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2014/11/26

「消費税増税」と「財政再建」とは無関係

財政再建のためには消費税増税は待ったなし、あるいは高齢化にともなう社会保障費の増大で消費税増税は避けられないという宣伝が盛んに行われています。新聞各紙をはじめとする大手メディアもこの論調に揃って同調して、この点だけは朝日も産経もありません。
でも、本当にそうなんでしょうか。
当ブログでも過去に何度か触れてきましたが、事実は違います。
消費税が導入されて以後の消費税率と法人税率の比較を見てみましょう。
<消費税率の推移>
1989年 3%
1997年 5%
2014年 8%
<法人税率の推移>
1989年 40.0%
1990年 37.5%
1998年 34.5%
1999年 30.0%
2012年 25.5%
このように消費税の導入と期を同じくして法人税率の大幅な引き下げが始まりました。
この結果、法人3税(法人税、法人住民税、法人事業税の合計)は1989年の29.8兆円から現在は17.6兆円まで下がっています。
ある試算によれば、1989年から現在までの累計で、法人税引き下げによる減収分が255兆円で、対する消費税の税収は282兆円ということです。
大まかに言えば、私たちが支払った消費税の大半は法人税の減税に食われてしまったという事になります。
だからいくら消費税を増税してきても財政状況は悪化するし、社会保障も一向に改善されないわけです。

では、これからはどうでしょう。
政府の方針によればこれから法人3税の税率をさらに10%程度引き下げたいということです。消費税を今後10%に増税しても、結局はこれまで通り法人税減税の原資として使われてしまい、財政再建も社会保障充実も出来ないということになるでしょう。

もうひとつ付け加えれば、法人税と消費税とは同じ税金でも全く性質が異なるということです。
法人税は次のように算出されます。
益金=収益 - 益金不算入 + 益金算入
損金=費用 - 損金不算入 + 損金算入
所得=益金 - 損金 (ただし益金>損金の場合)
税額=所得 × 税率
以上のように税法上の「所得」は会計上の「利益」とほぼ同じですから、利益に対して課税される仕組みです(もちろん企業は様々な手口で税金逃れをしていますが、それは別にして)。
一方、消費税というのは人間が消費する際に課税される、つまり人間が生きてゆくためのあらゆる場面に課税されます。金持ちも貧乏人も、老人も子供も。法人税と異なり、家計が赤字でも関係ありません。
これは「富の再分配」という税性の持つ役割に反するものです。

消費税増税を全ての前提に置いているような宣伝、論調には容易に屈しないことです。

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2014/11/23

「トンデモ解散」「クワセモノ軽減税率」「右翼政党の甘い党名」などなどetc.

今月末まで休載宣言していますが、衆院が解散し総選挙が行われるというので、少しは触れておかねばと思い立ち二言三言。
既に色々な方がのべているように今回の解散の意味がサッパリ分かりません。 衆院が2014年11月21日に解散された際に、議場では「恒例」の万歳が起きましたが、自民党の小泉進次郎は万歳をしていない。その理由として彼はこう語っています。「国民は、なぜ今解散なのか分からない。万歳することで、余計に国民との距離が遠ざかるのではないか」。自民党の役員でさえこう言う感想を持ってるくらいですから、私たちに理解できないのは当然です。敢えて命名するなら「ワケワカラン解散」「トンデモ解散」でしょう。
安倍首相は「アベノミクス解散」と言ってるようですが、解散のネーミングにまで自分の名前を入れるんだから、この男どこまで厚かましいんだろう。

消費税の10%への増税を景気判断により見送るといいながら、18か月先には景気判断にかかわらず増税するという言い分も不可思議です。こういうのを「平仄が合わない」というんですよ、安倍さん。
10%増税にあたり自公の与党間で「軽減税率」を導入することで合意したそうですが、これも変な話です。財源がないから止むを得ず増税するんでしょ。増税とあわせて一部の品目を減税するなんて理屈に合いません。なぜ「軽減税率」がいけないのかというと、適用品目をめぐって利権が生まれる可能性が高いからです。例えば新聞がその候補にあがっていますが、どうやら政府と新聞協会との取引があったいう専らの噂です。確かに消費税増税に関する三党合意ができたとき、朝日から産経まで全ての全国紙がいっせいに推進キャンペーンをはりました。これは何かウラがあると思われて当然でしょう。つまり政府の方針を支持するかわりに新聞に軽減税率を適用させるという魂胆です。こんなことを言いだしたらどこの業種業界も我も我もとなり収まりがつかなくなり、最後は利権がモノをいうことになります。
欧州各国では食品などに軽減税率が適用されている例がありますが、かの地では消費税率が20%程度と極めて高いからで、日本とは比較になりません。

選挙は与党vs野党の対決の構図に焦点が当てられていますが、野党といっても色々です。野党という看板を掲げながら党首が安倍を懇意であったり、政権をさらに右へ引っ張ろうとする政党もありますから。
日本で左翼政党というと、共産党と社民党でしょう。この2党は自らの主義主張をそのまま党名にしています。共産主義を目指すから共産党、社会民主主義を目指すから社民党と実に分かりやすい。
一方、右翼政党はどうでしょう。自民党は右翼的な面もありますが、全体としては保守党という定義になると思います。そうなると「維新の党」「次世代の党」あたりが右翼政党で、「太陽の党」が極右政党ということになりますか。なぜか右翼政党は党名がアイマイですね。政党名だけでは何を目指しているのか不明です。
「次世代の党」の最高顧問であり党の顔でもある石原慎太郎は以前から現憲法の破棄を主張していますし、「太陽の党」に至っては憲法破棄を中心政策に掲げています。
日本国憲法には前文として冒頭に次の文章が掲げられています。
「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名御璽
昭和二十一年十一月三日」
つまり現憲法は戦前の帝国憲法を改正する形で議決されています。この議決を認めず現憲法を破棄するとなれば、元の帝国憲法に戻ることになるでしょう。
こういう主張をするなら「次世代」だの「太陽」だのと名乗らず、「大日本帝国党」「愛国排外党」「暴支膺懲党」とか、もっと主張にそった党名にすべきでしょうね。
特に「太陽の党」の代表幹事が、ガザ地区への攻撃で連日多くの犠牲者を出していたイスラエルを訪問し、軍事交流をしてきたのですから党名は「軍国主義党」「戦争党」あたりがお似合いかと。甘い党名で有権者を迷わすのは男らしくないですよ。

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2014/11/21

お知らせ

当ブログを今月末まで休載します。

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テアトル・エコー『遭難姉妹と毒キノコ』(2014/11/20)

「テアトル・エコー公演148 『遭難姉妹と毒キノコ』」
日時:2014年11月20日(木)14時
会場:恵比寿エコー劇場
作:鈴木聡  
演出:永井寛孝
<  出演者  >
重田千穂子 安達忍 岡のりこ 南風佳子 吉川亜紀子
おまたかな
熊倉一雄 沢りつお 溝口敦士 落合弘治 藤原堅一
瀬田俊介

最近の登山者は熟年の方が多いようですね。山での遭難記事を見たりすると大概は年配者ですから。私はいあゆる登山というものに縁がなく、せいぜいハイキング程度でしたが、それでも当時は若い人が大半でした。この日の開演前にも流れていた山の歌だって、みな若者向けだった。
「雪山賛歌」
雪よ岩よ 我らが宿り
俺たちゃ町には 住めないからに
「山男の歌」
娘さんよく聞けよ 山男に惚れるなよ
山で吹かれりゃよー 若後家さんだよ
今の若者たちは何をしてるんだろう。街角や電車の中で見る限りでは9割の人はスマホですね。この前車内で本を読んでいる若い男性をみつけ、とても新鮮に思えたほどだ。
作者の鈴木聡によると、この脚本は「熟年登山ブーム」にのっかって書いたコメディということで、メッセージとして次のように書かれていた。  
「人生の地図と磁石はありません。勘と思い込みと人の噂が頼り。
絶景見たさにあえて危険な崖沿いをゆくこともある。
勇気がなくて景色をあきらめ無難な道をゆくこともある。
四十にして迷わず、なんて嘘ですな。 大人になっても迷い迷い歩いてる。」
ストーリーは。
山好きな父が亡くなり、遺言に従って遺灰を撒くために、娘の三姉妹や父の弟とその息子夫婦、姪や山の仲間、その他おおぜいと共に北アルプスの山に登る。
アラフィフの三姉妹はいずれも東京住まいで、長女は輸入雑貨の店を経営していて若いボーイフレンド連れ、次女は飲食店を経営していて熟年の恋人連れ、三女は専業主婦で長女を連れてそれぞれ参加。
亡くなった父や母の世話はずっと地元で父の弟の息子夫婦が面倒を見てきたので、遺産相続などでは三姉妹と微妙な関係にある。
ところが三姉妹だけが道に迷い遭難しかかる。空腹のために美味しそうなキノコを食べたのだが、3人とも幻覚症状が現れる。3人それぞれのパートナーや娘、親類縁者が姿を見せ、彼女たちを非難し責めたてる。その中で彼女たちが隠していた現実のあらわになってゆく。現実と妄想、過去と未来が渦巻く中で、果たして三姉妹は森の、人生の、迷路を抜け出すことが出来るだろうか・・・。

