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2014/08/31

ダイエットなんて、カンタンさ

ボクの場合、身長から割り出した標準体重は60㎏だ。永らくその体重を保っていたが50代初めの頃に68㎏に増えてしまった。困ったのはスーツで、従来のズボンのウエストが留められなくなる、上衣のボタンが掛けられなくなる。これはマズイということで人生初めてのダイエットに取り組んだ。と言っても、それほど大袈裟なことじゃない。禁酒しただけ。なにせ生来の無精者なので、食事を変えたり運動したりといった特別のことは一切しない。これだけで3か月後には-8㎏、目標の60㎏に到達した。こんな簡単なことだったのかと、拍子抜けしたくらいだ。
禁酒の効果だけではなく、自分の体重に気を付けるようになったという事が大きかったのだろう。

目標達成した翌日から飲酒を再開し、以後は1年364日呑み続けている(1日ぐらい呑めない日があるので)。それでもリバウンドせず、約20年間60±1㎏の体重を維持している。
コツらしきものと言えば、ダイエット中に習慣となった体重を毎日計ることか。体重は一日の内に変動するので、常に一定条件で計る必要がある。ボクの場合は、朝起きてすぐに計ることにしている。この時の体重が最も軽いことが分かっているので、目安を59.5㎏以下に置いている。こうすると最も体重が重くなる時間帯でも61㎏を超えることはない。日平均では60㎏前後となるわけだ。
もし増えてきたら食事のカロリーを減らす。59㎏以下になったらカロリーを増やす。努力らしき事といえばこれだけ。
もっとも理想体重は57㎏なので、ここまで落そうとしたら工夫が要るかもしれない。

TVや新聞、ネットの広告を見ると世の中ダイエット関連のものが多い。やれ何とかダイエット法だとか、ダイエットに効く健康食品だのサプリメントだのと喧しいこと。
もしボクがそうした特別なダイエット法を採り入れていたら、体重が減ったのはそのお蔭だと考えたかも知れない。幸いなことにボクは健康食品もサプリメントも一切信用していないし、使おうとも思わなかったので錯覚に陥らずに済んだ。あんなもん、半分はインチキですよ。
特別な病気を除き、人間の体重は採り入れるエネルギーと消費されるエネルギーのバランスだけで決まるので、そこだけ着目していたらコントロールはそう難しいことではない。
ただ、体重は落としても体形は変らない。ホントはジムに通ったりジョギングしたりして、逆三角形の体形にすれば良いんだろうが。
別にこれからモデルになるわけじゃないし、いまさらモテたいとも思わないので(負け惜しみ)、その必要性は皆無だ。

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2014/08/29

日本橋お江戸寄席(2014/8/28)

「日本橋お江戸寄席」
日時:2014年 8月28日(木)13:30
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  > ()内は所属団体
三遊亭遊松『たらちね』(落語芸術協会)
笑福亭竹三『時うどん』(  同   )
神田山緑『寛永三馬術より梅花の誉れ』(講談協会)
三遊亭鳳楽『短命』(円楽一門会)
~仲入り~
ベートーベン鈴木『コミックソング』(東京演芸協会)
三遊亭好楽『紙屑屋』(円楽一門会)

お江戸日本橋亭は定席ではないが、定期的な寄席興行が行われている。最大の特長は様々な協会の芸人が出演することで、この日の顔づけでも芸協を除く他の芸人は普段の寄席ではお目にかかれない。
28日は午前から谷中の全生庵で圓朝の墓参りや幽霊画の見学があったようで、その参加者が来場していた。
先日までも猛暑がウソのように涼しくなった昼さがり、こういう日はノンビリと。

遊松『たらちね』、遊三の弟子で、末弟なので「遊松」としたらしい。落語教室に2回通っただけで入門とは度胸がいい。日本橋亭の寄席では前座もプログラムに載せる。
竹三『時うどん』、鶴光の弟子で二ツ目に成り立て。顔も芸も濃い。
山緑『寛永三馬術より梅花の誉れ』、神田すみれの弟子。講談としてはポピュラーな演目で何度か聴いているが、今までとは違っていた。
過去に聴いた講釈では将軍家光が配下の旗本、大名らに愛宕山の急な石段を騎馬で登れと命じる。3名が名乗り出て登り始めるがいずれも途中で失敗し落馬、馬ともろとも階段を転げ落ちて絶命。
もはや誰一人として名乗り出ようとしない。そのとき讃岐国の領主・生駒高俊が「わが藩の馬術師範曲垣平九郎にお申し付け願いたい。」と申し出る。許しを得て曲垣平九郎は将軍に一礼すると見事に石段を登り切り梅花の枝を手折って襟にさし無事に石段を降り、将軍から讃えられる。
山緑のは、家光の命を受けて松平伊豆守が差配する。3名が失敗するとこれで終りとして帰り掛けると、そこに曲垣平九郎が進み出て自分が登って見せると申し出る。松平伊豆守は制止するが家光が直々に命じて、平九郎は近所の百姓から馬を借り、石段を登るというストーリーだ。
アタシにはどうも不自然に感じるのだ。
・大名の家来である曲垣平九郎が直接将軍や伊豆守に物申すことは有り得ない。大名を通じて申し出るとする方が自然だ。
・平九郎が近所の百姓から馬を借りというのも変だ。こういう難しい技術は人間と馬とがよほど呼吸が合っていないと無理だ。平九郎が自分の馬に騎乗して登るとした方が自然だと。
ノンビリとか言いながら、直ぐにこういう理屈をこねるのがアタシの悪いクセ。
鳳楽『短命』、隠居の謎かけを八五郎がどこで気付くかが演者の工夫のしどころ。鳳楽は都々逸の「新婚は夜する事を昼もする」で八が気付くという演出。ユッタリとした語り口ながら可笑しさがこみ上げてくる高座。
ベートーベン鈴木『コミックソング』、元『バラクーダー』のメンバーで作曲を手掛け「日本全国酒飲み音頭」、「チャカ・ポコ・チャ」、「演歌・血液ガッタガタ」のヒットさせている。現在はシンガーソングライター兼ギター漫談家で、他の芸人と違うのは歌は自分の作曲したものだ。愛嬌のある人で面白かった。
好楽『紙屑屋』、「笑点」のイメージが強いが元は彦六の弟子、古典落語の噺家だ。
道楽で親父から勘当され出入りの職人の2階に居候。いつまでもブラブラしてちゃいけないと、職人が就職の世話をするというお馴染みの展開。ここから先がチョイと違う。
仕事先は紙屑屋だ。集められた紙屑を選って所定のカゴに仕分けするという仕事。
処が、根が道楽者の若旦那。手紙が出てくれば読むし、都々逸の本を見れば都々逸を唄い、新内の本が出れば新内を語り出し、芝居本が出れば芝居の真似事。さっぱり身が入らない。
間に音曲や芝居の名セリフが入る、アタシの好きなネタだ。7代目橘家円蔵の十八番だったが、近ごろは高座にかかる機会が少ないようだ。この日、久々に聴けて良かった。

話は変るがネットのフリー百科事典『ウィキペディア』に7代目円蔵についてこういう記述がある。
【圓蔵は、生涯を通じて落語が下手で、後世の評価でも三平の下手を遥かに上回るといわれている。】
これは極めて一方的な評価と言わざるを得ない。いったいこの筆者は、円蔵の高座を一度でも観たことがあるのだろうか。確かに上手い人とは言えなかったが、実際の高座は独特の愛嬌があり、少なくとも「三平(初代)の下手を遥かに上回る」という記述は不当である。『紙屑屋』『浮世風呂』『締め込み』などの演目ではこの人の飄々とした味が良く出ていた。

やっぱり、ノンビリとは行かなかったか。

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2014/08/28

【街角で出会った美女】アルバニア編

30年以前なら、アルバニアに観光で行けるとは思わなかった、そういう国です。
アルバニア観光で最も印象的だったのは、現地ガイドによる国立歴史博物館の見学の時でした。古代から近代までの展示室はお座なりというか簡単に流し、最後の現代の展示室に入った途端にガイドが熱弁をふるい出しました。そこはかつての社会主義時代の資料が展示されていて、一党独裁だったアルバニア労働党による恐怖政治の実態と、それによってどれだけ多くの人が犠牲になったかという説明です。犠牲になった女性の写真が壁一面に貼られていました。結局、博物館見学時間の大半はここの展示室の説明に充てられました。
今までの訪問国の中でも、これほど「自国の負の歴史」を詳細に聞かされたのは初めてでした。添乗員が「日本じゃ考えられないな」とつぶやいていました。
裏返せば、当時のアルバニアがいかに酷い状態にあったかということなのでしょう。

アルバニア共和国の現代史は苦難の連続です。
第一次世界大戦後にはイタリアに併合され、第二次大戦でイタリアが降伏するとドイツが侵入、ドイツが降伏すると入れ替わりにソ連が入ってきます。
戦後はホッジャを首班とする社会主義政権が誕生しますが、ソ連の強い影響力のもとスターリン主義に傾倒し、当時ソ連と対立していたユーゴスラヴィアとは断交して孤立を深めます。
中ソ論争の際はソ連と対立、中国へ接近し文化大革命を支持します。その影響から世界で初めて無宗教国家を宣言、そのせいで現在も無宗教の人が多い。
中国の文革が挫折して改革開放政策に転じると、今度は中国からも離反します。
時々の最高権力に従って右往左往して、気が付けば鎖国状態になってしまったというわけです。

ホッジャが死去し1990年になってようやく民主化が行われ市場経済へ移行します。しかし急激な資本主義化に国民がついてゆけず、1997年には全国的なネズミ講により国民の財産の3分の1が失われるという信じがたい事態を招き、政府の責任を追及する暴動が各地で起こりました。
現在はようやく経済も立ち直り、観光にも力を入れ始めました。
ただ道路はいたるところで拡幅工事中で、デコボコ道を揺られながらの移動となることが多い。大半の家屋の屋根に給水タンクが付いているのは断水があるからです。
インフラ整備はまだこれからの段階ですが、都市部のホテルの居心地はまずまずでした。
バルカン半島の南西部に位置し、西海岸はイオニア海に接していますので、今後はリゾート開発も進んで行くのでしょう。

ホテルのフロントの女性で、カメラを向けたらニッコリ笑ってくれました。
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レストランの女性で、こちらはポーズを取ってくれました。
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携帯やipodで音楽を聴きながら歩くというのはどこへ行っても見られる光景で、ここアルバニアでも例外ではありません。
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2014/08/26

「慰安婦」と「慰安所」の実態(例)

