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2014/04/30

「三人吉座」(2014/4/29)

たけのこレシピvol.42「三人吉座 六幕目」
日時:2014年4月29日(火)15時
会場:薮伊豆総本店3階広間
<  番組  >
前座・林家なな子『平林』
古今亭菊志ん『がまの油』
春風亭百栄『引越しの夢』
~仲入り~
隅田川馬石『中村仲蔵』

タイトルは芝居みたいだが落語会だ。「たけのこレシピ」はサイトによると「薮伊豆総本店」宴会場を会場にして開かれている落語会で、「三人吉座」はその中の「馬石・菊志ん・百栄 三人会」を指すようだ。六幕目とあるのは6回目という事なのだろう。
客層は若い人、それも女性が多かった。かつての東京では各区内に数軒の寄席があったようだが、今は全体で4軒だけ。その分をこうした地域寄席にとって替わっているという所か。
馬石と菊志んは2007年の真打昇進で同期、1年遅れて百栄だが年齢は50歳を過ぎている。
この日は三人ともマクラで寄席の失敗談を披露していた。
菊志んは池袋演芸場で前に出た漫才のホームランの勘太郎が喋っている内に差し歯が抜けてしまったというエピソード。それまでダレていた客席は大受け。後に上がった菊志んの落語はさっぱり受けなかった。やはりリアルには敵わないと言っていた。
百栄は4月中席で仲入りで上がる筈だった喜多八が遅れてしまい、協会から仲入り後に上がる百栄に代演で出てくれと連絡があった。駆けつけたけど間にあわず、浅い出だった一朝が二度上がりで切り抜けた。遅れて喜多八が到着し、来た以上は出演させねばならない。そこで百栄の時間が半分に削られてしまったという。
馬石は国立でホームランが仲入りを挟んで二度上がりしたというエピソードを披露。連続ホームラン。
寄席というのは毎日開いているのでこういう失敗は多い。私も末広亭で二度上がりを見たことがあるし、池袋では途中にいきなり前座が上がって小咄を始めたのを経験している。
こういう失敗談も含めて寄席であり魅力の一つでもある。

菊志ん『がまの油』
蝦蟇の油売りの口上を淀みなく述べていたが、あそこは演者が緊張するらしい。噛んだりつっかえたりしたらオジャンだけらね。口上の直後に少し間を空けたが客席からの拍手が遅れていた。お客はこの噺に不慣れだったようだ。
油売りが泥酔して半分居眠りしながら口上を述べる仕草が良く出来ていた。

百栄『引越しの夢』
昔の商店の奉公人というのは、番頭になり暖簾分けで一本立ちするまでは店で寝起きしていたようだ。吉原へ通う金も時間もないので、捌け口はいきおい女性従業員に向けられる。このネタのテーマはズバリ「夜這い」、セクハラだなんだという喧しい事が無かった時代の噺だ。
このネタは大きく分けて二つのタイプがある。一つは上方から移した形で9代目文治が得意にしていた(タイトルは『口入れ屋』)。もう一つは東京のオリジナルで、こちらは6代目圓生が代表的。違いは前者では番頭が利益誘導をしながら女中を口説く場面があるのに対し、後者は女中の方が一枚上手で番頭らを手玉に取るというもの。
百栄は前者の方で、番頭が新入りの女中を口説くシーンと、奉公人らがお互いの顔を窺いながら夜這いのタイミングを計るシーンが見せ場。百栄のゆったりした語り口がこのネタには合っていた。
ただ三番番頭が台所の井戸の淵から天窓の紐にぶら下がって二階に着地しようとして井戸に落ちそうになるシーンは蛇足だった。これを加えてしまうと最後の「引越しの夢を見てました」というサゲが利かなくなる。

馬石『中村仲蔵』
先ず当時の役者の階級制や世襲制について解説があったのは親切だったが、大部屋、相中、名題の3段階という説明は不正確ではなかろうか。実際には下立役(稲荷町)、中通り、相中、相中上分、名題下、名題と、かなり細かく分かれていた筈だが。
家柄に生まれないと名跡が継げず、どんなに努力しても相中どまりだったと言われている。その中で4代目團十郎に見込まれ名題にまで出世した仲蔵は例外的な存在だったんだろう。
しかし仮名手本忠臣蔵でふられた役は斧定九郎一役、本来は名題が演じるような役じゃない。これで腐らず、むしろ座長が自分に役の工夫を期待しているんだとポジティブに捉えて役作りに励む仲蔵を描いた作品だ。
元々の定九郎の姿は山賊そのものだったが、これを仲蔵は先ず全身を白塗りにして、黒羽二重の袷を取って一重にし、白献上の帯、大小は朱鞘、履物は福草履に変えて、出番直前には頭から水をかぶって花道から登場した。
見方によれば「ケレン」だが、定九郎といえば大名の家老の倅、むしろこうした粋な浪人姿の方が道理に合う。
仲蔵が実際に蕎麦屋で出会った浪人(元は旗本だったという設定)の姿にヒントを得て役作りするまでの経緯が丁寧に描かれていた。特に浪人の造形が良く出来ていた。
6代目圓生、8代目正蔵を始めとして幾多の名人上手に引き継がれてきたこの演目だが、若手ではこの馬石かと思わせる高座だった。

ハネたあと店で食事する人もいたが、アタシは愛妻が待つ家へ直行で戻る。

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2014/04/28

「これが自由というものか」

年配の方なら憶えておいでだろう。NHKラジオで『日曜娯楽版』(1947年10月12日 - 1952年6月8日)という人気番組があった。当時、聴取率100%といわれたお化け番組だ。
未だ米軍占領下の時代で、毎週日曜日の19時30分~20時00分の放送ではラジオの前で家族揃って聴いていたものだ。
パーソナリティが三木鶏郎、 レギュラー出演者として楠トシエ、三木のり平、丹下キヨ子、有島一郎、太宰久雄ら。中村メイ子や森繁久彌も出ていた記憶がある。
しかし激しい世相風刺、政治批判が当時の政府の逆鱗にふれ、1952年に打ち切りになってしまった。

この番組の中に「冗談音楽」というコーナーがあって、『僕は特急の機関士で』などのヒット曲を生んでいる。
このコーナーは『日曜娯楽版』の後継番組である『ユーモア劇場』に引き継がれた。しかしこちらの番組も政府の圧力で打ち切られている。この番組の中から誕生したのが『これが自由というものか』という曲で、ビキニ水爆実験が行われた1954年に三木鶏郎によって作詞作曲されたものだ。
こんな歌だった。


知らない間に実験で 知らない間にモルモット
知らない間にピカドンで 知らない間に水爆病
これは呆れた驚いた 何がなんだか分からない
これが平和というものか あちら任せの平和論

知らない間に値上げして 知らない間にMSA
知らない間に教育法 知らない間に機密法
これは呆れた驚いた 何がなんだか分からない
これが自由というものか あなた任せの自由論

知らない間に金上げて 知らない間に金取って
知らない間に税金で 知らない間に自衛隊
これは呆れた驚いた 何がなんだか分からない
これが政治というものか あなた任せの政治論
(註:"MSA"=Mutual Security Act「相互安全保障法」)

今からちょうど60年前に作られた歌詞だが、核実験、放射能汚染、集団的安全保障、教育法改正、機密保護法、増税、積極的平和主義と並べてみると、そのまま現在に通じていることが分かる。
自由も政治も「あなた任せ」にしておけば「これが自由というものか」と嘆くような事態になると、この歌は私たちに警告しているように聞こえてくる。

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2014/04/27

#419花形演芸会(2014/4/26)

第419回「花形演芸会」
日時:2014年4月26日(土)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・林家けい木「鈴ヶ森」
金原亭馬治「親子酒」        
金原亭龍馬「四段目」        
のだゆき「音楽パフォーマンス」       
笑福亭たま「つぼ算」                     
―仲入り―
ゲスト・柳家さん喬「短命」  
ホンキートンク
三遊亭萬橘「抜け雀」
           
平成25年度の花形演芸大賞は桂吉弥となったのは既報の通りだが、過去の大賞受賞者を調べてみたら、まとまった資料が意外に無い。仕方なく2000年度以降の大賞受賞者をネットで拾ったところ、下記のようになった。
【花形演芸会大賞受賞者】
2000年度 柳家花緑
2001年度 国本武春
2002年度 (該当ナシ)
2003年度 立川談春
2004年度 柳家喬太郎
2005年度 柳家喬太郎
2006年度 柳家喬太郎
2007年度 三遊亭遊雀
2008年度 (該当ナシ) 
2009年度 柳家三三
2010年度 桃月庵白酒
2011年度 春風亭一之輔
2012年度 春風亭一之輔
2013年度 桂吉弥  

ポスト喬太郎に次いで来るのは「三兼一白」時代だろうと予測していたのだが、うち兼好を除く3人が大賞を受賞している。今年の吉弥も予想できた。では来年以降となると、ウ~ン名前が浮かばない。まさか萬橘? 

