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2013/11/30

「秘密」は二度美味しい

公安警察のトップである警察庁警備局、警備企画課には二人の理事官が配置されているのだそうだ。うち一人は「ウラ」を担い、公安警察最大の秘密組織のキャップを務める。通称「チヨダ」とか「ゼロ」と呼ばれるその組織には「I・S」という別働隊もある。この部隊が狙うのは政治家やマスコミの動向だという。年間十数億円ともいわれる潤沢な予算を使って活動している組織だそうだ。
内部では「幅広情報」と称され、中央政界をはじめ地方議会にいたるまで、与野党を問わず政治家のスキャンダルを集めている。
こうして集められたスキャンダルは重要秘密として内部で管理されていて、いざという時の材料にされる。

例えば民主党政権下で中井国家公安委員長の愛人問題が週刊誌にスクープされたが、この情報は「I・S」によってもたらされたものだという。
最近の例でいえば、山本太郎参議院議員の一連のスキャンダル報道で、これも典型的な公安リーク。
公務員には以下のような守秘義務が課せられている。
【国家公務員法 第100条第1項 「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
地方公務員法 第34条第1項 「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」と定められている。違反者は最高1年の懲役又は最高3万円の罰金に処せられる。】
しかし、こうした「公安リーク」は過去にも度々行われていたにもかかわらず、処罰されたことがない。つまり権力の方針や思惑にそった秘密漏えいなら見逃されるのだ。
「秘密」というのは「秘密にする」のと「秘密をバラす」という楽しみ、つまり一粒で二度美味しい。

現行の公務員の守秘義務でさえ厳格に運用しようとしない政府が、なぜいま「特定秘密法案」の成立を急ぐのか。
「秘密保護法案」が、公務員以外のメディアや一般国民に対して広く網をかけられるからだ。
国民監視法といわれる由縁はそこにある。

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2013/11/29

安倍政権が狙う「盗聴法改正」

月刊誌「選択」11月号によれば、安倍政権が盗聴を拡大できる「通信傍受法」の改正を狙っていると報じている。
1999年に成立した「通信傍受法」について、法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」でこの夏、NTT、ドコモ、KDDI、ソフトバンクからヒヤリングを行っている。
現行法では警察官が通信事業者の施設内に行って、事業者側の立ち合いのもとで「盗聴」が行われている。これを改め、警察施設内部に常設の「傍受回線」を設置する構想について通信事業者からの意見を聴くのが目的だった。これが実現すれば警察は自由に「盗聴」が出来るようになる。

これ以外にも現行法では禁止されている容疑者の自宅や事務所に忍び込み盗聴器をしかける「室内盗聴」の合法化も目指している。
さらに現行法では麻薬や銃器犯罪など4つの犯罪の捜査に限り盗聴が許されているが、この規制も外そうとしている。
米国では国家安全保障局(NSA)による無差別の盗聴が明るみに出て問題になっているが、法務省や警察が目指す法改正が行われるなら、日本もこれと同じようになる。

安倍政権は一方で秘密保護法で国民の知る権利や報道の自由を制限しておきながら、もう一方で国民を監視する仕組みを着々と築きつつある。
憲法そのものには手を付けず、法律によって国民の権利や自由を骨抜きにしようという安倍首相の手口がますます明らかになりつつある。

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2013/11/28

テアトル・エコー『ハレクイネイド』(2013/11/27)

11月27日、恵比寿・エコー劇場で行われたテアトル・エコー公演『ハレクイネイド~ロミオとジュリエットの喜劇~』を観劇。
「特定秘密保護法案」が衆議院を通過した。法案成立を急いだ背景には、安倍首相周辺が審議が長引けば世論の反対が強まるからとにかく早くという判断があったと報道されている。つまり法案の危険性は彼らも承知している。それだけに始末に悪い。
戦前回帰を強める安倍政権と、これに反発し日本に対する批判や対抗措置を強める中国や韓国との緊張関係は高まるばかりだ。どっちが先なの後なのか、それとも互いに共鳴関係なのか、という問題は別にして。
少し前まであれだけ大騒ぎした北朝鮮の核問題など、どっかへ行ってしまったみたいだ。本当は北の核と拉致問題こそ最大の課題なはずなのに。
「仮想敵国」というのも、その政権の思惑でどうにでも変えられるということだ。
ブロガーの中には、秘密法案が成立すると表現の自由がなくなるので、ブログをやめると宣言している人もいるようだが、それこそ政府の思う壺。法案の目的は弾圧よりも、メディアや世論が委縮して自主規制することを狙ているのだから。

作:テレンス・ラティガン  
翻訳:広川 治  
演出:保科耕一
<   キャスト   >
安原義人:アーサー・ゴスポート/座長・ロミオ役
森澤早苗:エドナ・セルビー /座長日人・ジュリエット役
松澤太陽:ジャック・ウェイクフィールド/舞台監督
立花かおる:ジョイス・ラングランド/ジャックの婚約者
田中英樹:フレッド・イングラム/映画俳優
佐渡貴之:槍持1
小山友香里:ミュリエル・パーマー /アーサーの娘
加藤拓二:トム・パーマー /その夫
まえだゆきのり:ジョニー /舞台監督助手
福地将章:槍持2
川田栄:警察官
丸山裕子:ミス・フィッシュロック /秘書
沢りつお:ミスター・バートン/エービス劇場支配人
島美弥子:デイム・モード・ゴスポート/座長の叔母
沖恂一郎:ジョージ・チャドリー /古参俳優

この芝居はW・シェイクスピア「ロミオとジュリエット」のリハーサル風景を描いた作品で、劇中で芝居が演じられたり、役者が役者やスタッフを演じるという仕掛けになっている。
「ロミオとジュリエット」の公演初日を控えたイギリス中部の劇場は、最終リハーサルの真っ最中。 座長俳優ゴスポートと妻で女優のエドナが稽古をする傍ら、分からず屋の老優が演技に口を挟み、のぼせ上がった若手俳優やわがままな売れっ子スターをまとめるのに、舞台監督は一苦労。
この芝居はイギリス地方各地の公演の後ロンドンでの上演、そして東欧への公演を控えている。
そこへ座長の娘が夫とともに面会に訪れ、座長が以前の妻だった女性と正式に離婚していなかったことが分かり、さあ大変。
さらに舞台監督の婚約者が現れ、結婚と引き換えに演劇から足を洗うよう迫られ、この場で返事を求められる。
そんなこんなでリハーサルは大混乱。
はたして無事に初日の幕を上げることが出来るのか・・・。

初演はロンドンで1948年の上演とあり、日本では今回が初演。
いわゆるバックステージもので試みとしては面白い。
こういう芝居で大事なのは、劇中の劇が本格的であることだ。
設定ではこの劇団はイギリス各地からロンドン、はては欧州公演まで予定していることから老舗の劇団だということだろう。しかも開幕前のリハーサルだから舞台として仕上がっていなくてはいけない。
処が、劇中で演じられる「ロミオとジュリエット」はまるで素人芝居にしか見えない。劇中劇を本物に見せてこそ芝居が栄えるというのに、客席から失笑がもれるようでは失格だ。
こうした芝居に取り組む劇団の根本的姿勢に問題があるように感じる。
上演2日目ということもあるだろうが、この劇団にしては珍しくセリフや間の取り方に不都合な個所が見られたのも気になった。
全体としては、不満の残る舞台だった。
出演者では松澤太陽と小山友香里が好演、沖恂一郎が飄々とした演技を見せていた。

公演は12月8日まで。

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2013/11/24

「立川流 談志まつり」(11/23夜)

よみうりホールで開かれた「立川談志三回忌 立川流 談志まつり 立川流落語会“江戸の風”編 」という長いタイトルの会の、11月23日夜の部へ。
談志の3回忌というが、実際には志の輔と談春が目当ての客が多かったようだ。

<  番組  >
立川談之助 / 立川志遊 / 立川談慶 / 立川談修「オープニングトーク」
立川談春「桑名船(五目講釈)」
立川談幸「七段目」
立川龍志「義眼」
~仲入り~
立川ぜん馬「蜘蛛駕籠」
土橋亭里う馬「雑排」
立川志の輔「徂徠豆腐」
立川流一門による「ご挨拶」