「帚木蓬生(著)『蛍の航跡 軍医たちの黙示録』(新潮文庫)」は太平洋戦争中の主に南方に配属された軍医たちの物語だ。15の短編よりなる小説だが、いずれも軍医だった人たちの手記を元に取材を重ね書いたもので、ほぼノンフィクションといって良い。この著書全体についての書評は後日改めて書くつもりだが、この中に『巡回慰安所』という編がある。
軍の命令でいわば慰安所の「妓楼主」にされた軍医が描かれていて、慰安所の管理や運営の詳細が記されている。
ここに書かれている慰安婦は日本人女性だ。最前線の日本軍部隊を巡回しながら兵士の相手をしていたようで、「従軍慰安婦」(当時の表記をみると「慰安婦」又は「軍慰安婦」となっているようだ)と呼称しても差し支えないだろう。
下記のその概要を書くが、女性の人権上問題となる個所が多々あり、事の性質上「性」にかかわる言葉も多い。不快に思われる方は記事をスルーして頂きたい。

【昭和19年9月、私(以下、軍医とする)は第五十五師団の部隊に所属し、ビルマ南部のイラワジデルタの駐留していた。
ある日、師団司令部から呼び出され、各部隊に配布される下記の命令回報が渡される。
一、九月二十日以降、十日間(後に司令部からの要請で十一日間に延長された)の予定をもって、当地区に巡回慰安所を開設せらる。
二、その設営地は、師団後方一キロのジャングルの中とする。
三、慰安所使用の細目は追って通達する。
軍医の任務は、経理担当の主計曹長と共に、特に衛生管理の重要問題を解決することと言い渡される。要は、巡回慰安所の責任者として任命されたのだ。
設営地に行くと既に長屋のような建物が出来ていた。
竹の柱に、竹の簀の子張りの床、アンペラ(アンペラという多年草の茎で編んだ筵)囲いの壁、屋根は椰子の葉を葺いたもの。
内部は、片側が一間幅の土間の廊下があり、これに面して三畳半ぐらいの個室が六つ並ぶ。個室のドアは竹枠の筵一枚で、間仕切りはアンペラの二枚重ね貼り。軍医はこれでは少しの体動でも建物全体が振動するのではと心配したが、もう遅い。
この地区一帯に駐留する部隊の兵士は約四千名、対する慰安婦はわずか五名だ。滞在期間は十日間なので四千を五十で割ると、慰安婦一人あたり毎日八十名の兵士を受け入れなばならない。それはあまりに酷だというと、経理は病気や怪我で来られない兵もいるので半分の2千名になるだろうと言う。
これだと一人あたり三十六分という計算になる。ただこれは二十四時間ぶっ通しの場合であって、食事や睡眠、休養を考慮すると半分の十八分になる。これじゃ時間が短過ぎるなどと、議論は尽きない。取り敢えず司令部に十日間を少しでも延ばせないか打診する。
経理が、これは時間割ですと紙を差し出す。
イ、兵   自 九:〇〇 至一五:〇〇
ロ、下士 自一六:〇〇 至一九:〇〇
ハ、将校 自二十:〇〇 至 八:〇〇
軍医が、これでは二十四時間勤務ではないかと指摘すると、主計曹長は将校は数が少ないので十二時以降は休養になると答える。
一回の使用料は階級が上がる毎に高く設定してある(料金は不明)。「一回」をどう定義するかが検討課題だ。
軍医として最も心配なのは性病の蔓延だ。予防のために衛生サック(コンドーム)の確保を上官に依頼する。
次いで、性病に関する知識とサックの使用についての注意点を講義するため、部隊の兵士全部が集められる。将校も同席していて、彼らも利用者だから真剣に聞いていた。サックの不良品の点検方法や、使用した製品は二度と使わないことなどの注意を与える。
別に慰安婦には「星秘膏」(当初は兵士に配る予定が数が足りず慰安婦に配布とあるが内容は不明)を配った。
慰安所から少し離れた所に検問所兼事務所があり、軍医と主計はここに詰める。
慰安所に隣接して慰安婦の居室が建てられ、日々の食事は司令部の炊事班が運んでくる。
経理部で運営の細目を決めた。一回の定義だが、射精一回をもって一回とする。防具の装着励行、飲食物の持ち込み禁止、機密漏えい厳禁、行為に際しては局所以外の体部をもって相手方の局所に触れることは厳禁、但し相手方はその限りにあらずなど、微に入り細を穿つ内容だった。
問題はサックの数が足りないこと。仕方なく使用後全てを回収、消毒と洗濯、乾燥させ、破損や穿孔の有無を確認する。これらの作業は軍の衛生部が行う。慰安婦たちの性病検査も衛生部の仕事だ。
前日の夕方に五名の慰安婦が到着。
いよいよ当日の朝になると、慰安所の門の前には長蛇の列だ。この時運悪く敵機の来襲があった。通常なら兵士は近くの避難濠に飛び込むのだが誰一人動こうとしない。動けば自分の順番待ちがフイになるからだ。
門には日直の下士官が立つ。
「十五番、終りましたァ」と出て来た兵が申告する。
「ご苦労! 衛生防具を回収したか? 見せよ、よしッ、そこの消毒槽に返納して帰れッ」
「はいッ、返納終り、帰ります!」
こういう掛け合いが交わされる。
退室が遅れると、日直下士官が個室に向かって声を張り上げる。
「三十番! まだかァ? 長いぞ、急げ!」
兵の中には四回、五回という猛者もいた。
慰安婦の給金は相手した数によって支払われる。但し正式通貨ではなく軍票(戦地・占領地で軍が正貨に代えて発行する紙票。軍用手形)だった。
こうして無事に十一日間の任務が終わった。
五名の慰安婦は翌朝、司令部の下士官に連れられて次の勤務地へ向かった。】

私の理解では、慰安所というのは全て専門の売春斡旋業者が慰安婦を管理し、軍からは施設の提供だけ受けて運営は業者が行っているものだと思ってた。
しかし本書のビルマ南部のイラワジデルタでは、運営と管理は全て軍が行っていたようだ。
スケジュールを見る限り極めて重労働だったことが分かる。朝の9時から夜中の12時頃まで、途中に1時間の休憩が2回あるだけで、働きづめだ。しかも日々多数の兵士の相手をせねばならぬ。
給料は高かったようだが、彼女たちは最前線部隊を巡回しているので常に死と隣り合わせである。金には替えられない。
支払いが「軍票」だった点も気になる。特に終戦間近になると国や地域によっては「軍票」は紙屑同然になっていた。
報酬が高かったという論調もあるが、実態は必ずしもそうでは無かったようだ。

これとは別に本書の『アモック』では、スマトラ島北端にあるコタラジャに派遣された軍医大尉によって、この町の慰安所について概要が以下のように紹介されている。

【旧オランダ軍兵舎を慰安所としていて、広東生まれの朝鮮人が軍の委託経営者だった。
慰安婦はジャワまたはミナンカバウ出身(今のインドネシア国内と思われる)、ペナン(今のマレーシア国内)出身の華僑人、広東生まれの朝鮮人であり、三十名近くいた。
毎週金曜日が性病検査の日で軍医が担当、この署名がなければ営業は出来ない。
風紀取り締まりは、憲兵があたっていた。】

これ以上の詳細は不明だが、ここでの慰安所が軍の委託経営だという事と、慰安婦が全員日本人以外だという事が分かる。
後日談になるが、終戦後ここの慰安婦たちはそれぞれの出身地へ送還されたようだ。朝鮮人慰安婦はイギリス兵からの暴行を防ぐため看護婦の扮装をして日本兵と共に帰還船に乗船、シンガポールで朝鮮独立義勇軍に引き渡されたとある。
こういう記述を読むとなにかホッとする。

この様に国や地域によって慰安婦の置かれた状況、あるいは慰安所の実態というのは大きく異なっているようで、私たちにはその断片的な事実しか知ることが出来ない。今ではその全貌を把握するのは極めて困難だろう。
いずれにしろ今日の視点では許されない行為ではあるが、ただこの著作全体に描かれている日本兵の惨状からすれば、この問題も小さく見えてしまう。

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2014/08/24

「どうした!喬太郎」vs.「さすが!新治」(2014/8/23)

「第23回 三田落語会(夜席)『新治・喬太郎 二人会』」
日時:2014年8月23日(土)18時
会場:仏教伝道センタービル8F
<  番組  >
前座・柳家さん坊『からぬけ』
柳家喬太郎『蒟蒻問答』
露の新治『七段目』
~仲入り~
露の新治『胴乱の幸助』
柳家喬太郎『錦木検校』

この会の感想を一口に言えば、タイトル通り「どうした!喬太郎」「さすが!新治」となる。
アタシが感じたのは二人の基礎体力の差だ。と言っても体重じゃないですよ。落語家の素養として踊りと音曲は欠かせまい。踊りが出来ると動きがキレイに見える。音曲は噺の中で小唄なり都々逸なりを一節聴かせるのが効果的な時がある。もちろん、芝居噺、音曲噺をする場合は必要条件だ。
談志の健在な頃の立川流では、真打昇進にあたって唄と踊りを必須課目としていたようだ。若い二ツ目の時期に唄と踊りの修行をしておけば、真打になってからそれが必ず活きると考えたのだろう。
年季の差があるので一概に比較は出来ないが、新治と喬太郎とでこの点に関する差は歴然としている。これが最も印象に残った。

喬太郎の1席目『蒟蒻問答』
「どうしちゃったの?」と訊きたいくらいヒドイ出来だった。今まで観た喬太郎の高座でもワーストだと思う。ただストーリーを追うだけのような気乗りしない高座だ。
先ず、蒟蒻屋の六兵衛と八五郎との関係が不明確だ。二人は江戸時代からの知り合いで六兵衛は鉄火な稼業の親分だった。だから病に倒れた八の面倒を見たり、寺の住職に世話をしたりする。
六兵衛が八にお経を教えるが禅宗なので本来は引導の「喝」も加えなばならない。そこをカットしていた。
問答を請いに托善が現れると、最初から権助と逃げる相談を始めるのは変。ここは八が住職は留守だと追い帰そうとするがダメで、窮余の策として逃げる算段をするという方が自然。
二人が寺の資産を売り払おうとしている所に現れた六兵衛が、事前に問答の事を説明していなかった事を詫びるが、これもおかしい。先ず資産を売ることを叱るのが先で、問答対策はその後に来るべきだ。
八が托善を案内した時の本堂の描写も中途半端で手抜きとしか思えない。

喬太郎の2席目『錦木検校』
このネタは喬太郎の代表的な演目だ。もう10年近く前になるか、初めて聴いた時は、『三味線栗毛』という噺をこうも感動的に作り変えたのかと唸ったほどだ。
その後何度か聴いたが、錦木と酒井雅楽頭との再会シーンにはいつも胸を打たれた。
今回は残念ながら喬太郎が途中で咳き込んでしまい、それも中断しかかるほど激しいものだった。病に倒れた錦木が咳き込む場面では、演技なのか本物なのかと聴いている側が心配だった。
山場で携帯が鳴るというアクシデントもあってリズムが乱され、全体としては不満の残る高座だった。
新治の前2席に気圧されたのかも知れないが。

