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2013/10/01

JAL名人会(2013/9/30)

与党が復興法人税を廃止することを受け容れた。党内には反対が根強かったにもかかわらず安倍首相の方針に従った。
なに、税金を廃止すれば経済は活性化するなど、ふざけたことをぬかすな。
我々国民だって税金が無くなりゃ、そりゃ消費は活発になり経済は活性化するさ。それじゃ国の財政が立ち行かないというから、復興の財源がぜひとも必要だというから払っているんだ。
財政危機だ危機だといって消費税を上げておいて、片方では減税するというのなら、これは詐欺だ。
アベはタカではなくサギだった。
ひびきわたる」の洒落が伝染っちまったぜ。
そういうわけで9月30日、内幸町ホールで行われJAL名人会へ。当方は初参加。
都心に近く入場料が1000円ということもあってか、勤め帰りの人が目だつ。

<  番組  >
前座・柳家緑太「たらちね」
古今亭文菊「七段目」
五街道雲助「抜け雀」
三遊亭白鳥「人体革命」
~仲入り~
ひびきわたる「キセル漫談」
林家染二「しじみ売り」

いま落語協会だけでも前座が30名ほど、さらに入門したけれど前座として寄席に出られない見習いが十数名に達しているとか。
落語が好きだから高座で演じたいから落語家になるのだろうが、それが通用するほどこの世界は甘くない。落語が上手いだけなら素人でも沢山いる。決定的な違いは客が金を払ってまで聴きに来てくれるかどうかだ。
芸人としての魅力があるかどうかが、噺家として最も大事な資質だと思う。
噺家を志望するなら、先ず共通一次試験として「芸人」の適性があるかどうかを自己分析する必要があるだろう。
前座の緑太は合格レベルと見た。

文菊「七段目」
芝居の所作をたっぷりと入れて、非の打ちどころのない高座といって良いだろう。
ポスト喬太郎世代を代表する若手としては、一之輔と文菊がツートップだ。
文菊の欠点はというと、あまりの語り口がしっかりし過ぎて硬く感じることだ。
この芸に「軽み」が加わわれば鬼に金棒、落語家に祝儀。

雲助「抜け雀」
近ごろ、このネタを時間をタップリかけて丁寧に演じる傾向があるが、あれは邪道。志ん生流に軽く軽く演じるのが正解だと思う。
雲助はその志ん生譲りの演出で、説教臭を消し、
「おまえのマミエの下にピカッと光っているのは何だ?」
「目です」
「見えないならくり抜いて銀紙でも張っとけ」
というセリフを絵師、カミさん、老人に3回繰り返させるなど、滑稽噺を前面に押し出しての高座だった。
加えて、宿の亭主、そのカミさん、絵師とその父親という4人の人物像をしっかりと演じ分けていた。

白鳥「人体革命」
この日唯一の新作で、いつもの通り新作落語家の自虐ネタをマクラに本題へ。
人体の内臓と脳とが対決すると言う、知的で荒唐無稽なストーリー。
林家内臓一門の方はネーミングが良かったが、神田前頭葉の方はマイナーでちと弱い。
白鳥らしい明るくエネルギッシュな高座で、この日一番客席を沸かしていた。