馬治「親子酒」        
「古金亭」で何度か聴いているが、毎度、馬生一門らしい落ち着いた高座を見せてくれる。若手の多くがオリジナルに手を入れ改作したり、派手なクスグリや身振りをいれるのが流行っている当今、こういう古典的な高座姿が却って新鮮に見えてくる。香盤からいえば次の次あたりで真打昇進が予想されるが、その力はある。

龍馬「四段目」        
マクラで新宿末広亭は13時頃には立ち見が出る満席だったと言っていたが、昼は仲入りが文楽、トリが伯楽だよね。意外といっては叱られるかも知れないが、あちらは入りが良いねぇ。末広亭といえば5月中席では「5代目小さん13回忌追善興行」という特別番組をくむ様だが、営業努力をしている。本来なら鈴本演芸場の方でやらなくてはいけない企画だと思うけど。
龍馬の高座だが、定吉が可愛らしい。主に問い詰められて芝居に行ったことがバレル所がよく出来ていた。歌舞伎の形についてはもう少し研究する必要がありそうだ。

のだゆき「音楽パフォーマンス」       
2回目だと思うが、ピアニカ演奏というのは寄席芸としてはどうかなと思ったけど、色物としてちゃんと嵌っていた。2本のリコーダーを同時に吹いての演奏はお見事。

たま「つぼ算」
アタシがブログを始めた9年前に東京在住のブロガーで落語の記事を書いていた人が上方の”たま”に注目していた。だから名前だけは以前から知っていたが、高座を観たのは最近で、この日が4度目ぐらいか。
マクラの「ショート落語」でお客を掴み、その勢いで惹きつけていくというスタイル。会話の上下だの人物描写だのというのは気にせず、ひたすら我が道を行くといった恰好。
買い物を頼んだ男のアホぶりを際立たせ、一荷の壺を二荷にすり替える所でもこの男が悩むというが独自の演出か。
とにかく客席はこの人のエネルギーに圧倒され、大受けだった。

さん喬「短命」  
花形のゲストというのは若手が多いのだが、この日は珍しく大看板。
例によって誌的なマクラから本題へ、季節感あふれる「短命」で、この人らしい上品な仕上がり。

萬橘「抜け雀」
私がトリなんて、本人も不安だけどお客さんも不安でしょうねと。しかもネタは「抜け雀」、さん喬が楽屋に残っていたら、さぞかしプレッシャーだろう。
宿の主人が絵師を泊める時、「いっか何十日いらっしゃっても、お勘定は発つ時で結構です」という大事なセリフを忘れたり、侍と町人の言葉遣いがゴッチャになったりとキズは多々あった。
そういう点をマイナスしても、なおこの人の高座には独特の魅力がある。本人自身が持っている面白さ、キャラ、天性の明るさ、そういったモノが欠点を踏み越えている。
絵師が宿の主にお上さんの態度が悪いので注意しろと命じると、主が文句があるなら直接女房にと言うと、絵師は「恐いから」と尻込みをする。こういう時のセリフの間が何とも可笑しい。
大袈裟になるが、志ん生が持っていた可笑しさにも似ているように思う。
終わってみれば堂々としたトリの高座だった。                    

たまや萬橘を聴くと、落語というのは「この先どこまで行くのやら」と。

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2014/04/26

#14文七笑唄会(2014/4/25)

第14回「文七笑唄会」
日時:2014年4月25日(金)19時
会場:茶や あさくさ文七
<  番組  >
春風亭朝也「短命」
橘ノ圓満「百川」
~仲入り~
柳家ろべえ「ぞめき」
林家たけ平「徂徠豆腐」

ここんとこ地域寄席といわれる会にポツポツと出向いているが今回は「文七笑唄会」へ。会場となる「茶や あさくさ文七」は雷門柳小路にある喫茶店で、喫茶室の中に高座が設えてあるという珍しい店だ。喫茶といっても夜はアルコールも出す。入場料はドリンク込みなので一杯呑みながら落語が聴けるという仕組み。当方は赤ワインをチョイス。
出演者4人はいずれも二ツ目で、それぞれの経歴を入門順に協会HPより引用する。
【林家たけ平】
2001年 林家こぶ平(現正蔵)に入門
2002年 前座となる
2005年 二ツ目昇進
【橘ノ圓満】
2002年 三代目橘ノ圓に入門 前座「冨多葉」
2006年 二ツ目昇進 「圓満」と改名
【春風亭朝也】
2002年 春風亭一朝に入門
2002年 前座となる
2005年 二ツ目昇進
【柳家ろべえ】
2003年 柳家喜多八に入門
2003年 前座となる 前座名「小たま」
2006年 二ツ目昇進 「ろべえ」と改名
いずれも2001‐2003年入門の人たちで、ここ数年で真打に手が届く位置にある。
もっとも圓満は今年50歳、元は上野の老舗日本料理屋「行徳」の若旦那だったそうで、落語を「地」で行くような人だ。
4人ともそれぞれ独演会を開いたり「朝日いつかは名人会」に出演したりと活躍を続けている実力派揃い。
初参加なので比較のしようはないが、どうやらこの日は入りが良かったようだ。

朝也「短命」
先ず八五郎が隠居から「悔み」を教わる所から始まるフルバージョン。隠居がお店の婿が短命な理由についてヒントを出すのだが一向に気付かない八。それじゃその美人の若奥さんの亭主になった気分で、飯をよそって貰い手と手が触れる、その時にお前ならどうする? ここで漸く鈍い八も気が付くという筋立て。これは師匠仕込みなのか、朝也の工夫なのか。
喜多八の「短命」を聴きなれていると、二人のヤリトリがややアッサリに感じてしまった。

圓満「百川」
ただ一人の芸協ということからか、5月1日から始まる新真打披露興行のことをマクラに。知らない人はきっと、この人はとっくに真打になってると思うだろうね。
百川の主人、奉公人の百兵衛、河岸の若い衆の初五郎、医者の鴨池ら登場人物の演じ分けもキッチリ出来ていた。本人が三代続いた江戸っ子らしく、河岸の連中の歯切れが良い。ただ百兵衛が奉公人だと分かった後に通常は若い衆たちの「なんだ、違うじゃねか」「そういや俺もおかしいと思ってたよ」等の会話が交わされる部分がカットされていたのが、オヤッと思ったけど。

ろべえ「ぞめき」
マクラで小三冶や喜多八を呼び捨てにしていたのは大変結構。仲間内なんだから「師匠」なぞと敬称を付けるのが本来はおかしいのだ。
ネタは師匠譲りで、吉原通いが過ぎて二階に上げられたまんまの若旦那が、花魁との痴話喧嘩を妄想するというストーリー。志ん生が十八番にしていた「二階ぞめき」とは似ているが別の演目。
若いのに色街の男女の恋模様の雰囲気が出していて好演だったが、途中の都々逸は頂けない。もう少し稽古をしないとその後の「いい声だねぇ」という花魁のセリフがギャグみたいに聞こえてしまう。

たけ平「徂徠豆腐」
このネタは演者によって演出が異なるが、赤穂義士の討ち入りと絡めたストーリーにしているケースが多い。というのはこの物語でいえば、学者なら誰でもいいわけだが、敢えて荻生徂徠と特定しているのは忠臣蔵との関係と切り離せないからだろう。
たけ平の演出はその赤穂浪士との関係をスッパリ切り捨て、豆腐屋夫婦と貧乏学者との出世物語に特化させ、「情けは人の為ならず」という教訓臭の強い噺に仕立てていた。
そのためか、豆腐屋が徂徠にお握りを届けると申し出ると、徂徠が「乞食ではない」と断り、それを聞いた豆腐屋がますます心意気を感じるといった様な筋に変えていた。
随所にこの人らしいクスグリを入れ、本来の明るい芸風を活かして楽しませてくれた。
欲をいえば、時間が少々長めだったか。

店もお客の雰囲気も良く、機会があれば又来たい。

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2014/04/25

なぜ研究者は「画像切り貼り」するのか

新たな万能細胞「STAP細胞」の論文に不正があったとされる問題で、理化学研究所の調査委員長を務めた石井俊輔・理研上席研究員が4月25日、自身の論文に不正の疑義が出たことを理由に委員長を辞任した。調査委は、現在STAP細胞論文の不正問題で著者の小保方晴子・理研研究ユニットリーダーから出された不服申し立てについて審査中であり、再調査の判断にも影響が出そうだ。なお後任の委員長は、調査委員の一人の渡部惇弁護士と決った。
辞任の原因となったのは、石井氏が2004年と2008年に責任著者として発表したがんに関する論文について、画像の切り張りや使い回しが指摘されたものだ。石井氏は、いずれも実験データがそろっていることから「不正はない」としている。
理研は石井氏の論文不正疑惑の指摘について予備調査を始めた。不正の疑いがあると判断すれば、STAP細胞論文と同様に調査委を発足させるようだ。