先ずは「オープニング」で4人の弟子が談志の思い出を語る。もうエピソードを出尽くしたようだし新味なし。
後は私が書いた本に詳しく、なんて売り込んでいたが、この一門はやたら本を出す人が多いね。そんな暇あったら芸を磨いたらどうか。それとも談志のエピソードさえ書いとけば一定の売り上げがあるのだろうか。

談春「桑名船」、「兵庫船」というタイトルで演じられることもあるが、地名が異なるだけで中身は一緒、別名「五目講釈」
入り混じった講釈を聴かせる所が演者の腕の見せどころ。こういうネタだと談春の良さは出ず、並の真打といった出来。

談幸「七段目」、このネタは内容よりも歌舞伎役者の「形」や「声色」が見せ場になるが、特別の工夫はなかったようだ。

龍志「義眼」、高座にかかる機会が少ないネタなので、筋を紹介すると。
ある男が目を悪くし医者にかかると片方に義眼が入れられた。医者から夜は外して水に漬け枕元に置くようにと言われる。
目の具合が良くなり男前も上がったからと男は吉原に出かけるがすごくモテる。隣の部屋に入った男は相手が姿を見せず怒りがたまってくる。隣は一戦終えた様子なので覗いてみたら、男が寝ていて枕元には湯呑の水が。酔いざめの水とばかり一気に飲み干すと、何か固いものが喉に。男の義眼を飲み込んでしまったのだ。
翌日から便秘はするわ熱は出るわの苦しみ、医者を呼ぶと「あー、奥さん、お宅のご主人のお通じがないのは、肛門の奥の方に、何か妨げてるものがありますな」。
医者が治療のため眼鏡を肛門に差し込み中を覗くと、奥に義眼が。
「いやあ驚いた。お宅のご主人の尻の穴をのぞいたら、向こうからも誰かにらんでた」。
隣部屋の男がモテるのにこっちは女郎が来ず焦れる場面は「五人廻し」を思わせる。龍志の高座はドイツ製アヌスメガネで尻を覗く医者のトボケタ味わいがあった。

ぜん馬「蜘蛛駕籠」、二人の駕籠屋、茶店の主人、侍、酔っ払いの男、陽気に踊りまくる男、そして最後は”遊び”に出かけようとする二人連れ、ぜん馬はそれぞれの人物を鮮やかに演じ分けていて、最近聴いた「蜘蛛駕籠」の中ではベストと言って良い。
さすが立川流で実力ナンバーワンの呼び声の高いだけのことはある。

里う馬「雑排」、もしかすると初見かも知れない。談志の惣領弟子であり立川流の代表(談志一門の代表者)。
軽く流していたが、普段聴く「雑排」とは少し異なるが、これはこれで面白い。

志の輔「徂徠豆腐」、これも筋を紹介すると。
豆腐屋が豆腐を売りに出て裏長屋を流していると、男が豆腐一丁を注文し、それをガツガツと食べる。細かい金がないから明日まとめて払うというので翌日、また翌日を豆腐を食べて訊けば一銭も金が無いという。
男は学者の勉強をして、世の中を良くしたいと言う。それなら出世払いで良いからと、握り飯を届けるというと、男はそれじゃ恵んで貰うことになるので商売物でというリクエスト。
店に戻って女房に話すと呆れられるが、とにかく翌日から差入れが始まった。焚いたおからがメインで時々は女房がこさえた握り飯も。
ある時、七兵衛さん風邪をこじらして寝込んで商いに出られなくなた。マクラも上がって、長屋を訪ねたが、もぬけの殻で、行き先も分からなり連絡が途絶えてしまう。
しばらくして豆腐屋の隣りから火が出て、あっという間に辺り一帯に燃え広がり、豆腐屋の店も全焼してしまう。
豆腐屋夫婦は着のみ着のままで焼け出され、今では貧乏長屋の片隅で生活は困窮。
そこへ大工が訪ねてきて、ある人から預かったということで10両の金を置いて行く。夫婦はその金で食いつなぐ。
それから数か月して再び大工が現れ、豆腐屋夫婦を元の芝増上寺門前の焼け跡へ。焼けたはずの店が建ってる。そこに現れたのはあの貧乏だった男。荻生徂徠という学者だった。
荻生徂徠は豆腐屋に過日の差し入れに礼を述べ、「大老の柳沢美濃守さまのお引き立てをいただきまして、仕官が叶いました。また、なんらご挨拶もせず長屋を出ましたこと、お詫びを申し上げます。」と詫びた。それから「火事にあって焼け出されたことを知り、すぐにお見舞いをと思いましたが、多忙で、お顔出しのいとまもありませんでした。ようよう動けるようになりまして、やっと、お詫び方々お目にかかることができました」と語る。
新築なった店で初めて豆腐を作り、その豆腐を徂徠の屋敷に届けると、喜んで食べてくれた。

この噺、オリジナルは赤穂浪士の討ち入りと同時進行の形でストーリーが進んで行く。志の輔の演出はそうした理屈っぽい部分はザックリ切り捨て、豆腐屋と徂徠の友情だけに焦点を合わせていた。講談調の教訓じみた所を無くし、人情味あふれる滑稽噺として再編させたものと思われる。
例えば焼け出された豆腐屋夫婦のもとへ10両の金が届くと、女房はこの金は貸付られたもので、後で高利貸しが取り立てに来るんじゃないかと心配する。もし払えなければ女房を貰って行くと屋敷に連れていかれ、器量を見込まれた主のお手が付き、そこの奥方に納まる。そうしたら庭番としてあんたを雇ってあげるからと慰める。豆腐屋は女房の妄想に呆れるのだが、こうしたクスグリを挟みながら楽しい1席に仕上げていた。
志の輔の古典を再編する能力と語りの確かさを示した高座は聴きごたえ十分。
こういう高座を見るとこの人の人気ぶりも納得する。

最後は一門の真打が総出演で挨拶と手締めでお開き。

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2013/11/23

♪猪瀬都知事の「金と金」♪

11月22日に行われた猪瀬直樹都知事の記者会見で、昨年12月の東京都知事選前に医療法人「徳洲会」グループからの5000万円提供について質問が飛ぶと、「はっきり覚えていない」「逐一記憶していない」--の連発だった。
5000万円を受け取った事実にについて、
・21日の段階では「全く知らない、関知しない」と全面否定していた
・22日午後1時には「徳田氏から資金提供という形で応援して貰った」
・22日午後3時には「個人で借りたもので、選挙資金ではありません」
要するに猪瀬は口を開くたびにコロコロ証言を変えている。
その理由はただ一つ、ウソをついているからだ。
5000万円が提供された経緯についても「断るのは失礼だから、とりあえず預かった」と説明したが、詳細を問われると明言を避けた。受領の場所は「議員会館だったかもしれない」。同席した仲介人の存在について問われると「(徳洲会発行の新聞に)行ったと書いてあるなら行ったのでしょう」。借用書も「書いた」と断言しつつ、存在を問われると「確認しないと分からない」と言葉を濁した。
その猪瀬直樹知事が徳洲会グループから5000万円を受け取った際に書いたとしている「借用書」については、知事側から現金を返された徳田毅衆院議員の母親が「知らない」とグループ内で説明していることが関係者への取材で明らかになっている。
知事は記者会見で「借用書は返してもらったと聞いている」と話したが、返金と同時に借用書が返還されないのは不自然だ。
これもウソなのだ。

いい加減に猪瀬知事は本当のことを言ったらどうか。もうこれ以上言い逃れはできない。
石原慎太郎が衆議院議員総選挙への出馬のため任期途中で都知事を辞職したことにより、副知事だった猪瀬が急きょ後継指名され都知事選に立候補することになった。
しかし無所属で立候補した猪瀬には人も金もない。そこで石原が全面的にバックアップした。選挙スタッフとしては石原の秘書たちが事務所に入り、資金は予てから石原とは親交の深かった徳洲会の徳田虎雄理事長(当時)を紹介し、支援の約束と同時に5000万円の選挙資金の提供を受けた。交渉の席に右翼団体幹部が同席していたのも石原慎太郎のラインだろう。
石原が猪瀬を後継指名したのは、東京オリンピックの招致を実現するためだ。五輪も表面の華々しさとは別に一歩裏に回れば利権のカタマリ。石原としても気を許す人物にバトンタッチしなければならぬ事情があったんだろう。
石原との二人三脚で猪瀬は選挙に圧勝し、東京五輪招致も実現して、ここまでは順風満帆だった。
処が、ふって湧いたような徳洲会グループぐるみの選挙違反事件が摘発され、こうなると提供を受けた資金が表沙汰になれば猪瀬都知事だけにとどまらず、石原議員にも迷惑が及ぶ可能性も出てきたので、慌てて徳洲会に返却した。
これが事実だろうし、誰が聞いても分かりやすい。

