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2014/02/23

三田落語会『志ん輔・喜多八』(2014/2/22昼)

「第30回三田落語会・昼『古今亭志ん輔・柳家喜多八』」
日時:2014年2月22日(土)13時30分
会場:仏教伝道センタービル8階大ホール
<  番組  >
前座・柳家さん坊「金明竹」
古今亭志ん輔「紙入れ」
柳家喜多八「ねずみ穴」*
~仲入り~
柳家喜多八「三十石船」
古今亭志ん輔「居残り佐平次」*
(*はネタ出し)

喜多八がマクラで言ってたように昭和20年代から30年代初めごろまでは浪曲(浪花節)の全盛期だった。平均的な家庭ではラジオ番組で最も人気があったのは浪曲だったと思う。特に有名だったいくつかの作品の唄い出しは人口に膾炙し、私たち子どもでさえ暗唱したものだ。例をあげれば下記の通り。

広沢虎造『清水次郎長伝』♪ 旅行けば駿河の国に茶の香り
玉川勝太郎『天保水滸伝』♪ 利根の川風、袂に入れて
春日井梅鴬『赤城の子守唄』♪ 赤城の山も今日限り
三門博『唄入り観音経』♪ 遠くちらちら灯りがゆれる
寿々木米若『佐渡情話』♪ 佐渡へ佐渡へと草木もなびく
篠田実『紺屋高尾』♪ 遊女は客に惚れたといい
浪花亭綾太郎『壺坂霊験記』♪ 妻は夫をいたわりつ

なかでも広沢虎造(2代目)は大スターであり、彼が病に倒れた昭和34年辺りから浪曲ブームが終焉したと言われるほどだ。
だからいま60歳以下の方だと、あまりお馴染みが無いかも知れない。
代表作である『清水次郎長伝』は大変な人気でラジオでも連続して放送され、たびたび映画化もされた。「清水二十八人衆」と呼ばれる子分たちがいて、それぞれの子分の活躍が描かれるのだからシリーズものになり得たわけだ。「清水港は鬼よりこわい 大政小政の声がする」「大きい喧嘩は大政 小さい喧嘩は小政」なんてね。
この中に「森の石松 金毘羅代参」という演目があり、親分の代りに石松が金毘羅詣りにでかけ、帰りに都鳥一家の騙し討ちにあい斬殺されるまでの物語が最も人気が高かった。「石松三十石船」はその代表で、「食いねぇ寿司食いねぇ 江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」という掛け合いや、「馬鹿は死ななきゃ治らない」という名文句で知られる。
ここで虎造の名調子の一節をご紹介しよう。
♪ 遠州森町よい茶の出どこ 娘やりたやお茶摘みに ここは名代の火伏の神 秋葉神社の山道に 産声あげし快男児 昭和の御代まで名を残す 遠州森の石松を 不弁ながらも勤めます ♪
森元首相の綽名が「森のおそまつ」、もちろん石松のモジリ。

喜多八の2席目「三十石船」は虎造の浪曲そのままだった。オリジナルが面白いのだから落語も面白い。虎造の浪曲を知らない世代では新鮮だろうし、知ってる我々世代は懐かしく聴ける。喜多八はいい所に目を付けた。

志ん輔の2席目「居残り佐平次」、演出にいくつか独自の工夫がみられた。
先ず初めにオチの解説から入る。
「ひでえ奴だ。あたしをおこわにかけた」
「へえ、旦那の頭がごま塩です」
この「おこわ」の語源が「おお怖い」で、美人局から来ている言葉のようだ。ここから「人を陥れる」という意味に転じたらしい。
今では通じないし、サゲとしても良い出来とは言い難い所から別のサゲにする人も多いのだが、志ん輔は解説を入れた中で敢えてオリジナルのままにした。

このネタの聴かせ所の一つ、客の一人が刺身が来たが醤油が無くて食えるかと愚痴っていると、そこに佐平次が現れる場面。あなた紅梅さんの勝さんでしょと、紅梅がいかに客に惚れているかを喋るのだが、言葉を切って客を焦らせながら言う。この方が有効なのだ。
紅梅もいきなり勝さんに惚れたとは言わず、「男嫌いのアタシだが、勝さんには・・・」と言いながら俯き、その真っ白なうなじに紅がさして、なんてね。言葉でなく風情で示しただけに、聞いている勝さんにとっては、よりグッと来るわけだ。客の心をつかむ佐平次のトークが冴えわたる。客は喜んで祝儀を弾むことになる。
こうして小遣いを貯めて着物を作り、派手な衣装でお座敷に出て陽気な芸を披露するから、ますます人気が高まり更に祝儀が集まる。確かに着のみ着のままでは座敷には出られない。
こうした緻密な演出が効果的だった。

私は志ん輔の高座には概して点数が辛いのだが、この日の「居残り佐平次」は良かった。彼の師匠を超えようとする意欲が感じられた一席、結構でした。

他は割愛、本日はこれまで。

【2/24記事の訂正】
狐傘さんからのコメントで、喜多八が『石松三十石船』を落語として上演するにあたり虎造の関係者より許可を得ているとのご指摘がありました。
2/23付記事中の、「でもこれって禁じ手~やったもん勝ち、なのか?」の部分を削除します。

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コメント

初めてコメントします。いつも読ませていただいています。
喜多八の「石松三十国船」ですが、本人も言っていたように、最近よくかけているようで、1月の「さきがきの会」で聴きました。
その際、喜多八が言っていたことによると、この浪曲を落語に直したのは若い頃で、久しぶりにかける気になったのだとか。また、落語にするにあたっては、勝手にやると泥棒になるので、許可を得なければならないが、虎造はすでに亡くなっていたため、関係者に手を尽くして云々(ごめんなさい。云々の詳細は忘れました)で、落語にして演じることが可能になったと言っていた記憶があります。
決してやったもの勝ちではなく、できる限りの仁義は切っているのではないですかね。

投稿: 狐傘 | 2014/02/23 23:45

狐傘様
ご指摘有難うございます。
『清水次郎長伝』はご存知のように講談師・3代目神田伯山が2代目虎造に上演を許可したものですが、この件で伯山は講釈師仲間から随分と非難されてしまいます。
元々が講釈ネタなので講談として演じるのは問題ありませんが、虎造は3代目も既に亡くなっているとはいえお弟子がおられるので、そう簡単に落語家へ許可するとは思えなかったものですから、ああした表現にしました。
ご指摘を受けて、本文を訂正致します。

投稿: HOME-(ほめ・く) | 2014/02/24 06:07

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