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2014/05/22

お知らせ

当ブログをしばらく休みます。
再開は6月末の予定です。
この間コメントの公開やレスが遅れるかも知れませんがご了承下さい。

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2014/05/21

雲助五十三次「髪結新三」(2014/5/20)

「らくご街道 雲助五十三次~吉例~『髪結新三(かみゆいしんざ)』」
日時:2014年5月20日(火)19時
会場:日本橋劇場
<  番組  >
五街道雲助『髪結新三』発端から永代橋川端まで
~仲入り~
柳家小里ん『髪結新三』富吉町新三宅まで
雲助・小里ん『茶番・深川閻魔堂』

通称『髪結新三』といえば歌舞伎の世話物狂言『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』を指し、今でもしばしば上演されている。雲助は先代の松緑と先般亡くなった勘三郎の新三を観てるそうだが、前者は恰幅が良過ぎ後者は軽過ぎ、出来れば辰之助で観たかったと言ってたが、さすが歌舞伎通だ。雲助に言わせると小里んは更に歌舞伎に詳しいそうで、二人の出会いも前座か二ツ目当時にアングラ劇団に凝っていたのが切っ掛けとか。 
この芝居は明治の噺家・春錦亭柳桜がこさえた「仇娘好八丈」が元になっていて、芝居の方は大当たりを取ったがオリジナルの落語の方は久しく上演されなかったようだ。これを六代目三遊亭圓生がオリジナルに工夫を加えて今の形にした。
今回はさらに歌舞伎の大詰を芝居仕立てにしたものを付加されている。
端午の節句(旧暦なので雨季に入っている)の時期の物語なので、この時節にはピッタリだ。

粗筋は、この会は筋書が配られるのが親切だ。
大金持ちだった紀伊国屋文左衛門も二代目が道楽者で店を食いつぶしてしまう。そこの番頭だった庄三郎は暖簾分けをしてもらい、新材木町に白子屋を興し店は大そう繁盛した。庄三郎にはお熊という娘と、庄之助という息子がいる。娘は御稽古事に執心、息子は放蕩三昧で勘当となる。庄之助が中風で寝込んだころ、蔵に泥棒が入り大金が盗まれる。店も傾いてきたので、お熊に婿を取り跡取りにするのだが、お熊は恋仲だった番頭の忠七への思いが立ちきれない。
そうした事情を聞きつけた髪結い新三は一計を案じ、お熊と忠七に駆け落ちを持ちかけ、自分の長屋に二人隠れ住むことを勧める。新三は元々器量の良いお熊に横恋慕していて何とか自分のモノにするつもりだった。先にお熊を長屋へ駕籠で送り、後から新三と忠七が徒歩で追うが、途中雨風が激しくなる。新三は番傘を1本買って二人は相合傘で歩くが、永代橋の川端まで来ると新三は正体を現し、忠七を殴りつけ怪我を負褪せてしまう。
この時に新三が吐く「傘づくし」の名セリフ。

「不断(ふだん)は帳場を回りの髪結、いわば得意のことだから、うぬのような間抜け野郎にも、ヤレ忠七さんとか番頭(ばんとう)さんとか上手(じょうず)をつかって出入りをするも、一銭職(いっせんしょく)と昔から下がった稼業の世渡りに、にこにこ笑った大黒(だいこく)の口をつぼめた傘(からかさ)も、並んでさして来たからは、相合傘(あいあいがさ)の五分(ごぶ)と五分(ごぶ)、轆轤(ろくろ)のような首をしてお熊が待っていようと思い、雨の由縁(ゆかり)にしっぽりと濡(ぬ)るる心で帰るのを、そっちが娘に振りつけられ弾き(はじき)にされた悔しんぼ(くやしんぼ)に、柄(え)のねえところへ柄(え)をすえて、油紙(あぶらかみ)へ火のつくようにべらべら御託(ごたく)をぬかしゃアがると、こっちも男の意地づくに覚えはねえと白張りのしらをきったる番傘(ばんがさ)で、うぬがか細い(かぼそい)そのからだへ、べったり印(しるし)を付けてやらア」

白子屋では娘が拐かされたとあって大騒ぎ、そこで白子屋の抱え車力の善八に10両渡し新三への掛け合いを頼むが、追い返される。
仕方なく近所に住む大親分の弥太五郎源七にこの件を依頼する。
新三宅で10両と引き換えにお熊を返せと迫るが、新三は金を叩き返し断る。
面目を潰した源七に、今の話を立ち聞きしていたこの長屋の大家・長兵衛が、自分なら30両で新三を説得するからと引き受ける。

長兵衛が新三宅に上がると初鰹で一杯やるところ。その鰹の半身が欲しいと言う。
処でと長兵衛が30両と引き換えにお熊を帰してやれと言うと、最初は渋る新三だが、それなら店立てするぞと脅され、仕方なく了承する。新三は無宿者で前科者だから、普通の大家は家を貸してくれない。ここを追い出されると行き場が無くなるのだ。
新三はお熊を帰し、それでは約束の30両をと長兵衛に切り出すと半分の15両しか渡さない。約束が違うという新三に長兵衛は、さっき鰹の半身を貰うと言ったじゃないか。だから半分で文句はないだろうと言い、さらに5両は店賃の滞納分として取り上げる強欲さ。
20両と片身の鰹を下げて帰る長兵衛を黙って見送る新三。
「オオカミの 人に食わるる 寒さかな」。

落語はここまでで、この後に歌舞伎の大詰の場面が茶番として演じられる。
例の一件以来、源七は新三にあちこちで意気地がないだの腰抜けだのと言いふらされ、親分としての面子が丸潰れ。逆に新三の方はすっかり箔を付けてしまった。恨みに思っていた源七はある夜のこと。賭場帰りの新三を待ち受け、閻魔堂前の富岡橋で新三を殺す。   
(完)

芝居だと各場面が切れ切れに上演されるので筋立てが分かり難いが、落語では「地」の説明があるのでストーリーが明解だ。
芝居の重要な場面、白子屋の店先で新三がお熊と忠八に駆け落ちを持ち帰る場面、永代橋川端での新三の豹変、新三宅での長兵衛との掛け合いの場面など全て口演されていて飽きさせない。
前半の雲助のよる、新三が次第に悪の正体を現す過程と「傘づくし」の言い立てに迫力があった。
後半では小里んの、小悪党・新三が強欲大家・長兵衛にすっかりしてやられるという見せ所に惹きつけられた。
最後の立ち回りを含め、語りがしかりしていて且つ芝居好きであるこの二人ならではの約2時間にわたる口演、楽しめました。

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2014/05/20

「美味しんぼ」と「不都合な事実」

ここの所メディアを賑わしてきたマンガ「美味しんぼ」問題について、NHKWebニュースが簡潔にまとめているので、以下に引用する。
【引用開始】
東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康影響の描写が議論を呼んだ、連載漫画「美味しんぼ」。出版している小学館は、19日発売号に専門家の意見や批判を掲載した特集記事を出しました。 相次いだ批判の一方で、「放射能への不安を口にすることがますますはばかられるようになる」と懸念する人たちもいます。
波紋をまとめました。
「美味しんぼ」は小学館の漫画雑誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」で昭和58年から連載されていて、原作は雁屋哲さん、作画は花咲アキラさんが担当しています。
芸術家で美食家でもある海原雄山と、その息子で新聞記者の山岡士郎の親子の確執を軸に「食」の問題を描く作品で、これまで110巻が刊行され、累計発行部数は1億2000万部に達します。

「美味しんぼ」は「食」に注目してさまざまな現場を取材し、環境問題や健康の問題にも踏み込んできましたが、福島第一原発の事故から2年近くたった去年1月からは、「福島の真実」編として原発事故の影響を取り上げてきました。
この「福島の真実」編では、当初は、原発の事故で放出された放射性物質による汚染で被害を受けた生産者や、安全な農作物を生産しているのに風評被害に苦しむ福島の農家を取材し、地元で農業の復興に取り組んでいる人たちも紹介してきました。

しかし、4月28日発売号で、主人公の新聞記者たちが福島第一原発を取材したあと鼻血が出たり、ひどい疲労感に襲われたりする場面などが描かれ、実名で登場した福島県双葉町の前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語る描写があったことなどから、地元の双葉町がそういう事実はないとしたうえで「復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、福島県民への差別を助長させることになる」として抗議しました。
これをきっかけに、国や自治体からも発言が相次ぐようになりました。
原作者の雁屋さんは、こうした批判に対して5月4日、自身のブログで反論し、「私は、自分が福島を2年かけて取材をしてしっかりとすくい取った真実をありのままに書くことが、どうして批判されなければならないのか分からない。真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合のいいうそを書けというのだろうか」とつづっていました。