新治の1席目『七段目』
早目に会場ロビーで待っていると、新治の語りとお囃子、ツケ打ちの音が聞こえた。最後の仕上げをしていたのだろう。
全体の演出は手元にある吉朝の録音とほぼ同じだ。相違点だが新治の解釈は、実は父親も決して芝居が嫌いなわけでは無いという。若旦那が芝居好きになったのも元はといえば父親の影響だった。そう思って見ていると、この父親は息子の芝居狂いを呆れながらも楽しんでいるかに見える。妻には先立たれ、一人息子がこの有り様で店の将来が心配なだけなのだ。
若旦那と小僧の定吉が『忠臣蔵・七段目・茶屋場』の平右衛門とお軽の場面を演じるが、通常は途中から入るが新治の高座では二人が出会う場面から平右衛門が抜刀するまでを通して演じた。
いかにもこの人らしく所作が綺麗だし丁寧。下座の囃子やツケとの呼吸もピッタリ合い、上出来の高座だった。
アタシは残念ながらこのネタの第一人者と言われた吉朝のナマの高座を観ていないが、恐らく新治の高座はそれに迫るものと思われる。

新治の2席目『胴乱の幸助』
2席目は軽いネタかと思っていたら、そうでは無かった。
この噺は大きく3つの部分よりなる。
初めは喧嘩の仲裁が人生唯一の趣味という胴乱の幸助が酒をふるまうことを目当てにした二人の若者が、ニセの喧嘩を始めるが弾みで本当の殴り合いになる。料理屋の2階で孝助が二人から喧嘩の原因を聞きだすが二人からはトンチンカンな答えしか返ってこない。
次は、浄瑠璃の稽古屋で師匠が弟子に『お半長右衛門』の稽古をつけている所へ、浄瑠璃というものを聴いたことがない幸助が本物の喧嘩と勘違いする場面。いくら説明しても理解しない幸助に、師匠は『お半長』のあらすじを説明するが、幸助はフィクションの出来事であることも分からず、自分が京都に出向いて騒動を収めてくると言い出す。
稽古屋の人々も面倒になり、止めるどころか激励して送り出す。ここは新治独自の解釈かと思われる。
稽古屋の師匠が浄瑠璃の一節を唸る場面を加えていたが、こういう所がワサビとして効く。
3つ目の舞台は京都。当時は大阪-京都間は既に汽車が開通していて、これだと朝出れば夕刻には着く。しかし、その頃の人たちは汽車は好まず、夕方に大阪から発ち早朝に伏見に着く船で行く人が多かったそうだ。御多分にもれず幸助も三十石で伏見から京都へ向かい、目的の柳馬場押小路虎石町の西側にある帯屋に辿りつく。もちろん浄瑠璃の『帯屋』とは別物。
そこで幸助は『お半長』の登場人物の名前を次々読み上げ、出て来るように店の番頭に頼む。最初は戸惑う番頭だが、次第にそれは浄瑠璃の『お半長』の話だと気付く。
「それ、もしかしたら、ハハハ・・・『お半長』と違いますか?」
「何がおかしいねん」
「笑わずにおれますかいな。お半長は、とうの昔に桂川で心中しましたわいな」
「えっ、死んでもた、ってか! しもた、汽車で来たらよかった」
でサゲ。
新治の高座は、主な登場人物である幸助、二人の若者、稽古屋の師匠や弟子と見物人、帯屋の番頭をキチンと演じ分けて、これ又、上々の高座だった。

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2014/08/22

【街角で出会った美女】マケドニア編

この度の広島市で起きた同時多発的な土砂災害により亡くなられた方、遺族の方、被害にあった皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、行方不明の方々の一刻も早い無事確認をお祈りいたします。
古来より日本の防災は「治山治水」を要諦としてきましたが、今回の事故からもその重要性を再認識せねばならないと考えます。

さて、マケドニア共和国は旧ユーゴスラヴィアが解体した1991年に国民投票により独立を果たしました。旧ユーゴの他の国々と異なり紛争や戦争を経ることなく、無血独立でした。
問題は国名。
マケドニアというと、どうしても古代マケドニア王国を連想してしまいます。
古代マケドニア王国は、現在のギリシヤ共和国の西マケドニア地方・中央マケドニア地方の全域と、マケドニアの一部、ブルガリアの一部、アルバニアの一部にまたがっていて、半分はギリシアに属していました。
また、現在マケドニア人と称している人たちは元々南スラブ人の一派であり、ギリシア語を話していた古代マケドニア人とは異なります。
従ってギリシヤから見れば、勝手にマケドニアを名乗られるのは面白かろう筈はありません。
マケドニアは現在EUとNATO加盟を目指していますが、いずれもギリシアの反対にあって保留にされています。
アメリカはマケドニアを後押ししてますが、このまま加盟がスンナリ行くかどうかは分かりません。

観光地としてはヨーロッパ最古の湖であるオフリド湖の美しい景観と、周辺に点在する中世に建てられたキリスト教会が見どころです。
また、マザー・テレサの出身国でもあります。
湖の遊覧船にうっかり一眼レフカメラを置き忘れ下船したら、船長から現地ガイドに知らせがあり、わざわざ船を戻してくれました。感謝感激、旅先で出会った親切は忘れられません。

下の写真の女性、マネキンじゃないですよ。雑貨店の女主人かと思われます。
顔が小さく足が長く、いったい何頭身あるんでしょうね。
こういう女性に逢いたければ、どうぞマケドニアへ。
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こちらは学生でしょう。首都スコピエのマケドニア広場で出会って、別のツアーメンバーが撮った画像を見上げているところです。
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2014/08/20

【寄席な人々】客席での「化粧直し」

8月18日の鈴本で私の両側の席が女性でした。二人とも独りで来られていて左側は20代、右側が40代ぐらいとお見受けしました。夜の部の開演は17時20分ですが、開演直前になって二人ともコンパクトを取り出しそれぞれ化粧直しを始めました。電車の中ではしばしば眼にする光景ですが、寄席の客席で見たのは初めてです。
私は男なので、化粧する人の心理は分からないのですが、この女性たちにとってこれから出会う人というのは高座の芸人ですよね。
「誰に見しょとて紅鉄漿(べにかね)つきょうぞ みんな主(ぬし)への心中立て」
とは、「京鹿子娘道成寺」の詞章ですが、その伝でいけば「主」は「寄席芸人」という事になりはしませんか。
落語家も高座から見て綺麗な人がいると嬉しくなり、ついつい熱演するってなこと、あるのかな。
化粧品の香料に敏感だというせいもありますが、近くで化粧や化粧直しされるのは気分が悪い。

一般に男性が、車内で女性が化粧するのを好まないのは、一つには自分が無視されている気分になるからだと思います。
化粧している女性にとって、近くに、あるいは目の前にいる男というのは存在しない相手です。この露骨な「無視」にカチンと来るんだと思います。
以前、宇都宮線の古河駅から乗ってきた隣の女性客が尾久駅までの間、化粧落としから最後の仕上げまで約50分かけて化粧し続けた時は、蹴飛ばしてやりたくなりました。もちろん、やってませんよ。
こういう事もありました。
私ともう一人の男と女性一人の3人で会食した時、私と女性が早目に席に着いていて、もう一人が10分ほど遅れると連絡がありました。女性にそれを伝えると、彼女はコンパクトを取り出し私の前で化粧直しをしたのです。この女性とは二度と会食しないと決めました。
これって年寄りのヒガミ?

美しくありたいという女性の気持ちは尊重せねばなりませんが、マナーには気を付けて欲しいものです。

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2014/08/19

鈴本演芸場8月中席・夜(2014/8/18)

「鈴本演芸場『吉例夏夜噺 さん喬・権太楼 特選集』8日目」
<  番組  >
柳家東三楼『たらちね』
三増紋之助『曲独楽』
橘家圓太郎『桃太郎』
入船亭扇遊『道灌』
古今亭菊之丞『法事の茶』
江戸家小猫『動物ものまね』
春風亭百栄『弟子の強飯』
露の新治『紙入れ』
-仲入り-
ホームラン『漫才』
柳家さん喬『千両蜜柑』
林家正楽『紙切り』
柳家権太楼『鰍沢』

鈴本の8月中席夜の部はもう十数年になるか、旅行中を除いて毎年の恒例にしている。当時からさん喬・権太楼の二枚看板の興行だった。違いは全席当日売りの自由席で、浅草演芸ホール昼の部で志ん朝を観てから上野に移動して17時に到着、それでも最前列で観られた。当時は浅草の方がずっと人気が高かった。
いま中席夜の部は10日間前売り完売で隔世の感がある。

この日は面白い趣向があった。寄席では似たような噺を「付く」といって避けるのだが、小猫『動物ものまね』を挟んで菊之丞『法事の茶』、百栄『弟子の強飯』と物真似が連続した。意図的に行ったんだろう。
『法事の茶』では幇間の一八が持参した特別な茶を焙じながら祈ると、自分の願った人が出て来るという噺で、菊之丞が名人文楽、彦六の正蔵、談志、さん喬それぞれの高座に上がってくる姿を物真似して見せた。最後に若旦那が芸者に逢いたくて焙じるとこれが中途半端で、亡くなった父親が現れる。「焙じ」と「法事」をかけた地口だ。この人は器用だ。
百栄『弟子の強飯』では圓生そっくりの高校生が登場する。適度に似てるところがご愛嬌。
寄席はエンターテインメントの世界であり、たまにこういう趣向もあっていい。