肩肘はらずに気楽に楽しめる芝居というコンセプトなんだろう、その狙いは当っていたようだ。
ただ、山男というのはいつ遭難するか分からないので家族には冷たい態度を取るというのは本当だろうか。周囲の登山好きの人たちを見ても、そうは言えないと思うのだが。
終幕のなんとなくひと昔前の松竹新喜劇やNHKお笑い番組的な結末も、ちょいと安易な気がした。

久々の熊倉一雄だったが、豊満な嫁さんの胸やお尻を触ったりするご機嫌な役で、元気な姿を見せていた。

公演は30日まで。

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2014/11/18

林家たけ平独演会(2014/11/17)

林家たけ平独演会その六節「のびろ!!たけ平」
日時:2014年11月17日(月)19時
会場:内幸町ホール
<  番組  >
林家たけ平『紀州』『御神酒徳利』/仲入り/『死神』

開演前に会場に流れていたのは昭和20年代前半の歌謡曲。なんだか居酒屋に入ったような気分だが、いかにもたけ平の会らしい趣向だ。平野愛子『港が見える丘』、あの気怠いような歌い方がなんとも言えず良かった。こんなこと書くと年がばれちゃうかな。
林家たけ平、当代正蔵の惣領弟子で二ツ目だが順調にいけば再来年には真打昇進となるだろう。イメージとしては、どこのクラスにもいるようなチョイワルでやたら面白い事言うヤツ、がそのまま落語家になった感じか。
出演者は本人だけで3席、公演時間は1時間40分と、外形的には独演会の理想的姿だ。
演目だが図らずもか図ったのか分からないが、3席ともに三遊亭圓生の十八番が並ぶ。特に『御神酒徳利』と『死神』は代表的作品といって良い。
『紀州』は地噺といってもいいほどで、御三家の由来や、聞き違い(圓生だと「のこぎりの目立て」を「お好みのめかけ」に聞き違うなど)に独自のクスグリを入れての1席なので、たけ平も「由美かおるの入浴シーン」だの「マツケンサンバ」を入れ込んで気分良さそうに演じていた。
『御神酒徳利』はネタおろしのようで、過去何度か挑戦しては断念してきたと書いてあった。全体としてまだ完全に消化しきれていないという印象だ。言葉に詰まったり同じセリフを繰り返したりという場面が見られた。加えて人物の演じ分けが不十分とみた。例えば鴻池の支配人にはもっと風格が必要だし、神奈川宿の女中の言葉が田舎言葉と標準語がゴチャマゼになっていた。
これらは本人も十分に認識していると思われるが、ともかくこうした大ネタに挑み最後までまとめ上げた努力は買いたい。
たけ平の明るさを活かした、圓生や三木助とはまた別の『御神酒徳利』に仕上がるのを期待する。
『死神』では、通常は男が医者で大儲けし、女房と子を離別して若い女と豪遊しスッカラカンになるという筋だが、たけ平は診療費を吊り上げたために往診の依頼がなくなり再び貧しくなるというストーリーにしていた。女房とはずっと一緒だ。だから終盤の地下室の場面で女房のロウソクが勢いが良いのを見て男がガッカリする。最後に男が消えそうになったロウソクを無事に新しいロウソクに継ぐことに成功するのだが、死神に今日が誕生日だと明かす。すると死神が「ハッピバースデー」の歌を歌うと、男はつい嬉しくなって自分のロウソクの火を吹き消してしまう。このサゲは工夫されている。

たけ平の長所は明るさと勢いだ。前記のように芸はまだ粗削りだが、それでも客に聴かせられるということは本人の持つ魅力だろう。注目すべき若手の一人といえる。

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2014/11/17

沖縄県知事選の結果が意味するもの

任期満了に伴う沖縄県知事選は11月16日、投開票された。
日米両政府が進める米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設の是非が最大の争点となり、県内移設反対を掲げた翁長雄志前那覇市長(64)が当選した。
投票率:64.13%
沖縄県知事選開票結果:
当360,820 翁長 雄志 無新
  261,076 仲井真弘多 無現
   69,447 下地 幹郎 無新
    7,821 喜納 昌吉 無新
           =確定得票=
有権者のおよそ3分の2の人が投票し、翁長氏は3選を目指した推進派の仲井真弘多知事を10万票近く引き離したわけで、県民の名護市辺野古移設ノーの意志は明確だ。
同日に行われた那覇市長選では、翁長氏の後継者として立候補した城間幹子氏が、自公候補を大差をつけて当選している。
翁長氏は16日夜、那覇市内で記者団に、仲井真氏の承認について「民意は違うということを日本政府や米国政府、国連に行って届けたい」と強調。承認の撤回や米軍海兵隊のオスプレイの配備撤回に「全力を尽くす」と述べた。
今回の知事選を前にして辺野古への移設について記者団から質問された政府の菅官房長官はまるで他人事のように「過去の問題」と言い放ったが、こういう冷たい態度が沖縄の人々の怒りを増幅させていることに気付かねばならぬ。
県民の審判が下された以上、政府としてその意思を尊重していくのは当然だろう。

今回の県知事選の特徴としてあげられるのは、翁長氏が自民党や経済界の一部、共産、生活、社民、沖縄社会大衆各党など幅広い層から支援を受けたことだ。1972年の本土復帰後、保守と革新による一騎打ちが続いてきた知事選の構図は一変した。
私も東京で行われた翁長氏支持の集会に参加したが、壇上では沖縄県の元自民党幹部の挨拶が行われる一方、集会の参加者には共産党系の人たちが多いように見えた。そこでは「オール沖縄」「イデオロギーよりアイディンティティー」という言葉が飛び交っていた。
こうした傾向は今後、原発再稼働や海外派兵に対する反対運動でも強まるかも知れない。

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2014/11/16

「桂文珍独演会」(2014/11/15)

「桂文珍独演会 JAPAN TOUR~一期一会~」
日時:2014年11月15日(土)13時
会場:メルパルク東京
<  番組  >
桂楽珍『子ほめ』
桂文珍『深夜の乗客』
内海英華『女道楽』
桂文珍『お茶汲み』
~仲入り~
桂文珍『お血脈』

文珍の高座は久々だ。この日の会場は芝公園のすぐ脇にある。
「芝で生まれて神田で育ち 今じゃ火消しの 纏(まとい)持ち」
という端唄があるくらいだから、神田とならんで芝は江戸っ子の本場だったようだ。そういえば『芝浜』という落語があるが、芝浦辺りにはかつて漁師町があったようだ。歌舞伎の『め組の喧嘩』もここ芝が舞台だ。
現在の芝にはその面影はない。
お客は年配者が目立ち、普段行く落語会に比べ平均年齢が高い。周囲の会話を聞いていても落語に詳しい方はあまりいなそうで、明治座辺りの客層に近いように思えた。
いま上方の落語家で、ホールを常に満員にするといえば文枝、鶴瓶、そして文珍といったところだ。文枝と鶴瓶がそれぞれ冠番組を持っていて常にメディアに登場しているのに対し、文珍はここ10年あまりメディアの仕事はせず専ら独演会に打ちこんでいる。それも国立劇場での10日間連続公演(ネタのかぶり無し)や、客席からのリクエストでその日の演目を決めるなど、意欲的な企画が目立つ。独演会では必ず3席かけるのも文珍の特徴だ。落語ファンというより文珍ファンによって支えられている。
こういう人たちが全国各地をまわり、落語に接する機会を増やしているという功績はある。「笑点」メンバーなどもそう言えるだろう。ただ、それが落語ファンの増加に結び付いているかどうかは別問題だが。

楽珍『子ほめ』、いつも文珍の前座でしかお目にかかったことがないが、この程度で終わる心算なのかしら。

文珍の1席目『深夜の乗客』、百田尚樹のショートショートからの創作とのこと。文珍とは放送作家の頃からの知り合いで、『永遠の〇』が当ってからいい気になっていると評していた。余談だが近ごろやたら「ゼロ戦」という言葉を聞くが、正しくは「零式戦闘機」だから「零(れい)戦」というべきか。
タクシーの運転手が髪の長い若い女性を乗せるが、行き先が「草場町」だったりして何となく怪しい雰囲気。自宅前に着くと現金がないから家から取ってきて戻ると言って、なかなか出てこない。不審に思った運転手が家を訪ねると母親らしき女が現れて、その娘だったらつい先ほど息を引き取ったと病院から連絡があったと言う。「きっと家に帰りたかったんでしょう」と泣く母親をしり目に襖を開けると、中でさっきの娘が茶漬けを食っていた。「なんで分かったの?」と娘、そこでタクシーの運転手が「3年前にも同じことがあったんじゃ」。
文珍の落語は演目そのものよりマクラが面白い。殆んどが時事ネタで客の笑いにツボを心得ている。客もそのマクラの方を楽しみにしているような感がある。

英華『女道楽』、文珍は仲入り前に2席演じるので、その着替えの時間をつとめる。「女道楽」という芸は今では大阪で内海英華だけになってしまった。東京では廃れてしまった。記憶では「千家松人形・お鯉」の「人形」が最後かと思う。名前の通り美人芸人だった。  
英華は声が良く立つし、三味線のバチ捌きも見事。是非、後継者を育てて欲しいものだ。