負の連鎖、どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ。

科学技術論文で画像の切り貼りというのはかなり広範囲に行われていると考えた方が良い。これが全て「不正」だとするなら、不正論文の数は際限なく拡がるだろう。
なぜ論文の「画像切り貼り」が行われるのだろうか。
科学論文というのは何かを証明するわけだが、典型的な例としてAとBの二つの結果の違いを証明するとしよう。Aは従来の試験結果、Bは新たな試験結果だ。
この違いがデータやグラフだけで証明できれば良いのだが、研究内容によっては画像や映像でしか証明できないものもある。
研究者自身は実際の測定装置で違いが明確に分かるのだが、これを写真に撮影し一定のサイズの画像として論文に添付する時、読む方からするとその違いが分かり難いということが、ママある。そうなると証明の訴求力が薄れてしまうわけだ。
そこで違いが明確に分かるような画像の切り貼りや、別の実験から得た画像に差し替えて、論文に貼りつけるという様な操作が行われる事がある。これによって研究者が実験室で確認したような違いを、論文上で再現させることになる。
心当たりのある研究者も少なくないだろう。
厳密にいえば不正だ捏造だということになるのだが、研究者側から言わせれば不正ではないということになる。
無いものを有ると言ったり白を黒といえば明らかなウソだし捏造だと言い切れるのだが、この辺りはいわばグレーゾーンで悩ましい所だ。

実はこの説明を我が家で女房と娘にしたら、それはインチキでしょうと総スカンを食らってしまった。反論の余地なし。
世の中に正義感ほど強いものはない。

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2014/04/22

落語協会新会長について

4月17日付共同通信が次の様に報じた。
【落語協会の柳家小三治会長(74)が6月の任期満了で退任することが17日分かった。関係者によると、同日の理事会で了承され、新会長には柳亭市馬副会長(52)が内定した。6月の総会で正式決定する。】
小三冶会長は2期4年務めたが今年で退任し、新会長として市馬が就任することが内定したらしい。このニュースは共同通信のスクープ(というほど大げさじゃないか)のようで、他の各紙も共同の記事を引用している。
今のところ協会のHPなどでは一切触れれていないので確定情報かどうかは不明だが、一応、事実であるのを前提としていくつか私見を述べてみたい。

4年前に小三冶が会長に就任した際に、少なからぬ落語ファンが「改革」を期待した。しかし私の知る範囲でいえば、小三冶が協会の「何をどう改革しようとしたか」についてメッセージを出したという記憶がない。
では実績ではどうかだが、改革には内部的なものと対外的なものがある。そのうち内部改革については私たちからは窺い知れぬことなのでコメントのしようがない。
対外的、つまり我々一般観客に影響する改革では、2012年の春・秋の新真打抜擢があった。真打の抜擢については過去に何度もあり珍しい事ではないのだが、2回続けてということでこれは真打昇進制度を変えたのかという声が上がった。しかし2013、2014年には元の年功序列に戻してしまったので、従来通りの「年功序列+時々抜擢」という慣例に倣っていくのかと推察される。
それ以外に私たち客から見て何か改革されたかというと、どうも思いつかない。
むしろ落語芸術協会の方が危機感からか、ここ数年変わりつつように思えるのだが。

この点については小三冶の任期が4年で短か過ぎたという事もあろうが、それ以上に落語協会という団体の特質やそれによる制約条件についても考慮せねばなるまい。
職能団体の落語協会は個人加盟のようだが、弟子が師匠から破門されると他の師匠の所へ移籍しない限り、協会員としての資格も失ってしまうようだ。つまり師匠方による連合体組織というのが実態なのだろう。この点は相撲協会に似ている。
それが端的に分かるのは協会理事の顔ぶれだ。当期役員のうち、理事以上のメンバーは次の通り。
会長:柳家小三治
副会長:柳亭市馬
常任理事:柳家さん喬・林家正蔵・三遊亭吉窓
理事:桂文楽・柳家小さん・三遊亭圓丈・古今亭志ん輔・入船亭扇遊・三遊亭歌る多・五明楼玉の輔・鏡味仙三郎
つまり、柳家(柳亭)・林家(春風亭)・三遊亭・古今亭(金原亭)・桂の各流派の代表者が会長、副会長、常任理事、理事の座についている(理事の中の入船亭は柳家、五明楼は春風亭一門)。
現状では5代目小さん門下の噺家が数の上でも質の上でも(人気面を含む)他の流派に勝っているところから、会長・副会長ポストを押さえているのだと思う。
こうした組織の性格上、よほどの長期政権にでもならなければ会長の一存だけで決めることは難しい。
例えば真打昇進を例にとると、香盤で二ツ目の上位にいる人が何年経っても真打になれなければ、師匠が黙っておるまい。プロだから生活がかかっている。本人たちだって不満がたまってくる。落語家はたかだか数百人という狭い世界だ。軋轢を生むよりはお互いナアナアで行こうと、こういう結論になって行くわけだ。
もう一つの制約条件として、寄席の席亭の意向というのがある。寄席は興行だから席亭の意見は無視できない。過去には席亭の推薦で真打に抜擢された噺家もいるくらいだ。
こうした利害関係を総合的に調整していくと、会長が自分の意志だけで決められる事というのは思ったより狭いのだろう。

新会長と報じられている柳亭市馬だが、噺家らのマクラなどで聴く限りでは上からも下からの信頼が厚く、とても評判が良いようだ。
ただ歴代の会長である文楽、志ん生、圓生、小さん、小三冶らと比べると、芸の高さが協会最高峰というには程遠い。これからは落語協会の会長として、芸の高さの点でもイニシアティヴが取れる事が肝要だ。
年齢も若いのでやはり先輩に対して気を遣う面もあるだろう。
どちらかといえば調整型のリーダーになるような気がする。
新会長がリーダーシップを発揮して改革が進むよう期待する声があるようだが、では観客として落語協会に対し具体的に何を望んでいるのだろうか。そこが明確でない。
落語ファンが強く求めなければ協会側は動くまい。

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2014/04/20

#31「三田落語会」(2014/4/19夜)

第23回三田落語会・夜席「権太楼・圓太郎・三之助」
日時:2014年4月19日(土)18時
会場:仏教伝道会館8F
<  番組  >
前座・柳家さん坊『牛ほめ』
柳家三之助『夢の酒』
橘家圓太郎『黄金餅』
~仲入り~
橘家圓太郎『棒鱈』
柳家権太楼『子別れ(下)』

前座のさん坊『牛ほめ』、何ど目になるのか忘れたが、この日が一番の出来。よけいなマクラを振らずネタに入ったせいかリズムが良かった。筋は悪くないので真っ直ぐに育って欲しい。

三之助『夢の酒』
この人の佇まいはいかにも落語家らしい落語家だ。華やかさがあり声が明るいので鬼に金棒。
マクラの手話の話題が面白かった。「コラ!とコーラ」「シャワーとサワー」が手話では同じ動作になるという、洒落てますね。「コラ」が元々は九州の方言で明治の時代に巡査が多用して全国にひろまったらしい。当時の巡査は九州出身が多かったからだという。落語ってためになるねぇ。
ネタはご存知8代目文楽の作品。三之助の高座は文楽の演出をそのまま踏襲していた。人物の演じ分けも出来ていて、舞台が大店の奥らしい品も保たれいい仕上がりだった。

圓太郎『黄金餅』
落語の登場人物の多くは庶民だが、「らくだ」やこのネタは当時の社会の最下層の人々を描いている。荼毘にふした遺骨から金を拾い集めるという噺を嫌う人もいるが、人間の欲望をむき出しにした落語には珍しい筋立てでアタシは好きだ。
圓太郎の高座は、願人坊主・西念の金への執着と、底辺から何とか這い上がろうとする金山寺味噌売りの金兵衛のエネルギーが横溢した演出でよく出来ていた。遺骨から小粒を拾う姿は鬼気迫るものがあった。
惜しむらくは聴かせ所の「道行きの言い立て」が途中でつかえてしまった事。このキズさえなければ・・・、という高座だっただけに残念。

圓太郎『棒鱈』
薩長の田舎侍が将軍のお膝元である江戸に乗り込んできて大きな顔をするようになった幕末から明治、江戸っ子はさぞかし面白くなかっただろう。これを唐紙一枚挟んだ両者を対比させるという手法なので、双方の切り替えがキモ。あと数分でサゲという所で途中で切ってしまったのは時間の関係からか、解せない。

