいい、でも客席は無反応だったね。
才紫「黄金の大黒」、悪くなかったがやはり客の反応はイマイチ。早口過ぎて言葉が聞き取れないときがあり、あれは直したほうが良い。
南喬「子ほめ」、ようやく客席が温まり始めたのは、さすがだ。この人は何を演じても安定感がある。
一之輔「壺算」、この人のこれほど沸かない高座をみたには久々。本人もこの日は軽く流した感じだ。
遊平・かほり「漫才」、協会の香盤でいうと漫才師としては、ひろし・順子、のいる・こいるに次ぐ古参コンビだが、はて、「型」が思い浮かんでこないのだ。
勢朝「漫談」、古典落語が続いていたので、ここらで軽く一息。求められた役どこはきちんとこなしていた。
扇遊「狸賽」、軽い後は本寸法と、番組は上手く組んでいる。どんな時でも手を抜かないのがこの人の持ち味。
小猫「ものまね」、寄席のデビュー1年とは思えない芸人ぶり。客のつかみ方も上手くなった。
三三「転宅」、三三だから敢えて細かい注文をするが、お菊が初めて泥棒に出会った時は、一瞬ハッと驚く仕種が要るのではなかろうか。お菊はやはり怖かったのだ。だから泥棒が帰ると直ぐに向かいのタバコ屋の戸を叩いて起こした、深夜にも拘らずだ。
それと師匠という良い見本があるのだから、もっとメリハリというか緩急というか、そういうのが必要だと思う。
他の人じゃない、三三なんだから。

小菊「粋曲」、この日は大好きな「淡海節」がきけて満足。
♪船をひきあげ 漁師は帰る
あとに残るのは 櫓と櫂
浪の音 ヨイショコショ 浜の松風♪
もう、ウットリ!
喜多八「親子酒」、この人のこのネタは初めてだったが結構でした。短縮版ながら噺のツボはしっかりおさえていたのは、さすが。喜多八は、体調と芸が反比例しているようだ。
歌武蔵「強情灸」、膝前なので漫談で逃げるかと思ったら、体格を生かした迫力のある「強情灸」を演じてくれた。そういえば、この日は「落語教育委員会」のメンバーが揃い踏みだったんだ。
紋之助「曲独楽」、この日いちばん会場が沸いたのは、この人が刀の刃から独楽を落下させてしまった時。あの芸はけっこう難しいんだなと再認識。
圓太郎「火焔太鼓」、私事にわたって恐縮だが、アタシの両親というのは夫婦喧嘩の絶え間がなかった。特に親父が定年をむかえてからは日課になっていて、怒鳴り合ったり罵倒し合ったりしていた。
それでいて、親父が死んだとき、お袋がワンワン泣き通しだったのにはビックリした。意外にも、お袋は親父に依存していていたことを発見したのだ。そんなら生前にもう少し大切にしてやりゃ良かったのにとも思った。
このネタの夫婦も正にそうで、二人は実際仲がいいのだ。圓太郎の演出はそうした夫婦の情愛に重点を置いていた。亭主が三百両を懐にして、女房に「俺のことをどう思ってんだ、惚れてんのか、惚れてないのか」と迫る場面を加えている。
いかにもアウトドア派らしい筋肉質の高座で、少々力が入り過ぎではと思える箇所もあったが、トリに相応しい熱演で最後を盛り上げた。

この日のお目当ては圓太郎と小菊だったので、満足して帰宅。

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2013/09/17

【街角で出合った美女】ポーランド編(1)

ポーランドの近代史は、ロシアとドイツという二つの強国による侵略の歴史です。
18世紀には3度にわたり国土が隣国に分割されて国家自身が消滅しました。第一次世界大戦後の1918年に独立しますが、第二次世界大戦ではナチス・ドイツとソ連の侵略を受けて再び国土が分割されます。
戦後の1952年に人民共和国として国家主権を回復しますが、冷戦下のソ連の影響下におかれます。
国内の民主化運動とソ連の崩壊を経て1989年に民主化を果たして共和国となり、ようやく真の独立と自由を取り戻すことが出来ました。

第二次大戦中のドイツ占領下で、首都ワルシャワの市民が蜂起しますが失敗に終わります。
ナチス・ドイツはその報復としてワルシャワの街を徹底的に破壊し、文字通り瓦礫の山と化してしまいました。
戦後の荒廃を経て、ワルシャワの人々は「煉瓦のヒビに至るまで」復元して往時の街並みを回復しました。

そのワルシャワ観光で、最初に眼に飛び込んできたのは王宮前広場での女性たちによるダンスコンテストです。どうやらTV局の企画だったようですが、小学生からお年寄りまで各年齢層別にチームを組み、思い思いの衣装でダンスを披露するというものでした。
市街観光の合間をぬっての見物でしたので5分間位しかその場にいられなかったのですが、ちょうど中学生か高校生の女子のグループがパフォーマンスを披露していました。
彼女たちに底抜けの明るさを見てください。

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2013/09/16

【秘密保護法案】パブリックコメントは今日17日が締め切り

安倍政権が秋の臨時国会に提出を目指す「特定秘密保護法案」がもし成立すれば、これからは政府にとって都合の悪い情報はすべて「特定秘密」として公表を拒むことが可能となります。
現在この法案の骨子が公開され、政府はパブリックコメントを募集しています。
締め切りは本日17日まで。
下記サイトから電子メールでも簡単に送ることができるので(匿名可)、意見のある方はアクセスして下さい。

