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2014/08/28

【街角で出会った美女】アルバニア編

30年以前なら、アルバニアに観光で行けるとは思わなかった、そういう国です。
アルバニア観光で最も印象的だったのは、現地ガイドによる国立歴史博物館の見学の時でした。古代から近代までの展示室はお座なりというか簡単に流し、最後の現代の展示室に入った途端にガイドが熱弁をふるい出しました。そこはかつての社会主義時代の資料が展示されていて、一党独裁だったアルバニア労働党による恐怖政治の実態と、それによってどれだけ多くの人が犠牲になったかという説明です。犠牲になった女性の写真が壁一面に貼られていました。結局、博物館見学時間の大半はここの展示室の説明に充てられました。
今までの訪問国の中でも、これほど「自国の負の歴史」を詳細に聞かされたのは初めてでした。添乗員が「日本じゃ考えられないな」とつぶやいていました。
裏返せば、当時のアルバニアがいかに酷い状態にあったかということなのでしょう。

アルバニア共和国の現代史は苦難の連続です。
第一次世界大戦後にはイタリアに併合され、第二次大戦でイタリアが降伏するとドイツが侵入、ドイツが降伏すると入れ替わりにソ連が入ってきます。
戦後はホッジャを首班とする社会主義政権が誕生しますが、ソ連の強い影響力のもとスターリン主義に傾倒し、当時ソ連と対立していたユーゴスラヴィアとは断交して孤立を深めます。
中ソ論争の際はソ連と対立、中国へ接近し文化大革命を支持します。その影響から世界で初めて無宗教国家を宣言、そのせいで現在も無宗教の人が多い。
中国の文革が挫折して改革開放政策に転じると、今度は中国からも離反します。
時々の最高権力に従って右往左往して、気が付けば鎖国状態になってしまったというわけです。

ホッジャが死去し1990年になってようやく民主化が行われ市場経済へ移行します。しかし急激な資本主義化に国民がついてゆけず、1997年には全国的なネズミ講により国民の財産の3分の1が失われるという信じがたい事態を招き、政府の責任を追及する暴動が各地で起こりました。
現在はようやく経済も立ち直り、観光にも力を入れ始めました。
ただ道路はいたるところで拡幅工事中で、デコボコ道を揺られながらの移動となることが多い。大半の家屋の屋根に給水タンクが付いているのは断水があるからです。
インフラ整備はまだこれからの段階ですが、都市部のホテルの居心地はまずまずでした。
バルカン半島の南西部に位置し、西海岸はイオニア海に接していますので、今後はリゾート開発も進んで行くのでしょう。

ホテルのフロントの女性で、カメラを向けたらニッコリ笑ってくれました。
Photo

レストランの女性で、こちらはポーズを取ってくれました。
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携帯やipodで音楽を聴きながら歩くというのはどこへ行っても見られる光景で、ここアルバニアでも例外ではありません。
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