もはや、猪瀬都知事は不正の責任を取って辞任するしかない。
知事会見を聞いた五輪担当の都幹部は「釈明しても、世間を騒がせていることは事実。五輪にいい影響があるわけがない」と心配そうな表情を浮かべていて、都議会最大会派・自民党の中堅都議は「初めての選挙で訳が分からなかったのかもしれないが、認識の甘さでは済まされない」と苦言を呈し、他会派の若手は「3年後の再選が難しいというイメージを持たれると、五輪に向けたやりとりで相手に見くびられるかもしれない」と指摘した。
都知事を選び直し、新たな体制でオリンピックに取り組むべきだろう。

(11/24追記)
その後の報道によれば、猪瀬から徳洲会側に1億円の資金提供が要請されたが、取り敢えずということで5000万円渡したとある。
この件、まだまだ叩けばホコリが出てくるんだろう。
♪猪瀬都知事の金と金
ソレ トトンコトトンコ 金と金♪

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2013/11/22

俳優座『気骨の判決』(2013/11/21)

11月21日、紀伊國屋ホールで上演中の劇団俳優座『気骨の判決』へ。
この物語は、戦前の軍国主義の時勢にあって、なお正義を貫いた”伝説の判事”吉田久の姿を描いたもので、2009年にNHKドラマ化され大きな反響を呼んだ作品を舞台化したとある。
言い換えれば当時の司法というのは政府の言いなりになっていたということだ。それは今日においても、最高裁が重要な政策についたは常に政府の方針を追認してきているし、下級審で反対の判決を出した者は出世コースから外されているわけで、あまり変わっていない。
安倍政権による「戦前回帰」が強まる中で、こうした芝居が上演されるのは意義があるのだろう。

原案:清永聡(新潮新書「気骨の判決-東條英機と闘った裁判官」より)    
作:竹内一郎    
演出:川口啓史
<  キャスト  >
加藤佳男:吉田久(大審院第三民事部部長・裁判長)
河野正明:山崎武一(同・陪審判事)
河内浩:大川年男(同上)
矢野和朗:明石健郎(同上)
渡辺聡:松尾浩一郎(同上)
野上綾花:小松真弓(同・事務官)
仙名翔一 :矢島勉(同・給仕)
岩崎加根子:吉田清美(吉田久の母)
香野百合子:吉田盈子(久の妻)
KiNoMi:登坂稔子(久の娘)
芦田崇:吉田太郎(久の長男)
佐藤礼奈:夏江(吉田家の女中)
中寛三:冨吉栄二(衆院鹿児島二区候補者・原告)
可知靖之:薄井美朝(鹿児島県知事、後に警視総監)
遠藤剛:日高聡一(鹿児島県内の国民学校校長)
島英臣:東野秀哉(憲兵司令官)
河原崎次郎:沢田武三郎(元大審院判事)
坪井木の実:大川蓮乃(大川年男の妻)
荒木真有美:東野美和(東野秀哉の妻)

ストーリーは。
戦時中の1942年、東條英機内閣の主導で行われた総選挙は、翼賛政治体制協議会から推薦を受けた候補者が圧勝する。当局によるひどい選挙妨害や対立候補に対する弾圧によるものだった。
鹿児島第二区で落選した非推薦候補者4名が大審院(今の最高裁)に選挙無効の訴えを起こす。この内の冨吉栄二候補者については吉田久部長の第三民事部が審理することになる。
これらの裁判についても東條首相は司法官に「戦争遂行に重大な障害を与える職務に対しては非常措置を取る」と脅しをかけ、次々と原告敗訴の判決が出される。
その中で吉田部長の主導のもと、第三民事部だけが現地調査で聴き取りを行うが、鹿児島県知事らの妨害と干渉にあい思うように証言が得られなかった。一人、国民学校校長だけが勇気を出して選挙妨害を指示する文書を吉田部長に提出する。
吉田部長には特高の監視がつき、その家族に対して「非国民」という罵声が浴びせられ、村八分、配給の停止など嫌がらせが行われる。
しかし吉田らはそうした圧力に屈することなく正義を貫き、昭和20年3月1日、政府が主導した翼賛選挙に唯一無効判決を下す。合議の結果は吉田部長以下5名の判事全員一致だった。

その後、吉田久は判決の4日後に辞表を提出し、他の4名に裁判官も出世の道を閉ざされたまま世を去った。
軍部に迎合した判決を出し続けた他の大審院判事たちは、戦後もなんらお咎めがなくそのまま最高裁に移行し順調に出世したとのこと。
吉田久は戦後、鳩山一郎(翼賛体制に加わらなかった数少ない政治家)率いる日本自由党の顧問になり、日本国憲法第76条の起草に心血をそそぎ、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」との成文化に貢献したとある。

吉田久は生前、正義についてこう述べていたそうだ。
「正義とは、お婆さんが道端で倒れていたら病院に連れていくことだ。正義は、カッコ良いことでなく心だ、真心だ。」
その信念を貫いたことは賞賛に値するが、それが出来た人は少数であった点は考えさせられる。
吉田を支えた家族たちの姿や、吉田と官憲との対決、吉田と他の裁判官との葛藤を中心に描かれ、約2時間半の緊張した舞台は見応えがあった。
出演者もベテラン岩崎加根子から若手まで、さすがは俳優座と思わせるものがあった。
ただ、テーマに大きさに比して今ひとつ胸に迫るものが欠けていたように思う。
それはこの裁判は5名の合議制であり、当初は選挙無効を支持する者は吉田を含め2名、反対が3名であった。それが最終的に5名全員が支持で一致した経過が省かれていたからだと思う。審理中に起きた東京大空襲で日本の敗戦が濃厚になったからといった説明があったが、果たしてそうだったんだろうか。もう少し彼らの葛藤を丁寧に描くべきだったと思う。
その点が惜しまれる。

公演は24日まで。

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2013/11/21

偽装野党「維新」「みんな」

企業には定期的に税務監査というがある。国税局の職員が会社に来て数日かけて帳簿をチェックする。
経理担当から聞いた話だが、わざと完璧にしないのだそうだ。さして重要な事ではない部分にいくつか穴をあけておくのだと。当然のことながら税務職員から指摘を受ける。「ご指摘の通り当方のミスでした」と直ちに訂正する。向こうも仕事で来ているわけで、何一つミスが見つけられなられないよりは、その方が気分よく引き上げていくらしい。
「阿吽の呼吸」ってぇやつだ。

現在、国会で審議中の「特定秘密保護法案」がどうやら与党と維新の会、みんなの党の共同提案で衆院を通過する見通しとなったようだ。
両党との協議で若干の修正は行われたようだが本質的なところは何ひとつ変っていない。自民党も最初から丸のみにさせる心算はなかっただろうし、修正は「想定内」のこと。
元々、「維新の会」にしても「みんなの党」にしても党首(代表)がいずれも安倍首相に近い人物だ。基本政策に大きな違いはない。
「維新の会」の前身は「自民党・維新の会」だったし、「みんなの党」実は上に「じ」が付いているらしい。
いっそ一緒になったらいいだろうと思うが、そうするとどこかの国のように事実上の一党独裁みたいになってしまう。それじゃ体裁が悪いから組織を分けておこうと、まあこういった所ではなかろうか。
この両党の実態は、悪く言えば自民党の別働隊、良く言って「偽装野党」。

法律というのはいったん成立してしまうと独り歩きする。特にこの特定秘密保護法法案というのは行政のさじ加減で、いかようにも運用できるという内容だ。
民主主義の根幹にかかわる問題なので、以前は自民党党内でも慎重意見が強く法案提出ができなかった。
このまま「安倍独走体制」を許すのか、国会の良識が問われる。