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060130903&Mode=0

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2013/09/15

#11「らくご古金亭」(2013/9/14)

9月14日、湯島天神参集殿で行われた第十一回「らくご古金亭」へ。
今回は「志ん生没後四十年・志ん朝十三回忌・圓菊一周忌・三師追善公演」と題した企画。会場はほぼ満席。
この会は雲助、当代馬生を中心に、志ん生と先代馬生の演じたネタだけを掛けるという会だが、今回は加えて志ん朝、圓菊の十八番が掛けられた。

前座・古今亭駒松「狸札」
<  番組  >
金原亭馬治「花筏」
古今亭菊志ん「厩火事」*ゲスト
金原亭馬生「宿屋の富」
~仲入り~
古今亭志ん輔「明烏」*ゲスト
五街道雲助「妾馬(通し)」
「三師追善座談会」司会・馬生、雲助、志ん輔、菊志ん

この会は自由席だが、チケットに予め番号がふられ、その順番に入場して座席に座るというシステム。
いつも寄席や落語会で顔を見る人が仕切っていた。
お客の多くは毎度お馴染みさんで、とても良い雰囲気だ。
真打の4人はいずれも師匠(雲助は「一丁入り」)の出囃子での登場。
馬治「花筏」
馬生の弟子の二ツ目はこの人と馬吉しかいないので毎回交互に上がっている、つまりは準レギュラー。なかでも馬治は師匠の前名を名乗っているので期待も大きいのだろう。
大師匠、師匠と受け継がれてきたユッタリとした語り口で、よけいなクスグリを入れずに真っ直ぐな高座。二ツ目で10年なので、そろそろ真打の声がかかって良い時期に来ている。
菊志ん「厩火事」
実力者揃いの圓菊一門からこの日は代表して菊志ん。菊之丞や文菊といった人気者の陰にいるが、私はこの人がナンバー・ワン(英語知ってるんだから恐ろしい)だと思っている。
圓菊の「厩火事」は残念ながら生で聴いていないが、菊志んの高座はほぼ師匠の演出を踏襲しているようだ。
特長は先ずお崎さんが一段と可愛らしくて色っぽい。そりゃそうだろう。7つも年下の男に結婚を迫り、今では文字通り髪結いの亭主として養っているんだから。色は年増にとどめさすなのだ。
兄いのところに押しかけ、「今日こそは愛想もこそも尽き果てた」と愚痴をこぼすのだが、「それじゃ別れなさい」なんて言われりゃ反発し、亭主のノロケさえ言い始めるのだ。直接的には表現していないが、この亭主はいわゆる「床上手」なのだろう。
私の解釈ではこのネタは限りなく艶笑噺に近い。おそらく圓菊の解釈もそうなのだと思う。
他に特長といえば、お崎の留守に亭主が一杯飲るときの肴が刺身ではなく牛鍋。という事は季節は秋か冬、だから喧嘩の原因も朝飯のおかずが鮭の塩焼きか芋の煮ころがしでの言い争いが元になっている。
お崎の不安というのは、心の内を明かさない亭主の本心だ。それを悟った兄いはモロコシの厩火事と麹町のさる殿様を例に出して、亭主に選択させるよう勧める。
圓菊ゆずりの色っぽいお崎、誠に結構でした。
馬生「宿屋の富」
2番富に当たると信じている男の妄想を聞かせどころをしている点、男が500両を入れた大きな財布をどんと投げだすと女が一尺ほど飛び上がるという場面から、大師匠や師匠より志ん朝の演出に近いと思われる。
馬生は何を演じても品があるのが特長で、それが時に物足りなさに感じられる場合もある。
志ん輔「明烏」
通常、真打ともなると定番のマクラを持っているのだが、志ん輔にはそういうものが見当たらない。その場の思い付きのように感じてしまうマクラが多く、それも魅力の一つではある。そのせいかどうかは分からないが、しばしばネタに入ってからの出だしが鈍く感じられる時がある。この日も父親が時次郎に説教して「御稲荷さん」送り出すまでがややモタモタした印象があった。その影響だろうか、御稲荷さんの場所を「観音様の裏って」とすべき所を「吉原の裏って」とやってしまった。後半が良かっただけにミスが惜しまれる。
時次郎が宴席から引き出される場面では志ん朝は「二宮金次郎という人は・・・」と叫ぶのだが、志ん輔は「聞け万国の労働者・・・」と歌うという風に変えていた。
雲助「妾馬(通し)」
冒頭で、フルバージョンだと1時間かかってしまうので最初の井戸がえの場面をカットするとしてスタート。いつもながら雲助の「妾馬」は素晴らしい。当初の大家と八五郎との軽妙なやりとりから、八が屋敷に上がり殿様に御目通りするまでの緊張感から、酒に酔って一気に大胆になる変身ぶり。ここまでワッと笑わせておいて、妹や母親への細かな情愛を示して八五郎の優しい一面を見せ、ここだけは人情噺風に仕立てる。他に噺家はめったに演らない後編も、この人らしく軽やかに仕上げていた。
志ん生と圓生のいいとこ取りをしたような演出で、このネタに関して現役で雲助に対抗しうる人はおるまい。

