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2014/08/12

「差別主義者」って、どこでも似た者同士

ジャック・カーリイ (著), 三角和代 (訳)『イン・ザ・ブラッド』 (文春文庫)
Photo「僕」という一人称で書かれた主人公の「カーソン・ライダー」シリーズの第5作。カーソンはアラバマ州モビール市警の刑事で「PSIT」(精神病理・社会病理捜査班)の所属して、相棒のハリー・ノーチラスと共にサイコパス犯罪の捜査にあたっている。ハリーはアフリカ系で、わざわざ断わる理由はこの地域は保守的でかつ人種差別が激しい。刑事といえども黒人であると時には捜査官からさえ差別を受けることがある。
本シリーズはデビュー作『百番目の男』以来、日本のミステリーファンにもお馴染みになり、特に第2作『デス・コレクター』は2000‐2009年の10年間の海外本格ミステリーで最優秀作品賞に選ばれている。
このシリーズのもう一つの特長は、カーソンの実兄ジェレミーが連続殺人犯として収監されていて、サイコキラーの捜査にあたってカーソンがしばしば刑務所に面会に行き助言を求めるという設定だ。毎回、カーソンの恋模様が描かれるのもシリーズの特長の一つ。

しかし第5作である本作ではジェレミーは登場せず、恋模様も薄め。テーマはズバリ、人種差別主義だ。
この地方では様々な人種差別主義団体が活動していて、これに保守派のキリスト教が結びつく。アメリカにはテレビ説教師という人たちがいるようで、彼らがメディアを通じて民衆を煽る。米国南部ではこうした思想が受け容れられる基盤があり、集まった支持者と資金は政治と結びつき、彼らを地盤とした上院議員が選出される。こうなると政治権力をバックにして、人種差別主義者の活動がさらに活発になって行く。
これが物語の背景にある。

本書ではキリスト教保守派の説教師としてリチャード・スカラーという人物が登場するが、彼の両親は彼が5歳の時から説教師として仕込む。幼い子供が弁舌さわやかに説教するのだから人気は高まり、両親の懐へは寄付金が集まる。カメラが回り、記者が両親に質問する。
「集まったのは全員白人ですね。リチャードに有色の聴衆に説教させたことがありますか?」
母親が答える。
「黒人はサタンが造ったもので、全能の神っていう言葉を理解できる力を持ってないんだよ」
こういう親に育てられればどういう人間になるか。
成人したリチャードは今やカリスマ的な存在だ。大勢の民衆を前にして語る彼の説教は疑問形で、聴衆はそれに応えて熱狂的な声援を送る。アジテーションの常套手段だ。

「アメリカ国家の名においてインディアンにひどい行為がなされたのか? 運命だったのか? それもまた否定できない。そしてまた、この先住民族が、植物や、動物や、円錐形のテントの前に立てた偶像の頭を崇拝してたことも否定できない。」
説教師はここで聖書を掲げる。
「偽の神や偶像を崇拝すると、あなたは真の神を怒らせることになる。神は正義と贖いの名においてあなたを懲らしめるため軍勢を送られる。その軍勢とはコロンブスの兵士たちだったのか? コルテスの軍だったのか? 神に祝福されたアメリカの騎兵は女と子どもを救い、この偉大なる土地に荒野を切り開こうとしたのか?」
「そうだ!」と群衆が怒鳴る。
「罰当たりなエジプト人を犠牲にしてイスラエルの子どもたちを救ったその同じ神が、今度は略奪してまわる異教徒のインディアンを犠牲にしてアメリカの荒野のキリスト教徒の子どもたちを救われるのか?」
「そうだ!」「アーメン」「ハレルヤ」の大合唱。
「これが圧倒的な真実につながると思わずにいられない。神は正しき者を救い上げ、不道徳者を突き落とす。そうやって神は所業を知らしめてらっしゃる・・・だから、主のすばやい剣に倒れた者たちのために絶望することはない・・・ソドムとゴモラの者たちのためには。彼らは教訓に注意を払わなかった。神の真実の稲妻に焦がされた者たちのために絶望することはない。主の明確なる言葉に耳を傾けなかったのだ。」
「それというのも、彼らは神と、神の所業と、神のしもべや使者と争ったからだ。それというのも、彼らはこの私たちと争ったからだ!(後略)」

アメリカの黒人差別(米国の白人至上主義者たちのヒトラー崇拝ぶりには驚かされる)、ナチスのユダヤ人差別、そして日本におけるヘイト・スピーチに代表される韓国人・朝鮮人差別(彼らのデモにもナチスの旗が掲げられている)。どれも形こそ違え、際限なき「妄想」を基底にしている点では同類、似た者同士だ。
Photo_2

本書はカーソンとハリーが岸壁で釣りをしていると、小舟に乗せらてた赤ん坊を発見する。一方、白人至上主義や人種差別主義のリーダーたちが次々と不審な死を遂げる。この二つが結びつき、やがて「悪魔の所業」ともいうべき真実と、意外な犯人像が次第に明らかになる。
カーソンとハリーの小気味よいヤリトリも本書の魅力のひとつ。
終幕がやや安易に感じられシリーズ最高傑作とは言い難い点もあるが、アメリカの人種差別がリアルに描かれていて興味を惹かれた。

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コメント

ジャック・カーリイは『百番目の男』のラストの筋書きがあれですので、ちょっと私には合わないかなァ、と二作目以降読んでいないのですが、結構本格派として活躍しているようですね。
あらためて二作目から読もうと思います。

小言幸兵衛様
ジャック・カーリイはやはり第2作『デス・コレクター』が代表作なのでしょう。
本作は作品そのものというよりは、アメリカの今の残る人種差別をリアルに描いている所が特長だと思います。

「デスコレクター」、読んでみます。
昔は評判のミステリを片っ端から読んでいましたが、この10年ほどは自ら探すということがなくなっていました。
ありがとう。

佐平次さんの向うをはって(はれないか?)書評じみたものを書き始めました。
お役に立てれば幸いです。

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