さらに、5月12日発売号では、双葉町の前町長や実在する福島大学の准教授が「福島県内には住むな」とか「人が住めるようにすることはできない」などと話す場面があり、福島県も、「断固容認できない」とする見解を県のホームページで公表するなどしました。
19日に発売された「福島の真実」編の最終話では、原発事故後の福島県内を訪ね歩いてきた2人が、これからの日本や福島について語り合う場面が描かれています。
「福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ」「福島を出たいという人たちに対して全力を挙げて協力することだ」と、自主避難者への支援の大切さを訴えています。

19日発売号には「編集部の見解」も掲載されました。
この中では「残留放射性物質や低線量被ばくの影響について改めて問題提起したいという思いもありました」と説明。「批判を真摯(しんし)に受け止め表現のあり方について今一度見直して参ります」としています。

福島県の人たちからは、さまざまな意見が聞かれました。
中島村の64歳の女性は「放射線量が下がってきて食品もいろんな検査を通して落ち着いて生活できるようになってきたのに、3年目にして不安に追い打ちをかけられた気持ちです」と話していました。
本宮市に住む30歳の女性は、「全体的に原発事故の問題が風化してきているのでこのように発信することは大事だと思う。福島がこれから立ち上がっていこうとしているところをほかの人にも知ってほしいし、この問題を取り上げるのは勇気のいることではないか」と理解を示していました。
一方、漫画に対する批判に、戸惑う人たちもいます。
福島で暮らすうえで現状を知ることが大事だと、放射線量の測定を行っている母親たちのグループです。
自分たちが日々感じる不安もますます口にしづらくなるのではと懸念しています。
グループのメンバーは、「不安の声を上げると風評被害だと思われてしまうのは残念」とか「怖いのは風評ではなくて風化だと思う」と話していました。
【引用終り】
いかにもNHKらしく両論併記されていて、問題の経緯が良くまとめられている。

「美味しんぼ」の鼻血描写を巡り、双葉町は2014年5月7日「現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません」と小学館に抗議していた。
処が、これに反するような記事がJCASTニュースに掲載されている。
記事によれば、岡山大などの研究グループが町の依頼で健康調査したところ、福島県双葉町では鼻血などの症状の統計が有意に多かったという結果が出ていたことが分かった。
住民には原発事故による健康不安が募っていることから、放射線被ばくや避難生活によるものかを確かめるために疫学による調査を2012年11月に実施した。
比較するために、双葉町のほか、福島県境にあり放射線汚染地域でもある宮城県丸森町筆甫地区、さらに原発から離れた滋賀県長浜市木之本町でも調査した。その結果、双葉町と丸森町は、体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状で、木之本町よりも有意に多かった。
特に両町では鼻血が特に多く、オッズ比を取ると双葉町が3.8、丸森町が3.5もあった。双葉町ではほかに肥満うつ病など様々な症状がオッズ比3以上の高い値を示し、両町では消化器系の病気や神経精神的症状も多かった。
この結果をまとめた論文では、「これら症状や疾病の増加が、原子力発電所の事故による避難生活又は放射線被ばくによって起きたものだと思われる」としており、事故の影響であることを明確に認めている。
岡山大大学院の津田敏秀教授は、最終報告については、まだメドが立っていない状況だとしながら、「鼻血と被ばくは関係ないと政府が言っていることは、科学的な根拠がありません。チェルノブイリでも報告があるわけですから。美味しんぼの騒ぎは、重要な問題だとは思っていないですね」と言っている。

こうして見ると、「美味しんぼ」の書かれた内容があながち「根拠のない風評」と断定はできないようだ。
ここで思い起こすのは、2013年9月7日の2020年東京五輪招致の最終プレゼンテーションにおける安倍首相の演説だ。
彼は福島原発の事故についてこう宣言した。
Some may have concerns about Fukushima. 福島についてご心配の向きもあるでしょう。
Let me assure you,the situation is under control. 状況はコントロールされていることを私は保証します。
It has never done and will never do any damage to Tokyo. 東京にはいかなる悪影響を及ぼしたことがなく、今後も及ぼすことはありません。
もちろん、真っ赤なウソだ。
しかし、こうして全世界に宣言した以上、首相や政府にとってはこれが真実であり、また真実でなければ困るのだ。
これに反するような事実は隠蔽し、報道や表現には「風評被害」を引き起こすものとして片付ける。

安倍晋三首相は17日、福島市の福島県立医大を視察した後、東京電力福島第1原発事故の影響に関し「放射性物質に起因する直接的な健康被害の例は確認されていないということだ」と記者団に強調した。漫画「 美味しんぼ」で、原発事故による放射性物質と健康被害を関連付けるような描写があったことへの受け止めを問われ、こう答えた。
同時に「根拠のない風評には国として全力を挙げて対応する必要がある。 払拭するために正確な情報を分かりやすく提供する。今までの伝え方で良かったのか全省的に検証する」と述べた。
首相は、県民健康調査を行う福島県立医大を視察し、職員へのあいさつで「県民の健康状況は他県と違いがないと聞いた。そうした正しい情報を正確に伝えていきたい」と述べた。

なぜ「美味しんぼ」がメディアや「世論」から袋叩きにあったのか、これでお分かりだと思う。

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2014/05/18

五代目小さん・孫弟子七人会(2014/5/17昼)

「五代目小さん・孫弟子七人会」昼の部
日時:2014年5月17日(土)12時
会場:イイノホール
<  番組  >
入船亭扇辰『千早振る』
柳家喬太郎『仏馬』
柳家甚五郎『崇徳院』
柳家三三『三味線栗毛』
~仲入り~
柳家左龍『三人旅~おしくら』
柳家喜多八『粗忽長屋』
立川生志『紺屋高尾』

風薫る「小さん」の文字の丸きこと 
公演のチラシに書かれた扇辰の俳句だ。正面から見ても横から見ても上から見ても、どこから見ても球体という丸い顔だった小さん、名前まで丸い。それは顔の形だけではなく心もそうだったようだ。だからあれだけの弟子が小さんの下に集まったんだろう。喧嘩別れした筈の談志でさえ最後まで小さんを慕っていたという事実がそれを証明している。
その5代目小さんの孫弟子7人による落語会、出演者7人とネタが14本出されていて、出番もネタの選択もフタを空けてみてのお楽しみというこの会だ。ただネタの中身だが、どう見ても小さんの十八番や持ちネタとは思えない物もいくつかあり、「五代目小さんを偲ぶ」という会の趣旨から照らしてどうなんだろうという疑問が湧く。
昼の部は上記のような演者とネタの組合せとなった。前座は金原亭駒松だったが開演時間前に上げていたので聞き逃した。

扇辰『千早振る』
マクラで滑稽噺が一番難しいと、『文七元結』なんて簡単なんだですと語っていたが、そういうものかも知れない。確かに人を笑わせるというのは大変な仕事だ。してみると落語家は最も高級な芸人ということになる。
このネタは扇辰の十八番と言っていいだろう。千早太夫が5年後に乞食に身を落とすときいて、「全盛の花魁がですよ乞食になるなんて、そりゃおかしいじゃありませんか」「なったっていいだろう、本人がなりたいって言うんだから。人間なりたいと思えば何にでもなれる。中でも乞食になるのは簡単だ。お前さんなんか明日からでもなれる」。こういう掛け合いが実に可笑しい。「地」の語りの部分と「セリフ」の部分の切り替えが絶妙だ。
このネタは現役ではこの人と瀧川鯉昇がツートップだと思う。