権太楼『子別れ(下)、又ハ子は鎹』
三田落語会は二人会形式だが、権太楼に関しては健康上の理由によるのか、今回のように一席だけということがある。
アタシはこの噺があまり好きじゃない。それなのに若手からベテランまで頻繁に高座に掛ける。人情噺(正確には違うが)の代表作のように演じられているのは『芝浜』と双璧。あっちもそれ程の作品じゃないと思うのだが。
結論からいうと、権太楼の高座は感心しなかった。理由は大きく二つある。
一つは、熊と女房、息子の亀の親子三人が再会を果たす場面にお店の番頭を同席させ、番頭が二人を元の鞘に納める仲立ちをするという演出だ。ここは親子三人水入らずが本筋。だから「子は鎹」という諺が利いてくるのだ。
二つ目は、登場人物が泣き過ぎだ。演者があまりお涙頂戴に走ると聴いてる方が白けてしまう。母親に叱られた亀が「おとっつぁんに会いたいんだい」と泣きじゃくるのも不自然。亀はたったいま父親に会って来て翌日には鰻屋で会う約束をしているのだ。
これだったら三之助に二席演って貰った方が良かったのではなかろうか。
そう思える高座だった。

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2014/04/18

#26「はなし亭」(2014/4/17)

第26回はなし亭「菊之丞・文菊・こみち勉強会」
日時:2014年4月17日18時30分
会場:湯島天神参集殿2F
<  番組  >
柳亭こみち『悋気の独楽』
古今亭文菊『三方一両損』
~仲入り~
古今亭菊之丞『へっつい幽霊』

寄席や落語会などに結構行ってるつもりなのだが、気が付くと、あの人の姿を暫く観てないねと気付くことがある。菊之丞がそうだ。たまたま巡り合せなんでしょうね。そう思っていた所に他の会で渡されたビラを見て行ってみようと思い立った。
お初だったが、この会はタイトルにあるように「菊之丞・文菊・こみち勉強会」、3人のネタおろしの会のようだ。開催が3カ月に1回の割合いとすれば既に9年近く続いていることになる。
後援会とか同好会といった組織はなく、出演者たちが会場の設営から運営までしているらしい。
お客のほとんどが常連とお見受けした。周囲で終演後にどの店に行こうかなどという相談が行われているのはいかにも地域寄席らしい。
座敷の奥に高座が置かれ、客は昔の寄席のように座布団にすわる。数十人規模の狭い会場だが、膝送りが出る盛況。
文菊がこの会が近づくと胃が痛むと言ってたが、ネタおろし、つまり師匠や先輩から教わったネタを初めて観客の前で演じるというのは相当なプレッシャーなのだろう。特に真打クラスともなれば教えられた通りだけとは行かず、そこへ自分なりの工夫を加えてみるといった試行も必要だ。先ずは常連客を相手にして反応を確かめながら仕上げてゆく、そうした場として貴重な会なんでしょうね。

こみち『悋気の独楽』
数少ないママさん落語家だ。お相手も芸人だし苦労も多いだろう。努力してるしやがてそれが実ってくるだろう。アタシは女流落語家では「桂あやめ」しか実力を認めてないが、次に来そうなのはこの人になるかも知れない。
マクラで本人は嫉妬心がないと言ってたが、男女を問わず嫉妬心が強い人と弱い人がいる。なかには病的とも思える程のヤキモチを焼く人もいて、ああいうパートナーだと参るでしょうね。
こみちはセリフの切れの良さを利かして上手くまとめていたが、定吉がお上さんの肩たたきをする場面でお妾さんから貰った小遣いを落として見つかるという設定にしていた。しかし肩たたきで袂から独楽が落ちる、あるいは袂の揺れでお上さんが独楽の存在に気付くという方が自然ではなかろうか。手元のCDでもそうした演者が多い。
この噺の定吉の造形は8代目春風亭柳枝が優れていて(タイトルは『喜撰小僧』)、これを超える高座には出会えない。

文菊『三方一両損』
空調や外部からの騒音、高座のきしむ音などを気にしていて少しナーバスになっている印象を受けた。
文菊らしくしっかとした語りとセリフの歯切れの良さで楽しませてくれたが、このネタの聴かせ所である金太郎の啖呵にミスがあったのが残念。啖呵それ自身も熊五郎を含めてもっと颯爽と切って欲しいところだ。「よその憚りでクソを垂れる」というセリフは下品で感心しない。
それとこの噺は落し物を届けに行って喧嘩になるまでの経緯が何度も繰り返して語られるので冗長になりがちだ。その辺りの工夫も必要かと思う。因みにこのネタを十八番にしていた8代目可楽の口演時間は14分弱だ。

菊之丞『へっつい幽霊』
昨年、文科省新人賞を受賞して今年は首相の「桜を観る会」に招待されたとある。落語家の参加は圓歌と昨年の芸術祭大賞受賞の小柳枝、ここまではいい。三平が夫人と姉の泰葉と共に来ていたそうだ。ここで客席から笑い。してみると「根岸枠」というのがあるんでしょうね。一応、政府主催なので各界の名士を招いているのだが、その他に総理の個人的付き合いでの招待というのもあるのだろう。
菊之丞の演出は主人公の熊五郎が本職の博徒ではないという設定と、竃を買いに来る客の一人が上方の人間ということで、3代目三木助の高座を踏襲していると思われる。熊五郎や道具屋、若旦那の演じ分けもしっかりとしていて、特にトボケタ幽霊の造形が秀逸。
あまり「儲かる」ネタではないのだが、客席を終始笑いに包んだのは、さすがと言うしかない。

次回も足を運びたくなる楽しい会だった。

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2014/04/17

「マニラ瑞穂記」(2014/4/16)

『マニラ瑞穂記』
日時:2014年4月16日
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:秋元松代
演出:栗山民也
<  キャスト  >
千葉哲也:秋岡伝次郎(女衒)
山西惇:高崎碌郎(マニラ領事)
稲川実代子:シズ(領事館の雑役)
古河耕史:古賀中尉(領事館付武官)
宇井晴雄:淡路書記官
大里秀一郎:ボーイ伊藤
髙島レイ:娼婦タキ
藤井咲有里:〃イチ
木原梨里子:〃サク
斉藤まりえ:〃ハマ
仙崎貴子:〃クニ
日沼さくら:〃モン
今泉薫:志士、岸本繁
長本批呂士:〃梶川弥一
今井聡:〃平戸建三
原一登:〃長七
梶原航:〃斉藤多賀次郎
形桐レイメイ:〃清平
前田一世:米軍ウィルソン大尉
林田航平:米兵ジミー

この物語は1898‐1899年のフィリピンの首都マニラが舞台。日本が日清戦争に勝って南方への進出を図っていた時期だ。当時フィリピンはスペインの植民地下にあり独立運動が起きていた。これをアメリカが後押しし、そこに日本が加わっていた。もちろん独立支援は表向きで、遅れた帝国主義国だった日米が自分たちの植民地の獲得のためだった。
日本人青年の中には純粋にフィリピン独立の夢を描いて義勇軍に参加した志士がいたが、南方で一旗上げたいという野心家もいた。何か口実をつけて本国から軍隊を出すよう画策する軍人も。
そうした中で彼らを相手に売春でひと儲けしようという女衒と、彼らに売られてきた「からゆきさん」と呼ばれる娼婦たちの存在。劇中で女衒の秋岡が「あん女どもと俺たちは、日本の南方発展の人柱なんじゃ」というセリフを吐くが、そういう側面もあったのだろう。

1898年(明治31年)マニラの日本領事館には、フィリピンの独立運動を支援する日本人の志士たちや「からゆきさん」たちが、内乱で混乱する市井から避難していた。
そんな中、日本領事・高崎碌郎のもとに、女衒の秋岡伝次郎が女たちを引き連れてあらわれる。秋岡はかつてシンガポールで怪しい商売をして財をなしたが、高崎の説得で改心し日本へ帰国した筈だったのだが、今度はマニラに出てきたのだ。
秋岡は賤しい生業をしていても熱烈な天皇崇拝者であり、愛国精神にのっとって行動する奇妙な男でもあった。秋岡は志士たちの心情に共感し彼らを援助するようになる。
秋岡を毛嫌いする軍属の古賀中尉、それに対して職業そのものには反感を抱きつつも秋岡という人物を認め何かと便宜を図る高崎領事。
そうした中を逞しく生きる女たち。
折しも首都マニラが陥落しスペインが降伏、フィリッピンの独立が宣言されるが、実際はアメリカがその後ろ盾になっていた。それまでは米軍と共に戦った志士たちも一転して反乱軍と見做されてしまう。命を落とす者、諦めて帰国する者も出始める。
やがて米軍の追及の手は領事館にも及び、反乱軍を支援したという罪で秋岡を逮捕しようとする。必死でとめる高崎領事。
その期に乗じて秋岡を殺害し領事館に放火し、それを口実に本国から軍隊の派遣を要請しようと謀る古賀中尉。
果たして彼らの運命や、そして女たちの行く末やいかに。

