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2014/12/28

#28大手町落語会(2014/12/27)

第28回「大手町落語会」
日時:2014年12月27日(土)13時30分
会場:日経ホール
<  番組  >
桂宮治『看板のピン』
昔昔亭桃太郎『春雨宿』
柳家権太楼『言い訳座頭』
~仲入り~
瀧川鯉昇『蒟蒻問答』
柳家さん喬『芝浜』

今年最後の落語会ということで豪華な顔づけの「大手町落語会」へ。
宮治『看板のピン』、高座に上がったとたん、客席から無粋な掛け声が飛ぶ。歌舞伎でも落語でもそうだが、掛け声は粋にかけて欲し。
昨年にNHK新人演芸大賞を制し、国立演芸場で定期的に独演会を開くなど意欲的な活動が続く。実力は誰しも認めるところだろうが、アタシはあのアクの強さ(特にマクラでの)が好きになれない。江戸落語には「粋」が欠かせないと思うからだ。

桃太郎『春雨宿』、マクラで弟子は必ずしも師匠を好きではないと語っていた。まあ、そうなんだろう。憧れて入門しても、師匠の私生活をみてガッカリすることも多いだろうし、芸人の世界では人格的に尊敬できるような人は稀だろうから。10代目文治が前座のころ、2代目桂小文治と5代目古今亭今輔と一緒に北海道を回った時、自分の荷物と二人の師匠の荷物に加え、小文治が途中で買ったウスまで担いで大変な思いをしたそうだ。小文治の綽名が「ナス」(「ヘタなり」の洒落)だったので、文治はナスがウスを買ったと言っていたとか。2代目小文治は長く芸協の副会長をつとめた大看板だったが、落語は上手いとは思わなかった。ただ踊りは絶品だった。「奴さん」の姐さんなぞは子ども心にも上手いなぁと思った。
演目の『春雨宿』、旅人二人が予定していた温泉宿まで山道で8里あるというので、仕方なく近くの宿を取る。女中たちが田舎出で言葉が通じず、風呂に入ろうとしたら8里先の温泉に行ってくれと言われる。味噌汁を飲めば変な味がして、バケツで足を洗った後の水を使ったとか、散々な目にあう。
新作かと思ったら古典落語らしい。円丈にいわせると「中典」。
あまり面白さを感じなかったし、この日の高座の流れを中断させていたように思う。

権太楼『言い訳座頭』、大晦日の掛取り撃退噺といえば、『掛取万歳』『睨み返し』とこのネタだ。前者に比べ高座にかかる機会は少ないのは盲人が主人公のせいか。
借金がたまって年を越せない長屋の夫婦、長屋の口の上手い座頭に頼んで掛取を撃退して貰えという女房の忠告に従って、甚兵衛が1円持参して座頭に頼みに行く。
座頭は快く引き受けてくれて、家で待つより商人の店へ乗り込んで話をつけるという。話は全て座頭がするので甚兵衛には黙っているように指示する。
二人はまず米屋に出かけていく。座頭がが頼み込むと、米屋は今日の夕方に払う約束を取っているのでと応じない。座頭は居直って「こうなったら、ウンというまで帰らねえ」と、店先に座り込み。
米屋は仕方なく来春まで待つことを承知させられた。
次は薪屋で、座頭はお宅の薪を使ったら火がはねて畳を焦がしたと因縁をつけ、甚兵衛の借金を待ってくれと頼む。しかし頑固者の薪屋はその脅しに乗らず、却って態度を硬化させる。
座頭は「どうしても待てないというなら、頼まれた甚さんに申し訳が立たないから、あたしこここで殺せ、さあ殺しゃあがれ」と、往来に向かってわめく。薪屋も外聞が悪いのでしぶしぶ承諾する。
今度は魚屋で、座頭は実は甚兵衛さんが貧乏で飢え死にしかかっているが、魚屋への借金が気ががりでこれを返さなければ死んでも死にきれないと、今度は泣き落とし。これも上手くいく。
そうこうするうちに除夜の鐘。座頭は「すまないが、あたしはこれで帰るから」と言い出す。甚兵衛が「まだ三軒ばかりあるよ」というと、「そうしちゃあいられねえんだ。これから家へ帰って自分の言い訳をしなくちゃならねえ」。
3代目柳家小さんの作だそうで、柳家のお家芸といえる。
権太楼は座頭と商人との丁々発止と、その間に立ってオロオロする甚兵衛が姿を描いて好演。こういうネタを演じさせると権太楼は上手い。

鯉昇『蒟蒻問答』、このネタは彦六の正蔵と5代目春風亭柳朝師弟にとどめをさす。何しろ問答に来た雲水をいざとなれば塔婆で殴り倒し、頭から熱湯をかけて殺してしまえばいいなんて相談する位だから、蒟蒻屋の六兵衛と八五郎は鉄火の稼業の出なのだ。鯉昇の高座はそうした荒々しさはなく、むしろ六兵衛は好々爺に見えるほどなので、問答の後の怒りとのギャップを感じてしまった。
その点を別にすれば鯉昇らしいテンポの良さで面白く聴かせてくれた。

さん喬『芝浜』、出る前から嫌な予感がしていた。というのは数年前のこの12月の会でさん喬がトリを取り、出し物が『芝浜』だったのを思い出したからだ。アタシはこの噺が苦手で、なぜ年末になると多くの噺家が大ネタ扱いで『芝浜』を演じたがるのか理解できない。
演るのなら絶品といわれた3代目三木助の演り方をなぞっておけば良いものを、後からの演者はひねってみたくなるようだ。しかし志ん生、志ん朝親子のは良くないし、談志は理屈っぽい、権太楼は力が入り過ぎる。
ここ20年ほどで良いと思ったのは、サラリと演じた春風亭小朝の高座ぐらいだ。
さん喬の演出は一口でいうとクサイ。3年後の魚屋の座敷で勝五郎の女房が真実を打ち明ける場面で、女房が泣き過ぎる。あれでは聴き手が白けてしまう。勝五郎が赤ん坊をあやす場面も蛇足だ。

顔づけの割には満足度の低い会だった。

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コメント

宮治、さん喬の「芝浜」、多くの「芝浜」についての感想、同感です。
鯉昇がさらっとやってよかったのに(三木助版)が蛇足がついて残念でした。
談志が昔云ったことが根っこにあるようです。この噺は理屈じゃないと思うけどなあ。

投稿: 佐平次 | 2014/12/28 10:43

佐平次様
『芝浜』はメルヘンなんです。そこに色々理屈をつけてリアリティを持たせようとするから、却っておかしくなるんです。
宮治の高座は胃にもたれますね。

投稿: ほめ・く | 2014/12/28 11:27

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