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2013/11/19

落語家の襲名と伝統の継承

”戸田学「上方落語四天王の継承者たち」(岩波書店)”に「笑福亭松葉」について一項を割いているが、その冒頭にこう書かれている。
【まったく佳い人であった。私はこの人が本当に「好き」だった。「好き」という感情だけで、このひとつの存在そのものを肯定していたと、今つくづく思う。】
続いて著者の松葉に対する思い入れが連綿と綴られ、やがて松葉が7代目笑福亭松鶴を継ぐこととなる経緯が書かれている。
簡単に記すと、6代目は遺言に「7代目松鶴」の襲名には弟子の仁鶴を指名していたが諸事情から仁鶴は辞退する。次に6代目の実子である5代目枝鶴に白羽の矢が立てられたが、本人が廃業してしまう。
1996年になり、松葉に松鶴襲名が内定したが、襲名披露興行予定日に病死してしまい、7代目はそのまま追贈される事となった。
7代目 笑福亭松鶴(1952年2月19日 - 1996年9月22日)、享年44の若さだ。
著書に戻ると、戸田学は松葉の松鶴襲名が決まった頃の変化についてこう書いている。
【松葉の七代目襲名が決定になったころから、松葉落語の出来にムラが出来始めていたのは事実である。なにも笑福亭松鶴という名前は六代目だけのものではない。いろんな松鶴がいた。それにもかかわらず・・・、いや、当然のことかも知れないが、世間は松葉に松鶴の豪放さを求め、松葉はそのプレッシャーで、自らの芸のバランスを失っていたように思う。】
この時期の松葉自身の言葉も紹介されている。著者にこう語っていた。
【親父っさん(六代目松鶴)がおらんということはしんどいことやでぇ。みんな自分で(襲名の準備を)せなあかんもんなぁ。もっとも、親父っさんがおったら、ぼくとこへ(七代目)はこなんだと思うけどなぁ。】
既に病魔に蝕まれていた松葉の心情が読む者に伝ってくる。

私はこの著者の述べる「なにも笑福亭松鶴という名前は六代目だけのものではない。いろんな松鶴がいた。」という部分に注目したい。
前に当ブログの「敢えて正蔵を擁護する」という記事に書いたが、当代の正蔵が8代目正蔵の芸を継承していない事だけで批判されていることに反論したものだ。正蔵=8代目ではないのであって、歴代の正蔵の芸を総体的に見た上で芸を継承しているかどうかは判断すべきだと思うからだ。当代正蔵の芸が未熟であることはその通りだが、それとこれとは別問題だ。
落語という世界は、歌舞伎や能、狂言などの伝統芸能と異なり、襲名と共に名跡の芸が継承されるという芸能ではない。師弟であっても芸風は正反対などという例はザラだ。襲名が必ずしも直弟子によって行われるとは限らないし、なかには先代が明治の噺家などというケースさえある。そうなると芸の継承のしようがない。

名跡の芸の伝統というのもアイマイだ。
桂文治という名跡がある。元は上方から東京に移されたもので東西にまたがる大名跡だ。
8代目(根岸の文治)のことは全く知らないが母親はファンだったらしく、9代目が襲名すると聞いたときに「なんであんなのが文治になるんだ」と怒り、終いまで9代目を嫌っていた。してみると、どうやら8代目と9代目の芸風は大きく異なっていたようだ。
その9代目(留さん文治)だが、決して上手い人ではなかったが独特の愛嬌があり、特に「口入れ屋」「ふたなり」「不動坊」といった上方落語から移したネタを好んで高座にかけていた。文治と言う名跡の出自を考えれば伝統に相応しいとも思える。
先年亡くなった10代目文治はがらりと変わって江戸前の落語家だった。当代文治は先代の芸を継承している。
この4代にわたる文治を見て、果たして文治の芸の伝統というのはどう定義付けることが出来るだろうか。結論をいえば出来ない。否、元々伝統なんて無いのかも知れない。
名跡は継ぐが、芸は一代限りと考えるべきなんだろう。

それより襲名で問題なのは、意味のない襲名だと思う。例えば桂三枝の6代目桂文枝の襲名だ。既に上方落語協会会長の職にあり、三枝という名前は全国に知れわたっている。今さらなぜ文枝を襲名する必要がどこにあったのだろうか。もし襲名させるなら先代門下の他の噺家を選ぶべきだった。他に候補者はいくらでもいただろうに。
林家三平の襲名も意味がない。三平という名は名跡でもないし、初代三平一代のものとすべきだった。

より大事なのは名跡の私的所有の問題だ。いまだにある名跡が”00家”のものであったり、先代の未亡人が保有していたりする例を聞く。一子相伝でない落語の名跡を、特定の個人や家族が所有しているのは明らかにおかしい。
橘家円蔵がいう様に、亡くなった時に名跡を協会へ返上するというルールを早く作るべきだと思う。
名跡を協会が管理するようになれば、襲名にまつわる不透明さも無くなると思われる。

どうも議論があちこちに飛んでしまったが、噺家の襲名に関する雑感ということで、これにて。

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2013/11/17

「金時・ひな太郎の会」(2013/11/16)

年1回、鈴本演芸場で開かれる「金時・ひな太郎の会」、今年は11月16日に。
アタシ同様毎年来ている方が多い様で、会場は和気藹々とした雰囲気に包まれている。
金時はいずれ5代目三遊亭金馬の襲名が予想されているし、ひな太郎(古いファンには古今亭志ん上の方が通じるかも)といえば前の師匠・志ん朝から後継者として期待されていた人物だ。
中堅実力派の二人会、さて今年はいかに。

<  番組  >
前座・柳家フラワー『出来心』
桂ひな太郎『そば清』  
三遊亭金時『掛取萬歳』 
~仲入り~
三遊亭金時『棒鱈』 
桂ひな太郎『文違い』  

先ずは前座に小言を。鈴本では仲入りに前座が客席の前に立って携帯電話などの注意を述べるのだが、こういうのも芸の内で、きちんと説明するようにすべきだ。金時も注意していたが、素人じゃないんだから。
もう一つ、後半の金時が高座から下がる時、高座返しの前座とすれ違っていた。こんなのは見たことがない。師匠が降りる前に高座に上がってどうする。修行中はひとつひとつの事を疎かにしないという基本的な態度ができていない。

ひな太郎『そば清』
特に季節は定められてはいないが、もり蕎麦というイメージから何となく夏場のネタという感じがする。やや季節外れの感もある。もっともこの後のネタが年末なので、割ればちょうどいいのかも。
今でもTV番組などでも時々放映されているが、大食い大会というのは江戸時代からあったらしい。文化年間の記録ではモリ蕎麦63杯というのはあるそうで、このネタの50杯はそれほど大袈裟じゃないわけだ。
最近ではさん喬が好んで高座にかけているが、違いの一つは蕎麦の置き方だ、さん喬の方は前に置かれて蕎麦を食べるが、ひな太郎では左右交互、つまり右側の蕎麦を食べている最中に次が左側に用意されているという設定だ。
もう一つは蛇含草の種明しをさん喬が途中でするのに対し、ひな太郎は最後に持っていく。
蛇含草のくだりがいわばオチになるので、アタシはひな太郎の演出の方が正解だと思う。

金時『掛取萬歳』
このネタ、近ごろでは付けを取りにくるのが狂歌好きの大家、喧嘩好きの魚屋、芝居好きの番頭の三者だけにして「掛取り」というタイトルで演じられる事が多い。
この日の金時は、この後に義太夫好きと三河万歳好きを登場させるフルバージョンだった。この噺を三河万歳で締めるというは、明けて正月の目出度さにつなげるもので本来は欠かせないのだ。
従って、金時が本寸法。
この人の持ち味である大らかな芸風を活かせた高座で聴かせてくれたが、このネタはどうしても圓生の高座が耳に残っている。圓生の場合、特に義太夫は本職裸足であり、ここを聴かせ所にしていた程だ。
三河万歳もまた然り。
個々の技能に腕を磨いて更に完成度を高めて欲しい。

金時『棒鱈』 
将軍のお膝元が自慢の江戸っ子にとり田舎侍はとかく嘲笑の対象にされていたようだ。特に薩長が天下を取る幕末ではいっそうこの傾向が強まったことだろう。一歩間違えば無礼討ちで命を落としかねないわけで、そのスリルがまた堪らなかったに違いない。
一方で大勢の芸者に囲まれて上機嫌の薩長武士(と思われる)と、男同士二人だけで酒を呑んでいる姿の対照。呑んでグズグズになっていた江戸っ子が侍相手に胸のすくような啖呵を切るのを聴かせ所とした、金時の楽しい1席。

