« 「それからのブンとフン」(2013/10/4) | トップページ | 【街角で出合った美女】ドイツ編(1) »

2013/10/06

#15東西笑いの喬演(2013/10/5)

10月5日、国立演芸場で行われた「第15回 東西笑いの喬演」へ。
この会は毎年2回開かれ春は大阪で、秋は東京での開催となっている。毎回しっかりとしたプログラムが配布され、主催者・みほ企画の熱意がうかがえる。
夢空間にはここの爪の垢でも煎じて欲しい。
去る7月30日に三喬の師匠・6代目笑福亭松喬が亡くなった。プログラムに主催者代表の山口一儀氏の追悼文が寄せられている。この中で松喬の葬儀の際の、三喬の弔辞が引用されている。
それによると松喬は弟子に「芸はザルに水を汲むようなもんや。一朝一夕では溜まらん。毎日水を汲みなさい」と諭したとある。その松喬が末期がんと診断されてからの稽古は、まるで「命を汲んでいるようでした」と三喬が語っている。
その師匠の教え、姿勢を受け止めて一門は精進していくのだろう。
東京では師匠が亡くなると、二ツ目以下の弟子は他の師匠の元に移籍するのだが、上方ではどういうルールになっているんだろう。惣領弟子の三喬が一門をまとめていくことになるんだろうか。

<  番組  >
笑福亭喬若「手水廻し」
笑福亭三喬「花色木綿」
柳家喬太郎「首ったけ」
~仲入り~
柳家喬太郎「夜の慣用句」
笑福亭三喬「三十石夢乃通路」
(全てネタ出し、喬太郎は毎回古典と新作を1席づつとしている)

喬若「手水廻し」
三喬の弟子でキャリアからすると東京では二ツ目に相当するようだ。
東京の落語界というのは階級制になっているが上方はフラットだ。芸人には階級なんて無用で、後は実力次第というのが上方の考え方なのか。それなら東京でもいっそ無差別級にしてもいいような気がするのだが、どうだろうか。
「手水」が大阪の言葉だと言っていたが、アタシのご幼少の頃は東京でもトイレの意味で使われていた。ご婦人が「ちょっと、お手水を拝借します」なんて言ってましたよ。
でも丹波では通用しなかったようで、手水=ちょう(長い)+ず(頭) と解釈し、宿に泊まった大阪の客が「手水を廻してくれ」と頼むと、宿の主は近所の村から長い頭と持った男に依頼し、客の前でその長い頭を廻してみせるという噺だ。
喬若は師匠ゆずりのトボケタ味わいがあって良かったが、見せ場の頭を廻すときに、長さが表現できていないため客席の反応が鈍かった。演出上、工夫は要ると思う。

三喬「花色木綿」
マクラで得意ネタに泥棒モノが多いと語っていたが、確かにこの人には合っている。もしかして、風貌のせいかな? 受刑者から受けが良いのもそのためか。
そのうち「泥棒三喬」なんて綽名がつくかも知れない、そうなりゃ名誉なことだ。
東京でも小三冶と喜多八師弟が泥棒モノを得意としているが、このネタは「出来心」のタイトルで演じていることが多い。でもこのネタの面白さは、空き巣に入られた男が被害にあったと主張する品物に全て「裏は花色木綿」とくり返す点にあるので、やはり題名は「花色木綿」で演って欲しい。
三喬の高座はいきなり泥棒が空き巣に入る所から始まる。金目のものは何もない。お釜さえ中は空。そこへこの部屋の住人が戻ってくる。泥棒は慌てて部屋の隅に隠れていると、男は泥棒に入られたのがこれ幸いと、大家に被害にあったとされる高価な品物を並べ、しまいには大金まで盗まれたと主張する。
こうなったら泥棒も我慢できない。部屋に飛び込んできて男の襟首を捕まえてウソをバラす。
三喬の高座は、男の吹く大ぼらと「裏は花色木綿」を繰り返す「間」の取り方が上手く、さすがと思わせてくれた。男が実は御典医の息子だという時に、上方漫才師の「横山たかし・ひろし」の物真似をするのだが、東京のお客に通じただろうか。よく似てたんだけどね。