秋元松代の脚本は時代の背景を簡潔にまとめ、個々の人物、とりわけ主人公の秋岡が楽天的で残酷で人が好くて狡猾で、非論理的で行動的なエネルギーに満ちた人物(モデルは「村岡伊平次」という実在の人)として生き生きと描かれている。
もう一人の主人公である高崎領事も、様々な人間が領事官に避難してきた中で彼らを上下隔てなく公平に扱い問題処理する人間味のある官吏として描いている。
劇中ではあまり活躍はしないのだが、シズというい女性。元は「からゆきさん」としてこの地に売られてきたsのだが、娼婦として使い物にならなくなったら農村に売られ牛馬のごとく扱われて廃人同様になっている。日本語も全て忘れてしまったが、ただ日の丸を見ると君が代を歌うことで日本人だと認識される。シズの存在は劇中に登場してくる女性たちの将来を暗示させている。

作者の秋元が当時、作品の元になる資料を調べて「そして当時の情勢と今日のそれとが、まったく近似していることにも驚かされた」と感想を述べていたそうだが、あれから50年、今も同じ感想を抱いたに違いない。

劇場の中央に舞台を置き、周囲に客席を配した栗山の演出は効果的だった。観客の我々もその一員であるかのような気持ちで観劇できた。
出演者では、やはり千葉哲也と山西惇の演技が光る。本来は正反対の立場にありながら「肝胆相照らす仲」のような一種の友情関係がこの芝居の芯だ。軍人役の古河耕史は冷酷さを出していた。
何より娼婦を演じた女性たちが揃って好演だった。本作品の本当の主人公は、「からゆきさん」たちだ。終幕で観客が気付く仕掛けになっている。

芝居の質の割には客の入りがあまり良くなかったのは残念。
公演は4月30日まで。

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2014/04/14

#64「扇辰・喬太郎の会」(2014/4/13)

第64回「扇辰・喬太郎の会」
日時:2014年4月13日18時30分
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・入船亭ゆう京『弥次郎』
柳家喬太郎『猫久』
入船亭扇辰『お初徳兵衛』*
~仲入り~
入船亭扇辰『百川』
柳家喬太郎『船徳』*
(*印はネタ下ろし)

この会はチケットが取りづらい。つまり人気が高いということだが、その秘密は扇辰と喬太郎それぞれが必ずネタ下ろしを一席演じるところにある。何にせよ「お初」というのは良いもんだ。毎回、二人がどんな仕上がりを見せるのか楽しみなのだ。
特に今回は縁のあるネタを並べた、初代志ん生作の人情噺『お初徳兵衛浮名桟橋』発端を、明治の初代三遊亭円遊が滑稽噺に仕立てたのが『船徳』だ。そのオリジナルの「馴れ初め」の場を5代目志ん生が『お初徳兵衛』というタイトルで演じた。
『船徳』は毎度お馴染みだが、『お初徳兵衛』の方は志ん生から10代目馬生、さらには弟子の雲助へを伝えられているが、寄席の高座にはめったに掛からない。
さて、「初物」の2席はいかに。

扇辰『お初徳兵衛』
ストーリーは。
徳兵衛の遊びが過ぎて勘当になり「大松屋」という船宿の二階に居候うする。実家が夫婦養子を取り、もはや帰る所が無くなった徳は船頭になることを決意し親方に伝える。初めは渋った親方だが徳の決意が固いことを知り、子分の船頭たちに指導を頼む。
竿は三年魯は三月、徳は初めは猪牙舟から、次第に屋形船といった大型舟まで操れるようになる。腕が良い上に元は遊び人だったから口の達者で今ではほうぼうから指名がかかる人気船頭になっている。
そんなある日、四万六千日の参詣にと二人の大店の旦那が芸書・お初を連れて船宿を訪れ、大桟橋までやってくれと徳に頼む。ところが途中で二人の旦那の気が変り、吉原で昼遊びしようと相談がまとまる。当時は外の芸者を吉原に連れこむことはご法度だ。仕方なくお初一人だけ柳橋まで送るよう徳に依頼する。途中に大雨にあい、止むを得ず松の木の下に船を舫い雨が上がるのを待つのだが、やがて雷雨となってくる。船の舳先にいた徳に、それでは濡れてしまうからと部屋に入るよう勧めるお初。実は二人、幼い頃に同じ長屋に住んでいて、その頃からお初は徳兵衛に憧れていた。お初が芸者になったのも徳に会いたかったからだと打ち明けられると、徳も以前からお初の美しさに惹かれていたと告白する。
こうなりゃ猫の前に鰹節をぶら下げたようなもん(これはアタシの注釈)、二人はその場で結ばれる。
なお原作では、この後いろいろな邪魔が入るが、最終的には二人は目出度く夫婦になるのだそうだ。

いかにも扇辰らしい丁寧な描写で、徳兵衛が単なる船頭ではなくかつて遊び人だった面影も残していた。船の中でのお初の一途な思いも伝わり、ネタおろしとは思えない程の仕上がりを見せた。
ただ、船で二人が語り合う場面が少しくどく感じた。もうちょっと刈り込んだ方が良いと思ったけど。
全体としては、もう扇辰の持ちネタとして立派に通用する出来だった。

喬太郎『船徳』
全体の筋立てはほぼ8代目文楽の高座に沿ったものだった。大きな違いは徳さんの性格づけで、文楽が描く徳はいかにも遊び人くずれだったが、喬太郎は今風。ニートがやることがなくて船頭になったような印象だ。この辺りは喬太郎としては独自性を出したかったんだろう。この人らしいクスグリも散りばめて爆笑タイプの噺に仕立てていた。前席の扇辰の高座が人情噺だったので、より対比を強める意図があったのかも知れない。客席の受けも良かったのだが、アタシとしては注文がある。
一つは、船宿の女将の造形だ。この女将は待合いや料理屋と異なり、荒くれの船頭をアゴで使うので「伝法」な所がなくちゃいけない。文楽の録音を聴けばよく分かると思う。
もう一つは舟の漕ぎ方だ。船宿から出るまでは竿を使い、大川に出た所で舟をいったん回して魯に替えるのが本寸法。この手の噺の場合は、こうした場面を丁寧に描くことが肝心だと思う。漕ぎ方ももっと綺麗に見せて欲しい。
そのほか細かなことでは、徳が舟を出す前に鉢巻きをするシーンも欠かせないように思う。
細部が仕上がれば、喬太郎の持ちネタとして十分に通用していくだろう。

その他のネタに関してはお馴染みなので省略。

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2014/04/13

「よってたかって、八通り」(2014/4/12)

「よってたかって、八通り~お題は入学or卒業~」
日時:2014年4月12日(土)17時30分
会場:よみうりホール
<  番組  >
三遊亭兼好『元犬』
春風亭百栄『弟子の強飯』
桃月庵白酒『喧嘩長屋』
三遊亭白鳥『ラーメン千本桜』
~仲入り~
春風亭一之輔『らくだの子ほめ』
瀧川鯉昇『茶の湯』
柳亭市馬『あくび指南』
柳家三三『明烏』

チケットぴあは親切で、開催1週間前までにチケットを受け取らないとメールで知らせてくれる。この会も1週間前にメールで連絡があったが、申し込んでいたことをすっかり忘れていた。「あれ、こんな会に行くんだったっけ?」とかダブルブッキングだとか、年のせいかチョイチョイ起きる。いずれ、「昼飯食ったっけ?」となるんだろうな。
春ですねぇ、先日は上の孫の高校進学祝いをしたばかりだ。こちとらにゃ入学だ卒業だなんてことは半世紀も前になってしまったが。
この会、長い名前だが、要は人気者ばかり8人並べて賑々しく笑って貰おうという企画。出演者が入門当時の思い出をマクラにしていたのが共通点か。

開演するといきなり兼好が上がってきて客席がざわつく。下手な前座で苦痛を味わうよりはこういう方が良い。前座噺の『元犬』も兼好クラスが演じると俄然面白味を増す。シロが隠居の家に上がってから通常は口入れ屋は帰ってしまうのだが、兼好の演出はそのまま留まり隠居とシロとの意志疎通を助けるという具合にして、サゲも変えていた。
兼好が演じるシロがとても可愛らしかった。

百栄『弟子の強飯』、師匠の栄枝に入門するまでのエピソードをマクラに。当初は立川流を目指したがダメで、円菊や川柳らにも断られ栄枝が取ってくれたそうだ。ただ、それ以前に師匠の高座を聴いたことが無かったと言っていたが、私も今までに1,2回かな。あまり寄席に出ないもんね。
落語家が優秀な高校生を弟子にスカウトするというストーリーだが、専らその生徒が演じる圓生の真似だけで笑わせるネタだ。圓生の物真似をしているとこの人は噛まないねぇ。いつもやってたら。

白酒『喧嘩長屋』、近ごろはこればかり。でも面白い。会場がこの日もっとも沸いた一席。

白鳥『ラーメン千本桜』、満開の桜の上野の森で、九州の豚骨ラーメンと東京の醤油ラーメンとが日本一を争うという人情噺の新作。いろいろ工夫はしてるんだろうが、ストーリーの骨格がひと昔前の松竹新喜劇みたいで古臭く感じてしまう。