漫才のホームランが鈴本のお盆興行で10日間通して「顔づけ」されたのは初めてで嬉しいと語っていた。芸人としては名誉な事なんだろう。
中トリに上方の新治が起用されるようになって確か3年目になるかと思うが、当初は協会内でも軋轢があったのではと推測される。お盆興行の中トリは名誉なことで、落協の噺家なら誰もが演りたがるに違いない。人材も豊富だ。敢えて外部の人をなぜ?という声があっても可笑しくない。新治本人も相当なプレッシャーだったに相違ない。
1年目の高座ではそうした緊張感、気合いが客席にいても感じられた。
今年は観客からもすっかりお馴染みになったようで、出で、お目当てから待ってましたの声がかかる。
新治はマクラで、たった3語で全体の状況が分かってしまった経験を語り、男女が向かい合って座り女性がコーヒーカップをかき回しながら一言「産むで」。ここからネタに入る。
「人の女房と枯れ木の枝は 登りつめたら先がない」。新治『紙入れ』のテーマは「間男」だ。
上方版はナマで初めて聴いたが、東京に比べ濃厚だ。得意先の店の奥方から手紙を貰ってやってきた貸本屋の新吉だが、奥方の積極攻勢にタジタジとなる。旦那が泊りということで酒を勧められるが、奥方の酌をする手つき、新吉が一杯呑むごとに送る眼差し、全てが色っぽい。いよいよお床入りとなり新吉を先に休ませておいて、奥方は寝化粧。この時の奥方の期待感、満足感に満ちた表情が良い。
新治の高座はこうした一つ一つの動きが丁寧で、指先まで神経が行き届いている。
サゲは上方版ではなく東京版のアッサリ風を選んだが、これも正解だと思う。
大変結構な高座だった。
その他前半では、新真打の東三楼『たらちね』は師匠譲りのしっかりした語りで、圓太郎『桃太郎』は師匠・小朝の演出とは異なり正調だったが、小生意気な子どもの造形が良かった。扇遊『道灌』は相変わらず楷書の芸。

さん喬『千両蜜柑』 、この人の古典はオリジナルを少しひねる。このネタでも若旦那が和歌山の店に出かけてそこで美味い蜜柑を食べて、その味が忘れられないという設定にしていた。しかしこのネタにとって、若旦那がなぜ蜜柑を死ぬ思いで欲しがるのかという理由は必要ないと思われる。どう説明しようと若旦那の要求は理不尽なものなのだ。
それ以後の蜜柑問屋の万惣の主人と番頭との会話や、蜜柑を得た時の若旦那が喜びを爆発させる描写は良かった。
膝で正楽が「権太楼」「アナ雪」「カブトムシ」を切って。
権太楼『鰍沢』、このネタは日蓮宗のご利益を讃えたものとも受け取れ、権太楼はマクラで自分は無信心だと断っていた。こういう所はいかにもこの人らしい。
雪道に迷った旅人を描く場面では客席で寒さを感じた。やっと見つけた一軒のあばら家、九死に一生を得た旅人の喜びが伝わる。この家に住む女が以前吉原で旅人の相方に出た吉原は熊蔵丸屋の月の戸花魁と分かると、旅人の喜びとお熊の警戒心が交差する。ここの描写が良かった。
この後、旅人がお礼にと胴巻きから2両取り出しお熊に差し出すのだが、チラリと様子を見たお熊の眼が一瞬光るというシーンは確認できなかった。
お熊が旅人の金を奪うべく毒入りの玉子酒を飲ませるのだが、下戸の旅人は一口上澄みだけ飲んで寝てしまう。玉子酒って決して美味いもんじゃない、酒好きのアタシでも不味いと思うのだから、下戸は飲めないだろう。ここはお熊の計算外だった。
お熊の留守に戻ってきた亭主の伝三郎が事情を知らず残りの玉子酒を飲んで、悶死してしまう。
ここまで二人で逃げて来て、最後まで添い遂げようとしていたお熊の無念さが伝わるが、これも自業自得。
岩淵に落ちる鰍沢の流れに落ちた旅人をお熊が鉄砲で狙う場面は迫力十分。
細部についていえば、江戸吉原の花魁だったお熊の言葉使いとしてどうなんだろうと言う箇所も散見されたが、ネタを権太楼の世界へしっかりと組み入れた高座、見応えがあった。

サラからトリまで一分の緩みもないラインナップは、今の落語協会の充実ぶりを示している。

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2014/08/17

我らの時代 落語アルデンテⅨ(2014/8/16昼)

”我らの時代 落語アルデンテⅨ 「お盆アルデンテ 銀座編」” 迎えデンテ
日時:2014年8月16日(土)14時
会場:銀座博品館劇場
<  番組  >
前座・入船亭ゆう京『堀の内(序)』
春風亭一之輔『かぼちゃ屋』
春風亭百栄『修学旅行の夜』
~仲入り~
桃月庵白酒『寄席よりの使者-ガザ編-』
三遊亭兼好『井戸の茶碗』

「アルデンテ」(イタリア語:al dente)とは、スパゲッティなどのパスタを茹でるとき「歯ごたえが残る」という茹で上がり状態を指すらしい。麺の中心に髪の毛ほどの芯を残すのだそうだ。
するってぇとこの会の出演者は、芯のある歯ごたえのある噺家を揃えたという事になる。
昼夜興行で人気者を集めたせいか完売、その昼の部へ。お盆らしく「迎えデンテ」の副題が付いていたが、ネタとは関係なかった(強いて言えば白酒のネタか)。

一之輔『かぼちゃ屋』
主催者の夢空間に、プログラムぐらい付けたらどうかと言っていたが、同感。でも、ここはやらないだろうね、サービス精神が皆無だもん。
会場は一之輔目当ての人が多かったのだろうか、彼が何か言うたびに大笑いだ。ここまで客を洗脳してしまったこの人の人気と実力は大したもんだと思う。
しかしこのネタは、やたら大声を出したりハイテンションで飛ばすような演目じゃない。ノンビリと語る中で可笑しさがこみ上げて来る。そういうネタだ。
チョイと荒れてるなと思ったのは、アタシだけか。

百栄『修学旅行の夜』
新作もので、修学旅行先でお互いが怖い話を披露し合うというストーリー。
久々にツマラナイ新作落語を聴いた。

白酒『寄席よりの使者-ガザ編-』
自作の新作もののようだ。
主人公は川柳川柳、知る人ぞ知るで、知らない人はこの噺はチンプンカンプンだろう。いつも酔っぱらっていて、ネタは『ガーコン』一本。高座でひたすら軍歌を唄い続けるというのが芸風。これだけで高座を務め一定の人気を博しているとゆうのは貴重な存在。アタシはこの人こそ人間国宝の価値があると思っているのだが、高座から客と喧嘩することと酒癖が悪いのは明らかなマイナス材料だ。
この『ガーコン』が何故か近ごろ「反戦落語」とされていて、終戦の日前後にお呼びがかかる機会が増えるのだそうだ。ヘエー、知らなかった。そんな高尚な内容じゃないけどね。
ストーリーは、ガザ地区でのハマスとイスラエルとの戦闘の和平工作を日本政府に依頼したところ、文章を読み違えて「笑える戦争の話が出来る」という条件で、川柳がガザに派遣される。状況の分からない川柳はいつもの通り酔っぱらって軍歌を唄い、最後は脱穀機でガーコンガーコンとやるのだが、これが何故かイスラエルとハマスの幹部に感動を与え、無事に和平が実現するというもの。
奇想天外だが、白酒の力技が冴え面白く聴かせていた。
この人は新作でも十分いける。喬太郎や昇太もウカウカしていられまい。

兼好『井戸の茶碗』
マクラで兼好が、小三冶が人間国宝に認定されたことで我々も大いに励みになる。今日のメンバーでいえば百栄はムリ、白酒は毒があり過ぎ、一之輔は若過ぎる。そうなると、私かなと。
この人のこのネタは初めて聴く。
元が講釈ネタだったせいか登場人物は全て善人。こういう噺をあまりジックリ丁寧に演じてしまうと臭さだけが目立ってしまう。
兼好は独自のクスグリを入れながらテンポ良く筋を運んでいて好演。この人が演じると人情噺も落し噺に見えてくる。

この会は、2勝2敗で引き分けという結果だった。

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2014/08/16

「兵隊節」、プラス

昨日書いたように両親が戦前から水商売をしていて戦後も数年間は再開していた関係から、戦争を挟んでいた時期なので店内で歌われていた歌は軍歌や兵隊節が多かったようだ。
そうした歌を子どもの頃から母から教えられ、そのせいで主な軍歌や兵隊節は今でも諳んじてる。だから川柳川柳の『ガーコン』で唄われる曲は全て知っている。
軍歌は戦意発揚のために作られたいわば官製ともいうべき歌だったのに対し、兵隊節は兵士の辛い生活や悲哀、上官への不満などが歌われている。後者は歌の性質上、作者不詳のものが多い。
その「兵隊節」のいくつかを紹介するが、兵隊節以外の歌にも触れることになる。なにせ歌詞がうろ覚えなので、間違っていたらご容赦のほど。

先ずは一世を風靡した柳家金語楼の『落語家の兵隊』の中でも歌われている『ナッチョラン節』。

下士官のそば行きゃメンコ臭い
伍長勤務は生意気で
粋な上等兵にゃ金が無い
可愛い新兵さんにゃ 暇が無い
ナッチョラン ナッチョラン
(註:「メンコ」というのは飯を盛る器-飯盒のふた部分のこと)
元歌は添田唖蝉坊が作った『青島節』のようだ。

この歌詞は、戦後に伴淳三郎と花菱アチャコ主演で映画シリーズ化された『二等兵物語』の主題歌『歌う二等兵』の歌い出しに受け継がれている。

粋な上等兵は思いもよらぬ 
せめてつけたや星二つ
(註:「星二つ」は一等兵のこと。)

この映画のもう一つの主題歌は『俺は二等兵』で、その歌い出しは次の通り。

薄く冷たい令状抱いて 
衛門くぐれば二等兵

この2曲はいずれも兵隊節というジャンルとは異なる。

兵隊節の代表的な曲といえば『可愛いスーチャン』だ。幾度もリバイバルされ、替え歌も沢山ある。

お国の為とは言いながら
人の嫌がる軍隊に
召されて行く身の哀れさよ
可愛いスーちゃんと泣き別れ

朝は早よから起こされて
雑巾がけやら掃き掃除
嫌な上等兵にゃいじめられ
泣く泣く送る日の長さ

乾パンかじる暇もなく
消灯ラッパは鳴りひびく
五尺の寝台わら布団
ここが我らの夢の床

夜の夜中に起こされて
立たなきゃならない不寝番
もしも居眠りしたならば
ゆかなきゃならない重営倉

海山遠く離れては
面会人とてさらに無く
着いた手紙の嬉しさよ
可愛いスーチャンの筆の跡
(註:「営倉」は兵士の懲罰房、刑務所みたいなもの。「重営倉」はさらに重い処分で、一日6合の麦飯と水、おかずは固形塩だけ。寝具も無い。)

替え歌の一つが『練監ブルース』、歌詞はいくつものバージョンがあるようで、私の知ってる歌詞は次の通り。

身から出ました錆ゆえに
エンコでサツにパクラレて
ワッパはめられ意見され
着いた所が裁判所
(註:「エンコ」は浅草、「ワッパ」は手錠)

最もポピュラーな曲といえば『海軍小唄(ズンドコ節)』がある。歌詞や曲のリズムを変えて、色々な歌手がリバイバルヒットさせているのはご存知の通り。

汽車の窓から手をにぎり
送ってくれた人よりも
ホームの陰で泣いていた
可愛いあの娘(こ)が忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