「三師追善座談会」
志ん生の将棋が汚い手を使っていたとエピソードが紹介されていた。相手がちょっと横を向くとその隙にいきなり角が成っていたり、盤上の香車をそっと抜き取って持ち駒にしておいて、いきなり打ってきたりという具合。志ん生にとっては将棋も洒落だったんだろう。
それに付きあった甲斐があったのか、志ん生の形見分けの将棋盤が志ん輔の家にあるそうだ。
志ん朝の思い出では、自宅では面白い事は一切言わず、ごく普通の人だったようだ。酔うと芸論を語り出しとまらなくなる。その点は兄馬生とは正反対だったようだ。
志ん朝が健在だったら今年で75歳、どんな高座を見せてくれていたかと思うと、やはり残念でならない。
圓菊のエピソードでは例の腕を振り回すようなアクションが特長だったが、自分の鼻を殴ってしまいっ高座で鼻血を出したことが二度あったそうだ。私が最後にみた高座は鈴本での「粗忽の釘」だったが、同じ場面を二度繰り返していて大丈夫かなと案じていた。
圓菊として寄席の最後の高座は浅草演芸ホールでの一門会で、その時は「厩火事」を演じたがやはり同じ所を何度も繰り返してしまい、途中で弟子に止められた由。

いずれ私もブログで何回も同じ記事を書くことになるかも知れないが、その時はヤツももう終わりかと思ってください。

これからの古金亭のスケジュールが発表されているので、ご参考までに。
第12回 2013/12/14 
第13回 2014/3/15
第14回 2014/6/14
第15回 2014/9/13
第16回 2014/12/20
いずれも土曜日、17時30分の開演予定。

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2013/09/14

みのもんた次男逮捕事件の「藪の中」

警視庁は9月11日、不正に入手したキャッシュカードを使い現金を引き出そうとしたとして、窃盗未遂の疑いで、日本テレビ社員の御法川雄斗容疑者(31)を逮捕した。御法川容疑者はタレントみのもんたの次男。
この事件は連日TVや新聞で報道されている。
9月13日には、みのもんた自身が所属事務所を通じて報道機関にファクスを送り、「父親として深く責任を感じている」として謝罪するとともに、報道番組への出演自粛することを明らかにした。

この事件、父みのもんたに対する好き嫌いや、御法川雄斗が有名人の息子である点を別にして、純然たる刑事事件として検討してみたい。
先ず新聞報道などの範囲からこの事件の経緯を整理してみる。

8月11日午前1時ごろ、港区内のコンビニ店の近くの路上で酒に酔って寝ていた男性会社員を警視庁愛宕署員が保護しようとしていた。
男性が寝ていたのを誰かが通報したのか、警察官がたまたま現場を通りかかって発見したのかは明らかでない。
捜査3課によると、男性会社員のバッグやカードがなくなっていた。また現場から走り去る男を警察官が目撃した。
周辺を調べたところ、男と服装などの特徴が似た御法川容疑者がいたため、同署に任意同行した。
またコンビニATMの防犯カメラには、暗証番号をうち間違う御法川容疑者の姿が映っていた。男が使ったカードが寝ていた男性の所持品だった。
9月11日、警察は御法川容疑者が、男性会社員のバッグとカードを盗み、キャッシュカードを使い現金を引き出そうとした疑いで逮捕した。

御法川容疑者の言い分はあまり詳細には伝えられておらず、「自分の財布をなくしたので捜していた。その時に(男性会社員の)持ち物を見たかもしれないが、何も盗んでいない」と話しているという。
父親によると次男から事情聴取を受けたという話を聞いたのは9月11日の1週間以上前で、次男からは、
「警察官に『今キャッシュカードで機械の操作をして、何をしていたのか』と聞かれ、『自分が財布を落として、同じカードが見えたから誰かに使われたんじゃないかと思って』と話した。そうこうしているうちに財布を誰かが届けてくれて、身分確認ができたので帰してもらえた」と聞いたという。
この証言通りなら御法川容疑者の言い分は、
・自分の財布を落として探していたらカードがみつかり
・同じカードだと思い込みATMで確認をしていた
という事になる。
つまり他人のカードを自分のものと誤って認識しATMで操作しただけという主張になる。
同容疑者は否認を続けており、調書への署名も拒否しているという。

警視庁捜査3課などは9月13日午前、東京都港区高輪にある御法川容疑者の自宅マンションを家宅捜索した。
同課によると、男性のかばんや財布は現場付近に捨てられているのが見つかったが、財布の中からカード4枚がなくなっていた。
家宅捜索では同容疑者が事件当日に着ていた服を押収したが、カードは見つからなかったという。
この発表通りなら、成果が無かったということになる。

では物証はどうなっているのだろう。
今のところ明らかにされているのは、御法川容疑者が男性会社員が所持していたキャッシュカードを使ってATMを操作したという事だけのようだ。
警察が主張しているように、容疑者がバッグと財布を盗み、中から抜き取ったカードを使い現金を引き出そうとしたという点についてはどうなのだろう。
バッグと財布に容疑者の指紋が検出されたのだろうか。もし指紋が確認されていれば、容疑者の「自分のカードと間違って」という主張は否認されだろうし、容疑は濃厚となる。

現在までに報道された範囲では、御法川容疑者をクロと断定はできないように思う。
この事件は、単純な刑事事件のようだ。
であれば、あの父親だからあの息子だからという先入観は捨てて冷静に捜査の行方を見守るべきだろう。 