一之輔『らくだの子ほめ』、そう来たか。お馴染みの「子ほめ」に登場する男を「らくだ」に仕立てた噺。みな「らくだ」に褒められるものだから震え上がって金を出してしまう。最後は魚屋に行って赤ん坊を褒め、土産にフグを貰って帰りそれにあたって死んでしまうという、「らくだ」の発端。
一之輔はどこまで行くんだろう。そして、その先に目指すものは果たして・・・。

鯉昇『茶の湯(序)』、お茶は熱湯を使うとかえって風味を落とす。落語も熱演過ぎると・・・、とマクラを振ってお馴染みのネタ。時間の関係からか前半で切っていた。

市馬『あくび指南』、並の真打レベルですね。

三三『明烏』、ここまで一人が15分か20分位だったが、トリだけは長めだった。入門以来、師匠・小三冶に一度も稽古をつけて貰ったことがないとマクラで。
本題は先ずスピーディなのが良い。源兵衛と太助ワル二人の性格と役割の違いをはっきりさせた演出。ウブな時次郎が一晩ですっかりフヤケテしまう変化もよく描かれていた。翌朝の太助は黒門町譲りの甘納豆だった。
トリに相応しい風格の高座、結構でした。

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「STAP細胞」の特許について理研側の説明を求める

昨日の記事に書いたように、「STAP細胞」の特許出願は理化学研究所(理研)と東京女子医科大、米国ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の3法人による共同出願となっており、既に公開されている。
特許権を得た場合は出願人だけが、あるいは出願人が許諾した者だけがこの発明を実施できるという排他的な権利だ。
そこで、
1,「STAP細胞」の特許出願にいたった経緯
2,なぜ理研の単独出願にしなかったのか
3,特許出願の共同者をなぜ東京女子医科大と米国ブリガム・アンド・ウィメンズ病院にしたか
4,発明者(研究開発者)から出願人への権利の継承はどのように行われたか
5,特許権を得た場合の出願人相互の権利関係はどのようになっているのか
について、理研側は明確に説明する必要がある。
理研の予算の大半は国から、つまり私たちの税金から支出されている。従って、国民に対する説明義務があると考える。

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2014/04/12

STOP!「STAP」騒動

私には世間がなぜこんなに「STAP細胞」問題で大騒ぎしているのか、その理由が分からない。4月9日、STAP細胞論文に「不正があった」という理化学研究所の判断を受け、研究ユニットリーダーの小保方晴子氏が反論のための記者会見を開いたが一向に沈静化する気配がない。ネットニュースのランキングでも常にこの問題が上位を占めているし、先日の会見ではTV中継まであったそうだ。
日本人全体が科学技術の進歩に著しく関心を持ったとあらば、それは大いに結構なことだが、報道やネットの記事を見る限りではどうもそうは見えない。専ら小保方氏への言論による集団リンチともいうべき個人攻撃やスキャンダルに関心が集まっているかのようだ。

バイオには門外漢なので的が外れているかも知れないが、今の段階で言えることは、まだ「STAP細胞」は技術的に未完成であり、発表された論文に不備があったということだけではなかろうか。それ以外になにかあるのだろうか。
この件について先ず考えねばならないのは、既に理研と東京女子医科大、米ハーバード大の関連病院であるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の3施設が合同で、2013年4月24日に国際特許を米当局に出願していることだ。
出願日
24.04.2013
出願人
THE BRIGHAM AND WOMEN'S HOSPITAL, INC. [US/US]
RIKEN [JP/JP]
TOKYO WOMEN'S MEDICAL UNIVERSITY [JP/JP]
発明者
VACANTI, Charles A.; (US).
VACANTI, Martin P.; (US).
KOJIMA, Koji; (US).
OBOKATA, Haruko; (JP).
WAKAYAMA, Teruhiko; (JP).
SASAI, Yoshiki; (JP).
YAMATO, Masayuki; (JP)
特許請求範囲(クレーム)は全部で74項に及ぶが、第1項(メインクレーム)は「ストレスを与えることで、多能性細胞を作製する方法」とされていて、いわゆる方法(製法)特許と思われる。
特許は、有用な発明をなした発明者またはその承継人に対し、その発明の公開の代償として、一定期間、その発明を独占的に使用しうる権利(特許権)を国が付与するものだ。
この特許の場合は、発明者と出願人が異なるところから、出願人が発明者から特許を受ける権利を継承したものと考えられる。
大事なことは、特許出願が後に特許権となった場合、特許発明を独占的に実施する権利は出願人に所在し発明者にはないという点だ。対外的には単に特許の発明者として名前が残るだけだ。
ただし発明者から出願者が特許権を継承するにあたり契約が結ばれているだろうから、発明者としてはこの特許が権利化することには最大限の協力をするものと推測される。

次に、特許を出願してから特許権を得るまでにどのような過程を通るかだが、日本の場合、以下の通りとなる。
特許出願-方式審査-審査請求-実体審査-特許査定-特許登録
ただこの流れは極めて順調にいった場合であって、大半の出願特許は先ず拒絶理由通知書が来て、そこから意見書又は補正書を提出しながら審査官との間で何度もヤリトリし、結果として査定されるか拒絶される。
従って特許権を得るにはかなりの年月がかかるのが一般的だ。

もう一つ重要なことは、出願した特許は原則として一定期間経てば(日本だと1年6か月)全て公開されてしまうということだ。もし審査で拒絶査定が確定し特許権を得られなければ、公開された技術は誰でもが自由に使用できてしまう。
だから特許を出す場合、そうしたリスクを常に頭に置かねばならない。もちろん、特許権を得る前に書く論文にしても同じだ。
では、どうするかだが、早くいえば「穴を空けておく」。
つまり特許や論文の通りに実施しても、書かれた通りの結果にはならないよう細心の注意を払うことになる。通常は「ノウハウ」と呼ぶ技術を秘匿しておく。
そうすれば万一特許が拒絶されても、他者が容易に真似ができなくなる。
第三者が追試しても予想した結果が得られないのは当然だといえる。

発明は早い者勝ちだから、技術が未完成の段階でも特許出願することはごく当たり前のことだ。
先日の会見で記者から発明者に「STAP細胞」の作り方の詳細を問い質していたが、既に発明者から出願人へ特許権が継承されている以上、小保方氏が答られる筈がない。
もしかすると「STAP細胞」の作り方の詳細そのものが、まだ確立されていないのかも知れないが。
論文についても同様で、出願人の意向に反するような内容は書けない。
もし「STAP細胞」の技術について特許権を得ることなど抜きにして、全て内容をオープンにするとしていたら、今とは全く違う展開になっていたに違いない。
だからもう小保方氏に対する個人攻撃はいい加減にやめにしようよ。

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2014/04/10

「五街道雲助一門会」(2014/4/9)

「五街道雲助一門会」
日時:2014年4月9日19時
会場:横浜にぎわい座芸能ホール
<  番組  >
前座・柳家さん坊『牛ほめ』
隅田川馬石『王子の狐』
五街道雲助『禁酒番屋』
~仲入り~
桃月庵白酒『義眼』
蜃気楼龍玉『大坂屋花鳥』

1階はほぼ満席だったようだ。
開演の冒頭に『御挨拶』とあり何ごとかと思ったら五街道雲助の「芸術選奨・文部科学大臣賞」受賞に対するにぎわい座からの祝辞だった。雲助は頂いた賞金は元はといえば皆さんの税金、つまり皆さんから頂いたということでこれから益々努力したいといった内容の挨拶があった。
雲助は本人の技量はもちろんのこと、3人の有能な弟子を育てたという指導者としての実績も残している。
その一門が顔を揃えたが、全員の亭号が異なるという珍しい一門でもある。
白酒によれば、白酒は師匠の滑稽噺に憧れ馬石と龍玉は師匠の人情噺に憧れて入門したので、弟子の芸風も違うとのこと。だから自分は人情噺は苦手だと以前に語っていた。

前座のさん坊、自分では気の利いたことを言ってるつもりかも知れないが、あのマクラだか前置きだかが会場の空気を冷やしていることに気付いた方がいい。

馬石『王子の狐』
このネタは八代目春風亭柳枝の十八番で、今もこの形を基本に演じられているが、いまだに柳枝を超える高座に出会ったことがない。あの志ん朝でさえこの噺は不向きだ。
男が狐を料理屋の2階へ連れこみ、おだて上げながら酒を勧める場面で柳枝のセリフがとてもリズミカルだ。飲めないと断る狐も思わずつられて盃を重ねてしまう、そこに説得力があるのだ(女性を口説く時の参考になるかも)。
馬石の高座では男が化かされまいというマジナイからしきりに眉に唾を付ける所作を加えているのと、卵焼きを土産に店を出るとそのまま真っ直ぐに自宅に戻ってしまうという演出。ここは親類の家に土産を持参し狐の祟りの恐さを脅かされ、男が反省するという運びの方が自然ではなかろうか。
全体に今ひとつ乗り切れないまま高座を終わってしまったような印象を受けた。

