#34三田落語会「さん喬・一之輔」(2014/10/25夜)
第34回三田落語会・夜席「柳家さん喬・春風亭一之輔」
日時:2014年10月25日(土)18時
会場:仏教伝道センタービル8F
< 番組 >
前座・林家つる子『のめる』
柳家さん喬『転宅』
春風亭一之輔『富久』(ネタ出し)
~仲入り~
春風亭一之輔『ガマの油』
柳家さん喬『文違い』(ネタ出し)
春風亭一之輔、36歳、10年に一人の逸材だ。2010年代にこの人を超える新人は出現すまい。二ツ目の頃からモノの違いを見せつけていたが、真打に昇進後も進撃は止まらない。この先どこまで進化するのか、あまりに進化し過ぎて心配になるほどだ。
って、褒めすぎですかね。
ともかくも彼が優れた技量の持ち主であることは衆目の一致するところだ。
さん喬が1席目のマクラで一之輔を持ち上げ、今日は自分は添え物だと言っていたが、半分は本音だろう(権太楼だったらなんて言うかな)。さん喬のようなベテランにとって、一之輔との二人会は嬉しくはなかろう。噺家の世界は座布団の上にすわれば師弟もなにもない、皆がライバルだとも語っていたが、それはさん喬自身の立場とも重なるんだろう。落語界全体をゼロサム社会とすれば、誰かがノシテくればそのぶん他がヘコム。
さん喬は、今日のトリは自分だがメインは一之輔と宣言していたようだ。
では、そのメインから。
一之輔の1席目『富久』
近ごろは神棚がある家って少ないでしょうね。アタシの家もない。実家にはあって、大晦日になるとしめ縄や榊を新しくしお札(ふだ)を取り換え、元旦にはお神酒や水、ご飯をあげて家族揃って柏手を打ち、それからおせち料理を頂くというのが習わしだった。50年前の話だ。当時は暮に文楽の『富久』を聴いてもピンときていた。今や隔世の感がある。
一之輔はマクラで自宅に神棚を祀ったエピソードから入った。
『富久』というネタには大きく二つの流れがある。
一つは、3代目三遊亭円馬-8代目桂文楽
もう一つは、初代三遊亭円右-5代目古今亭志ん生
の流れだ。筋は同じだが後者の方が笑いの要素が多い。
近年では古今亭志ん朝が父志ん生の流れを基本に、久蔵が火事見舞いの客を応接する場面では文楽流を採りいれた演出にし、完成度の高い作品に仕上げている。
一之輔の高座は志ん朝の演出をベースにしていたように見えた。久蔵の長屋は浅草三間町、旦那の家は芝久保町、富は杉の森神社という設定だ。
旦那をしくじり仕事はないわ借金で首が回らないわという暮しを送っていた幇間の久蔵。富くじを自分から買おうと言い出すのは志ん生流。売った相手も番号を帳面に控える。
帰りに酒を買い一杯やって寝込む久蔵。火事をみとめた長屋の衆が火元が芝久保町だということで久蔵を起こす。この辺りは長屋の住人同士がお互いの暮しを隅々まで知っていて、相手のことを思ってくれていた当時の生活を偲ばせる。
真冬の夕方、寒風吹きすさぶなかを浅草から芝まで駆けるんだから、相当大変だったろう。一之輔はここはあっさり目。
ともかく駆けつけた久蔵に旦那から出入りを許される。ホッとする久蔵。
旦那の家に着いたときは既に鎮火しており、久蔵が家具を担ぐ場面は無し。
旦那の親類や取引先から火事見舞いが次々と訪れるので、その帳付けを久蔵に頼む。久蔵は相手にお礼を言いながら再び出入りがかなった事をしっかりPRする。この時の久蔵の嬉しそうな表情。
旦那の実家からお見舞いの酒が届くと、とたんに久蔵の気がそぞろに。1本は燗、1本は冷やだが、燗が冷めてしまうのが気になって仕方ない。帳付けもそこそこに、旦那に「このお酒どうしましょうか?」と何度も訊く。旦那も、それなら飲めとお許しがでて、久蔵は女中を相手に飲みはじめる。最初は陽気だったが次第に周囲の奉公人にもカラミ出す。元々酒でしくじったくらいだから本性が出たのだ。
この場面は一之輔の工夫だと思う。
旦那の「いい加減に寝ろ」のひと声で久蔵は床につく。さすがの久蔵も今は旦那には逆らえないのだ。
一寝入りした頃にまた火事の知らせ、今度は浅草三間町ということで久蔵を起こす。旦那は「万一家が焼けたら、どこへも行かずに真っ直ぐにここへ来るんだぞ」という言葉を背に受けて、久蔵は自宅に向かう。
「火事のハシゴなんて冗談じゃねぇや」と駆けつけるが、既に全焼と知ってそのまま旦那の家に引き返す。
しばらく旦那の家にやっかいになり、衣食住に小遣いまで貰う暮しだが、借金の事は気になる。ある日ぶらりと外を歩いていると、人がおおぜい歩いている。そうか、今日は杉の森神社の富の日だ。
ここで富に当たったらどうしようかと話す人たちの描写があるが、ここは志ん生あるいは志ん朝流。久蔵が一番富に当たって腰を抜かし、周囲の人間が担いで事務所まで送る所も同じ。