ひな太郎『文違い』  
この噺は難しい。お杉という宿場女郎と三人の男を巡る物語だが、この男たちはそれぞれ対照的だ。
先ずは職人の半公、金はないが威勢が良くて人情に厚くはねっ返り、自分こそモテルという自惚れが強い。
角蔵は近郊の百姓、無粋な男の代表格。
そして芳次郎は恐らくは博打打ちで、苦み走ったいい男っぷり。我儘で拗ね者のところが母性本能をくすぐるってぇヤツだ。お杉にとってこの男だけは心から惚れた間夫なのだ。
この3人の男たちの演じ分けが基本だが、大事なのはお杉がそれぞれにどういう具合に対応していくか、その描写だ。
半公に対しては自尊心をくすぐりながら甘えて見せる。
角蔵には邪見な態度を取り、それでも惚れていると思わせる。
芳次郎に対しては、惚れた弱みでいつもハラハラしていなくちゃならない。
それが最後のどんでん返しで一変する。
このネタは心理劇だ。
ひな太郎の高座はそれぞれの人物像を鮮やかに、お杉の強(したた)かさと女としての弱さが十分に描かれていて好演。
この人の持ち味が活きた高座だった。

『文違い』の山場での地震には少し驚いたが、充実した会だった。

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2013/11/15

【秘密保護法案】ブロガーも処罰の対象に

秘密保護法案というのは中身を知れば知るほど恐ろしさが伝わってきます。
昨日11月14日の衆院国家安全保障特別委員会において、ブログ(簡易ホームページ)で時事評論する人(ブロガー)がこの法案の処罰対象になるかどうかについて政府側から見解が示されました。
内閣官房の鈴木良之審議官は「個別具体的な状況での判断が必要」とした上で、「ブログが不特定多数の人が閲覧でき、客観的事実を事実として知らせる内容とし、ブログに(記事を)掲載している者が継続的に行っているような場合には(秘密保護法案の)『出版または報道の業務に属する者』に該当する場合がある」と述べています。
つまり行政機関がブロガーを「出版または報道の業務に属する者」に該当しないと判断した場合は、この法案の処罰対象になることが明らかになりました。
まあ、このブログなんざぁ明らかに後者に該当するでしょうから、法案が成立すれば記事によっては処罰対象になり得るということになります。
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(註)上記の点を補足しますと、特定秘密保護法案 第二十一条は以下の通りになっています。
第二十一条 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。
2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。

この2項の「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」にブログが該当するかどうかは内容により当局が判断するということで、該当しないと判断された場合は「正当な業務による行為」とは認められずブロガーは処罰の対象になるという事です。(11/16追加)
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同日の特別委員会では一般国民も処罰の対象になるかどうかの政府側見解も示されました。
岡田広内閣府副大臣は「公務員など以外についても、秘密保護法案の処罰の対象となる」と述べています。
岡田副大臣の答弁では、公務員の「管理を害する行為」で秘密を知った場合や、「共謀、教唆扇動」で秘密を知ろうとした場合でも、一般国民が処罰されることを認めています。
ただ「(処罰には)秘密であることを知って行為を行う必要がある」とし、秘密情報を知った上での行為が処罰の対象になるとも述べています。
しかしこの法案によれば、国民には何が秘密かが知らされないわけで、極めて矛盾した見解だと言わざるを得ない。
一方この件では、11月11日の同委員会で森雅子担当大臣は「一般人が秘密と知らずに接したり、知ろうとしても一切処罰対象にならない」と答弁しました。
こうした基本的問題でさえ相反する答弁が行われていて、政府の見解が定まっていないことを露呈しています。

今回の秘密保護法案の内容は、行政機関が「特定秘密」に指定した上で、
・秘密を扱う人、その周辺の人々を政府が調査・管理する「適性評価制度」を導入する
・「特定秘密」を漏らした人、それを知ろうとした人を厳しく処罰する
という内容です。
ネットユーザーにとっても決して看過できない法案であることを改めて示しています。

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2013/11/13

「文蔵コレクション鈴本編」(2013/11/12)

鈴本演芸場11月中席夜の部は特別興行となっていて、11月12日は「橘家文蔵13回忌記念公演・文蔵コレクション鈴本編」。
アタシは文蔵の高座を観る機会がなかった、以下に略歴を紹介する。
【橘家文蔵】1939年8月25日生れの東京都出身の落語家。生前は落語協会所属。
1955年3月に8代目林家正蔵(彦六)に入門
1968年9月真打昇進
1990年頃に体調を崩し、以後高座に上がる機会が減っていた
2001年9月10日に心不全で死去、享年62
弟子に橘家文左衛門がいる。
その文左衛門により一連の追悼興行が行われているようで、良い弟子に恵まれた。
この日の顔ぶれからすると、同じ先代正蔵門下から百栄、それに柳家と古今亭から人気者を加えたのだろう。
この内、百栄だけがネタを文蔵から藤兵衛を経て教わったそうで、他の人は文蔵から直接教示を受けたようだが、本人たちが中身はかなり変えていたと思われる。
当日売りだったにもかかわらず前から4列目の席が確保できた。

<  番組  >
前座・柳家フラワー「道灌」 
桃月庵白酒「花色木綿」
橘家文左衛門「寝床」
~仲入り~
春風亭百栄「おつとめ~尼寺の怪~」
ロケット団「漫才」 
柳家喬太郎「錦木検校」
 
白酒「花色木綿」
柳家だと「出来心」、オチが違うだけで内容は同じ。
前段の親分に叱られてしぶしぶ泥棒稼業に出るが、しくじってばかり、という場面はカットし、いきなり貧乏長屋に盗みに入る所からスタート。とにかく何もない、仕方なく掛けてあった褌(なぜ、こんなモノを?)を懐に入れると途端に住人の男が帰ってきた。泥棒は仕方なく床下へ。
ここから被害を並び立てる八五郎と大家との珍妙な掛け合いが聴かせ所となる。布団も着物も蚊帳も刀もお札まで「裏が花色木綿」の一点張りに家主が呆れていると、怒った泥棒が飛び出してきて・・・。
通常のスタイルと異なり、主人公は泥棒の方ではなく、空き巣に入られた八五郎で、いかにも白酒らしいトボケぶりが堂に入っていた。
この人は何を演らせても上手い。

文左衛門「寝床」
10年前ぐらい前までは池袋演芸場で受ける落語家というイメージだった。鈴本で初トリを取った辺りからこの人の変化を感じるようになった。今や人気落語家の仲間入りだ。
何が成功したかというと、自分のイメージと「型」を持ったことだろう。
「恐いお兄さん」というキャラを前面に出し、隠居とそこに訪れる人物とも会話に独特の雰囲気を持たせた。「道灌」「千早ふる」「ちりとてちん」など得意ネタは全てこのパターンだ。
男としての色気を感じさせるという評もある。
強い個性が「アク」に感じられることもあり、その辺りで好き嫌いが分かれるだろう。
この「寝床」も人物の造形だの心理描写だのというのはすっ飛ばして、場面の切り替えのテンポの良さだけで筋を運んだ感じだ。
主が義太夫を奉公人に聴かせるという場面で、「定吉は?」というと重蔵が「あれだダメです、子どもですよ。」と答えるクスグリは秀逸。これが最後のサゲにもつながる。
主が怒ってからやたらに「エー!」を連発する癖は直した方がいい。

百栄「おつとめ~尼寺の怪~」
若い連中が集まって「百物語」をやろうということになる。 怪談ネタのない熊が 困って、寺の和尚に怖い話はないかと訊きに行く。和尚が二十の頃、托鉢をしていて山道に迷い、ようやく見つけた尼寺に無理やり本堂に泊めて貰った。真夜中すぎに真の闇の中で、木魚を叩きお勤めをする声を聞く。ハハーン、庵主が読経しているのだと思って寝たら 翌朝庵主はそんなお勤めは していなかったと言う。そこへ近村の若い者が飛び込んで来て、新仏が出来ましたと伝えてきた。つまり真夜中のお勤めは、新仏だったのだ。
これを聞いた熊が仲間に怪談話として伝えるのだが、これがトンチンカン。
按摩さんが木魚を叩きながら、おつけの実を刻んでいた。それが実は新仏の幽霊だったというので、一同はキツネにつままれたような話じゃないかとなる。 
それもその筈、刻んでいたのは油揚げだったでサゲ。
百栄は段々良くなってきている。語りがしっかりしてきたし噛む回数も減ったようだ。
元々フラがある人だから、話芸を磨けば飛躍する可能性があるだろう。