文珍の2席目『お茶汲み』、男が貸した金を返せと言うと、借りた男は遊郭で使ってしまったと答える。その男が遊郭に上がると花魁が部屋に入るなり、驚いて部屋を飛び出す。後で再び部屋に入ってきて先ほどの失礼を詫び、私の情夫だった人とあまりに生き写しだったからと思い出話しを始める。好きあった二人が田舎から大阪へ出てきたが暮らしてゆけない。仕方ないので女が苦界に身を沈めその金で男が商売をして成功し二人で所帯を持つ計画だった。ところが男は病気で死んでしまう。来年、年季が明けたらあんたの女房になりたい、ついては義理の悪い借金があるのでと言って、男から金を巻きあがてしまう。そうやって泣き続ける花魁の顔に急にホクロが出たので、よく見たら茶殻だった。花魁が泣くとみせかけ、傍にあった茶碗のお茶を目の下に塗りつけていたのだ。怒って金を返せというと、店の若い衆らが出て来て、外へ放り出されてしまった。
それを聞いた男は、それじゃその金を取り返して来ると遊郭にでかけ、くだんの花魁を指名する。部屋へきた花魁に、さっき聞いた話とそっくりの身の上話を花魁に聞かせる。年季が明けたらお前と所帯を持ちたいが、その為には金がいると男が泣きながら言うと、花魁はちょっと待ってと言って部屋から出て行く。戻ってきた花魁に男が「金を持ってきてくれたのか?」と言うと、花魁は「いいや、お茶を汲んできたの」。
オリジナルは上方落語だったのを東京に移したもののようで、志ん生が十八番としていた。文珍のはそれを上方版に焼き直したものと思われる。
花魁の描き方がもうひとつだったように思う。

文珍『お血脈』、お馴染みの「地噺」を時事ネタのクスグリをいれながら芝居仕立てで語るというサービス精神に客席が沸いていた。
当方としては仲入り後で、もうちょっと大ネタを期待していたのだが。

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2014/11/14

「ご臨終 Vigil」(2014/11/13)

『ご臨終 Vigil』
日時:2014年11月13日(木)14時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:モーリス・パニッチ
翻訳:吉原豊司
演出:ノゾエ征爾
<  キャスト  >
中年男:温水洋一
老婆: 江波杏子

新国立劇場の演劇企画「二人芝居 ─対話する力─」の第二弾は、カナダの現代劇作家モーリス・パニッチの代表作のひとつ『ご臨終』を上演。
ストーリーは。
一人暮らしの叔母からこれまた一人暮らしの甥へ「もうじき死ぬ」という手紙がくる。取るものもとりあえず男は勤め先の銀行を休み、叔母の元へかけつける。男は葬儀屋との打ち合わせ、お棺や墓石の手配など手際よく進めるのだが、叔母は一向に死ぬ気配がない。それどころか叔母は男とまともに口をきいてさえくれない。男は叔母の身のまわりの世話をするが叔母はベッドでただ編み物をするだけ。男は仕方なく、自分の生い立ちや考えているこことを独り言のようにして叔母に話す。
かくして二人の奇妙な共同生活は1年を過ぎてゆき、思いがけない事実が明らかになるが・・・。

実に変った芝居だ。
①二人芝居なのにセリフは男がひたすらしゃべるだけ。女のセリフは二言三言で後は専ら表情、特に目玉で演技する。
②劇中に暗転が35回、ということはこの芝居は36場ということになる。短いのになると数秒だ。観客からすると映画を見てるような気分にもなる。
テーマはズバリ「人間の死」だ。「死」だけはどんな人間にも平等に訪れるし避けることができない。それだけのどういう死を迎えるか、あるいは迎えたいかは個人の大きなテーマでもある。
作者のモーリス・パニッチはこう言う。
「誰かがその人生を終えようとしているのを助けるのは、難しく、手間ひまがかかり、悲しい作業です。でも、人生は誰しも威厳をもって優雅に人生最後のお荷物をおろさねければなりません。無視されたり追い立てられたりすることなく・・・・・。」
そう、「威厳をもって優雅に死を迎える」、これこそがこの芝居を通して作者が伝えたかったことであり、終幕のジワっと起きる感動に結びつく。

主演の温水洋一が素晴らしい。およそ2時間半の舞台を一人で、それも立て板に水の如くセリフをしゃべる。女性が化粧していると「もうじき葬儀屋がやってくれるよ」と言ったり、クリスマスのプレゼントに墓石を贈るとして「まだ名前を入れてない」と言ったりとブラックユーモアたっぷりだ。しかし常にその底には悲しみを背負っている。彼がどんな面白いセリフを言おうとふざけた動作をしようと、その背中が悲しいのだ。このキャスティングは成功した。欠点をあげれば、役の年齢より老けて見えることか。
江波杏子も男のセリフに目玉だけで反応するという難役を見事にこなしていた。終盤で男の背中をそっと触るしぐさは慈愛に満ちている。男とは反対にやや若目の老婆ではあったが。
これは現代における聖母子の物語りともいえる。

公演は24日まで。

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2014/11/12

「カジノミクス」

大義なき歳末ドサクサ解散になりそうで(この時期に国会解散、総選挙なんて頭が狂ってるとしか思えない)来年に先送りになるカジノ法案(「統合型リゾート(IR)推進法案」なんてもっともらしい名前をつけている)だが、安倍政権は是が非でも通したい意向のようだ。
なにしろ成長戦略の具体策が「弾切れ」で、外国人も呼び込むような大型の観光需要喚起策が欲しいのだ。報道によれば安倍首相が海外の関連施設をみてすっかり気に入り、第三の矢の柱にすべく前のめりになっているとのこと。アベノミクスならぬ「カジノミクス」である
これを推し進めているのが、国際観光産業振興推進議員連盟、通称「IR議連」である。最高顧問には、安倍首相、麻生副総理、石原慎太郎氏、小沢一郎氏が就き、超党派の議連には多くの政治家が名を連ねる。また悪いのが揃ったもんだね。
経済界からも期待の声が高く、地方自治体の中には経済活性化の切り札としてカジノ導入の検討が進んでいる。
自民党内では反対勢力が少なく、このままでは法案成立の可能性が高い。
最大の魅力は経済効果で、一説には波及効果も含め7兆7千億円とも試算されている。それこそ捕らぬタヌキのナントヤラで、過大に見積もられている。
「需要が過大に見積もられたことや、民間投資への過大な期待、地元経済界との乖離等によって失敗に終わった。IR推進法はかつてのリゾート法の失敗を何も総括していない。新しい要素はカジノだけ」と都市・地域経営を専門とする青森公立大学の佐々木俊介教授は警鐘を鳴らす。
なんのことはない、政府自身が一発当てるべく博打に打って出ようというわけだ。

しばしば引き合いに出される隣国の韓国の内情を中心にカジノの光と影を見てみよう。
先ずアジアのカジノ事情で見ると、中国のマカオの一人勝ちなのだ。マカオの2013年度の売り上げは440億ドルにのぼるが、韓国全体のカジノの売り上げはその数%にすぎず、フィリピンやシンガポールなど周辺国もドングリの背比べなのだ。
なぜマカオだけが突出しているかというと、中国国内の膨大なアングラマネーの洗浄(マネーロンダリング)に使われているという極めて特殊な事情によるものだ。
韓国には現在17カ所のカジノがあるが、16カ所は外国人専門で、1ヶ所だけ「江原ランド」が韓国人が利用できる。しかし今この地はギャンブルに狂った人間の吹き溜まり状態にあるとのことだ。年間延べ3000万人がここを訪れているが、この街には「中毒管理センター」が設置され、ここに相談に来た人は昨年上半期だけで5万人に達するという。過去には有り金がスッテンテンになって家に帰ることもできずそのままホームレス化した人が大量に出て問題になり、2004年からは持ち金を全て失った入場者には6万ウォン(約6千円)を交通費として支給することにした。しかし今度はその金を握りしめて再びカジノにつぎ込む人間が続出し、一向に問題が解決されない。
カジノの売り上げでみると、2013年度で江原ランドが約12億8000万ドル、他の16カ所の合計が13億7000万ドルだから、外国人向けの合計に匹敵する売り上げを江原ランド1ヶ所で叩きだしている勘定になる。
これを納税額で比較するともっと分かりやすい。2013年に江原ランドが納めた納税額は2億3000万ドルで、他の外国人専門カジノの合計額は1億2000万ドルだ。なぜ外国人カジノの納税額がこんなに少ないのかというと、理由は過半数が赤字だからだ。
なんのことはない、韓国では多くのギャンブル中毒者を出しながら、外国人より国民から多くの税金を取っているわけだ。

各国も最初はカジノは外国人専用ということでスタートするのだが、やがてなぜ国内の施設なのに自国民に使わせないのかという声が高まり、国内用の施設を作ってしまう。
韓国ではこうした状況にも拘らず、いまソウル市内でさらに大規模なカジノを建設する動きがあるという。この背景には日本のカジノ法案成立を見込んでいるとされている。
このままでは日韓で小さなパイを潰しあって、笑うのは米国のサンズなどのカジノ運営会社だけという事になりかねない。
くれぐれも「オイシイ話」に騙されぬよう。「気をつけよう、暗い夜道と安倍総理」。