喬太郎『仏馬』
イントロで「扇辰・喬太郎の会へようこそ。本日のゲストは5人です」。
このネタは初めて。どうやら長く埋もれていた古典を喬太郎が掘り起こしたもののようだ。民話か仏話のようなストーリーで、粗筋は次の通り。
田舎の寺の坊主の弁長と小坊主の西念のふたりがお布施を集めている内に、ふるまい酒で酔ってしまった弁長に対し、西念は貰い物をすべて持たされてフーフー言ってる。土手にさしかかると、一頭の黒毛馬が木につながれて休んでいた。これ幸いと弁長は勝手に西念の荷物をその馬に背負わせると、西念を馬と共に寺へ帰し、自分は一眠りして酔いをさまそうというわけ。弁長は土手から滑り落ちないよう木に腰紐で自分の体を結わえると寝入ってしまう。そこに戻ってきたのが馬の持ち主の百姓。弁長を起こし自分の馬を知らないかと訊ねると、これはマズイと思った弁長は放蕩のため仏罰が当たり畜生道に落ちていたのだが、修業の甲斐あって釈迦に許され、つい先ほど人間に戻れたなどとウソをついてごまかす。
百姓は弁長を家に連れ帰り酒でもてなす。またしても酔っぱらった弁長は朝になってようやく寺に戻る。寺の住職は西念が連れ帰った馬を市で売って金に換えてくるよう申しつけ、弁長は馬を売ってくる。
一方、馬がいなくなってしまった百姓は市へ馬を買いに出かける。すると見覚えのある一頭の馬を見つけた。「こりゃあ弁長さんだろ? また仏罰に当たったか?」と馬の耳元にささやくと、馬は大きくかぶりを振るが、百姓は「とぼけたって無駄だ。その左耳の付け根の差し毛がなによりの証拠」。
長い間演じ手が無かったということはツマラナイ、受けないという事。あるいは輪廻転生というテーマが嫌われたか。
そこそこ面白く聴かせられたのは喬太郎の話芸の力だろう。

甚五郎『崇徳院』
真っ直ぐな高座は好感が持てる。余命あと幾日という若旦那が元気が良過ぎるように見えた。そのせいか熊との会話にメルハリが薄かったように思う。

三三『三味線栗毛』
ストーリーは昨日の鈴本の記事に書いた通りで、錦木は検校に取り立てられてメデタシメデタシの結末。
角三郎と錦木の身分を越えた友情を軸にしており、酒井雅楽頭と錦木との再会シーンは感動的だ。三三の語りが光る。
しかし前日に喬太郎で聴いていたので、やはり語りの綿密さには差を感じてしまう。これは仕方ない事だろうけど。

左龍『三人旅~おしくら』
小さんの得意ネタといえば「旅」「狸」「泥棒」「酒」辺りがキーワードと言える。なかでも二人旅、三人旅に関する演目は多かった。「おしくら」というのは宿場の飯盛り女の隠語のようで、朝夕は宿の女中として働き、夜ともなれば男性客の要望に応じるという女性たちを指す。
男三人が宿に泊まり、女中に「おしくら」をリクエストするが生憎この宿場には二人しかいない。それじゃ喧嘩になるということで、何とかもう一人をを頼むと、女中は年増を一人手当する。ただその年増は昨年米寿を迎えたという老女。これを聞いた男は上手い事言って、仲間の一人にその年増を押し付ける。翌日顔を合わせた三人だが・・・。
左龍の演じる宿の女中の造形が良い。セリフも勿論、この人の顔が生きる。女中が喋るだけで客席から笑いが起きた。男三人の演じ分けもきちんと出来ており、この日の二重丸の高座だった。
地味ながら着実に力を着けてきた左龍、その実力の一片を見せつけた一席。

喜多八『粗忽長屋』
この日は出演者がマクラで小さんの思い出について一言語るという企画だったようだが、孫弟子ともなれば2,3度会った程度で、それほど深い思いがあるというわけじゃない。その中で喜多八が披露したエピソードだけは生々しい。
まだ前座のころ、あるバーのママに可愛がられ、夜席がはねると毎夜その目白近くのバーでタダで呑んでいた。ある夜、そこの剣道仲間を連れた小さんが現れ、喜多八を見つけて呼びつけ厳しく叱った。前座の身分のうちは飲酒はご法度、これを師匠の小三冶に告げられたら破門は必至。処が叱っていた小さんは脇のホステスの肩を抱いたままで指先が胸の辺りまで・・・。この恰好を小さん自身が気付いたのか、小言はやみ「一杯だけ呑んで早く帰れ」の一言で無罪放免となったとのこと。
映画の一シーンを見てるようでありますなぁ。
ネタは喜多八らしい滲み出るような可笑しさに溢れていた。
小さんの滑稽噺を最も引き継いでいけるのは、この人かも知れない。

生志『紺屋高尾』
談志が独立以後に入門した弟子たちは例外なく談志の影響を強く感じるのだが、この人だけは薄めだと印象を前から持っていた。立川流から一人だけという事もあったんだろう。ようやく最近になって談志の洗脳が解けてきたと言っていた。
紺屋の職人・久蔵が流山の若旦那と身分を偽って高尾に会いに行くのだが、腕の先は染物の色が染みついている。それを隠すために常に袖に手を入れていた久蔵。でも高尾が気付いてしまうが黙っていた。久蔵が身分を打ち明けウソを詫びる時に高尾は初めてその事を打ち明ける。この伏線がクライマックスシーンの効果を高めていた。
いつも大名や大金持ちの相手ばかりでウンザリしていた高尾が、年季を明けたのを機会に自分の生き方を考えて職人の妻になるのを選んだんだろう。そういう心理も読み取れるような一席だった。

5代目小さんの追善興行に相応しい力作揃いだったと思う。

ここの所、立て続けに落語会へ通ってきましたが、今月はあと20日にもう一度ありますが、その後はしばらく間が空き、ブログも休載の予定です。

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2014/05/17

鈴本演芸場5月中席・昼(2014/5/16)

一昨日、安倍首相は記者会見で従来からの憲法解釈を見直し、集団的自衛権容認に一歩踏み出すことを明らかにした。安倍首相は「国民を戦争に巻き込むことはない」としていたが、そうだろうか。「集団的自衛権行使」に安倍の持論である「改憲による自衛隊の国軍化」「積極的平和主義」「武器輸出三原則の見直し」とを組み合わせれば、日本をどの方向へ向けようとしているのかは明白であるように思う。
時の政権の思惑で憲法の解釈が変えられるというのも怖い。戦前のドイツがワイマール憲法を保持しながらナチスの独裁国家になっていった例を思い起こしたくなる。
こんな時に寄席なんぞに行ってて良いのかと言われそうだが、行っちまったんだからしょうがないさ。
金曜の昼の部にも拘らず満席に近かったのは、顔づけが良かったせいか。
仲入りが一之輔、トリが喬太郎とあって前方の列に女性客が目立つ。

「鈴本演芸場5月中席6日目・昼の部」
前座・柳家緑太『やかん』
<  番組  >
柳家さん弥『反対俥』
林家二楽『紙切り』
五明楼玉の輔『宮戸川』
柳家喜多八『短命』
のだゆき『音楽』
三遊亭歌奴『初天神』
五街道雲助『堀の内』
江戸家小猫『動物ものまね』
春風亭一之輔『あくび指南』
~仲入り~
ニックス『漫才』
桂藤兵衛『出来心(花色木綿)』
柳亭左龍『お菊の皿』
アサダ二世『奇術』
柳家喬太郎『錦木検校』

緑太『やかん』、前進。
さん弥『反対俥』、停滞。
二楽『紙切り』、リクエストで切った「ウルトラマンと喬太郎」で喬太郎の姿が似ていたのには感心した。
玉の輔『宮戸川』、軽いネタを演らせるとこの人は上手い。ただ、こういう芸風で終わってしまうのかな。
喜多八『短命』、寄席にかけるネタなんて三つ四つあればいいんです、と本人が言ってたが、このネタのその一つか。場内は大受けだったが。
のだゆき『音楽』、この人の高座を見て、かつて寄席で大正琴の曲弾きで人気のあった吉岡錦正を思い出した。あの人は背中の後ろに楽器を置いて演奏していた。小学校の教材に使われる楽器演奏で、どこまで寄席で通じるだろうか、楽しみではある。
歌奴『初天神』、寄席にはこういう明るい芸人が似合う。金坊が可愛らしかった。
雲助『堀の内』、雲助のこのネタは初。テンポ良くまとめたがこの日の客層から反応は今ひとつ。
小猫『動物ものまね』、どこか知的な匂いのする芸風、よく研究している。語りが良いのは祖父譲りか。