喬太郎「錦木検校」別名「三味線栗毛」
大名の酒井雅楽頭、どうも三男・格三郎とウマが合わないと、下屋敷に下げてしまい100石取りの家臣同様の扱い。家来の中村吉兵衛が夫婦で内職などして、苦しい暮しを支える有り様。 格三郎は本を買って読む日々で、目が疲れ肩が凝る。按摩を呼ぶと、名を聞けば錦木。この錦木、療治は上手いし話が面白い。
実の親子であっても疎遠なこともあれば、格三郎と錦木のように赤の他人でも十年、二十年来の友人のようにもなる。
ある日錦木が格三郎に、あなたはやがて大名になる骨相をしていると告げる。一笑にふす格三郎だが、儂がもし大名になったら、お前を検校にしてやろうと約束する。
ある時、錦木が高熱を出し長屋でひと月も寝込む。 隣の源兵衛が見舞うと、錦木は病が直らないから首を括って死にたいともらす。
源兵衛がそこで生きていりゃいいこともあると諭し、酒井雅楽頭が隠居をしたが長男は病身、次の女の子は養子を取らず、結局三男が跡を継いだと告げる。源兵衛さん、今の話は本当かと起き上がって、錦木が酒井雅楽頭邸に駆けつける。
中村吉兵衛のとりなしで、ようやく殿様の目通りが許される。
格三郎、今は酒井雅楽頭となったが、良き友と申すものは有難い、お前が大名にしてくれたと錦木を讃える。恐縮する錦木に、約束通りお前を検校にすると告げる。 
しかし激しく咳き込みやがて倒れる錦木、医者が駆け付け脈をとると既に事切れていた。

オリジナルでは目出度く錦木は検校に出世。
ある日、錦木検校が酒井雅楽頭にご機嫌伺いに来る。
雅楽頭は、このほど南部産の栗毛の良馬を手に入れ、三味線と名づけたと話す。
錦木がそのいわれを聞いてみた。
「雅楽頭(うたのかみ)が乗るから三味線だ」
「それでは、家来が乗りましたら?」
「バチが当たるぞ」
この後半を喬太郎は悲劇で終わらせる演出に変えている。
盲人が主人公の噺が巧みな喬太郎だが、なかでもこのネタがベストと言って良い。
不遇な大名の息子と貧しい按摩のとの間の温かい交流と、二人の思いが交差する最後のシーンは聴いていて胸を打つ。
こういう地味な噺でこれだけ観客を惹きつけるというのは、喬太郎の話芸、とりわけ人物の造形の見事さとセリフの「間」の絶妙さだ。
今年のベスト候補だが、残念ながら数年前に既に「My演芸大賞」に選んでいるので外さざるを得ない。

脂の乗り切った4人の高座、それぞれ聴きごたえがあった。

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2013/11/10

劇団大阪「臨界幻想」(2013/11/8)

11月8日、一心寺シアター倶楽で行われた”第74回劇団大阪本公演「臨界幻想」”へ。
今回の公演は”関西芸術座”と”劇団せすん”との共同製作。
かつて現役時代だった頃の取引先の企業の技術者で、その前は東電社員として福島原子力発電所に勤務していたという人がいた。なんで辞めたんですかと問うたら、「表には出てないけど、事故が多くてね」と転職した理由を語っていた。
ふじたあさや作のこの芝居の初演は1981年というからもう30年以上前になる。作者の綿密な現地調査によって書かれたこの劇も、その当時はSFとして扱われたこともあったそうだ。それだけ当時は原発の危険性、原発で働く人々の実態が知られていなかったわけだ。
作者のふじたあさやはこう言っている。
「30年経っても、我々が告発した原発労働者被爆の実態、電力会社の隠ぺい体質、行政の無責任体質は変わっていないのだ。」
「それは我々の責任ではないのか。告発の声が小さかったのかも知れないし、ひ弱だったのかも知れない。告発する一方で、どうせ何も変わらないと、諦めていたのではなかろうか。ならば、責任を取ろうではないか。」
「それにしても、いつまで『臨界幻想』をやらなければならないのか。汚染水の始末もつかないのに、政府は再稼働をちらつかせ、未完成な技術であることを露呈したにもかかわらず原発の輸出を企んでいる。やめるわけにはいかないではないか。」

作:ふじたあさや
演出:堀江ひろゆき
<ストーリー>
舞台はある地方の原子力発電所とその周辺。
農家を営む速水千津子(田中恵理)は父親(斎藤誠)と、原発の一次下請け社員である長男・暁生(松村翔太)と地元で保母をしている長女(保田麻衣)の4人暮らし。夫は出稼ぎ先の東京で労災で死亡している。
その暁生が仕事中に倒れ町立病院に運ばれるが急死、医師(秋田高志)は心臓病と診断する。釈然としない千津子は、地元の「原発を考える会」のメンバ―(津雛拓、伊能務)や新聞記者(上田啓輔)から暁生の死が原発の放射能が原因かも知れないと聞かされ不安になり、病院の医師や暁生の会社の上司(津田満)に問い質すがいずれも一蹴されてしまう。暁生の親会社から1千万円の見舞金が千津子宅に届き、ますます不信を募らせた千津子は親会社の課長(宮村信吾)を訪ねると、金が口止め料であることが分かり突き返す。
そうこうしているうちに、病院の看護婦(津田ひろこ)から原発企業からの圧力でカルテが改竄されていて、暁生の死が白血病である疑いが濃いと知らされる。そこで暁生と一緒に作業していた二次下請けの労働者(神津晴朗、下村和行)から事情を訊くと、暁生は放射線を多量に浴びる作業をしていて危険な状況にあったこと、会社から支給される「被爆手帳」は実際には会社が管理していて適当な数値が書かれていると聞かされ、千津子としては息子の死が放射線を多量に浴びたのが原因だと確信する。
事実が明らかになるにつれ、本家にあたる地元議員(清村正次)から千津子の家族や「原発を考える会」のメンバーに対する圧力が嫌がらせが増す一方、親会社からは懐柔策が打診される。
やがて原発の周辺地域の放射線量のデータが異常値を示し始め、原発で重大事故が起きたのではとの噂が流れ出し・・・。

原発所在地の地元には電力会社(我々の支払う電力料金)や国(我々の税金)から多額の資金が流れ込み、それによって恩恵を受ける人たちも少なくない。そうした中で原発の安全性に疑いを抱いたり、放射線の健康への被害を訴えたりした人々は村八分のような扱いを受けてきた。この戯曲には描かれていないが、警察もこうした「不審人物」の身辺調査に手を貸していたことも明らかになっている。
原子力発電所の現場で危険な作業を行っていた人々は下請け、孫請け、さらには三次、四次といった下請け労働者であり、その多くは他の産業を追われて各地の原発を転々としてきたいわゆる「原発ジプシー」と呼ばれる人たちだ。被爆データは改竄され、放射能による健康被害は隠蔽されたまま、働けない身体になれば解雇される。
こうした実態は福島での原発事故を経た今では多くの国民の知る所になったが、この台本が書かれた30年以上前にはごく一部の人しか知らなかった、というより知らされなかった。
原発労働者の実態をリアルに描いた点、さらには原発の安全神話が政府によって刷り込まれていた当時に原発事故を予見した点に、この戯曲の先見性がある。

出演者では放射能による白血病で亡くなった息子の母親役を演じた田中恵理の演技が際立つ。息子の死の真実を知りたいという一途な姿は、ゴーリキーの「母」や小林多喜二の母と重なる。この演劇は彼女の芝居といっても過言ではない。
劇団大阪の公演で毎回感じるののだが、今回の公演でも上田啓輔、齋藤誠、清原正次といったベテラン勢に比べ、若手の演技が見劣りする。
全体としては良い出来だったが、その点だけが残念だった。
それぞれ自分の仕事を抱えながら芝居に取り組まざるを得ないという、アマチュア劇団運営の難しさは承知しているつもりだが。

いま安倍政権は原発の再稼働と輸出へ大きく舵を切った。そのために彼らは性懲りもなく汚染水が完全にブロックされているだの、コントロールされているだのという、新たな「安全神話」を振りまいている。
こうした時期だからこそ「臨界幻想」のような芝居を公演する意義は大きいし、これから各地でも上演されるだろうが、是非ひとりでも多くの方に観て貰いたいと願っている。