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2014/11/11

昭和天皇と沖縄

現在、沖縄県知事選が戦われているが、昭和天皇と沖縄との係わりあいについて考えてみたい。
2014年9月9日に公開された「昭和天皇実録」で、アメリカ軍が沖縄の軍事占領を継続することを昭和天皇が望んだとされる「沖縄メッセージ」について直接触れず、アメリカ側の資料を紹介するにとどめている。
「沖縄メッセージ」とは、終戦から2年後の1947年9月19日、昭和天皇が側近の寺崎英成を通じて、GHQ外交局長のウィリアム・ジョセフ・シーボルト氏に伝えたとされるもので、1979年にアメリカ国立公文書館で見つかったものだ。1947年当時、天皇がアメリカによる琉球諸島の軍事占領継続を望んでいたことや、沖縄占領は日米双方に利益をもたらし、共産主義勢力の増大を懸念する日本国民の賛同も得られるなどと述べていたことが記されていた。

昭和天皇実録での記述は次のようだ。
【午前、内廷庁舎御政務室において宮内府御用掛寺崎英成の拝謁をお受けになる。なお、この日午後、寺崎は対日理事会議長兼連合国最高司令部外交局長ウィリアム・ジョセフ・シーボルトを訪問する。シーボルトは、この時寺崎から聞いた内容を連合国最高司令官及び米国国務長官に報告する。
この報告には、天皇は米国が沖縄及び他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望されており、その占領は米国の利益となり、また日本を保護することにもなるとのお考えである旨、さらに、米国による沖縄等の軍事占領は、日本に主権を残しつつ、長期貸与の形をとるべきであると感じておられる旨、この占領方式であれば、米国が琉球諸島に対する恒久的な意図を何ら持たず、また他の諸国、とりわけソ連と中国が類似の権利を要求し得ないことを日本国民に確信させるであろうとのお考えに基づくものである旨などが記される。】

では、実際の「沖縄メッセージ」はどうなっているかだが、以下の通り。
【標題:将来の琉球列島に関する天皇の考え
マッカーサー宛メモ
天皇の顧問の寺崎英成が、将来の沖縄に関しての天皇の構想を私(シーボルト)に伝えるため訪れた。
寺崎は、天皇が米国が沖縄や琉球列島の島に軍事占領を継続することを希望していると述べた。 
天皇の考えは、そのような占領は、米国にとっても有益であり、日本にも防護をもたらすことになるだろうというもの。 
天皇は、そのような行動は、広く日本国民に受け入れられると感じている。国民の間では、ロシアの脅威があり、また、占領が終わった後に、左翼や右翼のグループの台頭もあり、かれらが事変を起こしかねないし、それをロシアが日本の内政干渉のために利用する可能性もある。 
天皇が更に考えるには、沖縄の占領(他の島の占領も必要かもしれない)が、日本の主権は残した状態で、25年や50年間、いや、更に長期間の賃借の形態に基づくものになるであろうということである。
天皇は、このような占領政策によって、日本人にアメリカが琉球列島に関して恒久的な意図が無いように思わせるのであり、他の国、例えば、特にソ連や中国が同様な権利を要求することをそれによって止めさせることになるという。
手続きに関して寺崎が思うには、沖縄や琉球列島内の他の島における軍事基地の権利獲得については、日本と連合国の講和条約の一部にする方法よりも、むしろ日米間の二国間の条約によるべきであるとする。
寺崎が思うには、連合国との講和条約の一部にする場合は、かなり強制的な平和条約の様相になることが察しられ、将来、日本人のことを同情的に解するなど危機的になるだろうと。
W.J.シーボルト】
昭和天皇が日本の主権を残したまま、米国による沖縄占領を25-50年間にわたり継続することを希望していたことは、その後のサンフランシスコ講和条約とそれに続く日米安保条約にも反映されたようである。

「沖縄メッセージ」について宮内庁は、内容が記された資料が確認されていないことから、「沖縄の軍事的占領を希望していると話されたことについて、事実とは認定していない」と説明。ただし、国会で議論され、社会的影響もあったことから、米国側の資料の内容を実録に記載したという。
一方で、「沖縄メッセージ」を発見した進藤栄一筑波大学大学院名誉教授によれば、昭和天皇は翌年の1948年2月にも沖縄の長期占領を、寺崎を通してGHQに伝えているとし、事実は確認されているとしている。

昭和天皇が米軍の長期駐留をのぞみ、時には政権の頭越しに「二重外交」を試みたことは、連合軍最高司令官であるマッカーサーやリッジウエーとの会見記録や米側外交資料によっても明らかになっている。
この点については講和条約と日米安保条約(旧安保)締結後も変わっていない。
1988年5月26日付毎日新聞は「天皇陛下 駐屯軍撤退は不可なり 昭和30年訪米説明 重光元外相、日記に記述」と報じた。同時期に発刊された中央公論社「続重光葵手記」の内容を特報した記事だった。
昭和30年当時、鳩山一郎首相は憲法を改正し自衛軍を整備、駐留米軍の逐次撤退とソ連との国交回復を掲げていた。外相重光葵は昭和30年8月に訪米しダレス国務長官と米軍撤退を含む日米安保条約改定などに関し会談する予定だった。ところが出発3日前の8月20日、那須御用邸に赴き内奏したところ昭和天皇から重大な発言がなされた。重光の日記にはこうある。
「渡米の使命に付て縷々内奏、陛下より日米協力反共の必要、駐屯軍の撤退は不可なり」
実際に訪米した重光外相はダレス国務長官に米軍撤退の話は持ち出さなかったとされ、天皇の「下命」が影響した可能性が高い。

憲法第4条には天皇の政治関与を禁止しているが、このように昭和天皇は時々の重大な局面で「超法規的言動」を残していたと見られる。重光日記にあるような「内奏」「下命」が行われていたとするならば、日本は未だ民主主義国家とは言えなかったとなりはすまいか

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2014/11/10

【街角で出会った美女】セルビア編(2)

月刊誌「図書」10月号に載った記事から二つ。
ひとつは赤川次郎「今に活きる言葉」で、映画『ハンナ・アーレント』を見た感想だ。映画は昨年、岩波ホールで公開され好評だったようで、赤川はDVD化されたものを鑑賞したとある。
当方は恥ずかしながらハンナ・アーレントという名前さえ知らなかったのだが、偶然にも同じ10月号に紀平英作『ニュースクール』の文中にも紹介されている。ユダヤ人であった彼女はナチスの強制収容所に捕えられるが脱走しアメリカに亡命する。政治哲学者として名声をはせるが、晩年になってアイヒマン裁判の傍聴記録『エルサレムのアイヒマン』を書いた。この中で「平凡な人間こそが最大の悪を為す」とアーレントは述べていて、これがユダヤ人社会を二分し彼女は多くの友人を失うが、節を曲げなかった。
赤川はハンナ・アーレントの次の言葉、
「考える事をやめたとき、平凡な人間が残虐行為に走る」
「考えることで得るのは知識ではなく、善悪を判断する能力、美しいものと醜いものを見分ける能力である」
を紹介している。
そして大阪の教育委員会の指示で校長は教員の口の開け方で君が代を歌っているかチェックしたということが以前報道されたが、こんな幼稚な行動ができるのは「命令に従っただけ」というアイヒマンの主張と同類ではないかと指摘する。

もうひとつの記事は高村薫「この夏に死んだ言葉」で、この夏に起きた政治的事件に触れている。ロシアのクリミア併合に端を発するウクライナ政府と親ロシア勢力との戦闘とそれに続く民間機の撃墜。シリアにおける反体制の1万人以上の拷問死。イスラエルのハマス攻撃ではパレスチナ人の犠牲者が1800人を超えた。
これらは明らかに「人道に対する罪」であるにも拘らず、先進国や国連、あるいは一般市民から大きな声が上がらないという現実。

話は変るが、この時期に田母神俊雄氏(元自衛隊航空幕僚長、「太陽の党」代表幹事)を団長とするグループが「イスラエル国防視察団」を編成しイスラエルを訪問した。しかしこの件を批判的にとりあげたのは「ニューズウイーク日本版」サイトだけだったと記憶している。記事にはこう書かれている。「少なくとも今の時期に、そしてイスラエルの外交・諜報活動の一端を担うような形で、日本の著名な人物が行動するのは軽率と言われても仕方がないと思います」。こうした声はなぜか日本の大手メディアからは聞こえなかった。
閑話休題。
高村は続けて、少し前ならこれらの事件に対する国際的非難の声はもっと高かったのではないかと。旧セルビアのミロシェビッチ元大統領らが「人道に対する罪」を問われたのは、たんに欧米諸国による恣意的なポーズだったのかと。
最後にこう書く。「この夏の世界情勢を眺むるに、『人道』は死語になったのだと思う」。

さて「コソボ紛争」の際には、セルビアの首都ベオグラードに米国とNATO軍による空爆が行われ、およそ1000人の市民が犠牲になった。今でもその現場は「空爆通り」と名付けられ、破壊された建物の一部が保存されている。セルビアの市民たちは、今の状況をどう見てるだろうか。
下の画像は前回に引き続き、列車で出会った中学生の美人女生徒たちだ。