花は桜木人は武士
語ってくれた人よりも
港のすみで泣いていた
可愛いあの娘が目に浮かぶ
トコズンドコ ズンドコ

元気でいるかと言う便り
送ってくれた人よりも
涙のにじむ筆のあと
いとしいあの娘が忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

もう一曲は『昨日生まれた豚の子』で、兵隊節と言うよりは厭戦歌のジャンルになる知れない。昔はタイトルは無かった気がする。ズバリ『湖畔の宿』の替え歌で、1995年に笠木透という歌手がCD化したようだ。
入船亭扇橋が時々高座で唄っていたのを思い出す。
私が少1の頃に教わって、母に「名誉の戦死って、なに?」と質問して困らせたことを憶えている。
歌詞は厭戦気分に溢れたもので、恐らく戦争末期か戦後に作られたと推察される。

昨日生まれた豚の子が 
蜂に刺されて名誉の戦死
豚の遺骨はいつ帰る 
四月八日の朝帰る
豚の母さん 悲しかろ

昨日生まれた蜂の子が 
豚に踏まれて名誉の戦死
蜂の遺骨はいつ帰る 
四月八日の朝帰る
蜂の母さん 悲しかろ

昨日生れたタコの子が 
タマに当たって名誉の戦死
タコの遺骨はいつ帰る 
骨がないから帰れない
タコの母さん 悲しかろ
(註:「四月八日」は釈迦の誕生日)
この歌も別の歌詞があり、私が教えられたのは「遺骨」は「死骸」、「タコの子」は「タコ八」だった。

かくして、下級兵士の一日は『起床ラッパ』で始まり、

起きろよ起きろよ皆起きろ 
起きないと班長さんに叱られる

消灯ラッパ』で終わる。

新兵さんはかわいそうだネ~ 
また寝て泣くのかヨ~

軍隊ではイジメや私的制裁は日常的で、容赦なくビンタが飛んで来る。新兵さんたちは常にターゲットとされたので、一人泣きながら寝入っていたのだろう。

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2014/08/15

新兵の訓練

今日は69回目の終戦記念日。しかし以前に書いたように正式な終戦日は8月15日ではない。軍部が支那派遣軍を除く外地軍に対して全面的な戦闘行動停止の命令は、8月25日零時以降としていた。以後も大陸や北方戦線、北方四島では日本軍とソ連軍との戦闘が続き、全体的に終結したのは8月末になってからだ。
従って正式な「終戦の日」とは、日本政府がポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した、9月2日とすべきだろう。

私には戦争の思い出はない。支那事変から日米開戦にいたる時期は生まれる前だったし、東京大空襲から終戦にいたる時期はまだ赤ん坊だ。戦争や軍隊についての知識は両親や親類の人たちの話、その他は戦記や小説で得られたものだ。
ただ、両親が戦前に中野でカフェ(イメージとしては今のバー、クラブ)を経営していたので、色々な客が訪れた。店の名が「日満」といい、入り口の上には日の丸と満州国旗のぶっちがいが飾ってあったせいか、除隊になったり一時帰国したりしていた兵士が多かったという。店は父親が徴用されて昭和18年ごろまで続いていたようだ。
軍隊帰りの人というのは概して体験を語りたがらないものだが、なにせ酒が入って若い女の子を前にすると、ついつい自慢話、手柄話を披露したくなる。家族などには到底話せないことまでしゃべるわけだ。
酒席だから多少のホラや誇張はあったのだろうが、後年、母から聞いた限りでは中国人に対して相当ひどい事をしていたようだ。中味は、とてもここでは書けないものだ。
中学生の頃だったと思うが、雑誌に、戦中の従軍記者が書いたもので、軍部の検閲でボツにされた記事を特集したものがあった。残虐行為がリアルに書かれていて再びショックを受けた。

近所の男の人から直接軍隊での経験を聞いたのも、中学生のころだったと思う。
その人は徴兵されて中国の戦線に送られたということだが、長い戦闘の中でこれだけは忘れることが出来ない記憶として話してくれたのが、以下の「新兵の訓練」だった。
内地では一通りの訓練は受けたのだが、現地へ行くと上官から新兵だけ集められて特別の訓練がやらされた。それは実際に人を殺す訓練だった。
木に中国人捕虜が縛られていて、新兵がそこへ銃剣で突撃し、一刺しで殺すという内容だった。
嫌だったが上官の命令には逆らえず銃剣を構えて突進する。その時に中国人と眼が合うと凄い形相をしていた。そうだろう、今ここで自分が殺されるのだから当然だ。その眼に堪えられず視線が逸れてしまい、急所を外してしまった。
上官から殴られ、負傷して苦しんでいる捕虜にもう一度突撃を命じられ、相手が絶命するまでやらされた。
訓練はその部隊の新兵全員が終わるまで続いた。
その後、各地を転戦したが、あの時の中国人捕虜の表情だけは忘れることが出来なかったと言う。
戦後は戦犯にされることを怯えて暮らしていたそうで、絶対に戦争は嫌だと、その人は語っていた。

そうした事から戦争だけは、軍隊だけは嫌だと思い続けて今日に至っている。もちろん自分の息子や孫たちにもそうした目に遭わせたくない。
幸い、私たちの時代は国軍も集団的自衛権の行使もなかったので、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも参戦せず、徴兵されて戦線に送られることもなかった。
69回目の終戦の日であるが、今年は今までとは異なる気持ちでいる。

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2014/08/14

国立演芸場8月中席(2014/8/13)

国立演芸場8月中席
<  番組  >
前座・雷門音助『八問答』
三遊亭遊里『道灌』
コントD51『コント』
桂文治『源平盛衰記(序)』
東京ボーイズ『ボーイズ』
雷門助六『仕立ておろし』
~仲入り~
桂小南治『天狗裁き』
桧山うめ吉『俗曲』
桂歌丸『お札はがし』

今年もお盆興行は国立の芸協と鈴本の落協の二本立てで、先ずは8月13日(水)国立演芸場の芸協の芝居へ。国立の8月中席は毎年歌丸がトリを取るのを恒例化している。今年に入って度々の体調不良で心配されたが回復し、10日間11回興行を務めることが出来そうだ。
歌丸のネタがアタシの今夏の「怪談噺を聴く」というテーマとも合致し、出向いた次第。
小南治によると2005年以来毎年11日連続の「大入り」が続いているそうで、これは驚異的だといえよう。もちろん歌丸の人気に因るものだ。「笑点」の影響もあるのだろうが、それだけでない。「笑点」の他のメンバーではこの真似はできない、歌丸の実力のなせる技だ。

音助『八問答』、久々に上手い前座を聴いた。ネタは何でも数字の「八」が付くという「根問」ものの一種で元は上方ネタ。テンポの良い語りは二ツ目レベル。

遊里『道灌』、トボケタ味と間は師匠より遊雀に似ている。

コントD51『コント』、こういう押し付けがましい芸はアタシの性に合わない。

文治『源平盛衰記(序)』、このネタに当たる確率は80%位かな。というか、これ以外のネタには暫くご無沙汰のような気がする。

ボーイズ『ボーイズ』、ボーイズの芸人はもう東京で5組しか残っていないそうだ。そう言えば最近は楽器を使った漫才も見なくなった。このまま廃れるとしたら寂しい。

助六『仕立ておろし』、マクラに毛の生えたような内容で中トリのネタとしてはどうなんだろう。見所は踊り。

小南治『天狗裁き』、癖のある語りのリズムへの好き嫌いでこの人の評価が分かれるだろう。アタシは好きだけど。

うめ吉『俗曲』、日本髪で通すというのは大変だろうね。いつも和装してなくちゃいけないし。女流の寄席芸人でも日本髪の人は今ではこの人だけだろう。うめ吉姐さん、アタシで良けりゃ、いつでも胸をお貸しますよ。

歌丸『お札はがし』
『怪談牡丹灯籠』の中でも最もポピュラーでドラマチックな演目。従って高座にかかる機会も多い。
三遊亭圓生、もちろん6代目のことだ。噺家の名前にいちいち〇代目と書かれることが多いが、名跡が継がれていなければ、アタシは特別のことがない限りは不要だと思っている。だって志ん生、圓生、志ん朝と書いたら、「それは何代目のこと?」なんて質問されるだろうか。通常はあの志ん生、あの圓生、あの志ん朝を指しているのは明白だろう。例えば4代目の志ん生や5代目の圓生について書く時だけ、〇代目と書けば良い。
ちょいと横道にそれたが圓生の『お札はがし』では、前半が医者の山本志丈の紹介で、飯島平左衞門の娘・お露と浪人・萩原新三郎が出会い、互いにひと目惚れする『臥龍梅』或いは『お露新三郎』から始まる。
その後、新三郎恋しさに幽霊となって通ってくるお露と女中のお米、それに気付いた易者の白翁堂の紹介で新三郎は新幡随院の良石和尚に助けを求め、和尚は海音如来の仏像を貸し、魔除けのお札を家中の窓に貼り付けておくよう命じる。
時間の関係からか、歌丸の高座ではここまでの部分はカットされていた。
萩原家の下男の伴蔵のもとへ幽霊二人が現れ「高窓のお札をはがして」と頼む。伴蔵は最初、気軽に引き受けるが、相手が幽霊と知って女房・お峰と相談の上、幽霊に「百両と引き換えならお札を剥がす」と約束する。幽霊の方は「新三郎が身に着けている海音如来の仏像を取り捨てて」と伴蔵に頼む。
伴蔵とお峰夫婦は新三郎に身体が汚いと幽霊が取り付くからと騙し、行水をさせている隙に仏像をすり替えてしまう。翌日、約束通り幽霊は百両届けに来て、伴蔵がお札をはがすと、幽霊二人は高窓から新三郎の寝屋に入り新三郎を憑り殺す。
翌朝、遺骸を発見した伴蔵は白翁堂を呼んで惨状を確認する。白翁堂は伴蔵夫婦を疑うが、取り敢えず良石和尚に相談に行くと、和尚は既に事件の全貌を把握しており、取り敢えず新三郎をお露の墓の隣に葬るように助言する。
この騒ぎのドサクサに伴蔵夫婦は伴蔵の故郷である栗橋宿に帰ってしまう。

歌丸の外見はかなりやつれて見えたし、歩行が困難という事で座布団に座った状態で幕を開けていた。
しかし口調はしっかりとしていて声も大きく、この高座に挑む気迫、執念を感じた。
過去に何度も高座に掛けているだけあって完成度が高く、聴き応えがあった。