雲助『禁酒番屋』
一門会といえば師匠がトリを取るのが普通だが、この一門には当てはまらない。むしろ弟子を立てるという意味もあるんだろうか(白酒に言わせると、ただ早く帰りたいからだ)、師匠が早く上がることが多い。この日は仲入り。
酒飲みの上戸をマクラにネタへ。5代目小さんの形をそのまま踏襲した高座だった。
番所の侍と酒屋の奉公人との駆け引きの妙や、侍が次第に酔って行くさま、最後に小便を口にするシーンなど肝心な処はしっかり押えて客席を沸かせていた。

白酒『義眼』
この日は脇役に徹するという立場から、検診でMRI検査を受けたら「太り過ぎ」と診断され、そんなこと始めから分かってるといった医者ネタをマクラに軽い噺を。
ある男が誤って義眼を飲み込み医者へ行く。医師が肛門から内部を覗いたら向こうからも覗いていたというバレ噺。客席は大喜びだ。

龍玉『大坂屋花鳥』
ストーリーは。
江戸時代、梅津長門という無役の旗本がいた。長屋も金も持ち年が若く吉原に通ううちに、大坂屋の花鳥という遊女と相思相愛の仲になる。そうすると悪い連中とも付きあうようになりに自分の屋敷を賭場に貸したり、吉原通いが過ぎて金もなくなり長屋も手放し、暮れには借金で身動きが出来なくなる。伯父の所に無心に行くが、それなら腹を切れと叱られ逃げてくる。
足は吉原に向かってしまうが、前に商家の旦那風の男と幇間が歩いていた。二人の会話を盗み聞きするとその旦那の懐には200両あることが分かる。大音寺前が人通りもないのを幸いに梅津長門はその町人を一刀のもとに斬り殺して200両を奪い大坂屋花鳥の元へ向かう。
その現場を手先の三蔵がたまたま通りかかり、梅津の後ろ姿を見て犯人と目星をつける。尾行して梅津が大坂屋に入ったのを確かめ、親分・金蔵に知らせる。
金蔵は捕り方を集めて大坂屋を囲み、茶屋の主人を呼びだして、梅津が刀を持っていない事、借金は全て払った事などを聞き出し、大坂屋に入った。花鳥を呼び出して梅津に酒を沢山飲ませて酔わせるよう指示し、大引けを合図に子分が部屋に踏み込み御用にする手はずを説明する。
花鳥は承知したかに見せかけておいて、納戸の中の道中差しを持ち出し、油の入った器を持って部屋に戻り、金蔵から聞いた話を梅津に伝える。
やがて三蔵が部屋に踏み込むと梅津は居合いの形で切り捨ててしまう。花鳥は油を障子に撒いて行灯の火を移すと火は天井をなめ屋根裏を伝わって、火は吉原中に燃え広がる。この騒動の中で梅津は吉原を脱出し、その足で根岸まで脱兎のごとく逃げてきて、振り返ると吉原は炎上していた。「花鳥すまない」といって上野の闇に消えていく。
先日、国立演芸場の花形演芸会で銀賞受賞が決まったばかりということでトリとなったようだが、龍玉は語りがしっかりしており、所作の一つ一つが丁寧で動きも綺麗だ。
物語としてはなぜ花鳥が自分の命と引き換えにしてまで梅津を助けたのか、その辺りの理由が分からないなど不自然な所もあるのだが、龍玉の熱演に引き込まれ聴き入ってしまった。

硬軟とりまぜた一門会、次回は7月でトリは白酒とのこと。

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2014/04/09

#392日本演芸若手研精会(2014/4/8)

「第392回日本演芸若手研精会 卯月公演」
日時:2014年4月8日(火)18:30
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・柳亭市助『一目上り』
入船亭游一『親子酒』
春風亭正太郎『湯屋番』
柳亭こみち『崇徳院』
~仲入り~
入船亭小辰『長屋の花見』
三笑亭夢吉『蛙の子』

前座の時には顔を見たが二ツ目に上がってから暫くご無沙汰だなんてことはよくある。寄席の出番でも二ツ目の出番というのは日に2,3人だ。その割に人数が多いので出演回数が限られる。もっとも伸び盛りの時期に高座に上がれないのでは上達できまい。そこで二ツ目を中心とした落語会というのが必要になってくるのだが、興行的に継続していくのが難しいようだ。つまり採算が取れないということ。
この会が392回というのは実に驚異的であり、これも故稲葉さんという熱心な方が支えてきたからだ。
会場は常連さんやファンの人も多いらしく、「待ってました」の声が飛び交い熱気があった。
本日の出演者の経歴をそれぞれの協会のHPから引用し紹介する。
【入船亭游一】
1999年12月 入船亭扇遊に入門
2000年6月 前座となる 前座名「ゆう一」
2003年11月 二ツ目昇進 「遊一」と改名
【春風亭正太郎】
2006年4月 春風亭正朝に入門
2006年11月 前座となる 前座名「正太郎」
2009年11月 二ツ目昇進
【柳亭こみち】
2003年 柳亭燕路に入門 前座名「こみち」
2006年11月 二ツ目昇進
【入船亭小辰】
2008年2月 入船亭扇辰に入門
2008年9月 前座となる 前座名「辰じん」
2012年11月 二ツ目昇進 「小辰」と改名
【三笑亭夢吉】
2002年1月 三笑亭夢丸に入門 前座名「春夢」
2006年10月 二ツ目昇進 「夢吉」と改名

市助『一目上り』、前座とは思えないほどの落ち着いた高座。「間」の取り方は天性なんだろう。今後に注目。
游一『親子酒』、落語の仕種の一つに酔っ払いの真似がある。このネタでは親父と倅では酔い方が異なる。父親は盃を重ねるごとに次第に酔いが回るが、酔いを表に出さないよう抑えた酔い方になる。一方息子の方はヘベレケの状態で陽気に酔っぱらって戻ってくる。この違いを出さねばならない所が難しい。
游一が演じる酔っ払いのセリフが時々「素」に戻る所が気になった。
正太郎『湯屋番』、初出場とかで始めは遠慮がちだったが、ネタに入ると弾けていた。若旦那が番台に上がってからの一人キチガイぶりは全身を使っての熱演だった。通常は女湯は空なのだが、老婆が一人入って来るのは正太郎独自の演出だろうか。
こみち『崇徳院』
女流には珍しく江戸っ子の啖呵が歯切れが良い。ただこの人の声の質からみて浪曲に進んだ方が成功したんではないかと思うのだが。大きなお世話だけどね。
小辰『長屋の花見』、サゲまで含めて古典をきっちり踏まえながら、これだけ笑いが取れるというのは大したものだ。特に長屋の連中が花見に行ってからの情景描写が優れていた。このネタに関しては既に若手真打並みのレベルと言って良い。
夢吉『蛙の子』
初めて聴いたのだが、師匠の新作だそうだ。6歳の坊やが飲む打つ買うの真似事。これも道楽で身を持ち崩しかけていた父親に対する反面教師を狙った親孝行だったというストーリー。
坊やのコマッシャクレぶりが良く出来ていて、客席を沸かせていた。
この人の明るい高座は将来性を感じさせる。

国立演芸場の平成25年度「花形演芸大賞」の受賞者が下記のとおり発表された。
【大賞】
桂吉弥
【金賞】
春風亭一之輔
ポカスカジャン
U字工事
【銀賞】
三遊亭萬橘
三遊亭天どん
蜃気楼龍玉

大賞は予想通りだったが、上方落語からの大賞受賞は久々だ。
大阪にも有望な若手が次々現れているので、これからも東西で競い合って腕を磨いて欲しい。

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2014/04/08

渡辺の「妻」、橋下の「愛人」発言

Photo_3どうも人間というのはウソをつく時には顔がゆがむらしい。猪瀬前知事の時もそうだったが、昨日の「みんなの党」渡辺喜美代表も顔に「ウソ」と書かれていた。みんなの党の渡辺喜美代表による4月7日夕の唐突な代表辞任記者会見での表情だ。
使い切ったはずの借入金を突然返済し、「政治家として生きていくもろもろの費用」だったはずの使途も一部は党へ貸したとするなどの嘘八百。おまけに「手元にない」と説明していた5億円は、実は「妻の口座にあった」という。又もや「妻が、妻が」だ。これも猪瀬と同じ手口。
8億5千万円の金の使い道について以前の会見では「個人を応援してくださるという趣旨。選挙や政治資金ではない」と主張していたが、7日の会見では「選挙関係費用や、政策策定や党勢拡大に資する情報収集、意見交換のための費用」と説明を一転させた。
こんなチョボイチあるかってんだ!
もしこんなムチャが通るなら、公選法も政治資金規正法の「ザル法」としかいい様が無い。

