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2014/02/21

『アルトナの幽閉者』(2014/2/20)

『アルトナの幽閉者』
日時:2014年2月20日(木)
会場:新国立劇場小劇場
作:ジャン=ポール・サルトル
翻訳:岩切正一郎
演出:上村聡史
<  キャスト  >
父親:辻萬長
長男フランツ:岡本健一
長女レニ:吉本菜穂子
次男ヴェルナー:横田栄司
その妻ヨハンナ:美波
親衛隊員/ハインリヒ軍曹:北川響
クラーゲス中尉:西村壮悟 

ぶっちゃけストーリー。
ガンで余命6ヶ月の父が次男夫婦に会社経営と自宅を継いで欲しいと命じるが、なぜか夫婦は浮かぬ顔。それというのもこの家には13年間も引きこもりの長男がいて、今は長女が面倒を見ているのだが、やがては次男夫婦が世話をすることになるからだ。次男の性格が稼業に向いていなそうだし、嫁はこの家を出たがっている。
すったもんだの挙げ句、とにかく父としては死ぬ前に一度でいいから長男の顔を見たい。奴は美人に弱いからと、元女優だった嫁さんに長男への説得を頼む。それまで長男は長女としか面会せずに来たが、弟の嫁さんは器量良しだし話も聴いてくれるので徐々に心を開くようになる。ただ長男と長女は長い間二人きりという時間を過ごしてきたせいかイケナイ関係になっていて、次男の嫁さんとの間で三角関係みたいな感じにもなる。この辺りは少しヤヤコシイことになるのだが、ともかく最終的に長男は嫁さんの説得に応じて父親と対面する。始めは双方ともにツッパッテたが、やがて心を許し合い・・・。
と、まあ、こんなストーリーなのだ。
こうして書くとホームドラマみたいだが、これがコクトー先生の手にかかると格調高い演劇になってしまう。

この戯曲が書かれた1959年はフランスに対するアルジェリア独立戦争の真っ最中だった。8年間にわたる戦争の中でフランス軍はアルジェリア人に対して数々の残虐行為を行った。これに対してフランス人の中から抗議の声をあげたのがサルトルだった。
帰還した兵士たちが口を閉ざす中でサルトルは、舞台を第二次大戦のドイツに置き換えた。
戦争で部下を守るためとはいえ捕虜を拷問で殺害し心に傷を負って狂人のごとくに振る舞う長男と、戦中はナチスに協力し、戦後はアメリカに取り入って欧州きっての巨大企業に成長させた父親との対立を軸に、戦争と責任、さらには出口の見えない状況に「幽閉」された家族を描いたものだ。
敗戦から復興を果たして西ドイツの状況は日本とも重なる。
アルトナの家族たちは皆、都合のいい真実だけを自分のものとして、欺瞞という幻想の中だけで生きているのる。それはもしかすると、私たちも同じではないだろうかと、この舞台は問いかけている。

セリフは難解だ。特に長男フランツのセリフは理解できなかった。作者の頭が良すぎるのか、こっちの頭が悪すぎるのか。観客の皆さんはいかがでした?
サルトルの思想は無神論的実存主義というのだそうで、それを作品を通して大衆に分かり易く伝えたんだそうだ。彼はこれまでの演劇が写実と心理描写に傾いていたことに反対して、行為する人間の演劇「状況の演劇」を提唱した。演劇では「状況」を提起し、その状況において人間が行う自由選択の行為を表現しようとした。
フム、フム・・・。
でもやっぱり分からないなぁ。
一言いわせて貰えば、芝居の最終結末は安易だったような。あれだと主人公たちは状況から逃げてないか。一般大衆からの素朴な疑問。

出演者では、主役の岡本健一の健闘が光る。よくあれだけの長くて難しいセリフを流暢にしゃべれたものだ。父親役の辻萬長は圧倒的な存在感を示したが、大企業の社長には見えなかったなぁ。
吉本菜穂子、横田栄司らの俳優たちも揃って好演、美波が美をそえる。

公演は3月9日まで。

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