くじ売りの人も来ていて、一緒に当選を喜ぶが、肝心の富くじが久蔵の手元にない。火事で焼けてしまったのだ。「千両とはいわない、5百両、3百両、百両、50両、10両、5両、1両でも」とすがる久蔵、これだけ追い詰められたいたという切迫感が伝わってくる。
ボンヤリ歩いていると、馴染みの頭(かしら)に出会う。お前んとこの鍋釜を出してやったんだぜと言われても、久蔵はつっけんどんな返事ばかり。処が神棚も出していて頭の家に保管してあると聞いた久蔵は、いきなり頭の襟もとへしがみつく。
頭の家で神棚を見つけ、中を開けるとそこには当りくじが。久蔵は喜びを爆発させると同時に、周囲への感謝の念も湧いてくる。
この噺はまるでジェットコースターのように久蔵の失望と喜びが繰り返される。一之輔はその度ごとの久蔵の表情変化を巧みに表現していた。
とりわけ久蔵が帳付けをしながら酒を気にする時の仕種や、飲みはじめてからの崩れ方に工夫が見られ、最近では出色の『富久』となった。
この若さでこれだけの『富久』を演じる人はいま他におるまい。
一之輔の2席目『ガマの油』
ガマの油売りの口上は常法通りだったが、酔ってからの口上は通常とは違い独自の工夫が見られた。
刀の刃にガマの油を塗って切れ味を試して見せるが、深酔いしてるので、自分の腕を本当に切ってしまう。傷が深いようで手拭いでふいてもふいても血が拭き取れない。強引にガマの油を塗りたくるが血は拡がるばかり。こりゃあ血止めぐらいじゃ治まらない。「お立会いの中に医者はいないか」でサゲ。
従来の古典に何かひと工夫しないと気が済まないらしい一之輔の高座、楽しませてくれた。
酔ってる時の出血は止まりにくいので、皆さまもくれぐれもご用心のほどを。
さん喬の1席目『転宅』
さん喬の2席目『文違い』
詳細は省くが、共通して感じた点をいくつか。
さん喬の優れた点は登場人物の心理描写だ。
『転宅』では、お菊が泥棒を見つけた時の瞬間の驚きから度胸を入れ直してゆく過程の変化や、翌日の泥棒の膨らむ期待が絶望に変る時の心理変化の表現などに見られる。
『文違い』では花魁が相手の客の性格を見て対応の仕方をガラリと変えるところや、20両騙し取られたと分かるまでの表情の変化などもそうで、さん喬の特徴が良く出ていた。
反面、会話の中で同じセリフを繰り返す場面が多く、演者としては必然性があるのかも知れないが、聴き手としては正直ダレテしまう。
全体に間延びした印象は否めず、口演時間も含めてもう少し刈り込んで欲しいと思った。
例えば『文違い』を約45分かけていたが、寄席ではおそらく30分ほどであげていたと思う。その位の時間でちょうど良いのでは。
前座が注意事項を繰り返していると思ったら、昼席で録音をしていた客がいたらしい。
ルールを守れない客は出禁にすべきだ。
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コメント
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「富久」の季節なのですね。
焦るなあ。
投稿: 佐平次 | 2014/10/26 20:40
佐平次様
ちょいと早目の『富久』でしたが結構な高座でした。今年ももう2か月ですね。
投稿: ほめ・く | 2014/10/26 20:52
一之輔の『富久』は、四年前の師走、百栄との横浜にぎわい座のげしゃーれでの二人会で聴いて、感心しました。
この会、昼の部ならぜひ行きたかったのですが、残念。
投稿: 小言幸兵衛 | 2014/10/26 22:12
小言幸兵衛様
そうですか、4年前というと32歳の時ですね。10年後、20年後にはもっと凄い『富久』が聴けるでしょう。もっともその頃にはコチトラが存在してないか。
投稿: ほめ・く | 2014/10/27 06:30
昼席にも行っていました。昼席の前半2席でキーンという、ハウリング音が響いており、主催者は録音している者がいるのではないかと思ったようです。ただ、某氏のブログによれば補聴器をしている場合にもハウリングが発生してしまうようです。会そのものは、昼夜共に大満足でした。あと、開口一番と仲入りの前座さんの携帯の電源切ってくれアナウンスは、前回の喬太郎の錦木検校のことが原因だとふんでます。
投稿: ぱたぱた | 2014/10/28 07:55
ぱたぱた様
補聴器でもハウリング起こすんですか、それは困りましたね。
寄席や落語会で、どうも録音しているんではないかと思うような怪しい動きを感じることもあり、これは法律違反なのでやめて欲しいですね。
この会、昼夜行きたい時もあるんですが、体力的にちょっと自信がなくて断念してます。
投稿: ほめ・く | 2014/10/28 10:50