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2014/11/09

鈴本演芸場11月上席夜の部(2014/11/8)

前座・林家つる子『堀の内』
<  番組  >
林家たけ平『宿題』
伊藤夢葉『奇術』
「二ツ目昇進」柳家花飛『鰒のし』
橘家文左衛門『時そば』
ホームラン『漫才』
古今亭菊志ん『宮戸川』
宝井琴調『人情匙加減』(代演)
~仲入り~
翁家社中『太神楽曲芸』  
柳家はん治『ぼやき酒場』
林家あずみ『三味線漫談』  
林家たい平『幾代餅』

ふらりと鈴本11月上席夜の部8日目へ。開演前の客席の会話をきいていると面白い。「ガラガラね」「一之輔が出ないからかな」。「(プログラムを見て)知らないのばっかりだ」。「ここは初めて、いつもは浅草演芸ホールなんだけどね。浅草は読売が券くれんのよ、タダで入れるからさ」。そうか、読売新聞は浅草演芸ホールのタダ券配ってるのか。営業努力してるんだ。
トリがたい平とあって、「笑点」ファンが多いのかな。

たけ平『宿題』、注目している二ツ目のひとり。古典と新作の両方いける。マクラから客席をつかみ、小学6年生の宿題を父親が教えるという内容。
息子、「算数の問題ね、月夜の晩、池の周りに鶴と亀が集まってきました。頭の数をかぞえたら16あり、足の数をかぞえたら44ありました。さて、鶴と亀はそれぞれ何匹でしょう?」。父親の反応は「なんで月夜の晩に鶴と亀が池に集まるんだ?」「頭の数をかぞえた時点で鶴か亀か分かるだろう」「はっきり言っとく、こんな問題を説いたって社会に出てからなんの役にもたたないぞ」。父親は翌日会社で、京大出の優秀な社員に説き方を教えて貰うが、これがチンプンカンプン。
活きのいい高座で客席が温まってきた。

夢葉『奇術』、簡単なものしか出来ないと見せかけてチョッと難しい手品を演ると客は感心する。寄席の手品師の常道を行く。

花飛『鰒のし』、これで「かっとび」と読ませる。ネタが入っていない、しゃべりが噺家のしゃべりになっていない。後ろの席の男性が「今の話、なんだい?」。前途多難。

文左衛門『時そば』、翌晩のそば屋の屋号も「当り屋」だが、絵を見ると人間が車にぶつかってる。「なに、当り屋ってそっちかい」。ソバが割り箸より太い、粘りがあって飲み込めない。竹輪を挟もうとしたらどんぶりの柄だった。ソバを不味そうに食う仕種も受けて、一度冷えた客席を温め直す。

ホームラン『漫才』、結婚式で神父が「新婦のかた、あなたは何ピン人ですか?」。新郎が「それじゃまるでフィリッピン人と決めつけるじゃないか」。神父「それでは、何ジル人ですか?」。
いま落協の漫才師の中で一番面白い。芸がしっかりしてるからだ。

菊志ん『宮戸川』、半七に抱かれたい願望が露わなお花になっていて、妙に成熟していた。こういう設定はどうかな、疑問だ。

琴調『人情匙加減』、寄席ファンとしてはむしろ扇辰のネタでお馴染みだろうが、オリジナルはこっち。
数ある講釈師の中でも、落語主体の寄席に座りが良いという点ではこの人が一番だと思う。

翁家社中『太神楽曲芸』、二人になってしまって、やはり一抹の寂しさを感じる。

はん治『ぼやき酒場』、はん冶のクセのあるしゃべりがこのネタに良く合っている。

林家あずみ『三味線漫談』、確かリポーターかなんかやっていたタレントだったと思うが、たい平に弟子入りして時々高座に上がるようになったようだ。今日見た限りではスジは良さそうだ。しゃべる時に肩をゆするクセは直した方がいい。この道は後継者が少ないので頑張って続けて欲しい。

たい平『幾代餅』 、マクラから、ネタにはいってのクスグリから、「笑点」が顔を出す。客席は受けていたが、アタシのように「笑点」を見ていない人間にはどこが面白いのかサッパリ分からぬ。
随分と力の入った高座だったが、このネタはもっと軽みが必要だ。今日気が付いたのだが、この人は口調が硬いね。以前はもっと柔らかなしゃべりだったと思ったが。

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2014/11/08

歌舞伎の「大向う」あれこれ

先日、国立劇場の歌舞伎での「大向う」について触れましたが、思いついたことがありましたので付記します。歌舞伎通でない人間が書くのはおこがましいのですが、ご寛恕のほど。
「大向う」というのは客が舞台に向かってかける掛け声のことですが、一般に舞台から見て大向うの席、歌舞伎座でいえば3階席後方や幕見席から声をかけるので、「大向う」という言い方をします。
誰でも掛け声をかけて良いのですが、「大向う」は芝居を引き立てるため、時には芝居の一部としてかけるので、決まり事やマナーを守る必要があります。因みに私は一度もかけた事がありません。
かける場所は後方の席から、タイミングは役者が花道に登場する、引っ込む、見得を切る、幕切れなどの場面で舞台が無音の時が原則です。女性はかけられない、掛け声は明瞭に短く、といった辺りが注意点でしょうか。
掛け声は、団十郎なら「成田屋」、菊五郎なら「音羽屋」、吉右衛門なら「播磨屋」、幸四郎なら「高麗屋」、猿之助なら「澤瀉屋」、勘三郎なら「中村屋」、歌右衛門なら「成駒屋」、三津五郎なら「大和屋」、仁左衛門なら「松嶋屋」、藤十郎なら「山城屋」など、役者の屋号をそのままかける場合が圧倒的に多いです。
屋号の上に「大(おお)」などを付ける場合もあります。初代中村吉右衛門なら「大播磨」、3代目中村時蔵なら「時播磨」(当代の時蔵は「萬屋」)といった具合に、このケースでは「屋」は取ります。但し團十郎を「大成田」とか、勘三郎を「大中村」とは言いません。これも決まり事です。
よく落語家が、役者は屋号、落語家は地名と言いますが、役者でも住んでいる地名でかける例があります。有名なところでは2代目尾上松緑の「弁慶橋」「紀尾井町」があります。いい所に住んでいたんですね。
他には「O代目」という掛け声もあり、例えば7代尾上菊五郎なら「七代目」です。これも例外があり、「六代目」(6代目尾上菊五郎を指す)と「九代目」(9代目市川團十郎を指す)の掛け声は遠慮して避けることになっています。
役者の本名でかけるのを見たことがあり、2代目市川猿之助に「喜熨斗屋(猿之助の名字が喜熨斗)」とかけた人がいました。
後は一般的な「待ってました」「日本一」「たっぷり」なんて掛け声があります。

変ったところでは、2代目尾上松緑に「七代目」という掛け声がよくかかっていました。これは6代目尾上菊五郎が亡くなってしばらく名跡が空いていたのと、松緑の芸風が6代目によく似ていたので、早く菊五郎を襲名して欲しいというファンの切実な声だったんでしょう。
今まで聞いたなかで一番傑作だと思った「大向う」を紹介します。
演目は『籠釣瓶花街酔醒』で、その「吉原仲之町見染の場」でした。主人公の佐野次郎左衛門が吉原で花魁道中の八ツ橋を見かけ、一目ぼれをしてしまう場面です。ウットリ見とれる次郎左衛門役は初代中村吉右衛門。
そこで大向うから「吉ちゃん、惚れたか!」
場内は爆笑でしたが、うまいタイミングだったので芝居も盛り上がりました。
こういう掛け声は「ちゃり」と呼ばれ一歩間違えば芝居を壊しかねないので、よほどの見巧者でないと無理です。

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2014/11/07

「菊之丞・白酒 二人会」(2014/11/6)

ぎやまん寄席「菊之丞・白酒 二人会」
日時:2014年11月6日(木)18時45分
会場:湯島神社参集殿
<  番組  >
前座・林家なな子『桃太郎』
古今亭菊之丞『死ぬなら今』
桃月庵白酒『首ったけ』
~仲入り~
桃月庵白酒『時そば』
古今亭菊之丞『百川』

鼻かぜ気味だったので昼過ぎに薬を飲んで横になったら熟睡してしまい、開演時間ぎりぎりに会場へとびこんだ。この会は自由席で前売り完売だったので、後から2列目の席についたが、高座があまり良く見えなかった。
会場で、山川出版社『落語日和』の特別販売をしていた。アタシは落語関係の本というのはメッタに買わないが、菊之丞のCD付きで1500円という価格につられ買ってしまった。パラパラっとめくって見たが、「落語史をつくる同時代の落語家たち」という章で22人の現役落語家が写真と解説入りで紹介されているが、この人選には首をかしげる。今の落語界を知ってる人が編集しているんだろうか。少なくとも馬石が入っているのに白酒が落ちているのは本人としては面白くなかろう。購入者には終演後に菊之丞がサインしてくれた。これも初体験だった。
白酒が相変わらずマクラで小渕優子と松島みどり両大臣の辞任を話題としてとりあげていた。楽屋では小渕については同情論が強く、反対に松島への反発が大きい。川柳川柳などは、あんなヤツ絶対に辞めさせなくっちゃと息巻いていた。やっぱり顔でしょうね。ここでSMバーを持ち出すなんて自民党は上手い。その宮沢洋一経産大臣が川内原発をカワウチ原発と言い間違えた。まさに適材適所。これで国民が政治に目を向けるならそれで良いのでは、と言ってたが、果たしてどうか。