一之輔『あくび指南』、お目当ての客は出て来ただけで大喜び。毎度マクラで、寄席はノンビリと聴いてと強調するのが少々耳障り。ノンビリ聴こうが真剣に聴こうが、聴こうが聴くまいが居眠りしようが、他の人の迷惑にならなければ客の自由だと思うのだが。
通常は片方の男が欠伸を習いに行くのでと友達を誘って出かけるのだが、近ごろは新しく出来た稽古所の前を乙な年増が掃除しているのを見かけ、その年増目当てで稽古に出かけるという形にしている例があるが、一之輔も後者。処が出てきたのは男の師匠、目当ての女がその女房だと分かり、男はすっかり落胆し不貞腐れてしまう。いざ師匠が欠伸の形を示すと途端に男はその気になり稽古を始めるが脱線ばかり。この辺りのヤリトリは一之輔の独壇場。本来は夏の昼下がりの気怠い中、ボンヤリとした風情の噺だが、これを爆笑編に変えてしまった。とにかく大変な才能の持ち主だ。
一之輔の特長はオリジナルを少しずつ崩しながら再構築するという点にあり、これこそが魅力である。この先どこまで行くのやらと、そういう不安感をも含めて当分この人の人気は続いていくことだろう。

ニックス『漫才』、初見、ツライ。
藤兵衛『出来心(花色木綿)』、寄席には無くてはならぬ落語家の一人だ。短い時間でも本寸法の噺をかけ、何を演らしても上手い。この日のネタの短縮版ながら、何を訊かれても「裏は花色木綿」と答える男と大家の珍妙な掛け合いで聴かせてくれた。
左龍『お菊の皿』、この人が演じると幽霊のお菊の顔がホントに怖く見える。
アサダ二世『奇術』、今日はいつもよりチャンと演っていた。客席から感嘆の声が上がると高座で照れていた。

喬太郎『錦木検校』
元々は『三味線栗毛』というタイトルで、オリジナルでは角三郎が大名・酒井雅楽頭に出世し、約束通り錦木を検校に取り立てる。ある日雅楽頭は栗毛の良馬を手に入れ、錦木に三味線と名づけたと話す。錦木がそのいわれを聞いてみると、「雅楽頭(うた)が乗るから三味線だ」「それでは、家来が乗りましたら?」「バチが当たる」とサゲル。そういう目出度い話なのだ。現役では菊之丞が得意としている。
これを喬太郎は、雅楽頭とようやく面談がかなった錦木だが、病のためにその場で亡くなるという悲劇性を持たせたものに変えている。これによって単なる出世譚をよりドラマ性のあるものにした。語りに寸分の狂いもなく、途中で錦木が落語の小咄をしたり座頭市の真似をしたりというクスグリも入れて、陰気になりがちな物語を楽しく聴かせる工夫もしてある。
喬太郎のこのネタは何度目かになるが、この日が出来が最高だった。良い高座に巡り合えた。
前に「00年代を代表する落語家」として喬太郎の名を挙げたが、2000年に喬太郎が真打に昇進して以来、今のところこの人を超える噺家は出ていない。上手いかという指標なら他にいるかも知れないが、喬太郎の高座は聴く人の心を打つ(そうじゃない時もあるけど)、そこが違う。

この日は満員のお客さんも満足だっただろう。熱演の続いた鈴本5月中席6日目だった。

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2014/05/15

「小三治・小満ん・小里ん 三人会」(2014/5/14)

五代目柳家小さん十三回忌を偲ぶ公演”三人寄れば一門の智恵”「小三治・小満ん・小里ん 三人会」
日時:2014年5月14日(水)18:45
会場:イイノホール
<  番組  >
前座・柳家さん坊『つる』
柳家小里ん『不動坊』
柳家小満ん『猫の災難』
~仲入り~
柳家小三治『出来心』

今年は5代目小さんの13回忌ということで追善興行が行われているが、この会もその一つ。小さんの3人の弟子による落語会だ。
若い方にはお馴染みでなく、「花緑のお爺ちゃんね」なんて言われているかも知れないので略歴を紹介する。
<5代目小さんの略歴>
1915年1月2日 長野県長野市に生まれ、本名は小林盛夫
1933年 4代目柳家小さんに入門、前座名は栗之助
1936年 徴兵
1939年 除隊、二つ目に昇進し柳家小きんに改名
1943年 再徴兵。
1947年 復員。
1948年 真打に昇進し、9代目柳家小三治を襲名
1950年 5代目柳家小さんを襲名。
1972年 落語協会7代目会長に就任(1996年まで在任)
1995年 落語家初の重要無形文化財保持者(人間国宝)認定
2002年5月16日 心不全のため死去、享年87歳
文楽、志ん生、圓生亡き後の東京落語界を背負ってきた大看板だ。持ちネタが多く、特に滑稽噺の名手だった。大笑いさせるのではなく腹の底から可笑しさがこみ上げてくるような高座だった。
公演のチラシに小里んが書いていたが。まだ結婚前の女将さんに宛てた手紙に「昨夜のあなたは少し飲み過ぎです。女のトラは良くありませんよ」とか「私とあなたとは、ただ客と芸人という間でいたいと思います」なんて書かれていたとか。師匠も純情だったんだね。もっとも好きな女性に手紙を書く時は誰も同じようなものか。

5代目柳家小さんの弟子を以下に記す。
<弟子>(*印:他の門下から移籍)
4代目柳家小せん
3代目柳家さん助
5代目柳家つばめ
立川談志
川柳川柳*
柳家小三治
鈴々舎馬風
入船亭扇橋*
6代目柳亭燕路
柳家小のぶ
柳家さん吉
柳家つば女
東家夢助
柳家小はん*
柳家小満ん*
6代目柳家小さん
柳亭金車
柳家菊語楼
柳亭風枝*
柳家小團治
柳亭小燕枝
柳家さん喬
柳家さん八
柳家小袁治
柳家さん枝*
柳家権太楼*
柳家小里ん
4代目桂三木助
柳家三寿
柳家小ゑん
夢月亭清麿*
柳亭市馬
柳家花緑
柳家小三太
柳家さん福
弟子の数の多さに驚く。こうして見ると高座で一度も観たことがない人が結構いる。
現在の人気落語家の大半が小さんの弟子や孫弟子であることが分かる。

前座のさん坊『つる』、段々良くなる法華の太鼓。

小里ん『不動坊』
3代目小さんが東京へ移した噺で以来小さん代々のお家芸となっている。東京の落語家の中では上方の形をそのまま東京に移した形で演じる人や、9代目文治のように後半の幽霊話をカットして語る形もあるが、小里んは当然のことながら小さんの形。
講釈師の不動坊が死ぬ際の細かな経緯とか、葬儀にかかった費用がどうのといった事はすっ飛ばし、不動坊が残した借金を利吉が肩代わりし、お滝を嫁にすると筋になっている。
湯の中での利吉の妄想シーンもアッサリと、徳さんがその場で利吉に文句をいう場面はカット。
全体として上方に比べスッキリした筋立てにしておりスピーディな展開だ。
幽霊を出す場面はほぼ上方の形通りで、10円貰った幽霊が利吉夫婦に祝辞を述べる。呆れた屋根の上の3人が屋根の上から揺さぶったので、幽霊は手足をバタバタさせ、「おい、十円もらったのに、まだ浮かばれねえのか?」「いえ、宙にぶら下がってます」でサゲ。
師匠の形をしっかり受け継いだ小里んの楷書の高座、結構でした。

小満ん『猫の災難』
このネタは「試し酒」「禁酒番屋」と並び5代目の代表作といっても良いだろう。鯛を本物と騙した挙げ句、兄いが買ってきた酒を全部呑んでしまい、それも全て隣の猫の仕業にするという熊五郎。演じ手によってはこ狡い後口の悪い男になってしまうが、小さんが演じるとこれが憎めない人物に映るのだ。この辺りが小さんの芸であり人物の反映でもあった。
小満んの高座は小さんの形をそのまま受け継ぎ、愛おしむように酒を呑み、次第に酔いが回ってきて、兄いに気が引けるが、それでも酒への未練が立ちきれぬ酒飲みの業を鮮やかに描いた。酔って都々逸など唄いながら寝入ってしまう場面や、兄いに起こされて急に立ち回りの形を始めるが眠気が勝ってしまう場面など、小満んらしい工夫もなされていた。
何よりこれほど気分良さそうに演じた小満んの高座は初めてだ。ベストの出来といって良い。

小三治『出来心』
マクラで小さんの思い出話をしている内に自分の思い出になってゆく。若い頃、落語では目が出そうに無いのでプロボウラーになろうとボーリング場の通ったエピソードを紹介。この人は趣味が広い。着物姿で襷掛け尻端折りという恰好でゲームをしていたとか。「小さんは漫才の桂子好江の好江を可愛がってましたね。桂子にはそうでも無かった」で大笑い。
このネタは小さんを受け継ぐというよりは小三冶のが絶品。細かな言い忘れや言い違いはあったが、間抜けな泥棒や何を訊かれても「裏は花色木綿」をくり返す長屋の男の人物描写は他の追随を許さない。
これに匹敵する高座といえば、8代目春風亭柳枝の『花色木綿』しかないだろう。

