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2014/12/06

『伊賀越道中双六』(2014/12/5)

『通し狂言伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)』五幕六場
近松半二ほか=作
国立劇場文芸研究会=補綴
序 幕 相州鎌倉 和田行家屋敷の場
二幕目 大和郡山 誉田家城中の場
三幕目 三州藤川 新関の場 同裏手竹藪の場
四幕目 三州岡崎 山田幸兵衛住家の場
大 詰 伊賀上野 敵討の場
<  配役  >
中村吉右衛門:唐木政右衛門
中村歌六:山田幸兵衛
中村又五郎:誉田大内記/奴助平
尾上菊之助:和田志津馬
中村歌昇:捕手頭稲垣半七郎
中村種之助:石留武助
中村米吉:幸兵衛娘お袖
中村隼人:池添孫八
嵐橘三郎:和田行家/夜回り時六
大谷桂三:桜田林左衛門
中村錦之助:沢井股五郎
中村芝雀:政右衛門妻お谷
中村東蔵:幸兵衛妻おつや
ほか

12月5日、国立劇場で行われた『通し狂言伊賀越道中双六』を観劇。
この狂言は昨年11月に同じ国立劇場で上演されたばかりだが、今回は四幕目「三州岡崎 山田幸兵衛住家の場」を全体のクライマックスとして44年ぶりの上演としたことが特長だ。
物語の背景については、以下に昨年11月の記事をそのまま再録する。
この芝居は「日本三大仇討」と呼ばれる,曽我兄弟の仇討,赤穂浪士の討入り,伊賀上野の敵討、の中の伊賀上野の仇討を素材として書かれたものだ。
昔から初夢に見ると縁起が良いとされるものに「一富士二鷹三茄子」という言葉があるが、一説によれば「一に富士,二に鷹の羽の打ち違い,三に名を成す伊賀の仇討」といって三大仇討を指すのだそうだ。一富士は曽我兄弟が仇を討った“富士の裾野”を,二鷹は赤穂浪士の主君・浅野内匠頭の“丸に違い鷹の羽の家紋”を,三は“伊賀上野鍵屋の辻の敵討”で名をあげた荒木又右衛門のことで,「名を成す」は成すと茄子の掛け言葉になっているのだという。
この伊賀上野の仇討というのは他と違った大きな特色がある。当時の仇討というのは尊属、つまり主君や親など目上の者に対すると限定されていた。しかしこの仇討だけは兄が弟の仇を討つという、通常では有り得ないケースだ。本来は同僚同士の刃傷沙汰だったものが、なぜここまで大きな事件となったかというと、そこには複雑な事情があったからだ。
ことの起こりは高崎藩主・安藤重信の家臣だった河合半左衛門が同僚に切りつけたことが発端で、半左衛門は脱藩して備前岡山藩主・池田忠雄の家臣となる。ここで譜代の安藤家と外様の池田家の間に軋轢が生まれる。
時は移り、今度は半左衛門の息子・河合又五郎が岡山藩内で同僚の渡辺源太夫を殺害する事件が起きる。河合又五郎は逐電し、直参旗本・安藤次左衛門に匿われるのだが、この旗本が高崎藩主・安藤重信の縁戚関係にあった。
事件は譜代大名と外様大名、直参旗本の三者が入り乱れて対立するという大事件に発展してしまう。
岡山藩主・池田忠雄は若死にするが遺言で源太夫の兄・渡辺数馬に対し河合又五郎を討つよう命じる。ここで「上意討ち」という大義名分が生まれてわけだ。
幕府はこの件に限り数馬と又五郎の決闘を許可し、数馬が姉婿の荒木又右衛門の助太刀により,寛永11年(1634)に伊賀上野の鍵屋の辻で又五郎一行を討ち果たす。
芝居の『伊賀越道中双六』は,天明3年(1783)に大阪で初演された。当時は実在の人物をそのまま芝居に登場させることは禁止されていたため,時代を室町時代に置き換えている。岡山藩を鎌倉の上杉家に,登場人物も荒木又右衛門を唐木政右衛門,渡辺数馬を和田志津馬,河合又五郎を沢井股五郎としている。題名の由来にもなっているように,鎌倉を振り出しにして,道中双六のように東海道を西へ上っていくように物語が展開させていく。

あらすじは。
上杉家の家老・和田行家が家中の沢井股五郎に殺される「行家屋敷」から始まり、続く「誉田家城中」では唐木政右衛門が御前試合でわざと負け、主君・誉田大内記の不興を買って浪人する。敵討ちの旅に出立するためと見抜いた大内記は政右衛門に志津馬を対面させた上出立させる。
「藤川新関」では、かつて政右衛門に剣の手ほどきをした山田幸兵衛の娘・お袖と志津馬が出会います。お袖に恋慕している沢井家の奴・助平は、その粗忽ぶりが災いして志津馬に通行切手と書状を奪われ、政右衛門の関所破りを助けることになる。
「岡崎」では、志津馬は奪った書状を証拠に沢井股五郎に成りすまし幸兵衛に匿われる。股五郎に味方する幸兵衛は十五年ぶりに再会した弟子が唐木政右衛門であるとに知らず股五郎への助太刀を頼む。政右衛門は素性を隠すため逢いにみた妻・お谷を追い返し、お谷が抱いてきた最愛の一子を手に掛けてしまう。幸兵衛は政右衛門の眼中の涙に気付き彼の正体と覚悟を知るに及びます。すでに志津馬の正体にも感付いていた幸兵衛は二人に股五郎の行方を教えるの。政右衛門が雪中のお谷を屋内に入れず莨(たばこ)の葉を刻んで苦衷に堪える場面は通称「莨切り」と呼ばれる。大詰の伊賀上野の「敵討」で、政右衛門は志津馬に本懐を遂げさせる。

昨年の上演では狂言回し役として呉服屋十兵衛を登場させ世話物風な筋立てだったのに対し、今回は政右衛門とその妻子との情愛と悲劇を中心に置いている。「岡崎」の幕は緊張感に溢れ演者も揃って熱演だった。しかしいかに本懐のためとは言え、雪道に倒れ込んだ妻を放置したのはともかく、子供まで刺殺してしまうというのは「そこまでやるか」の感をぬぐえない。現在の観客にどこまで共感を得られただろうか。戦後2回しか上演されなかった理由はこの辺りにあったのでは。

政右衛門役の吉右衛門だが「岡崎」の場を中心にして熱演だったが、一部セリフが不明瞭に聞こえた。特に幸兵衛と昔話をする際に言葉が乱れたように感じたのは気のせいだろうか。
志津馬役の菊之助は口跡が良く立ち振る舞いが颯爽としている。お袖を誘惑する時の色気も十分。
誉田大内記役で又五郎が気品を見せ、一転して奴助平役ではコミカルな演技を見せ好演。
幸兵衛役の歌六は「岡崎」で肚を見せ、お袖役の米吉が若い娘の愛らしさと大胆さを表現していた。

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