染二「しじみ売り」
オリジナルは泥棒伯円の創作講談というから東京のネタなんだろうが、今では東西双方で演じられている。特に冬場に高座にかかることが多い。
このネタ、親分の設定が演じ手により異なる。東京は概して鼠小僧次郎吉で演じられるが、上方では盗賊ではなく侠客が多いようだ。染二は手配師にしていた。
年の初めの十日戎の日、雪の中を幼い男の子が、ボロボロの印半纏、素足に草鞋ばきで、赤ぎれで真っ赤になった小さな手に笊を持ち、「しじみィー、えー、しじみよォー」と売りに出ていた。
あちこちで邪魔にされているので誰も買ってやらないのを見かねた親分が、笊の中のしじみを全部買い取り、凍える手を火にあたらせ食べ物もまで与える。
身の上話をきくと、少年には姉がいて以前は北新地で売れっ子の芸者だった。贔屓の若旦那と深い仲になるが相手は勘当、挙げ句は手に手を取っての駆け落ち。
二人で店を持つが、お人好しの若旦那は保証人になって多額の借金を負う。返せなければ女房の体を預かると脅され、二人は心中を決意する。
身投げしようとした時、どこかの男の人に助けられ訳を話すと金まで与えてくれた。でも相手の名前を訊きそびれる。
処が二人の住む長屋に泥棒が入り、たまたま二人が大金を持っているのが見つかり、お前たちの仕業に違いないと牢に引かれて行ってしまい、その事を病んで母親は寝たきりに。今では少年の稼ぎだけで糊口をしのぐ日々だという。
少年になにがしかの金品と食料を与え帰してから、その二人を助けた男こそ親分自身だということに気付く。
慌てて少年の後を追い、親分が役人に分けを話して姉夫婦を助け出す。
これも十日戎の笹のご利益というお目出度い一席。
染二は少年が雪の中を寒さに凍えながら天秤棒を持つ手に息を吹きかけ、一歩一歩歩く姿を丁寧に描写していた。芝居の所作が身についているからこその動きだ。
少年の身の上話は涙を誘う。
親分の侠気、子分の軽薄さという対比も鮮やかで、さすが上方落語界の実力者らしい高座だった。

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コメント

充実の落語会が1000円とは!
安倍もちったァこのくらい気の利いたことをやったらどうだ。
道で遭遇したらぶん殴っちゃうかも。

投稿: 佐平次 | 2013/10/01 11:40

行きたかったんですけど、宮仕えの辛さ・・・・・・。
ほめ・くさんの見事な描写で、染二の高座が目に浮かびます。

投稿: 小言幸兵衛 | 2013/10/01 21:57

佐平次様
非常にコストパフォーマンスの高い落語会でした。
消費税アップの影響はこれから寄席や落語会にも影響が出ます。減税する余裕があるんなら増税なんかするなと言いたいですね。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/01 22:20

小言幸兵衛様
それは残念でした。現役の方には申し訳ない。
染二の風格のある高座、真に結構でした。これだけでも入場料にお釣りが来ます。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/01 22:28

おお、染二師が「最も落語家から尊敬される落語家」を差し置いてトリでしたか!
師の臭味・大車輪の演じっぷりは好みが分かれるかもしれませんが、この方の根底にあるのは「ヒューマニズム」だと思います。
『らくだ』では、屑屋が泥酔しながらも一瞬らくだの死体に労りの言葉をかけるという演出が忘れられません。
上方の『しじみ売り』は苦い後味の福團治師匠が「本家」と言えるだけに、正直ハッピーエンドには途惑ったのですが、
江戸で通を唸らせたかと思うとやはり嬉しいですね。

白鳥師は本格的な古典と並べた時こそ、真価を発揮するのではないでしょうか。
実は昨年『人体革命』を事もあろうに?2回聴いてしまったのですが、
プークで新作派の会の一本だった時よりも、繁昌亭の同期会で文左衛門・鶴二師という古典派の間で演じられた時の方が、その狂気と生命力に圧倒されました。

投稿: 明彦 | 2013/10/02 00:51

明彦様
雲助が先に上がるので申し訳ないと白鳥が言ったら、雲助は「あんちゃんの後だとやりにくいんだよ」と言われて納得したそうです。
染二、確かに臭さはあります。でも聴いているとかつての上方落語が持っていた臭さに感じられ懐かしさを憶えました。
近ごろの上方落語家は洗練されてきて、それで東京のファンにも受け容れられるのしょうが、反面上方の匂いが薄まっているように思えるのです。

投稿: HOME-9(ほめ・く) | 2013/10/02 09:06

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