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2014/09/07

『親の顔が見たい』(2014/9/6)

新国立劇場演劇研修所第8期生試演会『親の顔が見たい』
日時:2014年9月6日(土)14時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
作=畑澤聖悟 
演出=西川信廣
<  出演者  >
新国立劇場演劇研修所 第8期生 
梶原航、泉千恵(修了生) 
関輝雄、南一恵(文学座)

公演プログラムで作者の畑澤聖悟は次のように述べている。
【2006年、福岡県で中学2年の男子生徒がいじめを苦に自殺した。衝撃だったのは加害者生徒の無反省ぶりである。ある者は教室で
「あーあ、死んじゃったのか。いじるヤツがいねーとつまんねえの」
と言い、またある者は被害者生徒の通夜の席で棺桶の中をのぞき込んで笑ったという。
いじめの加害者が被害者に対して責任を感じることは稀だ。しかしいくらなんでも人が死んだらなにか感じるのが普通じゃないか。
「親の顔が見たい」
というセリフはこんな時にあるのだ。】
この劇の初演が2008年であることから、戯曲は先の福岡での事件に触発された書かれたものと思われる。
作者は現役の高校教員でもある。
【劇中には私の教員としての経験が多く引用されている。親御さんに実際に言われた言葉もある。フィクションとして構成したが、二十数年の教員生活が積み重なって戯曲になったようである。】
『親の顔が見たい』は初演以来多くの劇団で上演されているようで、私も2009年に劇団大阪の公演で観た。それだけ内容に普遍性があり、観客の胸を打つ作品となっている証拠だ。
韓国でもロングラン公演され小説として出版もされているとのことで、学校のイジメ問題は諸外国でも共通の問題なのかも知れない。

舞台は、都内カトリック系私立女子中学校の夜の会議室。劇は終始この中だけで進行する。
この日の朝、2年生の生徒が校内で自殺しているのが発見され、担任教師に宛てて出された生徒からの手紙にイジメが示唆され、5人の生徒の名前が記されていた。
学校側は5人の生徒から事情を聞くとともに、それらの生徒の保護者を一堂に集める。
親たちは揃って「ウチの子に限って」とイジメを否定するが、次第に事実が明らかになると、今度は学校側と一緒に隠蔽を図ろうとする。しかし一部の親は同意せず、逆にイジメの証拠を示し、親同士の激しい怒鳴り合いと、責任の押し付け合いが始まる。
やがてそれぞれの家庭の事情や、親娘関係が浮き彫りになり・・・。

親たちが「子どもの様子はどう?」と訊くと、担任の教師は「普通にしてます」と答える。その「普通」とは、口裏を合わせてイジメの事実を否定し、自殺した被害者に対して一顧だにせず通常通りの態度を押し通しているという意味だったのだ。
終幕近くで、それまで必死に自分の感情を抑えてきた担任が、怒りを爆発させる場面が印象的だ。ここで観客がなぜこの劇のタイトルが「親の顔が見たい」なのかが分かる。
これから親娘協力して罪を償い、乗り越えて行こうとする姿を示唆する結末は救いを持たせていた。

芝居の作りは名作『十二人の怒れる男たち』を思わせるが、戯曲としてはこちらの方が優れている。舞台を通してそれぞれの家庭がどうなっているか、子どもの様子はどうなのかが眼前に見えてくる。緊張感溢れる1時間40分の舞台は手に汗を握る思いだった。
省みて、私たちも「顔が見たい」親の一人なのではないのかと。

総じて女優陣は好演だった。担任を演じた池田碧水は熱演、新聞配達店主を演じた根元宗一朗に華があった。惜しむらくは、校長役が校長に見えなかった。
文学座からの客演の関輝雄、南一恵の渋い演技が舞台をしめる。

公演は9月10日まで。

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コメント

見ごたえがありそうですね。
無理かな、もう。

投稿: 佐平次 | 2014/09/07 11:46

佐平次様
研修生の試演会なので当日でも十分入場は可能です。お薦めできる芝居です。

投稿: ほめ・く | 2014/09/07 12:04

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