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2013/09/12

「デンキ開ケテ世間暗夜」

月刊誌「図書」9月号に、小松裕・熊本大教授が「田中正造没後100年に思う」という副題の記事を書いていて、その中に田中正造の言葉がいくつか引用されている。
ご存知の方もおられるだろうが、当方は不勉強で初めて知った次第。その中のいくつかを以下に紹介したい。
なお、田中正造(1841年12月15日-1913年9月4日)は、戦前の衆議院議員選挙に当選6回の政治家で、日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発し、その解決に生涯をかけた人物だ。

冒頭の言葉は次のようだ。
【物質上、人工人為の進歩のみを以ってせバ社会は暗黒なり。デンキ開ケテ世間暗夜となれり】
まさに福島の原発事故そのものをズバリ表している。
他にもこういう言葉がある。
【真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さ〲るべし】
原発事故でいまなお住民の9割が仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。古里の山河は荒れ、住民の生活は破壊されたままだ。
【猫もシャクシも興利々々、興利が人民を殺すのです】
【食のみ足りて人ハ飢えたり。食ハ充満して餓死多シ】
【他を思わざるもの社会ニ充満して国漸く滅亡す】
田中正造の警句を読むと、100年経ても日本は変っていないと思わざるを得ない。

それに引き換え、安倍首相は2020年五輪招致のスピーチで、原発の汚染水漏洩問題について「抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と発言していた。
安倍首相は同じ言葉で、福島の被災者の前にして大見得を切れるのだろうか。
国外向けと国内向けで使い分けるとしたら、"ウソツキ晋ちゃん"である。

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2013/09/11

【ツアーな人々】添乗員の食事

ツアー中の添乗員の食事の仕方には二つのタイプがある。
Ⅰ.極力ツアー客と同席する
Ⅱ.ツアー客とは同席しない
添乗員付きのツアーに参加した時、彼ら(or彼女ら)から旅行にまつわる話が聞けるとというのも楽しみの一つだ。ゆっくりと話す時間となると、やはり食事時間になる。
私がよく訊く質問は、「今迄でいちばん困ったことは?」だ。「お客が死亡したとき」「お客が脳内出血を起こして開頭手術に立ち会ったとき」「列車の脱線事故でお客が負傷したとき」といった答えが返ってくると、添乗員という仕事の大変さを感じるし、自分の備えにもなる。

客の死亡の話は2例あり、一つはホテルから道路に出た際に車にはねられたというケースだ。海外では交通ルールも異なるし、第一ルール自身が無いのか又はあっても誰も守らない国があるので注意が肝心だ。
もう一つは、飛行機の中のトイレで急死したというケースで、こちらはより大変だったようだ。もし伝染性の病気だと乗客一同は機内から降りることができなくなるので、医師の診断が出るまで機内待機になるんだそうだ。体調が悪いと周囲にとんだ迷惑をかけるので、旅行は避けておこうと思う。
手術の場合、家族の同意書が必要になるケースもあるらしい。そのために家族の一人に緊急で現地に行ってもらわねばならず、そうした手配も添乗員の役目となるし、患者にも付き添っていなければならない。家族に経済的負担をかけないためにも、海外旅行保険は絶対に必要なのだ。
このツアーでは、たまたま同じコースを二つのグループに分けていて、添乗員が二人だったので対応できたが、もし一人だけだったらどうなっていたかと語っていた。
脱線事故の話では、軽傷者だけで重傷者はなかったのが不幸中の幸いだったとか。添乗員自身も軽傷を負っていた。
救急車が来るまで全員、線路わきの草むらに仰向けに寝て待っていたら、満天の星空。お客の中に星座に詳しい人がいて、星にまつわる物語を語ってくれたそうだ。お蔭で混乱もなく治療を受けた後、次の旅程に進めたとか。こういうのを聞くと、事故の大変さよりロマンチックな気分にさえなる。

こうした貴重な話を聞けたのは全てタイプⅠの添乗員だ。このタイプに人は例外なくサービス精神が旺盛で、しかも優秀。
もちろん、添乗員が現地ガイドと食事しながら打ち合わせたり、他に処理すべき用事がある時は客と同席ができないことがある。それは誰しもが納得できる。

しかし、今年参加したベネルクス三国のツアーとポーランド・ドイツのツアーの添乗員は、二人ともタイプⅡで、一度も食事に同席しなかった。
なかにはレストランで客は我々のグループだけというケースもあったが、なぜか一人離れた場所に座って食事をしていた。
食事中もこれはどんな食材だろうとか、どうやって食べるんだろうという疑問もわく。飲み物をお替りで別のものを頼みたいのだがという場合もある。そうした際に、遠くにいる添乗員をいちいち呼びに行かなくてはというのは、いかにも不便だ。現にかなり不満の声があがっていた。

大手C社の社員添乗員に訊いたら、食事の仕方は会社としては指示しておらず、個々の添乗員の判断に任されているとのことだ。
それならせめて夕食の時だけでも客と同席して食事して欲しいものだ。