三人三様で小さんのお家芸を披露した三席、全てが満足。

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2014/05/11

前進座「お染の七役」(2014/5/10夜)

「お染の七役 於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」
日時:2014年5月10日15時30分(初日夜の部)
会場:国立劇場大劇場
劇団:前進座
作:鶴屋南北
改訂・演出:渥美清太郎
<   配役   >
河原崎國太郎:油屋娘・お染/油屋丁稚・久松/久松の許嫁・お光/お染の母・貞昌/奥女中・竹川/土手のお六/芸者・小糸(以上七役) 
中村梅之助:仲人佐四郎
嵐圭史:鬼門の喜兵衛
武井茂:山家屋清兵衛
藤川矢之輔:百姓久作
山崎辰三郎:油屋太郎七/女猿廻しお鶴
益城宏:髪結い亀吉/虚無僧
姉川新之輔:手代九助
松浦豊和:鈴木弥忠太
柳生啓介:参詣人
松涛喜八郎:番頭善六
嵐芳三郎:若旦那多三郎/船頭長吉
中嶋宏太郎:中間権平
寺田昌樹:丁稚勘吉/参詣人
高橋佑一郎:箱廻し源六
早瀬栄之丞:下女おその
渡会元之:駕籠舁き庄六/船頭
石田聡:参詣人/船頭
生島喜五郎:仲居お巻
上滝啓太郎:茶屋女/船頭
藤井偉策:駕籠舁き又八/船頭
新村宗二郎:非人の市/船頭
忠村臣弥:腰元お勝
本村祐樹:丁稚久太/船頭
ほか

1710年に大阪で起きた油屋の娘と丁稚との心中事件、「お染・久松」を題材として芝居はいくつかあり、特に有名なのは近松半二作「新版歌祭文」(通称「野崎村」)だが、この芝居は4世鶴屋南北作で文化文政期に5代目岩井半四郎主役で大当たりを取った「於染久松色読販」だ。
近代に入って上演が途絶えていたものを、昭和9年に渥美清太郎氏の改訂台本・演出により前進座が復活上演した。演じたのは5代目河原崎国太郎で、その国太郎の指導で大歌舞伎の坂東玉三郎や中村福助らによって上演されてきた。1998年、「お染の七役」が当代國太郎の襲名披露演目となり、玉三郎や福助から指導を受けた。
この芝居はそういう意味で前進座として、また河原崎國太郎としてのお家芸ともいうべきものだ。

ストーリーは。
浅草瓦町にある質店油屋は主人亡き後、後家の貞昌が切り盛りをしている。息子多三郎は芸者の小糸に入れ揚げている始末。 貞昌は娘お染と山家屋清兵衛との縁談を勧めるが、お染は店の丁稚久松と恋仲になる。一方店の番頭・善六は多三郎を追い出し、お染を妻にして店を乗っ取ろうと企んでいる。
久松は実は侍の子で、主家の宝刀・午王義光を密かに探しており、その姉竹川も刀を取り戻すための金の工面をかつての召使お六に依頼する。だが、お六の亭主喜兵衛こそが宝刀を盗んだ張本人であっった。
柳島の妙見様の祭礼の日、久松の後見人である百姓久作と油屋番頭らの諍いがあり、殴られて久作は負傷する。これをネタに喜兵衛とお六が油屋を強請るが、山家屋清兵衛の機転で失敗に終わる。
母に諭されても久松との恋を諦めることのできないお染は既に久松の子を身ごもっていた。不義として土蔵に押し込められる久松との間で二人は心中を決意する。
喜兵衛は油屋の土蔵に押し入り宝刀・午王義光を盗み出すが、土蔵から出ようとした久松と鉢合わせ。二人が争うが、最後は久松が喜兵衛を斬り、宝刀を手中にする。
大川端で再開したお染と久松がいよいよ心中しようとするが、その時に・・・。
実際の事件とは異なり、最後は二人が結ばれる大団円となる。

この芝居の最大の見所は、國太郎による7役の早替わりだ。それも一つの場で何役も瞬間的に早変わりをして、まるでイルージョン・マジックを見ているようだ。もちろん衣装だけではなく人物の性別や性格までまるで異なるのだから、この早替わりは驚異的と言っても良い。
特に大切でのお染と久松が手に手を取ってのシーンでの相互の入れ替わりは、目をこらしていても分からぬ。
これだけでも一見の価値がある。
この芝居の見せ場は早替わりだけではない。喜兵衛とお六の強請(ゆすり)の場などでは世話物としての魅力を見せるし、大切の場での狂女・お光に扮した國太郎の踊りや、猿回し役の辰三郎と船頭長吉に扮した芳三郎との踊りといった楽しい趣向も見せてくれる。
派手な立ち回りもあれば、番頭の善六と丁稚久太の掛け合いでは落語のようなコミカルなシーンも出てくる。
エンターテイメントとしての芝居が満喫できる仕掛けとなっている。

出演者では何といっても7役をこなす國太郎の演技が圧巻。特に土手のお六の演技が素晴らしい。こういう役を演らせたら今の歌舞伎界でもトップクラスだろう。
悪役を演じた圭史には圧倒的な存在感があり、強請を見破る一方お染のために身を引く清兵衛を演じた武井茂は肚を見せる。
善六役の喜八郎と久太役の本村祐樹のコミカルな演技が度々場内に笑いを起こしていた。とりわけ本村祐樹の軽妙な動きが目立った。
他の出演者も前進座らしい堅実な演技を見せていた。

公演は10日が初日で5月21日まで。

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2014/05/09

春風亭一朝一門会(2014/5/8)

「春風亭一朝一門会」
日時:2014年5月8日19時
会場:横浜にぎわい座芸能ホール
<  番組  >
前座・春風亭一花『子ほめ』
春風亭一蔵『夏泥』
春風亭一左『短命』
春風亭柳朝『明烏』
~仲入り~
春風亭一之輔『普段の袴』
春風亭一朝『片棒』

噺家になりやがて真打、そこそこ売れてくると入門希望者が来て弟子入りを許す。その弟子が二人三人と増えてゆき若手のホープと呼ばれるような人も出てきて、師匠の指導者としての名声も高まる。
そこで一門会を開くと、客の入りも良いので定期的にやろうじゃないかという運びとなる。まさに落語家冥利に尽きるというもの。
でも、こうした幸せに浴する人はごく一部だ。これだけ沢山の真打がいるが、定期的に一門会を開いているのは限られている。落語協会でいえば主なとこで小三冶、扇橋、さん喬、雲助に、この一朝一門といった辺りか。

「一朝」という名跡、「知る人ぞ知る」で知らない人は知らない。元は三遊亭(又は三遊)の名跡で、大師匠の彦六の正蔵が薫陶を受けたのが三遊一朝。その一朝の名を貰ったのは正蔵の惣領弟子の5代目柳朝の惣領弟子という位置からか。そして今の一朝の惣領弟子が6代目柳朝を継いでいるのだから、やはり惣領弟子というのは立場が強い。
もしこれから落語家になろうと思ったら、弟子を持っていない売れてる落語家の一番弟子になるのが狙い目か。

一朝の弟子は8人だそうだが、失礼ながら一人の名前が思い浮かばない。ご存知の方があれば教えて下さい。
春風亭柳朝
春風亭一之輔
春風亭朝也
春風亭一左
春風亭一蔵
春風亭一力(6月より朝之助に改名)
春風亭一花
【追記5/10】
もう一人は「7番弟子の『朝太郎』」とのコメントが寄せられましたので紹介いたします。

8番弟子の一花はこの日初高座だったそうで、初の女流ということもあり各出演者がネタにしていた。一之輔は、師匠がまさか女の人を弟子に取るとは思わなかった。よほど弱みでもあるんだろうか、もしかして隠し子? そう言いながら、一花が師匠から上等な帯を貰ったのを羨ましがっていた。師匠の方は、一花が一席終わった時に楽屋で一之輔がガッツポーズをしていたとバラシテいた。何はともあれ男として、若い女性が身近にいることは悪い気がしないのだ。
一朝と弟子の会話を聞いていると師弟というより友達同士みたいだと他の噺家が言っていた。まだ一之輔が二ツ目当時の独演会で、ゲストで来ていた師匠が下座で太鼓を叩いていたことがあり、師匠の人柄の反映なんだろう。