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2013/11/07

「喜多八膝栗毛 秋之噂」(2013/11/6)

11月6日、博品館劇場で行われた”銀座の噺小屋「喜多八膝栗毛 秋之噂」”へ。場所柄か勤め帰りの人が目立つ。開演前や仲入りにジャズが流されるのはいかにも喜多八の会らしい。会のネーミングも喜多八に因んで膝栗毛としてるのも洒落ている。
プログラムに本田久作が、自分も喜多八もアンツルこと安藤鶴夫が嫌いだと書いている。それはアンツルが絶賛していた3代目桂三木助「芝浜」への批判とも取れる。談志も同じようなことを言ってたっけ。
アタシは三木助の「芝浜」は好きだ。あれはあれで真に結構です。だけど、この程度のネタをまるで大ネタのように扱う昨今の風潮には辟易としている。登場人物は二人だけ、ボテ振りの魚屋が浜で財布を拾い喜んだが、女房は夢だとウソをついて亭主を働かせ、3年後に商売に成功すると実はあれはホントだったと亭主に打ち明けるというだけのストーリー。落語としては小品と言っても良い。一大人情噺にしてしまったのは三木助の責任ではない。
でも芝浜を「大したネタじゃない」と語っていた談志も、晩年の高座では「神様がやらせてくれた最後の噺だったのかも知れない」などと自画自賛してるんだから分けが分からぬ。
今回はその「芝浜」がネタ出しされていた。

<  番組  >
柳家ろべえ「お菊の皿」
柳家喜多八「蛙茶番」
柳家喜多八「首提灯」
~仲入り~
太田その・松本優子「唄と三味線」
柳家喜多八「芝浜」 

順不同で、
ろべえ「お菊の皿」、ツマラナイ枕をダラダラと。
太田その・松本優子「唄と三味線」、普段は寄席のお囃子で、しかも太田そのは落協、松本優子は芸協に所属だからこういう会でしか顔を見ることができない。その、という名前から年配の女性かと思っていたら意外に若い人だったのでビックリした。
三味線の演奏と歳の瀬から正月に因んだ小唄、あんこ入り都々逸などを披露したが、優子姐さんの美声には聞き惚れてしまった。やはり唄は「一声二節(ひとこえにふし)」だ。
小菊姐さんら音曲師として高座に上がる芸人とは違った味わいがあり、喜多八のいう通り次回からもレギュラー出演して欲しいものだ。
処で、その姐さんはトークを磨けば高座に上がれる音曲師になれると思うのだが、いかがだろうか?

喜多八の1席目「蛙茶番」
江戸時代は芝居というと御上がうるさいので茶番と称していた。
演目のタイトルは上演する芝居が「天竺徳兵衛」の「忍術ゆずり場」で、舞台に蝦蟇(蛙)が出る所から付けられたもの。
いきなりのバレ噺。このネタ、本来だと前半に役モメがあり仕方なく蝦蟇の役を定吉に代役させるという場面があるのだが、最近はカットされることが多い。
なおネタに登場する「舞台番」だが、舞台下手の角に座り、見物人が芝居の妨害をしたり、 騒いだりするのを制していた。明治初期ごろまで存在してたらしい。
半ちゃんが緋縮緬のフンドシを質屋から請け出す時、代わりにお釜を持って行くのは喜多八独自の演出か。フンドシとお釜で縁があるというわけ。半公の陽物を見てぎょっと驚く見物人の姿がおかしい。
恐らく番台のような台に座っていたと思われる半公のモノを見て、周囲の人間が驚いたというんだから、よほどの巨根だったに違いない。通常のサイズでは見えない筈だろうから。
もし小間物屋のみい坊がその場にいたら、どう思っただろうか。
ついついコッチも下品になってスミマセン。

喜多八の2席目「首提灯」
「胴斬り」をマクラに振っていたが、こちらも本来はバレ噺、1席目とはフンドシつながりになっていて「付く」ネタだが、承知で演じたのだろう。
斬られた首が次第に胴と離れた動きをする所が見せ場で、これだけは面長の人でないと表現するのが難しい。
酒癖の悪い江戸っ子がさんざん悪態をつき、初めは大人しかった武士が次第にジリジリしだして終いには怒りを爆発させるまでの喜多八の描写が良かった。
見せ場の首から上の頭部だけ動かすという演技も上々。

喜多八の3席目「芝浜」 
三木助型が気に入らないなら、いっそ三木助以前の演出に戻してしまったらどうなんだろうか。
志ん生・志ん朝親子は芝の浜で財布を拾う場面をカットし、いきなり勝五郎が自宅に戻って女房に経緯を話すという演出を行っていたが、成功したとは言えない。圓朝全集にも残されていないそうなので、オリジナルを掘り起こすのは難しいのだろうか。
喜多八の演出も三木助型からそう大きく外れたものではなかったようだ。いくつか違いがあったが、その一つは勝五郎が三年後にボテ振りから表通りに一軒の魚屋を開くという設定にしなかったこと、二つは女房が50両の金を出す時に革財布ではなく竹筒から出し財布は別にしておいたこと、三つは50両の真相を話した後に女房が酒屋に酒を買いに行くという設定に変えていたこと。
いずれも夫婦の情愛を色濃く描いた演出にしたものと思われ、話の運びとしてもよりリアリティを持たせていた。
先ずは喜多八の試みは成功したと見た。

初めて喜多八の高座を観たのは今から10数年前になるが、その当時は平凡な印象しか残っていない。
この期間にこれほど大きく変貌した噺家は、幾人かの若手は別にして喜多八しか知らない。

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2013/11/06

「伊賀越道中双六」(2013/11/5)

11月5日、国立劇場で行われた「通し狂言『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)」へ。
ここのところ日々食品偽装のニュースが流れる。
安倍首相による例の、汚染水は「完全にブロック」だの「コントロールされている」だのという発言も偽装だった。結果としてある範囲にとどまっている事とコントロールされている事とは全く別問題だ。汚染水の発生そのものを制御できて初めてコントロールという言葉が使える。
首相からデパート、ホテルにいたるまで、世の中偽装だらけというわけだ。

近松半二ほか:作
山田庄一:監修
<  主な配役  >
坂田藤十郎:呉服屋十兵衛
中村翫雀:誉田大内記/人足平作
中村扇雀:平作娘お米
中村橋之助:唐木政右衛門
片岡孝太郎:政右衛門妻お谷
中村亀鶴:池添孫八
中村虎之介:和田志津馬
片岡亀蔵:桜田林左衛門
片岡市蔵:沢井股五郎
市村家橘:和田行家
市村萬次郎:行家妻柴垣
坂東彦三郎:宇佐美五右衛門

この芝居は「日本三大仇討」と呼ばれる,曽我兄弟の仇討,赤穂浪士の討入り,伊賀上野の敵討、の中の伊賀上野の仇討を素材として書かれたものだ。
昔から初夢に見ると縁起が良いとされるものに「一富士二鷹三茄子」という言葉があるが、一説によれば「一に富士,二に鷹の羽の打ち違い,三に名を成す伊賀の仇討」といって三大仇討を指すのだそうだ。一富士は曽我兄弟が仇を討った“富士の裾野”を,二鷹は赤穂浪士の主君・浅野内匠頭の“丸に違い鷹の羽の家紋”を,三は“伊賀上野鍵屋の辻の敵討”で名をあげた荒木又右衛門のことで,「名を成す」は成すと茄子の掛け言葉になっているのだという。
この伊賀上野の仇討というのは他と違った大きな特色がある。当時の仇討というのは尊属、つまり主君や親など目上の者に対すると限定されていた。しかしこの仇討だけは兄が弟の仇を討つという、通常では有り得ないケースだ。本来は同僚同士の刃傷沙汰だったものが、なぜここまで大きな事件となったかというと、そこには複雑な事情があったからだ。
ことの起こりは高崎藩主・安藤重信の家臣だった河合半左衛門が同僚に切りつけたことが発端で、半左衛門は脱藩して備前岡山藩主・池田忠雄の家臣となる。ここで譜代の安藤家と外様の池田家の間に軋轢が生まれる。
時は移り、今度は半左衛門の息子・河合又五郎が岡山藩内で同僚の渡辺源太夫を殺害する事件が起きる。河合又五郎は逐電し、直参旗本・安藤次左衛門に匿われるのだが、この旗本が高崎藩主・安藤重信の縁戚関係にあった。
事件は譜代大名と外様大名、直参旗本の三者が入り乱れて対立するという大事件に発展してしまう。
岡山藩主・池田忠雄は若死にするが遺言で源太夫の兄・渡辺数馬に対し河合又五郎を討つよう命じる。ここで「上意討ち」という大義名分が生まれてわけだ。
幕府はこの件に限り数馬と又五郎の決闘を許可し、数馬が姉婿の荒木又右衛門の助太刀により,寛永11年(1634)に伊賀上野の鍵屋の辻で又五郎一行を討ち果たす。

ここまで宜しいでしょうか?