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2013/09/10

「半沢直樹」をシラケて見る

妻はTVドラマ「半沢直樹」のファンで、これと「相棒」だけはチャンネル権を渡さない。自然とこちらも毎週つきあうことになる。
確かに面白いし、ドラマとして良くできている。悪が善をこれでもかこれでもかと追い詰めるが、最後には善が逆転勝利し、視聴者は痛快な思いをする。第一部がそうだったからきっと第二部もそうなるんだろう。
そういう意味では時代劇やヤクザ映画、西部劇など娯楽作品の王道をいくストーリーになっている。
ちがうのは題材で、「半沢直樹」の方はつまるところ社内抗争、それも人事抗争だ。
サラリーマンにとっては人事が全てといって良い。なかには「オレは出世なんか興味がない」と語る人もいるが、現実に後輩たちが自分をどんどん追い越し、気が付けばこっちが部下になってこき使われるのを気分よく思う人は先ずいない。イヤがオウでも出世競争にまき込まれる、それがサラリーマンの宿命といえる。
ドラマでは主人公の半沢直樹が正論をはき縦横無尽の活躍をするのだが、その後押しをしているのは失敗すれば出向への片道切符という脅しであり、銀行員という職を失いたくたくないという希望だ。
それが証拠には、問題を解決するごとに半沢は出世の階段を上がってゆく。
結局はソレかいと、多少シラケた気分になる。

ドラマでは誇張はされているが、ある規模の組織になるとこうした内部抗争、人事抗争は避けられないようだ。私が現役時代に所属していた会社もそうだったし(私は関与する立場になかったが)、取引先の企業でも同じような話をたびたび聞かされた。
だから社内の人事異動はもちろんのこと、取引先の人事についても関心を持たざるを得なかった。
多くの企業で優秀な人材がこうした抗争にエネルギーを使っている。
企業は社会的活動により利益を得るわけで、社内のゴタゴタからは1円の利益も生まないにも拘らずだ。
「社内営業」という言葉に象徴されるように、社内で上手に動き回り、鋭い嗅覚と要領の良さを持った人間が偉くなってゆく。
半沢直樹のような正論ばかり吐く一匹オオカミは、そうした人たちから倍返し、10倍返しの報復を受けるというのが現実の姿なのだ。良い子は真似をしないように。
そうした現実を知っているからこそ、ドラマを見て多くの人が爽快な気分になるのだろう。

ただドラマとして、第一部に比べると第二部はリアリティに欠けるように思う。
第一部の大阪西支店の融資問題は支店長マターであり、担当常務の決済で済むことだから大和田常務の意向に大きく左右される。それは分かる。
しかし第二部は、本社営業第二部の伊勢島ホテルへの不正融資は金融庁検査という事態まで招き、銀行の経営基盤を脅かすような大きな問題に発展している。
これはもはや、一部署の問題ではなく銀行の存続にかかわることなので、最終的には頭取が決済することになる筈だ。
部長や管掌する役員(この件も大和田常務)は本件を頻繁に頭取に報告し、最後は常務会付議という運びになるだろう。ところがドラマでは、頭取―常務、頭取―部長というラインが見えてこない。
それから常務から半沢に出向させるぞという脅しがあるが、本社の次長ともなれば、人事異動は常務会の報告事項になるのが普通ではなかろうか。とすれば最終的な決済は頭取だ。
半沢直樹が大和田常務にかかわる不正をあばき、自らの意見を通そうとするなら、別ルートで頭取に正確な情報をインプットする方策を考えるべきだろう。
おそらく大和田常務のような性格なら社内に沢山敵を持ってるだろうし、そうした状況を利用して他の専務や常務といった役員への働きかけ、あるいは頭取の側近へのアプローチなどにより、とにかく頭取を動かすことが肝要かと思われる。
特に大和田が今の頭取を追い出して次期頭取の椅子を目指して画策していることが明らかになっているだけに、むしろ半沢側としてはやり易くなっている。
自分の意見を通そうとするなら相手を孤立させ、こちらが多数を握ってトップを動かす方向へ持っていくしかない。半沢のやり方は現実の世界では通用しない。

もっとも正攻法で描いたらドラマとしては成り立たないだろうから、そんな理屈は抜きにして楽しむのが正解か。

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2013/09/08

「原子力ムラ」の復活

月刊誌「選択」2013年8月号が、経産省傘下の資源エネルギー庁(エネ庁)で、密かに「原子力ムラ」が復活したと報じている。
エネ庁はこの7月、「原子力自主的安全性向上に関するワーキンググループ」という委員会を設置したが、その委員に「原子力ムラ」の主要メンバーが目立つというのだ。
先ず関村直人東大大学院教授だが、2011年の福島原発事故の際にはNHK番組の常連となり、「炉心溶融(メルトダウン)はあり得ない」とか「冷却水が漏れている可能性は低い」など、ことごとく事実と異なる情報を連発していた人物だ。
それもその筈、日本原子力開発機構から「受託研究費」として5760万円を受け取っていたのだ。
本来なら世間さまに顔向けができない立場だと思うのだが、まさに「どのツラ下げて」だ。
もう一人の委員、山口彰阪大大学院教授もやはり原発の業界団体から1300万円を受け取っている。
このワーキンググループは組織上、エネ庁「原子力小委員会」に所属しているが、同委員会の田中知東大教授もムラの有力者だ。
その東大自体が東京電力から過去に5億円もの金を受け取っていたのだから、ムラの「牙城」にもなるわけだ。
こういう学者が集まって「原子力の安全性」を向上させようと言うんだから、結論は見えている。
もちろん、安倍政権の原発再稼働政策に向けての経産省の意向であることはいうまでもない。

東大といえば、医学部の腐敗もすさまじい。
分子細胞生物学研究所(分生研)の加藤茂明元教授らの発表した論文165本中、53本の問題があり、うち43本に捏造や改竄が行われていたことが調査で明らかになったばかりだ。
どうやら当時の研究を指導していた助手ら研究スタッフが深く関与してというから根が深い。
分生研には独法科学技術振興機構から研究費20億円が支払われていて、その返却が求められている。
気の毒なのは当時の大学院生たちで、今回の件で学位が剥奪されるようになれば、現在の職も失うことになるという。
それなのに、データを改竄していた研究スタッフの中心人物が、他の国立大学教授に就任しているというのだから、あいた口が塞がらない。

「東京大学憲章」の前文(抜粋)にはこう書かれている。
【人類普遍の真理と真実を追究し、世界の平和と人類の福祉、人類と自然の共存、安全な環境の創造、諸地域の均衡のとれた持続的な発展、科学・技術の進歩、および文化の批判的継承と創造に、その教育・研究を通じて貢献することを、あらためて決意する。】
なんという現実とのギャップ!