喬太郎「首ったけ」
マクラで池袋や新宿歌舞伎町の浄化が進んでいるが、あれでは町の特長が消されてしまうという。「ポン引きを一掃したら歌舞伎町には何が残る?」と語っていたが、同感。繁華街などというものは猥雑な部分が必ずあり、それも含めて繁華街なのだ。これから東京オリンピックに向けてますます街の浄化作戦が強化されるんだろうが(前回もそうだったからね)、そういう汚れた部分も含めての東京であり、有りのままの姿を観光客には見て欲しい。
このマクラから、吉原を舞台にしたネタへ。
惚れて通いつめた勝つぁん、ようやく馴染みになった紅梅花魁はこのところ、宵にチラリと見るばかり。
この日も一晩中待ってても、音さたなし。
それだけならまだいいが、直ぐそばの座敷に紅梅があがっていてドンチャン騒ぎ、声が聞こえるだけに腹が立つ。
さすがに堪忍袋の緒が切れて若い衆を呼んで文句を言えば、当節流行りのキザな言葉を並べての言い訳。
ますます腹を立てて帰ろうとすると紅梅が出てきて、「あちらは派手な遊びでお金を使ってくれるんだから我慢おしよ」と言い出す始末。
こうなりゃ売り言葉に買い言葉。「二度と再びてめえの所なんか来るもんか」「何をぐずぐず言ってるんだい。さっさと帰りゃあがれ」となって、仕方なく勝つぁんは店を出る。
腹いせに向かいの女郎屋に上がり込む。
なじみの女郎がいるうちは、ほかの見世に上がれないのが吉原のルールだが、そんなこと知るもんか。
実はここの若柳という花魁が前々から勝つぁんに岡惚れで、そのご本人が突然上がって来たのだから、もうモテルのナンノ。
勝つぁんも紅梅への面あてに、毎晩のように通いつめるようになった。
たまたま都合で十日ほど若柳の顔を見られなかった、そんなある夜。
半鐘が聞こえ、吉原見当が火事だという、駆けつけると、もう火の海。
女郎が悲鳴をあげながら逃げまどっている。
ひょいとおはぐろどぶの中を見ると、水に首まで浸かって溺れかけている女がいる。
助けてやろうと近寄れば、それは紅梅。
「なんでえ、てめえか。よくもいつぞやは、オレをこけにしやがったな。ざまあみやがれ。てめえなんざ沈んじゃえ」
「勝つぁん、そんなこと言わずに助けとくれ。今度ばかりは首ったけだよ」
志ん生の十八番で息子の馬生も演じていたが、あまり高座に掛からない珍しい噺だ。
喬太郎は、あれ、こんなに吉原ネタが上手かったかなと思う程、結構な高座だった。
人物像、特に客の勝つぁんの一途な姿、若い衆や紅梅との掛け合いの「意気」、向かいの店の花魁の可愛さなど、造形がしっかりしていて演じ分けも見事。
最近の喬太郎ではピカイチの高座だった。

ここまで長くなったので後半は端折ります。

喬太郎「夜の慣用句」
喬太郎の新作の中ではもう古典といってもいいだろう。
古臭さを感じさせないのは、常に新しいギャグを入れ込んでいるからだ。
そうした飽きさせない工夫をすることが、喬太郎の長所ではある。

三喬「三十石夢乃通路」
上方落語屈指の大ネタだが、どうも米朝や枝雀の名演が耳に残っているせいか、他の演者に対して点数が辛くなるのだ。
このネタの聴かせどころの一つは、三十石の船の上で、お女中が近くに来るということで妄想を膨らませる男のエピソードだ。三喬の演出は妄想で、大阪に着いてから女の家に上がり込み、酒をふるまわれて泊まるという所まで演じていたが、この後半がやや冗長に感じられて、客席もダレ気味だった。
その前後は締まっていただけに、ひと工夫が要ると思う。

久々に喬太郎の充実した高座に出会えたし、三喬の上方落語にも浸れて満足。

|

« 「それからのブンとフン」(2013/10/4) | トップページ | 【街角で出合った美女】ドイツ編(1) »

寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。いつも、ブログを楽しみにしております。
教えて頂きたいのですが、昨夜の喬太郎師匠の『首ったけ』ですが登場する「若柳」という花魁は、「かすみ」と読むのでしょうか。妹と同じ名前なので印象に残っていて、喬太郎師匠は確かに「かすみ」と仰っていたのです。が、調べても「若柳」しか無かったので、、、。

投稿: すみれ | 2013/10/06 21:15

すみれ様
「かすみ」でしたか、私の間違いで名前を聞きもらしていたかも知れません。
「若柳」じゃなかったなと思いながら、記事では志ん生のオリジナルを使ってしまいました。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/06 22:11

こちらの会にいらしていたんですね。私も行っておりました。
実はこちらのブログで見てから三喬師匠のことが気になっていたのですが、それから2回ほど高座を見る機会があり、喬太郎師匠との二人会ということで期待して出かけました。

「三十石夢乃通路」私はとても楽しんだのですが、確かに周りの人たちが途中ちょっと眠そうでした。
「夜の慣用句」、またこれなの~?と少し不満に思ったのですが、確かに新しいギャグを入れて鮮度を保っているんですね。
いろいろ勉強になります。

これからも楽しみにしています!