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2014/08/12

「差別主義者」って、どこでも似た者同士

ジャック・カーリイ (著), 三角和代 (訳)『イン・ザ・ブラッド』 (文春文庫)
Photo「僕」という一人称で書かれた主人公の「カーソン・ライダー」シリーズの第5作。カーソンはアラバマ州モビール市警の刑事で「PSIT」(精神病理・社会病理捜査班)の所属して、相棒のハリー・ノーチラスと共にサイコパス犯罪の捜査にあたっている。ハリーはアフリカ系で、わざわざ断わる理由はこの地域は保守的でかつ人種差別が激しい。刑事といえども黒人であると時には捜査官からさえ差別を受けることがある。
本シリーズはデビュー作『百番目の男』以来、日本のミステリーファンにもお馴染みになり、特に第2作『デス・コレクター』は2000‐2009年の10年間の海外本格ミステリーで最優秀作品賞に選ばれている。
このシリーズのもう一つの特長は、カーソンの実兄ジェレミーが連続殺人犯として収監されていて、サイコキラーの捜査にあたってカーソンがしばしば刑務所に面会に行き助言を求めるという設定だ。毎回、カーソンの恋模様が描かれるのもシリーズの特長の一つ。

しかし第5作である本作ではジェレミーは登場せず、恋模様も薄め。テーマはズバリ、人種差別主義だ。
この地方では様々な人種差別主義団体が活動していて、これに保守派のキリスト教が結びつく。アメリカにはテレビ説教師という人たちがいるようで、彼らがメディアを通じて民衆を煽る。米国南部ではこうした思想が受け容れられる基盤があり、集まった支持者と資金は政治と結びつき、彼らを地盤とした上院議員が選出される。こうなると政治権力をバックにして、人種差別主義者の活動がさらに活発になって行く。
これが物語の背景にある。

本書ではキリスト教保守派の説教師としてリチャード・スカラーという人物が登場するが、彼の両親は彼が5歳の時から説教師として仕込む。幼い子供が弁舌さわやかに説教するのだから人気は高まり、両親の懐へは寄付金が集まる。カメラが回り、記者が両親に質問する。
「集まったのは全員白人ですね。リチャードに有色の聴衆に説教させたことがありますか?」
母親が答える。
「黒人はサタンが造ったもので、全能の神っていう言葉を理解できる力を持ってないんだよ」
こういう親に育てられればどういう人間になるか。
成人したリチャードは今やカリスマ的な存在だ。大勢の民衆を前にして語る彼の説教は疑問形で、聴衆はそれに応えて熱狂的な声援を送る。アジテーションの常套手段だ。

「アメリカ国家の名においてインディアンにひどい行為がなされたのか? 運命だったのか? それもまた否定できない。そしてまた、この先住民族が、植物や、動物や、円錐形のテントの前に立てた偶像の頭を崇拝してたことも否定できない。」
説教師はここで聖書を掲げる。
「偽の神や偶像を崇拝すると、あなたは真の神を怒らせることになる。神は正義と贖いの名においてあなたを懲らしめるため軍勢を送られる。その軍勢とはコロンブスの兵士たちだったのか? コルテスの軍だったのか? 神に祝福されたアメリカの騎兵は女と子どもを救い、この偉大なる土地に荒野を切り開こうとしたのか?」
「そうだ!」と群衆が怒鳴る。
「罰当たりなエジプト人を犠牲にしてイスラエルの子どもたちを救ったその同じ神が、今度は略奪してまわる異教徒のインディアンを犠牲にしてアメリカの荒野のキリスト教徒の子どもたちを救われるのか?」
「そうだ!」「アーメン」「ハレルヤ」の大合唱。
「これが圧倒的な真実につながると思わずにいられない。神は正しき者を救い上げ、不道徳者を突き落とす。そうやって神は所業を知らしめてらっしゃる・・・だから、主のすばやい剣に倒れた者たちのために絶望することはない・・・ソドムとゴモラの者たちのためには。彼らは教訓に注意を払わなかった。神の真実の稲妻に焦がされた者たちのために絶望することはない。主の明確なる言葉に耳を傾けなかったのだ。」
「それというのも、彼らは神と、神の所業と、神のしもべや使者と争ったからだ。それというのも、彼らはこの私たちと争ったからだ!(後略)」

アメリカの黒人差別(米国の白人至上主義者たちのヒトラー崇拝ぶりには驚かされる)、ナチスのユダヤ人差別、そして日本におけるヘイト・スピーチに代表される韓国人・朝鮮人差別(彼らのデモにもナチスの旗が掲げられている)。どれも形こそ違え、際限なき「妄想」を基底にしている点では同類、似た者同士だ。
Photo_2

本書はカーソンとハリーが岸壁で釣りをしていると、小舟に乗せらてた赤ん坊を発見する。一方、白人至上主義や人種差別主義のリーダーたちが次々と不審な死を遂げる。この二つが結びつき、やがて「悪魔の所業」ともいうべき真実と、意外な犯人像が次第に明らかになる。
カーソンとハリーの小気味よいヤリトリも本書の魅力のひとつ。
終幕がやや安易に感じられシリーズ最高傑作とは言い難い点もあるが、アメリカの人種差別がリアルに描かれていて興味を惹かれた。

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2014/08/10

長崎市の思い出

長崎市へは一度しか行ったことがない。それも仕事で。今から十数年前になるが同僚の本間秀樹さんと一緒だった。前夜に長崎市に入り朝から仕事をして午後4時ごろに終了。帰りの飛行機は最終便をとっていたので、せっかくだからと爆心地周辺を歩きまわり、浦上天主堂も訪れた。
次に平和公園に行こうと彼を誘ったら「今日はきつくて、カンベンして下さい」と言う。夏の暑い盛りで炎天下を歩き続けたせいだ。
本間さんは私より10歳以上年下で頭の回転が速くバイタリティ溢れる男だったので、音を上げるなどというのは見たことがなかった。「身体の調子でも悪いの?」と訊いたら、ひと月先に病院に検査予約を入れているのだと言う。そうとは知らず連れ回してしまい悪いことをしたと謝った。
ひと月後に彼は検査で胆嚢ガンが発見され直ちに入院し手術したが、既に他の部位へ転移していて、数か月後には帰らぬ人となった。まだ40代前半の若さだった。
長崎の出張が本間さんとの最後の仕事となってしまった。
だから長崎市の映像を見るたびに本間さんの事が思い出される。

その長崎市では昨日平和祈念式典が開かれた。TV中継を観ていたが田上市長が平和宣言で集団的自衛権を念頭に、「その平和の原点が揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が生まれている」と指摘していたことが印象に残った。同感。
これを受けた形で同日安倍首相は長崎市内で記者会見し「(集団的自衛権行使が)徴兵制につながるという風評を与える議論があるが、憲法違反が明確だ」と語ったとある。
その通りで現憲法では徴兵制は認められない。
だから自民党は改憲(中心は9条の改正)を党是とし、安倍首相は繰り返し安倍政権下で憲法改正を実現させることを明言しているのだ。
これから憲法を変えると主張している人物が「風評」呼ばわりするのは奇怪である。

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2014/08/09

#26大手町落語会(2014/8/8)

「第26回 大手町落語会」
日時:2014年8月8日(金)19時
会場:日経ホール
<  番組  >
入船亭小辰『代脈』
柳亭左龍『棒鱈』
柳家喬太郎『任侠流山動物園』
~仲入り~
入船亭扇辰『目黒のさんま』
柳家さん喬『死神』

アメリカがイラクへの限定空爆に踏み切った。イラク開戦時に、サダム・フセインを抹殺すれば国内が混乱することは、多くの専門家が指摘していた。そして、その通りとなった。想定されたように混乱が起きたから空爆というなら、こりゃマッチポンプだ。
カダフィが殺害されたリビアも国内の混乱が増してきている。米欧(&日)がいかに気に入らなかろうと、フセインもカダフィも国の「たが」になっていた。「たが」を外せばバラバラになり混乱状態になるのは当然だ。なんのことはない、自作自演の「中東危機」である。

近ごろホール落語会で気になるのは、開演後にロビーに残った係員や販売員の会話で、彼らは気付かないかも知れないがけっこう会場内に聞こえる。人情話の山場で外から笑い声がしたりすると、怒鳴りつけたくなる。この日もそうした雑音が聞こえた。
ついでの小言だが、遅れて入った時に、遠慮して演者の交代時に着席しようと最後部の扉近くにいると、無理やり席に案内しようとする係員がいる。あれは一体どういう教育をしているんだろうか。

この落語会は通常昼の公演だが、年1度は夜席になっている。メンバーは固定のようでさん喬一門+扇辰。前回まではサラが天どんだったが真打に昇進して、今回から小辰に替った。

小辰『代脈』、着実に上手くなっているが、銀杏が往診先の部屋にいた患者の母親に「おっかさん」と挨拶するのは変だ。この日の高座ではカットされていたが、予め医者から「ご母堂様」と呼ぶように指導を受けたいた筈。
昔からこのネタの面白さがサッパリ分からない。どなたか、どこが面白いのか教えてくれませんか。

左龍『棒鱈』、二人の江戸っ子が酒を酌み交わしている隣座敷に、田舎侍が大勢の芸者を上げて変てこな唄を歌い出す。江戸っ子のイライラが次第に募る。幕末における徳川贔屓の江戸っ子が、成り上がりの薩長武士に反発するというのが噺のテーマだ。江戸っ子の一人が酒癖が悪く、田舎侍の所業に我慢が出来なくなってゆく過程と、そんなこと露知らず大声を発し続ける侍との対比がキモ。
襖を隔てた両側の座敷の模様が交互に描かれるが、左龍の「間」の取り方が巧みで面白く聴かせていた。
左龍は先代小さん以来の「引きの芸」を継承しており、柳家の本流を行っている。

喬太郎『人情流山動物園』、三遊亭白鳥作の新作落語で、喬太郎のほか三三も演じているようだ。
スジは、象と牛と豚とチャボしかいない流山動物園。象は体調不良でお休みとあって閑古鳥が鳴いている。この窮状を何とかしようと豚が以前に世話になっていた上野動物園に行き、虎とパンダに応援を頼むが一蹴されてしまう。困った豚は一計を案じ、動物たちが人間の言葉をしゃべれたら人気が出るからと、ドリトル先生の末裔である園長の指導で猛特訓。お蔭で流山動物園は大人気。すっかり客足を奪われた上野動物園のパンダと虎は、流山動物園に殴り込みに行く。そこへ元気になった象が現れ・・・。
喬太郎はそれぞれの動物の形態模写をしたり、山場では浪曲を唸ったりの熱演。古典が続く客席を和ませていた。
白鳥の新作は従来の新作落語の殻を破るもので、大した才能の持ち主だ。

扇辰『目黒のさんま』、ネタに入ると役席が少しざわつく。「もうかい」「又かい」という反応だろう。上手いし完成度も高いが頻度が多すぎる。今秋も扇辰のこのネタを何度か聴くことになるんだろうね。

さん喬『死神』、さん喬はこの噺の死神をかなり意地の悪い人物に描いている。死神が患者の枕元にいる時はそのままにしろと言う忠告を破って、男は千両の金に眼がくらみ患者の布団を180度回して死神を追い出す。その結果、患者は助かり男は大金を手に入れるが、ここで患者の寿命と男の寿命が入れ替わってしまい、命は風前の灯。実はこうなることを死神は最初から読んでいて、男はその罠にはまってしまったというのがさん喬の解釈。考えてみれば死神は人間を死に追いやるのが使命で、助けるというのは不自然なのかも。ローソクの灯りを移して延命しようとする男、「ほら、消える。……ふ、ふ」で高座が暗転して終了という演出だった。
さん喬らしいリアリティ。

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2014/08/07

【ツアーな人々】「枕銭」って必要なの?