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2013/09/07

「ありがとうございました」はヤッパリ変だ

近ごろやたら耳にする言葉「ありがとうございました」、ネットでも再三話題に上っているし賛否両論があるようだが、あれはヤッパリ変だ。
どうやら「ありがとうございます」の過去形として使っているようだ。
TV番組の司会者やリポーターあたりが使い始めたのではと睨んでいるのだが。
これは「ありがとうございます」が正しいし、「ありがとうございました」は誤用といっても良い。
この言葉は「ありがとう+ございます」の形だ。

語源辞典を見ると「ありがとう」の語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなったとある。 「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表した。
中世になり、仏の慈悲など貴重で得難いものを自分は得ているというところから、宗教的な感謝の気持ちをいうようになり、さらに近世以降感謝の意味として一般にも広がったものだ。

「ございます」は「ござります」の音変化で、近世江戸以来の語とされる。
意味は大きく二つに分かれる。
1.「ある」の意の丁寧語。「あります」より丁寧な言い方。
2.(補助動詞)補助動詞「ある」の意の丁寧語。
1.の用例としては「おあつらえ向きのお品がございます」。
2.の用例としては「ただ今ご紹介いただいた00でございます」「おめでとうございます」「おはようございます」。
1.の意味なら「・・・がございました」という言い方はある。
しかし「(ありがとう)ございます」は2.の意味だ。

つまり、「ありがとうございます」というのは、感謝の意を丁寧に表したものと考えることができる。
「感謝」とは、ありがたいと思うこと、ありがたさを感じて謝意を表することだ。その原因となることが1時間前だろうと10年前だろうと、いま現在も感謝しているのであれば現在形を用いるべきだろう。
「感謝します」あるいは「感謝しています」とは言うが、「感謝しました」とは言わない。
先の「ございます」2.の用例でも、「おめでとうございました」「おはようございました」とは言わない。
さすれば「ありがとうございました」という言い方は誤りと考えられ、少なくともメディアに携わる人間は使うべきではなかろう。

もっとも、過去には感謝していたが今は感謝の気持ちがない場合、「あの時は感謝しましたよ」という表現の代りであれば、「ありがとうございました」と言い方もあるのかも知れないが。

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2013/09/05

『悪霊―下女の恋』(2013/9/4)

9月4日、本多劇場で上演中の”M&Oplaysプロデュース『悪霊―下女の恋』”へ。
きっかけは、何もない。ただ面白そうと思っただけ。
1997年初演、2001年再演で今回が再再演というから評判が良かったんだろう。

作・演出:松尾スズキ
<  キャスト  >
三宅弘城:ウネハラタケヒコ
賀来賢人:ハチマン(タケヒコの友人)
平岩紙:ナミエ(タケヒコの妻)
広岡由里子:キメ(タケヒコの母)/ホキ(タケヒコの家政婦)

ストーリーは。
舞台は関西にある架空の都市にあるウネハラ家で、父を事件で亡くし息子・タケヒコと母・キメとの二人暮らし。
タケヒコは学生時代からの友人・ハチマンとお笑いコンビを組んでいる。売れない芸人であった二人に、ようやくTV出演が転がりこんできた矢先、タケヒコの婚約者・ナミエが訪れる。
ナミエの出現により、母子や友人関係が微妙にズレてくる。
TV出演を目前にしてタケヒコが交通事故にあい、コンビは解消。
次いで母・キメが交通事故で死亡し、タケヒコの世話をするため家政婦・ホキがやって来るが・・・。

男女4人(5人かな)による愛憎劇で、敢えてテーマをあげるなら「血のつながり」と「母性」かな。
舞台には登場しないが、タケヒコの父親と友人・イノウエが影のようにつきまとう。
ストレートプレイにしては歌と踊りがチョコット入るし、ミステリー風な部分もあるし、喜劇なんだろうがいわゆるコメディとも異なる。捉えどころのない芝居だ。
でも面白いのは確かだ。
芝居全体に散りばめられているギャグが楽しく、重いテーマを扱っているのに客席の笑いが絶えないのはそのためだ。
お笑い芸人たちのパロディあり、シモネタありでサービス満点。2時間10分はあっという間だった。
作者の松尾スズキという人はきっと大変な才能の持ち主なんだろう。

主役の三宅弘城は手堅い演技を見せ、相棒役の賀来賢人は芸に華がある。
平岩紙は可愛くて狡くてエロい役をこなし、広岡由里子は舞台に独特の空気を与えていた。広岡なくしては成立しない芝居だと思わせる。