菊之丞『死ぬなら今』、地獄の沙汰も金次第、ケチでひと財産築いた男がいざ死ぬ時に、このままじゃ地獄に落ちるだろうからと棺桶にたっぷり小判を詰め込んであの世へ。閻魔の前へ引き出されると今までの悪事が露わにされる。危うく地獄行きになるところを閻魔大王を始め周囲の鬼たちにまで金をばらまき、そのまま極楽へ。地獄の面々は持ちなれぬ金を持ったもんだから仕事もせず遊びほうけ。これを知った極楽が地獄の関係者一同を収賄の罪で全員牢屋へ入れてしまう。おかげで地獄はもぬけの空。だから、死ぬなら今。
彦六の正蔵が得意として、現在は小朝や当代の正蔵が高座にかけている。上方の『地獄八景』みたいに演者がそれぞれ独自のギャグを入れて聴かせる噺。菊之丞は地獄が高度にIT化されていたり、向こうの寄席では談志がまだ前座をつとめていたりといったギャグを入れていた。このネタはニンだ。

白酒『首ったけ』、もう白酒の十八番といっていいだろう。典型的な廓噺で志ん生の一手販売だったのが先代馬生経由で白酒に伝わったものと思われる。吉原で「紅梅さんのいいひとの辰つぁん」の筈が、その紅梅が待てど暮らせど部屋に来ない。来ないばかりか隣の部屋で田舎大尽相手にどんちゃん騒ぎ。怒って帰ろうとするのを紅梅がとめるが言い争いになり、しかも間に入った若い衆のとりなしが逆に火に油をそそいでしまう。ついに店を飛び出した辰だが、大引けすぎとあって家にも戻れず、仕方なく向かいの店にあがる。店の人間は最初は断るが、辰がこれからは紅梅の店には上がらないという約束をとりつけ辰をあげる。敵娼(あいかた)に出た花魁の若柳が前から辰にぞっこん。渡りに船とすっかり二人は意気投合し、それからは毎晩辰が通ってくるようになる。そうは言っても職人なので金が続かずしばらくは吉原にご無沙汰。ある日、吉原に火事が起き辰も直ちに駆けつける。ひょいとおはぐろどぶの中を見ると首まで浸かって溺れかけている女がいる。助けてやろうと手を伸ばすと、なんと紅梅。
「なんでえ、てめえか。ざまあみやがれ。てめえなんざ沈んじゃえ」
「辰つぁん、そんなこと言わずに助けとくれ。今度ばかりは首ったけだよ」
白酒は廓噺が得意で何を演らせても上手い。女郎や若い衆がみないきいきと描かれている。このネタも白酒によって蘇った感がある。

白酒『時そば』、マクラで、浅草演芸ホールの団体客80人が、11時に来て12時半に出ていってしまったという。こういうのは演者も他の客も迷惑だろう。あと、寄席で客の反応の良い日と悪い日があると言ってたが、アタシの経験では前座と二ツ目の出来不出来が後に大きく影響するような気がする。最初の二人がダメだと客もなかなか立ち直らない。
翌晩のそば屋をどう描くかが演者の腕の見せどころで、白酒の場合は何日も客が来ず、家では子どもが飢えかけているという貧乏くさいそば屋が登場する。不景気なことを言っては愚痴をこぼし、オーダーしても一向にソバが出来てこない。今から炭に火をおこすという。早くしてとせかすと冷たいソバが出てくる。ソバは団子状にくっついていてまるで雑煮。その代り竹輪は薄く切っている。訊けば包丁で切ったと、「その技術をなぜソバに活かさない!」。
白酒らしい快調なテンポで楽しませていた。
4文余計に払ってしまうが、それでそば屋の子どもが飢えずに済むならこれは善行。

菊之丞『百川』、菊之丞らしい手際の良さで、最後を締めた。

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2014/11/06

若き日の桂小金治の高座に出会う

11月3日に桂小金治が亡くなった。享年88歳だった。
私は若き日の小金治の高座を一度だけみたことがある。1951-52年(小学校2-3年生)の間、JR信濃町駅から徒歩で200mほどの所、今では創価学会の施設が立ち並んでいる辺りに社宅があり、そこで暮していた。同じ社宅に若林さんというオールドミス-当時は結婚適齢期を過ぎた独身女性をそうよんでいた-が住んでいて、この人が大の落語好きだった。場所が近いこともあって休みというと彼女は私の母と私を連れて新宿末広亭に通った。当時は寄席へ女性一人では行きにくかったんだろう。
当時の名だたる名人上手の高座に出あえたのは、ひとえに若林さんのお蔭だ。
小学校低学年だったが、寄席に足を運んでいるうちに上手い人下手な人、売れる人売れない人の見分けがつくようになってくる。この時の経験が役に立ち、後に自分が落語家になろうというのを断念することになった(正解!)。
桂小金治の高座をみたのもこの当時だった。
経歴をみると、
1949年 - 二つ目昇進、「小金治」を名乗る。
1952年 - 映画デビュー。松竹大船と専属契約を結び売れっ子となる。
とあるので、その間の僅かな期間だったことになる。
ネタは『禁酒番屋』だったが、ひっくり返って笑いましたね。面白かったし上手かった。経歴からすれば二ツ目だが、そんな気がしなかった。この人上手かったねなどと若林さんとも話した記憶がある。
当時の若手で面白かったのは小金治と桂伸治(後の10代目桂文治)だった。
しかし小金治はアッという間に売り出して映画の世界に、更にはTVの世界へと行ってしまった。
落語好きとしては残念としか言いようがない。もし落語家を続けていたら、芸協を背負う大看板になっていたに違いない。
談志が「小金治は上手いと思いました。(中略)やはり小金治さんだな。軽くて、うまくて、人気もあったから、扱いもよくて若手なのに寄席でもいいところに上がってましたよ」「軽くていい口調で、親しみやすい顔で、声もおれみたいに悪くなくて中音でよくて」「芸風やあの強情な性格から言って、啖呵なら啖呵はこうだと、崩すことを許さず、きちんとした古典落語を伝えていけたのに」と語っていたようだが、正にその通りだと思う。

小金治さん、永い間お疲れ様でした。
合掌。

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「通し狂言 伽羅先代萩」(2014/11/4)

11月歌舞伎公演「通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」四幕六場
日時:2014年11月4日(火)12時
会場:国立劇場大劇場
<  主な配役  >
坂田藤十郎/「御殿」の政岡
中村翫雀/八汐
中村扇雀/「竹の間」の政岡
中村橋之助/仁木弾正
片岡孝太郎/沖の井
坂東彌十郎/荒獅子男之助・渡辺外記左衛門
中村東蔵/栄御前
中村梅玉/足利頼兼・細川勝元

国立の11月歌舞伎は「伽羅先代萩」の通し。
この芝居は江戸初期の寛文年間に起きた仙台伊達家のお家騒動「伊達騒動」を題材にしたもので、室町時代に置き換えて登場人物もその当時の人名を使用している。有名な事件だったので、当時の観客は誰が誰を指しているか直ぐに分かったと思われる。
芝居のタイトルにある「伽羅」は、藩主・伊達綱宗が「伽羅(きゃら、沈香)」で作った下駄をはいて吉原に通ったという挿話から名付けたもの。
この芝居はまた落語にも縁がある。落語『七段目』で芝居好きの若旦那が帰り道、犬を踏まえて「あーら、あやしやな」と言うが、これは「床下」の場での荒獅子男之助のセリフを借りたものだ。
落語『高尾』では、仙台公に身請けされた高尾太夫が、意にそわないからと船中で切られるストーリーだが、これも「伊達騒動」の発端となった仙台3代目藩主・伊達綱宗の挿話から採ったもの。また落語『反魂香』もこの挿話が元になっている。
いかにこの芝居が人々から親しまれていたかが分かる。

この芝居の見所は次の通り。
「花水橋」では、放蕩に耽る奥州五十四郡の大守・足利頼兼が廓の帰りに刺客たちから襲われが、舞を舞うごとく悠然と振り払う。 
「竹の間」では、頼兼の隠居後に跡継ぎとなった幼君鶴千代を我が子の千松とともに守る乳人政岡に対して、彼女を追い落とそうと謀反を企む八汐との対決が見せ場。
「御殿(奥殿)」は義太夫狂言で、栄御前と八汐の若君毒殺計画の犠牲となり殺害される千松を、母正岡はその死を眼前にしながら耐える肚芸と、怒りで八汐を刺殺して一人になって初めて我が子の死を嘆くクドキが見どころ。
「床下」では、忠臣・荒獅子男之助の勇壮な荒事と、悪臣・仁木弾正の花道の引っ込みが眼目。 
「対決」では、裁きの場面で当初は悪臣方が勝訴するかにみえるが、そこへ管領の細川勝元が颯爽と現れ、鮮やかに逆転の評決を行う。勝元の理路整然たる名裁きが見どころ。
「刃傷」では、仁木が忠臣の渡辺外記左衛門へ刃傷に及ぶが、忠臣たちに斬られ壮絶な最期を遂げる。激しい立ち回りの場面が見どころ。最後は勝元から外記へお家安泰が告げられて終幕。

この芝居の見どころとして付け加えなばならないのは子役の活躍だ。幼君・鶴千代と正岡の実子・千松の二人は出番が長いしセリフも多い。ただ可愛いだけでなく演技力も求められる役柄だ。Wキャストなのでこの日の配役は不明だが、二人ともしっかりとした演技をしていた。
もう一つは「床下」で男之助から追われるネズミで、まるで体操の床運動のような動きを披露する。
この芝居は荒事や立ち回り、裁き、愁嘆場といった要素の他に子どもと動物を登場させ、観客を喜ばせる仕掛けを作っている。 
当り狂言というのは、それなりの理由があるのだ。

藤十郎が足元が少々おぼつかなく見えたのは年齢のせいか。
役者では梅玉の演技が光る。凛としていて風格があり、この人が出て来るだけで舞台が華やかになる。
他に橋之助が気分よさそうに悪役・仁木を演じていた。
本筋には関係ないが、毎度のことながら国立の歌舞伎は大向うの掛け声が良くない。あれでは芝居が引き立たない。なぜだろか?