芝居の『伊賀越道中双六』は,天明3年(1783)に大阪で初演された。当時は実在の人物をそのまま芝居に登場させることは禁止されていたため,時代を室町時代に置き換えている。岡山藩を鎌倉の上杉家に,登場人物も荒木又右衛門を唐木政右衛門,渡辺数馬を和田志津馬,河合又五郎を沢井股五郎としている。題名の由来にもなっているように,鎌倉を振り出しにして,道中双六のように東海道を西へ上っていくように物語が展開させていく。
和田家と沢井家の両家に関係する人物として呉服屋十兵衛という人物を配し、狂言回しのような役割を果たさせているのも特長。
今回の上演では,沢井股五郎が志津馬の父・和田行家を殺す物語の発端に当たる「和田行家屋敷の段」から,伊賀上野で政右衛門と志津馬が股五郎を討ち果たす「伊賀上野敵討の段」までを通しで上演した。と言っても調べてみると原作はもっと長く、全体の半分程度をカットしている様だ。
仇討にからめて当事者たちの苦悩や、夫婦,親子,兄妹などさまざまな人たちの別れや死が複雑に描かれる。
「忠孝」、即ち「君には忠、親には孝」というのは江戸時代から戦前まで日本の中心的な思想だった。主君(明治以降は天皇)の命令は絶対であり、そのためには命を投げ出すのも厭わない。主君のためなら親兄弟、子どもを手にかけても許されるという考え方だった。
次いで、親に孝行するためならいかなる犠牲も払うという思想だ。
この「忠孝」という「理」と、家族肉親に対する「情」の間(はざま)で苦悩する人間を描くというのが歌舞伎の中心テーマだ。だから「忠孝」思想と受け容れられないと芝居への感情移入が出来にくくなる。
歌舞伎のみならず、講談、浪曲などの芸能に共通する課題だろう。

出演者では政右衛門役の中村橋之助の演技が目立った。敵討ちの助太刀のために恋女房を離縁せざるを得なかった心情が伝わってきたし、立ち回りでは豪傑らしいスケールの大きさを感じさせた。
十兵衛役の坂田藤十郎は、平作の娘・お米に胸をときめかせるシーンの色気はさすがだが、細かなセリフで聞き取れない所が何度かあったのが残念。
平作を演じた中村翫雀が初役ながら好演だった。十兵衛から仇の居所を聞き出すために自刃する場面の熱演が光る、二役の誉田大内記に気品がある。
政右衛門妻お谷役の片岡孝太郎は夫との別離で肚を見せ、平作娘お米役の中村扇雀が可憐。
ただ、和田志津馬役の中村虎之介が幼すぎていたのが気になった。

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2013/11/04

「親バカ」は悪事なのか

みのもんたに対する袋叩きが続いている。
では一体、みのもんたってどんな悪事を働いたんだろう。
いや、悪事は次男の御法川雄斗の方で、それも凶悪犯罪ではない。いわゆる「置き引き」で微罪に属する。検察も本人が勤めていた日本テレビから解雇されるなど社会的制裁を受けているということから起訴猶予とした。つまり事件としては一件落着なのだ。
みのもんた自身もTVの報道番組を降板するなど、社会的制裁は受けている。
それでも週刊誌を中心としたみのへの厳しい批判はやまない。

以前にも何度か書いたが、私はみのもんたが大嫌いだ。でも好き嫌いと善悪は別だ。
批判の矛先は、つまるところ父親であるみのが息子の就職に口利きしていたことと、息子の住居に資金援助をしていたこと、この二点に尽きる。
しかし世の中、親が子ども就職を助けたり、住まいに資金を出すことなどザラにあることだ。試しに20代から40代の持家の人を調べてみればいい。本人の資金だけで自宅を持った人は少数ではなかろうか。
通称「親バカ」と云われることはあるが、社会的道義に反する行為ではない。
ワタシ自身は親から就職の世話や、資金援助や遺産も受けたことがない。だからといって、みのの行為を批判する気にはならないし、息子たちを羨む気にもなれない。
経済的条件も違うし、生き方も人それぞれだからだ。

犯罪を犯すような息子にしたのは親の責任という論調がある。
しかし子どもを育てた経験がある人なら分かるだろうが、子どもというのは親の思いをとは別に育つものなのだ。同じ夫婦から生まれ、同じように育てたつもりなのに兄弟姉妹が全然似ていないなどという例はごく普通だ。
子どもというものは親の思った通りに育たないのは、自分を振り返れば分かることだ。

では、何故みのもんたはここまで叩かれ続けているかといえば、それは「世間の風」ということしか説明がつかない。
今回の御法川雄斗の事件について、神奈川県警元刑事で、犯罪ジャーナリストの小川泰平氏がこう語っている。
「警視庁は最初から力の入り方が違った。本来ならば所轄が担当する事件ですが、今回捜査にあたったのは警視庁捜査第三課。普段は窃盗常習者、余罪が100件以上あるような『職業泥棒』ばかり相手にしているところです。ただのケンカに、殺人事件専門の捜査一課が出張ってくるようなもの」
また、取材にあたった全国紙社会部記者は、捜査の経緯についてこう語っている。
「われわれ記者も今回は微罪だということで、人員を割いて裏取りができず、もっぱら警察発表に頼っていました。でも、よくよく考えれば決め手となった『目撃者』は唐突に現れた印象で、素性も明かされていません。そんな目撃者に都合よく辿りつけるものなのか。あまりにも謎が多すぎる。雄斗は警察にハメられた、という見方もあります」
検察が起訴猶予としたことで、事件の真相はいよいよウヤムヤに終わることになった。

「世間の風」というのは往々にして誰かが作為的に吹かせるものだ。
今回の「みのもんたバッシング」も、こうして作られた世間の風によると考えれば分かりやすいだろう。

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2013/11/03

裏磐梯の紅葉

11月1日より1泊で裏磐梯の紅葉狩りにでかけました。
秋になっても気温が高い日が続いたため、東北の紅葉は1-2週間遅れているようです。裏磐梯も例年なら紅葉が終わりかけている季節ですが、今が真っ盛りのようでした。
今年は台風の影響で葉が落ちてしまい全般に色づきも悪いそうです。
先ず、五色沼の毘沙門沼の紅葉です。画面左下は紫陽花の葉で、その緑と紅葉、青い湖面の対比が鮮やかです。
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ハイシーズンということで大勢の観光客で賑わっていました。
遠くに霞んで見えるのが磐梯山です。
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岩陰が湖面に映し出されています。
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手前にススキも見えて晩秋らしい景色です。
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檜原湖は朝早く出かけたので一面霧に埋もれていました。
貸しボートも寂しげです。
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湖畔では紅葉が見られました。
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宿泊した星野リゾート裏磐梯ホテルの庭です。
写真がボケて見えるのは霧のせいです。
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このホテルの露天風呂から見た檜原湖が絶景なんですが、写真に撮れないのが残念。

途中、会津若松の「御薬園」に立ち寄りました。ここは会津の歴代藩主が庭園として使ってきた場所ですが、三代藩主・松平正容(まさかた)のときに朝鮮人参を栽培したところからこの名で呼ばれています。
戊辰戦争では官軍の治療所になっていたため戦火から逃れ、当時の姿がそのまま残されています。
借景池泉回遊式の大名庭園として国指定名勝となっています。
心字の池より楽寿亭(左)と御茶屋御殿(右奥)を望む。
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ここも紅葉が始まっていました。
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6日まで休みを予告していましたが、取り急ぎ紅葉の速報でした。

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