公演は16日まで本多劇場、その後は28日まで各地で。

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2013/09/04

【秘密保護法案】原発事故も「特定秘密」に

【安倍政権が秋の臨時国会に提出を目指す特定秘密保護法案は、「国の安全保障に著しく支障を与える恐れがある」として指定する「特定秘密」が拡大解釈される可能性がある。今でも、公務員が国の機密情報を漏らすと国家公務員法や自衛隊法、日米間の協定に基づく法律で罰せられるのに、政府はさらに厳罰化して、機密情報の対象も際限なく広がりかねない法案を提出しようとしている。 
政府は新たに特定秘密保護法案で、厳罰の対象を広げようとしている。政府が指定した「特定秘密」を漏らした場合には、秘密保護法と同じく最長十年の懲役を科す考えだからだ。
問題は「特定秘密」の範囲。政府は「防衛」「外交」「安全脅威活動の防止」「テロ活動防止」の四分野と説明する。「安全保障に支障の恐れ」という定義はあいまいで、拡大解釈される余地が十分にある。しかも、この「特定秘密」を決めるのは大臣などの各省庁や行政機関の長だ。
この法案が成立すれば、政府は重要な情報を、これを盾に隠すことができる。
例えば、収束のめどが立たない東京電力福島第一原発など原発に関する情報について、政府が「公表するとテロに遭う危険がある」との理由で国民に伏せる事態も想定される。
実際、原発事故の直後には、政府は「直ちに健康に影響はない」などと繰り返し、国民が知りたい情報を積極的に公表せず、信用を失った。外交でも、沖縄返還の際に財政負担を米国に約束した沖縄密約問題の情報は明らかにしなかった。同法案はそうした傾向をさらに強めかねない。】
(2013年8月29日付 東京新聞朝刊からの抜粋)

定義がアイマイで、決めるのは行政機関の長とくれば、「特定機密」の範囲はいくらでも恣意的に拡大できる。
政府は新たに「拡張解釈し、国民の基本的人権を不当に侵害することがあってはならない」との条文を盛り込んだが、努力目標にすぎず、拡大解釈の歯止めにはならない。
最初は色々と調子の良いことを言っていても、いざ法制化されれば法文がものを言う。
私たちの知る権利は制限され、マスメディアは政府にとって都合の悪い報道はさらに制限されるだろう。
政府は3日、「特定秘密保護法案」の概要を公表し、国民から意見を募るパブリックコメント(意見公募)を始めた。
概要と意見の応募方法は、インターネットの下記サイトに載っています。
締め切りは9月17日までなので、意見のある方は是非アクセスしてください。

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060130903&Mode=0

また法案の危険性について詳しく知りたい方は、下記サイトへ。
秘密保全法制に反対(秘密保全法制対策本部)
http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/secret.html

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2013/09/03

「露店のクジが当らない」って、当たり前じゃないの

9月2日付の産経新聞によると、当たりが入っていないくじを引かせて現金をだまし取ったとして、露店アルバイトの男が詐欺容疑で大阪府警に逮捕されたという。きっかけは賞品の人気ゲーム機目当てに、子供たちに負けじと1万円以上をつぎ込んだ男性の訴えだった。
男性は警察官にこう力説したという。「何度引いても当たらない。あのクジは詐欺だ」。
記事によるとこの事件は7月27日夜、大阪市阿倍野区の阿倍王子神社の夏祭りの初日に起きた。
代金は1回300円、2回なら500円。プラスチック製の箱の中から1~100番までの数字が振られた紙くじを引き、60番以上が出れば最新ゲーム機やゲームソフトなどの賞品が当たるという触れ込みだった。
このクジに1万円つぎこみ当りが1枚もなかったという男性の訴えで、阿倍野署が捜査したところ、外れクジばかりだった。男は捜査員に「当たりは入れていません」と告白。男はそのまま逮捕され、今月起訴されたというもの。

あれ、知らなかったんですか。あの手のクジは当たりませんよ、アタシら、子どもの時から知ってましたよ。
当りを出しだら採算がとれず、店は潰れてしまう。そんな商売誰がやる。
だいいち、ギャンブルにインチキは付き物だ。
自分の子どもがまだ小さい頃、縁日に連れていくとクジを引きたがる。黙ってみていると何枚引いてもハズレばかり。そんな時に「このクジはインチキだ」とイチャモンをつけたりしない。子どもには「残念だったね」という言葉をかけてお仕舞にする。
子どもたちもそうした経験を積んで大人になって行く、それでいい。

若いころ、会社の同僚が浅草へ遊びに行ったら、ストリップ小屋がたっていた。看板には裸の女性が露わに描かれていて興味をそそる。それにしては入場料が格安で、これはお得だとチケットを買って中に入ったら、舞台に出てきたのはサルだった。確かに裸ではあった。
その同僚も含めて客たちは「上手く騙しやがったな」と苦笑しながら外へ出たそうだ。「詐欺だ、金返せ!」なんて野暮な客はいなかったのだ。
かつての見世物小屋なども、みなインチキだったようだ。客もそれを承知で、「今度はどんな手で来るのかな」と、騙されるのを楽しみに金を払っていたらしい。

捜査関係者によれば、くじ引きの露店が詐欺容疑で摘発される例は極めて異例だという。「正直、露店くじをめぐって客が被害を申告したというケースですら今まで聞いたことがなかった。祭りで楽しい気分になったついでにくじを引くせいで、多少損をしても余興と思って目をつぶる人が多かったのではないか」と指摘していると記事には書かれている。
ごもっとも。
警察もご苦労なこった。
新聞もこんな記事で紙面をさくより、もっと大事な問題があるだろうに。

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2013/09/01

鈴本8月下席昼・楽日(2013/8/31)