一花『子ほめ』、大学を出て社会人になってからの入門とか。初高座とは思えない落ち着いたしゃべりで先ずは合格ライン。ただアタシは女流落語家否定論者なので、期待はしないけど。

一蔵『夏泥』、何かというと「さあ殺せ!」と居直る長屋の男と、請われるままに金を渡す気弱な泥棒との対比がよく出来ていた。泥棒が着物の襟に縫いつけていた金まで巻き上げられるという演出は初めて観た。
着実に進歩しているようだ。

一左『短命』、ネタの選択に一言、こういうネタは真打になってから出すべきで、二ツ目の若手が演じるのは感心しない。かつては艶笑噺としてあまり高座に掛からなかったが、近ごろはやたらに演るので閉口する。

柳朝『明烏』、この人のこのネタは初見。動きが滑らかでキレイなせいか、父親の日向屋半兵衛、源兵衛と太助が揃って粋な遊び人に見える。時次郎を花魁の部屋へ連れてゆく女は通常は女将風に描かれるが、柳朝の場合はいわゆる「ヤリ手」のオバサンにしていた。「野際陽子のような笑顔」という表現は上手い、確かにイメージできる。浦里にもっと匂い立つような色気が欲しかったが。
語りがリズミカルだしスピーディで良い。若手では三三と並ぶように思う。

後半の一之輔と一朝の高座についてはそれぞれの十八番でお馴染みだから、紹介は無用でしょう。

この一門の温かさが感じられた、気持ち良い会だった。

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2014/05/08

【臭い物にフタ】STAP論文不正を理研調査委「再調査せず」

理研は「臭い物にはフタをする」に成功したようだ。過去形だから「フタをした」かな。
STAP細胞論文の研究不正を調べていた理化学研究所の調査委員会(渡部惇委員長)は5月7日、著者の小保方晴子ユニットリーダーからの不服申し立てを退け、再調査しない方針をまとめ理事会に報告した。
調査委は4月1日、STAP論文について、小保方氏による画像の捏造などがあったとする最終報告書を公表した。笹井芳樹氏ら論文の共著者は、責任重大だが研究不正はないとした。
それに対し小保方氏側は「調査が不十分」「真正な画像データは存在する」と主張し、新たな調査メンバーによる再調査を求め、不服申し立ての内容を補充する資料を提出していた。
理研の調査委員会は、小保方氏側から、再調査をしなくてはならないような新たな資料の提出がなかったと判断した。
報告が理研の理事会で承認され、小保方氏が不正をしたという理研の見解が確定すると、今後は小保方氏の処分が検討される。

STAP細胞に関する研究について、その成果を特許出願し、論文を発表させ、記者会見を開いて技術をPRしたのは全て理研の命令によるものだ。小保方氏はその指示に従っただけだ。
その後論文の一部に不正が見つかり外部から指摘を受けると、掌(てのひら)を返したように担当者に全ての罪を被せて自分たちの責任は頬かっぶり。
小保方晴子リーダーの上司にあたり、STAP論文の共著者でもある笹井芳樹発生・再生科学総合研究センター副センター長が行った4月16日の記者会見では、自分のSTAP論文への関わりは最後の仕上げ部分のみであったと述べている。
しかし問題の英ネイチャー(Nature)誌の論文では、笹井氏が論文作成、実験、研究デザインと全般に関わっていたことが記されている。
もはや笹井氏は逃げの一手なのだ。調査委員会の見解もこれに追随したものになっている。

・実験データの中で論文の結論に都合の良いデータだけを取り出し、他のデータは切り捨てる。
・実験で得られた画像が不鮮明であれば、切り貼りや別の画像に差し替えを行う。
この2点が不正だ捏造だということになれば、過去の多くの論文が引っ掛かることになるだろう。
他の研究論文にボロが出る前に、早く幕引きを図ったというわけだ。
小保方という尻尾を切り、理研も上司も生き残る。
悲しいけど、これが現実。

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2014/05/07

「芸協らくごまつり」(2014/5/6)

第25回大演芸まつり「芸協らくごまつり」
日時/2014年5月6日13時
会場/国立演芸場
<  出演者  >
瀧川鯉ん『ん廻し』
桂米多朗『粗忽長屋』
ナイツ『漫才』
*春風亭昇太『ストレスの海』
*三遊亭小遊三『悋気の火の玉』
~仲入り~
『口上』三遊亭金馬・日本演芸家連合会長ほか
三遊亭遊之介『蝦蟇の油』
春風亭柳好『のっぺらぼう』
江戸家まねき猫『動物ものまね』
桂米助『ラーメン屋』
(*印:桂歌丸の代演)

毎年、国立演芸場のて5月1日より10日間、「日本演芸家連合」主催「大演芸まつり」が開かれ、6日は落語芸術協会「芸協らくごまつり」が行われた。
「芸協らくごまつり」は秋にファンとの交流会として芸協が毎年行っているが、その活動資金としてこの会が持たれているとのこと。出演者は全て出演料タダだそうで若手はまつり実行委員のメンバーとある。
当初の予定は仲入りが歌丸だったが休演、代演は小遊三と発表されていたが昇太がサプライズ出演、会場はヤンヤの大喝采だった。

当方のお目当ては漫才のナイツ、ボケとツッコミの役割が明確な本格派の「しゃべくり漫才」だ。期待通り面白かった。時事ネタが中心だが、ツッコミ役の「間」のタイミングが良く、かつての「リーガル千太・万吉」を思わせる。笑いの主体はボケの塙宣之だが、土屋伸之のツッコミ技術は若手漫才界のトップレベルだ。

ネタの中の昇太『ストレスの海』は新作でストーリーは。
いつもストレスに注意をはらって生活する妻が、夫のストレスが溜まっていないか気にして居眠りする旦那にいたずらをし起こす。怒る夫に妻はストレスのせいだと言い、ストレス解消法として海に行くことになる。渋る夫を無理に海辺に連れて行き、ゴムボートに乗って二人で沖にこぎ出す。
青い空白い雲波の音に癒される二人だが、ボートからシュー、という音、空気が抜けていたのだ。
場面は夫の葬儀に、弔問客に「どうして旦那さんは亡くなったんですか」と聞かれた妻は「ストレスです」。

前座の鯉んは元気があっていい。ミスのカバーも堂に入っていて伸びていきそうな感じがする。
芸協では今年89歳になる現役が二人いる。米丸と笑三だ。現役で最高齢の記録を塗り替えている。
口上で金馬がうっかり柳昇の名前を間違えて「亡くなった米丸さん」と言ってしまい、他の人から「米丸は元気です。危ないのは歌丸」と突っ込まれていた。

こういう会なので寸評はいいでしょう。

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2014/05/06

志の輔「大河への道~伊能忠敬物語」(2014/5/5)

志の輔noにぎわい「大河への道~伊能忠敬物語」
日時:2014年5月5日19:00開演
会場:横浜にぎわい座芸能ホール
<  番組  >
前座・立川志の太郎『千早ふる』
立川志の輔『大河への道~伊能忠敬物語』

以前から気になっていた志の輔の「大河への道~伊能忠敬物語」、今回にぎわい座のチケットが手に入ったので出向く。
先ず主人公の伊能忠敬についてだが、教科書に名前が出ていた程度しか知らないので改めて略歴を調べてみたので、これをマクラ替わりにする。
「伊能 忠敬(いのう ただたか)は延享2年1月11日(1745年)生まれ、文化15年4月13日(1818年)没。江戸時代の商人・測量家である。
最大の業績は、寛政12年(1800年)から文化13年(1816年)まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにしたこと。
<  「伊能忠敬」略年表  >
1745年 上総国山辺郡小関村で生まれる 幼名は三治郎
1762年17歳 下総国香取郡佐原村の酒造業を営む伊能家に婿養子に入る
1781年35歳 佐原村本宿組名主となる
1783年37歳 天明の大飢饉で私財をなげうって地域の窮民を救済する
1794年49歳 隠居
1795年50歳 江戸に出て幕府天文方高橋至時に暦学天文を学ぶ。
1800年55歳 第1次測量 奥州街道‐蝦夷
1804年59歳 高橋至時が死去 後任の天文方は息子の高橋景保
1816年71歳 第10次測量(最終) 江戸府内 
1818年73歳 死去、喪を秘して地図製作を続行。
1821年 没後に『大日本沿海輿地全図』完成、三ヶ月後喪を公表。