海外のツアーに参加したとき、現地に到着した日に添乗員から「ホテルからチェックアウトする際に部屋へ枕銭(枕チップ)を置いて下さい」と言われた経験があるかと思います。金額は一人一泊につき日本円に換算して100円程度、米ドルなら1ドル程度の現地通貨をという目安が示され、どの旅行社の添乗員も同じことを言うので業界内に共通マニュアルでもあるのかと疑っていました。
旅行者はそのために小銭に両替したりして準備することになり、なかには枕銭という言葉からベッドの枕の上に置いていたという人もいました。
処が、ここ最近になって添乗員が枕銭について言及しない例が増えています。その理由を訊いてみると、枕銭が必ずしも必要ではないという解釈になってきつつあるようです。
チップ制度がある国を含め外国人旅行者に枕銭を置くという習慣は無いそうで、むしろこうした習慣があるのは日本人に限られているらしい。

「枕銭」という発想がどうして生まれたのか分かっていませんが、どうやらルーツは日本の旅行社という説があります。
戦後、日本人が海外旅行をし始めたころ、外国にはチップという習慣があるらしい事が分かりました。添乗員がこういう場面ではこういう風にチップを渡すとツアー客に教えるなかで、ホテルでは部屋の清掃係へのチップとして枕銭を置くという発想になった模様。当時は海外へ行ける人は限られており、なに、日に1ドル程度で喜んでもらえるならと、旅行者の方もさほど抵抗がなかったんでしょう。それがすっかり定着してしまったという説が有力のようです。

日本人の枕銭には弊害も指摘されています。日本人にとっては100円程度というのは小銭でしょうが、国によってはまとまった金額になるため、従業員たちの金銭感覚を狂わせることがあるようです。
日本人旅行者がチェックアウトするとなると、客室係りが先を争って部屋に入る傾向があるようです。
私の経験でも朝食前に枕銭を置いておいたら、食事を終え部屋に戻ると消えていた事があります。朝食を終えて部屋に帰ると中に人がいたこともありあす。留守の間に他人に部屋へ入られるのはとても不快です。
こうなると完全に本末転倒です。
逆に中国のホテルで客室係りにバスタオルなどを補充して貰った際に、チップを渡そうとして断られたことがありました。僅かなことですが気分の良いものです。
チップ制度のある国でも料金の中にサービス料を含めている所もあり、知らずにチップを渡していれば二重払いになります。

枕銭はあくまで気持ちの問題ですから、各自の自由意思にまかされます。100円程度で喜んでもらえるなら払ったらという意見もありますが、上記のような弊害も考慮する必要があるでしょう。

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2014/08/05

笹井氏自殺に「なぜ?」の空々しさ

STAP細胞論文の責任著者の一人である理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB、神戸市中央区)の笹井芳樹副センター長(52)が7月5日朝、CDBと隣接する先端医療センター内で首つり自殺を図り、兵庫県警が午前11時3分、搬送先の病院で死亡を確認した。遺書が残されていたという。STAP細胞を巡っては、理研が4月以降、論文通り再現できるか検証実験を進めており、8月中に中間報告を出す予定だった。
笹井副センター長は1986年に京都大医学部を卒業。京大教授を経て理研に入り、2013年から現職。胚性幹細胞(ES細胞)研究の第一人者として世界的に有名だった。
STAP細胞論文では、責任著者の一人として、筆頭著者の小保方晴子・研究ユニットリーダー(30)を指導し、今年1月の記者会見に同席。論文が不正と認定された後の4月には東京都内で会見し、指導の不備を謝罪したが、STAP細胞の存在そのものには自信を見せていた。理研が進めている検証実験には小保方氏も参加している。

この人が自殺に追い込まれるんじゃないかとは、前から思っていた。
新聞や週刊誌などのマスメディアからネットの雑文に至るまで、あそこまで叩かれればよほどの強靭な神経の持ち主でない限り追い詰められ、最後は死を選ぶしかない。
それを今さら「なぜ?」と書くメディアの神経の方が分からない。
当ブログでもSTAP細胞論文叩き、とりわけ小保方リーダーへの異常な狂騒に対して問題視する記事を何度か書いてきた。
科学技術論文に瑕疵があるのは決して珍しくない。
STAP細胞論文にも瑕疵があったのは明らかであり、これから事実に基づいて検証していけばいいだけの話だ。周囲はそれを静かに見守っていくだけのこと。
よしや論文の内容や発表方法に問題があったとしても、それは担当者個人の問題なのか、それとも理研という法人の体質に原因があるのか、未だ分かっていない事が多すぎる。
全てを担当者の故意や過失に帰し、笹井氏と小保方氏叩きに狂奔してきたメディア及び個人は猛省せねばなるまい。

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五街道雲助『栗橋宿』『関口屋』(2014/8/4)

「らくご街道 雲助五拾三次―強請―『怪談牡丹燈籠より栗橋宿〜関口屋』」
日時:2014年8月4日(月)19時
会場:日本橋劇場
<  番組  >
五街道雲助『栗橋宿』
~仲入り~
五街道雲助『関口屋』

落語家の「旬」、あるいは「最盛期」と置き換えてもよいが、経験則からいうと60代と考えられる。もちろん人によっては70代で「旬」を迎える人もいれば、50代で、なかには若い頃が「旬」で後は惰性という噺家もいるが。
その理屈からいえば雲助は今が「旬」という事になり、いま聴くべき噺家の一人である。
今夏の怪談シリーズ、今回は雲助の『怪談牡丹燈籠より栗橋宿〜関口屋』だ。先日志の輔でダイジェスト版を聴いたばかりだが、この日はそのなかの二つの演目を2時間かけて演じる。
口演に先立ち今までの粗筋がアナウンスで紹介されたが、全体のストーリーと人物の相関図は”志の輔『牡丹灯籠(通し)』”の記事を参照願う。

高座の両側に燭台が立てられ、蝋燭の灯りだけで雲助の語りが始まる。

雲助『栗橋宿』
伴蔵とお峰夫婦は伴蔵の生まれ故郷である栗橋へ移り住み、幽霊からもらった百両を元手に栗橋で荒物屋の関口屋をはじめる。安くて品物が良いという評判で店は大繁盛、あっという間に間口4間、奉公人も数人抱えるという大店を構える事になる。お峰は昔の暮しを忘れぬよう昼は店の仕事、夜は手内職の生活を続けるが、ヒマと金ができた伴蔵は茶屋酒をおぼえる。次は浮気、酌婦のお国という女と懇ろになる。
そのことが女房お峰にバレ夫婦げんかになった。居直る伴蔵に対し、お峰は大きな声で新三郎の一件を持ち出し、百両を出せば別れてやると騒ぎ立てた。伴蔵は困って平身低頭、二人で別の土地に移りやり直そうと提案してお峰を納得させる。その夜は川柳の「女房のツノをヘノコで叩き割り」といった按配。アタシにはどういう意味だか分かりませんが。
翌日、夫婦揃って隣町幸手で遊んだ帰り、利根川土手に向かい、伴蔵の悪巧みで女房お峰は殺されてしまう。
強盗の仕業と言い逃れした伴蔵は無事に葬儀も済ませるが、その夜、女中の一人がうわ言を言い始める。その内容がまるでお峰が乗り移ったごとく。

雲助『関口屋』
女中の容体を心配して医者を呼ぶと、それが山本志丈。お露の実家である飯島家に出入りし、お露と新三郎を逢わせた幇間(おたいこ)医者だ。この男も江戸にいられぬ事情が出来て、たまたま栗橋宿に逗留していたというわけ。
山本志丈が女中を見舞うと、女中はうわ言で、新三郎殺しの一件から、海音如来の金ムクの仏像を盗み、幽霊から100両貰って店を出し、今度は邪魔になったお峰を惨殺した経緯を全て喋り出す。
慌てた伴蔵は女中を宿へ下げるが、奉公人たちが次々と同じ症状を示し、結局全員を解雇してしまう。
こうなれば伴蔵としては山本志丈に全てを話すしかない。
ここでちょっと気になったのは、伴蔵が新三郎を蹴殺してお露の墓をあばいて遺骨を取り出し、新三郎の遺体の周りにばら撒いたという説明。その後、伴蔵は幽霊話を周囲に吹聴し、ここ栗橋に来たと言うのだ。これが事実なら『お札はがし』自体がフィクションと言うことになるわけで、伴蔵の真意がよく理解できない。
伴蔵と山本志丈は連れだって茶屋に上がり酌婦のお国を呼び出すが、山本志丈とお国は顔見知り。お国は慌てて家へ帰ってしまう。山本志丈は伴蔵にお国の悪事を全てバラシ、注意を喚起する。
翌日、お国の情夫宮邊源次郎が金をゆすりに来るが、逆に伴蔵に追い返される。
伴蔵は栗橋を引き払い、山本志丈と江戸に帰る。

牡丹燈籠のなかの栗橋宿〜関口屋は芝居の世話物狂言にしても良いくらい、ドラマチックだ。
この中に出てくる人物の殆んどは悪人だが、なかでも伴蔵は正札附きの悪党だ。そして最も魅力的な人物(作中の登場人物としてという意味で)として描かれている。
伴蔵はこの後に山本志丈も殺してしまうのだが、この男の犯行は全てその場限りの行き当たりばったり。なんの計画性も見通しもない。
この物語が書かれた幕末から明治維新にかけて、明日はどうなるか分からぬ不安を持ちながら必死で生きていた庶民の姿が投影されているような気がする。同時に現代の連続殺人にもつながる人物ではなかろうか。
もう一方の悪人・お国の犯行は対照的に計画的だ。先ず飯島平左衞門家の女中奉公して奥方が死去すると平左衞門の妾になおり、先妻の娘・お露を家から追い出す。隣家の旗本の次男坊・宮邊源次郎と不義密通し、二人で共謀して平左衞門を殺害し、飯島家を乗っ取ろうとするが失敗すると、財産を全て持ち去り故郷の新潟へ逃亡を図る。途中の栗橋宿で路銀が尽きると伴蔵をたぶらかして生活費を得た上に、いずれ新潟へ旅立つ時は伴蔵を強請って大金を得るという計画だった。この辺りは同じ悪党でも男と女の違いなのか。