鈴本演芸場8月下席昼の部は、古今亭文菊の初トリ。前を中堅とベテランで固めるという布陣。その楽日へ。
この日は代演が多かったにもかかわらず顔づけが良かったのか、一杯の入り。浴衣姿の女性が目に付いたのは時節柄か、文菊のお目当てか。

前座・柳家小はぜ「転失気」
<  番組  > 
林家はな平「牛ほめ」
ストレート松浦「ジャグリング」
春風亭正朝「目黒のさんま」
林家正蔵「お菊の皿」
柳家小菊「粋曲」  
柳家さん喬「そば清」
橘家圓太郎「祇園会」
ホームラン「漫才」
古今亭菊輔「七度狐(序)」
~仲入り~
ダーク広和「奇術」
柳家喜多八「鈴ヶ森」
橘家文左衛門「馬のす」
林家正楽「紙切り」   
古今亭文菊「稽古屋」

真打の演目(だしもの)8席中、5席がこの季節に似合ったものというのが嬉しい。こういう季節感は大事にしたい。
前座の小はぜ、入門して間がないようだが喋りがしっかりしている。先ずは落語家として及第点。
はな平「牛ほめ」、華があるし語りが明るくて良い。ネタもムダな部分をカットし綺麗にまとめていた。
ストレート松浦「ジャグリング」、いつ見ても鮮やか。ひきだしが多いので毎回楽しませてくれる。
正朝「目黒のさんま」、本来は秋のネタだが、既に新物が店頭に並んでいるし立秋も過ぎているので、この時期にかけても不自然ではない。バカ殿ぶりが堂にいっていた。
正蔵「お菊の皿」、お菊を見に行った男が藪蚊に刺される描写を入れてより季節感を出していた。今日初めて気が付いたのだが、この人目の使い方が細かい。
小菊「粋曲」、ウットリ。でもこの芸、後継者がいないのが心配だ。
さん喬「そば清」、本来はやや後味の悪い噺なのだが、さん喬が演じるとこれが爽やかになる。この人は大ネタよりこういう短い高座の方が面白い。
圓太郎「祇園会」、お国自慢という他愛のない噺ながら、囃子の口真似や祭りの掛け声が腕の見せどころ。圓太郎は、嫌味な京男と気風の良い東男とを鮮やかに対比させていた。
ホームラン「漫才」、協会のベテラン漫才師が高齢や体調の関係で高座に上がれなくなってきつつある昨今、このコンビの存在感が増している。二人の面白さは芸人としての基礎ができているからだ。
菊輔「七度狐(序)」、独特の雰囲気と語りを持った人だ。時間の関係からかネタの山場で切れてしまったのが残念。
ダーク広和「奇術」、とにかく奇術が好きで好きで、客に受けるかどうかなんて、どうでも良いという芸風。そこが魅力でもあり、寄席芸人としての物足りなさを感じてしまう。
喜多八「鈴ヶ森」、十八番中の十八番。新米泥棒のドジぶりはこの人の右に出る者はいない。
文左衛門「馬のす」、特に季節は定めていないが、8代目文楽がしばしば夏場の高座にかけていた所から、この季節のネタという印象が強い。文楽とは芸風が正反対といっても良いのだが、これはこれで面白い。
正楽「紙切り」、この日のお題はディズニーランド、スカイツリー、猛暑。

文菊「稽古屋」、もう10年位真打をしているような堂々たる高座姿。
ストーリーは。
どうやったら女にモテルかと訊いた男に、隠居は人にまねのできない隠し芸がないのかと訊く。男は踊りなら町内でも三代目と答えるが、その踊りとは「宇治の名物蛍踊り」だという。部屋を暗くして尻に蝋燭を挟んで踊るというもの。
隠居はちゃんとした芸を身に着けるようアドバイス。横丁の「五目の師匠」(芸事一通り何でも教える)に弟子入りするよう勧める。
男は膝附と月謝の2円を借りて師匠のもとへ。
師匠が何をやりたいかと尋ねても、とにかく年増にモテルような芸というだけで要領をえない。
とりあえず清元の「喜撰」をということになった。
「世辞で丸めて浮気でこねて、小町桜のながめに飽かぬ……」と教えるがまるで調子はずれ。
呆れて、少女に「娘道成寺」の踊りを稽古するので、それを観ているように命じる。
師匠が稽古をつけていると、弟子の少女が泣いたり笑ったり。男が少女の焼き芋を喰ってしまったり、勝手にカッポレを踊ったりして邪魔ばかり。
師匠もこれでは無理かもしれないと、短い「すりばち」という上方唄の本を貸し、持って帰って高いところへ上がって、高い調子で練習するように勧める。
男は早速その晩、大屋根のてっぺんに登り、「えー、海山を、越えてこの世に住みなれて、煙が立つる…」と稽古を始めると、これを聞いた近所の若い衆が火事と間違え・・・。
このネタは音曲と踊りの素養がないと出来ないので、現役でも演じ手が少ない。
文菊は清元の一節を良い声で聴かせ、踊りでは色っぽさを見せて好演。しっかりした語り口と共に完成度の高い高座だった。
特に踊りの所作では、ファンと思しきご婦人たちから感嘆の声が上がっていた。
初トリの楽日にふさわしい文菊の芸、結構でした。

内容が充実しているから客が入るのか、客が入るから高座が充実するのか、その相互作用なのか。
いずれにしろ定席の公演としては今年のベスト。

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