ここまで書いてもう草臥れてしまった。とてもじゃないが日本地図を作るのはアタシにゃ無理だね。もっとも子どもの頃には時々、布団の上に世界地図は描いていたけど。
これから志の輔のこのネタを聴く人には少しは役に立つと思う。

伊能忠敬については戦前は修身の教科書に載っていたようだが、戦後に改めてブームが起きたきっかけは、井上ひさしが昭和52年(1977年)に書いた小説『四千万歩の男』だろう。
隠居を過ぎてから新しい分野の仕事、それも地球2周するほどの距離を歩き測量し、初めて日本地図を完成させた(正確には測量までで、地図の完成は没後だが)という偉業を達成した人物として、定年後に新たな挑戦を始める「一身にして二生を得る」という生き方に注目が集まった。
超高齢化社会にピッタリの、まさに「中高年の星」である。

ここまでが今日のマクラ、長いね、まるで小三冶だ。

志の輔のイントロは2010年の長崎での独演会から始まる。その当時NHK大河ドラマの「龍馬伝」を受けて長崎は坂本龍馬ブームに沸き立っていた。地元の人でさえ便乗商法と苦い眼で見ていて、志の輔の楽屋でも龍馬ブームに批判の声が上がっていた時に一人の中年女性が楽屋に現れる。それが主役を演じた福山雅治の母親だった。何気ないエピソードながら、既に本編の導入部になっている。
翌日にシーボルト記念館を訪れる話が出てくるが、ここで「シーボルト事件」についての説明を受ける。
この事件は、1828年9月にシーボルトが帰国する直前に所持品の中から禁制品の日本地図などが見つかり、それを贈った幕府天文方・書物奉行の高橋景保ほか十数名が処分され、景保は獄死したというもの。シーボルトは1829年に国外追放処分を受けた。
ここに出てくる高橋景保は、伊能忠敬の物語にも登場してくる重要人物で、これまた本編とつながる。
その3年前の2007年、たまたま訪れた千葉県の佐原でふらりと入った「伊能忠敬記念館」で、伊能忠敬の地図が衛星から撮影した日本地図とピタリと重なっていることに驚愕し、志の輔が伊能忠敬を主人公にした落語が出来ないものかと思い立つ。
つまりこの演目ではマクラが本編の一部になっているという仕掛けだ。

このネタが完成し高座にかかるのは2011年だから構想から4年かかったことになる。難しかったんだろう、偉人伝というのは落語には合わないからね。その志の輔の苦闘をそのまま筋に反映させたと思われる。
物語は、千葉県の振興のために没後200年を迎える2018年のNHK大河ドラマに「伊能忠敬」の生涯を描いたものを採用させようという事でチームが結成され、新進のライターが起用される。
取材を重ねいよいよ原案発表の締め切りに現れた作者は、一言「出来ません」。詰め寄る担当者に、日本中を測量して歩いた人物をいくら大河ドラマとして映像化しようと思ってもアイディアが浮かんでこないというのだ。
しかし、とライターは続ける。なぜ伊能忠敬の死が秘密にされ、3年後に初めて明らかにされたのか、その物語をライターが語りだす。
伊能忠敬は地図の完成を見ずに死んでいった。この仕事に携わった全ての人たちが、これを忠敬の業績として公表するために地図の完成まで死亡の事実を秘匿し続けたのだ。
文政4年(1821年)、『大日本沿海輿地全図』と名付けられた地図はようやく完成した。7月10日、高橋景保と忠敬の孫忠誨(ただのり)らが登城し、地図を広げて11代将軍・徳川家斉公に上程した。その時になって初めて伊能忠敬の死を告げる。
本来なら重きお咎めあるところだが、家斉公は景保らに慰労の言葉をかける。
この部分は無論フィクションだがよく出来ている。
千葉県のチームの人たちも感激するが、これでは忠敬の死後の物語になり、目的は果たせなかったことになる。チームリーダーが出した結論は・・・。
一席終り暗転してからスクリーンには忠敬が辿ったであろう風景が上空から写され、伊能の地図と衛星写真が重なりあう。その誤差は1000分の1だそうだ。

落語というよりはもっと幅広い、講釈や一人芝居などを含めた話芸ともいうべきか。釈台を前に置いての口演は志の輔のそうした考えの反映なのだろう。
マクラから本編まで完成度が高く、志の輔の話芸の巧みさもあって仲入り抜き110分の高座は飽きさせない。

だが過去のブログに書かれていたような周囲の客の多くが涙を流していたとか、会場全体が揺れていたという状態には程遠い。なかなか良かったんじゃない、というのがアタシの率直な感想だ。
それは志の輔が面白いことを言う度に大仰に拍手するオジサンのせいで(さすがに志の輔が高座から注意していたが)演者の集中力が削がれたのか、聴き手の側のせいなのか。

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2014/05/03

#393日本演芸若手研精会(2014/5/2)

「第393回日本演芸若手研精会・稲葉守治追善公演(昼)」
日時:2014年5月2日(金)14時
会場:日本橋劇場

<  番組  >
前座・柳亭市助『転失氣』
桂宮治『反対俥』
入船亭小辰『締め込み』
入船亭遊一『心眼』
~仲入り~
「龍馬」真打昇進口上
三笑亭夢吉『勘定板』
ゲスト・金原亭龍馬『抜け雀』

先日ある落語会運営サイトにアクセスし、サイト所定の書式に住所、氏名、電話番号、メルアドと希望する落語会などを書いてメール送信し、送信完了のメッセージが出た。ところがウンともスンともいって来ない。仕方なく問い合わせの電話をしたら、「0月0日ですか?メールは来てませんね」。確かに送信したと言うと、しばらくして「ああ、ありました。迷惑メールの所に入ってました。」という返事。オイオイ、いきなり迷惑メール扱いかよ。
この会じゃないですよ。ここは親切だからそんな心配は要らない。

今回の「日本演芸若手研精会」は「稲葉守治追善公演」と銘打っての昼夜公演で、その昼の部へ。
その稲葉守治さんの事だが、2009年3月26日付朝日新聞に以下のような追悼記事が書かれている。
【引用開始】
若手を育てる落語会を30年にわたって手弁当で続けてきた東京の稲葉守治さんが3月10日、肝臓がんで亡くなった。75歳だった。13日の告別式には、故人に育てられた落語家が集まって別れを惜しんだ。
稲葉さんは、見どころのある二つ目を出演させる「日本演芸若手研精会」を79年から月例で開催。3月5日に開いた会が第331回だった。
ここから巣立った落語家は柳家さん喬、三遊亭楽太郎(当代の圓楽)、三遊亭小遊三、五街道雲助らベテランから、林家たい平、柳亭市馬、柳家三三らまで、そうそうたる顔が並ぶ。稲葉さんは彼らの活躍を喜び、友人には「おれには見る目があるみたいよ」とうれしそうに語っていたという。
一方で、稲葉さんは決して楽屋には入らず、打ち上げにも出なかった。「僕が行けば出演者たちが硬くなってしまう」と説明していたが、「スポンサー顔をしたくない」というのが本心だった。
落語家の芸に注文もつけなかった。「僕らにはお客の入りの心配もさせない。芸に集中する環境だけを作ってくれた」と柳家三三は振り返る。
05年春にがんが見つかったが、入退院を繰り返しながら会を続けた。昨年9月には落語家たちが激励しようと「生前葬落語会 稲葉さんさよなら公演」を企画。市馬、三三らが出演した。稲葉さんは最後列の席で落語を楽しみ、珍しく打ち上げに出た。
【引用終り】
記事にある「生前葬落語会 稲葉さんさよなら公演」には私も参加したが、温かいそして楽しい会だったのを記憶している。
稲葉さんの追善公演だったにもかかわらず、直接ご本人にお世話になった人が少なかったためだろうが、出演者からあまり思い出話が聞けなかったのが残念だった。

この会は出演者全員が二ツ目のレギュラー制で、前座もレギュラーのようだ。メンバーは9人で出演は5人程度になるので毎回出るとは限らないが、前座だけは毎回出演ということになる。
その前座・市助だが、アタシの知る限りではピカイチだ。敢えて欠点を上げるとすれば、前座としては落ちつき過ぎて可愛げがないことだけだ。もう二ツ目は間近だろう。