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2014/11/05

男同士の友情を描く「ねじれた文字、ねじれた路」

トム・フランクリン(著)伏見威蕃(訳) 「ねじれた文字、ねじれた路」 (ハヤカワ・ミステリ文庫2013/11/8初版)
Photo物語の舞台となるのはミシシッピ州東南部のシャボットという、人口500人ぐらいのATMもないような田舎町だ。その町で一人の少女の失踪事件がおきる。町中の人間が「あいつがやったに違いない」と思う人物が”スケアリー(おっかない)ラリー”という男。
この事件の捜査を担当するのはサイラス・ジョーンズ治安官(警察官)で、元はこの町の出身でラリーとは同級生であり、ある時期までは親友だった。

話は25年前のこの町にさかのぼる。ラリー・オットの家は広大な土地を所有していて、父親は自動車整備の店を経営したいそう繁盛していた裕福な白人の家庭だった。ラリーは父親の車で毎日学校まで送って貰っていたが、ある日その途中の道端に寒い中をコートも着ずに立っている黒人の母と息子がいた。父親が車を止めて聞いたところ息子はラリーと同級生だという。その日から毎日同じ場所でその少年サイラス・ジョーンズを車に乗せて一緒に学校まで送る日が続く。やがて母親が今日は自分がラリーを学校に送ると言い出し、いつも通りサイラス母子が立っている所で車を止め、二人にコートを渡す。その時にラリーの母親がサイラスの母親に向かってこう言う。「これまでだって平気だったろう、他人のものを使っても」。
ラリーがサイラスの家を探すと、オット家が所有する土地の隅に電気もないあばら家があり、そこに母子二人が住んでいた。
読書好きで内向的な性格のラリー、野球少年のサイラス、性格も生活環境も全く異なる二人は遊びを通して大の親友になる。
しかし、ある事からサリーに同級生の女生徒を誘拐し殺害したとの疑いが持たれ、サリー自身はもちろん父母や自宅、経営している自動車整備店までも周囲の人間から襲撃や嫌がらせを受け続けるようになる。偏見と暴力。サリーの人生は一変する。
その事が契機となってサイラスとも疎遠になり、サイラスが大学へ進学してシカゴに去ると二人は音信不通になっていた。
そして25年後の再会は、一方が少女失踪事件の容疑者、もう一方がその事件を担当する治安官という皮肉なめぐり合わせになる。
その再会に先に待つものは果たして・・・。

本書では少年時代のサリーとサイラス二人の交友について延々と叙述されていて、それを通して当時のアメリカ南部の小さな田舎町の様子が映し出される。ミステリーである事を忘れ、普通の小説を読んでいる気分になるが、これらが後半の伏線となっていく仕掛けだ。
男同士の友情というのは秘密の共有にあることが多い。家族にさえ話せないことでも友達には話せるという関係だ。その一方が秘密を持ち相手に打ち明けられなくなった時に友情は壊れる。そして長い歳月を経て再び秘密を話せるようになると友情は復活する。
このミステリーのテーマは男同士の友情であり、読後は静かな感動。

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2014/11/03

「叙勲」の内幕

秋の叙勲が発表された。今季は4086人が受賞した。
叙勲者はどのように選ばれるのかというと「叙勲候補者推薦要綱」というものがある。これによると手続き上は国務大臣、衆参両院議長、最高裁長官ら中央官庁のトップが総理大臣に推薦することになっている。推薦の要件は「国家又な公共に対する功労のある者」とし「70歳以上、生前贈与」が原則だ。

では実際の推薦はどう行われているかだが、ルートは大きく分けて「中央省庁ルート」「都道府県庁ルート」「一般ルート」と三つある。
中央省庁ルートでは省庁トップが推薦ワクを持つため、官庁出身の元官僚や所管する業界団体から民間人も推薦する。
都道府県庁ルートでは、各市町村から推薦が庁に上がる。これに庁が直接受けた推薦者を加えた候補者リストを分野別に所管する中央省庁に送る。
一般推薦ルートでは三親等以上離れた3人以上が推薦人となって直接内閣府に上げる。あなたでも友人が3人いれば叙勲候補になれるわけだ。叙勲局は受け付けた一般推薦を審査し、通過した者を分野別に省庁に送る。ただ一般推薦は狭き門なので、あなたが実際に受賞する可能性は極めて低い。

叙勲のランクはどう決まるかというと、基本は前例主義だ。
三権の長と大臣は旭日大綬章、国会議員・都道府県知事・政令指定市長は旭日重光賞(又は中綬賞)、中央の事務次官だと瑞宝重光賞、局長どまりの元官僚は瑞宝中綬賞と決まっている。公務員の場合は勤続年数と退職時の肩書で自動的に決まってくるわけだ。
ところが少しでも上のランクを願うという人も少なくなく、特例として規定では「特に著しい功労のある者に対しては、より上位の勲章の授与を検討することができる」とあり、これは選ぶ側の主観と裁量権に任されることになる。
ここでモノを言うのが政権党の総裁(首相)や幹事長の力だ。
春の叙勲で話題になったのが旭日大綬章を受章したJR東海名誉会長の葛西敬之氏と、瑞宝大綬章を受けた元統合幕僚長議長の竹河内捷次氏の二人だ。
葛西氏については説明不要で、安倍首相とは親密な間柄であることは夙に知られている。
竹河内氏については従来まで制服組のトップが大綬章を受けた例がなかった。これは自衛隊制服組を重用する安倍首相の肝いりとされ、いずれも「安倍叙勲」と揶揄された。

民間経営者の叙勲希望者というのはかなり多いそうで、これには国会議員が汗をかくことになる。党員獲得や票固めの見返りに要求されれば断りづらいのが現状らしい。有力後援者を地元県庁に口添えすることになる。
都道府県に直接陳情に来るのは地元の有力土建業が多いのだそうだ。受賞すれば名士になれるからだ。この時にモノをいうのが庁の職員の受け入れだという。つまり職員のOB受け入れや再就職の世話をすると推薦が受けやすくなるという。
こうなると叙勲をエサにした完全な利益誘導だ。
叙勲の「官民格差」は歴然としていて、春の叙勲の受章者約4千人のうち、およそ公務員3千人、民間人は1千人という内訳になっている。過去にいく度か見直しが行われてきたが、実態は一向に変わらない。

叙勲の等級は現在「大勲位」を含めて7段階に分かれている。
人間を格付けするがごとき叙勲制度というものの在り方を考える時期にきている。

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2014/11/02

アクセス・ランキング(2014年10月)

10月の月間アクセス数ランキングTOP10は次の通りです。

1 三三「鰍沢」談春「紺屋高尾」
2 「談笑・三三 二人会」(2014/10/14)
3 ノーベル賞・中村修二氏の意見への疑問
4 三遊亭萬橘独演会(2014/10/4)
5 #34三田落語会「さん喬・一之輔」(2014/10/25夜)
6 「喬太郎エージ」が集う鈴本10月下席・夜(2014/10/28)
7 【ツアーな人々】消えた添乗員
8 【ツアーな人々】当世海外買春事情
9 「桂吉弥独演会」(2014/10/9)
10 一之輔・真一文字の会(2014/10/29)

