雲助五十三次「髪結新三」(2014/5/20)
「らくご街道 雲助五十三次~吉例~『髪結新三(かみゆいしんざ)』」
日時:2014年5月20日(火)19時
会場:日本橋劇場
< 番組 >
五街道雲助『髪結新三』発端から永代橋川端まで
~仲入り~
柳家小里ん『髪結新三』富吉町新三宅まで
雲助・小里ん『茶番・深川閻魔堂』
通称『髪結新三』といえば歌舞伎の世話物狂言『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』を指し、今でもしばしば上演されている。雲助は先代の松緑と先般亡くなった勘三郎の新三を観てるそうだが、前者は恰幅が良過ぎ後者は軽過ぎ、出来れば辰之助で観たかったと言ってたが、さすが歌舞伎通だ。雲助に言わせると小里んは更に歌舞伎に詳しいそうで、二人の出会いも前座か二ツ目当時にアングラ劇団に凝っていたのが切っ掛けとか。
この芝居は明治の噺家・春錦亭柳桜がこさえた「仇娘好八丈」が元になっていて、芝居の方は大当たりを取ったがオリジナルの落語の方は久しく上演されなかったようだ。これを六代目三遊亭圓生がオリジナルに工夫を加えて今の形にした。
今回はさらに歌舞伎の大詰を芝居仕立てにしたものを付加されている。
端午の節句(旧暦なので雨季に入っている)の時期の物語なので、この時節にはピッタリだ。
粗筋は、この会は筋書が配られるのが親切だ。
大金持ちだった紀伊国屋文左衛門も二代目が道楽者で店を食いつぶしてしまう。そこの番頭だった庄三郎は暖簾分けをしてもらい、新材木町に白子屋を興し店は大そう繁盛した。庄三郎にはお熊という娘と、庄之助という息子がいる。娘は御稽古事に執心、息子は放蕩三昧で勘当となる。庄之助が中風で寝込んだころ、蔵に泥棒が入り大金が盗まれる。店も傾いてきたので、お熊に婿を取り跡取りにするのだが、お熊は恋仲だった番頭の忠七への思いが立ちきれない。
そうした事情を聞きつけた髪結い新三は一計を案じ、お熊と忠七に駆け落ちを持ちかけ、自分の長屋に二人隠れ住むことを勧める。新三は元々器量の良いお熊に横恋慕していて何とか自分のモノにするつもりだった。先にお熊を長屋へ駕籠で送り、後から新三と忠七が徒歩で追うが、途中雨風が激しくなる。新三は番傘を1本買って二人は相合傘で歩くが、永代橋の川端まで来ると新三は正体を現し、忠七を殴りつけ怪我を負褪せてしまう。
この時に新三が吐く「傘づくし」の名セリフ。
「不断(ふだん)は帳場を回りの髪結、いわば得意のことだから、うぬのような間抜け野郎にも、ヤレ忠七さんとか番頭(ばんとう)さんとか上手(じょうず)をつかって出入りをするも、一銭職(いっせんしょく)と昔から下がった稼業の世渡りに、にこにこ笑った大黒(だいこく)の口をつぼめた傘(からかさ)も、並んでさして来たからは、相合傘(あいあいがさ)の五分(ごぶ)と五分(ごぶ)、轆轤(ろくろ)のような首をしてお熊が待っていようと思い、雨の由縁(ゆかり)にしっぽりと濡(ぬ)るる心で帰るのを、そっちが娘に振りつけられ弾き(はじき)にされた悔しんぼ(くやしんぼ)に、柄(え)のねえところへ柄(え)をすえて、油紙(あぶらかみ)へ火のつくようにべらべら御託(ごたく)をぬかしゃアがると、こっちも男の意地づくに覚えはねえと白張りのしらをきったる番傘(ばんがさ)で、うぬがか細い(かぼそい)そのからだへ、べったり印(しるし)を付けてやらア」
白子屋では娘が拐かされたとあって大騒ぎ、そこで白子屋の抱え車力の善八に10両渡し新三への掛け合いを頼むが、追い返される。
仕方なく近所に住む大親分の弥太五郎源七にこの件を依頼する。
新三宅で10両と引き換えにお熊を返せと迫るが、新三は金を叩き返し断る。
面目を潰した源七に、今の話を立ち聞きしていたこの長屋の大家・長兵衛が、自分なら30両で新三を説得するからと引き受ける。
長兵衛が新三宅に上がると初鰹で一杯やるところ。その鰹の半身が欲しいと言う。
処でと長兵衛が30両と引き換えにお熊を帰してやれと言うと、最初は渋る新三だが、それなら店立てするぞと脅され、仕方なく了承する。新三は無宿者で前科者だから、普通の大家は家を貸してくれない。ここを追い出されると行き場が無くなるのだ。
新三はお熊を帰し、それでは約束の30両をと長兵衛に切り出すと半分の15両しか渡さない。約束が違うという新三に長兵衛は、さっき鰹の半身を貰うと言ったじゃないか。だから半分で文句はないだろうと言い、さらに5両は店賃の滞納分として取り上げる強欲さ。
20両と片身の鰹を下げて帰る長兵衛を黙って見送る新三。
「オオカミの 人に食わるる 寒さかな」。
落語はここまでで、この後に歌舞伎の大詰の場面が茶番として演じられる。
例の一件以来、源七は新三にあちこちで意気地がないだの腰抜けだのと言いふらされ、親分としての面子が丸潰れ。逆に新三の方はすっかり箔を付けてしまった。恨みに思っていた源七はある夜のこと。賭場帰りの新三を待ち受け、閻魔堂前の富岡橋で新三を殺す。
(完)
芝居だと各場面が切れ切れに上演されるので筋立てが分かり難いが、落語では「地」の説明があるのでストーリーが明解だ。
芝居の重要な場面、白子屋の店先で新三がお熊と忠八に駆け落ちを持ち帰る場面、永代橋川端での新三の豹変、新三宅での長兵衛との掛け合いの場面など全て口演されていて飽きさせない。
前半の雲助のよる、新三が次第に悪の正体を現す過程と「傘づくし」の言い立てに迫力があった。
後半では小里んの、小悪党・新三が強欲大家・長兵衛にすっかりしてやられるという見せ所に惹きつけられた。
最後の立ち回りを含め、語りがしかりしていて且つ芝居好きであるこの二人ならではの約2時間にわたる口演、楽しめました。
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舞台は視覚からの情報もあり、江戸の暮らしや粋な所作や台詞の小気味良さが際立ちますが、落語の『髪結新三』は噺家さんによりますね。
投稿: 林檎 | 2014/05/21 18:00
林檎様
以前に芝居で観ていましたので、落語を聴きながら舞台のシーンを思い浮かべることが出来ました。噺だけでは絵を思い浮かべるのは難しいかも知れませんね。
投稿: ほめ・く | 2014/05/21 18:39
芝居噺は演者によっては厳しく、想像力が試されていると思う事があります。
でも嵌まるとその世界は無限なだけに歌舞伎よりも素晴らしく思えます。
*^-^*
お休みの間は過去のブログや別館を拝読させて頂きます。
投稿: 林檎 | 2014/05/22 18:00
林檎様
かつては6代目圓生や8代目正蔵といった芝居噺の名手がいましたが、現役では雲助が第一人者でしょうか。先ず演じ手が芝居好きであり、芝居心のある事が要件でしょう。
別館の連載は6月10日頃からスタートできるかと思いますので、宜しければお立ち寄り下さい。
投稿: ほめ・く | 2014/05/22 18:38