宮治『反対俥』、ネタの出来だけいえば10代目文治の若い頃を思わせる(って古いね)パワフルな高座で、真打クラスといっても良い。サゲも工夫されている。
ただ毎度感じるのだが、この人のマクラの無遠慮さ、アクの強さ、ギラギラ感、臭さには少々閉口させられる。このまま進むのであれば客の好みは別れるだろう。

小辰『締め込み』、落語協会の二ツ目の中で素質としては群を抜いていると思う。やがては師匠や扇遊クラスの真打になるものと期待される。
ただこのネタに関しては未だ未だだ。『締め込み』は8代目文楽やその弟子の7代目円蔵が十八番としていたが、一番肝心なのが女房のお福の演じ方だ。亭主が焼き餅を妬くだけあって婀娜っぽい可愛らしい女に描かなくてはならない。夫婦喧嘩で亭主に言い立てる場面は良かったが、その前の湯屋から戻って近所の人と言葉を交わす所が今どきの若い女性になっている。亭主と泥棒の演じ分けも不十分だ。これからの仕上がりを待ちたい。

遊一『心眼』、8代目文楽の演出そのままに本寸法の高座。キズやアナは無いのだが、何かが足りない。
例えば按摩の梅喜の盲人ゆえの惨めさと、(夢の中で)目が明いた後の弾けるような喜びの対比が弱い。文楽の高座ではいつもここで拍手が起きていた。芸者・小春にはもっと色気が欲しい。
早ければ来年あたりには真打の声がかかるのだろうが、何を「売り」にしていくのかが課題か。

夢吉『勘定板』、便所の類語を調べたら、・御手洗い ・ 手洗い場 ・ 洗面所 ・ ご不浄 ・ 手水場 ・ 雪隠 ・ ラバトリー ・ 用場 ・東浄 ・ 不浄場 ・ 後架 ・ トイレ ・ トイレット ・ 憚り ・ 不浄 ・ 隠所 ・ 厠 ・ 化粧室 ・ 御不浄 ・ 御手水 ・ 閑所 ・大壷 ・トワレ・閑所 ・ラバトリー ・ 手洗い。近ごろはパウダールームなんて言うらしい。
この中の「閑所(かんじょ)」から地方によっては「かんじょう」とも言われてらしい、その一席。
軽いネタだが、これでもかいう程の「尾篭トーク」で沸かせていた。この人の明るい芸風に合ってるんだろう。

龍馬『抜け雀』、昨年真打に昇進したので今日はゲスト。このネタは古今亭(金原亭)一門のお家芸だが、最近ではすっかり柳家に十八番を奪われてりる感がある。こうして一門の若い人に継承されているのは嬉しいことだ。
龍馬の高座はもう少し人物像を鮮明にして欲しいと思った。

さて現在の若手の高座について、稲葉さんはどう感じているだろうか。

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2014/05/01

通ごのみ「扇辰・白酒 二人会」(2014/4/30)

通ごのみ「扇辰・白酒 二人会」
会場:日本橋社会教育会館
日時:2014年4月30日19時
<  番組  >
前座・林家つる子『堀の内』
入船手扇辰『明烏』
桃月庵白酒『笠碁』
~仲入り~
桃月庵白酒『浮世床』
入船亭扇辰『竹の水仙』

毎回人気のこの会、この日もGWの谷間だったにも拘らず予約完売。
満席の割には空いている席がポツポツと。チケットは買ったものの急に都合で来られなくなる方もいる。式場の方に訊いたら結婚式でも5%はキャンセルが出るそうだから。
落語家の名前というのは師匠が付けてくれるんだろうが、やはり弟子によって気合の入り方が違うんだろう。立川談春なんて、談志がこいつは見所があると最初から思ったからあんな良い名前を貰ったんでしょうね。そこはキウイとは違ったんでしょう。
扇辰、いい名前だ。なんとなく扇辰=先達というイメージから将来リーダーになりそうな気配を感じる。
桃月庵白酒は色白でまあるい体形からピッタリだ。弟弟子の隅田川馬石は住んでいる場所からの連想で襲名させたに違いない。三番目はよく分からないけど。
こうしてマクラを振ってるうちに今日は何を書こうかと考える。

近ごろやたらに女流の前座にぶつかるケースが多いがカンベンして欲しい。以前から言ってるように落語家は女性に向かない職業だ。なかには聴けるのもいるが大概は下手だ。決して差別のつもりで言ってるわけじゃない。向かないものは向かない。師匠方もそこんとこをよく諭して下さいよ。

扇辰『明烏』
白酒が後の仕事があるからと出番が入れ替わったらしく不機嫌そうに登場。まあポーズでしょうけど。
いきなり『明烏』とは恐れ入る。通常は仲入りかトリで演る演目だが。
全体をオーソドックスにまとめて人物の演じ分けに重点を置いた高座だった。
前から思ってたんだけどこの噺、要約すれば堅物の若旦那・時次郎が初会で浦里花魁に「男」にされてしまったってぇ事でしょう。処が、肝心の浦里が時次郎をどうやって誑(たら)し込んだかという描写がない。ここが興味津々なんだけど、誰か演じてくれないかな。白酒さん、チャレンジしてみませんか?

白酒『笠碁』
5代目小さん以来、柳派は待ったされた方の旦那が雨の中を笠をかぶってキョロキョロしながら行ったり来たりする場面を描いている。
白酒は大師匠の形で、待ったした方の旦那が笠の男を目で追うという表現にしていた。アタシの好みは後者で、こちらの方がジリジリしながら待ち、やがて堪えられなくなって声を掛けるという肝心の場面が生きてくると思う。
若手がこのネタを演ると概して旦那たちがそれらしく見えないという欠点を持つのだが、そこは白酒、大店の主人としての風格は出していた。
通常との違いは、待ったした側の旦那が相手の借金を待って上げたと言い立てると、待ったされた側が相手の愛人問題を穏便に解決してあげたじゃないかと言い返す所だ。つまりキブテイでお互い様だったという解釈。
男同士の友情というのは(家族にも話せない)「秘密の共有」がベースになっている事が多く、こういう演出もありかなと。

白酒『浮世床』
軽めの2席目は「将棋」と「本」。「ヘボ将棋王より飛車を可愛がり」という川柳にある通り、ヘボ将棋ににとっては飛車が絶対的な存在だ。それと詰めることより相手の駒を取ることに喜びを感じる。その辺りの雰囲気が出ていた。本の仮名の拾い読みで、百栄がやっているが「姉がカワラケ」が出ていた。あれはオリジナルは誰なんだろう。意味の分からぬお客もいるようだし。

扇辰『竹の水仙』
ご存知、左甚五郎ものの一つ。落語でいえば『竹の水仙』と『三井の大黒』『ねずみ』の3部作となるので、この作品は甚五郎が江戸へ下る途中の話となる。扇辰は名古屋の鳴海宿という設定だった。宿の主人は婿で今年で8年目、だから女房には頭が上がらない。
5代目小さん以来、柳家のお家芸ともいうべきネタだが、いくつかオヤッと思う箇所があった。
宿の主が甚五郎に2両2分を支払ってくれというと、甚五郎は倍の5両払うと言い出す。この時、甚五郎は一文無しなので払えないわけだから、倍にする意味が良く分からない。
竹の水仙が蕾の状態で花瓶にさし水を入れておくという事だったが、オリジナルでは水仙の水は昼夜六たび水を替えることになっている。竹の水仙は水を吸い上げることにより花が開くので、やはりオリジナルの方が理屈にあっている。
これもオリジナルでは水仙の花が開き辺りにいい香りが漂うようになってから、それに目をとめた大名(扇辰は細川公)が買いあげることになっている。扇辰の高座では大名が買うと言い出してから水仙の花が咲くと逆にしている。これも理屈に合わない。
水仙の価格だがオリジナルでは町人なら50両、大名なら100両と甚五郎が指定するのだが、扇辰の場合は相手によって値段を決めるからと価格を予め指定しないとしていた。
水仙が売れた500両を宿の主人が甚五郎の元へ届ける時に、女房が今まで失礼な事を言ってきたので主が鑿(のみ)で刺されるんじゃないかと心配し、主の身体に紐を巻き付けるという設定も不自然だ。実際に女房が紐を引き、主が階段から転げ落ちるというのは蛇足だ。
それやこれやで、扇辰らしい丁寧な描写も随所にあったが、およそ45分かかった口演時間と共に納得のいかない出来栄えだった。

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