Photo_4同じ4月7日、「日本維新の会」橋下徹代表が大阪市の企業経営者らが参加したシンポジウムで、市の中心街を貫く御堂筋の規制緩和に関して「高層ビルはレジデンスをオーケーにした。みなさん、愛人を2,3人住まわせて下さい」と呼びかけた。
橋下市長は「大阪の財界人は大阪で稼いで、住むのは西宮や芦屋。これはダメ。戻ってきてもらわないと」と指摘。そのうえで「お金持ちが住めば、お金持ちを狙った店ができる。愛人専用の宝石店とか高級ブティックとかやって来る」と述べ、愛人を集めることによる経済効果も強調した。
大阪市が高層ビルの上層階にマンションをつくれるよう御堂筋の規制を緩和したが、これをPRしたものだったようだが、なんと品のない事よ。

こういう政治家が所属する政党にも「政党助成金」が交付される。
なぜ私たちの税金を使ってこうした連中を「助成」せねばならないのか、理不尽の極み。

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2014/04/07

【捕鯨禁止】他人の食卓に口を出すな

食べ物で、ある人が大好物なのに別の人にとっては大の苦手ということはよくあることだ。その時「俺が嫌いだからお前も食うな」と言われたら誰でもムッとし反発するだろう。
南極海での日本の調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に違反するとして、オーストラリアが国際司法裁判所(ハーグ)に差し止めを求めた訴訟で、同裁判所は3月31日、豪州側の主張を全面的に認めたが、この判断は正に「お前も食うな」という食の押し付けだ。
19世紀から20世紀中葉にかけてアメリカやオーストラリアなどは鯨油を採取する目的の捕鯨を世界的に行い、絶滅寸前に瀕した鯨種もいた。しかし、それらの国ではクジラを食料とする習慣が根付かなかった。捕鯨に反対している国はいずれもそういう国だ。
一方、日本をはじめロシア、ノルウェー、アイスランド、カナダなどは伝統的食文化としてクジラを食料とし、捕鯨を行ってきた。これらの国はいずれも捕鯨に賛成している。
つまり捕鯨に賛成か反対かというのは、クジラを食べる習慣があるのかないのかという立場の相違に過ぎない。
現状では「食べない派」が多数派になっていたので、捕鯨が禁止されてしまったというわけだ。
もちろん捕鯨禁止論には様々な理屈が付けられているが、その大半は根拠が薄いものだ。はじめに結論ありきで、理由は後付けというのが実状なのだろう。
クジラが可愛いとか頭が良いからなどの理由は噴飯ものでしかない。

海外に行くと実に様々な食文化があり、こんなものを食べるのかと驚くこともあるし、逆に宗教上の理由などから私たちが日常的に食べているものが禁止されている国もある。
それは、お互いに尊重されなければならない。
ヒンドゥ教を信奉する国が牛肉を食べないことを理由に、他国に対して牛の飼育を禁止する法令を出したらどうなるだろうか。理由は何とでも付く。例えば牛のゲップが地球温暖化の原因だという言いがかりでもいい。そんな主張をする国は出ないだろうし、他国が受け入れるとも思われない。
豚を食べないイスラム教国が世界で多数を取ったら、豚の飼育を禁止する国際法を作るだろうか。それも有り得まい。
捕鯨禁止も同じことだ。
捕鯨禁止を主張する国は、クジラを食す国の伝統的食文化を壊すことが目的だと思われる。現に、こうした状況が続けばやがて日本人もクジラを食べなくなるだろう。
とにかく「他人の食卓に口をだすな」と言いたい。

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2014/04/06

「雲助蔵出し ぞろぞろ」(2014/4/5)

4月5日、浅草見番での「雲助蔵出し ぞろぞろ」へ。
少し早く家を出たので隅田公園の辺りと浅草寺境内の桜を観てまわった。漢詩の「花発多風雨」(花発らけば 風雨多し)にある通り、満開の直後に風雨が続き桜の花びらもかなり落ちてしまった。それでも花見客が多く、吾妻橋から仲見世一帯は人手が多く大そうな混雑ぶりだ。
周囲の会話を聞いているとその多くが中国語で、チャイナタウンに紛れ込んだような気分だ。いま日中関係は政治レベルでは宜しくないが、沢山の中国人が日本を訪れている証拠だろう。
人ごみをかき分けて会場についたら、開場5分過ぎだというのに前方の席がかなり埋まっていた。この会のお客も段々出足が早くなっているようだ。
この日は130席満席。

<  番組  >
前座・林家つる子『堀の内』
入船亭小辰『代脈』
五街道雲助『花見の仇討』*
~仲入り~
五街道雲助『反対俥』
続いて『干物箱』*
(*はネタ出し)

この会は前座や二ツ目についてはあまり浮気しない方針らしいが、今回は二ツ目が小辰。これを機に交代なのか、それとも臨時なのか。
小辰『代脈』、観るたびに芸が達者になっていく。但し、上手くなっているかどうかは疑問だ。素材はいいのでいずれ若手真打として頭角を現すことだろう。

雲助『花見の仇討』
マクラは新発売のCDや著書のPRに始まり、花見の話題から恒例の浅草周辺名所案内へ。このマクラの関係からだろう、プログラムの順序を入れ替え1席目に『花見の仇討』を持ってきた。
花見というタイトルの落語はいくつかあるが、近ごろは専らこのネタと『長屋の花見』が掛けられる。反対に『花見酒』や『花見小僧』が演じられる機会が少なくなった。落語の演目も流行り廃りがあるということ。
集団で花見をする機会が全くなくなったので最近の様子は分からないが、TVの取材などで見る限りではカラオケで歌うスタイルが多いようだ。
私の子どもの頃に親に連れられて行った花見では、『さくら音頭』(歌唱:徳山たまき、三島 一声、小唄勝太郎)がよく唄われていた。いま唄う人はいないでしょうね。
歌詞はこんな風だった。なにせうろ覚えなので間違っていたら御免なさい。
♪ハア咲いた咲いたよ アリャサ    
弥生の空にヤットサノサ アリャヤットサノサ   
さくらパット咲いた 咲いた咲いた咲いたパッと咲いた     
大和心の エー大和心の八重一重   
ソレシャンシャンシャンときてシャンと踊れ サテシャンと踊れ♪ 
歌詞がけっこう国威発揚的なので、安倍政権の下で復活するかも。
こういう歌や安来節を合唱しながら踊る風景というのも、今は見られないようだ。
さらにひと昔前だと、花見の趣向で仮装や茶番が行われていたらしい。『花見の仇討』はその時代の噺だ。
場所は上野。もっとも江戸時代から上野の花見では茶番が禁じられていたそうで、演者によっては飛鳥山で演る人がいるが、落語だからそう小難しい時代考証は要らないだろう。
雲助の演出は師匠のものをほぼ踏襲した形となっていたが、巡礼役二人の渡り科白に工夫が加わり、人物の演じ分けや歯切れの良さと共に上出来の一席。

雲助『反対俥』
通常、落語の世界では同じ会の中では「付く」噺は避けるのだが、今回のように敢えて「付く」ネタを選んで演じる場合がある。こういうのも趣向の内。
代表的な前座噺で雲助のようなベテラン真打が演じるというのは珍しい。マクラやクスグリで昔懐かしいネタを演じて「けっこう受けるな」と本人が語っていたが、話芸さえしっかりしていれば時代は関係ないんだろう。「66歳にゃムリだ」と言ってが、それほどの体力を使った熱演で久々にこの演目の面白さを再認識した。

雲助『干物箱』
演出上の特長は、若旦那が貸本屋の善公に会う前に幇間と出会い、そこで物真似が上手いということで善公を紹介される形にしていた。若旦那の代りに二階に上がった善公が、若旦那を乗せた人力俥の車夫の真似をする所(これが前のネタと「付く」)も。反対に花魁から若旦那に来た手紙を善公が盗み読み、自分の悪口が書かれていたので激高する所は省いていた。
このネタの勘所は三つある。
一つは、何かというと勘当をちらつかせる親父だが、実は息子が可愛くて仕方がない。そういう感情が聴き手に伝わること。
二つ目は、善公が空想で演じる若旦那と花魁との掛け合いに色街の風情を出すこと。
三つ目は、善公の職業は貸本屋だが、実は半端な幇間でもある。だから同じ貸本屋でも『品川心中』の金公とは人物像が異なる。
この勘所を全て抑えた雲助の高座はさすがというしかない。

入場者数から見てこの会の会場も少し狭くなりつつあるのかも知れないが、この場所しかないと思えるところが悩ましい。

ここでタイガースネタ。
♪見よ投壊の虎負けて・・・
しっかりしてくれよ。

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