投稿: りつこ | 2013/10/06 22:27

三喬師匠には、既に「泥棒三喬」の尊称が送られていますよ。
喬若さんは繁昌亭で独演会をしはった時のパンフレットで師匠から「これで東京の真打扱いと言えます。それだけに・・・」といった意味の、厳しい文章を寄せられていました。
松喬一門の直弟子は全員繁昌亭の独演会は経験済ですので、真打クラスになるのでしょうね。

ところで今月27日に、前と同じ神楽坂のお寺で「さん生・鶴二二人会」があり、鶴二師が十八番『三十石』をしはります。
三喬師匠とはまた違った豪快さ・弾けぶり・古風な懐かしさがあり、「松鶴最後の直弟子」の名に恥じないと思うのですが・・・。
(実際に稽古を付けたのは松喬師匠)
もしご都合が付いたら是非。ちなみにご本人は、このブログを気にしてはりました・・・。

投稿: 明彦 | 2013/10/07 00:19

お返事、ありがとうございます。「かすみ(漢字かも知れませんが)」って名前は落語で初めて聞いたので、、、。「若柳」は志ん生のオリジナルなんですね。
教えて頂きありがとうございました。

投稿: すみれ | 2013/10/07 05:50

りつこ様
三喬ですが、大阪の女の家に上がってからが長すぎましたね。あそこは本題から離れている所なので、もっとあっさりと演じても良かったように思いました。
全体的には楽しめました。
喬太郎のネタでは、毎回新しいギャグを入れていますが、やはり新作の鮮度を保つにはそうした工夫が要るんでしょうね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/07 06:48

明彦様
そうですか、既に大阪では「泥棒三喬」と呼ばれてますか。芸人も二つ名がつけば一流の証です。
この会の過去の開口一番は東京方はいすれも二ツ目なので、喬若も二ツ目扱いになるのかと思われます。それもこれも東京の階級制がややこしくしているんでしょう。実力の世界ですから肩書なんて不要ですけど。
ご案内の27日、折角ですが既に予定が決まっていて行けそうにありません。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/07 07:08

すみれ様
いえいえ、会場ではメモを取らずに書くのでどうしても記憶違いや誤りがあります。
「かすみ」の方が近代的なので替えたのかも知れませんね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/07 07:14

「芸はザルに水を汲むようなもんや。一朝一夕では溜まらん。毎日水を汲みなさい」という松喬の言葉、重いですねぇ。
喬太郎の『首ったけ』、ぜひ聴きたいと思います。

Y空間の落語会、ここ数年行っていませんし、行こうとも思いません。
人気者だけ集めればいいだろう、という商売根性だけが目立つからです。
一所懸命に落語会を手作りで開催している会を、応援したいと思います。

投稿: 小言幸兵衛 | 2013/10/07 22:11

小言幸兵衛様
松喬の死去について三喬はマクラでも触れていましたが、悲しみというよりはこれからの責任の重さを感じました。
喬太郎は久々に良かったです。これから廓噺で新境地を開くかも知れません。
「さん喬・松喬二人会」は今後「さん喬・松喬一門会」に形を変えて続くようです。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/08 06:32

喬太郎さんの『首ったけ』と『夜の慣用句』は「花魁」と「ホステス」って…。
(*≧m≦*)www
いかがわしさを愛しているのが、十二分に伝わって笑ってしまいましたが、全然違う噺でもよかったかな~と少しだけ思いました。

投稿: 林檎 | 2013/10/09 06:00

林檎様
そう言われれば「花魁」と「ホステス」で、「付く」噺になっていました。
ご本人も気付かなかったかも知れないですね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/09 08:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82117/58330286

この記事へのトラックバック一覧です: #15東西笑いの喬演(2013/10/5):

« 「それからのブンとフン」(2013/10/4) | トップページ | 【街角で出合った美女】ドイツ編(1) »