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2014/11/16

「桂文珍独演会」(2014/11/15)

「桂文珍独演会 JAPAN TOUR~一期一会~」
日時:2014年11月15日(土)13時
会場:メルパルク東京
<  番組  >
桂楽珍『子ほめ』
桂文珍『深夜の乗客』
内海英華『女道楽』
桂文珍『お茶汲み』
~仲入り~
桂文珍『お血脈』

文珍の高座は久々だ。この日の会場は芝公園のすぐ脇にある。
「芝で生まれて神田で育ち 今じゃ火消しの 纏(まとい)持ち」
という端唄があるくらいだから、神田とならんで芝は江戸っ子の本場だったようだ。そういえば『芝浜』という落語があるが、芝浦辺りにはかつて漁師町があったようだ。歌舞伎の『め組の喧嘩』もここ芝が舞台だ。
現在の芝にはその面影はない。
お客は年配者が目立ち、普段行く落語会に比べ平均年齢が高い。周囲の会話を聞いていても落語に詳しい方はあまりいなそうで、明治座辺りの客層に近いように思えた。
いま上方の落語家で、ホールを常に満員にするといえば文枝、鶴瓶、そして文珍といったところだ。文枝と鶴瓶がそれぞれ冠番組を持っていて常にメディアに登場しているのに対し、文珍はここ10年あまりメディアの仕事はせず専ら独演会に打ちこんでいる。それも国立劇場での10日間連続公演(ネタのかぶり無し)や、客席からのリクエストでその日の演目を決めるなど、意欲的な企画が目立つ。独演会では必ず3席かけるのも文珍の特徴だ。落語ファンというより文珍ファンによって支えられている。
こういう人たちが全国各地をまわり、落語に接する機会を増やしているという功績はある。「笑点」メンバーなどもそう言えるだろう。ただ、それが落語ファンの増加に結び付いているかどうかは別問題だが。

楽珍『子ほめ』、いつも文珍の前座でしかお目にかかったことがないが、この程度で終わる心算なのかしら。

文珍の1席目『深夜の乗客』、百田尚樹のショートショートからの創作とのこと。文珍とは放送作家の頃からの知り合いで、『永遠の〇』が当ってからいい気になっていると評していた。余談だが近ごろやたら「ゼロ戦」という言葉を聞くが、正しくは「零式戦闘機」だから「零(れい)戦」というべきか。
タクシーの運転手が髪の長い若い女性を乗せるが、行き先が「草場町」だったりして何となく怪しい雰囲気。自宅前に着くと現金がないから家から取ってきて戻ると言って、なかなか出てこない。不審に思った運転手が家を訪ねると母親らしき女が現れて、その娘だったらつい先ほど息を引き取ったと病院から連絡があったと言う。「きっと家に帰りたかったんでしょう」と泣く母親をしり目に襖を開けると、中でさっきの娘が茶漬けを食っていた。「なんで分かったの?」と娘、そこでタクシーの運転手が「3年前にも同じことがあったんじゃ」。
文珍の落語は演目そのものよりマクラが面白い。殆んどが時事ネタで客の笑いにツボを心得ている。客もそのマクラの方を楽しみにしているような感がある。

英華『女道楽』、文珍は仲入り前に2席演じるので、その着替えの時間をつとめる。「女道楽」という芸は今では大阪で内海英華だけになってしまった。東京では廃れてしまった。記憶では「千家松人形・お鯉」の「人形」が最後かと思う。名前の通り美人芸人だった。  
英華は声が良く立つし、三味線のバチ捌きも見事。是非、後継者を育てて欲しいものだ。

文珍の2席目『お茶汲み』、男が貸した金を返せと言うと、借りた男は遊郭で使ってしまったと答える。その男が遊郭に上がると花魁が部屋に入るなり、驚いて部屋を飛び出す。後で再び部屋に入ってきて先ほどの失礼を詫び、私の情夫だった人とあまりに生き写しだったからと思い出話しを始める。好きあった二人が田舎から大阪へ出てきたが暮らしてゆけない。仕方ないので女が苦界に身を沈めその金で男が商売をして成功し二人で所帯を持つ計画だった。ところが男は病気で死んでしまう。来年、年季が明けたらあんたの女房になりたい、ついては義理の悪い借金があるのでと言って、男から金を巻きあがてしまう。そうやって泣き続ける花魁の顔に急にホクロが出たので、よく見たら茶殻だった。花魁が泣くとみせかけ、傍にあった茶碗のお茶を目の下に塗りつけていたのだ。怒って金を返せというと、店の若い衆らが出て来て、外へ放り出されてしまった。
それを聞いた男は、それじゃその金を取り返して来ると遊郭にでかけ、くだんの花魁を指名する。部屋へきた花魁に、さっき聞いた話とそっくりの身の上話を花魁に聞かせる。年季が明けたらお前と所帯を持ちたいが、その為には金がいると男が泣きながら言うと、花魁はちょっと待ってと言って部屋から出て行く。戻ってきた花魁に男が「金を持ってきてくれたのか?」と言うと、花魁は「いいや、お茶を汲んできたの」。
オリジナルは上方落語だったのを東京に移したもののようで、志ん生が十八番としていた。文珍のはそれを上方版に焼き直したものと思われる。
花魁の描き方がもうひとつだったように思う。

文珍『お血脈』、お馴染みの「地噺」を時事ネタのクスグリをいれながら芝居仕立てで語るというサービス精神に客席が沸いていた。
当方としては仲入り後で、もうちょっと大ネタを期待していたのだが。

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