『海をゆく者』(2014/12/11)
『海をゆく者』
日時:2014年12月11日(木)14時
会場:パルコ劇場
作:コナー・マクファーソン
翻訳:小田島恒志
演出:栗山民也
< キャスト >
吉田鋼太郎:「リチャード・ハーキン」イブの少し前に頭を打ち眼が見えない。風呂が嫌い。酒はアイリッシュウィスキー”パワーズ”
平田満:「ジェームス・”シャーキー”ハーキン」リチャードの弟でイブの数日前に帰ってきた。運転手などをしていたが今は無職。酒乱のために禁酒中。
浅野和之:「アイヴァン・カリー」ハーキン兄弟の古くからの友人で妻子あり。ど近眼。酒は”ハープ・ビール”とアイリッシュウィスキー。
大谷亮介:「ニッキー・ギブリン」リチャードの友人。シャーキーと以前付き合っていた女性といい仲。酒は”ミラー・ビール”
小日向文世:「ミスター・ロックハート」ニッキーの知人。裕福そうな紳士だが謎めいた所もある。
アイルランドの劇作家・コナー・マクファーソンの戯曲『海をゆく者』は2006年のロンドン初演以来、イギリス各地やブロードウェイなどで上演されてきた。日本での初演は2009年で、今回は演出もキャストも同じメンバーでの再演となる。
ストーリーは。
舞台はアイルランド北部の郊外にある海岸線に沿った町、バルドイル。その町にある一軒の家にリチャードが暮らす。リチャードは少し前から目が不自由になり介添えがないと生活できない。そこに弟のシャーキーが帰ってきて兄の面倒を見始める。兄弟の友人アイヴァンはイブから飲み続けていて、そのままこの家に泊ってしまった。
クリスマスの挨拶にニッキーが訪問してきて、知人という裕福そうな紳士・ロックハートを伴っている。酒で面倒を起こして禁酒中のシャーキーを除いた4人は乾杯をくりかえし泥酔状態。
たまたまシャーキーとロックハートの二人が部屋に残った僅かな時間に、ロックハートがシャーキーに対し、これからトランプゲームを行い自分が勝ったらシャーキーを壁の穴を通って地獄に導くと宣言する。動揺するシャーキーだが、結局は5人でテーブルを囲み酒を飲みながらポーカーが始まるが・・・。
作者による作品解説によると、この作品はアイルランドの民話、例えば以下の「ヘルファア・クラブ」の話が元になっているようだ。
ある嵐の夜、ヘルファイアの人々が人里離れた隠れ家で酒盛りとポーカーを楽しんでいたら、見知らぬ男が嵐を避けるためにこの家を訪れ一緒にポーカーゲームに加わった。仲間の一人がたまたま下に落ちたカードを拾おうとして男の足を見ると、蹄が割れていた。驚き怯える人びとに、見られた事を知った男は雷鳴にと共に姿を消した。彼の正体は「悪魔」だった。
この作品を理解する上でもうひとつ大事なことは、アイルランド気質(かたぎ)があるようだ。
明るくユーモアがあってフレンドリー、何より会話が好き。酒好きで朝までパブでなんて珍しくない。友人を大事にするが時間には少々ルーズ。カードゲームが好きで、食事が終わると家族でカードに興じることが多い。
以上の点を頭に入れておくと、この芝居がより理解しやすいだろう。
不思議な芝居だ。休憩含め約4時間の舞台は5人の中年男たちがひたすら飲み、騒ぎ、ポーカーに興じる姿が描かれる。なにか事件が起きるでもなく、特に面白いことがあるわけでもない。
それでも飽きることなく最後まで楽しめたのは作品そのものもあるが、翻訳が良くこなれていたことと、常に俳優を動かして見せた栗山民也の演出に負うところが大だ。
出演者も揃って好演。短気で喧嘩早くいつも大声を張り上げているが実は心優しい兄を演じた吉田鋼太郎、鬱屈した人生を送るが最後に希望を見出す弟を演じた平田満、呑気で要領良く生きているようだが陰の部分を持っているアイヴァンを演じた浅野和之、アイルランドの男ってきっとこんなんだなと感じさせたニッキー役の大谷亮介。そして表面上はいかにもスマートな紳士に見えて不気味な雰囲気を醸し出しているロックハート役を演じた小日向文世が舞台を締めた。
芝居を見終って、一度アイルランドに行きたくなったのは確かだ。
東京公演は12月28日まで。
« シス・カンパニー「鼬(いたち)」(2014/12/9) | トップページ | 投票に行こう »
「演劇」カテゴリの記事
- 辻萬長さんの死去を悼む(2021.08.23)
- 日本の戦後を問う『反応工程』(2021/7/14)(2021.07.15)
- 「彼らもまた、わが息子」(2020/2/13) (2020.02.14)
- 文楽公演『新版歌祭文』『傾城反魂香』(2020/2/11) (2020.02.13)
- 能『八島』ほか(2020/1/11) (2020.01.12)
コメント