今月も相変わらず談春、三三、喬太郎、一之輔といった人気落語家が出演した落語会や寄席に関する記事が上位を占めました。本人には失礼ですが萬橘独演会が4位とは意外でした。
集計が月別なので、催しが初旬か中旬だとアクセス数が多めになり、月末の催しだと少なめになりますが、6位と10位は短期間にアクセスが集中したことになります。
他に「ツアーな人々」の2本の記事が入っていますが、両方ともTOP10の常連で年間で通算すれば上位1,2位になることは確実です。「当世海外買春事情」というタイトルの記事は実体験に基づくものではなく、ツアーで見聞した日本人男性たちのアジア諸国での買春行動について書いたものです。タイトルに惹かれて読んでも実際の参考にはならないことを予めお断りしておきます。
ノーベル賞受賞者の中村修二氏の発言に関する記事にアクセスが集まったのが今月の特徴です。中村氏の業績については賞賛に値しますが、発言にはあまり共感ができない。むしろ反発さえ感じます。
私が在籍していた会社でも研究開発部門にいる社員で、何かというと「オレがやった」と吹聴し、自分の開発した製品の売り上げが何百億円になったと自慢しているヤツがいました。工業生産にのせるまで、あるいはその後の品質改良にどれだけ大勢の社員が係わり苦労したかなど、どこ吹く風です。そういう嫌なヤツの思い出があるので、ついつい「オレオレ」的発言にはどうしても嫌悪感が湧いてくるんです。
悪いクセですね。

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2014/11/01

2014落語一之輔 一夜(2014/10/31)

「2014落語一之輔 一夜」
日時:2014年10月31日(金)19時
会場:よみうり大手町ホール
<  番組  >
三笑亭夢吉『附子(ぶす)』
春風亭一之輔『蝦蟇の油』
春風亭一之輔『青菜』
~仲入り~
春風亭一之輔『文七元結』(*ネタ出し)

一之輔の独演会だがタイトルに「一夜」とあるのは、今年は1回だけだが来年は2回、再来年は3回・・・と増やしていって5年目は5回公演となるらしい。合計15回。主催者の読売新聞社とサンケイリビング新聞社はこれから5年は一之輔の人気が鰻登りに上がっていくことを見通しているわけだ。落語家冥利に尽きるというもの。プログラムに讀賣の長井好弘が「5年後には5日どころか1ヶ月連続へとグレードアップしているかもしれない」と書いている。巨人はCS敗退したが讀賣は鼻息が荒い。
一之輔もマクラで新聞は讀賣です、みたいなことを言って、朝日名人会にも出ます。実は明日赤旗まつりに出るんです。節操がないので、と。この会場では5月にオープン記念として「至高の落語」という会があって、小三冶と三三と私が出たんですが、小三冶が「至高はないんじゃないの」て言ってた。何か理屈をいわないと気が済まない人だ。黙って金貰っとけばいいのに、と。まるで白酒だね。
白酒にしても一之輔にしても、もはや小三冶は雲の上に人じゃなくライバル視なんだろうね。芸人なんだから、そのくらいの心意気でやってくべきなんだろう。
よみうり大手町ホール、初めて入ったが立派な会場だ。立派すぎて落語会にはどうかな。アタシは節操がないから会場を選ばないけど、本来の落語を演じる小屋というのはどこかウラサビシイところがある方がいいと思う。こことか日経ホールなんていうのは何か落ち着かない。

夢吉『附子』
これで「ぶす」と読ませる。辞書で調べたらこうなっていた。
ぶし【付子・附子】トリカブトの塊根。アコニチンそのほかのアルカロイドを含む。劇薬。身体諸機能の衰弱・失調の回復・興奮に,また鎮痛に用いる。烏頭(うず)。ぶす。
ぶす【付子・附子】①「ぶし」に同じ。 ②〔① の毒が恐ろしがられたことから〕いとうべきもの。きらいなもの。
ぶす【附子】狂言の一。外出する主人に毒薬附子の番を命じられた太郎冠者・次郎冠者は,それを砂糖と見破ってなめてしまう。そのあとで主人の大切にしている掛物を破ったりして,主人が帰宅するや,貴重なものを損じたから死のうと思って毒を食べたと言い訳する。
つまりこのネタは狂言の『附子』を落語にしたものだという事が分かる。桂枝太郎の新作とのこと。
因みにお馴染みの「ブス」は女性に対する軽蔑語で、語源は「無様なスケ」から来ているとか。
ストーリーは、狂言の筋通りで、太郎冠者・次郎冠者が小僧の定吉と飯炊きの権助に、砂糖が蜜に、それぞれ置き換わっていた。定吉に「面従腹背」、権助には「言いなり」というキャラを持たせ、主人と番頭が「附子は猛毒だから絶対に空けてはいけない」と命じて出かけるが、定吉主導で権助と二人で附子を舐めたところ中身は蜜、結局全部たいらげ、おまけに店の掛け軸(弘法大師筆「にんげんだもの」)や壺を壊してしまう大暴れ。怒る旦那に「他人の不幸は蜜の味」でサゲ。
会場がアウェイだったせいか熱演の割にはお客の反応はいま一つだったが、夢吉らしいヒネリもあって面白く聴かせていた。

春風亭一之輔『蝦蟇の油』
春風亭一之輔『青菜』
2席続けて。『ガマ』は先日の三田落語会の時とマクラを含めて同じ。
『青菜』は「植木屋さん、ご精が出ますな」で会場がどよめくほどのお馴染みのネタなので省略。
この会は毎年この時期に開催するそうで、そうなると秋の季節の因んだねたばかり演ってられないということか。

一之輔『文七元結』
仲入り前にこれが予めネタおろしであることを告げていたので、客席にも緊張感が走る。
名だたる名人上手が手掛けた噺で、何となくこれが出来れば一人前といった位置付のネタでもある。
マクラで自分は博打はやらない、落語家になった自体が博打みたいなもんだからと語っていたが、そうなら一之輔は大当たりを引いたわけだ。
全体としては志ん朝の演出をベースにして、志ん生や圓生、彦六の正蔵らのいいところを採りいれた感じの演じ方に見えた。
長兵衛が自宅に戻り娘お久が帰ってこないと女房に告げられる場面で始まるが、この時の女房のセリフにはもう少し緊迫感が欲しかった。志ん朝の高座では女房の最初のひと声で大変なことが起きたことを予感させている。
二人が心配しているうちに、佐野槌の番頭の藤助が訪れ、お久は佐野槌にいると告げ、女将さんから長兵衛絵に店へ来るようにと伝えられる。長兵衛が藤助に「どちらさまでしたっけ?」と訊く場面では彼のルーズな性格を示している。
長兵衛に着物をはがれた女房が腰巻をしていたのは志ん朝とは異なる。志ん朝では腰巻を洗ってしまい代りに風呂敷を巻く。長兵衛は八ツ口のあいた女の着物姿で吉原へ向かう。
佐野槌に着いた長兵衛は、女将からいきなり左官屋から博打打に商売替えしたのかと言われて恐縮する。女将は昨晩お久が店に来て、父親の借金の返済のために私を買ってくれと頼んだ経緯を語り、長兵衛を叱る。
その後、来年の大晦日という期限を切って50両の金を長兵衛に貸す。その代り、返済が一日でも過ぎたらお久を店に出すと告げる。ここまで言われて初めて長兵衛は博打をやめて真面目に働く決心をする。
お久が長兵衛に母親に乱暴しないでと泣いて頼むシーンは、お涙頂戴的な演出で賛成できない。母親が継母であるとしたのは圓生譲りか、あまり必要性はないと思うが。それを受けて長兵衛がお久に謝るシーンも演出過剰のように見えた。ここをあっさりと演じた志ん朝の演じ方の方が余韻が残る。
吉原を出て吾妻橋までの道中の描写は正蔵流。
橋から身投げしようとする文七を助ける場面は、演じ手の最大の見せどころ。50両掏られて主人に顔向けが出来ないから死ぬという文七、彼を助けるために大事な50両を渡すかどうか迷う長兵衛。縁者はいないのか、飛び込むなら俺が見えなくなってから飛び込めとか、50両をまからないかとか、散々迷いに迷う長兵衛。この50両は娘を吉原に売った金だ。娘が悪い病を引き受けないように朝夕神棚に拝んんでくれと頼む長兵衛、ここは志ん朝流。
文七が鼈甲問屋・近江屋の店に戻ると、50両は掏られたのではなく碁に夢中になった文七が掛取りに行った水戸様の屋敷に置き忘れたものと判明、既に金は店に届いていた。文七は混乱状態になり、大神宮様と金毘羅様とではどちらの方が御利益があるかとか、17の娘が吉原に売られるとか口走る。ここは一之輔独自の演出。
翌日、近江屋の主人と文七が長兵衛宅を訪れる。返金の50両は長兵衛は最初は渋るが女房からせっつかれて受け取り、お礼にと差し出された酒2升の切手に50両よりこっちの方が有り難いと喜ぶ。
そして酒の肴は、佐野槌から身請けされて戻ってきたお久。歓喜の親子3人。

一昨日の会では、一之輔は『文七元結』というネタはどうも自分の性に合わないと語り、ネタ下ろしの稽古に腐心してるともいってたが、細部にはいくつか欠点は見られたものの全体としては上出来の高座だったと思う。特に山場の吾妻橋の場面は、長兵衛の娘を思う気持ちと人助けの間に揺れる心理、男気が十分に描かれていた。
初演でこれだけの高座を見せられるというのは、一之輔の芸の高さを示すものだ。

蛇足ながら、1席目の『ガマ』で酔ったガマの油売りが客のヤジに、商売人のやることに素人がいちいち口を出すなと言うセリフがある。半分は一之輔自身の言葉だと思う。一昨日も同じことを言っていた。しかし、こういうセリフはあまりクドクならない方が良い。お客によってはいい感じを持たないと思われるからだ。
好漢自重すべし。

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