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2014/09/14

「江戸しぐさ」はトンデモ学説

落語家の柳家小三冶がマクラでこんなことを語っていた。
「なかにゃ落語を聞けば江戸が分かるなんて言ってる人がいますが、分かるわきゃないでしょ。演ってる本人が分からないんだから」。
続いて、江戸時代の町人たちがどんな言葉でしゃべっていたのかも分からない。資料がない。「東海道中膝栗毛」で弥次郎兵衛と北八の言葉に「~するベェ」という「ベェベェ言葉」が出てくるが、これが本当にそういう言葉を使っていたのか、それとも文章にしたからそうなったのか、何も分からない。ただ、江戸っ子らしい言葉ってぇものはある。江戸っ子ならこうあって欲しいという、そういうことでしゃべってるんで、あまり信用しないで欲しい。
そうでしょうね、だいいち当時の江戸で「江戸っ子」というものが存在していたのかさえ怪しい。あくまでイメージの世界であることを前提にして噺家は演じ、お客は聴く。そういう了解で成り立っている。
シャレだよ、シャレ。

ところが当時の資料や文献がないのをいいことに、「江戸しぐさ」なんてぇ学説を自分たちで開発し世間に広めている人たちがいるらしい。中身は決して悪いこっちゃないので広めるのは自由だが、近ごろそれが文科相検定教科書や文科相の道徳教育の教材に採用されているそうで、こうなると穏やかじゃない。間違ったことを子供たちに教えてもらっちゃ困る。
こうした問題を詳細に検討し明らかにしたのが、
「原田実(著)『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書 2014/8/25発刊)」
で、著者は偽史、偽書の専門家。

先ず「江戸しぐさ」とは、商人を中心とした江戸町民の行動哲学であり共生の智恵で、これが江戸時代の太平を支えたんだそうだ。ただ口伝で資料や実在の証拠などは一切残っていないとのこと。つまり根拠はない。
「江戸しぐさ」がそれほど大切なことなら、なぜ最近まで忘れ去られてきたのかというと、幕末に江戸に入った薩長の官軍が「江戸っ子狩り」という徹底した弾圧を行い、多くの江戸っ子が地方に逃れ「隠れ江戸っ子」になったというのだ。その際に江戸っ子たちは江戸の記録を薩長に渡すことを拒み、資料は全て焼き捨ててしまったから何も残されていないという。その後「隠れ江戸っ子」たちは戦争に狩り出され、帰ってこなかったから途絶えたんだと。
そんなわきゃねぇだろうが。この辺りがいかにもオカルト的で、眉唾ものですね。
処が、この「江戸しぐさ」は企業の社員研修や市民講座の教材として採用され、マスコミでもNHKを始め、朝日、讀賣、産経、毎日、日経などの全国紙や地方紙、その出版物になどでもとり上げられ、いずれも好意的な内容だった。まさに呉越同舟。
こりゃニセモノだと分かったら、各社共同会見を開き社長が謝罪しなくちゃ。

「江戸しぐさ」の中身で「傘かしげ」がある、そうゆやぁ当代の円楽がどこかでしゃべったのを聞いたことがある。傘をさしたまま道路ですれ違う時に、お互いの傘を外側に傾けて雨のしずくがかかるのを防ぐというものだ。
江戸時代には傘は貴重品で、庶民は笠と蓑が雨具であるのが一般的だった。傘は贅沢品だったのだ。だから傘をさした人同士が往来ですれ違う時のマナーなど不要だし、その場合も片方が道を譲ったり、傘をすぼめたりすれば解決できることだった。
「肩引き」というのは、すれ違う時に右肩を引いて互いの胸と胸を合わせる格好ですれ違うしぐさとある。では相手が男女だったらどうなのだろう。
そんな無理な恰好をしなくったって、いったん立ち止まり道を譲りあえば済むことだ。江戸時代なら身分や上下関係がはっきりしているので、この方が自然だろう。
「こぶし腰浮かせ」は、渡し船で後から来た乗客のために、先客が両方のこぶしをついて軽く腰を浮かせ幅を詰めるというもの。しかし当時の渡し船は人も馬の荷物も一緒で、乗客は船底にしゃごむようにして座る。渡し船には座席などなかった。底に畳を敷き座れるのは屋形船で、こちらは乗合船ではない。「こぶし腰浮かせ」は横長の座席がある現代の乗り物向けだ。
「三脱の教え」というのは、江戸時代は初対面の人に年齢、職業、地位を訊かないルールを指す。江戸時代は髪の形や服装で職業や地位が分かるので、わざわざ訊く必要がなかっただけだ。それだけ身分制度が徹底していた。
「時泥棒は十両の罪」というのが江戸時代にあったというのだが、初めて聞いた。江戸時代の大名の時計は1分刻みだったので、家来はもちろん、出入りの商人まで時間に厳密に行動することが求められた。突然、相手を訪問し相手の時間を勝手に奪うのは時泥棒とされ、死罪に値するとして厳しくいましめられたというもの。
大名が時計を持っていたという記録はあるようだが、江戸時代の複雑な不定時法に適用できるような物では無く、分刻みの精度も持っていない。むしろ装飾品として珍重されていたようだ。それに時間を厳密にするのは他の人たちも同様の時計を持っていなければならず、現実にはそういうことはなかった。
むしろ当時の日本の人たちは細かな時間にしばられず、ゆったりと暮らしていたようで、外国人の書いた文献などからもそう推量される。
「江戸しぐさ」にはこの他、当時食用ではなかったバナナやトマトが出てきたり、当時では有り得ない「禁煙」が出て来たりと、もう荒唐無稽としか言いようがない。
いずれも日本が近代化した明治以後のものだ。

以上、見てきたように現在の私たちが生活する上では有効なルールであり、これを普及するのは大いに結構だ。しかし有りもしない「江戸しぐさ」を持ち出して説くなら、それはニセモノだ。これを教材として使用するなど以ての外だが、育鵬社刊の教科書「中学の社会 みんなの公民」の中で実際の江戸時代の習慣として肯定的に記述されている。つまり、文科省の教科書検定というお墨付きを得たわけだ。
さらに文科省が配布した道徳教材には、「江戸しぐさ」が江戸時代に実在した商いの心得として明記されている。
著者は、こうした文科省の動きに強い警告を発している。

本書では「江戸しぐさ」の最初の提唱者である芝三光(しばみつあきら)の生涯にも触れて、彼が少年期は横浜で育ち、戦後はGHQに勤務していた経歴が「江戸しぐさ」の創作に影響を与えているという分析も行っている。
特にエセ科学や教育問題に関心がある方は、本書を読んでみて下さい。

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