2席とも雲助の語りが冴えわたっていた。
『栗橋宿』ではいくつか言い間違いや言い淀みも見られたが、伴蔵とお峰の夫婦喧嘩の場面に迫力があった。最終的にお峰を言いくるめる伴蔵の嫌らしさも表現されていて、お峰の哀れさ無念さが伝わってきた。

後半の『関口屋』では山本志丈の人物像が優れていた。いかにもお調子者という表面づらと相手の弱みにつけ込んで強請るという陰湿さが同居している人物を、雲助は巧みに表現していた。
山本志丈と再会したお国の動揺ぶりも良く、宮邊源次郎の強請を撥ねつける伴蔵の啖呵は迫力満点。
今年のベスト候補に推したい高座だった。

最後に燭台の蝋燭の芯を打ち高座を終わらせる演出も真に結構。

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2014/08/03

「日本を取りもどす」のはオレたちの方だ

ジェイムズ・トンプソン著、高里ひろ訳『凍氷』(集英社文庫2014年2月初版)
Photoフィンランドの警察小説で第一作『極夜(カーモス)』で注目を集めた作者の「カリ・ヴァーラ警部」シリーズの第2作。
今回のヴァーラ警部は、妻のケイトが臨月を迎え、良い機会なのでと故郷のアメリカから妹と弟を呼び寄せるが、彼らとの文化的ギャップに悩まされる。
事件とは無関係だが、ヴァーラと結婚した妻の米国人ケイトがアメリカを離れフィンランドに移り住んだことに不満を募らせていた妹メアリが、ヴァーラを責める場面に興味を惹かれた。
二人のヤリトリは以下の通り。

メアリが言う。「アメリカでは、人は何にでもなれる。何でも手に入る。どうして社会主義国に住まなきゃいけないの?」
ヴァーラ「フィンランドは社会主義国じゃない、社会民主主義国だよ。ヨーロッパの多くの国と同じ」
メアリ「資本主義の国に住みたいと思わないの? お金持ちになれるのよ」
ヴァーラ「君は金持ちなのか?」
メアリ「ある程度はね。夫の医院が繁盛しているから」
ここでメアリへの忍耐に限界が近づいたヴァーラは、以下のような反論を行う。
「この件について、アメリカとヨーロッパの間には大きな溝が存在する。アメリカはたえず変動しつづけてきた。そして建国以来ほぼずっと戦争状態にある。俺たちヨーロッパの人間は何世紀もかけて、変化と転換は戦争や混乱や貧困をもたらすと学んだ。そしてそれを恐れる。だから俺たちは、億万長者になれる可能性より、中流の暮しを選ぶ―――誰でも病気になれば医者にかかることができて、飢えやホームレスになる心配もなく、教育も受けられる。そもそも、そんなに金は必要ない。だから答えはノーだ。俺は君たちの”チャンスの国”に住みたいとは思わない」

そう、オレも若い頃からあるべき国の姿としてヴァーラ警部のような考えだったし、今もそうだ。そして恐らくは、戦後の日本人の多くがそう願ってきたのではあるまいか。
そうした国の姿をぶち壊しつつあるのが安倍政権だ。かつての日本の良さは失われる一方だ。
「日本を取りもどす」は安倍政権のスローガンだったが、安倍首相から日本を取り戻したいのはオレたちの方だ。
本書のこの部分を読んで、改めてこの思いを深くしたので敢えて紹介した次第。

本書のテーマである事件捜査だが、ヘルシンキで起きた富豪の妻の惨殺事件を捜査するヴァーラ警部に上層部より捜査に対する圧力がかかる。加えて国家警察長官より、第二次世界大戦中のフィンランドでナチスのユダヤ人虐殺に加担した者がいるとの疑惑が知らされ、極秘調査と事実のもみ消しが指示されるが、調べていくうちにヴァーラ警部の祖父も関係していたことが分かり苦しむ。
次第に明らかになる殺人事件の背後関係と同時に、フィンランドの歴史の暗部にも踏み込んだ傑作ミステリーだ。

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2014/08/01

志の輔『牡丹灯籠(通し)』(2014/7/31)

「志の輔らくごin下北沢 本多劇場プロデュース『牡丹灯籠』2014」
日時:2014年7月31日(木)18時30分
会場:本多劇場
出演:立川志の輔

今夏は怪談噺を何席は聴くことにしていて、この日の会もその一環。
『怪談牡丹燈籠』は三遊亭圓朝の23歳も時の作品だそうだ。
当時の記録によれば圓朝の高座は15日間、およそ30時間かけた口演だったようで、これを若林王甘[カン]蔵・酒井昇造の二人の速記者が記録して出版した。これが明治の言文一致体を編み出す元となった。幽霊のカランコロンの下駄の音や、幽霊が恨みを晴らすためではなく恋しい人に慕うために出てくるという点が、当時としてはとても斬新だったようだ。
原作は、お露の幽霊のストーリーと忠僕孝助による仇討のストーリーが、交互に絡み合いながら進行してゆく形式をとっている。
この大作を志の輔がどう2時間半でまとめ、観客に理解させるかが見もの。
もう6年も演じ続けているようで、リピーターも多いのだろう。

<登場人物の相関図>
Photo
赤い矢印は殺害を示す。

【前編】
旗本の飯島平左衞門が刀屋の店先で酒乱の浪人・黒川孝藏に絡まれ、斬り殺す。「発端/刀屋」
黒川孝藏の息子・孝助が、父の仇と知らず、飯島家の奉公人になる。平左衞門は孝助に剣術を教える。
平左衞門の奥方が亡くなると、女中のお国を妾にする。お国は平左衞門の留守中に隣家の息子・宮邊源次郎と密通。孝助が見咎める。
相川新五兵衞が飯島平左衞門宅を訪れ、自分の娘・お徳と黒川孝助との養子縁組を持ちかける。
源次郎とお国は邪魔な孝助を消すため一計を案じるが、失敗に終わる。
平左衞門の金百両が何者かに盗まれる。お国はこれを利用し孝助に罪を被せようとする。
お国らの計略に気付いた飯島平左衞門の孝助の濡れ衣は晴れたが、孝助は平左衞門を間男の宮邊源次郎と間違えて槍で足を刺してしまう。平左衞門は自分が孝助の父の仇であることを告げ、孝助を相川家へ逃がす。「孝助の槍」
飯島平左衞門は深手を負いながらも、宮邊源次郎とお国を殺しに行くが、反対に殺されてしまう。源次郎とお国は飯島家の金品を盗んで逃走する。黒川孝助はお徳と祝言をあげるが、亡き主人・平左衞門の仇を討つため源次郎とお国を追う。

ここまでが前篇で、志の輔はマグネットパネルを使い、粗筋を紹介しながら主要な登場人物の相関関係を説明する。ここまでが1時間。
発端の『刀屋』以外は落語で演じられることは稀だが、こちらがいわば『牡丹灯籠』のメインストーリーにあたる。
仲入りを挟んだ後編、志の輔は高座に上がり落語として演じる。

【後編】
医者の山本志丈の紹介で、飯島平左衞門の娘・お露と美男の浪人・萩原新三郎が出会い、互いにひと目惚れする。「臥龍梅/お露新三郎」
新三郎はお露のことを想い悶々とした日々を送る。
新三郎は山本志丈からお露と女中・お米が死んだと聞かされるが、盆の13日にお露が牡丹灯籠を提げたお米を連れて萩原新三郎宅の前に現れる。これから毎夜二人は逢瀬を楽しむ。
人相見の白翁堂勇斎がお露らを幽霊だと見破り、萩原新三郎にその事と死相が出ていると告げる。新三郎も調べてお露が幽霊であることがわかり、僧侶の良石の助言に従い金の仏像とお札で幽霊封じをする。
新三郎の奉公人である伴蔵と妻のお峰は幽霊から百両もらって、萩原新三郎の幽霊封じの仏像とお札を取り外してやる。「お札はがし」
萩原新三郎の葬儀を済ませたのち、伴蔵と妻のお峰は悪事がばれるのを恐れて、伴蔵の故郷・栗橋に引っ越す。伴蔵は幽霊にもらった百両を元手に荒物屋「関口屋」を開き成功するが、料理屋の酌婦と懇ろになる。酌婦は飯島平左衞門の元妾のお国だった。伴蔵はお国との仲を咎めた妻のお峰を騙して殺す。「栗橋宿/お峰殺し」
死んだお峰が伴蔵の使用人たちに乗り移り、伴蔵の悪事をうわ言のように喋り出したので、医者を呼んだところ、その医者は山本志丈だった。事の次第を知った山本は伴蔵にお国の身の上を暴露する。お国の情夫宮邊源次郎が金をゆすりに来るが、逆に伴蔵に追い返される。伴蔵は栗橋を引き払い、山本と江戸に帰る。「関口屋」
仇が見つからず、孝助はいったん婿入り先の相川家に戻ると、お徳との間に息子・孝太郎が生まれていたことを知る。
伴蔵は悪事の発覚を恐れて山本志丈を殺すが、捕えられる。
孝助は人相見の白翁堂勇齋を訪ね、そこで偶然に4歳のときに別れた母親おりえと再会する。孝助が探していたお国が、母親の再婚相手の連れ子であり、源次郎とともに宇都宮に隠れていることを知る。
母おりえがお国と源次郎の隠れ場所に手引きしてくれるというので孝助は宇都宮に出向くが、おりえは、夫に義理立ててお国と源次郎に事の次第を話し、2人を逃す。
母おりえは孝助に事の次第を話し自害する。孝助は二人を追い、討ち果たす。

後編の落語で志の輔は、『お札はがし』『栗橋宿』『関口屋』の3席をメインにして孝助の仇討本懐までを語り切った。

『牡丹灯籠』の通しは、数年前に柳家喬太郎が2日に分けて約4時間かけた口演を聴いたことがあるが、全体のストーリーを把握する上では今回の方が優れていた。それはやはり志の輔が前半でパネルを使って物語の全容を掴めるように説明した事が大きい。
志の輔の落語の個々の演目をみれば圓生に遠く及ばず、例えば『お札はがし』について比べると春風亭小朝の方が遥かに優れている。
しかし正味2時間半でこの大作をまとめるという構成力、客を惹きつける話芸はさすがと言うしかない。
一つのネタを何年間も繰り返し口演するという志の輔の手法には批判があるが、それでも常に満席にしているのは伊達じゃない。

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