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2014/09/24

#65扇辰・喬太郎の会(2014/9/21)

第65回『扇辰・喬太郎の会』
日時:2014年9月21日(日)18時30分
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・入船亭辰のこ『子ほめ』
入船亭扇辰『茄子娘』
柳家喬太郎『猫の災難』*ネタ下ろし
~仲入り~
柳家喬太郎『短命』
入船亭扇辰『御神酒徳利』*ネタ下ろし

この二人会の65回という回数には感心する。ブログを始めて10年間、この間に数々の二人会に出向いてきて、内容的にも充実した会がいくつもあったが殆んど中断してしまった。二人会というのは相手があることなので継続するのは難しいんだろう。この会は二人が二ツ目時代から続いているそうで、よほど主催者がしっかりしているのか、二人が気が合いかつ努力しているのか。ここまで来たら是非100回を目指して欲しい。もっともこっちの寿命が持たないから見届けることは出来ないけど。

この日の前座・辰のこは以前は辰まきという名だったが、全国で竜巻被害が発生していることから改名したそうだ。前座の改名というのは珍しい。
真打になれば誰でも弟子を取れる。見ていると取る人は、だいたい真打昇進後10年前後で最初の弟子を取るケースが多いように見受ける。最後の弟子はというと、概ね60代前半としているようだ。これはいま入門から真打まで約15年かかる。弟子の真打披露には現役でいたい。そうなると逆算すれば自ずから師匠の年齢は決まってくるわけだ。
真打によってはサッカーチームが出来るほど弟子を取る人もいれば、少数の人、あるいは全く弟子を取らない人もいる。人気落語家の中には弟子を運転手や付き人にしている例があり、まるで無給の雇用人扱いだ。
弟子を取らない人にも二つのタイプがあり、一つは入門希望者がなく弟子が取れないというケースが考えられる。取らないんじゃなく取れない。もう一つは弟子のなり手がいるにもかかわらず、本人の意志で弟子を取らないタイプだ。有名なのは芸協の大看板である三笑亭笑三がいる。後者の人は、どういう理由で弟子を取らないのかは興味を惹かれる。

この会は2席のうち1席はネタおろしという趣向なので、先ずはそれ以外の高座から。
扇辰『茄子娘』は、軽いネタだが秋の季節感に因んだもの。
喬太郎『短命』、このネタは隠居の暗示に、どの段階で短命の理由に気付くかが演者の腕の見せどころだ。喬太郎は飯を茶碗によそって手渡す時に指と指が触れお互いが顔を見合わせる段階としていた。「そりゃ、飯なんぞ食ってる場合じゃないよね」と、ここで短命のわけを察する。これだと最後のオチに素直につながるので自然だ。

次はネタおろしの2席。
喬太郎『猫の災難』、大師匠の十八番で、誰しもこれを超えるのは極めて難しい。
この主人公の男Aだが、隣のお上さんから貰った鯛の頭と尻尾を、鯛丸々一匹と勘違いした男Bに酒を買いに行かせ、留守に隣の猫が鯛をくわえていったといいくるめる。Bが鯛を買いに行ってる間にAはBの買ってきた酒を全て飲んでしまう。戻って来たBに、Aは隣の猫が酒瓶を蹴飛ばして酒を全部こぼしてしまったとウソをつく。
これだけ見ると、Aはいかにも悪い奴だと思うのだが、5代目小さんの演出ではこれが妙に憎めない男として描かれている。
喬太郎の演出は二人の違いをさらに際立たせ、Aは大の酒好きだが肴は不要で、塩をなめたって5合ぐらい呑めるというタイプとした、対するBは酒はせいぜい1合程度しか呑めず、その代り肴に凝るタイプとしていた。つまりBが酒の肴にこだわるが、Bは酒さえありゃ後は要らないのだ。要は酒のみのタイプが異なるのであって、Aの行為だけを責めるわけにはいかない。
男Aはむしろ愛すべき人物として喬太郎は描いていた。
ネタおろしとしてはよく出来た高座だったと思う。

扇辰『御神酒徳利』
このネタは大きく二通りあり、一つは圓生や3代目三木助が演じた型、もう一つは小さんが代々受け継いでいる上方落語『占い八百屋』から移した型だ。後者は今でも市馬ら小さんの弟子が高座にかけている。
扇辰の師匠・扇橋は最初は3代目三木助に入門し、後に5代目小さん門下に移った人なので、扇辰がどちらの型で演じるか興味があったが、マクラを含めて圓生・三木助タイプだった。
扇辰らしい丁寧な高座で完成度も高かったが、冗長な感が否めない。このネタを圓生は40分位で演じ、三木助はもうちょっと短かったように記憶している。

この会に限らず、近ごろの落語は時間をかけ過ぎる。
名人文楽の例でいえば『富久』や『船徳』は26分、『愛宕山』は20分で演じている。内容が同じなら時間は短い方がいい。
下手な前座、つまらないマクラ、間延びしたネタは苦痛でしかない。
寄席以外の各種落語会の公演時間は、できれば2時間、長くても2時間半以下に抑えて欲しい。
だって、コチトラは老い先が短いんだもん。

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コメント

「短命」は先代小さんがぼそぼそと無愛想に語るのがかえって可笑しかった覚えがあります。
喬太郎はやはり柳家の正統の継承者を以って自任しているのでしょうか。

投稿: 福 | 2014/09/25 06:44

福様
以前、喬太郎が自分の芸の理想として大師匠を置いていると語っていました。具体的には寄席のトリで『道灌』を掛けるとのことです。
芸風は随分と違いますが、究極の目標は小さんということなのでしょう。

投稿: ほめ・く | 2014/09/25 09:27

短いのに賛成!もう短命ですから。
開口一番から終演後の酒のことを考えていますよ、早く終われ!

投稿: 佐平次 | 2014/09/25 10:16

佐平次様
年寄りが短気になるのは、やはり先が無いからか。
どうしても30分を超えてしまうネタというのは『居残り』(志ん生は22分)と『文七』(彦六は26分)ぐらいでしょう。
そう考えると落語会は2時間以内で終わらせることが出来る筈です。この会は2時間50分近くかかり、ウンザリしましたね。

投稿: ほめ・く | 2014/09/25 11:43

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